カニみそ小籠包・エピソード
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カニみそ小籠包のエピソード
元気ハツラツな少年。見た目は子どもだが、実年齢は不明。努力もせずに諦める人を嫌う。満月のときは月見、桃の花が満開のときにはお花見をしながらお酒を愉しむ。この行動の裏には、何か特別な意味があるようだ。
Ⅰ.反抗
オレが召喚された時、周りはめちゃくちゃな状態だった。
この子が御侍に違いない。うれしそうにオレの手を握ってきた。
「あなた、私の食霊でしょ!早く助けて!」
「え?!」
「あいつら、私をつかまえて山賊のボスの嫁にしようとしているの!助けてよ!」
「おう!分かった!」
「早くつかまえろ!!逃がすな!!」
オレは振り返り、怒りをみなぎらせて追いかけてくる者たちを見た。そして傍らの娘から強い拒絶感情を読み取ると、頭から疑念を振り払い、彼女の柔らかい手をつかんで走り出した。
彼女を連れ、たいまつを掲げた追っ手から長い間逃げ続けた。
娘は気持ちよさそうに地面に寝そべり、こちらの目を気にするそぶりも見せない。それを見たオレは彼女の肘をつま先で軽くつついた。
「おい、ホントのことを話せよ。どうして若い女の子が一人で逃げてんだ?あいつらは本当にお前を山賊のボスの嫁にしようとしているのか?」
御侍は身を起こした。豪快に笑う姿はまったく良家のお嬢様には見えなかった。
「そうよ!結婚から逃げ出してきたの。うちの人たちったら私を会ったこともない人に嫁がせようとしたの。まったく見たこともない人と結婚しろって言うのよ!」
「お……」
「ひどくない?だから逃げだしたの!」
彼女のあけすけな笑顔を見て、私も思わず吹き出してしまった。
私は手を伸ばして、彼女の髪の毛についた落ち葉を払った後、立ち上がらせた。
「さあ立ちな。体を冷やすんじゃねえぞ」
「うん」
「で、これからどうするつもりだ?」
「ええと…………」
「なんでこっち見んだよ!」
「分かんないわよ!だって頼れるのはあなたしかいないんだもの!」
「ええ!!」
こうしてオレは、体一つで家を飛び出した少女を連れて旅に出ることとなった。
彼女は馬車の幌から出てオレのそばに腰を下ろした。
彼女はオレが摘んでやったネコジャラシを手で揺らしながら、後ろへ過ぎ去っていく景色を眺めていた。
「カニみそ小籠包、この世界はどうしてこんなに大きいの?」
彼女のグチをオレは黙って聞いた。
彼女は今まで全く家から出たことがなかったらしい。
彼女の家では嫁入り前の女は外出が許されず、何をするにも家族の許可が必要だそうだ。
彼女は外の世界を走り回る女の子たちがとてもうらやましかった。たとえそれが、生活に迫られてのことだったとしても。
彼女はある日、普通の女の子は外で羽根蹴りやあやとり、ケンケンパをして遊ぶのだという話を耳にした。
そして突然、心に決めた。
ここから出ようと。
そしてオレと彼女は出会うことになったわけだ。
滑稽な始まりだけど、ふたりとも悔んではいない。
彼女は揺れる馬車の上に立ち、風に向かって両手を広げ、気持ちよさそうに春の風を体に受けている。
「気をつけろ、落ちるなよ!」
「あはは!大丈夫よ!きっとあなたがつかまえてくれるから。ありがとう。この世界に連れ出してくれて!」
彼女の笑顔を見ると思わず頰が緩んだ。
感謝するのはオレの方だ。
がんばれば何でもできるってことを分からせてくれたんだから。
Ⅱ.約束
旅の途中、オレは彼女を色んな所へ連れて行った。ある時は海辺を訪れ果てしなく広がる水平線を眺め、ある時は古い城を訪れて千年の歴史を目の当たりにした。
少し前、故郷に帰って自分のレストランを開いたという宮廷調理人のことを耳にした。
オレたちが到着した日、ちょうど小雨が降り始め、そよ風が柳のように彼女のほおをなでた。
それは彼女の故郷に似た小さな村だったが、煩わしいしきたりは存在しなかった。
村に着いた時、彼女は街にいる娘たちを見て笑みを浮かべた。
思わずオレは彼女のほおを指で突いた。
「何がおかしいんだ?」
「あの子たちのことを思ってうれしくなっただけよ。だって彼女たち、私みたいに故郷や家族と離れなくても自由を手に入れているんだから」
オレは彼女の手を握り、うわさのレストランへ向かった。
「お二人さん、何にしましょうか~!」
明るい声がした方へ顔を向けた。見間違いじゃなければ、ホールの中で忙しそうにしているあいつ、オレと同じ食霊だ。
御侍とともにテーブルに着き、看板メニューを聞こうとしたところ、ほどなくして注文もしていないのに豪華な料理が運ばれてきた。
そして一人の年老いた男がやってきた。彼はもじもじしている食霊を引っ張りながらオレに笑いかけた。
「こいつと友達になってやってくれんか」
オレが答える前にそばから承諾の声が上がった。オレはやれやれといったふうに彼女を一瞥してため息をつき、箸入れの中から箸を取り出した。
見た目の豪華さに反し、料理は喉が痛くなるほど味が濃かった。
「小籠包」と呼ばれたそいつは、すばやくじいさんをその場から連れて行った。
そいつの説明によると、じいさんは味覚をほとんど失っているが、村人全員に頼んで以前と何も変わっていないように振る舞ってもらっているそうだ。
オレにはそんなことをする理由が分からなかった。
ただ、そんなの間違いだと感じた。
御侍はそのことでオレが小籠包を責めることを望まなかった。眼の前のやつは十分に打ちひしがれているように見えた。
料理を食べ終えてレストランを出ようとした時、オレは一度振り返って見た。
すると御侍が突然、オレの顔を覗き込んだ。その瞳には小さなオレが映っていた。
「……オレなら本当のことを言うよ。真実がどれほど残酷だったとしても、じいさんにはそれを知る権利がある。オレは逃げたりせず、そばで一緒に真実と向き合うよ。」
「ホントに?私があのおじいさんだったとしても?」
「オレはお前を騙したりしない!約束する。絶対にウソはつかない!」
「ははは、ホントにマジメなんだから!分かった分かった、もう行きましょう。また機会があれば、ここへあの人たちの様子を見に来ましょう」
その時、オレは自分がどれほど世間知らずか分かっていなかった。だからこそあんなことが言えたんだ。
あの時はまだ、親しい者を騙さなければならないほど絶望的な状況があるということを知らなかった。
Ⅲ.桃の花
その村を出てから、オレたちはいろんな場所へ行った。
軒先の薄い雪が溶け、枝に新芽が芽吹き、再び春がやってきた。
オレは彼女を連れて満開の花を見、各地のおいしいものを食べ歩いた。
冬が完全に消え去るその日、オレたちはついに彼女の念願の桃林にたどり着いた。
オレたちは無数の花を見てきたが、彼女が一番愛しているのはやはり花の海のように咲き誇る桃の花なのだ。
美しい桃林を見つけ、オレたちはそこで花を愛で、酒を飲んだ。
だが、物語は永遠に美しいままではいられない。
彼女は真っ青になって倒れ、オレはあわてて彼女を抱き起こした。
彼女の名を呼んでも、答えはない。
オレは急いで彼女を病院に連れて行ったが、長いあごひげの医者は残念そうに首を振った。
「この子の病気は、母親のお腹にいる頃にかかったものじゃろう。こんなに長く保ったのは幸運じゃ。この子に何かやりたいことがあれば、思い残すことがないよう、やらせてやるがよい。」
「じゃあ、この子は……」
「たぶん……来年まで……それに、病気のせいで少しずつ体が弱っていき、だんだん感覚がなくなるじゃろう……よく面倒をみてやることじゃ。」
その後、彼女は長い時間眠っていた。
彼女が再び目覚めたのは、すでに秋になってからだった。
桃の花は、とっくに散っていた。
オレは迷ったあげく、医者のことばをそのまま彼女に伝えた。
驚いたことに、彼女は申し訳なさそうにオレを見て、本当なら慰められるはずなのに、逆にオレを慰めたのだ。
「私は生まれたときから、普通の人のように長く生きられないとわかってた。でも生まれたときに咲いていた桃の花のように輝く生き方をしたかったの。だから逃げ出した。逃げている間、私は幸せだった……ごめんなさい、驚かせて。」
こんなに率直な言葉を聞いて、オレはどうしていいかわからなかった。
彼女は現実を受け入れられなくて、ヒステリックになっているのかもしれないとさえ思った。
彼女がこの悲しい現実を素直に受け入れているのだとは考えられなかった。
それからというもの、彼女は何事もなかったかのように振る舞った。以前と同じように優しく笑い、おとなしく治療を受けた。
しかしある夜、彼女の部屋の前を通りかかると、中から押し殺したすすり泣きの声が聞こえた。
扉の向こうで、彼女は悔しさと、次第に感覚を失っていく将来への恐怖を訴えていた。
オレはただ、扉の前でそれを聞くことしかできなかった。
Ⅳ.願い
オレは彼女の希望を聞き出すことに必死になった。
それが自分の罪悪感を軽くするためなのか、彼女が無理に作る笑顔から逃れるためなのか、わからなかった。
ただ、彼女の笑顔が見たかった。
だから、彼女の言うことをすべてかなえてやろうとした。
でも、かなえられないことが1つだけあった。
彼女は、あの満開の桃の木の下にもう1度座ってみたいと言ったのだ。
病気で倒れる前と同じように、オレと一緒に、酒を飲んで、花を見たいと。
寒い冬がまもなくやってくる。
そして彼女は……次の春を迎えることはもうできないのだ。
オレは苦労して、桃林の近くの家を見つけた。そこの家主はちょっと変わっていて、飩魂という家来がいた。
家主と相談し、オレたちは忘憂舎というその家を借りて住むことになった。
家主には医術のできる友人がいて彼女を診てくれたが、笠をかぶったその医者は彼女の脈を診て、申し訳なさそうに首を振った。
廬山はオレに告げた。
彼女の目は……もう見えていない……
まもなく、匂いもわからなくなる……
その後、オレは体調のいいときに彼女を連れて桃林を歩いた。
そして何度も、必ず願いをかなえてやると彼女に言った。
オレたちはこうして御侍がいなくなって動転している小籠包を見つけたのだ。
1日1日と過ぎ、このところオレは朝早く出かけて奔走している。
冬に桃の花を咲かせる方法を探していたのだ。
幸い、ついてきた小籠包が自分から娘の面倒を見てくれた。
それでオレは安心して外を走り回れた。
しかしまもなく、彼女は視覚と嗅覚を失っただけでなく、オレの声が聞こえなくなっていることがわかった。
ついに、彼女はものの味もわからなくなった。
オレが忘憂舎に帰ると、彼女の声が聞こえた。
なぜかオレは家に入ることができず、彼女の澄んだ声が弱々しく何かをつぶやいているのが聞こえた。
「このお茶、なんでこんなに味が薄いの。」
小籠包は他の人からこれと同じことばを聞いたことがあった。彼は震える手でお茶にたっぷりお酢を入れ、遠くからでも酸味が鼻をつくお茶を彼女に渡した。
彼女は一口それをすするとちょっと驚き、小籠包に微笑んだ。
「おいしいわ、ありがとう。」
オレは酸っぱい匂いを放つお茶を見て、苦笑いした。
廬山という名の食霊は、彼女の味覚が失われ始めるとき、すでにカウントダウンに入っているとオレに言っていた。
彼女はオレが桃の花を咲かせる方法を考えるのを待てなくなっている。
ある日、オレは庭の外にいる廬山に会った。彼女は1粒だけ薬の入っている小さな瓶をオレに手渡した。
「これで彼女の五感を一時的に取り戻すことができる。しかし、吉凶は表裏一体。慎重に扱うように。」
オレはついに決心した。彼女が眠ると、2本の酒を持ち、休もうとする小籠包を呼び止めた。
「おい、つきあってくれないか。」
オレたちは花をつけていない桃の木の下に座った。オレは酒壺をあけると一口あおった。
「オレはお前に言ったことがあっただろう。お前の御侍は真相を知る権利があると。」
酒壺を抱え、もうろうとしていた小籠包は、いきなり切り出したオレの言葉で、日頃の平然とした様子を捨て、少し笑って一口酒を飲み、話し出した。
「そうじゃ……おぬしが言った通り、わしは後悔している……しかし……もう手遅れじゃ……」
「あの時オレはそう言った……でも……彼女の身体が弱ってくると、なぜかお前のやり方がわかるようになった。」
「……何ですと?」
オレの口元の笑いがやるせないものだということをオレはわかっていた。壺の半分近くを一気に飲み干そうとして、襟元に酒がこぼれ、オレは袖で口元を拭った。
「あんなことを言うべきじゃなかった。」
「何ですと?」
「何でもない。お前は今でも、御侍がお前を責めているんじゃないかと気にかけているんだろう?」
オレは立ち上がり、顔を上げて月を見た。今夜の月は特別冴え渡り、すべての物が月明かりで白く照らされていた。
「心配することはない。彼女が秋に本物の桃は咲かないと知っているように、お前の御侍はお前が騙したことを責めてはいないと思う。わかるか、彼女はまだほんの少し、味覚がある。」
「え……」
「うん、彼女は言っていた。お前の入れたお茶は酸っぱい、でもこれまで飲んだ中で一番おいしいって。」
「どうして……」
「お前の気持ちが、あらゆる味を、口の中に入れたとたん世界で一番甘いお茶に変えるんだ。彼女は言っていた。御侍が行く時、きっとこのお茶をもう1杯飲みたかったに違いないって。こんなお茶は、どこに言っても飲むことはできないって。」
「しかし、御侍様はわしのために笑いものになり、その名声も笑い話になってしまったのじゃ!」
「御侍はそんな笑い話みたいな理由でお前を責めたりしない。でも、どちらにせよ、お前は御侍に謝らなきゃな。」
オレはまっすぐにオレを見つめる小籠包の目を見た。2つの目は澄み、決然として、何かを決めたように、もう迷ってはいなかった。
「まだ御侍の墓参りをしてないだろう。行けよ。廬山が彼女の感覚を一時的に回復する薬を調合すると言っている。10日後、オレは彼女を連れて桃の花を見に行く。お前も必ず来い!友よ。」
ありがとう、友よ。お前がいなければ、この方法を考えつくことはできなかった。
もう遅いかもしれないけれど。
でも、オレはわかった。お前があのとき守ろうとしていたのが何だったのか。
大切な人の、心からの笑顔だったのだと。
Ⅴ.カニみそ小籠包
カニみそ小籠包は10日かけ、忘憂舎の友人たちに頼み、桃林の1本1本の木に買ってきた桃の造花を貼り付けた。
廬山は時間をかけ、あの気丈な少女のために、一時的に視覚を回復できる薬を調合した。
すべての準備が整うと、カニみそ小籠包は自らの手で彼女に廬山の作った薬を飲ませた。
彼女が再び目を開くと、焦点を取り戻した目が、廬山の成功を告げていた。
カニみそ小籠包は彼女を支えて、亀苓膏たちの準備した場所へやってきた。地面にはほのかな香りのする上品な敷物が敷かれ、その上に暖めた酒の壺が置かれている。
小籠包も自分で入れたお茶を持ってやってきて、飩魂に味見をさせていた。
すべてが絵のように美しかった。
すでに弱り、自分で座ることのできない少女は、それでも桃の花よりも明るく美しい笑顔を見せ、弱々しく震える手で友人たちに酒を注いだ。
みんなは笑い、騒ぎ、日が落ち月が昇っても、その宴をやめようとしなかった。
少し疲れた様子の少女は、食霊の肩にもたれかかっていた。
「カニみそ小籠包、ありがとう……」
カニみそ小籠包は自分自身の誓いに反して突然声を上げて泣き出した。それは契約のためかもしれず、また心が通じたからかもしれない。
なぜかわからないが、彼は、彼の御侍がまもなく去って行くことがわかった。
彼は御侍の細い手を握りしめ、うつむくと、涙が1粒1粒、彼女の手に落ちた。
「ごめん……ごめん……」
ごめん、オレは約束を守れなかった……お前を騙してしまった……
「いいの……知ってたわ……頑張ってくれたこと……泣かないで……」
「ごめん……ごめん……」
「本当にいいの……私のこと、忘れないで……桃の花の下でお酒を飲んで……私は桃の花になって……あなたのそばにいる……」
また桃の季節がやってきた。忘憂舎の桃の花は美しく咲き乱れ、その下に1人の少年が座っている。彼は顔を上げ、風に吹かれて自分の酒壺に落ちた花びらを見て、つぶやいた。
「お前なのかい……会いに来たよ……」
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