パンドーロ・エピソード
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パンドーロのエピソード
強がりなツンデレ少女、痛いのが大嫌い。人に弱さを見せるのが恥ずかしいため、平気な顔をするが、演技が下手。見抜かれる度に恥ずかしさを爆発させて怒り出す。皆に甘やかされてきたお嬢様だが、本人は姉御のような人になりたいそう。性格は面倒くさいが、根は優しいので、不機嫌な顔で困っている人を助ける事が多い。縄張りの住人からも好かれている。
Ⅰ.衝突
朝日が地面を照らし、白い雪が町を覆っている。
ショーウィンドウに飾られたジンジャーブレッドは笑顔を見せわふくよかな身体を横に揺らす。道端の雪だるまは赤いマフラーをつけて、イタズラっ子に落とされたニンジンの鼻を不器用に拾い上げる。
今日は年に一度のクリスマス、あたしの大好きな日。
冷たい空気を吸いながらクリスマスの歌を口ずさんでいると、足取りも軽くなる。
「お嬢様はやはりクリスマスが楽しみだったのですね、今日はお出かけして正解でした」
ヴィーナーのクスクス笑う声を聞いて、あたしは思わず固まった。
「べっ、別に楽しみじゃないし!サンタもきっと忙しいから、うちに来てくれるかわからないしね……」
反射的に言い返したけど、顔が熱くなっていく。
「サンタさんですか……毎年この時期になると、良い子にプレゼントを贈るらしいですね。もしかしてお嬢様、今年は自分も良い子だったと思っていらっしゃいますか?」
「いやっ、別に……」
「ふふっ、安心してください、今年もきっと来てくだいますよ」
「もういいっ!これ以上言わないで!これ以上言ったらクビにするわよ!」
ヴィーナーの表情は見るまでもない。あたしは急いで道端のギフトショップを指して、話題を逸らした。
「せっかく出掛けたんだし、プレゼントを買って皆に配りたいだけなの!それだけだから!」
チャリン__
扉を開くと鈴が鳴り、様々なギフトに目が眩む。
お城が入っている水晶玉か、トナカイのぬいぐるみか悩んでいる時、騒がしい声があたしの注意を引いた。
「クソガキ、またうちの店の前で花を売りやがって!どっか行け!商売の邪魔だ!」
「でも……ここは公道のはずです……」
店の外、ボロイ服を着た痩せ細った女の子が花かごを提げたまま、店主の人に怒られている。傍には従業員らしき人も立っていた。
店の前の道は広い、僅かな場所しか使っていないのに、彼はそれすら許さない。
こんなの酷すぎる!
胸の奥から怒りがこみ上げてくる。あたしは持っていた物を置いて、真っ直ぐ男の方に向かった。
「いい年した男が、よくも女の子にそんなに乱暴な真似を!」
「はぁ?お前には関係ねぇだろ!首を突っ込むな!」
「待って……ボス、彼女はあの”スペクター”家の者じゃ……」
彼は眉を吊り上げジロジロとこちらを見てから、鼻で笑った。
「人の店の前で好き勝手叫んでいるのはどこの誰かと思えば、ここを仕切っているチンピラ”スペクター”のもんか……そいつは恐ろしいな」
「チンピラだと?あんた……!」
「バカ、何突っ立ってんだ?チンピラが集まって来る前に花売りのクソガキを追い出せ!」
男は吐き捨てると、従業員たちが押し寄せてきた。
こいつら、本当にやるつもり?!
驚いたけど、身体は勝手に動いて、女の子を庇った。だけどあいつらは手を止める訳もなく、鉄パイプはこちらに向かって振り下ろされ……
「どうやら、”スペクター”家は諸君らに対しての扱いが些か優しすぎたようですね」
「ぐぇっーー」
覚悟していた痛みはやって来なかった。ヴィーナーが庇ってくれて、チャチャッとあいつらをねじ伏せたんだ。
まるで枯れ葉をゴミ箱に捨てるかのように。
楽そうなのに、あたしにとってはとても……
ギフトショップの者たちには二度と女の子に手を出さないと保証させ、女の子が花売りに向いている場所を確保してから、ようやく安心して別れた。
「はぁ……」
帰る途中、思わずため息をついた。
「お嬢様どうされました?あの女の子を守る事が出来て、お目当ての品も手に入れました、喜ぶべきではないでしょうか?」
「……あたしが守った訳でもないし 」
「そうでしたか、お嬢様は自分が他人を助ける事が出来なくて、だからサンタさんは今夜来てくれないと思ったのですね?」
「違うし!」
ヴィーナーは優しく微笑んだ、相変わらず憎めない澄ました顔。
「いつかヴィーナーみたいに強くなれるかしら……」
「ふふっ、しかしよく考えてみてください。お嬢様がいなければ、私はあの女の子を助けなかったじゃありませんか?」
「えっ?」
「ですから、あの女の子を助けたのはお嬢様に違いありませんよ。世の理不尽を見過ごさず、他人の心に寄り添う、これこそがこの世で一番大事なものです。私よりもずっと強かったですよ、お嬢様は」
ヴィーナーは珍しく真面目な顔を見せる、しかしあたしは……
「フンッ、もう子どもでもないし、そういうので誤魔化すのはやめてよね」
「おや……しかし、サンタさんが実在していると信じていますし、子どもではありませんか?」
「何?なんか言った?サンタがどうかしたの?」
「いえ、そろそろ家に帰る時間ですよ」
「うわっ!もうこんな時間か……帰らなきゃ、訓練もあるし!」
ヴィーナーが口を開くのも待たずに、彼女の手を取って、雪に覆われた道を駆けた。
大丈夫。
今のあたしはまだ弱いけど、強くなるための時間はたっぷりある。
ヴィーナーが言ったような、本当の強さをきっと手に入れる!
だから、だから……
Ⅱ.挫折
「”スペクター”は、悪いチンピラなのか……?」
あの男の言葉がずっと引っかかっていて、思わず口に出してしまった。
ヴィーナーに聞かれたのか、絶縁防護服を着る手伝いをしてくれている手を止め、顔を上げてあたしを見た。
「お嬢様の目には、家族はそのように映っているのですか?」
「ちっ、違うよ!他人にはこんな風に見えているのかと……」
「他人の見方より、お嬢様の考えの方が大事じゃないでしょうか」
「えっ?」
「”スペクター”とこれからも共に歩むのは、他の誰かではなくお嬢様ですからね」
ヴィーナーの話に少し困惑したけど、彼女の言う通りだった。
他人がどう思っているかは関係ない、「スペクター」家を守る事こそがあたしがやるべき事だ!。
あたしは立ち上がって防護服を整え、訓練場に入ろうとしたところ、急にヴィーナーが声を掛けて来た。
「恐縮ですが、私が側にいてお嬢様を守っているのに、どうして訓練を受けるのですか?」
「……どうせ暇だし、それに、ずっとヴィーナーに守られたままじゃダメでしょ」
「ずっと他人に守られるのはダメだ……あたしがもっと強くなれば、あたしの力であんたたちを守れるのに……」
「お嬢様……」
「朗報を待って、今日こそ勝つ!」
ポンッ__パンッ__!
指先に霊力を集めるとそれは稲妻となり、浮遊している幽霊とかかぼちゃを引き裂き、空気を燃やした。
飛んでくる最後の仮面かぼちゃを塵にし、額から冷たい汗が伝う。
周りの灰色の煙幕は分厚い。手のひらはまるでアリの大群に噛まれたように痛痒いけど、あたしは歯を食いしばって、白いマント姿を必死に探した。
この訓練戦で、デビルドエッグに負けていられない!
突然、目の前に白い影が掠め、それは大きな岩の後ろに隠れた。
今だ!
あたしは再び力を岩にぶつける……
マントは消し飛んだけど、それを被っていたのは歪なかかしだった。
「まずい……!」
リアクションも出来ないまま、かかしは笑いながら跳ね上がる。そして次の瞬間、かぼちゃの形をした光の輪によってあたしの手首が縛られた。
あたしはその場に立ち尽くしてしまった。
「ははっ、勝ったー!どうだ!僕のかかしにだまされたね!」
デビルドエッグの笑い声が聞こえてきた、イタズラ大成功とでも言っているような顔を見せつけてくる。
「デビルドエッグ!!!また騙したわね!!!」
驚きと怒りが込み上げ、それでも、一瞬の迷いと判断ミスがあたしの敗北を決定づけた。
3日も準備していたのに、負けちゃった。
「……」
涙を堪え、拳を握りしめながら訓練場を出る。
鬱蒼とした森はとても静かだ。顔を拭い、あたしの稲妻に何回も焼かれて、焦げてしまった茂みをじっと見つめる。
嵐のような悔しさや失望が心から溢れて、それは稲妻となり周囲に放たれた。
あたし自身が稲妻を操っているのに、それを使う度に自分自身が傷つけられてしまう……
「うぅ……痛いよ……どうして……どうしてあたしはダメなの……」
目の前で火花が飛び散り、耳のそばで爆裂音が止まない。
どこもかしこも灼熱の炎が飛び散っていた。
「パンドーロ!」
どのくらい経ったのかわからないけれど、よく知っている声が聞こえて来た。
動きを止めると、腕の力が抜けて、倦怠感が押し寄せてくる。
そしてあたし自身はあたたかな抱擁に、引き裂かれるような痛みがする指先は水のように優しい力に包まれた。
よく知っている安心する匂い、まるで家族に囲まれているようだ。
「戦闘訓練の意義は勝ち負けにない、自身の短所を知るためにあるのよ。貴方が何度も外に出て一人で練習していたことは知っているわ。貴方の努力は、皆見ているから」
「だから、皆の心の中では、貴方は一度たりとも負けていないわ」
トフィー姉さんの優しい声を聞いて、堪えきれずに涙が溢れ出た。
彼女の傍にいる時、あたしはいつも何も考えずにありのままの自分をさらけ出せてしまう。
彼女は優しくあたしの涙を拭い、あたしを慰める。
知っているよ……あたしが気にしているのは勝ち負けではない……
それは……
「あたしは強くなりたい、みんなにまもられなくてもいいぐらいに……強くなって、あんな事は二度と起こさせない……」
いざという時は、あたしも兄さんや姉さんたちのように立ち向かって、一緒に戦いたい。
「あたしが強くなれば……みんなの力になれるのに……うぅ……」
言葉に出来ない無力感に襲われて、涙が止めどなく溢れる、頭の中がめちゃくちゃだ。
どれくらい経ったのかもわからないけれど、両目は赤く腫れて、声も掠れ、全身に力が入らない。
背中を撫でる手つきはとても優しくて、まるで世界で一番安心できる魔法のようだった。
空気中に良い匂いが漂っていて、意識が薄れる前に、微かに声が聞こえた。
「わかっているわ……何があっても……何を代価にしても……あんなことは二度と……」
Ⅲ.罰
測定器に縛り付けられるのは何度目なのかもわからない。
冷たい実験室の中、研究員は機械みたいに喋り、その声は天井についている真っ白い照明のように冷たい。
ここはあたしを召喚した場所、魔導学院。
きりのない任務を一つずつこなし、人間に認められないと生きていけない。
これはあたしたちが産まれた時から叩き込まれた常識の一つ。
その任務でいつも満身創痍になり、命も落としかねない状況に置かれても、あたしは歯を食いしばって堪えた。
全力を尽くしても、あたしの希望は何度も何度もかき消される。
知力テストで満点を取るルーベン兄さんも、戦闘テストで無敵を誇るレイチェル姉さんも……
あたしなんて誰の足元にも及ばない。
彼らと比べて、あたしは弱くて役に立たない、いつ切り捨てられてもおかしくない。
この感覚はイヤだ、毎日繰り返しばかりの戦闘も訓練もキライだ。
隠れても、サボっても、捕まえられて、懲罰を受け苦しむことになる。
課された契約によって、あたしたちは人間に逆らう事が出来ない。
だから、彼らは恐れる事なく、横暴に振る舞う。
……
電流が炸裂し、機械に沿って身体に流れ込む。全身は焼かれたような、引き裂かれたような痛みだけが広がる。
あたしは我慢出来ずに声を漏らしてしまった、それを聞いた人たちは議論を始めた。
「この程度でも耐えられないのか?あまりにも弱すぎる」
「戦闘成績から見ても、そろそろ”スペクター”ら除名するか」
除名……?!
恐怖が一気に襲う。
「スペクター」から除名されると、姉さんたちと別れるだけではない、捨てられた者の結末はただ一つ……
このまま死にたくない。
恐怖が瞬間的に身体の痛みを上回り、思わず口を開けようとしたが、やはり痛みで動かない。
バンッ!
蹴破られた扉の隙間から光が差し込んで、議論の声が止んだ。
ハッキリと見えていないけれど、よく知る斧を担ぐ姿が見えた。
「兄さん……」
天地が逆転し、あたしは広い肩に乗せられた。
「俺の気が変わらないうちに失せろ」
それを聞いて、研究員たちは不服そうにしているが、大人しく道を空けるしかない。
重苦しい雰囲気が消え去り、思わず涙が込み上げた。
「どうしたガキ、こんな事でべそをかいているのか?」
「……うぅ……泣いて……泣いてなんかないし……」
と言いつつ、泣き声は一層大きくなった。
あたしって本当に……役立たず……
「もういいから、これ以上泣くと、サンタさん来てくれないぞ」
「サンタ……さん?」
「おっ、知らないのか?赤服で白髭のジジイがいて、毎年クリスマスになると、物分かりの良いガキにお望みのプレゼントを届けるんだ」
「プレゼント……」
「ああ、なんでもくれるぞ」
サンタさんは……魔導学院の人たちに勝てるのかな……
じゃあ……
あたしは……みんなとずっと一緒にいたいって願ってもいいのかな……?
「まだ泣いてんのか、俺があいつらに一発入れてきてやる」
「……ダメ……兄さんも契約で傷ついちゃう……」
「構わない、お前の気を晴らすのが先だ」
「あいつらのせいで泣いている訳じゃない、あたしはただ……みんなと離れたくないだけ……」
あたしは拳を握りしめ、言葉もうまく話せなくなっていた。
「あたしは弱すぎる……いくら訓練してもみんなに追いつかない……あたし……悔しいよ……」
「一緒にいてもいいことなんてないぞ。いつか相手の事を嫌いになって、喧嘩ばかりになって、別れた方がましだ……」
「な、なんでそんなこと言うの!」
あたしが彼の背中を叩くと、豪快で安心感のある笑い声が鳴り響いた。
「冗談だ、お前は怪我をしているんだ、動くな……安心しろ、俺たちは離れたりはしない」
「サンタさんからプレゼントをもらうのを手伝ってやる……”スペクター”はずっと一緒だ」
「うん……」
実はサンタクロースなんか信じたことはない。
あたしはどれほど良い子でいようとしても、彼は「スペクター」の前に現れる事はなかったから。
でも、あたしはあの日聞いた話を信じている__
ちょっと乱暴だけど優しさに溢れた言葉が、いつの間にかあたしの傷を癒し、悔しさを晴らしてくれた。
これからもずっと、あたしが前に進むのを支えてくれるだろう……例え……
Ⅳ.寒冬
その後、自分自身を追い込んで指先から力を炸裂出来るようになって、なんとか「スペクター」に残る事が出来た。
兄さんと姉さんのように前線で戦うことは出来なくてわデビルドエッグと一緒に陣地で待機するしかない。
だけどあたしにとって、みんなと別れなくて済むならそれで十分だった。
ヴィーナー姉さんの言う通り、戦争は長い、堕神をいくら倒しても虫のように湧いてくる。
荒涼とした風景だけが広がる。。
こんなベッドもない、お風呂にすら入れないところに永遠に滞在する事になると思っていた矢先、信使と呼ばれた人間が現れた。
魔導学院に戻ってもいいと彼から伝えられ、ようやくこの不毛の地を離れることが出来たのだ。
この情報にあたしは驚いたけど、兄さんと姉さんたちは思っていたより喜んでいないようだ。
連日の戦闘に疲れて、他の事に構う余裕がないのかもしれない……
「日が暮れてきたな。クリームチキン、ガキ二人を寝かしてきてくれ」
驚きのあまり反応できず、トマホーク兄さんは手を振り、あたしとデビルドエッグは陣地に連れて戻された。
「帰ればかぼちゃボム2号をブラッシュアップできる。へへ、もっと怖い物を入れとかないとなね、君は?いつまで電気花火なの?」
「うるさい!花火でもあんたのかぼちゃよりはマシ!あたしも帰ったらもちろん……秘密よ!」
デビルドエッグを真似して変顔を返して、そっぼを向いて相手にしないつもりだった。
帰ったら、あたしは訓練を頑張る、今度こそ戦場に出てみんなと戦うんだ!
テントの外は静かで、粗末な敷物の上に横たわり、あたしはかつてない高揚感を覚えた。
しかししばらくしたら、異様な騒音によって起こされた。
微笑みの中、微かに声が聞こえる……
「二人は……に……逃げて……」
乱れた足音が押し寄せて、あたしの夢を踏みにじった。
急いで目を開けると、目の前の光景に驚愕したーー
血だらけのクリームチキンは必死であたしたちを庇っていた。向こうに立つのは、凶悪な笑みを浮かべる信使だった。
「クリームチキン?!」
信使の嘲笑いは冷たい風と共に、刃物のように切り刻んでくる。
「ヒッ、ようやくそのガキたちが役に立つ時が来たな」
「どういう意味?!」
「お前は、悪い人だ!!!」
「あいつに構わないで、早く逃げろ!!!」
怒りと戸惑いが入り混じり、あたしは前に出て、奴を問い詰めようとした。
男は鼻で笑い、完全に見下した口調で語り出す。
「どうやら聞かされていないようだな。まあ、どうせ死ぬんだしな」
「我々がどうして戦えない実験体を生かしていると思う?それはな、お前らのような役立たずが、一番人質に向いているからだ」
「特に、トマホークのような契約に抗える怪物にはな。彼が可愛がっている”弟”と”妹”を人質に出来れば、流石に大人しく我々に従うだろうなーはははっ!!!」
冷たい風がテントに押し込み、残酷な真実が明かされた。
「あの野郎の話を聞くな!!!ヴィーナーは外だ、彼女が貴方たちを連れ出してくれる!!!」
「逃げる?あはははーーどこに逃げるつもりだ?お前たちの末路はもう決まっている!」
驚きと恐怖のあまり震えと涙が止まらない。
これほど自分の涙が憎たらしく感じるのは初めてだ。
仲間たちが傷つけられて脅かされていても、ただ見ているだけ、涙を流すことしかできないなんて。
彼らが血を流して勝ち取った平和は、陰謀の前で粉々にされるなんて。
彼らは今どこにいるんだろう……あたしも……彼らを守りたい……
「卑怯者!!!何でも思い通りになると思うな!!!」
力を振り絞り、指を握り締め、悔しさを力に、あたしの全部を注いだ。
次の瞬間、視野が乱れ、地面も崩れた。
無限の深淵に身体はひたすら沈んでゆく。
力の限り足掻いても、暗闇は少しづつあたしを呑み込んでいった……
Ⅴ.パンドーロ
「みんなを傷つけるなーー!!!」
パンドーロは目を開けた。涙は手の甲に落ち、全身は汗でびしょ濡れだった。
彼女は戸惑いながら周りを見回す。綺麗な部屋の中、燃えている暖炉はあたたかな空気を漂わせている。
急に誰かに額を叩かれた。
「やっと起きたのか?まだ泣き虫のままか、悪い夢でも見たのか?」
「あたし……寝ていたの……?」
パンドーロは自分の額を揉み、ぼんやりとしている。
「忘れたのか?丸1日寝ていたから、ボケたんじゃないのか……」
「そうだ、デビルドエッグからこれを預かった、イタズラのお詫びだそうだ」
トマホークステーキはそう言いつつ、お手製のぬいぐるみをパンドーロに渡した。
それは金色のツインテールに頬をぷくっと膨らませ、怒っている表情をしている。パンドーロは笑ったらいいか怒ったら良いかわからなくなった。
急に彼女は何かを思い出したかのように、真面目な顔でトマホークステーキを見つめた。
瞳にはやる気が溢れ出ている。
「あたしと戦って!」
「???」
トマホークステーキは戸惑うが、少女は本気のようだ。
「今日レイチェル姉さんが用事で留守だから、ヴィーナーとやると手を抜かれし、デビルドエッグは……いいや。戦うなら一番強い者に挑むべきじゃない!」
「フンッ、いいぞ、後悔はするなよ」
2分間後ーー
トマホークステーキに持ち上げられ、ヒヨコのように悪あがきをするパンドーロを見て、彼は思わず吹き出したり
「これは、これはノーカウント!もう1回!」
「少し注意した方がいいでしょうか、お嬢様は一応女の子ですし……」
ヴィーナー・シュニッツェルは心配そうな顔、トフィープディングに向ける。
「心配ないわ、トマホークはわかっている。なにより……パンドーロが元気を取り戻してくれて良かった」
「あの子は自身に厳しすぎるの。誰だって戦うために産まれた訳ではないし、誰だって強くならないといけない訳でもない、この世界は弱者を許してくれる」
「それに強さは単純に戦闘力で決まる訳でもない、あの子は今でも強い心を持っているわ」
トフィープディングは優しくしっかりとした声で語り、視線は城壁の外にぼんやりとした辺境を通り越しさらに遠くへ向けられた。
「”スペクター”家は最初から戦うために召喚されたけれど、それは命の一つの側面に過ぎない。彼らがまじりあった時、命に別の意義も生まれた」
「別の意義……?」
ヴィーナー・シュニッツェルは視線を戻し、その笑顔は一層優しくなる。
「それは一体どういうものかははっきりとわからないけれど、ゆっくり探せばいい……家族だから、ね?」
その優しい音色は夕日の輝きと共に露に溶け込み、ヴィーナー・シュニッツェルも思わず口元もを緩めた。
その時、彼女は急に何かがわかった気がした。
近くで聞こえる騒ぎ声はさらに大きくなる。
「ううう……やっぱりあたしは一番弱い……ううう……何をしても強くならない……」
パンドーロは地面に座り、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
トマホークは彼女を見て、流石に可哀想だと思ったのか、「攻撃」を続ける手を止めた。
「悪い……ちょっとやりすぎた。あーそうだ!サンタさんからのプレゼントを持ってきたぞ、泣く子にはあげないからな」
「本当……?」
パンドーロは泣くのをやめて、顔を覆っていた指の隙間から、トマホークステーキを覗いた。
「当然だ、お前を騙しても……うっ?!」
稲妻が走り、無防備のトマホークステーキはパンドーロが発した力によって地面に倒れた。服の裾も焦げている。
「あはは、やっと一本取ったよ!」
「……やるな、騙し討ちだけは上達しているようだな。なら……続けるぞ!」
「わあっ!はっ、放して!兄さん!あたしが悪かったからー!」
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