プリンセストルタ・エピソード
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目次 (プリンセストルタ・エピソード)
プリンセストルタのエピソード
精巧な人形のようなお姫様。国民から愛され、慕われている。普段は性格を隠しているため、とても無口で大人しく見える。実は普通の女の子のような一面も持っている。
Ⅰ.人形
女の子は何でできているの?
おそらく、キャンディやお人形のクマさん……そういった静かで美しいものでできているのだろう。
なら、私は?
「プリンセストルタ様はますます綺麗になりましたね、まるで精巧なお人形みたいです」
「ほら、彼女の肌は雪のように白い、彼女の唇は咲き誇るバラのよう……」
「ええ、我が王国を代表する淑女そのものですわ」
……
私の周りではこのような賛美に溢れている。
召喚された時から、私は宮殿で最も美しく優雅な姫になると、国王と王妃は仰っていた。
私の美しさと気品は、この国の繁栄を象徴しているという。
私という存在はまるで……この国のマスコットみたいだ。
そのため、私の生活には様々なしきたりが存在している。
雨の日に水遊びがしたい?ダメです、ドレスが汚れます。
手掴みで物を食べたい?ダメです、レースに油がついてしまいます。
ジョークを聞いて、声を出して笑いたい?それもダメです、淑女たるものがするべき行為ではありません。
「貴方様は王国を代表する姫です、マナーを守らなければなりません」
「淑女は淑女らしく、特に貴方様のような身分の方は尚更ですわ」
家庭教師の先生はいつもこう仰る。
淑女らしく……か。
実際のところ、彼女たちがいつも口にしている「淑女」とは一体どんなものか……私にはよくわからない。
今の私が、そうなのかもしれない。
毎朝、バラの香りのする泡風呂から上がると、メイドは私の長い髪を梳かし、名前の知らない高級なヘアオイルを塗りつけ艶を出してくれる。
私のクローゼットにはパールや宝石、バラの刺繍があしらわれたフワフワのドレスが詰まっていて、衣装担当のメイドが毎日のコーディネートを決めてくれる。
長い身支度の後、礼儀作法のレッスンを受けたり、外国の使節にお会いしたり、或いはパレードに出掛ける事もある。
常に美しく、優雅で、お淑やかであること。
それが、彼らが少女に求めているものらしい。
しかし……
それだと、ショーウィンドウに飾られている人形と何が違うのだろう?
数日前、王都に大雪が降った。
純白な雪は次第に王都を覆い、どこまでも続く白銀の世界が広がる。
雪は好きだ。
雪の純潔が、柔らかさが、風で舞い踊る姿が好きだ。
まるで神様が無数の白い蝶を放ったかのようで……目が離せません。
そして、雪と言えば、更に興味深いのは、もちろん……
「えへへっ!くらえっ!」
「うわっ!まだまだ!これからだよ!」
庭園で遊ぶ子どもたちの声に釣られ下を見てみると、自分と同じ年ごろの子どもたちが雪合戦をしていた。
彼女たちは腕を強く振り、握ったばかりの雪玉をお互いに投げ合っている。一人の頭に当たったと思ったら、次は別の子の背中に当たり……少女たちの明るい笑顔は雪の反射で、キラキラと見えた。
ああ、楽しそうですわ……
「プリンセストルタ様、何を見ているのですか?」
私が集中していない事を察したのか、礼儀作法の先生はそっと指し棒を振った。
「ごめんなさい、何でもないですわ……」
もっと見ていたい気持ちを抑え、視線を本に戻す。
「完璧で美しいイメージを保つ事、そうすれば王国に幸福をもたらす事が出来ます」
「皆が幸せなら、私はそれで充分です 」
いつもそう思ってきた。
しかし、もし願いが叶うのなら、彼女たちのように自由に雪の中を走ってみたい……
Ⅱ.花
雪はまだ降っている。
こんな大雪を見るのは久しぶりだ。
空の果てから、王都全体を呑み込むように、止めどなく降ってくる。
窓から雪を眺めていると、突然大胆なアイデアが脳裏に浮かんだ。
ーー王宮から抜け出そう。
ごめんなさい、このわがままをどうか許して……一度だけでいいから。
そう心の中で呟く。
旅支度に着替えマントを羽織り、小さなランプを持って、静かな夜に紛れてそっと逃げ出した。
冬の夜は寒いから、街には誰もいない。
もし誰かに会ったとしても、王国の姫君が真夜中に街を徘徊しているだなんて、誰も思わないだろう。
そして、私は無事王宮から抜け出し、北に進み王都の外れにまで辿り着いた。
人里から遠のいたことで、夜は更に静かになった。雪も次第に止み、世界には穏やかな白しか残らない。
私はしゃがみ込んで、自分の体温で雪が融けてしまわないか心配しながら、雪をすくいあげた。
「雪が降っています……」
小さく呟きながら、夢中になって空を見上げる。
先生の声が聞こえてこない。突如自分は王宮にいないんだと実感し、声を上げたくなった。
「雪が降っていますわ」
当然ながら誰からも返事は来ない、沈黙が続くだけ。
「わー!雪です!」
思いっきり大きな声で空に向かって叫び始めた、普段なら絶対に許されない事だ。
両手ですくった雪を空に放り投げると、マントや髪にひらひらと舞い落ちた。
それから、私は分厚いマントを脱いで純白な大地の上を走った。振り返ると、雪の上には私の足跡だけが残っていた。
「せっかく綺麗に積もっていたのに、私が台無しにしたのですね」
笑いながら独り言を呟く、少しも反省していない。むしろ革靴を脱いで、素足で雪を踏み始めた。まるで柔らかい絨毯を踏んでいるようだ。
雪の冷たさに恐ろしさは感じず、ただそれに浸っていた。
「はぁ……」
最後に、大胆にも手足を広げて、積もった雪の上に大の字で倒れ込んだ。
あぁ、なんて気持ちいいのでしょう。
この時、この瞬間、自分を縛っていたしがらみ全てが吹き飛んだ気がした。
私は高貴な姫君でも、王国のマスコットでもない。
私は私、「プリンセストルタ」という名の食霊に過ぎない。
「このまま、時間が止まればいいのに……」
残念ながら、王宮には帰らなければならない。
「たっ、助けて……」
どこからともなく、微かに助けを求める声が聞こえてきた。
誰か、いるのですか?
私は警戒しながら立ち上がった。空耳ではないと確認するため、耳を澄ませる。
「誰か、助けてください……」
本当に誰かいましたわ!それに小さな女の子です!
辺りを見渡して、声を辿る。
ふと、崖に咲いている花が見えた、そのピンクは銀世界の中でとても際立っていた。
酷寒の中、今にも風雪によって散らされそうで、なんとも場違いな存在だ。
だけど、たくましく生きている。
そしてその花の隣に、必死で崖にしがみついている手が見えた。
それは花のように、華奢で儚げなものだった。
Ⅲ.雪
「堪えてください!今行きます!」
しきたりなんて気にしている場合じゃない、私はなりふり構わずに裸足で駆け寄った。
「大丈夫ですか?もう少し頑張ってください!」
急いで崖の先端に行き、下を見た。
そこには私と同じ年ごろの女の子がいた。片手で崖を掴み、もう片方の手で崖に生えている枝にしがみついている。
「もう……無理……お願い!助けて……」
水晶のような涙が今にも目から零れそう、寒さで声も震えている。
「怖がらないでください、今引き上げます!!」
彼女に手を差し伸べ、雪のように冷たくなった手を掴んだ。
「早く、もう片方の手も伸ばしてください!」
「もう……もう動けない……これ以上は……」
紫色になっている唇から弱弱しい声が聞こえて来る、おそらく体力の限界を迎えているのだろう。
「大丈夫です、私がここにいます……」と、弱々しい言葉で慰めるので精一杯だった。
他に良い方法はないのですか?
例えばロープ……いや、蔓でもいい、安全に彼女を引き上げられるのなら。
あっ……
ふと、自分のコートに巻かれたベルトが目に飛び込んできた。
これなら!
慌ててベルトを腰から外す。
「これを掴んでください!」
ベルトを自分の手に巻いてから、彼女の方に投げた。
「大丈夫です、私を信じてください!」
少しでも安心させようと、彼女の赤くなった目をしっかりと見つめながら伝えた。
「はいっ……」
女の子はおずおずと手を伸ばしたが、次の瞬間、彼女が握りしめていた枝が折れた。
「あああああぁ!」
女の子の悲鳴が夜の静寂を切り裂く、彼女は今寒風に吹かれて今にも落ちそうな葉っぱの如く震えている。
「早く掴んでください!」
「はい!」
危機一髪の中、彼女は私のベルトを掴んだ。
「では引き上げますね、せーのっ!」
「いち、にの、さんっ!」
私は全身の力を振り絞った。自分の姿は見えないが、きっと酷い顔をしているに違いない。
「もう一度……いち、にの、さんっ!」
苦労の末、ようやく彼女を引き上げることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
疲れ果てた私は、荒い息を吐きながら雪の中に倒れ込むと、再び仰向けで大の字になった。もし先生にでも見られたら、きっとはしたないと怒るだろう。
「あの……もしかして……プリンセストルタ様ですか?」
さっき助けた女の子がおずおずと尋ねて来た。
先程よりも明らかに状態は良くなっているが、それでも寒さで体が震えていた。
やはりバレてしまった、今更隠しても意味がない。
「はい」
「やっぱり?!信じられない、さっき見た時は幻覚かと思いました!……でも、なんでこんなところにいるのですか?」
「雪遊びをしに……」
小さな声で答えたが、恥ずかしくて顔が焼ける程熱くなった。
一国の姫君がこんな理由で王宮を抜け出すなんて、しかも臣民にバレるとは……なんてみっともない。
流石に驚いたのか、彼女は目を丸くして私を見た。そしてすぐに吹き出した。
「プリンセストルタ様は高貴で無口なお姫様だと思っていましたが、なんかちょっと意外です」
「えっ?」
「普段大人しい姫様に、こんな可愛い一面があったとは!」
「失望……しましたか?」
女の子は首を横に振った。
「そんな事はありません!姫様がいなければ、私はとっくに死んでいましたよ」
そう言った後、彼女はくしゃみをした。
「……ここは寒すぎます、帰りましょうか」
東に目をやると、暗い空が目に映った。
朝がもうすぐやってくると、私に告げている。
Ⅳ.太陽
山から下りる前に、私は革靴を履き直した。長い間雪の中に立っていたため、足は真っ赤になっていた。
「すみません……私のせいで……」彼女は申し訳なさそうにこう言って来た。
「いいえ、貴方のせいではありませんよ」
ランプの灯りだけを頼りに、暗い道を並んで歩いた。
薄暗い光はほんの少しの温もりを与えてくれて、夜の寒さを和らげてくれた。
「私の名前はティファです、この町に住んでいるんです」
ショートヘアのティファは、ウインドブレーカーを着て暖かそうなブーツを履いていた。腰には小さなナイフもあって、声を聞かないと男の子だと勘違いしていたかもしれない。
「ティファはどうして一人でこんなところにいたのですか?」
「私ですか?これのためですよ!」
彼女はズボンのポケットから小さな箱を取り出した。開けると、そこには花があった。
「これは……」
これは、崖に咲くあの花だ。
少し触れただけで壊れてしまうほどに繊細なこの花は、真冬にも拘らず凛々しく咲いていた。
「これはウィンターローズという花で、雪の日に咲くんです。これを採るためにここに来ました」
ティファは恥ずかしそうに頭を掻きながらこう続けた。
「そんな顔しないでください、こう見えてもうちはハンター一家なんです!」
「ハンター?」
「はい!ハンターです!猟銃を持って猛獣を狩るんですよ」
目を輝かせながら狩猟の過程やテクニックについて熱く語っているティファは、とても可愛くて、キラキラしていた。
「だけど、両親は私がハンターになることを認めてくれません、女の子がするべき事ではないと。だからウィンターローズを採って自分を証明したかったのです。ようやく見つけたのに、調子に乗って油断して……」
「……」
「二人に証明したかったんです、女の子を勝手に定義するべきじゃないと」
ティファの目に再び光が戻った。
「誰しもが、自分でいる権利を持っています」
寒い冬にもかかわらず、彼女の目に、燃えるような炎が見えたような気がした。
自分でいる、権利……
「結果として、貴方はウィンターローズを手に入れられましたわ」
「いや、プリンセストルタ様、これは貴方の物ですよ」
そう言ってティファは乱れてしまった私の髪に、丁寧にウィンターローズを挿してくれた。
「姫様の智慧と勇気、そして優しい心に我が敬意を」
……
町に戻った頃には、既に空は明るくなっていた。
遠くからでも、不安そうにしている夫婦と村人たちが見える、特に女性はとても悲しそうに泣いていた。
あれがティファの母親なのだろう。
「ママ!」ティファは両親に手を振り、彼らの元へ駆け寄った。
娘の声に気付いた母親は顔を上げ、走ってきたティファを強く抱きしめた。
「ティファ、無事だったのね!一体どこに行っていたの?心配で、心配で……一睡も出来なかったわ!」
「ママ、ごめんね……ウィンターローズを採りに行ったら、足が滑って……」
「えっ?」
「でも、プリンセストルタ様が助けてくれたの!姫様のおかげで無事に戻れたんだ!」
ティファがこちらを向いたので、全員の視線が私に集まった。
「わっ、私は……」
無意識に目を逸らした、今の私はきっと酷い姿をしているから……
髪はボサボサ、ドレスの裾は泥と水で汚れていて、手もベトベトになっているし……
こんなのが姫君だなんて、きっとガッカリさせた。
しかし、ティファの両親は真剣な顔で私の前に立ち、そして深々とお辞儀をした。
「娘を助けてくださって、本当にありがとうございます、姫様」
えっ?
「さすが我が国の姫様だ!」
「そうだ、そうだ!」
「まさかこんなにも勇敢だったとは……」
感謝の言葉や歓声が沸き上がった。
今の私は淑女でもマスコットでもない、私は私だ。
Ⅴ.プリンセストルタ
プリンセストルタがティファを助けた話は、やがて国王の耳にも届いた。
「愛するプリンセストルタよ、臣民を救ってくれた褒美をやろう、何がいい?」
王は彼女にこう尋ねた。
「陛下、もしよろしければ……」
……
プリンセストルタは今、ティファと一緒に狩猟に出掛けている。
あの事件の後、彼女は王宮を自由に出入りする権利を得た。そして、ティファの両親もティファが狩猟のサポートをする事を許した、これは将来ハンターになるために必要な修行だ。
「ティファ、こっちです!」プリンセストルタは小声でティファに呼びかけた。
「今行きます!」
二人のすぐそばの草むらで、一羽のウサギが背後に迫る危機に気付かず、熱心に餌を啄んでいた。
ティファが狙いを定め、弓を引くと、シュッという音がして……
「当たった!」
獲れたばかりの獲物を興奮気味に掲げるティファを見て、プリンセストルタは微笑んだ。
……
「なんという事でしょう!淑女たるものがあんなはしたない事をするなんて!」
王宮では、プリンセストルタに礼儀作法を教えていた先生が慌てた様子で部屋を歩き回っていた。
「バッテンバーグケーキ様!このままでよろしいのですか?」
それに対して、優雅な少女は「イートン・メスを教えてみるのはいかがですか?」と言って、微笑むだけだった。
「イートン・メス様?」唐突に出てきた名前に、先生は「遠慮しておきます」と首を横に振った。
先生のとりとめのない愚痴を聞きながら、バッテンバーグケーキはただ口角を上げるだけ。テーブルの上に置かれたガラスの花瓶に目をやると、そこには露に濡れたウィンターローズが活けられている。
……
女の子は何でできているのだろう?
おそらく、キャンディ、人形のクマ、バラの花びらなどでできているのだろう。
しかし、勇気、知恵、努力、根性、闘志……これらでできていてもいいはずだ。
彼女たちは握りしめた拳、誇らしい尊厳、石よりも強い意志で、そして燃え盛る炎でもある。
世界でも類を見ない美そのものだ。
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