フォンダントケーキ・エピソード
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フォンダントケーキのエピソード
誰に対しても善良な神子。 お祝いごとの場でみんなの願いをお聞き続けている。 必要なときには、戦いも辞さない芯の強さを持っている。
Ⅰ 平凡な暮らし
「神子おねえさんとお別れしましょう。」
「神子おねえさん、さようなら!」
私はおじぎをして聖歌隊の子どもたちにお別れのあいさつをした。子どもたちの明るく優しい笑顔を見て、私も思わず微笑んだ。
私のいる教会は、まもなく一年でいちばん盛大なお祭り――クリスマスを迎える。
その日、私たちは街の人たちにすばらしい公演を披露する。
だから、子どもたちは長い間、一生懸命練習してきた。
もちろん私もその日を心待ちにしている。
聖歌隊の最後の一人を見送り、私は大きく伸びをして、固まった肩を動かし、両手で自分の顔を叩いた。
「フォンダントケーキ!がんばれ!きっとうまくいく!」
拳を握って自分に発破をかけ、教会の裏にある聖職者の厨房に行くと、買い物かごを手に取った。
「神子様!もうすぐ牛乳もなくなります!数日後のクリスマスに必要なので、牧場に行って多めに買ってきていただけませんか?」
「そう。市場にも行くんだけど、何か必要な物はないかしら?」
「りんごが食べたいです!」
「わかりました。」
私はかごを提げて市場に来た。市場の人はみなよく知った人ばかりだ。
みんな熱心に行き交う客に声をかけているが、私を見ると次々にかごに彼らの「気持ち」を入れてくれる。
断りたかったが、彼らのわざとらしい「脅し」で、その「気持ち」を受け取らざるを得ない。
「神子様、遠慮しないでください!以前うちの子がケガしたとき、あなたがいなければあの子の足は危なかったんです!」
「そうそう、その前はうちの父が病気になったときも!」
「受け取って下さい、ほんの気持ちです。受け取ってくれなければ今後はお世話になれませんから!」
「あなたがここを自分の領地にして守ってくれなければ、特に他の街のようにめちゃくちゃになってました!」
一円も使わずにいっぱいになった籠を見て、申し訳なくなったが、彼らの笑顔には私への善意が表れていて、私はこの善意に満ちた世界に心から感謝した。
必要なものが揃ったので、教会へ戻った。
今日は私がみんなの夕食を準備する。私はコンロの前でいい匂いのするポタージュを作っていたが、突然、窓の台に置いておいた茶碗が落ちた。
私は急いで手を伸ばし、テーブルに落ちる前に受け止めた。
ほっと息をついて顔を上げ、窓を見た。
窓には黄褐色のリスがいて、黒豆のような目は驚いたようにきらきらしている。怖がってカーテンで自分の身体を隠そうとしていた。
私は思わず手で唇を押さえ、小さく笑った。
「おチビちゃん?お腹がすいた?何か食べたい?」
「キキキ――」
こうした平和な生活こそ、私が守りたかったものだ。
Ⅱ 変化
私は期待していたクリスマスを迎えることはできなかった。
砲火がイヴの城門を開け、巨大な爆発音が深い眠りについている街を目覚めさせた。
私は急いで上着を羽織って教会の外に出た。
上品で静かな街は炎で赤く染まり、大きな火の手が空を血のような赤に染めていた。
一晩で大きく変わった街を見て、私はなす術もなかったが、すぐに自分を落ち着かせた。なぜならたくさんの懐かしい顔が教会へ走ってくるのが見えたからだ。
私は彼らを教会に迎え入れた。恐ろしさで顔を泣き腫らした子どもを見ながら、私はしゃがんで、親指で彼らの顔についた煙のあとを拭った。
「怖くないよ、おねえさんがいる。やつらに指一本も触れさせないから」
「おねえさん!どこへ行くの!」
私は子どもたちの驚く視線の中で教会を出て、外からしっかりと扉を閉めた。
入口で武器を持ち、鎧に身を固めた兵士たちを見ると、私は両手を広げて教会を守った。祈りのときに灯す蝋燭だけが私のそばで揺らめいている。
「ここは神子の守る街、何をする気ですか!」
私は警戒しながら馬上の指揮官を見て、しっかりと拳を握りしめた。
私は戦いに強い食霊ではないけれど、全力で後ろにいる人々を守らなければならない。
驚いたことに、指揮官は私をちらっと見ると、そのまま立ち去った。
「俺たちは投降した兵士と民衆は傷付けない」
彼はすばらしい装備を着けた大きな軍隊を率いて整然と立ち去った。城を守る兵士を威嚇するために開けた城門を除いて、街は奇跡的にこれ以上の損害を受けなかった。
後ろで門がそっと開き、子どもたちが恐る恐る出てきた。怖がりの小さな女の子が私の後ろに来て、そっとスカートの裾を引っ張った。
「おねえさん、あたしたち……もう大丈夫?」
私は女の子の肩を抱きしめた。かすかに震える手が心の不安を暗示していたが、なぜか、あの指揮官の言葉を信じようと思った。
あの人は私たちを傷付けない。
「大丈夫、もう大丈夫」
ずっと後になって、私はあれが反乱軍だったと知った。
でもその時、反乱軍のリーダーはすでに新しい国王になっていた。
新しい国王が即位すると、崩壊に向かっていた国が少しずつよくなってきた。
私はこの国の神子だ。できることは、自分のいるこの小さな街を守ることだけで、ほかの街の人たちに手を差し伸べることはできない。でも彼はそれをやったのだ。
厳しい法律が次々に公布された。貪欲で残忍な貴族は処罰され、貴族たちから自分を守れなかった市民も、胸を張って暮らせるようになった。
Ⅲ 承認
この国では、神権は王権と並び立つ一つの勢力だった。国王が後を継ぐとき、歴代の神子の承認が必要なことさえあったのだ。
私の御侍様は前の神子だった。彼女は亡くなるとき、この国を守る任務を私に託した。
彼女は、私は神の贈り物で、神が彼女に私を召喚させたと言っていた。
私がみんなを癒やす力は、神の贈り物なのだと。
私は聞いたことがある。なぜ私たちは神の声を聞いたことがないのか、神の降臨を感じたことがないのかと。
御侍様はこう答えた。
「神は慈悲深く、賢明な存在です。あなたは神の存在を感じることができないかもしれない。でも神はいつでも私たちを見ておられます。私たちが困難にぶつかったとき、必ず助けてくださいます」
私は御侍様を信じ、私にみんなを癒やすことのできる、温かくて強大な神の力が与えられることを信じた。
時間が流れ、国は衰退し、神権も崩れ落ちていった。
しかし、私にはそれを変える力はなく、私にできることは、わずかに残った発言権を使って、今いるこの土地を守ることだけだった。
多くの人は私の力を見て、私を神明の代行者と見なした。彼らは小さな街の自由と自分の未来とを引き替えにしてもいいとさえ思っている。
小さな街の自治権にすぎないが、私の承認を得られるなら、彼らにとって何よりもうれしいことなのだ。
結局誰も、自分には助けが必要ないとは保証できない。
私の賜った力のおかげで、この街は外界からの侵略を受けず、あの耐えがたい歳月を無事に過ごしてきた。
噂によれば、国を再興した王はさまざまな非難を受けているという。
たくさんの人が神明を口実に彼を責め、なぜ神の意に反して神から賜った王冠を脱ぎ捨てようとするのかと聞いた。
彼の命令に背き、彼の作った法律を拒否する者さえいた。
その人たちが狙っているのは、王位の裏にある権力や財産だけだということはわかっている。
私は神明が王にふさわしい人を責める口実になるのは許せなかった。
あの人がこの国のためにしてくれた努力は、神が王として彼に祝福を与えるのに十分だ。
私はこう考え、懐かしい人々に別れを告げてこの城に来た。
神権が衰退しているとはいえ、神子の承認があれば、神明を口実にしている貴族もこれ以上彼を責めることはないと思った。
しかし、私が城に向かっていると、街角で泣き止まない子どもがいるのに気付いた。
「ぼく、なぜそんなに泣いているの?」
私はその痩せた子どものそばにしゃがんで、そっと彼を慰めた。そして彼の膝にひどい擦り傷があり、驚くほど身体が熱いのに気付いた。
周りを見回したが、近くに家族は見当たらず、思わず眉をしかめた。
「ぼく、熱があるね、おうちの人は?」
「えーん、お父さんは連れて行かれた。」
「連れて行かれた!?」
「えーん、お父さんはぼくを医者に診せるために、どこかのおじさんのお金を盗んだんだ。だから連れて行かれた。」
この複雑な状況に、どうしていいかわからなかった。
傍らの商人らしい男が、躊躇しながら近付いてきた。
「この子の親戚かい?」
男はおずおずと聞いた。
私が首を振ると、男はため息をつき、迷った表情になった。
「私がお金を盗まれたんだよ。その泥棒の家の様子を聞いて、私から裁判官に頼んだんだ、子どもの病気が治ってから服役すればいいって。でも、ダメだった。この子を医者に連れて行こうと思ってここへ来たんだが、どうしても私を信じてくれない。お嬢さん、代わりにこの子を医者に連れてってくれないか」
私は痩せた子と渡された財布を見て、黙り込んだ。
その男は長い間我慢していたらしく、わたしに蕩々と訴えかけた。
「裁判官の考えもわかるんだよ。新しい国王が即位してから、法律はどんどん完備されて、国もよくなっていく。でも国王はときどき、人情を理解しなさすぎる。以前は、餓死寸前の乞食がパンを盗んだといって重い罰を受けた……」
その病気の子どもを落ち着かせると、すでに夜になっていた。私は宿に戻り、翌日城に行こうと決めた。
眠ろうとしたとき、木のドアがそっとノックされた。
私は訝りながらドアを開けると、見覚えがあるが、記憶よりもずっと年を取った男がいた。
「神子様、お久しぶりです。変わりなくお若い、私は年を取ってもうこの有様です……」
私は彼を招き入れた。御侍様が生きていた頃、少年だった彼と会ったことがある。
彼の父親はすばらしい先見性と知謀の持ち主で、心から人々のためを思う臣下だった。彼も父親の才能を受け継ぎ、彼の立場で人々のために尽くしてきた。
「神子様、おいでになったという知らせを受けてすぐやってまいりました。よかった、陛下があの人たちに我慢する必要はなくなりそうです」
私たちは翌日、城で会うことを約束した。
大臣を送り、星のきらめく夜空を見ながら祈った。
明日はすべてうまくいきますように……
Ⅳ 衝突
私は約束通り城の裏門に来て、大臣の助けを借り、広い宮殿に入った。
映りそうなほど光ったタイルの上で靴の踵が音を立てる。私は大臣について、美しい工芸品がたくさん飾られた進言の大広間に着き、柔らかな深紅の絨毯の上を前へ進み出た。
大きな城の奥で、金色の玉座に1人の男性が座っていた。
驚いたことに、それは私があのとき、教会の前で会った指揮官だった。
彼は玉座に斜めに座り、片手で顎を支えて居眠りしていた。そのリラックスした、しかし気だるい様子は、王座と不思議とマッチしていた。
私は顔を上げて彼を見ると、思わず少し眉をしかめた。
このとき私は、これは人間じゃなく、私と同じ食霊だと感じた。
臣下が彼に私を紹介すると、彼の反応はいささか冷淡だった。
私は前に進み出ると頭を下げ、臣下の礼をして、彼に願い事をした。
「陛下に申し上げます。小さなお願いがございます。どうかお聞き届けくださいますよう」
「お?お前は俺と交渉しようというのか?」
「いいえ、陛下。私の願いは、法律を少し緩めていただけないかということなのです。厳しい法は国を治める基本です。しかし人情に関わることも多うございます。一刀両断では、人情味に欠けるのではありませんか」
「女の慈悲か」
私は眉をひそめて、私の話をボロぞうきんのように扱った男を見た。
「女の慈悲ではありません。これは君主に必要な仁徳でございます。冬の寒風の中、いささかの暖かさがあれば、人々はどんなに勇気づけられるでしょうか!」
「ふん、王座に座ったこともないくせに、よくそんな戯言を言えたな。甘くすれば、誰も法律を恐れない、法律に存在意義がなくなる。誰もが目こぼしを求めるようになったら、わけもなく被害を受けた人を誰が守るんだ」
「私はすべての罪人を許せと言っているのではありません!いささか温情をとお願いしているのです!」
「ばかばかしい!」
私は不満そうな彼の表情を見て、唇を噛んだ。
「私は陛下のお考えを認めることができません」
「おお、俺もお前の考えには賛成できない」
大臣が困った顔をする中、私たち二人は長い間睨み合っていたが、なぜか最後に彼は爽やかな笑い声を上げ、私もつられて笑った。
「そういうことならお前はここにいるがいい。お前が俺を言い負かすのか、俺がお前を言い負かすのか、見てみよう!」
Ⅴフォンダントケーキ
フォンダントケーキの国は、かつては神権と王権が並立しており、実際には神権が王権より高いとさえ言える国だった。
国王の権利と地位は、神子が神明の意を聞いて授けるものでなければならなかった。
しかし王が年を取り、周りの王族の欺瞞や扇動がはこびり、王はかつての果断ができなくなった。
そして貴族の領地の人々は、次第に貴族に抑圧され、搾取されていった。
人々は苦しんだ。
王族は故意に神権を押さえつけ、神権はどんどん弱くなっていった。
神子の後継者であるフォンダントケーキは、どうやってこの国を救ったらいいかわからない。
彼女は神子の加護のあるこの土地を守り、人々の暮らしを守るしかなかった。
王は疑い、国の安寧に功績のあった最後の臣下を殺そうとした。素晴らしい戦功のあった老将軍は、ずる賢いやつに陥れられ、命の危険に晒されたのだ。
その日、年老いた将軍は自分の食霊を連れ、自分の勇猛果敢な兵士たちを連れて蜂起した。
フォンダントケーキは自分の領地内で、この長髪の食霊に会ったことがあったが、警戒心でいっぱいだったその時の彼女は、それが二人の縁の始まりだとは知らなかった。
シャンパンというその食霊は、シャンパンのもつ意味と同様に、勝利を象徴している。すぐに国のすべてが老将軍の手中に収められた。しかし将軍はいわれのない罪を着せられて身体が衰弱しきっており、まもなくこの世を去った。子どものいなかった将軍は、自分の子どものように愛したこの国を、最も信頼する食霊に託した。
すべてが好転した。
フォンダントケーキは衰退しかかった国が、シャンパンの大胆な改革によって生き生きと生まれ変わるのを喜んだ。
しかし今は落ちぶれた神権が、権力を失った貴族たちのシャンパンを押さえつける口実に使われたのである。
神権は落ちぶれたとはいえ、偉大な神明は今でも人々の信仰の対象だ。
新しい王への尊敬は、次第に揺らぎ始めた。
これを知ったフォンダントケーキは自ら城へ向かい、自分の力で国を救ったその人を助けようとした。
彼女にとって、これは国を救ってくれたシャンパンへの感謝であり、無力な自分の償いでもあった。
シャンパンに再会したとき、フォンダントケーキは城へ来たる道で見たことで、少し意見を言おうとした。
しかし思いがけず、彼女の考えとシャンパンの考えは衝突してしまった。
相手を言い負かしたいのか、自分が正しいと証明したいのかわからないが、フォンダントケーキはケンカしながらもシャンパンの要請に応じて城に住むことにした。
彼女がこんなに衝動的に行動したのは初めてだ。
お互い譲らず、自分の意見に固執する言い争いの中で、フォンダントケーキとシャンパンは次第に親しくなった。
お互いを知る過程で、彼女は議会では見たことのないシャンパンを見た。個人としての彼はお山の大将で、子どもっぽい人だったのだ。
もちろん、シャンパンとの言い争いや意地の張り合いがなければ、彼女自身にも、怒って地団駄を踏むようなことがあるとは永遠に知らなかったのだが……
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