ドーナツ・エピソード
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ドーナツのエピソード
冷静沈着で自分に厳しいが、心は乙女である。
食霊はティアラが人々に与えた恩恵であると信じ、真の優しさと愛を世界中に広めたいと思っている。
Ⅰ 追跡
「神よ、我らの罪をお許しください」
教会の中央に立ち、女神像を前に声も無く祈りを捧げる。
像は既に元の形を無くしていた。両手に持っていたはずの花は、今では地面に散った瓦礫となっている。教会内は既にボロボロで、至る所に椅子などの残骸がある。
ここでは本来皆が祈りを捧げた聖地。今となっては静寂のみが残る廃墟となっている。
ほのかな光が壁の隙間から差し込み、私に既に逝った事を諭すかのようだ。
追跡任務が始まってからもう7日が経っていた。
「聖女様」
背後から金属音と共に老いた声がし、私の思考を妨げた。
それは白髪の老人で、全身に重量感のある鎧を纏っており、私に向かって敬礼をしていた。
「埃布里、今の状況は?」
祈祷をやめ、冷静に問いかけた。
眼前にどんな状況が展開していようと、私は冷静さを欠く訳にはいかないからだ。
神恩理会の聖女は普通の女性のように感情を表に出してはならない。
「生存者の安全は確保しました、数名のお方が現在手掛かりを探しています。」
「よくやりました」
軽く頷き、その後の行動について指示を出そうとした。
「では……」
その時だった。遠くで耳に響くような轟音が聞こえた。
森の方から強い光が発せられ、濃い煙と共にゆっくりと上昇していく。
煙が散ると、その光は空中で大きな十字を形成した。
「これは、プレッツェル……」
予想外の人物の登場に、私は短剣と聖書に手をかざす。
堕神の襲撃?いや……意味もなく面倒を起こす可能性を捨てはしないが。
これはやり方が大げさすぎる。確かにプレッツェルは神恩理会に属していないため、行動を制限できないけど……
「聖女様?」
埃布里の声が私を現実に引き戻す。
埃布里は顔を強張らせ、長剣を抜き私を守護している。
一切の油断もなく、老人は警戒態勢をとり、私の指示を待っている。
私は迅速に今の状況を整理し、すぐに答えを出した。
「行きましょう!」
私たちが行動を起こそうとした直後だった。
黒い影が背後から現れ、私たちの前に立ちはだかった。
その影の正体を確認すると。
老人の形相が一変し、その者に向かって叫んだ。
「よくも現れたな?この背神者め!」
Ⅱ 背神者
青い斬撃が一閃。
長剣を構えた老人は、圧し殺した様な声と共に後方へと退く。
「お前の出る幕はない、埃布里」
冷めた口調で、手に持った刀を振りながら言う。
片腕が外気に触れており、それはまるで蒼い結晶の様。その腕には蒼い炎を纏っている。
経験豊富な料理御侍や食霊ならすぐにわかる。それはナイフラストにいる刀剣型の堕神の特徴だった。
この時私は老人の状況を認識することはできず、ただ低い声でこの場から退くように指示を出した。
この敵を前に、私は全力で対処しなければならない。
腰の短剣は既に鞘から抜き出し、手元には常に聖書を展開している。
「武器を収めてくれ。聖女様」
私の挙動を見て、その者は私に問いかける。
「私はただ話し合いに来たんだ。戦いたい訳じゃない」
「話し合う事などない」
聖書が光を放ち、私は戦闘態勢に入る。
「待ってくれ!ちゃんと話し合おう!」
その者ははっきりしない曖昧な声で言った。自分の感情を制御できていないようだった。
「埃布里はもういない。他のヤツは私の仲間と共に戦っている、話し合おう!話し合えるはずだ聖女様!」
「あなたの仲間?」
私は彼の言葉の中のキーワードを見逃さなかった。
「そうだ、仲間だ、彼らを連れてきた」
その者が数回手を叩くと、一匹の壊れたフォークが飛び出し、その者の隣へ来た。
それはナイフラストで良く見る通常の寄生型堕神だった。
「見てくれ、こいつらは攻撃してこない。私に危害は加えない」
その者の声に落ち着きが戻り、その者は壊れたフォークの頭を優しく撫でた。
「私は正しい。聖女様、私は正しい」
「あなたが正しい?」
私は無意識に表情を少し引きつらせた。
「あなたは逃げ回りながら、堕神を連れて罪もない民を傷つけることが正しいと?」
その者は身構え、数歩後ろへ下がる。
私は短剣を掲げて前へ出る。
「あなたは神恩軍の守教騎士から堕落し、今のような醜い姿になることが正しいと?」
その者は口を大きく開け、何かを言おうとした。
だが結局声を発することはできなかった。
淡い風が吹き抜ける。その者は腕の欠けた布を突き出す。
それは結晶状の十字の烙印へと変わり、太陽の光が反射して視界を奪った。
Ⅲ 対決
聖書から放たれた光が短剣を覆う。既に戦いの準備は整っている。
「もし少しでも騎士の誇りがあるならば、武器を取れ!」
沈黙を続けるその者に対し、強い口調で問いかける。
あの頃、訓練所で彼らを指導していたように。
「騎士?アハハハ!」
私の言葉に触発されてか、その者は奇妙な声で笑い出した。
「そんなくだらない言葉、このくそったれな教会と一緒さ」
その者の表情が暗くなり、結晶状の片腕は蒼い炎を帯びている。
その者は刀片を炎の中に入れ、その後自分の右腕めがけ突き刺した。
結晶化した烙印が地に落ちる。
「聖女様、私はあなたならわかってくれると思っていた」
「すみません。その歪んだ思想を私は理解できません」
短剣を前方へ向け、霊力によって閃光と共に矢のように敵へと飛んでいく。
「歪んでいるのは私ではない、神恩理会だ、人類だ!!!」
その者は叫びながら、私へ向かってくる。
手に持った断刀で容易く目の前の光を切り裂いた。
「神は言う、清らかな炎は罪悪を焼き払い、人々に安寧を与えん。」
冷静に二歩下がり、聖典を掲げる。聖書から放たれた光が空中に陣を描く。
次の瞬間、魔方陣から火龍が飛び出す。
「何が神だ。神なんて!」
その者は憤怒の咆哮を上げ、刀を下げ手を突き出すと、火龍が空中で四散して消える。
そして空を裂く音と共に、私たちの武器がぶつかり合う。
「お前らは全部間違ってる!全部!」
我を失った目の前の者を見て、私は眉をひそめる。
次の魔法を展開し徹底的に焼き尽くそうとしたその時、次に彼が放った言葉がそれをさせなかった。
「神の声が聞こえたんだ!神は人類を選ばなかった、選んだのは堕神だ!堕神なんだ!」
「私は正しい!!!」
Ⅳ 堕神と私たち
「ふう……」
服の埃を軽く払い、武器をしまい、長い息をつく。
その者は何重もの光の輪によって動きを封じられて、地べたでもがいている。
「もがいても解けませんよ。」
私はしゃがみこんで、彼の顔を見る。
かつての面影はほとんど無かった。
取って代わって歪なものとなっており、漆黒と深蒼の絹糸がまるで傷跡のように顔を覆う。
両目が退廃し、瞳孔は消失、ただ淡い青光りを残すのみ。
唯一面影が残っているのは、もしかしたら額のタトゥーだけかもしれない。
絹糸が覆う顔で、唯一侵食されていないのはここだけだ。
それは埃布里が彼のためにつけたものだった。
「話しなさい。神の声とはいったいなんですか?」
その者の髪を掴み、こちらを見るように仕向ける。
「聖女……様……」
喉奥から絶え間なく声をひねり出して呼ぶ。私の顔を見て、強張っていた表情が少し緩む。
錯覚かもしれないが、その時退廃した彼の瞳の奥に微かな光を見た。
「私たちは……間違っていた……」
「どう言うことです?」
私はまた眉を引き攣らせ、どう言うことか説明させるように諭す。
「食霊は……神が……人類に……授けた……福音……などでは……なかった」
「神が…受け入れた……のは……堕神だ」
話していると、急に咳き込み、その後多少流暢に話せるようになった。
「彼らを体に取り込む時に感じた……」
「ゲホゲホ……神の意向を」
「人類を滅ぼす……それこそ……神の求めている事……」
「私は本当に間違っていないんだ。妄言なんかじゃない……」
「聖女様……分かっているはずだ……」
「この世界には不可解な点が多すぎる……」
「私が以前出した実験報告を覚えているか?」
「食霊と堕神、本質は一緒だ……」
追跡任務が完了には7日かかった。
私たちは8日目の日が昇る頃に、帰路についた。
「埃布里。」
馬に乗りながら、私は軽くそばにいた副官に話しかける。
包帯に巻かれた腕を庇いながらこちらを向く。
「あなたは経典が正しいと思いますか?」
どのような気持ちでその言葉を口にしたかはわからないが、私はそう尋ねた。
「神は人を守護、食霊をもって善悪を説き、苦難を乗り越えさせてくださる。」
埃布里は私の質問に直接は答えず、唐突に経典の内容を読み始めた。
「そうだ。私たちは善悪を知り、知識を教わり、苦難を乗り越える」
小さな声で唱え続け、それはまるで先の事件での動揺をかき消そうとするかのようであった。
私は馬に跨り前へと進み続ける。
先ほど口にした言葉を胸の内にしまいこんで。
神が人を愛さないのなら、神に人を愛してもらう努力をしよう。
Ⅴ ドーナツ
神恩理会はティアラ大陸の宗教教会であり、彼らはこの世界の唯一神であるティアラを信仰している。
神恩理会は食霊の存在は神から与えられた恩恵だと考えている。
『料理御侍は食霊と共に、優しさと愛を世界に伝えるべき』
そういった理念は大衆に認められている。
誰しもが料理御卸侍になれるわけではないため、全ての地方が食霊の加護を受け取れるわけではない。
神恩理会の思想は、この堕神が墓延る世界で人々に希望を与えている。
神恩理会の創始者も一人の料理御侍であった。
彼の食霊はドーナツ。教会の聖女として教会の有する武装組織を管理する一神恩軍。
神恩軍は決して力で教えを広めているわけでなく、騎士たちの主な役割は、人々が抱える問題の解決や治安の維持となっている。
堕神が現れた際に対するのは、神恩軍の主力のドーナツとその他の食霊たちである。
彼らは堕神を倒し、民の平和を守り、知識を広め、物資を与える。
このような役割を淡々とこなしてきた。
予想外な出来事はこんな平和で平凡な時にほどよく起きる。
神恩軍には研究熱心な団員がいた。
彼は堕神を完全になくすためには、まずは堕神を理解するべきだと考えている。
研究が進むに連れ、少しずつ人が知り得ない秘密にまで辿り着く。
そう……それが堕神であろうと、食霊または人間だろうと知るべきでない秘密に。
彼の研究はますます深みに入る。最終的に彼は考えられないような行動を起こした。
堕神の亡骸にある成分を自身に注入し始め、堕神の本質を知ろうとしたのだ。
彼は研究対象としていた古代の名料理人が变化した姿とされる血に飢えたナイフと化していた。
その後、彼は背神者となった。
神恩理会に追われ、ドーナツ率いる部隊に捕まり、ついには……死んだ。
誰も彼がいったい何を理解し、知ったのかわからない。
唯ードーナツとの最後の会話に残した奇妙な言葉を除いては。
「食霊は神によって生み出された、私たちは世の民を愛している。」
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