フェジョアーダ・エピソード
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フェジョアーダのエピソード
見た目は弱そうだが、芯が強い。見知らぬ人の前では冷酷そうに振る舞うが、実は子どもっぽいところがあり、格好つける癖がある。奴隷出身だが、他人に媚びることも屈することもなく、自分の力で目標を達成し、本当の自由とシンプルで楽しい生活を求めることを心に決めている。
Ⅰ.海鳥
海鳥が空を掠め、青く澄んだ空はどこまでも続くキャンバスのようだ。
遠くに見えるのは、軒を揃えて並んでいる家々、その先には果てしなく続く森と海の水平線だ。
少し湿った風と、喉を通る冷たい酒が混ざり合って、僕は目を細めた。
こんな美しい景色が目の前にあるのに、隣のバクラヴァがぺちゃくちゃとずっと喋りかけてくるのが残念だ。
「……いつまでついてくるつもり?」
「この島には遊べるところがたくさんあるのに、こんなしょぼい丘で何をしているんだ?」
「……お前には関係ないだろう?」
「冷たいなぁ。大切な仲間なんだから、気にかけるのは当然だろう」
「……ついてくるな」
「えー、別に君の後ろについて言ってる訳じゃないさ。今は休憩時間で、俺は自由行動をしているだけだ」
「……」
バクラヴァはよくふざけるやつだ。これ以上話しても無駄だろうと判断した僕は立ち上がって反対方向に歩いていった。
「ちょっとどこに行くんだ?そこは行き止まりだぞ?」
背後からの呼びかけを無視して、森の奥へと進んだ。
突然、遠くから大きな声が聞こえてきた。
「チッ、飯を食べさせてやってるのによくも逃げ出そうとしたな、恩知らずなやつらだ!」
「今日こそルールをしっかりと思い知らせないとな!」
鞭の音で森の鳥たちがびっくりしてパーッと飛び立った。叫び声と悲鳴が次々に沸き起こっている。
そこに何が起きているんだ……?と思わず足を速めた。
手足を縄で縛られた男たちが膝をつき、先頭の男が苛烈に鞭を振るって、彼らの体に恐ろしい血の跡を残した。
視線が彼らの顔に止まった瞬間、頭の中が真っ白になった。
その中には大人も子どももいて、むき出した皮膚には傷跡が積み重なっていて、とても見るに堪えない状態だ。
あれは……奴隷にしかないマークだ。
言葉を失うほどの怒りと嫌悪感があっという間に全身に広がり、気が付いたら、鞭を持った男は既に僕の拳で地面に倒されていた。
「いってぇ……ど、どこから来やがった!このクソガキ?!」
彼が言い終わらないうちに、その憎たらしい顔にパンチをもう一発お見舞いした。
「失せろ」
「今日のことを誰かに話したら、生きて返さない」
「おおおっ、お前……待ってろよ!」
奴隷の所有者がこの無実な人たちに当たり散らすかもしれないと考えて、彼を引き裂きたい衝動を抑えた。
奴をじろりと睨んだだけで、男は慌てふためいた様子で逃げ去った。
当面は虐待される災難から免れたものの、奴隷主と不平等な売買取引がこの世に存在する限り、事態は収まらないだろう。
クソッ……!!!
できることなら、そう簡単に逃がすものか……!
「あれ?野良ネコちゃん、どうしたんだ?おっと、木がボコボコになっちまってるな」
「……」
聞き覚えのある声が耳に入ったが、心の中の苛立ちは消えない。
「悩みがあるなら、言った方がいいよ。我慢は体に良くないぞ」
バクラヴァがどんどん近づいてきて、サーチライトのような目で僕を見る。
彼に見透かされたくないから、僕は顔を背けた。
しかし、地面に固まった血痕を見て、あの貧弱な人たちのことを思い出さずにはいられなかった。
嫌悪と軽蔑が胸にこみ上げて、思わず拳を握りしめる。
でもそれ以上に感じたのは、言いようのない悲しみと悔しさだ。
「奴隷主はみんな同じ……救いようのゴミだ!」
Ⅱ.サーカス
鉛色の曇り空は今にも雨が降りそうだ。
アルコールとタバコの匂いがテントから漂ってきて、息苦しさを感じる。
薄暗い陽の光の中、僕は一晩中顔に塗ってあったペイントを拭き取った。
水たまりに映っている自分を観察してみる。何百回の洗濯を経て元の色すらもわからなくなった衣装、そして洗っても洗っても永遠に落ちない顔の白いマーク。
流石に洗いすぎたか、顔から激痛が伝わる。赤みが少しでもそのマークを隠してくれたのを見て、僕はようやく顔を揉む拳を下ろした。
それは奴隷の印だ、そして、僕が一番嫌いなものだ。
夜が明けると、サーカスの子どもたちは一日の仕事を始めるために起き上がる。
地下の檻に入れられた動物たちのように、同い年の子どもと違って、彼らの顔には言いようのない疲労感が漂っている。
奴隷商人の目には、僕たちは金儲けの道具に過ぎず、動物と何ら変わりはない。
奴隷の烙印を押されている限り、自由も何もかも奪われてしまうのだ。
一瞬、背後から突然、男の鋭い声が響いた。
「フェジョアーダ、お前、また雇い主を殴ったな?」
「……あの野郎がフィルとハンチに手を出したから、拳を数発食らわせただけだ」
「お前!懲りないにも程がある!せっかく雇い主が見つかったのに、何を生意気なことを言ってるんだ?」
男は長い鞭を構え、あの見るだけで吐き気が出る顔がどんどん近づいてくる。
「……殴りたければ殴れ、フィルには関係ない」
「食霊だからどうにもならないとでも思ってるのか?」
次の瞬間、腕と肩から熱く、焼かれるような痛みが伝わってきた。
長い鞭が埃と煙を巻き上げ、僕はただ歯を食いしばって怒りを飲み込むしかなかった。
忌まわしい契約がなければ、この男の醜い顔はとっくに僕に叩きつけられたはずだ。
それなのに、この野郎は食霊が抵抗できないことを利用して、意のままに僕を蹂躙する。
「フェジョアーダお兄ちゃん!」
「フェジョ兄!」
「来るな……僕は大丈夫……っ」
心配そうに駆けつけてきたフィルとハンチを見て、僕は彼らに首を振り、近寄るなというジェスチャーをすることしかできなかった。
「何を見てるんだ、ガキ共!さっさと働け!夜明けまでにサーカスを片付けろ!この恩知らず共が!」
鞭は大雨のように僕の背中に降り続け、僕の体に緋色の花を咲かせた。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、引き裂かれるような痛みは次第に麻痺していった。
僕は四つん這いになって身構えた。何があっても、彼の前に倒れるものか……!
僕の目を見て怖くなったのか、それとも自分も疲れたのか、男はようやく長い鞭を下ろした。
「チッ、タフな奴だ。もしお前が食霊じゃなかったら、まだ生きていられると思ったか?」
「奴隷なら奴隷らしく働けばいいんだ!余計なことするな!ったく……サーカスに住ませた上に食わせてるんだ、むしろ俺に感謝するべきだろ?お……お前、何を!」
ナイフがやつの喉元に突き刺さる寸前、男はようやくそのお喋りな口を閉じた。
「御侍だからって、僕が大人しくすると思うなよ」
「子どもたちのために、クソ野郎共の相手は僕がしてやってもいい。だけど子どもたちを守るという約束を守らないのであれば、僕は必ず戻ってお前を殺す」
僕は声を低くし言い放った。わずかに手を動かすだけでその刃は男の皮膚が切れるだろう。
男の顔は恐怖に満ちて青ざめ、唇は絞め殺された魚のように半開きとなった。
威張ることしかできない腑抜け野郎だ。
「それと、奴隷って呼ぶな。身の程知らずが」
男の驚きと怒りの眼差しを無視して、僕はその場を立ち去った。
しかし、数歩も歩かないうちに、フィルとハンチが泣きながら僕に抱きついた。
「ひどい!フェジョ兄は俺たちを助けるために雇い主を殴ったのに……」
「ごめんなさいフェジョアーダお兄ちゃん、全部フィルたちが悪いの……」
人間の真似をして、子どもたちの頭を優しく撫でた。
「泣くな、これぐらいの傷は大したことじゃないよ」
「僕がここにいる限り、怪我はさせないよ。僕は必ず……」
必ずお前たちをここから出してやる。
Ⅲ.地下組織
「フェジョちゃんにはこんな過去があったとは……その後は?」
いつの間にか現れたパルマハムは、大げさに目尻を拭った。それを見て、僕は思わず眉をひそめる。
「……お前までついてきたのかよ」
「はぁ……慰めに来たに決まってるだろう?イタタッ……相変わらず手が早いな」
「だから触るなって何度も言っただろ」
「……その後、カイザーシュマーレンとかいう変な奴がサーカスを買い取った。助けられたのは事実だが、やつについて行きたくなかった」
「なるほど……まさか当時探していたパラダイスサーカスが、君が以前住んでいたところだったなんてな。でも、その話は初耳だな」
バクラヴァは話を切り出したが、何を考えているのか目を細めている。
しかし、もう考えている暇はない。さっきの光景がまだ脳裏に残っていて、僕はまだ過去を手放すことができないでいる。
サーカスにいた時のように、何かできたら……
パルマが突然僕の前に立ち塞がった。
「待て、どこに行くつもりだ?まさか、さっきの人たちのところに行きたいのか?」
「なんで知ってんだ……」
彼はその場にいなかったはずなのに……
顔を上げると、2人のあまりにも涼しい顔を見て、何を考えているかさっぱりわからなかった。
ただ、唯一確信したのは、この2人はきっと何かを知っているということ。
「……何が言いたい?」
「まあまあ、緊張するな。君を止めるのは、子どもたちを連れて逃げるかもしれないと思ったからだ」
「何か関係でもあるのか?そもそも彼らは奴隷扱いされるべきでないんだ!」
怒りを抑えられなかった。しかし、パルマは突然真顔になった。
「逃げられたとして、どこに行けばいいか、考えたか?」
「君が彼らを助けられるのはほんの一瞬だよ。一時的に外の世界に逃げたところで、もっと危険な状況に陥るかもしれないだろう?」
「……」
彼が言っていることは正論だが悔しさが胸に込み上げる。
どうしてあの人たちが、特権階級出自でないというだけで、強制的に自由の権利を奪われ、永遠に深く暗い溝に押し込められなければならないのだろうか。
「見ていられないんだ。彼らが奴隷扱いされるのを」
「ははっ、真面目な顔をしていると本当に可愛いな」
「だが、一時な衝動より、不幸の根源を根こそぎ排除する方がよくないか?」
パルマは一見冷静に言っているように見えるが、突然謎の笑みを浮かべた。
しかし、彼が何を言っているのか理解する前に、バクラヴァはなだめるように僕の方を叩いて、ゆっくりと語りかけた。
「探検隊についていろいろと苦労していた君は、ずっと自分の力で何かをやろうと考えているだろう?今がそのチャンスだ」
「探検隊のせいにするな……苦労していたのはお前のせいだろう……」
「コホンッ、じゃあそろそろ本題に入ろうか」
何も言い返さないバクラヴァは、ただ軽く咳払いをした。
しかし、今日の彼はいつもの様子と違って……真面目に見えた。
夜遅く、通りには点々と明かりが灯っている。
変装したパルマが僕にジェスチャーをすると、瞬く間に彼は人混みの中に消えた。
その変装は絶対に怪しませるだろうと突っ込みたいところだか、視線を戻し、「砂蠍」の根城に入る車の中に潜伏した。
夜風とともに冷たく湿った空気が車内に流れ込み、土の道上を車輪が削る音以外は静寂が広がっていた。それと、胸の奥から響く不穏な鼓動だけが聞こえる。
あの日バクラヴァの言葉を思い出しながら、手のひらから冷や汗が滲んできた。
「砂蠍という地下組織を知っているか?」
「……なんだそれ?」
「あの組織はナイフラストで人身売買の商売をしていたが、帝国連邦の調査を受けてこの島に移動したらしい」
「その後、彼らはこの島を拠点にして再起した。近年、多くの人々がこの島に連れ去られ、奴隷として様々な国に売られていったそうだ」
「やつらを根絶やしにするために、パルマはかつて連邦軍と連絡を取っていた。あの陛下からの依頼でここに来ているのもそのためだ。それに、手厚い報酬を拒む者はいないだろう」
「わかっていると思うが、潜入捜査には兵士は目立つし、他所から来た探検家の方が明らかに適任だ。ましてや俺たちは食霊だし」
「野良ネコちゃんは、奴隷たちを収容する拠点に潜り込み、安全な場所まで彼らに付き添うように」
彼らの言うことに疑いはなかったが、しかし……。
「何故僕を選ぶんだ……?」
「そうだな……この『悪魔の眼』がそう告げているからだ!」
「コホンッ、冗談冗談!そんな目で見ないでくれ!もちろん、パルマも私も君を信頼しているからだ!何しろ……貴方の自由を追い求める気持ちは誰よりも強いからな」
そうだ、奴隷の生活を経験した者のみが、自由と平等の価値を理解できる。
僕がボーっとしている間に、車は徐々にスピードを落とした。
もうすぐ、時間だ。
しかし、ナイフの背をドライバーに振り下ろそうとした時、荒々しい男がいつの間にか白髪だらけの老人に変わった。
「……?!」
Ⅳ.剿滅作戦
「シーッ……赤毛の小僧、こっちに来い。わしが案内人だ……Wと呼ぶといい、ついてきな」
馬車は人通りの少ない裏通りの角に止まり、彼は僕に反応する暇を与えず、そのまま狭い入口に潜り込んでいった。
なんて機敏な動きだ。
暗い廊下で彼の後を追いながら、その後ろ姿を見て感嘆せずにはいられなかった。
でも、こんな変なジジイの案内人がいるって、バクラヴァから聞いてないはず……
次の瞬間、銃を担いだ看守たちが僕たちの前を駆け抜けてきた。
「小僧、気を抜くとろくなことないぞ」
「わかってる!」
Wと名乗る老人は、まるでドッジゲームをしているかのように冷静沈着に、笑顔で言った。
しかし、なぜかその笑顔から、言いようのない親近感を覚えた。
この人は一体……?
疑問と不快感が一気に押し寄せてきた。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない!
地下にいる看守を片付けたら、ようやく奴隷が囚われている地下牢獄を見つけた。
「ダメだ、この中には牢獄の鍵がない。」
「そんな面倒なことはいいよ」
ドカーンッ!
Wがまだ牢獄の鍵の前で呟いている間に、僕は既に霊力を凝縮し、鉄の扉を粉々に砕いていた。
「気性の荒い若者だ」
「お前さんのボスから計画を聞いたか?お前を協力するのはここまでだ。次は東の出口で待ち合わせだ。信じてるぞ、小僧。」
「わかった……ありがとう」
Wが去っていくと、僕は牢獄の扉を次々と壊していった。
中にいる人たちは皆ボロボロの服を着ていて、傷だらけだ。
……あのクズ共め!
手の震えを抑え、出来るだけ冷静に人々に声を掛けた。
「僕はお前たちを助けに来た。ここから逃げ出そう。そしたらお前たちは自由になれるんだ」
彼らのおずおずとした目は、すぐに憧れと驚きの色を帯びていた。
ゴオォオオ――
突如として鳴り響く轟音、それは壊滅作戦の開始を告げる合図だ。
「さあ早く!僕について来い!」
追いかけてくる兵士を片付けながら、レンガの壁を突き破り、最短経路を探した。
地上の騒ぎは続き、その振動は地下牢獄にも届いている。
銃声はまるで狂った獣のように、怒りの咆哮が間近に迫っていた。
「お母さん…怖い…何が起きてるの?」
子どもの泣き声は導火線のように、恐怖の感情を爆発させた。
「外が怖い……外に出たら、外に出たら確実に死ぬ……」
「あの人たちは、逃げると銃で殺されると言っていた……」
「お前たち……やめろ、泣くな……!」
思わず反発してしまった。しかし、人々は泣き止むことなく、前へ進む勇気すら消えそうになり、皆は足を止めようとした。
「……」
このままではWに追いつけない。計画も遅れてしまうだろう。
その時、いくつかの情景が僕の頭の中を駆け巡った。
「いいか?よく聞け……外にあるのは、お前たちが思っているような銃ではない。あれは……追放された悪しき獣の群れだ」
「悪しき……獣?」
「彼らは人間に化けて人を欺くんだ。だからお前たちはここで捕まっている。夜になれば彼らは正体を現すだろう」
「だが、外では多くの勇者がお前たちを守るために戦っている。お前たちは自分の人生の主人公だ。決して彼らの奴隷ではない」
「さあ、外に出るんだ!ここで立ち止まってはいけない。でないと永遠に自由にはなれないんだ」
少しは効いたようだ。人々僕の話を聞いて、徐々に泣くのをやめた。
「わかった!お父さんは私に、悪いやつも野獣もいずれ倒されると教えてくれたんだ!じゃあ、お兄ちゃんも……きっと勇者たちが呼んでくれたヒーローなんでしょ!?」
「僕は、違う……!」
「そうよそうよ、一緒に逃げ出そう!もう怖がらなくていい。外には私たちを守ってくれる人たちがいるんだもの!」
人々は励まし合い、顔には新たな希望の色が浮かんできた。
以前読んだサーカスの台本から引用したこの即興の台詞が、ここで使えるとは思いもしなかった。
バレバレな嘘なのに、その人たちの目の輝きを見ていると、心が温かくなるのを感じずにはいられなかった。
その夜、作戦は順調に進み、連邦軍の粛清のもと「砂蠍」は見事一掃された。
救出された人々は、温かい太陽の光を浴びながら涙を流し、微笑んでいる。
明るい炎が海島の一角で燃え上がり、希望の到来を告げている。
Ⅴ.フェジョアーダ
「ヒーローのお兄ちゃん!」
フェジョアーダが汗を拭き、ようやく一息ついたところ、子どもたちが抱きついてきた。
長時間の移動のせいで筋肉痛がひどいが、子どもたちのあどけない笑顔を見て、彼の疲れも吹き飛んでいった。
「ヒーローのお兄ちゃん、本当にありがとう!これ、ずっと隠してたお菓子なんだけど、お兄ちゃんにあげるね!」
「私も私も!これは森で採った果物なの、美味しいよ!」
「ママは、助けてくれたお礼この花冠をヒーローお兄ちゃんに渡すようにって言ったよ、ありがとうお兄ちゃん!」
「ちょっと……ちょっと待って、こんなにいらないよ!」
断ろうとしても断れず、やがて積み上げられたプレゼントは既に彼を圧倒しそうになっていた。
人々は感謝の気持ちを伝えるために、惜しげもなく自分の大切なものを分け与えてくれた。
ちょっと恥ずかしい、でもなんだか嬉しい。胸の一番柔らかいところが撫でられたような、彼は今までに感じたことのない感覚を覚えた。
それらのプレゼントは、傍目には些細なものに見えたかもしれないが、かけがけのないその価値を彼はよく知っている。
「よくやったなフェジョちゃん、いや―愛されているヒーロー!」
「今は機嫌が良いんだ、今度からはやめろ」
まだ変装を解いていないパルマハムが笑顔で近づいて来た。
「どこに行くんだ?ちょっと照れてるフェジョちゃんもとても可愛かった、写真撮ればよかったな」
パルマハムがため息をついていると、少年は足を止めた。
そして、振り向いた少年は問いかける。
「……そういえば、バクラヴァはどこに行った?企画を考えたのはあいつなのに……またどこかで油を売っているのか?!」
「ぷはっ!あはははは!あいつ……あいつはいるじゃないか?ここに」
「は?」
フェジョアーダが混乱する中、見覚えのある姿がゆっくりと現れた。
「W」と名乗った老人は、笑みを含んだ目で少年を迎える。しかし、地下牢獄であった時より、背が少し高そうに見える。
その違和感がどこから来たのかにようやく彼は気づいた……
「……バクラヴァ!」
「コホンッ、どうだ?俺の変装はバッチリだったろ?」
「……」
「しかし、今回は皆本当に良い仕事をした、作戦は大成功だ。まさかサーカスの台本をあんなに読み込んでいたとはね、あと子どもの扱いもあんなに上手いとはな!」
「……うるさい!!!」
地下牢獄での出来事を思い出すと、フェジョアーダは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になった。
笑い声が広がると、フェジョアーダの鋭い視線は刃のよう、二人を木っ端微塵にする勢いだ。拳を握りしめる少年の怒りはやがて頭痛に変わっていった。
談笑の中、汽笛の音が港に響きわたる。
晴天の下、巨大な船が港に入る。
それは奴隷だった人々を迎えに来た船だ、彼らはいずれ祖国に帰されるか、適当な場所に置かれることになる。
それが、彼らにとっての最良の結末だ。
少年の複雑な思いはすぐに引き戻された。
パルマハムは、いつもの笑顔で少年の肩をポンと叩く。
「ムサカたちは北から帰ってきたばかりだし、この島にもまだまだ発掘できるもんが残ってる」
「……」
フェジョアーダの表情はさらに暗くなった。
しばらく考えた後、諦めたようにため息をついた。
自分が選んだ道なら、このまま進んでいくしかない。
いつか自分の力で、自由な風の吹く平原にたどり着けると、彼はずっと信じているんだ。
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