ブレスチキンスープ・エピソード
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目次 (ブレスチキンスープ・エピソード)
ブレスチキンスープのエピソード
不良のような見た目、手に負えない反抗的な態度、いつも不真面目な言動をしているが、根はとても優しく、責任感が強い。大魔法使いフラメルとの賭けにより、大魔法使いの後継者探しに本腰を入れる。魔法の知識はないものの、身体能力は高く、ほとんどの魔法使いが敵わないほど。しかし、心の中では魔法を少し嫌っている。
Ⅰ.代理皇帝
「なんて荒唐な!なぜ食霊一人の話を聞かなければいかんのだ!?」
階段を踏み出すと、老輩の怒る声が聞こえてきた。
俺についてきた従者はひどく緊張し、魔法で凍らされたような顔をしている。ついでに周りの空気まで凍り始めたようだ。
俺は思わず笑う。
「そんなに緊張するんじゃねぇ。半分死んでるような老臣たちと争ってもしょうがないだろ。」
しかし従者はより緊張してきたようで、階段で転びそうになる。
彼を慰め続けるのもめんどうなので、とりあえず議事殿に入った。
この国で一番年を取っていて、そして一番バカな官僚たちからの、嫌な目線を無視し、俺は皇帝の位に座った――
センスが悪すぎて嫌な気持ちになる椅子だ。
「なぜ時間を無駄遣いしている?皇帝の後継者は見つけたか?」
「……この国の主ですぞ。一般市民から探してこいといわれても……?ご冗談を!」
この話をした大臣は大変怒っている様子だ。まるでブラッド・スポーツのように。
俺は残念にそう頭を振った。
「なんだ。どうやらまだ学んでいないのか。」
「貴族ってやつは、貪欲で愚かなヤツばっかりだろ?そこから選ぶべきか?まあ別にいいが、どうせまた何日も経たずに内部の争いで死ぬのだろう。今の皇室のようにな…バカバカしい。」
静寂。老臣たちは不服な顔をしているが、反論してくるヤツはいなかった。
ため息を一つつき、俺は王座から立った。
「進展は全くないということだな……では今日は解散だ。他に言うことはない。」
「皇帝の代理であるならば、皇帝らしく振る舞っていただきたい。さもないと、国民から信服されることもないでしょう!」
「そうだそうだ。常時不在の上、せっかく議事殿にいらした途端、解散!?」
またため息を一つつき、俺は再び座った。
「なら逆に、他になにか議論したいことがあるのか?城壁の工事?農産物の収穫?これらに関する書類は全て指示を出しているはずだ。そこまで言われてもやり方がわからないならお前ら……子供の使いか?」
「くっ……!」
「もう一度言わせてもらう。俺は別にここに座りたいなどとちっとも思わん。他に推薦したいヤツがいればさっさと言え。だが……国境線まで駆逐された魔法使いたちがどう思ってるのかは知らん。この国の皇帝をすぐでもやっつけたいだろうな……もちろん、お前たちも一緒だが。」
老臣たちがこれを怖がるのも仕方ない。俺はもうこういうつまらない顔に飽きているのだ。
再び立ち上がり、怖くてガタガタ震えている大臣とすれ違った瞬間、俺は励ましに彼の肩を叩いた。
「その時に俺は、隣で応援してやるよ。」
相手がきりきりと歯をきしませ、なにかを俺に言おうとしているようだ。
結局何も言葉を返せないまま、俺を見送った。
「彼らが適当に人類の子供を連れてきて、傀儡政権を作ってたりしたら怖くありませんか?」
議事殿を出たらすぐ、イベリアからもらった水晶玉が鳴った。
水晶玉をポケットから出す――拳と大体同じ大きさの透明なボールに、イベリアの顔が浮かんだ。
「この国をリードしていくだけではなく、魔法使いたちにも認められなければいけないでしょ……あの大臣たちが適当に連れて来た子でしたら、恐らく無理だと思いますよ。サヴォイアはもう、これ以上やられたら流石にまずいですよね……」
イベリアの言う通りだ。
魔法が盛んで強かったこの国は、この数年間で大魔法使い三名と皇室の全てを失い、今は大混乱している状態だ。これ以上なにかあったら、間違いなく滅びる運命から逃げられないだろう。
だから嫌々、皇帝代理なんてつまらないことをやってる。
視線を水晶玉から逸らし、従者から手綱をもらい俺は馬に跨る。
「安心しろ。なにかあればまず俺が阻止してやる。あの老臣たちも知っているだろう。選ばれた後継者は俺の試練をクリアできなければ到底、皇帝にはなれんことを。」
イベリアはこれを聞いて少し安心したようだ。
「……はい、ブレスのことは信じてますよ。」
彼の周りで燃えている炎は、冷たい水晶玉を少し温かくしたようだ。
「もういい、魔法をこういうことに無駄遣いしなくても。今から帰る。」
「サヴォイアの王都と国境線の間をいつも往復しているんだよね。お疲れ様。」
「ふーん。これもプロシュットのヤツが面倒くさいことを煩く言うから、仕方ない……」
俺はなにかを思い出し、言葉の途中で詰まった。
目の前のサヴォイアは、昔と同じく豊かな町だ。
でもなんだか、荒れ果てているように感じてしまう。
イベリアも何も言わずに水晶玉を通して目の前の景色を見ているようで、手から伝わってくる温かささえなければ、彼の気配すら感じない程、俺らの間には沈黙が続いた。
俺はわざと気楽そうにため息をつき、笑いだした。
「めちゃくちゃな国を俺たちに投げて、あいつら…一人が逃げて、一人が死んで……」
「なんで死んじまったんだ……あの、バカ爺……」
Ⅱ.賭け
初めてあのバカ爺、つまりフェラメルに出会ったのは、処刑台でだった。
当時そこにいたほぼ全ての人が、俺の死を望んでいた。
俺は食霊で、ここはサヴォイアーー魔法に守られて食霊の存在が必要なくなった国だ。
そして彼たち、サヴォイアにいる全ての人類が、食霊の存在は必ず堕神の天罰を引き起こすと信じ切っていた。根も葉もないことだが、「不吉を象徴した」俺の存在をすぐでも消したかったのだろう。
なにもわかってない市民たちが見にきて、拳を上げて処刑人を催促していた。
片隅にいる御侍は俺が逃げると恐れているらしく、斧の下に跪けと命令した。言い方が強硬であれば、契約の束縛も強くなるというわけではないのに。
契約の存在を笠に着て、俺に火鉢を投げても、刑罰を使っても、何も俺に対して言ってこなかったのに…だからこそ俺を処刑台に送ったのかな。
今は、人前で威厳を示そうとしているから、まあ……
笑いがこみ上げる。一応跪いているが、カランビットナイフでロープを破壊し、ついでに処刑人の首を切る準備は済んでいた。
契約の関係でいずれは死ぬにしても、ここで死を待つのはバカらしい。
行動を始めようとした時、フェラメル、あのバカ爺が、なぜか俺の前に現れたのだ。
「そこの君、可能であれば、この食霊を私にくれないか。」
彼は汚い泥の地を踏んでるが、ロープは純潔な真っ白だった。
ここまで処刑台と似合わない人は初めてだ。教会とか、そういう神聖な場所しか似合わない。
野次馬の市民たちも意外そうな顔をしている、まるで伝説か神話を見ているように彼のことを見ていた――確かにそれっぽい感はあるが。
彼に「そこの君」と呼ばれても、処刑人は何も異議がなかったらしい。むしろ一歩引いて、彼に対して礼儀正しくお辞儀をしたくらいだ。
「偉大な大魔法使いフェラメル様がそう望むなら、もちろんのこと。」
そしてロープと足枷は解かれ、フェラメルと呼ばれた男はゆっくりと処刑台に上がり、俺に手を伸ばした。
「私と共に来なさい。」
余裕のある笑顔が目の前に現れ、俺は痺れてる腕をゴリゴリと回し、念のためナイフでとりあえず彼に襲い掛かる。
「おい!貴様……」
「いや、特になにも起きてはおらんが?」
「え……」
俺を鎮圧しようとした処刑人が、ナイフで切られたはずの彼の手を再度確認し、なんの傷も見つけられず不思議に思い、最後まで何も言葉を掛けてこなかった。
「さあ、行こうか。」
フェラメルは再び俺に手を伸ばしたが、俺は白目を剥いて彼を無視しようとした。しかし手が、脳のコントロールを聞かず彼と手を繋いでしまう。
彼は満足して微笑んだ。一旦俺を引き上げたら、彼は御侍に振り向き言った。
「キミがこの子の御侍じゃな。初めまして。いきなりですまないが、今ここで契約を解除してもらえんか?」
「えっ?も、もちろん……でもそ、そうしましたら、この食霊を制御できる力も消えてしまいますが……」
貴族でも、フェラメルのことを尊敬してなければならなかったらしい。だが御侍は一応不吉さや、天罰のことを恐れているらしく、一応すぐには承諾しなかった。
「安心なさい。大丈夫。今日からこの子は私の食霊じゃ。」
魔法使いの言葉にも魔力が宿っているのだろうか?御侍の緊張はすぐ解かれ、俺との契約をその場で解除した。
フェラメルに連れられる途中に会った全ての人が、彼に向けて尊敬の意を表し、お祈りをしていた。まるで魔王を倒した救世主に感謝しているようだった。
本当に、どうしようもない愚か者だ……
「おい、『偉大』な魔法が使える訳だろう?食霊なんていらんだろう?」
ずっと彼に連れられ歩いて、漸くサヴォイアの果てに近づいてきた時、俺はやっと言葉を口にできた。
フェラメルはその質問のために足を止めず、俺は絶対に逃げることがないと信じていたようだ。
「うむ、逆に質問しよう。キミは一応高貴な食霊じゃな?では、なぜ私の言うことを聞いておる?」
「好奇心?」
「その通り、私もだ。」
彼は振り向き、子供のように瞬きをした。
すると彼はこう言った――
「魔法があるから食霊がいらんなどと、まったくの偏見だ」
「食霊は魔法と似てると私は考えておる。しかし食霊は無限の命を持ってるが、魔法にはそれができん。だから、もしかすると食霊は魔法よりも上位の存在かもしれん……」
「仮に食霊を研究することができたら、それは魔法にとっても、サヴォイアにとっても、ティアラ全体にとっても、良いことだと思わんか?」
キラキラしていて興奮してるあの目は、まるで生まれて初めて飴を舐めた子供のようだ。
先ほど、切られた瞬間に復元された腕のことを思い出した。
確かに、もし切られたのが食霊だったら、そんなに急いで治療する必要もないだろう。あの程度なら、放置していても自然に治る。
だが人間はダメだ。魔法がいくら強くても身体は脆いまま、切られたところをすぐにでも処置しないと普通に死ぬだろう。
「どんな感じで研究するつもりだ?真ん中から切っちゃうわけ?」
「それは研究じゃなくて解剖という。そうじゃな、私のしたい研究は簡単。食霊、つまりキミに、魔法を習って欲しいのじゃ。」
「はあ?」
「冷ややかな目じゃな…ふん。キミたちの戦い方は魔法と似とるが、春の花を冬に咲かせることはできんし、夏のホタルを灯りのように集めることもできんだろう?」
正直、あの得意そうな顔は腹立たしかった。
でも、それから彼が言った言葉は、普通に面白いと思う。
「そうだ、賭けをしよう。二日後、今年の魔法使いの見習い生たちが入学する日なんじゃが、彼らと一緒に試験をクリアできればキミの勝ちということで、どうだ?」
「勝ったらなにがあるんだ?」
「この大魔法使いフェラメルに勝ったことになるのだぞ?良くないか?」
「……ちょっと気持ち悪いな。」
「冗談じゃ、冗談。では――願いを一つ叶えてやろう。殺人はダメだし、金持ちになりたいとかもダメじゃぞ。そうだな、権力、愛情、幸福とかもダメじゃ…どうかのう?」
「……そういうのが全部ダメって、飴を一つくださいとでも願ってほしいのか?」
「そんな顔をするな!報酬に興味はなくとも、ほら、負けてもなんのペナルティもないじゃろ?そのうえ魔法も習えるじゃろ?私だったら喜んで受けるがな。」
彼はこちらを向いて右手を挙げ、目を合わせてくる。ハイタッチをしたいってことだろうか。
パーン、少し前までなら、俺が御侍の言葉に反抗した後に、鞭で殴られる音だ。
今、この音は平等な約束を意味している。
後から思えば、アイツはあの時になにかズルい魔法でも使ったのだろうか。
とにかく、この報酬もペナルティもない賭けは、あの時そう成立したのだ。
Ⅲ.魔法
「試験がまもなく開始されるぞ?なんでまだ眠っているんだ?」
頭から伝わってきた声に俺は片目を開いたが、危なくプロシュットの周りに漂ってるバラの花にぶつかるところだった。
ここに長くいて、飛んでる箒と杖に慣れても、コイツの香りとバラには中々慣れなかった。
プロシュットが髪をかきあげると、またピンク色の花びらが雨のように舞い散った。俺は仕方なく座り、顔についた花びらを手で取り、草地に捨てた。
「相変わらずウザいな……それと俺のことをどうこう言う資格はないだろう。お前もここにいるわけだし。」
「それは違う。俺には元から試験に参加する資格がない。お前だって知ってるでしょーー俺って一応アレイスターに嫌われてるから。」
俺は全然気にしてないように見えるプロシュットと目が合った。
運が悪く、彼と契約している御侍は、あの食霊のことが大嫌いなアレイスターだった。
しかし、俺は同情する余裕なんて持ってない。
「はあ?俺だって試験資格を持ってないさ。っていうか一コマ目の小テストすらクリアしてないし。」
「へーー、それは変だよ。賢そうなのに、なんで魔法が苦手なんだろう?……俺たちってば、これが同病相憐っていうヤツか?」
「一緒にすんな。」
「恥ずかしがり屋さんだね。同じベッドで一緒に寝た仲なのに。」
「同じベッドで寝たって、お前が深夜に勝手に来て……」
「ブレス、プロシュット、ここにいたの!」
プロシュットの尻を蹴った途端、イベリアの声が聞こえてきた。俺はすぐ逃げようとしたが、なぜか動けなくなった。
俯くと、プロシュットの笑顔が見えた。
「逃げるな。俺と一緒に闇落ちしようぜ。」
「お前……」
「なに言ってるの?やみおちってなに?……そんなことより試験が始まってるんだけど、二人ともなぜここにいるの?」
逃げるタイミングを見逃して、イベリアに捕まってしまう。彼は汗を搔いており、俺たちのことを真面目に心配してるようだ。
真面目なヤツは苦手。
「って?見習い生たちがカエルを金に変え、また金をうんこに変えるのを見てなきゃいけないの?」
「……御侍は、試験に参加できないが、見てるだけでもなにか良いことが起きるかもしれないって言ってたよ……」
「フェラメルががんばって教えてもわからないものを、見習い生がやってるところを見てればわかるようになれるって?お前の御侍……セパシスは見習い生のことを信じすぎてないか?それともフェラメルのことをバカにしてんのか?」
「どっちも違うと思う、セパシスさんはただ……」
イベリアの困ってる顔を見て、俺は舌を鳴らした。
ここには三人の食霊しかいない。その中で一番魔法が得意で、性格も良いのはイベリアだ。だからいつも魔法使いと俺たちの間の橋みたいな役になってる。もし俺が彼の立場だったら……考えるだけで面倒くさい。
ため息をついた俺は、プロシュットの襟を引き上げ、彼と一緒に立ち上がった。
「え?なに?」
「なにって、人が俺のために困ってるのは嫌だから、とりあえずバカ爺たちの言うことに従って、クソガキたちの試験を見に行くんだ。あっ、ついでにイタズラでもしてやろう!」
「なら一人で行けよ!なぜ俺まで行かなきゃいけないんだよ?」
「自分で言っただろ?一緒に闇落ちするって?」
「お前……狂ってるのか……は、放せよ!ブレスに殺されちゃうっ!誰か助けて――!」
「強引なのが嫌だったら、黙っとけ。」
「うう……乱暴なヤツ……」
声はデカいけど、実際全然泣いていない。
彼はすぐ抵抗を諦めて俺に引っ張られるままついてきた。イベリアは草地に落ちたプロシュットの帽子を拾い、ちょっと申し訳なさそうな顔で微笑みながら俺たちの後ろについてきた。
小学生みたいなアホなやりとりに…いつの間にか慣れちまったな……
サヴォイアは一応魔法の国だけが、魔法使いへの道はかなり制限されている。
まず、大魔法使いは三人しかいない。この三人は一人につき毎年、一~二名の学生しか受け入れることができない。それ以外も二、三人普通の魔法使いが先生としているが、同じ学年には大体十数人の学生しかいないわけだ。そのため、同級生であればみんな大体お互い良く知ってるメンツとなる。
この学年の見習い生は、俺たちが遅刻することにそこそこ慣れているが、冷たい目で見られても仕方はない。
一番怒ってそうなのはやはりアレイスターだ。その顔色の悪さに、プロシュットが震える程ビビッてるようだ。
イベリアの御侍、セパシスはいつも通りになにも言わず、デカい帽子を被ってるから表情も全然見えないが、まあ優しい顔をしていないんだろうな。
教壇に立っているフェラメルだけが、バカみたいに笑ってた。
「はいはい、これで全員揃ったわけだね。始めましょうか!」
「なんだ、始まらなかったのは食霊三人を待ってたからってこと?」
「イベリアはまだ良いけど、あの二人は試験に参加する資格すら持ってないのに、別に来なくてもいいじゃない?」
「食霊のくせに、大魔法使いの後継者になろうとしてんのか?夢見るにも程が……」
フェラメルの話が終わると、見習い生たちは小さい声で俺たちのことを議論し始めた。声は小さかったが、周りの環境が静かだったから、その場にいる全ての人に聞こえていたと思う。
アレイスターは不快にフンと言い、セパシスは立ったままなんの動きもせず、フェラメルは聞こえてないふりをして、勝手に試験をスタートさせた。
プロシュットはここからすぐにでも消えたいだろうに、自分をマントに一生懸命隠そうとしながら、俺をねじった。
「お前さあ、普段はしょっちゅう授業にサボってんのに、なんで今日はこんな窮屈な思いをわざわざしにくるんだよ。」
俺は笑い、同じところに彼を二回ねじり返した。
「窮屈な思いをするのはどっちだろうな。」
試験は成績の順に行われた。つまりアレイスターの学生からだ――この性格が悪い天才さんは、彼の先生と同じように、食霊のことを軽蔑していた。
あの一位のガキは基礎テストを行う時に、俺のことを目線で挑発してきた。
だからクソガキは嫌いだ。
基礎テストはなんの見どころもなく終わった。そして次は一番大切な、魔法の強度を測る試験だ。
この項目の重要性は、セパシスの顔を見ればわかる。
このいつも顔を見せてくれない大魔法使いは、魔法強度テストの単語が聞こえた瞬間、帽子のブリムを少しだけ調整し、ギリギリ見える高さで外の様子を観察し始めた。
しかし俺から見ればこの試験は別にそんなに大切なことじゃない。鉄板を突き破るなら、別に魔法や食霊の力を使わなくても、槌や斧、道具さえあれば普通の人間にだって簡単にできることだ。
俺は思わず白目を剥いた。
「つまらん。」
「は?なんだって?」
元々はプロシュットに対して言った言葉が、魔法で可哀そうな鉄板を虐めてるあの「一位」さんの耳に入られたようだ。
すると彼がコントロールしてる魔法の光束は、俺に襲い掛かってきた。
「ブレス――!」
Ⅳ.貴族
俺の御侍は、貴族だった。
この身分が、彼の性格をひねくれさせたのだろうか。たとえ俺のような食霊だとしても、例外ではないらしい。
彼は当たり前に俺が彼の所有物だと思っているらしく、彼の出した全ての命令に従わないと、殴られて当然だと考えていたんだろう。
彼の認識では、食霊は人間と同じように死と苦痛を恐れていて、殴れば温順になる。
しかし、これは別に俺としてはどちらでも良かった。
到底彼は人間に過ぎないし、自分の知ってる狭い世界のルールに従うことしかできない。他の貴族と同じような考えを持っていても仕方ないことだ。
俺が彼を嫌ってたのは、怠惰で、惰弱で、無知で、無能だったからだ。
いわゆる貴族ってもんは、財力と権力を持っているから貴族でいる訳じゃない。財力と権力で国をより良くして、貧困の人たちの生活を改善しようとしてるからこそ、「貴族」として認められるべきだ。
しかし彼は、労働者と兵士たちの努力の成果を自分の物にしている以上、この国のためのことはなにもやってこなかった。
あのくだらない契約みたいに、不公平さはいつか必ず覆る。
ボーン――
魔法見習い生の頂点に立っている優等生が地面に倒れ、手で目を隠して痛そうに叫んでる。
あの弱い光束は俺のシールドに反射し、鉄板をひっくり返し、そして「不意に」彼の右目に命中した。
イベリアはすぐ彼のところに駆けつけ治療し始めた。プロシュットは俺の背に隠れ小さな声で「わーー」と呟き、「ちゃんとお祈りするんで」と声をかけた。
俺は白目を剥いて若い見習い生たちがビビッて慌てる姿を見ていた。暫く経ったらアレイスターの杖が地面にぶつかる音が響き、空気中の埃のように静寂が支配する。
「食霊、何をやったか、わかってるのか?」
アレイスターの威厳に満ちた声が聞こえてくると、俺は特に変わりないフェラメルをちらっと見た。
「もちろん。このつまらない試験を繰り上げて終了させただけだが。」
「暴力で?」
「じゃないとどうすれば良い?アイツの頭を撫でながら、魔法は敵を攻撃する手段であって、傍観者を威迫する手段ではないと教えた方が良かったのか?」
アレイスターはフンと鼻息を吐き、絶対的な実力から感じる空気中の強い圧力が、だんだん減少していく。
すると俺は続けて言った。
「お前たち魔法使いが、自分のことを食霊や普通の人間よりも高貴だと思ってるのも、力を持っているから、攻撃したいものと守りたいものを自分で選ぶ権利を持ってるからだろう?」
「しかし、サヴォイアの税金で飼われているくせに、魔法を自分の嫌いなヤツを攻撃する道具として使う魔法使いは、食霊よりも身分の低い堕神とかと、性質上同じに見えるぜ。」
俺はその優等生の前に立ち、彼の髪を引っ張り上げ、血がたらたら垂れている目と視線を合わせた。
「もし俺がお前だったら、他の人をいきなり攻撃するようなことはしない。」
「次に、もしくだらない理由で俺を攻撃してくるのなら、両目が失明しようが、腕と足が切り離されようが、俺は必ず痛みを全て返してやる。」
俺は再びアレイスターに向き言った。
「もし俺があんただったら、コイツがこの試験で何枚の鉄板を突き破ろうが関係なく、不合格にするだろう。」
「行くぞプロシュット。」
「し――こんな時で俺の名を呼ぶなよ!」
プロシュットは身を隠す魔法を事前に習っていれば良かったと言いながら、俺と一緒にその場を去る。
そしてあの日から、俺はあの「優等生」の姿を二度と見ることはなかった。
「キミ、ちょっと待って。」
不満な人はいるだろうと予想はしてたが、まさか、セパシスまで俺に声を掛けてくるとは。
あの程度の傷なら、イベリアのレベルですぐ治せるはずだが……もしかしたら本当にやりすぎたか?
セパシスがゆっくり近づいてる間、この後どれ程フェラメルに笑われるか考え腹立たしい。
意外なことに、セパシスは俺に対してなにも説教せず、ただただ動かず立ち塞がっていた。そしてしばらく経ってから、いきなり俺に向けて炎玉を三つ放った。
「おい!お前……」
「……」
セパシスは何も言わず、そのまま帰った。するとプロシュットはニヤニヤしながらーー
「ハハッ、嫌われてんなお前。」
「いや、逆だよ。セパシスに気に入られたようじゃな。ブレス。」
フェラメルが俺の前に来ると、三つの炎玉が温順に彼の手に近づいた。
「これはセパシスからのプレゼントじゃよ。まあ見た目はちっと怖いかもしれんが、熱くないぞ。」
「……魔法使いは変人かアホしかいないのか。」
「ふふん、食霊もそうじゃろ?プロシュット、ブレスに話したいことがあるから、ちっと外してくれんか?」
プロシュットは嬉しそうに頷き、俺に「幸運を祈る」の変顔をしてからすぐ消えた。
俺は腕を組んでフェラメルに向けて顎を上げた。
「なんのことだ?」
「この前の話じゃが、賭けに勝った時なにを叶えたいのか……当時はキミは貴族になりたいと言っておったな。」
「バカにされて笑われたけどな。」
「いや、それはバカにして笑ったわけじゃなく、驚いたんじゃ。いや……私にとってはサプライズだったからついついな。」
フェラメルの表情はいつもより真面目に見える。
彼にとっては珍しいことだ。
「その時、御侍が貴族として誤っている故、本物の貴族のあるべき姿を見せてたいと……尊大で揺るぎなく、勇敢で賢い。しかし絶対冷たい目で世間のことを見ない貴族。」
「なにが言いたいんだ?」
「うむ、私が思ったのは、一応皇帝も貴族じゃろ?貴族になりたいなら一層、次期皇帝になってみんか?」
正直、俺は一瞬呆れ、組んだ腕もいつの間にか解けていた。俺は彼の言うことをじっくり考え、そう返した――
「皇帝なんてなれるもんなのか?」
彼は頭を振り、初めてあのバカみたいな笑顔じゃない表情で俺の顔を見た。
「この国の大魔法使いは、毎年サヴォイアに起きる重大事件を予言しなければならんことは知っておるな。この仕事は来年アレイスターが担当することになっておるが、私とセパシスも一つだけ予言しなければならん……」
「私が予言したことは、来年、この国の皇室は、恐らく一人残らず全員死ぬ……その時は、ブレス、皇帝の位の重担を負える人はキミしかいないじゃろう。」
「気でも狂ったか……」
「そうかもしれんな。知性は生きておるぞ。」
フェラメルは青い空の下に立ち、一人ぼっちで自由そうに見え、またひどい重荷を背負っているようにも見える…
彼は嘆いてる。初めて会った日と比べてこんなにも年をとったように見えることに俺は初めて気がついた。
「人々はいつも武力、知恵、権力、財産を気にしておる……じゃがそんなものより、『自我』の方がよっぽど大切じゃ」
「自分が誰なのか、なにができるか、なにを成し遂げたいのか、なにをやるべきかを全て見えている者……こういう者だけが、自我を失うことなく、迷うことなくこの世界に生きていられるじゃろう。信念を持っているからこそ、困難を恐れずまっすぐに進むことができる。」
「揺るぎない自我は、食霊の霊力よりも、魔法使いの魔法よりも、強いものじゃ。」
じっと俺を見つめるその目線に、含まれていたものが俺には読めなかった。まるで、サヴォイアの未来を見つめてるように。
「自覚しておるのか?今日、あの一番面倒くさいアレイスターにまで認められたのじゃ。今までこれをクリアした人なぞおらん。今の皇帝ですらダメじゃろうな。」
「ブレス、キミは私が探し続けてきた『自我』を持つ者じゃ。故に、あの賭けのことじゃが『お願い』に変更させてもらえんか……」
あの瞬間、サヴォイアの国境線からの風が吹いてきたように感じた。膨大でよくわからないなにかを載せて、重くて揺るぎない姿で俺の目の前にきたのだ。
フェラメルは俺に向け、ゆっくりと、威厳に満ちた頭を下げた。
「サヴォイアの皇帝になり、サヴォイアの民を苦難から救ってくれ……それはもうキミしかできないだろう。」
「そう、もう、キミしかおらんのだ。」
Ⅴ.ブレスチキンスープ
ブレスチキンスープがこの世で初めてもらった命令は、一番残忍な手段で、地面に跪いてる平民たちを全て殺すことだった。
これらの平民は貴族のブドウ園で働いてたのだが、収穫したブドウで作ったワインが、いつもの年より数ボトル少なかったかららしい。
サヴォイアの法律にはこの件を明確に処置できる定めがなく、まして今年は気候が原因でブドウは不作だった。別に彼らが悪い訳ではないとブレスチキンスープは思った。
でもあの貴族、ブレスチキンスープの御侍は、この件で他の貴族の前で恥をかいたからと、どうしても腹いせをしたかったらしい。
ブレスチキンスープは後に「理由」をメイド長から聞いたが、どう考えてもこれはおかしいと思った。
そしてさらに、彼はアイツの言うことを「拒絶」しただけではなく、平民たちを全部わざと見逃し、アイツを指差し口汚く罵って、本当に良かったと思った。
「お前、何様のつもりだ!俺はお前の御侍だぞ!」
「御侍だからってなんだ。俺はアホの言うことに聞きたくねえ。」
ビシッ――
ブレスチキンスープの顔は鞭で殴られた。急なことに殴った人も殴られた人も一瞬呆れた。
ブレスチキンスープが先に反応し、武器を手にしてやり返そうとする。御侍は反応が遅く逃げられず、床に横になって震えながら怖がっている。
だがブレスチキンスープの方も、うまくいかなかった。
彼はナイフを握り締め、一生懸命相手を攻撃しようとしたが、なにもできなかった――髪の毛一本すら、切れないのだ。
すると御侍は理解した。食霊との契約について。
それから、ブレスチキンスープの御侍は、貯めた怒りを全部ブレスチキンスープにぶつけた。
ブレスチキンスープは手ではやり返せなくとも、彼を罵り、抵抗をやめることはなかった。
御侍が鞭を持ち上げられない程疲れても、ブレスチキンスープは彼のことを罵り続けた。
御侍は鞭を置いてその部屋から出ていくが、ブレスチキンスープは彼を追いかけ、ひたすら罵り続けた。
貴族はブレスチキンスープの怒声を浴びながら鞭で殴り続けなければならず、この食霊は故意に彼を怒らせ続け、殺そうとしているのではないかと疑った。
仕方なく彼は「食霊が故意に人間を傷害した」という理由で、ブレスチキンスープを処刑台に送った。
フェラメルが現れ、この食霊が欲しいと言った時、貴族は嬉しかった。
大魔法使いはきっとみんな、食霊のことを嫌ってるから、コイツはきっと一番残酷な黒魔法で殺されるだろうと思った。
サヴォイアの国境線にあるあの魔法の城に、ブレスチキンスープがどのような生活を送っているか、彼は夢にも見ていないだろう。
「プロシュット――!お前!俺のズボンに何をした?!!!」
草地でイベリアと昼食を食べていたプロシュットは何食わぬ顔で耳を搔いた。
「あのドロワーズはお前に似合わないから、わざと直してあげたのよ。どういたしまして。」
「お前の言う直すというのは、ズボンをこのように切るってことか?」
ブレスチキンスープは無表情のままあのハサミでめちゃくちゃにされたズボンを持ちあげた。
「そうよ、ドロワーズって大体短いもんじゃないの?それで短くしたんだけど…あとお前のその不良っぽい性格から、それっぽく穴を開けたのよ……おい、どこに行っちゃうの!?」
「安心しろ。お前はこれからの一ヶ月間、ズボンを履くことはできねぇから。」
「ちょちょちょちょっと警告なんだだだけど!俺は今イベリアと一緒に住んでるよ。イベリアの服をいじってたら彼は普通に怒るぞ!」
「いえ、ブレスならちゃんと分別できるだろうし、僕は全然平気だよ。」
イベリアにまでそう言われ石化したプロシュットを見て、ブレスチキンスープの気分はだいぶ良くなった。
あの頃の彼は、それはまるで夢のような幸せな日常だと思っていた。そして、そういった日常は永遠に続くのだろうとどこかで信じてた。
まさか、急に終わってしまうことはないだろうと…
全ての魔法を記載した魔導書『シャドー・グリモワール』が盗まれたと知った大魔法使いの三人は、意外と冷静だった。
ブレスチキンスープは考える余裕すらなく、プロシュットとイベリアと一緒に『シャドー・グリモワール』を探しに出掛けた。
なにかが違うと気付いた時、大魔法使いの三人は決裂し、争いを起こした。
サヴォイアはまるで終末を迎えたようだ。ブレスチキンスープはその時に初めて、魔法の本当の力を近くで見た。争いを阻止しようとした彼は、イベリアに魔法使いじゃないことを理由に止められる。
すると、プロシュットが前に出た。
彼は自分の御侍、アレイスターと仲が悪かったはずなのに、争いを阻止するとともにアレイスターのことを一生懸命守ろうとした。
ブレスチキンスープとイベリアハムはなにが起きたのか把握できず、とりあえず魔法に攻撃され空から落ちたプロシュットを救おうとした。また空を見上げると、大魔法使いの三人は、全員犠牲となっていた。
イベリアハムの泣き声が聞こえてきたような、プロシュットの涙が目の前にあったような…俺は、ブレスチキンスープはなんだ?
彼は一瞬記憶を全て失い、なにも思い出せなくなった。より膨大ななにかが、彼に近づいてきたようだ。
「サヴォイアの皇帝になって、サヴォイアの民を苦難から救ってくれ……それはもうキミしかできないことだ。」
フェラメルのあの言葉は、まさかの遺言だった。
フェラメルとのあの賭けは、不公平な賭けだった。報酬をもらえるが、ペナルティは設けられてない。
フェラメルは最後にそれも破り、賭けをお願いに変え、ブレスチキンスープに最大の自由を与えた。
しかしフェラメルの心遣いより、自分のわがままより、ブレスチキンスープは結局、約束を守る道を選んだ。
彼は自分が誰なのか、なにができるか、なにをやりたいのか、なにをやるべきかを全てハッキリしているのだ。
よくわからない魔法は嫌いだったし、変人しかいない魔法使いたちのことも嫌いだったし、無知で無能な皇室も嫌いだったけど。
彼はサヴォイアを誰よりも愛していた。彼の未熟な思い出と愛情を全て記録したこの国が、フェラメルが一生をかけ守ったこの国のことが誰よりも大好きだ。
彼はサヴォイアのことを、放って置けない。
ブレスチキンスープは自分に束縛をかけ、サヴォイアの皇帝代理となる。
すると彼はすぐに理解する。フェラメルが言った「キミにしかできない」とはどういうことなのかを。
魔法が一番強いイベリアハムはもちろん大魔法使いの後継ぎにならなければいけない。そしてプロシュットは、メッセージも残さずに、ある日突然にサヴォイアから姿を消した。
ブレスチキンスープは無能な官僚たちの出した書類を添削する際、たまにはあの日プロシュットの涙を思い出してしまうこともある…
彼のあの日の涙が何を意味してるのかわからないまま、プロシュットがこの国から逃げた理由を一生懸命考える。
結局毎度山のように積まれている書類に埋もれてしまうので、あの「裏切り者」のことを考えないようにした。
彼とイベリアハムの努力で、サヴォイアは再びいつものような賑やかさを取り戻す。
しかしブレスチキンスープにとっては、なにかが足りてない。
イベリアハムにとってもそうかもしれない。彼らはお互いに口にしないだけで、なぜそうなっているかをきちんと知ってる。
開けた穴を、再び修復するのは難しい。仮にできたとしても完璧な状態には戻れないことくらいわかってる。
しかし、待ち続けるのは、彼のやり方じゃない。
イベリアは性格が良すぎるから、魔法見習い生にいじめられていないか、少し心配しているが、他は全然大丈夫だ。
そしてブレスチキンスープにとっての主要な任務は、皇帝の後継者を探してくること。彼はいずれ、この国から出ようと思っている。
どれ程楽しい記憶でも、続いてなければそれは悲しい記憶でしかない。
あの「裏切り者」の襟を引き上げ、ニヤニヤしながら警告しなければいけないのだ――
忘れるな、一緒に闇落ちするんじゃなかったのか。
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