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お屠蘇・エピソード

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お屠蘇のエピソード

見た目は頼れる大人だが、実際は自信家で喧嘩っ早い。ルールに挑戦することが好きである。

とっつきにくそうだが、本当はお人好し。自分は「福を祈る」よりも「災いを消す」法が合っていると思っている。亀苓膏の説教を受けてうんざりしているときは、形だけでもお世辞を言ってみる(無表情)。


Ⅰ 春は何時

 私の名前はお屠蘇。私の目の前で目を剥いてくどくど言っている男の名前は亀苓膏


この男はいつも私の耳元でくどくど言っている。

こいつを黙らせたいけど、彼の後ろで倒れた堕神に潰されて廃墟と化した小屋を見て、少し後ろめたい気分になったからやめておいた。


この男の開いたり閉じたりしている唇を見て、昔と同じように私の耳元でくどくど言ってた人のことを思い出した。


「お!屠!蘇!!聴いているのか!!!もう何度目だこれは!!!堕神を倒す時は周りのことも考えろ!」


ついに、私のうわの空な態度が完全に亀苓膏を怒らせた。

彼の手にある薬の土瓶を見て私は思わず寒気を感じ、咄嗟に頭を下げた。強い風が私の頭上を掠って、髪の毛を何本か切り落とした。


思わず唾を飲み、この古い話を持ち出し始めた男を見てやばいと思った。


これはいかん、こいつ完全に怒った。


そう感じて、私は即刀を引っ提げて逃げた。

亀苓膏の叫び声がワンタンの笑い声と混ざって後ろから聞こえてきた。


ワンタン!!亀苓膏が落ち着いたら、また飯をたかりに来る!じゃね!」


ここで改めて紹介しよう。

さっき私が怒らせたやつは亀苓膏、傍らで爆笑してるやつはワンタン、彼らは他の何人かの食霊と一緒に忘憂舎に住んでいる。


私は彼らと一緒に住んではいないが、たまに飯や酒をたかりに行く。或は廬山雲霧茶に怪我を治療してもらいに行く。


でもこの様子を見ると、数日内は行けないだろう。私は自分の髪の毛を揉んで、ため息を吐きながら周りを見やり、これから行く場所を決めた。


それは彼が行きたいけど行ったことのない場所。

すべての医師にとっての聖地ーー中草町。

 

Ⅱ 決意

噂では、中草町は食霊を極度に嫌悪している町だ。


聞いた話によると、その町では堕神を駆除できる御侍がいないから、町周辺で堕神が多発し襲われた人の数もだんだん増えているらしい。

今はまだ明るいから、急げば日が落ちる前にたどり着けるかもしれない。


兵器を肩に担いで、芳醇な香りが漂う酒を飲みながら私は道すがら見慣れた山川の風景を愉しむ。


突然、遠くない場所から敵意を感じた。私は口元についてた酒を拭いてそちらを見やる。

林の中で怪しい炎が燃え上がり、そこで私は見慣れた赤い目を見た。そいつの体から濃い酒の匂いが漂っている。私は酒を刀にぶちまけ、掌で刀身を拭いた。


「待ってたぞ、さあ来い」


私はその虫の息までぶちのめした堕神を追って、山林の深いところまで入った。

疲れきった堕神に向けて刀を振り下ろそうとしたところで、私は衰弱した霊力を感じたと同時に、か細い声を聞いた。


「お願い、行かないで……。お願い……目を覚まして……。お願い……」


堕神を殺すにはまだ少し手間がかかる。私はそいつを放っておいて声の方向に向かった。


もうこんな時間なのに、なぜ山林の中に人がいる?

それにこの霊力、食霊なのか?


そこにたどり着くと、私は思わず刀の柄をキツく握り締めた。


また間に合わなかった。


ため息とともに胸の中の鬱憤を吐きしゃがみこんで、この全力を尽くしても自分の御侍を助けられなかった食霊を見つめる。


それは私とは似つかない外見をしている軟弱そうな少女だ。

しかし彼女の顔にある涙の跡と、未だ全力を尽くして霊力を放ち続けるその姿勢を見て、私の心は訳がわからず動揺した。


その何をしても大切な人を救えない絶望感。


私が助けた食霊の名前はよもぎ団子

天が彼女の悲しみを雨で洗いたいのかもしれない。雨の中で泣いている彼女を見て、この小さな姿はあの時の自分と重なった。


あの時も雨が降っていた。

まだ残っていた寒さが、雨と共に上着を通って骨に沁みた。

しかし、より冷たいのはどうやっても捕まえられないその大切な存在だった。


私は数日、彼女のそばに付き添った。

少し無理した笑みを浮かべた彼女を見て、一緒に行かないかと私は真剣に聞いた。


御侍を失った彼女が、この食霊を嫌悪する町では愚痴をこぼす相手すらいないだろう。


しかし、彼女は柔らかい外見には似合わない強い意志を見せた。

その意思を見て私は、彼女がもう決めたのだとわかった。


その決心を妨げるべきではない。


この淡い薬の匂いがする町を出る時、よもぎ団子は町の入り口で私に手を振っていた。


突然、彼女のそばにぼんやりとある姿が現れたように見えた。

その姿に、私は懐かしさを感じた。


Ⅲ 素晴らしい日々

私の御侍は有名な神医だ。しかもかなり若い。多くの老年の医師が治せない病も治せた。


しかし自分の体の頑固な病だけは治せなかった。


すべての医師の中で、彼は最も素質があって、一番努力もしていた。

しかし、どれだけ努力しても、自分の命を奪いかねないその病を治せなかった。


彼は常に死神と時間を奪い合っていた。そして一度もヤケになったことはなかった。

彼は毎日、自分を訪ねてきた患者を無条件に助け、来られない患者のためには自分の病に冒された体を引きずって千里以上も離れた村に向かうことすらあった。


それを見かねた私は何度も彼を止めたが、彼は毎回私に、


「患者を治療する過程で、もしかしたら自分を治せる方法が見つかるかも知れないじゃない?たとえ見つからないとしても、より多くの人を治せるなら本望だ。」


彼はいつも暖かい笑顔で患者を慰めていた。

彼が深夜、日に日に衰えていく自分の体に嘆いたところは、私しか見たことがない。


彼は死が怖くないわけではない。しかし彼がより恐れてたのは、彼の師や友人たちが彼のために心配して苦しむことだ。


私は彼の医学書からたくさんの危険な場所で生える薬草のことを読んだ。

彼はいつも、とある薬草を見ていた。しかし、自分のために危険を冒して欲しくない彼は、誰にもそれを伝えなかった。私はその薬草をこっそり覚えて、彼が眠った後医館を抜け出した。


薬草が生える場所は私の想像以上に危険だった。

私は毎回、彼が目を覚ます前に帰れたわけではなかった。毎回無傷で帰れたわけでもなかった。


そういう時、彼はいつも怒り、私の耳辺でくどくどと説教した。

でも、そのきつく顰めた眉と強く握り締めた手は、私を苛立たせたことはなかった。


私はずっと彼が怒らない人だと思っていた。

しかし、私が崖で薬草を取るために危うく堕神に殺されかけた時、彼は初めて怒って薬箱の中の瓶を私に投げつけてきた。


薬がぶちまけられた絨毯を見て、私は思わず固唾を飲んだ。

堕神より強い殺気を感じたのは、あれが初めてだった。


余りにも怖かったので、私は本能に従って大人しくベッドで横になった。


私が横になったのをみて、彼は私の刀を没収した。


後で戻ってきた時、彼はもういつも通りだった。

彼は私の手を取って、崖を登るために怪我した爪に薬を塗り始めた。


「屠蘇、君の名前はお屠蘇。それは福を祈り災厄を祓う意味だ。僕のために危険を冒して欲しくない。僕が望んでいるのは君が楽しく生きていくことだ。君は僕の食霊と言うだけではない。家族でもある。だから約束して欲しい。もうこんな危険を冒さないと」


彼の表情を見て、私は断れないと悟った。


Ⅳ 災禍

それからの日々は、いつも通りの平穏に戻った。


私は薬草のために出ることがなくなり、彼の病気も自己療養のお陰でだんだん落ち着いてきた。


何もかもが上手くいくようだった。

こんな平穏がいつまでも続いていくことを、私も望んでいた。


しかし、天災がもたらしたのは凶作だけではない。疫病もついてきた。


城外から伝わってきた難民の話を聞き、まだ完全に回復していなかった御侍は再び薬箱を取った。


何を言っても彼を止められないと知ってた私は、後ろでその病弱な姿を見送るしかなかった。


彼は逃げまどう人々とは真逆の方向に向かって、誰もが避ける土地に踏み入り、医師としての役目を果たしに行った。


数日だけでも、彼はかなりやつれた。


神医の名に恥じぬよう、彼の努力によって疫病は沈静化した。元気な子供達の笑顔を見て、私は突然彼がなぜ医師の道を選んだのかわかった。


きっと自分のためではなかったのだろう。


立ち去る前、彼は村人たちにお屠蘇の作り方を教え、笑ってこう言った、


「この酒は疫病の予防に役立つ。福を祈って災いを祓う寓意がある。これからは度が過ぎないように飲んでくれ」


「はいはいはい!分かりました!ありがとうございます!この度は、本当にありがとうございました!この酒は……?」


「この酒はお屠蘇といって、僕の一番好きな酒だ」


突然私の手が、1人の小さな女の子に掴まれた。彼女はニコニコして私を見上げて、

「お姉さんの名前はお屠蘇でしょう!」

「そうよ。どうしたの?」

「じゃあお姉ちゃんに祈ればいいの?」

「……何を祈りたいの?」

「これから私たちの村が病気になりませんように。みんなも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも幸せでありますように!」

「……わかった。」

「また遊びに来てねお姉ちゃん!お医者のお兄ちゃんも一緒に!」

「わかった。」


しかし、村を出て医館に戻った途端、彼は突然ばたりと倒れた。

慌てふためく私は、御侍の導きで彼の師匠を見つけた。


人望のある老年医師の目には、私が知りたくない悲しみがあった。彼の師匠は彼の手を掴んで、震えた声で、

「どうしてそこまで……君の体はもうこのような疲労には耐えられない。罹った疫病は治せる。だが、君の元々弱かった基はもう傷ついた……なぜそこまで……」


「僕は医者。人を治すのは当たり前だ」


頭の中が突然真っ白になった。私は漠然と、目を擦っている老年医師を見た。

振り返って、ベッドにいる青白い顔の人を見て、私は自分の手が震えているのに気づいた。


その瞬間、私はようやく自分の無力さに気づいた。


私は堕神を倒せる。チンピラを追い払える。

稀有な薬草を採ってこれる……。

でも、私は彼を救えない。


私は気が狂ったように、彼を救う方法を探した。でも全て無駄に終わった。

彼は壊れかけていた私の手を握って、私のキツく顰めた眉間をほぐした。


「僕は君の笑顔が好きだ。君のせいじゃない。自分を責めるな。」


その日、雨が降っている中、彼は、みんなに看取られてこの世を去った。


その日以来、私はお屠蘇の味を好きになった。


淡い薬の香りは、まるで彼の体の香りのように感じた。

軽い酔いの中で私は、いつも私を見ては仕方なく笑っていたあの人の顔が見えるようだった。


彼が死んだ後、私は薬の香りが充満している病院を出て、あっちこっちブラブラし始めた。


どのくらいの時間が経ったのかわからない。

私は、彼が命を対価に救ったあの村落に戻ってきた。


あの時救った村は、今はもう廃れていた。

荒れ果てた様子を見ると、もうかなり長い間人がいなかっただろう。


苦労して聞き回った後、ようやくこの村に関する事情がわかった。


私達が去った後、この村はお屠蘇をたくさん飲むようになった。

しかし酒の香りに釣られてきたのは旅人だけでなく、酒好きな堕神まで現れた……。


立ち去る際の、あの女の子の祈りを思い出して、私は思わず自嘲した。


私は名前は屠蘇だけど、願いを叶えたことがない。


だからせめて、厄災を祓おう。


Ⅴ お屠蘇

亀苓膏お屠蘇に出会った時、彼女は全身傷だらけで刀を振り回していた。


その時の彼女は、全身から酒の匂いが漂って狂ったように笑い、ひどい怪我も気にせず堕神を追い回していた。


堕神の退治を手伝った後、彼女は一言の礼を言っただけで、すぐに立ち去ろうとした。


彼女のフラフラな様子を見かねた亀苓膏は、彼女を忘憂舎に連れ帰り怪我の治療をしてあげた。


治療している最中亀苓膏は我慢できずくどくどと説教をし始めた。


「死にたいのか!こんな怪我でどこに行くつもりなのだ!」


お屠蘇は、治療をしている亀苓膏と自分の体に巻かれた包帯を交互に見て、思わず泣きそうになった。

彼女は天井を見上げて、軽く笑った。

視線を戻したとき、彼女は再び自信に満ちた生意気な笑顔に戻った。


ほら、私に治療してくれる人が現れた。これであんたも安心だろ……


「おい、あんた、一緒に酒を飲まないか!」


あの村の崩壊の後、お屠蘇は刀を担いで災厄を滅ぼす道を踏み出した。

彼女はどこにも帰らず、あちこちをフラフラと狂ったように堕神を追い回していた。


よく怪我をする彼女は、結局傷の治療を習得できなかった。そして、やがて彼女のことを放っておけないあいつに出会った。


あの日から、忘憂舎に新しい客が来るようになった。

お屠蘇はどこに行ったとしても、怪我をしたら必ず酒を持ってこの小さな桃源郷にやってくる。

徐々に、亀苓膏たちもこのよく現れる客に慣れてきた。


酒の席で、彼らは堕神に執着しすぎた彼女を説得しようとした事もあった。


君のことが心配だ。そこまで一生懸命じゃなくてもいいじゃないかと。


しかし少し酔ったお屠蘇はゲップをし、真っ赤な顔で自嘲気味に笑った。


「もし災厄を祓うことすらできなかったら、私はどんな資格があってこの名前を名乗るんだ。これは彼が最も好きな酒だぞ……」

「それは……彼が命を賭して救った村落だそ……」

「その女の子は、私の腰までしかなかったぞ」

「災厄を祓う事すらできなかったら、私はどんな顔をしてお屠蘇と名乗る……」

「これらの事は、私一人で背負えばいいんだ……」

「それで十分だ……」


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