寒ぶり・エピソード
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寒ぶりのエピソード
五大吉兆の一つ。外見年齢を自由に入れ替えられるため、本当の姿や性別さえも謎に包まれている。ほとんどの場合、若い女の子の姿で登場するが、その見た目に反して、古今に通じ、あらゆる知識を持っている。面倒事に巻き込まれるのが嫌で、知識を人に見せびらかすのを好まない。
Ⅰ.遊郭の夜
春の日暮れ、遠くの山に夕嵐がゆっくり空を流れ、何羽の鳥が悠々自適と云の中に隠れる。
地上のざわめきがわしの思いを引き戻す。この賑やかな路地を何度もぐるぐる回っているのかもわからなくなった。仕方なく額に手をかけ、あたりを見回す。
石畳の道が続くところ、遠近に見知らぬ店が軒を連ねており、記憶の中の酒屋はもはや空に飛ぶ鳥のように姿を消していた。 太陽が沈みかけているのを見て、事実を受け入れなければならないと気がづいたーー
わし……間違った場所を探してるようじゃのう。
記憶の焼酎の味を思い出し、舌を鳴らしながら少し落ち込む。
まあよい、こうなったら……うちに帰って二日前に飲み残した半分の清酒を探し出し、代わりに呑むしかないのう。
だが夕日が収まった頃、わしは再び元の場所に戻った。
焼き団子を売っていた店主が好奇心でわしを見る。彼の露店の前を通りかかったのはこれで八回目だ。
彼の奇妙な視線を避け、何気ないふりをして前を歩く。静かな場所を探して法陣で帰る方向を探すしかないよう。
思っているそばから近くが騒がしくなった。何人かの武士らしき人がさっきの焼き団子店主を捕まえ、何かを尋ねていたのだ。
お団子を買っているようには見えないな……
思わずあの連中を何度かを見て、まずいことに気づいた。
ーーあの襟の家紋、見覚えがある。
店主が弁明した後、武士は勢いよくわしの方へ走ってきた。まるで飢えた狼が肥えた羊に飛びかかってくるかのよう。
ああ、しつこい小僧か……頭が痛いのう。
他言無用、今最善の策は唯一つ……逃げるじゃ!
飢えた狼はまだわしをかみついて離さない。
灯りが輝く路地に観光客があふれていて、わしは素早く人混みへ駆け込み、真っ暗な死角に忍び込む。
気を定め、呪文を口にした。しばらくして、体の真新しい羽織を叩き、わしはのんびり路地から出てきた。
歓びのある音楽と紅粉の香りが入り交じって、春先の夜に綺麗な色を加える。遊郭「夜見世」はやはり夜の最も似合つ場所だ。
さり気なく振り返ると、後ろの武士が人の流れに流され、バラバラになっている。満足じゃのう。
迷子の不快感はすぐ消え、わしは気持ちよさそうに手持ちの扇子を振った。
「あら、見えないお顔ですね。お客様はここが初めて?一杯飲みましょうよ。」
派手な化粧をした遊女たちは格子の間から火のついたパイプを出し、わしの顔を見ると頬を真っ赤にしてくすくすと笑った。
「酒?いいお酒はあるかのう?」
わしはすぐ酒に惹かれた。もう少しで忘れてしまいそうになったが、今日は酒を探すために出かけたのではないか!
「おい、小僧!この扇子、どこで手に入れたんだ?」
後ろから力がわしの腕を引っ張り、浅黒い武士が眉を顰める捻ってわしの扇子を見つめる。
まずいのう、ついでに扇子も変装しようと忘れた……
「こほん、こほん……道で拾ったのじゃ。」
「拾った?……赤い着物を履いて、頭に猫耳がついている小娘を見たことがあるか?」
「それは、見えてないのう。」
「嘘つけ!見たことがないなら、その小娘の扇子を偶然で拾うわけがねえ!」
「どうどうーーこちらのお兄さん、怒らないでくれると嬉しいのう」
わしは扇子で、青筋が綻びるほど力を入れた肩に置く手を軽く叩いた。
「小娘が、夜な夜な遊郭に何をしに来たのじゃ?他の場所を探してみ?」
「そうね……そこの兄さんよ、お客様を困らせないでくださる?あたしたちも、兄さんが言った女の子に会ったことがありませんよ。」
好奇心旺盛な観光客がだんだんと集まってきて、商売の邪魔になりうる。遊女たちは笑顔で武士を説得しようとする。
「そんな面倒な人を探すよりも、うちの店に入ってみます?赤い着物も、猫耳もあるのですよ。うふふ……」
艶めかしい遊女たちに取り憑かれた武士は顔を赤くしたり、黒くしたりして、やがて「離せ!用事がある!」と大声で叫び、怒る顔で人混みに戻るしかなかった。
これで助かったのう。わしは遊女たちに笑顔を浮かべる。
「助けてくれて有難うな!そういえば、さっき言ったお酒、飲みたいのじゃ!」
「良いですよ。お客様、ようこそいらっしゃいませ。」
道案内の遊女たちは赤面して、扇子で顔を覆い、また軽く笑って、扇子の下からこっそりわしを見た。
銅鏡に映る灯火と、灯火の下の「わし」ーー若い男が手持ちの女物の扇子をのんびりと遊んでいる。
Ⅱ.貴日吉兆
空が青白い色を変え、わしは大きなあくびをして、まだ眠気から目醒めてなかった。
背後の遊女たちはまだ離れ惜しく、わしの方向に手振りしながら誇張な動きでハンカチで顔を拭く。
遊女の悲壮な顔を見るのが耐えられずに「次は必ず来るのじゃ」と約束した。
ここの酒の味が普通すぎて、二度とは飲みたくないが。
「聞いたか?……昨日、将軍の部下が近くの街をひっくり返した……誰かを探しているとか。」
屋台に出た行商人たちの言葉と黒糖饅頭の甘い香りが漂ってくる。
「聞いたぞ!大騒ぎだからな!将軍がある小娘を探しているって?」
「ただの小娘とか有り得るか!その娘は将軍の軍師だ!将軍は今の位置に登るのが娘の功績だというのも過言ではない。その娘は怪物だと言う人もあるが……」
「ああ、また貴族連中の秘密か……知るか。そんな嘘みたいな話」
「饅頭を二つ!いや、三つ!」
行商人たちの騒々しい会話を割り切って、わしは空腹でうなり声を上げた。
熱々な蒸し饅頭を食べると、二日酔いも消えていった。
幸いにも小僧には変身できることを言わなかったのう。よもや簡単に部下に避けることができぬ。
しかし、昨日は迷子したり追われたり、大凶の日に間違いないのう。
出発前に占いをすればよかった。
そう、転ばぬ先の杖!
残りの饅頭を解決し、わしは持っていた占いの竹を取り出した。
「大吉……貴人……東?」
貴人……面白い。わしはいつも他人の貴人役だ、わしの貴人である人は……どんな人かのう?
東を見ると、まっすぐな道は空の赤を溶け、非常に良い吉兆を示している。
誰もいない、わしは手を握って変身を解け、そのまばらな道に足を蹴ってゆっくりとした道を踏んだ。
「観星落ーー?」
道の終わりにわしは石段を上って金色の文字を読み、上を見上げた。
ここか?
非常に立派に見えるのう。
「来たか。」
白い狩衣を着た若者がドアから出てきて、何年も会っていない旧友を迎えているかのように優しくわしを見ていた。
「酒を用意したから、入って飲んで。」
わしは彼を見上げ、同じような匂いをした。
ーーそれはまた非常に良い「吉兆」かのう。
「良いぜ!こんだけ歩いていたし、喉が渇いた!」
わしは笑って、彼を庭に連れて行った。
桜の華冠は景色のような豪華な雲霞、花びらの杯に落ち、また雅を添えた。
良い酒だ。何杯だけでもう酔いどれ。
眼前の観星落の首席と自称した青年がぼんやりと微笑みながら、時々将棋や和歌、花道、香道などの話をする。彼の目に称賛の色が益々深くなっている。
「寒ぶりは本当に知識豊富で、尊敬しているよ。」
「コホン……それは言うまでもない。」
わしは誤魔化すと酒を飲み、後悔した。酒を飲んで、我を忘れ、そしていらんことを喋った……
記憶にないな、面倒事にならなくていいが。
わしがまた豪飲し始めたのを見て、鯛のお造りは何かを気付いたようにゆっくりと石のテーブルに散った花びらを弄びながら、話題を変えた。
「今日、貴人の訪問を予言したが、…こんなに若い人とは思わなかったよ。」
「貴人?偶然だな、わしもさっき占いをした。ああ……だから、あんたもわしの貴人じゃのう。」
「おや、縁があるもののようだね。」
「縁?いやいや、最後にこんなことを言った人は、わしを捕まえて縛り上げたいと思ってるのう。」
「そう?……最近、貴方はいろいろな『悩み』を抱えていることは知ってる。」
鯛のお造りはまだ穏やかな表情で、世間のことを気にしない貴公子のようにこう言った。
「人は貪欲であり、権力に縛られているときは、決して満足しないものだよ。私は違うからね」
「おう?それは何故かのう?」
「人間の名誉は私たちにとって、咲いてすぐ散る花のようなもの。その才を人間たちの功績を創り上げるよりーー観星落に入ってみない?」
「観星落は王室のものだ。将軍がこれ以上邪魔することはない。それに、観星落は年によって変わらない、ここは貴方の居場所で……もう、転居する必要もない。」
わしはこの怠惰のように見えるが、すべてを見抜いていた青年を密やかに驚く。
「良いのうーーわしの貴人であることを占いが言ったなら、わしに何の吉運をもたらすか、知りたいのじゃ!」
Ⅲ.曳尾塗中
悠々自適な午後。セミも暑さに負けて木の上に休憩しながら、時々無気力な鳴く声を出す。
わしは体を伸ばし、釣り上げた小さな鯉を何尾か水に戻した。
鯉は恩赦を受け、庭の池で容器に尾を左右に振る。
釣り竿は太陽の下にもう焼けつくように熱くなっていて、わしは釣り竿を入れ袋に戻るよう準備し始める。
しかし、隣にはじーっとわしの釣り竿を見つめ、瞬きすら忘れていた様子の男の子がいる。
「その釣り竿、素晴らしい……」
「センスがいいのう!」
わしは愛馬を撫でるみたいに釣り竿を叩く。
自ら山に竹を厳選して火にかけて焼き、彫刻、塗りの何百の工程を経てた得意作だ。
それを認める人が現れ、わしも気分が高揚したものに変わる。釣り竿を振って、わざと男の子をからかう。
「触ってみるか?」
男の子はすぐに釣り竿を受け取り、慎重に観察し始める。
その手には無数の傷口やたこが残ってる。
多くの戦いを経験していたはずじゃ。まだ子供なのに。わしは称賛の意を込めてうんうんと頷く。
「間違ってないなら、あんたはお餅かのう?そんなに好きなら、この釣り竿をあんたに贈るのじゃ!」
わしはわははと笑った。
「ほ、本当?」
お餅の目がキラキラして、興奮で顔が赤くなってる。可愛いものじゃ。
「わしが遊び心で作ったものじゃ。そんなに価値があるものでもないのう。受け取れや!」
「うん……でも、これをぼくに贈ると、釣りはどうするの?」
「アハハッ!問題ないのう。釣り人よりも、この池で自由自在に遊んでいる魚になった方が、極楽じゃ!」
真昼は長い。お餅に別れを告げ、わしは酒でも飲もうと鯛のお造りを探す。
しかしどうやら時機を間違えたようじゃーー扉に着くと、中から激しい議論が聞こえてきた。
「この箱には何も入っていません、無駄事ですよ!」
「そんなはずが!結界の力が発見されているはずです!」
「土御門さんの言うとおり、こんなに時間をかけてきたんだけど……」
「以前は結界の力がほとんどなかったのに、今は全く感じられません……どこか間違っているでしょうか。首座様、どう思います?」
そうかのう……わしは目を閉じてみると、微かな力がはっきりと見える。
まあいい。わしはこんな面倒事に巻き込まれたくない。発見される前にこの場から去った方がいい。
「寒ブリ、貴方はどう思う?」
突然背後で鯛のお造りの声がした。みんなの視線が一斉にわしに集まる。
「こほん、こほん……何のことじゃ?」
「首席様、こんな小娘に何を知ってると思うのです……ここにいる、我々陰陽師の長老たちを信用していないと?」
土御門と呼ばれる老人は髭を吹きるほど不満な顔をしてる。
「そうじゃ、そうじゃ!わしは何も知らぬ!どうぞ続けるのじゃ!お邪魔したーー」
「待って、今日はこの貸しを作ってくれるならーーこの前のお酒をもう一壺、差し上げましょう。」
首席に座る鯛のお造りは部屋の中央にある黒い箱を指差し、優しく微笑んだ。
狡猾なヤツ……
わしは心の中で文句を言いながら木箱に向かって歩き、迅速に呪文を作り出す。
パターン——箱は簡単に開けた。
屋内の老人や若者の陰陽師たち、特に土御門の表情が変わった。
また、面倒事に巻き込まれたのう……
「あ、あんたが使った呪文、まったく見たことがない!どうか、切磋琢磨を!」
案の定、土御門が興奮してわしの肩をつかみ、全力でわしを揺さぶった。
「待った、待ったーー言いたいことがあるならいいが、揺さぶるは勘弁じゃ……」
わしの体がバラバラになりそう……
「土御門氏は、陰陽術に対して非常に熱心だからだよ。」
鯛のお造りは知識に飢え発狂しそうな土御門をそっと止めた。その目に……狡猾さが満ちている。
「助かった。感謝する。そのお酒、一壺を加え二壺を贈るよ」
「感謝はいらん!用事がある!わしはもう行くのじゃ!」
まあよい……二壺のお酒だけで済むとは破格じゃ。
後ろの陰陽師たちも立ち上がり、特に興奮した土御門はまだ何か叫んでいた。
わしは見返すこともなく、早足でこの場所を離れる。
ああ……
この天地に、悠々自適な一尾の魚になるのもそう簡単ではなさそうじゃな。
Ⅳ.酒友の盟
月のない夜は深く、わしは少し憂鬱になって、屋根の上に横たわって空いっぱいの星々を見入っている。
「寒ぶり、やっぱりここにいるわ。」
声の方向を見ると、にこやかなお赤飯がお重を提げわしを手招きしてる。
「おや、お赤飯、なにしに来たのじゃ?」
お赤飯を見るとわしはずいぶん気分が良くなった。観星落に来てからこの優しくて注意深い女性にとても世話になったからだ。
それ以外、料理の腕にも定評がある。
「首席が、部屋へ来てと言われたわ。」
いい兆しでもなさそうにわしの瞼が跳ねた。
「どうしてそんな顔をしてるの?……そうだ、これは私が作ったお菓子よ。」
お重の中に沢山のお菓子が入ることは一目で分かる。
「これからお酒を飲むのなら、少しは食べておいてね。前みたいに空腹のままで酔いどれるわよ。」
「ああ、頂くぞ!有難うじゃ!」
お赤飯の優しい笑顔を見て、わしはなんだか平然としてきた。
そうじゃーー鯛のお造りも含め、優しくしてもらってる。今回も困らないはずじゃ。
のんびりとした足取りで鯛のお造りの部屋まで来たが……かれはまた「面会」をしている。
「鯛のお造り、あの偉い陰陽師は?まだ来ないの?」
波立った水鏡に青い髪をした奇妙な服装の青年が映っていた。
おや、珍しそうな陰陽術だ。
「来たじゃないか。」
鯛のお造りが振り向いて、笑顔でわしを見た。
「ああ、貴方は寒ぶりか!こんなに若い女の子なんて、オヤジと思ったよ!」
「私は最中!占星術師だ!」
最中と呼ばれる青髪の少年は活発で、興奮してすぐ喋り始める。話に入れない。
「鯛のお造りによると、貴方があの古い箱の結界を開けただと?凄い!」
「あんな結界なんて、見たことないのに……え、どうやってできたの?教えてくれない?」
「こほん、こほん……たまたまじゃ。大したことない。」
最中の期待する目を見て、わしは誤魔化す。
「助かったよ!箱の中の術式の残巻にはこちらと黄……ええと、そちらの法陣とを繋ぐものがたくさん載っていた!」
「術式の残巻?」
「これ。」
鯛のお造りが割れた古書をわしへ差し出し、ざっとめくってみると埃がぽろぽろと舞い上がった。
「古いが、当時としては難しい術式ではないようだ。」
確かに年は古く、おそらく数百年ーーいや、千年以上も前の陰陽術法だろう。
が、わしの年はこれよりずっと上だ。
最中は口を開け、目玉が出そうな驚きの目でわしを見る。
「よく読めるね!私なら、このような古い秘法はどこから手をつけて良いのかすらわからない……」
「やった!貴方がいれば、もっと早く法陣の道に辿り着ける!そうなれば、現世に戻れる……」
「現世へ……?」
水鏡が点滅し、最中が返事をする間もなく鏡の映像が消えた。
「この連絡の取り方が不安定なものでね。また切れた……」
鯛のお造りは仕方なさそうに首を振る。もう慣れてるらしい。
「待ったのじゃ、あの人が言った……どういう意味じゃ?」
「話せば長くなる。それは月からの……」
「そうだ、その日はお酒をあげる約束したから、飲みながら話そう。」
……
夏夜は静まり返る。石灯籠は明滅し、酒も半ばになると心も次第に晴れてくる。
「なるほど……そうだったのじゃ。わしも耳にしたが、その理由は今になってようやくわかったのう。」
わしは感心して酒を浅く啜ると、鯛のお造りはまた酒を注いでくれる。
「今、『百鬼』は焦っている。こちらに残された時間は少ない。『永夜』も、滅びも、桜の島のあるべき運命では……」
「そうじゃのう……」
星に彩られた夜空を眺め、記憶の姿はよく思い出せない。
遠い清平盛世は帰ってくれるかのう?……
帰ってくれなくても、今はいいのじゃ。酒、釣り、花見……わしの話に付き合ってくれる連中もいるし、思うだけでも楽しい。
……「闇」に奪われたくないのう。
「わかったのじゃ。協力しようじゃないか!」
わしは酒を飲み干し、鯛のお造りに笑った。
「わしにはそんなに難しいことではならぬ。術など、年を重ねて頭に刻み込まれたものだけじゃ。」
「……寒ぶり、有難う。」
鯛のお造りは微笑んで、わしと杯を合わせる。
「おいおいーー水晶玉を繋ぐのに苦労したのに、こんなところでのどかに飲んでるのか!」
水鏡にひょっこり現れた最中がわしをびっくりさせた。かれは両手を振りながら不満げに言っている。
「どんないい酒か見せてくれ!まあ、私はもう見るしかできないや。」
「ハハッ、あんたも酒が好きか!現世に戻ったら、三人で飲もうか?」
「約束だ!」
「酔わなければ帰ぬ!」
Ⅴ.寒ぶり
雪が降り積もる大晦日の朝。お赤飯は箒を持って庭先の雪を掃除を行っている。
お餅と鏡餅はそれぞれ小さな箒を抱え掃除の手伝いを……と言いながら、ひたすらに濃い足跡を残すほど追いかけっこをしている。
お赤飯は笑いながら首を振り、転ばないように優しく注意した。
「ハァーー姉様、寒ぶり姉さんはどこへ行ったの!彼女はどうして一緒に遊ばないの?」
息を切らして走っているお餅の顔は真っ赤で、額には小さな汗が浮かんでいる。
「この鏡餅さまがさっき見た。寒ぶり姉さんはまたオヤジにとりつかれたらしい!うう……お赤飯姉さん、われにも拭いて!」
鏡餅の顔はさらさらしていたが、期待に胸を膨らませて首を伸ばし寄ってくる。
「寒ぶりも最近、陰陽師たちとの幼児で忙しいの。でも彼女が言ったわ、今晩ならあなたたちと遊ぶわよ。」
「ちょっと部屋で休んでね。さっき淹れたお茶、まだ熱いから、のどが渇いたら飲んで。」
お赤飯は二人の頭を軽く叩き、暖簾の中に潜り込んでいくのを見てから、安心して箒を取り戻した。
ある暖房の効いた部屋で、陰陽師たちが一人の少女を囲んで、真剣に少女の結印を見てる。
「この法陣の要領も実に難しいことではないのじゃ。皆も帰って何度か練習すれば身に着けるのう。」
少女が手を振る。地面の雑然とした跡が消え、わずかに青い光だけが残った。
陰陽師たちがうっとりしたように熱い視線に、少女は照れくさそうに目をそらす。
「こほん、こほん……皆、何か質問はあるかのう?もうないなら……」
「素晴らしすぎる……素晴らしすぎるのだ!寒ぶり博士のおかげで、この法陣こそが世に出られる!」
陰陽術の長老である土御門が真っ先に立ち上がり、感激に寒ぶりへお辞儀をする。
「えええーー土御門、大袈裟だ……それに博士なんて呼ばなくていいって言ったではないか……」
「暇を持て余して、観星落の若い陰陽師の勉強をしているだけじゃ。博士というのは真面目すぎる。」
「それに、ええ! ?ーー」
寒ぶりが悩みながら頭に手を付けた時、突然、土御門が熱いお茶を持って大真面目にそう言った。
「陰陽道に経歴に問わず。寒ぶり博士の前では俺も後輩も同じだ。常に精進を重ねなければ。」
「寒ぶり博士、お疲れ様です!お茶でも飲んでください!」
寒ぶりはお茶碗を受け取り、静かにため息をつく。
この一筋縄ではいかない老人も、なかなか可愛いものじゃ。
——まあ、年から云うとわしも年長者だから、お茶を飲もうじゃないか!
陰陽師たちが去った頃にはもう雪は止んで、雲の間から陽の光が射し込む。
寒ぶりは酸っぱい躰を動いながら悠々と踏み出す。
「お赤飯たちを見に行こうかのう。今夜は何を作ってくれるのだ……」
寒ぶりの独り言が正面から塞ぐ「壁」にぶつかった。
「いってぇー——」
寒ぶりはぶつかられた鼻をつまみ、目の前の「壁」は顔が知らない人だと見えた。
「貴方が寒ぶり博士ですよね。噂は聞いております。」
男は上品な笑みを浮かべたが、寒ぶりを見る目には別の意味があるようだ。
「あんたは……?」
「月見団子と申します。月兎と呼んでいいですよ。」
寒ぶりは眉を顰め、慎重にこの礼儀正しい青年を見つめる。
「今日は首席様を訪ねて参りましたので、お邪魔しますね。後日に機会があれば、また申し上げましょう。」
雪が日光を照らし、赤い着物の姿は曲がりくねった縁側に消え、天地は真っ白になった。
月見団子は視線を戻し、顎を撫でながら呟く。
「これは面白いですね……鯛のお造り、貴方は一体何を計画しているのでしょう……」
「どうやら、館主との会談の日を早める必要があるようですね……」
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