ブイヤベース・エピソード
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ブイヤベースのエピソード
浮世離れした精霊のような食霊。常識が欠けているため、人を助けようとして善意で悪い事をしてしまう事もある。骨は武器にもなるし、客のお守りを作る道具にもなる。尻尾から骨を抜く場面は痛そうに見えるが、彼はいつも平然としている。普段は温泉に浸かるのが大好き。しかし熱には弱く、温泉でのぼせそうになっていたところを客に助けられたこともある。優しい性格で、オークションで売られそうになっても怒らず、良い値段で売れて良かったと喜んでいたという。
Ⅰ.人魚
これは……かまど?
濡れた前髪が額に張り付いて、冷たくて気持ちが悪い。思わず熱源に顔を近づけた。
あたたかい……
「おっ、目が覚めたか?心配すんな、お前を治療したいだけだ、怪しいもんじゃねぇ……」
瞼は相変わらず重くて開けられない。幸い、かまどはますます熱くなり、寒さはいつの間にか消えた。わたしは満足して、一つため息をつく。
「わっ!俺の首に息を吹きかけるなよ!」
ぐるぐると天地が逆転した後、地面の方に頭が向いたまま揺れ始める。眠気はこの猛烈な揺れの中で消えていった。
目の前には広々とした背中が、上を見ると茶色が混じった金色の短髪が夜風の中舞っている。
綺麗だ。
「コホッ、コホン……」
担がれたまま高速で移動しているため、落ち着かない体勢に思わず咳き込んでしまう。
「どうして咳き込んでんだ?どっか気分悪いのか?」
また天地が逆転した。
わたしは砂浜の上に置かれ、ようやく彼の姿を見る事が出来た。
金髪に赤い瞳、開いている襟元から赤い傷跡が見える。それは曲がりくねった炎のようで、明滅している。
彼が纏う空気はなんだか暖かく感じる。
「いえ……大丈夫です……」
「お前は……人魚なのか?」
彼は少し躊躇った後、こう尋ねて来た。炎のような両目が一層明るくなる。
「人魚……それがわたしの名前ですか?なんだか変な感じがします……」
「名前?いや、ただの呼び名だ。近所の漁師から聞いたんだが」
彼は頭を掻いた。
「でも、お前の尻尾は相当重いみてぇだな……ほんの少しの担いだだけなのに、腕がだるくなったぜ」
わたしはしばらく考え込んでから、顔を上げぼんやりと彼を見た。
「あなたは……誰ですか?」
「あー……お前が砂浜で倒れているのを見て助けただけだ……倒れる前の事は覚えてるか?」
「いいえ……海の中で、ずっと、ずっと泳いでいた事以外は……何も思い出せません」
彼は眉を顰める。その視線はいつの間にか細かい傷で覆われたわたしの両足に向けられた。
「それ……泳いでいる時に出来た傷か?」
「大丈夫です、痛くありません。痛覚は尻尾にありますから」
わたしは細長い魚の骨の形をした尻尾を上げた。飛び散った水滴が彼の胸元にある炎の模様に落ちたが、すぐに水蒸気となった。
さっきからずっと、この炎が燃えているのか……
わたしは気になってまた顔を近づけた。
「何じっと俺を見てんだ……何見て……っておい!待て、手で触れるな!」
「はい……炎、熱いですね……」
彼は怪訝そうな顔でわたしをじろじろ見た後、また首を横に振った。
「変な奴だな……まさか、水に浸かり過ぎて頭ふやけちゃったんじゃ……」
「まあ、とりあえず”カーニバル”に連れてってやるよ、ジェノベーゼに見てもらえ!」
「しかし……わたしの足は、感覚がないみたいです」
「問題ねぇ、俺が担いでやるから!」
「まっ、待って……」
彼は問答無用でまたわたしを担ぎ上げた。だが、今回はそっと持ち上げてくれたおかげか、さっきよりずっと快適になった。
「俺はフォカッチャ、あー……”カーニバル”にあるレストランのウェイターだ、さっき言ったジェノベーゼってのは……」
暖かい……
頭がフラフラする、フォカッチャはまだ話を続けているが、もう聞き取れない。
「カーニバル」って……どんな場所なのだろう?
Ⅱ.呪い
再び目覚めると、わたしは快適で柔かい羽毛のベッドに横たわっていた。
「やっと目覚めたか!」
目に映ったのはフォカッチャの顔だ。
「お前……途中で寝るとはな、何回呼んでも全然起きてくれねぇ!」
「ごめんなさい。私は、重かったでしょう」
彼が私の尻尾に文句を言った事を思い出して、罪悪感が湧き上がる。
「えっ……いやいや、こんなの朝飯前だ!」
彼は腕を上げて、自信満々で自分の筋肉を見せつけてきた。
「見ろ、全然疲れてねぇだろ!」
フォカッチャは、良い人だ。
暖かいし、彼がわたしのそばにいてくれと落ち着く。
そう考えながら、わたしは彼の頭の上に手を置いた。
金色の短髪はとても柔らかく、思わず手に力を込めた。
「なっ、なにすんだー!」
彼は数秒固まった後、ぎこちなく首を引っ込めた。
わたしの手は宙に浮いたまま、何故か気まずさが流れる。
「わたしは……感謝を伝えようとしただけです」
「感謝の気持ちだと?!わんころを撫で回すようにしてただろうが……」
彼は難しい表情を浮かべたまま、乱れた髪を直した。
「教わったのです……」
ーーしかし、誰なのだろう……
全く覚えていない。
「いいや……そうだ、ちょうどお前の体からこれを見つけたんだ。どうだ、これに見覚えはあるか?」
彼はわたしに古びた貝殻を渡してきた。縁に光沢があって、微かに何かが書かれていた痕跡が残っている。
「わかりません……」
「彼は起きたのか?」
ドアの外から心地の良い男性の声が聞こえてきた。それは見知らぬ男性だった、痩せ細った身体は薄い衣を纏っている。
「ジェノベーゼ、来たか!彼はジェノベーゼだ、もしかしたらお前の記憶を取り戻してくれるかもしれねぇ!」
ジェノベーゼは興奮したフォカッチャを無視し、わたしの目の前に手をかざし、指先から霊力を出した。
「”呪い”のような力によって、封じ込まれているようだ」
「呪い?わたしは病気になってしまったのですか……」
戸惑いながら、ジェノベーゼを見る。
「……病気よりも悪い状況だ。時間が経てば経つほど、霊力と生命力が流れ出していってしまう」
ジェノベーゼはわたしを一瞥した後、手を引っ込めた。
「現時点でその呪いを解除する方法はない」
「なんだと、そんなに強い呪いなのか?!ジェノベーゼすらお手上げかよ?!」
腕を組んで立っていたフォカッチャは目を見開いていた。
ジェノベーゼは返事の代わりに、白い液体が入った小さな瓶を取り出し、わたしの手のひらに置いた。
「これを飲めば、しばらくは大丈夫なはずだ」
これは薬なのか……
「ありがとうございます……」
「じゃあ、しばらく経った後はどうしたらいいんだ?他に呪いを解く方法はあるのか?」
「呪いを掛けた者だけがそれを取り除く事が出来る。しかし……その人物は、どうやら彼自身のようだ」
ジェノベーゼは淡々とした表情を浮かべたままだ。彼はフォカッチャとは違って、何を考えているのか読めない。
フォカッチャは信じられないという表情でわたしを見てきた。
「人魚、お前さぁ……なんで自分を呪ったんだ?!自分を虐待してんのか?」
「虐待とは……どういう意味ですか?」
「あー……呪いでバカになってんのか?」
フォカッチャは額に手を当てた。
「過去の事を思い出せば、呪いを解く方法が見つかるかもしれない」
彼らが去る前、ジェノベーゼはこの言葉だけを残した。
過去の事……
わたしは目を閉じて思い出そうとした。
頭の中で、ぼやけた影が、収束し、捻れて、融合して、暗い海水のように私の体を包んだ。
ダメだ……
目を開けると、冷や汗で全身がびっしょりになっていた。
窓の外の日差しが眩しい。柔かい風が吹かれ、やっと一息をついた。
幸いな事に、カーニバルというのは、とても暖かい場所だった。
Ⅲ.忘却
カーニバルに来て、2ヶ月が過ぎた。
初夏の午後は長くなっている、燃えるような日差しが庭の噴水に降り注ぎ、虹色に輝く。
静かに噴水のそばに座っていると、冷たい水滴が時々わたしの肌に飛んできた。
「あら、フォカッチャが持って帰った人魚じゃない」
美しいルビーで出来た手を口元に添え、同様に美しい服を身に纏った女性がわたしに微笑んだ。
「わたしのこと、知っているのですか?カーニバルであなたを見た覚えはないのですが……」
「フフッ、もちろんあなたを知っているわ……食霊であり、人魚でもある、なんて珍しいのかしら」
「ねぇ、良かったら”マジックケイヴ”に遊びに来ない?」
「”マジックケイヴ”?……でも、ダメです……フォカッチャがここで彼を待つよう言っていたので、ここを離れる訳にはいきません」
申し訳なく思い、彼女に謝った。
女性の目は綺麗に弧を描いているが、なんだか危険な香りがした。
「あぁ、フォカッチャはあたしにたくさん借金をしているの。レストランの給料だけじゃ、100年あっても返せないと思うわ……その時になったら、ジェノベーゼはきっと彼をカーニバルから追い出すだろうね、可哀想に……お友だちを助けたくないのかしら?」
「フォカッチャが、カーニバルから追い出される……」
頭の中で可哀想なフォカッチャが街で彷徨う姿が浮かんだ。
「どうすれば……彼を助けられますか?」
「ウフフ、そう、良い子ね、あたしに付いてきて……」
彼女はわたしを豪華な宴会場に連れて行き、透明なガラスの水槽に入れた。
「焦らないで……宴はもうすぐ始まるから」
「きっと良い値段で売れるわ」
彼女は妖しげな笑みを浮かべ、赤いベルベットでガラスの水槽を覆った。
突然の暗闇に、わたしは動揺した。
奇妙だけど、知っている感覚……
再び目の前でぼんやりとした影が絡み合い、激しく蠢き、叫び、冷たい感覚がわたしの身体を覆った。
動けない、呼吸も出来ない……
どれぐらい経ったのだろう、混乱の中でフォカッチャの乱暴な声がぼんやりと聞こえた。
それはわたしの意識を暗い深海から引きずり出した。
光が暗闇を照らした後、フォカッチャは赤いベルベットを地面に投げつけ、わたしを水槽から引っ張り出した。
「バカ野郎!売られそうになってたぞ!」
彼の胸元の炎は、頭の上にまで上がりそうになっていた。
「ああ……フォカッチャ、助けてくれたのですね……ありがとうございます……」
暖かい、心地よい。
でも、どうしてこんなに怒っているのだろう……
心配そうな顔をしているフォカッチャの口はまだパクパクと動いてる。だけど、彼の言葉は全く耳に入ってこない。疲れ果てたわたしは夢の深淵に落ちていった。
歪んだ影が目の前で動いている。松明が灯ると、そこにいたのは恐ろしい表情をした人間たちだった。
「可笑しな姿をしている……伝説の中で人を傷つける海妖そっくりだ!」
「こいつが津波を呼び寄せるんだ、こいつがこの村を呪ったんだ……」
「この怪物を閉じ込めろ!」
……
火が消えると、わたしは透明な水槽の中に閉じ込められていた。
冷たい絶望と海水が纏わりつき、寒い……呼吸が出来ない。
フォカッチャ……デイビッド……どこにいる……
デイビッド……?
誰……
「全てを忘れなさい……」
壊れた声が耳元で響く、それは……自分の声のようだ。
「いや……過去の事を、思い出したい」
Ⅳ.祝福
混沌の深海の中、わたしは必死で泳いでいた。波が押し寄せる、わたしを阻んでいるようだ。
「これ以上前進するな……」
壊れた声は泡となり、わたしに纏わりつく。
「イヤ……」
大事な事を、忘れてしまったようだ……思い出さなければ……
泡が消え、ぼんやりとした絵になった。
小さな路地で、麦わら帽子を被ったお爺さんは一人で石のベンチに座り、ゆっくりとパイプを吸っていた。
潮風の匂いがする、夕日の余韻が砂利道を照らす。
「よぉ!帰ったか、エレバンもいるな。今日はなにをしたんだ?」
わたしを見て微笑むと、白いヒゲが空を向いた。
「へへっ、デイビッド爺ちゃんこんにちは!今日二人でマーニーおばさんの手伝いに行ったんだ。だけどブイヤベースが間違えて……」
小さなエレバンは私の方を一目見て話を続けた。
「ザーって、魚を全部海に流しちゃったんだ!私とおばさんは全然反応出来なかった!なのにブイヤベースは笑いながら私たちを見てたんだ」
「はい……でも魚はちゃんと捕まえて返しました。その後2匹貰いました……」
「ははっ、良かった、夕食はそれにしよう」
デイビッドはゴツゴツとした大きな手でわたしの頭を撫でた。これは感謝を表していると、彼は教えてくれた。
夕日はわたしたちの影を長く伸ばす、全てが急速に泡に掻き混ぜられていく。
手を伸ばして、そのカラフルな影を掴もうとしたが、何も掴めなかった。
変化する水流は渦を巻く、波紋の中、見慣れた小さな漁村は廃墟になっていた。
人々はわたしを取り囲んだ、松明が怒りと憎しみが広がる顔を照らす。
「怪物!怪物!怪物!」
呪いのような低い唸り声がわたしを包み込む、思わず耳を塞いだ。
暗いガラスの水槽の中で、身動きが取れない。
「彼を放しなさい、彼は怪物ではない、皆可笑しくなったのか!!!」
デイビッドは怒っていた。麦わら帽子はズレ、ヒゲは震え、顔には傷が付いている。
「彼は怪物の主だ!彼も怪物だ!彼を先に殺せ!」
デイビッドが怪我をしている……
この考えがぼんやりとしていた頭を駆け巡り制御出来ない怒りが爆発した。
我に返った頃には、辺りは静かになっていた。
デイビッドはわたしの目の前に横たわっている。白いヒゲには血が付いていた。
彼は二度目覚める事はなかった。
ダメ、ダメだ……
デイビッド起きてください……起きて!
ーー初めて自分の霊力を使った。
骨を抜く痛みで涙が止まらない、手の平が傷ついても、わたしは止まらなかった。
デイビッドを……生き返らせる……
「これ以上は……」
わたしを止めようとする壊れた声が、再びわたしと耳の横を通り過ぎた。漁村、村人、デイビッドは再び海に融け込んだ。
水は鋭い刃のようにわたしの顔を横切るが、わたしはそれを無視した。
デイビッドは目覚めなかった。
村人たちは皆、わたしの力で昏睡した。明日の日の出前に目を覚まし、全てを忘れるだろう。
しかし、デイビッドだけは……
彼は思い出す事も、忘れる事ももう出来ない。
暗闇の中、見覚えのある貝殻を手に、一人海辺に立っている自分が見えた。
「わたしのせいだ、もしわたしがいなかったら、デイビッドは……全てを忘れたい……このまま消えたい……」
わたしはブツブツと「自分」と同じ言葉を呟き、彼が黒い海に飛び込むのを見届けた。
わたしも底知れない深い渦にゆっくりと沈む。
デイビッドの顔がゆっくりと浮かび上がる。
白いヒゲには血がついていたが、弱弱しい笑顔はいつもと変わらず優しかった。
「ブイヤベース……ははっ、悲しむな……お前は悪くない、貝殻に書いた言葉を覚えておいて欲しい……これは私の祝福であり、願いでもある……」
あの貝殻は……デイビッドがくれたものだ!
冷たい暗闇の中、わたしは目を開けて、再び上に向かって泳ぎ、泡を振り切ろうとした。
それに書いてあったのは……
岩の後ろに、小さな光が隠れていた。
暖かい画面は徐々に鮮明になり、ボロボロな小屋の中、デイビッドは貝殻に最後の一文字を書いて、満足そうにパイプを叩いた。
「ブイヤベース、これはお前のお守りだ……私の祝福でもある」
古い綺麗に磨かれていて、インクはまだ乾いていなかった。
ーー何があっても、勇気を持って、幸せに生きなさい。
わたしは突然目を覚ました。初夏の厳しい日差しの中、フォカッチャはベッドの横に座って心配そうにわたしを見つめていた。
「大丈夫か……?」
「申し訳ねぇ。怒り狂って、まだ状況を把握してねぇのにお前に怒鳴っちまった……また何もわからないままフラフラ付いて行ったのかと」
フォカッチャは頭を下げたまま、言葉を続ける。
「レッドベルベットの野郎……やり過ぎだ!……まさかお前をオークションに出すとは、あいつに借金なんて一銭もしてねぇよ!」
「なら……追い出されずに済むのですね、それは良かったです」
わたしは心からホッとした。
「フォカッチャ、全てを思い出しました……まさか苦しみを忘れたい一心で、幸せまで忘れていたとは……」
「何言ってんだ……大丈夫か?怖い目に遭ってまたバカになったのか?」
「思い出したのです。申し遅れました。わたしの名前はブイヤベースです」
Ⅴ.ブイヤベース
「本当に人魚がいるの?」
子どもたちは砂浜で城を作っている、スコップに邪魔されたカニは素早く穴の中に潜り込んで行った。
「近くの娯楽施設にいるらしいぜ!」
痩せ細った男の子は、人には聞かせられない秘密を言うかのように、声を低くして言った。
「本当か?!」
他の子どもたちは手を止め、耳を立てた。
「聞いた話だと……みんなの願いを叶えてくれるすごい人魚らしいよ!俺も……」
「待って……あれはなんだ?」
暗礁の後ろからゆっくりと頭が現れた、淡い金色の長髪が海面に広がる。
「かっ、怪物?!」
子どもたちはスコップを捨て、悲鳴を上げて逃げていった。
頭を出したばかりのカニに不幸にも命中して、それは城の入口で倒れた。
人魚が海から上がると、夕日が彼に降り注ぎ、柔らかに輝いていた。
遠ざかっていく子どもたちの後ろ姿を見て、彼は仕方なく笑った。
「逃げてしまうとは……何を願いたいのか、聞いてみたかったのに……」
「カーニバルは」とは酔生夢死の娯楽施設だ。
「人魚の願い」は、その中でも少し毛色が違っていた。
この願いの館の主人は人魚だ、強い念力で他人の願いを叶えることが出来るという。
もちろん、この念力は強力な呪いにもなる。だが、彼は過去に一度しか使った事がないらしい。
人魚はとても優しいが、願い事に対する審査基準はとても厳しかった。
この暖かな願いの館に入ると、「願いの心得」が貼られているのが見える。
一、良好で前向きな願いをしなければならない。
二、「祝福」はただ加護を与えるだけで、必ず願いのために努力しなければならない。
三、願いが叶った時、「祝福」の貝殻は即失効する。
四、「祝福」で何が起きても、一切責任は負わない。
そのブイヤベースと呼ばれている人魚は、ほとんどの時間願いの館中央にある温泉に浸かっている
「なぁ、願いの館にも温泉を掘る必要があるのか……?」
湯気が立ちこめる部屋で、フォカッチャは腕を組んで、ゆったりと温泉に浮かぶブイヤベースを見つめていた。
「温泉はあたたかい……それに……
ブイヤベースは顔を温泉につけて、金色の目だけを水面に出した。
「レットベルベットに感謝しなければなりません……この温泉が出来たのは彼女のおかげです……」
「あいつに感謝してどうすんだ?これはお詫びの品ってやつだろ、当たり前だ……」
ドアがガタガタと鳴った。
「お客様が来たようです」
ドアを押して入ってきた中年男性のメガネは、室内の熱気によって曇った。
「ごめんください、ブイヤベースは……いますか?」
「はい……わたしがそうです、お客様の願いはなんですか?」
「私の妻は来月出産します……無事に出産して、子どもが幸せに育つよう願いたいです!」
男は帽子を外して、はにかむように微笑んだ。
「はい……素晴らしい願いです」
ブイヤベースは温泉の縁に座り、濡れた尻尾を上げ、手際よく骨を一本抜いた。
フォカッチャは黙って机の上にある貝殻を彼に手渡す。
「ありがとうございます……」
ブイヤベースは顔を上げて微笑み、骨を舐めて貝殻に祝福の言葉を刻んだ。
「出来ました……これがあなたのお守りです、どうか肌身離さず持っていてください」
感謝の言葉を連呼する男に、ブイヤベースは貝殻を渡した。
客が去った後、彼は再び温泉に沈んだ。
「お前、痛覚は尻尾にあるって言ってなかったか……なんでいつもそんな淡々と骨を抜けるんだ」
フォカッチャは思わずツッコミを入れた。
「人に❝祝福❞をあげるのは嬉しい事です……痛みも忘れるぐらいに」
「見てるだけでいてぇよ……いいや、レストランに戻らねぇと。長風呂すんなよ、今月もう3回はのぼせてんだからな!」
「わかりました」
ブイヤベースは笑って彼に手を振り、温泉に沈むと、ドアが閉まった。
適温の温泉の中、窓の外の日差しもとても暖かい。
彼はは腰にぶら下がっている古い貝殻を手に取る、上に書いてあった文字は完全に消えていた。
「願い」と「祝福」は、貝殻の表と裏のようだ、両方叶えられたらどれだけ素晴らしいか。
彼は貝殻を胸元にあて、静かに呟く――
「デイビッド、ありがとうございます。あなたの❝祝福❞は実現しましたよ」
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