おせち・エピソード
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おせちのエピソード
皇家の巫女。高貴な出身のため、常に虚勢を張っている。本当はもっと好き勝手にはしゃぎたい。
Ⅰ身代わり
「神よ、わたくしの願いを聞いていただき、わたくしに代わって神に仕える食霊を与えてくださってありがとうございます……」
「おせち……わたくしを、助けて!」
何も知らない、感じられない暗闇の中で、ぼんやりとわたくしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声には暖かい力があり、わたくしは思わずそれに近づいた。
目を開くと、わたくしの前にいるのは豪華な身なりをしている女性だった。
「現れた、本当に現れた!神よ、ありがとうございます!」
「……御侍様?」
わたくしは未だわけがわからない。彼女は鏡を持ってわたくしのそばに寄ってきた。鏡の中に映っているのは瓜二つの二人の顔であった。違いがあるとすればそれは二人の表情だけ。
「願いが叶った……本当にわたくしそっくりの食霊を召喚できるなんて!」
「なぜこのような願いを?」
彼女の興奮した様子を見て、わたくしは困惑した。
彼女はわたくしの手を握り締めて、ゆっくりとわけを語ってくれた。
この国の皇室には一つの伝統がある。国の存続と皇室の安泰を守るために、皇室は未婚の皇女を一人選んで神の巫女として、皇室に代わって神に仕える。
巫女になった皇女は全てを神に捧げ、他人と恋することは許されない。
しかし、今回選ばれた皇女――つまりわたくしの御侍は既に恋人がいた。
窮地に陥った彼女は、お父上から賜われた幻晶石を使い、彼女の代わりになれる食霊を召喚することにすべてを賭けた。
もし失敗したら、彼女は永遠に恋人と別れることになる。
彼女の誠意が神を感動させたのかもしれない。
彼女に召喚されたわたくしは、彼女が望んだ通り彼女と瓜二つであった。
このことはわたくしと彼女と、彼女の恋人の三人しか知らない。
彼女の願いも、わたくし達三人しか知らない。
計画が露見しないために、彼女が名前を捨て皇居という名の檻から逃げる前まで、わたくしは完全に彼女に成りすませるよう、ずっと彼女の作法を学んでいた。
これが正しいかどうかは知らない。
わたくしは皇室の姫ではないのに、彼女に代わって神に仕える事を神様は怒らないのでしょうか。もし神罰が下ったら、わたくしたちはどうなるのでしょうか……?
御侍とわたくしはずっとこの事に悩まされていた。でも彼女はそれでも時々こうやってわたくしを慰める――もしかすると、自分を慰めたいだけかもしれない。
「わたくし達の運命はすべて神によって決められたこと。そちがわたくしの願いを叶えるためにやってきたのは、きっと神がお許しになったためでしょう。だから心配せんでいい」
「そちは、ただわたくしに成りきるために勉強すればいい。きっと大丈夫」
御侍はわたくし達のやる事が災厄を招くことはないと思っている。わたくしも彼女を信じたい。しかしわたくしの心の中の不安はいつまで経っても消えることはなかった。
Ⅱ激変
わたくしが神社の巫女になってから半年が過ぎた。神社の中でのつまらない生活にも慣れてきた。
皇女である巫女は、他の巫女と同じような仕事をしなくてもいい。わたくしはただ神と交流し、神に祈ればいい――神は一度も私の祈りに答えたことがないけど。
神は簡単に人と交流しないのか、それとも神はわたくしを拒絶しているのか、わたくしはずっと不安で仕方がない。
連日の祈りが終わり、疲れきったわたくしは部屋に戻ってドアを閉めた。
侍女が離れた途端、わたくしは連日の緊張をほぐし、イメージを崩して綺麗な服が皺だらけになっても気にせず屏の後ろで倒れ伏せた。
すべての言動は身分に沿わなければならない。
少しの間違いでも他人の注目を惹きつけてしまう。
他人の怪しむような視線や探るような視線を浴びるたびに、わたくしは疑われたんじゃないかと焦ってしまう。
そのせいでわたくしは、人前で手足の些細な動きまで配慮しなければならない。
わたくしは長いため息をつきながら仰向けになって、足をあげて闇に隠れている梁に向けて空気を蹴る。そうすることで、まるで悩みを天井から蹴り飛ばせるように感じる。
少しの間ストレスを発散し、わたくしは隠してあった金平糖を思い出してゆっくりと起き上がり、重い裾を引きずって膝歩きで御帳台の中から金平糖の包みを探し出した。
巫女としての決まり事は皇居にいた時よりも多い。食べるものさえ厳格な決まりがあって、たくさんあるおいしい食べ物が食べられない。
幸い、以前御侍に仕えていた侍女がわたくしと共にここに来た。彼女とはあまり親しくはないけど、よくわたくしに面白い物を差し入れてくる――たとえば神社の中にないおやつとか、侍女達が時間つぶしに使ってる花札とか……大胆なお坊ちゃんたちが送って来た和歌まである。
恋幕溢れる和歌を受け取るたびに、わたくしは笑えばいいのか怒ればいいのかわからなくなってしまう。
こんなけしからんものを神の巫女に贈るなんて、天罰が怖くないの?
まだ一粒の金平糖しか食べてない内に、廊下から慌てふためく足音が聞こえた。何か緊急な事でもあったのだろうか。やがてわたくしの侍女が障子の外から呼び掛けてきた。
わたくしはびっくりして金平糖を御帳台にこぼしてしまった。片付ける余裕はない。わたくしは急いで裾で金平糖を覆い隠し、侍女を入れた。
侍女は入るなり、礼儀もわきまえず、慌てた様子でわたくしに状況を説明した。
「巫女様、堕神の襲撃があったのです。左大臣は将軍の出陣を機に私兵をあげて謀反を企て、陛下を拘束するつもりです」
その知らせはまるで雷のようにわたくしの頭に落ちてきた。
わたくしはなぜか呼吸が苦しくなり、思わず胸元を掴んだ。
これがわたくしが長く求めてきた結果なのか?
これがわたくしが皇女を騙った事に対する天罰なのか?
これは……わたくしのせいなのか?
Ⅲ来訪者
数日の間、朝廷内は激しく動いた。
陛下と相婿である左大臣は陛下を廃し、幼い皇子を皇位に就かせ、そうする事で彼が朝廷を掌握する事を企んでいる。
しかし皇子の母親は、自分の夫が人を傷つけるのを皇子に見せたくない故、密かに謀反の事を外で堕神と戦っている将軍の親戚である右大臣に教えた。彼らは左大臣が行動を起こせばすぐに押さえられるように準備を整えた。
最終的に、朝廷の情勢はすぐに落ちついた。
数日後、堕神が撃退されたとの知らせが伝わってきた。話によると将軍の手下の食霊のお陰らしい。
同じ食霊として、彼は自身の力で民を守ったのに、わたくしは信じてくれた民に災厄をもたらした……
侍女が持ってきた情報には限りがあるので、わたくしは朝廷の中でどんな対峙があったのか知らない。
わたくしが聞いた話では、朝廷にまた変化があったらしい。将軍は右大臣と対立し、いろんな理由をつけ都から遠く離れた場所で領土の奪い合いをしているらしい。
皇室はすでに権力を失っていた。
皇室が零落し、神社が日に日に荒れ果てていく。朝廷は自分の事だけでも精一杯で、誰も皇室に養ってもらっている神社の事など気にしなかった。
神官と侍女は食べていくために神社を離れてどちらか一方の軍勢に加わるか、或いはどこかに職を探しに行った。
しかしわたくしはここを離れる訳にはいかない。
わたくしは今でも陛下に任命された皇室の巫女として、国のために祈り続けなければならない。
わたくしは毎日神像の前に座って、わたくしのせいでこの国の民に神罰を下さないように許しを請い続けている。
そんな日々が過ぎていき、誰もがこの神社を忘れたと思った時、一人の商人がここにやってきた。
皇室がもう神社を養えないため、神主は神社を一般民衆に開放した。
松茸の土瓶蒸しは最初に神社を訪れた商人。
都で彼は既にかなり有名な商人だったから、食霊でありながら神主の厚い歓迎を受けた。
しかし彼がわたくしに会いたいと申し出たことを、誰も良く思わなかった。
神主の話によると、彼は奉加だけではなく、神社のために新しい鳥居まで立てるつもりらしい。――わたくしが彼に会うことを承諾すればの話だけど。
彼がなぜわたくしに会いたいのかはわからない。皇室の人に会えば社会的地位の向上に繋がって商売に有利だからなのか?或は他の軽薄なお坊ちゃんたちと同じように、わたくしを口説いてそれを自慢したいだけなのか?それともまさか……わたくし自身のために来たのか?
わたくしは彼に会いたくはないが、神社の人々のために合わなければならない。
わたくしはいろんな状況を予想したが、全部外れた。彼はわたくしに会った途端、首を傾げてびっくりすることを言い出した。
「なぜ食霊が出てきたのです?巫女様は?」
彼は……わたくしの正体に気付いた!
その時、わたくしはかつてない不安と心細さを感じた。
Ⅳ満願
「わたくしの身分を疑うのか、この無礼者めが!」
わたくしは厳しい声で否定をし、身分の差を見せつけて黙らせようとした。
しかし彼は少しも畏縮しなかった。それどころか前に出て暖簾を巻き上げようとした。
「貴女、食霊でしょう。その霊力は隠せませんよ。なぜ食霊が人間の皇女に代わって神に仕えているんです?」
「この無礼者め!」
彼の言葉はまるで一本の矢みたいにわたくしの心に刺さった。わたくしはさっと立ち上がり、怒りを露わに彼を見下ろす。
わたくしはほとんど自分を抑えきれず、彼に手を出そうとした。
わたくしの怒りを見て、彼は無礼な動きを止めて、遠い所に座り直して落ちついた様子で口を開いた。
「怒らなくていい、別に真相に興味はありません。私にとって『巫女様』に会えたらそれで十分です」
彼の態度の変化を見てわたくしは困惑した。いったいどういうつもりなのだ。
「貴女が食霊であったことをばらすつもりはない。ただ巫女様として少し手伝ってくれればいい。安心してください、これはお互い利のあることだ。神主も了承するでしょう」
それを聞いてわたくしは彼の要求を聞いてもいいと思った。神主が了承したのなら、それが神社に害することではないのだろう。
わたくしは不安と怒りを抑えて、座り直した。
面会の時間はそう長くなかった。内容はわたくしの思いもよらなかった――彼の考えは、この皇室専用の神社で相撲の試合を催し、それで稼いだ金を神社の修繕に使うとの事らしい。
昔から相撲は神を敬う儀式の一環だったが、わたくしは未だ見たことがない。どうやって相撲の試合で金を稼ぐのかもわからない。だが少し興味があるのは否めない。それに彼が出した条件も良すぎて拒絶できない。
最後には、彼は神主と一緒に相撲の試合日程を決めた。
相撲はとても流行ってる競技だ。神を敬う儀式でなくても、わざわざ娯楽用の試合を催したりする。
ほとんど一般民衆に開放していなかった神社も、民の好奇心を集めている。
松茸の土瓶蒸しがこの試合を宣言する際、観客には力士の手形が付いてる扇をプレゼント、さらに巫女様のお守りがもらえるチャンスもあるとか言い触らしていたから、有名人や皇室に接触したことがない一般人にとってはかなり魅力的だ。
その賑やかな日で、わたくしの出席が試合の盛り上がりをクライマックスに押し上げた。
松茸の土瓶蒸しの絶えない笑顔から見るに、かなり稼いだんだろう。
あまり笑わない神主すら笑みが絶えなかった。どうやら神社の困難も解決できたらしい。
このめでたい日に、彼らだけでなくわたくしにまで驚喜が訪れた。
侍女が既に人妻になった御侍を連れてきた時、長い間心細かったわたくしはようやく頼れる人ができた。
御侍にはこれからもずっとそばにいてほしい。わたくしはもう一人で冷たい神の相手をしたくない……
Ⅴおせち
おせちの御侍は高貴な皇女であった。彼女は新しい巫女に選ばれ、巫女として皇室と国のために祈るために皇室の神社に向かう事になった。
歴代の巫女は任期の間未婚を保ち、すべてを神に捧げなければならない。さもなければ神罰を受けることになる。
――しかし自分に代わり他人を巫女として神社に向かわせたら神罰を受けるかどうかを試みた者はいなかった。
そんなまぐれ当たりを期待して、おせちは御侍に代わって巫女になった。
皇女は名を捨て恋人と皇居を離れ、恋人が用意した邸宅で暮らす事にした。
最初、皇女は願いが叶ってこれから幸せになれると思った。
しかし彼女はすぐ恋人に新しい愛人ができた事に気づいた。彼が彼女を訪ねる回数も徐々に減ってきた。彼女は多くの夜を一人で過ごしてきた。
期待していた恋がこんな結果になり、彼女は恋人の浮気が神罰じゃないかと疑った。
その後、国家は混乱し、堕神の襲来と権力争いが次々と起こり、皇女の恋人は朝廷で職を求めるために自ら権力争いに参加して死んだ……
徐々に皇女の心労が溜まり、元々綺麗な庭も徐々に荒れ果てた。生活がますます苦しくなった皇女は徐々に痩せてきた。
彼女は責任から逃れた自分を責め始めた。自分の前に現れたおせちをも責め始めた。もしおせちが現れなかったら、こんな事にはならなかっただろうと。
皇室の神社が間もなく相撲の試合を催し、巫女が力士の応援に出席するとの知らせが一晩で都全体に広まった。
それを聞いた皇女は失ったすべてを取り戻し、すべてを正常に戻すと決めた。
おせちは皇女が来た事が嬉しくて、憔悴しきった皇女の異変にすぐに気づかなかった。皇女が暴れだしたとき、おせちは驚きすぎて全く反応できなかった。皇女が彼女の髪飾りを奪った痛みでようやく我に返った。
しかし彼女が抵抗しなかったのは、皇女が彼女の御侍だからというだけではない。
「全部そちのせいだ!皇室の零落は全部そちのせいだ!そちが現れなかったら、わたくしは今も神社の巫女で、神罰も下らなかったのに!」
皇女はすべての罪をおせちに擦り付けた。元々自分に疑問を持っていたおせちは反論出来なかった。皇女の厳しい言葉を聞いた彼女もすべてが自分のせいだと信じ始めたから、皇女が彼女の服を剥ぎ取っても全く抵抗しなかった。
皇女はおせちを肌着になるまで剥ぎ取った。
その服を自分に着せた後、まるで願望が叶ったように笑った。
――入ってきた松茸の土瓶蒸しが見たのは、そんな光景だった。
彼はすでに廊下ですべてを聞いたので、二人の境遇を大体理解した。
彼はおせちのお陰でかなり儲かったから、礼として助けてあげて借りを作っても悪くないと思った。
そう考え、松茸の土瓶蒸しは二人の間に割って入った。
長年商売をして来た松茸の土瓶蒸しは、黒を白に変えるほどの弁舌を持っている。狂った皇女を説得するのは難しくない。
今回の対象はすでに偏屈に陥っていたから、彼は軽く押して、今神に仕え始めても何も変えられない、勝手に身分を変えて逆に神を怒らせてしまうかもしれないと、彼女に信じ込ませた。
神を怒らせることを恐れた皇女に、松茸の土瓶蒸しはすぐに豊かな生活ができるほどの資産を約束し、皇女の考えを徹底的に変えた。
皇女は松茸の土瓶蒸しの約束を持って帰った。しかしおせちは未だショックから立ち直っていない。ただ松茸の土瓶蒸しが彼女を助けたから、ようやく気を取り直して礼を言った。
しかし松茸の土瓶蒸しからの助力はそれだけに留まらなかった。
国の情勢はすぐに安定して、将軍は食霊の力で最高権力を獲得した。
その時、堕神が再びこの落ちついたばかりの国を襲ってきた。
松茸の土瓶蒸しは将軍に進言し、おせちに「神の力」を駆使して堕神を撃退させるように説いた。
おせちは、彼がいったいどうやってのけたのかは知らない。でも自分の力を使って民を守れればそれでいいと彼女は思った。
たとえ神の名義で将軍に揺るがない権力を与えても構わない。
徐々に、民衆は今の巫女が本当に神の意思を代表する巫女だと信じ始めた。
民衆の信頼を得たおせちも、自分を疑うことをやめ、自身を取り戻した。
今の自分の民を守る努力を見ればきっと神でも本当の巫女だと認めてくれるはずだと、彼女は信じている。
松茸の土瓶蒸しといえば、おせちと将軍が出してくれた「通行許可証」のお陰で商売がますます繁盛し、今や国で最も富裕な商人になった。
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