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廬山雲霧茶・エピソード

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廬山雲霧茶のエピソード

おっとりとして美しく、淡々とした性格のせいでより仙女のような雰囲気が増している。ひとり静かな谷で笛を吹くのが好きで、いつも人に近寄りがたい雰囲気を与える。



Ⅰ 山あいの渓流

目を開けた時、そこにいたのは柔和な笑みを浮かべる老人だった。

私の手を軽く叩き、こう言った。


「ようおいでくださった、ここでわしの相手をしておくれぃ」


部屋中にある医学書、洗っても薬草の匂いが抜けない質素な青い服、これらの主人が、私の御侍様だった。

御侍様は山に隠れ住む神医、多くの人が金や銀、土地を用意して、御侍様をそばに置きたがった。


利欲が薄い御侍様は、俗世の煩わしさを避けてこの土地に隠居している。

ここには争いも、喧噪なく、あるのはただ淡い茶と薬の香りだけ。


山奥には可愛い生き物もいて、私たちの雰囲気に慣れると、よく近寄ってきては、小さなおやつをねだるようになった。

賢いもので、けがをすると治療をしてくれとばかりに、私たちのそばで待っている。


無聊をかこつと御侍様の医学書を開いて、少しずつ勉強した。

御侍様はそれを見て、私に医術を教えてくれた。


月の半ばには、御侍様は私を連れて山を下り、薬草と日常生活に必要なものを交換しに行く。


一度、御侍様との帰り道、道沿いの小屋から凄まじい叫びと、人々の慌てふためく声が聞こえた。


「こ、子供が出てこないんだ!」


普段はのんびりとした御侍様もこの時はにわかに足を速め、鍵のかかっていない小屋へ入っていった。

そして、困惑する周りの人々を押しのけ、年中腰に差している銀針を出した。


銀針を正しい穴位に刺すと、叫び声を上げた女性はやや落ち着いて、呼吸も穏やかになってきた。


「湯を沸かせ」


御侍様と私は部屋を出た。

すぐに、子供の高らかな泣き声が部屋の中から聞こえてきた。

御侍様はようやく安心して、私を連れてその場を離れた。


「御侍様、俗世と交わるつもりはないとおっしゃってましたよね?」

「それと人を助けるのは別じゃ。人を助けるのに理由など要らぬ。廬山、わかったかな?」

「はい」

「本当に分かったのか?」

「……はい」


Ⅱ 俗世との交わり

月が谷間に沈み、私は御侍様を支えながら一歩一歩、苔むした石段を上がっている。

雲はそよ風に乗って遊び、雨後の谷にはすがすがしい空気が漂っている。


私は御侍様を家に入れると、軒下に座り、お茶を淹れた。


立ち込める霧がだんだんと晴れ、伸びやかな茶の香りと屋内の薬の香りが疲れた体に心地よい。


「廬山、俗世を見てみたいとは思わんかね?」

御侍様は私を見て、ためらいがちに聞いた。

私は軽く首を振り、室内から取ってきた上着を御侍様にかける。


「御侍様、夜露の出る頃ですし、お体には気を付けて。軽薄な俗世など好きにはなれませぬ。廬山はそれより、あなたのおそばでお仕えしたいのです。」

「そうか……わしは廬山には、外に出てほしいと思っているんじゃが。今や、お前さんの医術はわしに引けを取らぬ。じゃが世間のことはわしから聞いているだけじゃ。世間もその実、悪いことばかりではない。」


「廬山はこのままここにいたいのです。そんな、人々の心もわからぬようなところへは……」

「廬山、自分の目で見て結論を出すがよい。」

「……廬山はやはり、山に残りたいのです。」

「わかった、わかった、好きにすればいい。」



山の静かな生活では医学書の他は、笛が一番の楽しみだった。

御侍様も私の笛の音は好きだったので、私はよく風の中で伸びやかな笛の音を奏でたものだった。


「この音に釣り合うのは、人魚の歌声ぐらいかも知れぬ。」

「人魚?」

「ほら、見せてやろう」


医学書に挟まれた古文書、中には無数の薬物、その特徴や用途が描かれている。


御侍様はその中の一ページを開いた。そこには腰から下が魚の尾の形をした、美しい女の子が描かれていた。


「これが人魚じゃ、人の身体に魚の尾。伝説によれば、人魚は自然のささやきのような美しい歌声を持っていて、一曲すべて聞いた人間を終末に向かわせてしまうとか。人魚の肉は食べると不老長寿になる、万病の薬と言われておる。世の中には人魚に会うことを夢見ている人間がごまんとおるが、本物を見たという話はとんと聞かぬ。」


「御侍様は会ってみたいと?」

「わしか?歌声は聞いてみたい。会うことは叶わぬじゃろうが」

「どうしてですか?」

「『不老長寿になれる』と信じられておるから、人魚を殺して肉を取りたがる人間もたくさんおろう。本当に万病の薬があるのだとしたら、わしら医者は手持無沙汰になってしまうぞい?そんな美しい声を持つ人魚たちなら、故郷で幸せに生活させてやるのがよかろう。」



御侍様は天寿を全うなさった。

人間としては長寿と言える年齢まで生きたのだ。


最期に、御侍様はこうお聞きになった。


「廬山よ、これからどうするのじゃ?」

「……天下を旅し、人魚を探して、一度ともに合奏をしてみたいです」

「素晴らしい」

御侍様はそれだけ言うと、ただ笑って、お逝きになった。



御侍様を埋葬すると、私は小屋を離れて天下の旅に出た。

村の滅亡も、帝王の交代も、俗世と交わった食霊たちの目に浮かぶ、死んだような静けさや悲しみも見てきた。


帝位継承者の子供のおそば仕えのものに聞いたことがある。


「そんな仕事に何の意味が?自分の自由を捨てて、この子を守ってやるとは。」

「いいえ。もし廬山殿にもいつか、その人のためならと思える相手ができれば、きっとわかります。」


さらには、断頭台に乗せられた御侍をじっと見ている食霊にも会った。


「助けてあげる力はお持ちでしょう。なぜ見ているだけなのですか?」

「御侍はそれをお望みではないのです。」


これが御侍様のおっしゃった「世間」だったのだろうか?


自分の目で見てみたが、やはりここに留まるのがよいとは思えない。

御侍様のおっしゃった善意というのは、結局感じられなかった。


Ⅲ 再会

私は再び小屋に戻って隠居生活を始めた。食霊に食事はいらない。この山林を離れる必要もない。

好きな茶葉が無くなりそうな時だけ、私は山を下りる。


桃の花が咲く季節がまたやってきた。

乾かした桃の花の花弁は良い薬の材料になる。

最近、私は住んでいる山の前に一面の桃林を見つけた。


遥か昔、この場所はただの荒んだ土地のはずだったが、いつの間にかこんなに素晴らしい桃林になっていた。


桃林に着くと、ずっとここにあった東屋に意外な人物が座っていた。


「廬山、まさかここで君に会えるとは」

「そなた……何故、離れたのですか?」


そのいつも温和に笑っている食霊の名は、ワンタン

彼は、彼を縛っていた御侍から離れこの土地にやって来た。この桃源は、少しずつ彼が望んだものに変えたのだ。



彼が言うには、あの子供はすでに彼を手放すことができるほど成長した。

私は感じ取る。彼の目には少しばかりの寂しさはあれど、それ以上に彼が御侍を誇りに思う気持ちに満ちている。



「私の話はさておき、君は?初めて会った時から、君はずっと何かを探しているようだった。もう結構な時間が経ったが、それを見つけたのか?」

「まだ……探している……」

「まだか?まあ私達には有り余る時間がある。ゆっくり探すといいさ」

「……人魚」

「ん?」

「私は人魚の歌声を見つけたいのです」


その日、私は長く彼と語り合った。

彼が王城の方向を眺める時の目を見て、私は突然、御侍の言ったことが正しかったのではないかと思った。


俗世の中は、決して失望させるような事ばかりではない。

世間にどれだけの苦難があろうと、世界を美しく思えるような出来事は必ずある。


行きましょう、人魚を探しに。ついでにこの世界も見てみよう。


私が悲しみしか見えなかった原因は、見てきたものが少なすぎただけかもしれない。


Ⅳ 叶う

あれから、私は多くの土地を巡った。


この世の様々な喜怒哀楽を見てきた。その全ての是非を静かに傍観してきた。

時々、私は御侍のように治療が必要な人たちに助けの手を差し伸べた。


多くの場合は最初のように絶望的な状況だったが、

全てを諦める前に、いつも温かい手が私の冷え切った手を包んでくれた。


春夏秋冬、梅蘭竹菊、小雨の中で佇む亭閣や広大な砂漠でゆっくりと昇る寂しき霧、山の中とは全然違うこれらの景色が、小屋を離れた私の後悔の念を追い払ってくれた。


ー定の時が過ぎるたびに、私は原点に立ち返る。



時に御侍の墓前に行き、見てきた景色や見聞を語ったり、前山の東屋で、あの酒飲みに会ったりする。

ある日、別れたばかりの飩魂が慌てて私のいる裏山に飛んできて、私の服を引っ張って前山にやってきた。


血生臭い匂いが桃林から漂ってくる。私が来たのを見て、ワンタンがホッとした表情を見せた。


「廬山、この人を助けてくれ!」


彼の懐で気を失っている人は、ひどい怪我をしている。

私は、徹夜で全力を尽くし、ようやくこの邪気が体を蔓延っていた人の状態を落ち着かせた。


顔には出ていないが、体の疲れが徐々に溜まり、気が付くともう空が明るくなっていた。

私は深く息を吸い、桃林の近くにある川辺まで行き、笛を吹き鳴らした。



悠長な笛の音には、人の心を慰める力があった。

私はかつて、いつか人魚の痕跡を見つけることを願って、無数の川辺や海岸で笛を鳴らしてきた。


長い年月が経ち、私はもう諦めようと思っていた。

しかし、水の中から体の半分を出しておどおどしながら私を見ている彼女を見た時、私は思わず目を大きく開いた。


願いがようやく叶った喜びが私を襲った。


「さあ、もっと近くまで寄りなさい。そうすればもっといい音が聞けますよ」


おどおどして私を眺めていた彼女は、しばらく躊躇していたが私の傍まで泳いできた。


伝説でしかないと思っていた人魚が、まさか本当に存在するとは。

長い旅の末にようやく、私は彼女を見つけた。


Ⅴ 廬山雲霧茶

光曜大陸のとある山の深いところに、大きくも小さくもない庭がある。


小籠包、止まれ!もう何回目だ!それは廬山にもらった良い茶葉だぞ!!!」


耳に轟く叫び声は屋根をめくってしまいそうなほどに響いた。湯飲みを抱えて笑みを浮かべている少年がドアを飛び出し、庭へ走って行った。彼の後ろを追っているものこそが、この庭の主人である。


ワンタンはドアの枠に寄りかかって、息を切らしながら小龍包の後ろ姿を睨む。手でドアの枠を強く握ると、手の甲に青筋が出ている。


「もう戻ってくるな!……いや、やはりだめだ。飩魂、あいつを捕まえてこい!」


忘憂舎を訪ねてきている廬山雲霧茶は、仕方ないようなため息をついた。

彼女は、酢を飲んだせいで舌がしびれているワンタンに新しく茶を入れた。


「そう怒ることはないでしょう。お茶はまた入れればよいのです」


湯飲みを手にとったワンタンは目尻を押さえて、疲れた風に溜息をついた。


「君が持ってきた良い茶は、毎回あいつのせいでダメになってしまうのだ」

「気にしなくてよい。また持ってきます」

「ほら見ろ!廬山も大丈夫って言ってる!」


いつの間にか逃げ帰ってきた小籠包が突然ドアから顔を出して、おどけ顔をした。

ワンタンは挑発に乗って、飩魂を指揮してまた追いかけっこを始めた。


廬山は再びため息をつくと、頭を振りながら笛を取り、湖辺の東屋にやってきた。

高低悠長な笛の音が流れ始めると、すぐに水面は笛の音に連れられて穏やかな波紋を揺らし始めた。


西湖酢魚は、今や皆のことをよく知っているが、まだおどおどとしている。

彼女は慎重に、岸にある皆が用意してくれた椅子に座った。


「廬、廬山は……妾の歌を聴きたいのですか?」

「何故そう思うのですか?そなたが歌いたいのですか?」

ワンタンから聞きました……貴方がずっと人魚を探していたのは、人魚の歌が聞きたかったからだと。妾は貴方に感謝を述べたいのです……」

「それがどうしました?」

「しかし……しかし妾には歌しか……」

「まさか、そなたを助けたのは、その歌声のためと思っておりませぬか?」

「……ち、違うのですか?」


「歌いたくなければ歌わなくても良いのです。私がそなたを治したのはそうしたいだけで、別に歌のためではありません。たとえ人魚じゃなくても、私はそなたを治したでしょう。しかし、もしそなたが歌いたいのであれば、私が伴奏しましょう」

「どうして…?」

「そなたにも知ってもらいたいからですよ。この俗世には、苦しみや痛みだけではない事を。私はある方に教えてもらいました。だから私も皆にそれを教えたいのです」



廬山雲霧茶が初めて俗世に入った頃、道程は光曜大陸の王城を経由した。

そこで、彼女は無実の罪を被った清廉な官吏が律法の威厳を守るために、自らの意志で処刑台に上がるところを見た。

父兄に絶路まで追い詰められた皇子が、心の中の大義を守るために自分の手を血に染めてしまった所も見た。


彼女は、これらの心が凍るような出来事により、世を拒絶し御侍が隠居していた山深くに戻り、永遠に出ないと決めたことがあった。


その後ワンタンの到来は、彼女が見てきた物事と違う事実を教え、彼女はやっと再び俗世に足を踏み入れ、冷たい世の中の僅かな温かさを感じ取り始めた。


彼女の中で、人魚を探す目的の重要性が徐々に薄れ、彼女は御侍のように医者を生業にするようになった。


まるで彼女の行為に報いるように、ある日ついに尾ひれを持つ美しい女性が、彼女の人生に現れた。


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