シュールストレミング・エピソード
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シュールストレミングのエピソード
愛に飢えている妖怪。いつも人々を引き寄せようとしている。だが彼女の本当の姿を知ってしまい逃げ出した者は、彼女にことごとく葬り去られる。自分の全部を受け入れてくれる者を待ち続けている。
Ⅰ 簡単な幸せ
藤蔓の巻きつく塗装の剥がれた支柱の上、ぼろぼろの木の門が開き、その先には一面に赤い薔薇が咲き乱れている。
美しい薔薇からは微かな花の香りが放たれる。ここは私だけの秘密の場所。いつも落ち込んだ時はここへきて新しい薔薇を植える。
いくら期待しても、最後に得られるのは失望だけ。
私は手に持った「花の肥」を時間をかけて掘った穴へと埋め、選んでおいた枝を移し植える。そして霊力を持ってその子を成長させる。
全てを済ませた時、心の霧が晴れるような気分になる。
私は立ち上がり、薔薇を植えた場所に水をやる。その後、手に持った水やり用の木桶に道具を入れ、それを持って花園を出た。
「あらセイレーン、またあなたの恋人を見に来たの!」
「ええ、私の王子様を見に来たの」
「ははは、可愛いわねそんな風に薔薇のことを呼ぶなんて。そうだ、明日ワイアーさんが結婚するんですって。彼女があなたの薔薇をいくつか頂きたいそうよ。この街であなたの花園の薔薇が最も艶やかですもの」
「わかりました。道具を戻したら、いちばん綺麗なのを選んで彼女に送りますね」
私は微笑みながらその優しげなお隣さんを見送る。スミスおばさんはいつも温和で、私はああいう人が好きだった。彼女は私が育てた薔薇たちを嫌悪することはなく、いつも優しく愛でてくれる。
なので、私は度々花園に咲いた最も綺麗な薔薇を彼女に送っている。
私は度々人に送るほど、多くの薔薇を植えているのだ。
花園の整理が済んだあと、数本の薔薇を摘み、丁寧に薔薇の棘をとる。純潔を象徴する真っ白な包み紙で薔薇を包み、それを式場に入る前のワイヤーさんに手渡した。
「セイレーンさんの薔薇は本当に綺麗。どうやったらこんな綺麗な薔薇が育つの.......私もセイレーンさんからいただいた枝を植えたのだけど.......どうしてもこの薔薇のように艶やかに育たなくて」
「それらを自分の恋人のように労い愛して育ててあげると艶やかな薔薇になりますよ。それより、今日は本当に綺麗ですね、ワイアーさん」
まもなく花嫁となるお姫様の顔は幸せそうな笑顔で、彼女は私に金貨を渡そうとしたけど私は微笑みながらそれを受け取る事はしなかった。
「この薔薇は私からの結婚祝いということにしましょう、"幸せなお姫様"」
「なら.......私もセイレーンさんが真実の愛を見つけられるように祈ってますね!」
ワイアーさんの頬は赤くなっており、私と別れを告げた後、幸せそうに部屋へと戻るのを見てたまらずにため息をつく。
私はいつになったら、あんな純粋な幸福を手に入れられるのだろう?
いつになったら、真実の愛を手に入れ、脱することができるのだろう。
私の身を縛る──────気味が悪く、絶望を与えてくるあの呪いから.......
Ⅱ 王子様
花束を送り届けた後、夕日の下を歩く私の足並みが無意識に遅くなる。陽の暖かさが微かに残り、赤い夕日が冬の寒さを感じさせない。私はゆっくりと夕日を見上げて、その暖かさを感じた。
私が大きく息を吸い、この街を感じていた時、艶やかな薔薇の花束が私の前に贈られる。
私は驚いて目を見開き、その視界には恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている青年の姿があった。そしてその青年はぎこちない様子で私に告げる。
「セ、セイレーンさん、私は、私は、ずっとあなたが好きでした!私は、私は.......」
失望によって沈んだ心が目の前の青年によって再び明るくなる。私は顔を真っ赤にして私を見れずにいる青年を見て、期待の眼差しで問いかける。
「本当に.......私がずっと好きだったの?本当に.......私のことが好きなの?本当に.......あなたが私の王子様.......」
「私は、完璧な王子とは言えないかも知れません、でも.......それでもあなたの王子になりたいのです.......ダメでしょうか.......私のセイレーン様」
恥ずかしそうなその青年の眼には私しかいない。私の心は彼の情熱によって満たされ、高鳴る自分の心臓を抑えて冷静になるのが大変だった。
私はこの突然の出来事を信じられずにいた。この幸福はあまりにも唐突だったのだ。だがそんな時、花嫁となったワイアーさんを思い出す。
もしかしたら.......これは.......彼女の祝福のおかげなのでは。
私は胸に溜まった息を吐き出し、精一杯の笑顔を作る。自分の目が潤んでるようにも感じたが、必死に目を開け、この感動的な瞬間を刻もうとした。
やっと、やっと私にも、私を守り、労わる、童話のような王子様が現れた?
これでもしかしたら.......脱せるのかも.......あの忌まわしい呪いから.......
私の王子様は完璧ではないかもしれない。でも彼は常に努力を重ね、私に尽くしてくれる。
でも、結末はいつも希望を持った自分が愚かであると思わせる。
それは暖かな夜だった。私と青年がわらぶき屋根の小屋の上で、星空を見上げてこれからを語り合っていた。
「そうだ、あなたはずっと私が好きだったって言ってたけど、いつから私が好きだったの?」
ありふれた質問だった。だがこの質問がパンドラの箱のごとく、私の見たくなかった未来を突きつけてくる。
「私?小さい頃から好きでしたよ。あの時、学校ではよく髪を触ったり、スカートをめくったりして君に怒られてました......」
その瞬間、私は星空を眺め、幸福に満ちていた表情が、全ての熱が一瞬にして冷めるのを感じた。先程まで暖かかった夜風は刃のように私の心臓に向かってくる。
「私は.......誰」
王子様はわからないといった表情でこちらを見て、優しげな笑顔を浮かべたまま、私の頭を撫でる。
「セイレーン、私のお姫様」
「よく見て、私は誰」
「.......セイレーン.............」
「小さい頃から一緒だったのは.......誰.......」
「セイレーン.......君じゃないのか.......違う.......君じゃない.......違う.......私が好きなのは.......誰だ.......」
「.......」
「私が好きなのはセイレーン、いや.......私が好きなのは誰だ.......」
混乱に陥った王子様を見て、私は氷のように冷えた胸に手を当てる。必死に笑顔を作り、もう片方の手で王子様のほおを触る。
「大丈夫.......大丈夫.......思い出さなくてもいいの.......あなたが愛しているのが.......私なら.......私ならいいの.......過去がどうであろうと.......いいの.......」
だが私の願いは届かず、王子様の心を取り戻すことは出来なかった。
「違う.......私が愛しているのは.......君じゃない.......リズ、どうしてリズの顔が君に.......顔が.......うわああ───!」
王子様が痛みに頭を抱えて倒れ込むのを見て、私も内心の悲しみを抑えられず、顔を手で覆って跪く。目からはひんやりとした液体が流れ落ちていた。
この忌まわしい.......呪い.......
Ⅲ 歌声
私は海辺の小さな村で召喚された。
そこはとても綺麗な村でそこには美しい言い伝えがあった。
村の遠方の崖の上に立つ人影がある。その人影は片腕で何か大切なものを抱えているようだったが、その両足は.......言い伝えにある海の妖怪のような魚の尻尾の形状だった。
優雅な外見とは裏腹に、それは想像しているような優しく、天真爛漫な生物ではない。
彼女たちは自身の歌声で通りかかる船舶を惑わす。そして船員たちを逃れられない夢の中へと誘い、冷たい海底で眠りにつかせる。
彼女たちの歌声を聞いた者は、彼女らに恋をし、その美しい歌声に溺れてしまう。
惑わされた人々が目を覚ます時、それは腹に収まる時だった。
彼女らのような妖怪には男性はおらず、彼女らの同胞がなくなった時は、呪詛を用いてその数を増やす。
彼女たちは同胞を殺した相手を呪う。だが実際にその呪いの効果を受けるのは、その者たちの最も親しい少女達なのである。
その少女たちの足は、ゆっくりと鱗に覆われ、その鱗に覆い尽くされる頃には、彼女たちの両足はひとつとなり、鱗の輝く魚の尾となってしまう。
その時、少女たちは人間としての記憶をすべて失い、自ら海へと向かい、妖怪の一人となる。
海の妖怪を狩るものは、自らも海の妖怪となる.......
彼女らの同胞を殺した私も、その呪いからは逃れられない。
言い伝えでは、自分を心から愛し、その者の愛の口付けを得ることでのみ呪いが解かれると言われている。
しかし、この歌声が運んでくるのは、私を他者だと思い込んでいる他者の王子様だけ。
私の王子様ではない。
私のスカートの下のすでに鱗によって覆われている足を見ながら、無理やり混乱する自分の気持ちを落ち着けて立ち上がる。
新たな薔薇を植え、瑞々しい花びらに満遍なく水をかける。陽は私の気分になど左右されず、同様にその陽の光も私の心の悲しみを持っていってはくれない。
私の両足はゆっくりと鱗に覆われている。
あとどれだけの時間が残されているかもわからない。そして何人の王子様と出会ったら、本当の私の王子様と巡り会えるのかも。
あの時までは.......あの陽の光のように輝くものが、私の前に現れるまでは.......
Ⅳ 騎士
それは陽の光のように眩しい存在だった。私は初めて会った時、どうしてもっと印象に残るようなことができなかったのかとても後悔している。
あの日、私が俯いて歩いていると頭になにか硬いものがぶつかった。私は本能的に頭を上げ、彼も痛そうに頭をさすっている。
「うわあ、ごめんなさい!ぶつかってしまいました、大丈夫ですか!!」
親切な声が耳元で聞こえ、彼は少し腰を落として私の頭を見ている。私は慌てて半歩下がったが、その瞬間の私の顔は真っ赤だったに違いない。
「荷物が多いみたいですね、手伝いますよ!」
重たい荷物を持ってもらったが、こういったことは初めてではなく、どれもいい結末にはなり得なかった。
私は手に少し汗を掻きつつ、木桶を持ってくれたその男性を見る。
「家はどこですか、送りますよ」
私は何故かはわからなかったが、気づいた時には彼のそばを歩いていた。
「そうだ、聞きたいんですけど、この街で連続失踪事件って聞いたことないですか?」
私は少し戸惑いつつも首を振る。
この街に知り合いが多いわけではない。毎日やっていることといえば、花屋を開いたり、薔薇の世話をしたり、夜に崖まで行って歌声を使って王子様を呼んでみることぐらいだ。
────私は助けになることができなかった。
この男性と知り合ったことで少しは明るくなっていた気持ちが再び沈み、私は俯いてどうしたものかとスカートを掻き乱す。
「うーん.......聞いたんですけど、その失踪した人達はみんな揃って自分の親しい人に言ったらしいんです。世界で最も美しい歌声を聞いたと、それはまるで.......言い伝えの海の妖怪の歌声だったと。もし何か知っていたり、思い出したりしたら村の教廷に来てください。最近はいつもそこにいるので」
彼は役に立てなかった私を問い詰めることはなく、優しく頭を触り、別れを告げた。私も彼の話を聞いてふっと頭を上げる。
.......歌声.......まさか?
彼が離れる前に、私は彼を呼び止めた。
私は確かめたかった。
自分の心の中にある疑問を。
「あの!あなたは何者なのです?どうしてここへ?」
「う.......そうですね俺は騎士です。長い間その妖怪を追っているんですよ。安心してください、必ずあなたたちを守ります!」
「つまり.......あなたは海の妖怪のために来たと.......」
「えっと、そういうことになりますね」
私はどのように彼を見送ったか覚えていない。私の脳裏には彼が私と約束をした時の厳粛な表情が残っていた。
─────彼は私のために来たのだ。
いつもと変わらない月夜に、私は自分の醜い両足を隠せるスカートを履いて崖までやってきた。
美しい歌声の終わりとともに私は振り向く。そこには私のために来たと言う男性が立っており、私はそれを見て心からの笑顔を見せた。
「やっと来てくれましたか、私の騎士」
Ⅴ シュールストレミング
ティアラ大陸にはある海の妖怪の言い伝えが語り継がれている。それは童話のような純真で可愛げがある物ではなく、どちらかといえば怪談に近いものだ。
奇妙なことに姿を消していく青年。満月の夜には特定のものだけに聞こえる歌声が響く。
そして一面に広がる幻妖な.......薔薇。
失踪した者たちの親族の口からは海から聞こえる歌声や海の妖怪といった単語が出てくる。だがこのような奇妙なことも、食霊である自分には聞き慣れたことだった。
こういった異様な出来事の原因は大抵二つ。
墮神か、あるいは.......自分の力で悪事を働く食霊か。
どちらにせよ、人間の力で解決できるものではない。
なので、教廷の一員として、フィッシュアンドチップスは海の妖怪の調査の責務を受けた。
彼がこの街にやって来たばかりの頃、家々の玄関に飾られていた薔薇を見て足を止めていた。
彼はかつて考えたことがある。もしこの懐に飛び込んできた女が、言い伝えにある海の妖怪などではなかったら。そしたら、この街を離れる前に、あの優しげな花屋に立ち寄り、キャンディケインたちのために優美な香りを放つ花を持っていってやろうと。
だが彼は考えもしなかった。あの役に立てなかったからと落ち込んでいた少女が、この一切の始まりだったとは。
彼にはシュールストレミングが見せたその笑顔の意味がわからなかった。
もっとわからなかったのは彼女が自分との戦闘で全力を出そうとはしなかったことだが。
そんなことに気が逸れていた事によって、傷を負ったシュールストレミングが崖下の穏やかな海へと飛び込むチャンスを作ってしまった。
フィッシュアンドチップスは日が昇る前に、静かな街へと戻る。彼はシュールストレミングと比べれば大したことのない傷を抑えながら、彼女の花園に足を運んだ。
その予想以上に華やかで、そしてどこか目を刺すような感覚を感じさせる薔薇を見ながら、フィッシュアンドチップスは自分の足元から冷たさが全身に広がるのを感じた。そしてここの薔薇がどうして他よりも華やかに咲くのかを理解した。
シュールストレミングが目を覚ました時、彼女は柔らかなベッドの上にいた。彼女は朦朧としつつ目を開いたが、長い間眠っていたからか、ぼやけた視界が元に戻るのに時間がかかった。
赤い服を着た女性が水の入った桶を持ってくる。目を覚ましたシュールストレミングを見て、少し驚きながら、そのまま部屋を出て誰かの名を呼んだ。
そしてすぐに、体の疲労によって開いていたシュールストレミングの目が再び閉じる。
彼女が再び目を覚ますと、横には黄昏の明かりが揺らめいている。そして高貴な衣服を纏った赤髪の青年が明かりの下で童話をめくっている。
彼女が目を覚ましたことに気づいた青年は手に持った童話の最後の一ページを開き、まだ起き上がることができないシュールストレミングの顔の前に突きだした。
「騎士はお姫様の呪いを解き、二人は幸せに暮らした。この結末.......お前はどう思う?もし.......気に入ったのなら.......手を貸そう.......」
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