カターイフ・エピソード
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カターイフのエピソード
アビドスの未来の後継者、のんきな王子。太陽と遊びが好きなため、よく薄暗い城から抜け出して遊びに行く。帰ったら必ず叱られるが、懲りずに自分の考えを固持する、反抗期とも言える。
Ⅰ.反抗的な王子
アビドスは灼熱だ。
パラータにあるこの国は、土から空気まで、それらに纏う金色の熱気には魂があるようで、人の体に入り込もうとしてくる。
それは人を傷つけ、体内の水分を蒸発させ、口を乾燥させ、更にこの荒廃した砂漠にオアシスの幻覚を見せることもある。
やがて、希望を打ち砕き、深い奈落に落とすかのように人々を打ちのめす。
だが、オレにとっては高温よりも、この城の寒さはもっと耐えられない。
ここは外の世界とは真逆で、震えるほどの寒さではないが、暗い隅や人気のない奥まった場所に、焼けつく大地の上にいても冷たい息を吐くような、大きな化け物が潜んでいるような気がしてならない。
オレはここに住んでいる。この黄砂でできた、化け物が住んでいそうな、息苦しい陰気な城にーー
毎週少なくとも10回は抜け出さなければ耐えられない場所に。
「王子は?ちゃんとついていけって言っただろう?!」
「王子ーー王子ーー!」
鈴の音を立て、足音や叫び声がドアの外を通り過ぎ、まるでラクダの隊商のようだ。オレはベッドの下から顔を出し、近くに誰もいないことを確認してから急いで飛び出した。
うむ、これぞ灯台下暗しだな。やつらはオレが自分の部屋に隠れているとは、絶対に思わないだろう!よし、気づかれないうちに早く……
「カターイフ、どこへ行く気だ?」
黒い布を被り逃げようとしていた時、後ろから声がして、鳥肌が立った。
まずい、ここで直接オレの名前を呼ぶのはあの人しか……
「ねっ、姉さん……」
黒い布が剥がされて、できるだけ時間をかけてゆっくりと振り向くと、あの怖い女が見えた。
ーーコシャリが腕を組んでそこに立っている、それだけでもう怖い。
「少し日光を浴びたくて……ちゃんと日光を浴びないと、病気になるだろ……」
「日向ぼっこに行くのに、何故黒い布を被っている?」
「あ-、日に当たりすぎても病気になるからな」
「なら、日に当たるのは危険だ。もっと安全なことをしようか?」
彼女は俺に法杖を押しつけ、あまり笑わないその顔に少しばかり喜びが浮かんでいるように見えた。
「モンカラに行って、私たちの”オアシス捜索隊“の準備がどうなっているか見に行きなさい」
はぁ、やっぱりそうか……
できればモンカラには行きたくない。
城から半日で行けるが、道中は人影もなく、落ち着かないからだ。
城の者だけがモンカラに行けるが、モンカラの者は城に来ることはできない。
モンカラはアビドスの都だが、この国の中心ではない、
この城こそが中心だ。
何か巨大で強力なものがこの城の意志を奪ったかのように、モンカラも、アビドス全体もそれに逆らうことはできない。
オレも同じだ。
王子らしい笑顔でコシャリに手を振って別れを告げ、オレは護衛と一緒にモンカラに向かった。
「神様が無事王子をモンカラに送り帰してくださったことに感謝し、私めの僕が塵を払わせていただきます」
モンカラの国王が跪くと、その膨れ上がった唇がオレのつま先の地面にくっついた。彼が言った僕……この国の未来の後継者とやらも、オレの足元に跪き、月桂枝に水をつけて、オレの膝と腕に振った。
続いて、二列の跪いた人々に囲まれた狭い道を歩き、花びらとシルクが敷き詰められた階段を踏み、金メッキが塗られた木椅子に腰を下ろした。
未知なるものは人々を恐怖させ、誰も俺を見上げようとはしなかった。
彼らはあの城を忌み嫌い、そこには世界を創造すると共に破壊もできる神が住んでいると信じていたのだ。
しかし、一度顔を上げたら、彼らが跪いているのは単なる食霊にすぎないことがわかるだろう。
国王はオレの足元に跪いたまま、都の近況を説明し、神の恵みに感謝し、再びオレの足元の地面にキスをした。
太陽の光と熱気に包まれているが、椅子の後ろにある氷から、香りのする風が吹いてくる。オレはつい尋ねてしまったーー
「“オアシス捜索隊“の者は揃ったか?」
「ご安心ください。モンカラの全ての民は、アビドスのために自分の命を捧げたいと思っています。人数は既に達しており、特訓を行っています……こちらへどうぞ」
国王の後について階段を降り、金色に輝く輿に乗った。しかし狭い道を作った人々の前を通りかかった時、足元からため息が聞こえた。
「はぁ」という声は、まるで砲声のように響いた。
聞こえていないフリをして、わざと咳をしてその音を遮ろうとした。
しかし、護衛たちの反応は弦を離れた矢よりも速かった。瞬く間に、彼らは声の源を見つけ、その男を地面に抑えつけ、足首と体に刺がついた麻縄を縛った。
オレはただ高い輿の上に座ったまま、他の皆と同じように何も起きていないフリをして、花の香りと血の臭いが漂う狭い道をゆっくりと進むだけ。
これこそが、オレがモンカラに来たくない理由だ。
Ⅱ.拾われた子ども
アビドスは砂漠に囲まれているが、熱さ以外で最大の生存問題は、水だ。
城はそのような問題を考える必要はない。唯一のオアシスを占めているからだ。しかし、モンカラの人々はそうではない。
神はその民を救おうとしているが、この世にはタダで手に入るものは何一つない。
モンカラは「オアシス捜索隊」を結成し城の導く方へ向かう事でしか、命の源を手に入れる事は出来ない。
そうすれば、モンカラは永遠に城に対する畏敬と忠誠を保つことができるのだ。
「王子、これが私たちの捜索隊です。みんな屈強な勇士で、喜んでモンカラのために、アビドスのために全てを捧げます!」
国王は説明してくれたが、照り付ける太陽の下、「勇者」の体には殴られ、虐められた跡しか見えない。
オレと同じように、彼らも喜んでここにいるわけではないだろう。
「よろしい」
オレはそう言うしかなかった。それがオレの役割、オレの使命だからだ。
なにせよ、オレは王子として生まれたわけではなかった。
最初は、城がモンカラと交流するための架け橋を必要としていただけだった。
そこで国王は、各地から身寄りのない子どもたちを物色した。若くて健康で丈夫な男の子たちを。
年齢だけなら、オレが一番不適格だったが、食霊のオレより健康でたくましい人間の子どもはいなかった。
こうして、スラム街で暮らしていたオレは国王の兵士に拾われ王宮に送り込まれた後、また王宮から城まで送られた。
毎年、いや、毎日のように何百人もの子どもがこのように拾われ、運ばれる途中で病死するか、王宮や大臣の家の倉庫で永眠しているそうだ。
城ーー人々から神域と呼ばれているここに拾われたら、酷い目に遭うことはないだろうが、冷たい視線や暴力は避けられないだろう。
城に向かう馬車に乗っている時、オレはそう思っていたが……
「どうして跪いている?」
「オレにもわかりません、モンカラの王に跪けと言われました」
オレが顔を上げて返事した時、近くにいる侍従が驚いてた。城の絨毯を汚さないために脱いだオレの靴を落としそうになった。
「オレはスラム街で生まれた食霊でしかありません。お城の主より常に低い場所にいろと言われました」
「立て、貴方は今からアドビスの王子だ」
そばにいた従者たちは慌て始めた。城主の言葉を聞いて立つべきか、それとも国王の命令に従ってオレを跪かせるべきか。オレはただ無意識に自分の靴を抱きしめるしかなかった。
震えている従者は別の者に支えられている。
「これからもずっとここで生活することになるだろう。貴方は城の客人でもある、欲しい物は全て提供しよう」
「望むなら、私を兄として見てもいい。私たちは、皆食霊だからな」
城の主人は笑って言った、その口調は穏やかで優しかった。彼はオレに手を差し出して、その手の平も暖かった……
ゴキブリやネズミと食べ物を奪い合う子どもを見たことがある。
赤子に母乳を与えるため、栄養に富んだ「物」をなんでも口に押し込んだ母親を見たことがある。
年老いた父をかばって、目や鼻を切られた人も見たことがある。
彼らは全員暗かった、もがき歪んでいて、生まれた時から地獄の死者のようだった。
この時、オレは初めて白金色の者を見たのだ。
白は聖潔、金は温もり。
もしこの城に、本当に創世の神が住んでいたら、彼は神の最も近くにいる大天使だったのだろう。
絶望に溺れることにならなくてよかった。
今は彼のような者になりたいと思う。
他人に光のような安心感を与えられる存在に。
彼を失望させたくない。
あの眩い白金色が少しでも暗くなったら、それはオレの罪だ。
近くで、暑さと疲労でうっかり列の中で声を上げた者が鞭に打たれていた。悲惨な叫びは乾いた黄砂に埋もれ、とある古い儀式の伴奏のようだった。
ただの伴奏だと思い込み、オレは落ち着いた様子で頷いた。
「よろしい」と、オレは繰り返した。
「これらの勇士たちがいれば、オアシスの水路はすぐにモンカラの土地に繋がるだろう」
自分の言葉に眩暈と吐き気を覚える。国王は満足そうに跪き、熱い地面にキスし続けている。
彼がオレを見つけた時の様子を突然思い出した。興奮気味で、金貨でも見つけたようにオレをじっと見つめていた。
今になっては、彼はオレを見ることさえできない。
オレは城の客人で、モンカラに王子と尊敬されているが、誰も顔を見たことがない食霊だ。
オレはどこにも属さず、最初から最後まで拾われた子どもでしかなかった。
「そう、貴方は城にもモンカラにも属していない、オレと同じ」
強烈な日差しの下にいるのに、氷室に落ちたように全身が凍り付く。一匹の毒ヘビが耳元を這い回っているのを感じた。冷たく、滑らかな音が耳に入り、頭のてっぺんまで突っ込んでくる。
「こんにちは、カターイフ……王子」
「毒ヘビ」は血のように赤い舌を出しながら、陽光を浴びた小麦色の足を心地よさそうに揺らした。
誰もヘビが見えていない。
厳重に警備された王宮なのに、オレの手の届くところに、気配もなく天から降ってきた。
愚かな王も、哀れな勇者も、呆然としているモンカラの民も、皆頭を垂れていて、オレのそばに坐っている「毒ヘビ」が見えない。
彼はただ影のように、皆の上に自然に存在しているかのようだった。
「だっ、誰?」
彼は嬉しそうに首を傾げてオレを見下ろし、その笑顔はさながら強い毒のようだ。
「オレはキミの心の声、キミの心の中で……一番暗い影だよ」
Ⅲ.危ない影
「キミは……」
「シーッ」
彼がオレの口を押さえると、甘ったるいあんずの香りが鼻をくすぐり、言いたかった言葉を飲み込んでしまった。
「あいつを助けたくないのか?何の罪も犯してない、ただ声を出しただけなのに」
緋色の瞳がオレの眼球を捉え、彼が提示した問題以外考えられなくなる。
オレは頷いた。
そしてすぐに首を振った。
オレは依然と声が出せない。
「ふふっ、わかった。城の主人が王宮で何が起ころうとも、彼らのすべての行為を肯定すればいいと言っていただろう」
おかしい。彼の言っていることは正しい。
だが、オレと兄さんしか知らないはずの事を、彼はどうやって……
影……もしかしたら、彼は本当にオレの心の影なのか?
「ただの城の主なのに、キミの……”お兄さん”だったかな?はぁ、なんて愚かな言葉だ。こんなに簡単に関係のない二人を結びつけて、彼の言いなりにしてしまうなんて」
「キミには兄なんかいない。あいつ、あの白金色の、太陽の光でも溶けない氷のような食霊の言うことは、本当に正しいのか?」
「聞いて、あの哀れなやつの叫び声が弱くなってきている。本当に彼はあんな目に遭う必要があったのか?まだそれを荘厳な伴奏だとでも思っているのか?バカな考えは捨てろ。あれは命乞い叫びだ、彼はキミに助けを求めている」
「彼を助けたいだろう?”お兄さん”がキミをスラム街から、絶望に虐げられる運命から救ってくれたように、他人を救いたいだろう?そんなことのためにバカみたいにここに座っているのではないか。なぜ動こうとしない?」
「キミはオウム?それとも人形?まだあの単語を繰り返すのか?死んでる訳じゃないのに、自分で決めるんだ。そこまでバカじゃないだろう?」
「今……本当に言いたいことを言うんだ。何が欲しい?一体何が欲しい?言って……言ってみるんだ!」
「やめろ!」
声を荒げた。慌てたような、掠れて、調子の狂った叫び声を上げた。
こうして、頭を垂れてトレーニングしている勇士たちも、地面にうつ伏せになって居眠りをしていた国王も、失神寸前で意識が朦朧としていた民たちも、動きを止め、暑さの中固まった。
「王、王子?何かあったのでしょうか」
「や、やめろ……もうあの者を鞭で打つな」
「しかし、彼は王子ーー神様を怒らせた……」
「それでも、あれほど酷い処罰を受けるべきではない」
「はい……わかりました、仰せの通りにいたします」
国王は後ろの従者に耳打ちをして、後者は跪いて少し後ろに下がった後、急に立ち上がって、暴行をしている本堂の方へ駆け寄った。
オレはホッとして、椅子に倒れた。そこで、自分が冷や汗をかいていることに気がつく。
「ほら、簡単だろ」
「影」がつぶやき、オレの顔を指で突いた。
金の飾りが眩しい光を反射し、オレはびっくりして、慌てて目を閉じた。
待て、もし彼がオレの心の影でしか、幻覚でしかなかったら、どうして……
「王子!王子の意志に背いて、”やるべきではない”事をした罪人を連れて来ました。直ちに処刑します!」
「なっ……」
その言葉が終わると同時に、二つの丸いものが地面に落ちた。
国王が何度もキスをした黄砂の地面には、血が広がり、黒い影のような烙印を残した。
眩暈と吐き気に襲われ、ふと気づいて、横を見たがーー
毒ヘビのような言葉、冷たい吐息、甘いあんずの香り……
緋色の瞳、小麦色の肌、金色の光はもう……
そこになかった。
今まで経験した全てのことは、ただの幻覚だったみたいだ。
目の前には、風に吹かれ霧のように舞い上がった黄砂以外、何もなかった。
……
城に戻った後、オレは部屋に閉じこもった。
鞭で打たれたあの絶叫、二人の兵士の恐怖と悔しさに満ちた目が、オレの頭から消えることはなかった。
オレだ、オレがやったのだ。
もし兄の言葉を聞いていたら、モンカラの全てを肯定していたのなら。
命を失うのは二人ではなく、一人だけだったのかもしれない……
いや、あの時、オレがもっと急いで歩いていたら、或いはもっと早く王の戯言を遮っていたら、あの人々は苦しそうな呻き声を上げていなかったかもしれない、そうすれば……
オレだ、オレのせいだ。
「自分のせいにする方が楽だと思うなら、別にいい……だけど、それは健全じゃない」
?!
逆さまになった視界の中、あの「影」はベッドの端に寄りかかり、赤い目をパチパチさせながら、組んでいた腕をほどいて手を振った。
「ははは、ビックリした?」
「ど、どうやって入ってきた?城の警備はあんなに厳重なのに、ありえない……いや、キミが幻覚だったら……」
「幻覚?信じてたの?騙されやすいな!」
「えっ?」
彼は笑いながら近づいて来て、あんずの甘い香りがする指でオレの眉間を軽く弾いた。
「ちょっとした冗談だったんだけどね。私の名前はカマルアルディン、貴方と同じ食霊だ」
「カマルアルディン……」
「うん、この名前をちゃんと覚えて。この世界に降臨する救世主の名前だからね」
Ⅳ.遠いオアシス
「あはは、カターイフ、また捕まったね。今度こっそり出かける時は私を呼んでって言ったのに、私の話を聞かないからこうなるんだ」
「カターイフ、お城の花が全部偽物だということを知らない訳じゃないだろう?スラム街はめちゃくちゃだったけど、そこで本物の花ぐらい見たことがあるよね?」
「ねぇ、カターイフ、お腹空いた、また食べ物を持って来てくれなかったの?」
「ああ、もう、うるさい!カマルアルディン、黙れ!」
そう言うと、あいつはやっと減らない口を噤んだ。代わりにベッドの上で左右に揺れ、ギシギシと音を立てて遊び始めた。
救世主どころか、明らかに厄介者だ……
その日からずっと、カマルアルディンはオレの部屋を離れようとしなかった。
何故かわからないが、城の他の者には彼が見えないようだ。もしかして、彼は姿を消す能力を持っているのか?
同じ食霊なのに、オレは何もできないなんて、不公平だ。
こいつが何の目的でここにいるのかはわからないが、幸い、毎日オレの耳を煩わす以外、彼は他に何もしない。
でもそれだけでも十分な嫌がらせだ……
「おい、いつまでここにいるつもりだ?」
「うーんーー貴方が私の提案に同意してくれるまで~」
「提案?」
「……“お兄さん“に聞いてみたら?クソッ、イヤな呼び方……とにかく、オアシスって何なのか、あいつに聞いてみたらどうだ?」
オレはため息をついた。彼の頭を法杖で叩き割って、中に何が入っているかを見てみたい気分だ。
「オアシスはオアシスだよ、砂漠に植物や水源がある場所だろう。兄さんにそんな質問をして、オレがバカにされるのを期待しているのか?」
「もちろん、オアシスが何かは知っているよ……でも、彼が探しているオアシスは、必ずしも貴方が言っているものじゃない」
「えっ?」
彼はもう一度近づいてきた。初めて会った時のように、緋色の瞳がオレの眼球にくっつきそうになっている、わざとオレがまともに思考出来ないようにしている。
「“オアシス“は砂漠の“希望“であり、私たちの“生命の源“でもある。必ずしも木の下の小さな池の訳ではないだろう」
「何が違うんだ?水源も希望も、アドビスに必要なものだろう」
「あのな……前にも言っただろう、“お兄さん“の言ったことが全部本当だとは限らない。彼は何も教えてくれなかっただろう?“オアシス“は彼が導いてくれるのだろう?それで、何故彼は“オアシス“がどこにあるかを教えてくれないんだ?」
「オレに言う必要はないだろう、オアシスを探しているのはオレではないし……」
「裏切られてもそいつに感謝するなんて、バカだよね!“オアシス“は“希望“の代名詞ではなく、その反対である可能性を考えたことはないのか?」
こいつは狂っているのか?そんなことをして、兄になんのメリットがある?
彼はオレが何を考えているのかを察したらしく、オレの向かいで腕を組んで座り、得意げに顎を上げた。
「なら、“オアシス“を見つけることは彼にとって何のメリットがある?城のそばに水源はあるだろう」
「もちろんアドビスの民のためだ!」
「アドビスの民?モンカラの王宮にいる召し使いですら貴方に手は出せないのに、アドビスの民を救おうとする訳ないだろう?」
「それはオレのせいだ……オレが手を出して止めた後、二人が無駄死にした……」
カマルアルディンは突然驚いたように口を閉じ、ベッドに伏せて布団や自分の胸を叩いた。
「クソッ!こんな事まで彼は計算しているのか?」
長い間彼を見てきたが、こんな姿を見るのは初めてだ。
羽毛を詰めた枕や布団から羽毛が出てきそうなほど、胸のあたりの皮膚は叩かれて真っ赤になっていた。
こんなに黒い皮膚なのに、赤く見えるとは、どれだけ力を入れたんだろう……
気でも狂ったのだろうか。
「おいっ……大丈夫か?」
「ならば、自分の目で確かめればいい」
彼は突然静かになり、なんの前置きもなくそう言い放った。その様子はどことなく興奮して、目が赤い稲妻のように輝いているように見えた。
「えっ?何を確かめるんだ?」
「“オアシス“!私の言葉が信じられないなら、愛するお兄さんが欲しがっている“オアシス“とやらが一体どんなものなのか、自分の目で確かめてみるんだ」
自分の目で……「オアシス」を?
それは、とても危険なことだと感じた。
オレは城とモンカラを交流させるための架け橋、王子であり、人質であり、勝手にここから離れてはいけない。
それに、砂漠では、昆虫1匹や石1粒のような些細なことでも命を落とすことがある。
ただ……
アドビスの最も豊かで安全な王宮でも、人は命を落とす。
自分がアドビスの王子である以上、他人に太陽の光のような安心感を与えないと……
ならば、自分でオアシスを探すことは、オレがやるべき事ではないだろうか?
「安心してくれ、もし行くと決めたら、無事に城を出るのを手伝うよ。とにかく、決定権は貴方にある」
「何がしたいのかは、自分で決めるしかない」
カマルアルディンの顔に笑みが浮かんだように見えた。彼はオレの失敗を待っているのか、それとも本当に彼の言う通り、この世界の救世主になりたいのか。
なんだっていい……
オレは法杖を上げ、その金色をカマルアルディンの鼻先に軽くつけた。
「アドビスの救世主になることを決めた」
「オアシスを見つけ、アドビスの希望を見つけ、その時になれば……フンッ」
オレは笑って彼の眉間を弾いた。
「キミの疑い深い狂気の心も、オレが救ってあげるよ」
Ⅴ.カターイフ
カターイフはスラム街で生まれた。
彼は亀裂した大地で横になり、ハエや爬虫類を見て、自分もそいつらと同じだと考えていた。
ここにいる人の半分は既に死んでいて、半分は絶望の中で死を待っている。
カターイフは彼らとは違う。食霊は待つだけでは死なない。
彼は飲まず食わずに歩き、スラム街を出て、アビドスから離れることは出来る。
その前に、暑さと陽射しは彼の皮膚を溶かし、内臓は火傷してしまうだろう。
食霊がこの砂漠の救世主になるという古い予言を、聞いたことがある。
だが、食霊である彼は乾いたまま地面に横たわり、絶望に追いやられた。
あの太った国王は珍しくこの死の地に人を送り、金貨を運ぶように彼を箱に入れて、馬車に乗せ、冷たい空気が流れる王宮に運んだ後、あの陰気な城に送った。
死以外のものが見えるようになった。
城の花は派手だが、布や銀で作られた命のない物ばかりで、どんな時でも明るいのに、そこには日差しが少しもなかった。
あの奥に隠れている怪物だけが本物みたいだ。
あいつはきっとこのチャンスに乗じて、城主、つまりカターイフの兄の悪口を言うに違いない。
カマルアルディンはいつもカターイフが何を考えているのかを見通せる。
「城の中の怪物は見たことないが、もしその感覚が本当だったら……その怪物はきっと貴方の兄だ」
この言葉を聞いて、カターイフは躊躇わずに相手にパンチを返し、案の定素早く躱された。
カマルアルディンの小言はうるさいし、その理不尽な推測も失礼だが、この荒れ果てた世界に現れてくれて良かったと、その考えを自分自身では否定できなかった。
城に着くと、人々はカターイフを王子、それに救世主と呼んだ。
彼が無意味な声を上げただけの人間を救えなかったとしてもだ。
カターイフはバカと呼ばれるのは嫌いだが、本当の言葉を聞くのは好きだ。
「救世主?何を夢見ているんだ?例え救世主であっても、貴方のようなバカに助けられたくはないだろうね、恥ずかしい!」
カマルアルディンはカターイフが目の前に垂らした法杖を避けて、嫌そうに腕を擦った。
「私がいなければ、あのコシャリという恐ろしい女も騙せないのに、ましてや“オアシス”を見つけるなんて」
カターイフは少し自信なさそうにベッドに戻り、真剣にカマルアルディンに向かい合った。
「何か方法があるのか?」
「まあ、安心してくれ、私の計画は完璧だ」
カターイフは目の前の者を見て、口をへの字に曲げたが、反論はしなかった。
カマルアルディンは黒金色だ。
黒はプライド、金色は自信を象徴する。
彼はいつでも人を納得させる方法を持っているようで、奇想天外な口先だけのことであっても、それでも信じたいと思ってしまう。
狂気とロマンに満ちた馬鹿げた話を信じてしまう。
炎の悪魔みたいな太陽ではなく、暖かい太陽の光はアビドスに永遠に留まり、人の世に留まると信じる。
それはカターイフの一生の夢だった。
カマルアルディンを盲信するという事は、代価を払うという事だ。
「カマルアルディンの野郎……それが彼の愚かな計画だったのか!」
その時、カターイフは「オアシス捜索隊」に隠れ、緊張した様子で頭巾を押さえた。
確かにこの方法であれば導かれるように正しいオアシスを見つけることはできるが、バレたら……
そうなると、カターイフでも正直何が起こるのか分からない。
少なくとも、怖いコシャリに怒られることは間違いないだろう。
ここまで来たのなら、もう戻る道はなく、自分の存在感を少しでも消すことしかできない。彼は頭を低くして、その黒金色の姿をこっそりと隊列の中で探した。
「カマルアルディンの奴……どこに行った……ん?あれは……」
遠くの地面に金色の光が閃き、カターイフが目を凝らすと、それは腕輪のようだった。
この前、カマルアルディンの腕に似たようなものを見た気がする、まさか……
人の群れを避けて、カターイフはこっそりそこへ駆け寄り、金色に輝く、かつて太陽の光で自分の目を痛めつけた腕輪を拾った。
ドンッーー
なにかの起動ボタンを押したかのように、彼の後ろで突然炎が弾けた。
黒い煙、金色の炎、赤い血溜まり……
一瞬で黄色い塵や砂に変わった「オアシス捜索隊」を、カターイフはぼんやりと眺めていた。希望と絶望の狭間でもがいていた救世主は、ようやく鈍くも震え始めた。
彼は走り、手の中の腕輪を握りしめ、獣のように叫んだ。
そう、爆破とカマルアルディンが繋がっているに違いない。
彼は毒ヘビであり、一番暗い影であり、率直な友人であり、荒唐無稽な詩だ。
そして、クソったれの殺人鬼でもある。
カターイフの声は、まだ止まない爆発音に掻き消され、王宮の外、ましてや城内にも届かない。
城の中のカマルアルディンは遠くの煙を見て、笑いながらワイングラスを上げた。
「第一歩は成功のようだ」
向かいにいるもう一人が彼を横目で見て、心ここにあらずといった様子でグラスを掲げた。
「まだ早い。お祝いは、第二の計画が終わるまで待っても遅くはない」
「わかった、わかった……」
チンッーー
その見事なまでの深い瞳に見つめられ、カマルアルディンは焦ったように目を丸くし、グラスの中のお酒を飲み干した。
「第二の計画はもうすぐ始まる。これでいいだろう……コシャリ女王」
物語は、まだまだ始まったばかりだ。
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