ちまき・エピソード
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ちまきのエピソード
御侍様に対してとても忠誠的。
慎重な性格のため、安易に冒険せぬよう御侍様に進言してはいるが、最終的には御侍様の意向を尊重し、死ぬまで従うと誓っている。
Ⅰ 小舟の上
夕方になると、川も橙色に染まる。
川は狭い崖の間から流れ出し、水面に日の光が浮かんでいる。
小さな船が崖の隙間からゆっくりと漂流してきて、水面に淡い痕跡を残した。
私は一人で船頭に立ち、剣を抱いて夕焼けを眺めている。
崖の隙間から出ると谷にあたる。
谷の反対側に、流れが速い大きい川がある。
この谷がなければ、村の川は順調に通過できる。
ここは川の下流に位置する村で、時々連日の雨のせいで水が溜まり、水災を被る。
水災が起こった場合、すべての作物がダメになってしまい、村人たちがいつも利用している道も腰を超えるまで水が溜まってしまう。
治水工事は何年も前に始まったものの、なかなか効果を収めることはできなかった。
今度は七か月も続いた治水工事だ。
村人のほとんどの労働力はここに投入され、御侍様も例外なく治水の一員となった。
違うところと言えばただ一つ。山を切り開く治水工事を提唱したのは彼なのだ。
水面にさざ波が立ち、竹のいかだに葦で縛られているもち米でできた食べ物がある。それは御侍様の大好物だ。いかだは水流に流されてゆっくり進んでいる。
竹のいかだの後について崖から抜け出すと、近くから巨大な音が伝わってきた。続いて聞こえたのは人々の喜ぶ声だ。
何が起こったのかはもちろん分かっている。
治水工事の数か月の間に、食べ物を運ぶいかだが流れる時間をこんなに長く感じたのは、これで初めてだ。
治水工事に携わっているみんなと喜びを分かち合いたいが、それより御侍様には家に帰って奥様の見舞いをして欲しい。
御侍様が治水工事に赴いた一か月前に、彼の妻は妊娠した。 それでも彼は家を出て村人と一緒に山岩を掘ることにした。
私は御侍様を止めようとしたのだが。
「治水工事は難しくて時間のかかることだ」
あの人の態度はいつも真面目だ。私が心配するのは、治水のために人生の最も大事な時を逃すことだ。
しかし、彼は笑いながら私にこう言った。
自分の子どもには、より平和な世界、生きる心配をしなくてもいい世界に生まれてほしい。
だから、彼は一歩を踏み出すことにした。
彼の思いは、私は当然分かっている。
だから、私はずっと何も言わずに支えている。なるべく彼の足手まといにならないように。
御侍様のためにできることは、多分これぐらいしかないだろう。
だからこそ、この大事な日が来る前に、御侍様が彼の大事な人のそばに帰ることを願っている。
Ⅱ 夏の始まりを告げる蝉鳴
静かな夜だ。
私は月光に照らされる細道を歩いている。
細道は村まで続き、御侍様の家はそこにある。
フェンスに囲まれた小さな庭に二本のクスノキが、ちょうど小屋の両側にある。
茂っている枝と葉っぱがレンガ小屋を覆い、夏になると相当涼しい。
交差点についた時、私は遠くにいる人影を発見した。
お腹が膨らみ、髪を頭の後ろで結んでいる女が庭から出てきた。
あの人は御侍様の妻だ。
彼女は赤ちゃんを包んでいるお腹を撫でながら、フェンスの外の交差点に立って細道を眺めている。
あれは御侍様が帰る道だ。
治水工事のために、御侍様はもう何カ月も家に帰っていないんだ。
だから彼女は毎日ここにきては眺め、月光の夜に懐かしい人影が見えることを願っている。
これは彼女の最近の日課だ。
毎日見えるのは、この石山と村との間を往来し、山にいる村人に食べ物を送る食霊だとしても、彼女はずっと毎日ここに来る。
「御侍様はそろそろ戻りますよ」
毎日帰った時に必ず彼女に言う言葉だ。
その日がいつ来るか知らないが、
彼女は毎回笑って私の嘘を受け入れた。
クスノキに隠れている蝉がもう鳴きはじめた。
女は頭を上げ、視線を暗闇でも遮れない緑のクスノキに向けた。
長い間が経った後、彼女は再び細道に視線を向けた。
この時、私はもう彼女の目の前に到着していた。
視線がぶつかった瞬間、私はまた失望の微笑を見た。
今度もいつもと同じだと、彼女はきっと思っているだろう。
しかし、ある人が私の後ろから身を現した。次の瞬間、彼女の眼は涙に濡れた。
彼女が長い夜に何度も懐かしく思った人だ。
妊娠していることも忘れたか、彼女は昼も夜も思っていた人に向かって走り、彼を抱きしめた。
この場面を見た私は、思わず微笑んだ。
もうこれ以上彼女の苦笑を見なくてもいい。
年中緑を保っているクスノキを見て蝉の鳴き声を聞き、私は思わず嘆いた。
「もう夏になったのか。」
Ⅲ 存在の意味
ざあ――ざあ――――
曇っている空は、まるですぐ落ちてきそうだ。小屋の外のクスノキは風に打たれて大きな音を上げている。
奥の部屋から女のうめく声が聞こえてきて、いても立ってもいられない私と御侍様は別の部屋で赤ちゃんの誕生を待っている。
外の大雨は、この重い雰囲気をさらに悪化させた。
この時、人が慌てて飛び込んできて、ある情報を御侍様に伝えた。巨大な石が山の上から転げ落ち、せっかく切り開いた川を塞いだという。
それを聞いた御侍様は一瞬固まった。
しかし、彼はすぐに蓑を身に纏った。御侍様が笠を被ろうとした時、私は彼の手を掴んだ。
「御侍様、こんなに悪い天気になった以上、あそこの水流はきっと激しい。このまま行くなんて危険です。」
しかし、御侍様は意思を変えなかった。
彼は私の手を振りほどいて笠を被り、「後は頼んだ」と残して行ってしまった。
私は片手で剣を握り、振りほどかれた片手は垂れたままだ。
「頼む?私に何ができるんだろう?」
剣ですべての岩を切り開けたらよかったのに。御侍様のためにすべての責任を背負うことができたらよかったのに。
もし私が岩の処理に参加すれば……
え?どうして今気づいたんだ?
「ぎゃ――――ぎゃ――――」
奥の部屋から大きい泣き声が聞こえてきて、私の思考を中断させた。しかし、私はもう他のことを考えられず、そのまま外に飛び出した。
水流は想像以上に激しく、竹のいかだは揺れているが、しばらくすると谷についた。
すでに数人の村人がそこにいた。彼らは麻袋に土を入れてダムを作り、山から落ちた巨大な石を動かそうとしていた。
御侍様は着ていた蓑と笠を捨て、川の中でダムを築こうとしていた。
御侍様はできたばかりのダムの真ん中に立ち、ハンマーで巨大な石を叩き、同時に村人たちは太い木柱をレバーにして石をどけようとしていた。
「何しているんだ?早く手伝え!」
慌てているため、村人は私が食霊であることにも気づかず、大声で私を呼んだ。
そうだ、早くこうすべきだった。
私にできることは、御侍様の悩みを考えることではない。
私は御侍様の剣だ。御侍様のために目の前の邪魔者を切り開く。これこそ私がここにいる意味だ。
私はダムに登って御侍様と一緒に石を切り始めた。なぜか気持ちは軽くなった気がした。
その瞬間、石が揺れたのを感じ、すぐ御侍様に伝えた。
「御侍様!石が揺れた!」
「本当か!」
御侍様はすぐ気勢を上げて村人たちを束ね、一気に砕いた石を押しのけた。
ガタン――――
耳に響く大きい音がした直後。
石は重量を失ったように転がった。川の水は遊んでいる子供のように、激しく流れている大きい川と合流した。
私が喜ぶ暇もなく、さっきまでそばで石を叩いていた御侍様は、ダムを洗い流している水流によってバランスを失い、水の中に落ちた。
溜まった水がいきなりダムを破壊し、御侍様は遠いところに流された。
御侍様はここに向かって泳いでいるが、激流に勝てずより遠くへ流された。
今になってようやく気が付いた私への天罰なのか?
御侍様が落ちたのを見て、私も躊躇せずに水に跳んだ。
本当に天罰だったら、私一人にすればいい。
あの人は絶対無事でいてくれ。彼を待っている人がいるんだ!
私は剣を石にさし、片手で剣を握り、残りの手を最大限差し伸べ、大声で叫んだ。
「私は御侍様を守るためにいるんだぞ!」
Ⅳ あの人がまだ帰ってこない
相変わらず懐かしい夕焼けで、私も相変わらず小さい船に立っている。
御侍様は今どこに立っているのだろう?
そう思いながら、私は片手の中の剣と、何も持っていない手を見つめた。
あの日を忘れられない。
指先はゆっくりと近づいてまたすれ違い、川水が岩を叩いている音に耳を占領され、村人の叫び声も聞こえなかった。
あの時、私はただ目の前の手を握ろうとした。しかし、目の前にいるのに、あんなにも遠い距離だった。
到達できない距離は失われゆく意識と共に遠くなり、川に沈んだ後の冷たさは最後の記憶となった。
どうやって助かったかは分からない。
どうやら村人たちは縄を持って川に潜り、私を救ってくれたらしい。
しかし、御侍様は行方不明となった。
どうして助けられたのが私?その程度では死なないのに…
川に沈んだ後の無力感を、今でも覚えている。
絶望は意識を奪い取ろうとし、私はそのまま川の底に落ちた。
御侍様は最後に何を思ったのか?時々そう思う。
私を恨んだだろうか?
大きい川と合流する激しい川水に、私は対抗できなかった。
これが一番悔しい。
何もできず、ただ見ているだけという無力感は、神経を潰すほど重い。
しかし、私の記憶の中で、このような過ちは初めてではない。
御侍様が岩を切り開いた時もそうだった。
あの時の私はずっと食霊としての義務を念頭に置き、御侍様の命令に従い、御侍様の悩みを増やしていけないと考えていた。
しかし、自分が何をしたいとか、食霊としての私の存在意味は?とか、そんなことは一度も考えたことがなかった。
私は操り人形ではない。自分の思想を持っているのに、流れに身を任せていた。
その日、私はやっと自分も驚くほどの簡単な答えを見つけた。
私はただ御侍様を守りたい!
そんな簡単なことなのに、どうして気づかなかったのだろう。
だからこそ、私の手は何もつかめなかった。
私はしゃがんで手を冷たい水に入れ、無表情に流れ出す水を見ていた。
その日から、私は時々船に乗って川に出る。
万一の可能性を願っている。御侍様はもう誰かに助けられたかもしれない。
何かの事情でまだ帰れないのかもしれない。
こうして、私は答えの分かっている探索を始めた。
私はただ逃げていただけかもしれない。
蝉が鳴く夏の夜は何度も来たのに。
彼が一度も会ったことがない子供が大人になったのに。
私は、あのずっと待ち続けている人に、再び月光に照らされる人影を見せることができなかった。
クスノキの枝と葉っぱに抱きしめられた小屋は月光を浴び、蝉は鳴き続けている。
永遠に待っているかのように。
Ⅴ ちまき
ここは山々に囲まれた静かな村だ。
六十年前、村は川の下流に位置するため、雨の季節になると、 増えてくる川水は山岩に塞がれ川道を通れず、水災を引き起こす。
水災になると、作物は水に覆われて腐敗し、村人の日常生活も脅かされる。
幸い、村の中に梁君という青年がいて、村人に山を切り開くことを呼びかけた。
数か月の努力の結果として、工事は無事に終了した。
しかし、思う通りにはいかず、山から落ちた石はまた水路を塞いだ。
梁君は再び村人を召集して石を切り開きに行った。
幸い石は切られ、大雨による災害を免れた。
しかし、その日梁君は川に落ちて行方不明となったのだ。
村人は連日川に沿って探したが、行方を発見できなかった。
その後、人々は梁君を記念するために、彼が失際した日になると、村人たちは彼が最も好きだった葦に包まれたもち米を川に投げるこの物語だけが川辺にある山々の中で伝わってきた。
「ちまき、あなたはこの村の物語を知っているの?」
湯圓はしゃがんで「福」という字を書きながら、 真剣な声で聞いた。
ちまきの返事をなかなか得られなかった湯圓は顔を上げ、そばに黙って立っているちまきを見た。
ちまきはただ顔をしかめ、 手の中の剣を強く握っている。
「ちまき、何を考えているの?」
湯園はそう言いながら、書き上げたばかりの『福』をちまきに貼りつけた。
「困っている顔をすると、運が逃げちゃうよ〜月餅おねえちゃんが教えてくれたの!えへへ〜」
「なんでもない。ただかつて出会った人を思い出していた」
ちまきはいつも通り無表情な顔だ。
「そういえば、ちまきの御侍様はどんな人? ちまきに似ているの?」
「御侍様は私をはるかに超えている。一緒にしないでください」
ちまきは再び黙り込んだ。
彼は何を言ったらいいかわからない。
御侍様の死を奥さんに伝える勇気がなかったから、彼はあの家に戻らなかった。
その後、彼はずっと影で御侍様の奥さんと子供を守っていた
御侍様の子供が大人になり、家を守れるようになった後、ちまきは離れた。
しかし、御侍様に対する罪悪感は全く減らなかった。
御侍様が、無能な自分を責めたことがあったか?
ちまきはずっと自分に聞いている。
ちまきは今もまだ剣を強く握っていながらも答えは見つからないままだ。
しかし、この先も虚しい人生を送るだろうと思っていたちまきは、偶然に善意に溢れる女の子一湯圓と出会った。
ずっと湯圓のそばにいるのは、その幼く純潔で温かい笑顔を守りたいだけだ。
「今度はぜったいちゃんと守る。」
長く黙り込んだちまきは、淡々とそれだけを言い残した。
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