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うな丼・エピソード

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うな丼のエピソード

常に明るくパワフルで、周りの人々に活力を与える。武士として、一度忠義を誓った者は、たとえ悪の道であろうともその身を賭して守る。無類の酒好き。


Ⅰ 手鞠と約束

 桜の島ではようやっと冬が明け、様々な祭事がまるで待ち構えていたかのように次々と波となってやってくる。


 この時期、朝廷の忙しさは異様だ。


御侍のお子が、宮中で舞を披露することになっており、御侍も朝から大忙しだ。


 宮中には歌や太鼓や雅楽器の音色で溢れ、まだ少し冷たい風が吹いている。そして、そこら中に咲いた真っ赤な梅の花を揺らしていた。

 祭りごとが連続している現在、朝廷では聖帝の一族がここぞとばかりに財力や権力を誇示し合っている。


 同様に、集まった武士たちも、互いに睨みをきかせ合っているのだ。


 御侍と共に朝廷に出向いた拙者にとっては、朝廷の『優雅な』祭事など、臍で茶を沸かすようなものだ。彼らの笑顔の下に見え隠れする企みに、思わず笑ってしまった。


 現在、御侍は朝廷に招かれ、名のある武士たちと共に宴の開始を待っている。

 彼らは和やかに談笑しているように見えて、互いを牽制し合いピリピリとした空気を作り出している。


 御侍は当然、そんな武士たちの様子に気づいているだろうが、まるで気に留める様子を見せずに、笑顔を振りまいていた。


(よくやるよ)

拙者は御侍の斜め後ろに腰を下ろし、大きなあくびをした。

「……うな丼

 御侍が、拙者にだけ聞こえる小さな声でそう呟いた。


 その注意に対して、少し座を正した。そうしてまた暫く彼らの様子を見ていた。だが、やはり退屈なものは退屈。あくびが止まらなくなってしまう。


 宮中に鳴り響く楽器の音色は睡魔を誘うのだ。何とか起きていようと思いながら、それでも耐え切れずにうつらうつらしてしまう。これはいかんと、拙者は顔を抓った。


 そんな拙者とは違い、前に座る御侍の背中は、まるで微動だにしない。


 昨日、彼は夜遅くまで起きていた。拙者も付き合わされて、ほとほと睡眠不足である。


 だが、今は家臣たちの前。

 決して御侍はその凛々しい態度を揺るがすことはないのだろう。


(……さすがは将軍、と言ったところか)


 そんな風に感心しつつ、拙者は僅かに身体を倒す。そして、御侍の横顔を覗いた。


 彼は、真剣な眼差しを演壇に向けている。きっと、お子が舞うのを待っておられるのだ。拙者は音を立てぬよう静かに立ち上がると、中腰になってその場から離れた。


 平時であれば、朝廷の御苑をぶらぶらとほっつき歩くようなことはできない。拙者のように素性が知れない者であれば、曲者と間違われて捕えられても文句は言えないだろう。


 しかし今日に限っては、宮中で歌会が執り行われる。拙者は御侍と共に招かれた客。大手を振って、御苑を練り歩くことができるのだ。

 午後の陽光に照らされながら、拙者は御苑の一端に茂る草むらの奥へと移動した。ここなら、誰にも邪魔されずに昼寝ができるだろう。




 どれくらい眠っていたのか、近くに足音が聞こえた気がした。


(何奴――)


 拙者はがっしりと太い木の幹にもたれ、目を閉じたまま、音の行方に神経を研ぎ澄ませた。


 規則的に同じ場所で鳴り続けている――鞠の跳ねる音と、少女の歌声が見える。少女が、鞠をついて遊んでいるのだろう。


「そこのお主、すまんが別の場所で遊んでくれぬか?拙者、ここで昼寝をしている故」


 木の幹にもたれたまま、少女へと呼び掛ける。すると、手鞠の音が止まった。続けて、とたとた近づいてくる足音が聞こえる。

 顔を上げると、そこには菱餅の姿があった。彼女は、手鞠を抱えてこちらをじっと上目遣いで見つめている。


「うにゃ丼、宴から抜け出してきたのですか?」

「……うむ。下らぬ歌や舞などより、こうして寝ていた方がよっぽど建設的だ」


 菱餅は聖帝に仕える食霊の中でも、特に溺愛されていると聞く。こういった宮中の祭事でしか、顔を合わせたことはない。菱餅については、柏餅の方がよく知っているだろう。

 拙者の御侍の唯一のお子――ことあるごとに自分の力を証明したがるあの男こそ、柏餅の御侍である。聖帝と柏餅の御侍は幼馴染であった。


 聖帝は一族の女子のうち、見目の良い子を彼に嫁がせたいと話しているらしい。そうなると、将軍である我が御侍もさらに忙しくなるだろう。


 だが、所詮は余所事。拙者には関係のない話である。そんなことよりも、早く昼寝の続きがしたかった。


 菱餅は、まだここを離れる様子を見せない。傍らで手鞠を弄って遊んでいる。拙者は我慢できずに、大きな欠伸をひとつした。

 すると、菱餅が突然拙者に向かって手鞠を投げてきた。思いもよらぬことに、先ほどまでの眠気は吹っ飛んでしまう。


「な、何をするっ!」

「だってうにゃ丼、こんなところで寝てたら、病気になっちゃいますよぅ~?」

「何を言うか、食霊は病気などせん!」

「ほんとう?よかったぁ~!じゃあ、わたしと一緒に遊ぶの~!あっちのお祭りより、ぜ~ったい面白いですよぅ~!」

「いや、拙者はここで昼寝をするのだ」

「昼寝より、手鞠で遊んだ方が面白いと思うのですよ……?」


 きょとんとして小首を傾げる菱餅に、拙者は溜息をついて立ち上がった。

「わかったよ。どうせ昼寝も時間潰しだ。昼寝も手鞠で遊ぶのも大差はないだろう」

「やったぁ~!うにゃ丼、一緒に遊ぶのですぅ~!」




 菱餅に手を引っ張られ、拙者は御殿の一座敷へと連れてこられる。ここは、どうやら菱餅が普段遊んでいる部屋のようだ。


 しばらく手鞠遊びに付き合っていると、襖の奥が気になった。そこにはきれいな和紙が敷かれ、極彩色の糸や布が置かれている。


「へへんっ、きれいでしょう~?そこで、自分で手鞠を作ってるんだよぅ~」

拙者の視線に気づいた菱餅が、自慢げな笑みを浮かべる。


「ああ、確かに。とても綺麗でござるな……あの紙、ちょっと使ってもよいか?」

「何に使うの~?」

「贈り物さ」


 菱餅が和紙を持ってきてくれる。それを何枚か手に取って、拙者は慣れた手つきでそれらを折り合わせる。そして竹の棒で固定して、息を吹きかけてやる。


「風車、ですかぁ……?」

「ああ、そうだ」

 風車は、カラカラと音を立てて回った。

「綺麗ですぅ……!」

 丸い瞳をさらに丸くして、感動した様子で菱餅が呟いた。


「お主にやるよ」

「本当ですか?それは、とても嬉しいのですぅっ!」


 菱餅は目を細め、嬉しそうに風車に息を吹きかけている。そんな無邪気な菱餅に、拙者は自然と笑みがこぼれてきた。


「大事にしろよ」

「ありがとうです、うにゃ丼」


力強く頷いた菱餅に、拙者はそっと彼女の頭を撫でてやる。くすぐったそうに、菱餅は目を細めた。


「ちょっと待ってて」

 菱餅はそう言って、襖の奥へ移動する。そして、そこに置いてあるおもちゃをゆっくりと見てから、手鞠を手に戻ってきた。


「これ、うにゃ丼にあげるよぅ~。また一緒に遊ぼうねぇ……」


 受取った鞠を、掌の上で遊ばせてみた。なるほど、雅で――これは、嫌いではない。


 もうすぐ、今日の祭事も終わる頃だろうか。

 御侍も、さすがに拙者がいないことに気がついただろう。


(……戻るか)


 重い腰を上げ、菱餅へと視線を向ける。

「次会ったときは、拙者と宮の外で遊ぼうか。朝廷の外へ連れてってやるぞ」

「ほんとう?約束だよぅ!」

「うむ、約束だ」


Ⅱ 国のために

 拙者と菱餅の約束は、未だに果たされずにいる。


 この国は、現在に至るまでずっと聖帝の支配下にある。

武士たちは、聖帝によって統治された兵士に過ぎなかった。


 拙者の御侍は、聖帝に蔑まれてきた武家である。だが、御侍は武士として類まれな才能を持っていた。その力をいかんなく発揮して将軍の地位まで登りつめる。


 そうして御侍は、聖帝に絶大な信頼を置かれたが、聖帝の一族からは嫌われてしまった。彼らの利益を脅かすことになってしまったのだ。


 御侍の足が朝廷から遠のいた。彼の食霊である拙者もそれは同じだった。

 大きな祭事でしか、朝廷に足を踏み入れることはなくなってしまった。

 だが菱餅は今も、拙者と交わした約束を叶える日を、待ち望んでいることだろう。



 その後、戦争は何の前触れもなく始まった。

 いつものような人間同士の争いではない。この争いで拙者たちが立ち向かうのは、大群と成した堕神である。拙者は御侍の傍らに立ち、彼の身を守るだけで良かった。


 四面を海で囲まれたこの桜の島では、外界からの情報が伝わってくることは少ない。


 堕神の脅威を感じることなく、すっかり気が抜いていたこの島国に、堕神たちは唐突に姿を現した。


 出陣の号令がかかっても、食霊を擁する料理御侍たちは慌てるばかりで、部隊すら編成できぬ有様だった。


その中において、御侍も緊迫した戦況を余儀なくされていた。


 彼を慕う料理御侍、浪人、果ては主のいない食霊を招集し、出来合いの部隊を率いて戦場に飛び出した。


 将軍という身分でありながら、聖帝の一族による企みによって、彼のもとに残った武士は殆どいなかったためだ。


 これは失敗が約束された部隊であるとも言えた。どれだけ綿密な戦略を組もうと、一人が命令に背いた行動に出れば、部隊はあっという間に崩壊する。


 御侍は、そのことをよく知っていた。そして彼ら全員を前に言って聞かせた。


「何のために戦うか、それはおぬし等の勝手だ。たとえ自己の名利のためであろうと、一向に構わん。だがこれだけは忘れるな。勝利しなければ、手に入るものなど何もない。そして勝利には、おぬしらの団結が必要なのだ。ここで一致団結し、堕神どもを撃退し、またここにいる全員で、笑い合おうではないか」




御侍の命令を受け、食霊部隊は二体一組に分れることとなった。

 次々と編成されていく中、拙者ともう一体の食霊が残った。その者の顔を見て、拙者はひどく驚いた。彼女はとても有名な食霊だったからである。


 拙者と手を組むこととなったその食霊の名は、豚骨ラーメン

 この辺りでは、彼女の名を知らぬ者はいない。悪名を轟かせていた彼女は、裏組織の頭でもあった。


 そんな彼女に目をつけられれば最後、ろくな結末にはならない。子分を引き連れて町を闊歩しては、悪さや乱暴を働くことがあるという。


 しかし、拙者は反感などは抱いていなかった。彼女は自身の道義や規則を貫いて生きているだけからだ。

 いずれにしても、何故こんなところにいるのだ。組織よりも、国のために戦うというのか?


 そして当然のようだが、彼女の持つ戦力は圧倒的だった。群がる堕神を前に表情ひとつ変えずに堕神へと斬り込んでいく。


 彼女の攻撃はまこと鮮やかであった。一切の情けもなく、群れの奥まで斬り捨てた後、残った堕神は体中鮮血に塗れた彼女の姿に恐れをなして、逃げ出してしまった。


 彼女は自分と満足に戦える相手が人にも食霊にもいないから、堕神相手に鬱憤晴らしをしているのかもしれない。


 しかしある戦闘を終えて、ふと彼女と目が合ったとき、やはり気になってしまい、その疑問を投げてみた。


 彼女は鋭い視線を前に向けたままで、僅かに口角を上げる。そして、頬にこびりついた血を拭って鼻を鳴らした。


「お前がカカシになって、この武器の切れ味を試させてくれても構わないが?」

「……カカシは御免被りたい」


 拙者は刀を大きく振って血を振るい落とし、鞘に納める。そして後ろ頭を掻きながら言った。


「だがお主のような豪胆と戦うのは至極面白そうだ。この戦いが終わったら、いつでも仕合相手になってやろう」


Ⅲ 戦乱と事変

 戦果は上々だった。拙者と豚骨ラーメンは不思議と息が合い、並みいる堕神の大軍を斬り倒していった。


 他の部隊も順調に勝ち星をあげていった。皆、勝利はすぐそこにあると信じ、前へと進んでいく。


 凱旋の日も間近だろうと誰もが思っていたとき、予期せぬ事態が発生した。


 御侍のお子が、食霊の柏餅だけを引き連れ、戦意を失って逃げ帰ろうとしていた堕神を追いかけていったのだ。


 長年、御侍の影に埋もれてきたお子は、大事を成し遂げたいと渇望していた。


 拙者は武士として天賦の才をもった御侍を慕い、力になることを望んだ。しかし、御侍のお子にとってその偉大なる父は障害としかなっていなかった。


 何をしても『将軍の子』としか評価されない。その運命を憎み、自らの力を見せつけようと機会を窺っていたのだ。



 堕神は、追手が貧弱な男子と小さな食霊だけと見るや、くるりと身を翻して彼らを縛り上げた。そして手も足も出せずに、お子は堕神に嬲り殺されてしまった。


 報せを受けて拙者たちが駆けつけると、柏餅は一命を取り留めてはいたが、気を失って倒れていた。


 辺り一面に横たわる屍の中で、柏餅はお子の死体を抱き寄せたまま、まるで、 菱餅の作った木の人形のように微動だにしなかった。


拙者の御侍は、その様子を肩を震わせながら見つめていた。

 だが、どれほど悲しみや弱音がその心に溢れたとしても、そんなことを口にする人ではなかった。


 火葬するため、その場で自ら火種を放り、犠牲となった人々とともに大切なお子を彼岸へと送り出した。


 この事態を受けて、拙者ら人と食霊たちは復讐の念が強くなった。そして破竹の勢いですべての堕神を撃退し、この戦争を終息へと向かわせた。



 御侍の仇と躍起になって、共に戦ってくれた柏餅を、御侍が引き取ろうと言った。

 だが柏餅は、その申し出を断った。そして御侍を救えなかった無念を胸に、伝説の武土になるため旅に出ると言った。

 また再会できたら、一戦交えようと固い約束をし、拙者は柏餅を見送った。



 そして、御侍は聖帝の元へと向かう日を待っていた。

 これほどの戦果を納めたのだ、褒美がないなどということは、考えられなかった。


 御侍の軍は、彼を慕う者たちが臨時で集まった隊とは思えぬほど、大きな功績を上げたのだ。

だが、朝廷からは待てど暮らせど、褒美の報せは来なかった。


 それからーか月ほど経って、やっと来た朝廷から報せが届いた。それは拙者や御侍が想像していたものとはまるで違う、とても残酷な内容が記された書であった。


 堕神退治で功績を治めた御侍に対し、今後朝廷への入所を禁止すると書かれている。更に軍も即刻解散するように、と命令された。


波紋が巻き起こり、様々な憶測が飛び交った。

強硬姿勢で乗り込み、談判するべきだという意見もあれば、 褒美はいらないからと、辞退を申し出る者もいた。


 あれほど御侍を信頼していた聖帝も、一族の圧を受けついに御待を見離してしまったのではないかと囁かれた。


 皆が動揺する中、拙者は悔しくても、黙って御侍を見守ることしかできなかった。

 

 お子を亡くしたばかりで失意の中にいる御侍は、どんな憶測が飛び交おうとも、やはり心を乱すことはなかった。


 御侍の聖帝への信心は固かった。皆を前にして、必ずや聖帝直々に皆が死をも覚悟して戦ってくれたことを訴え褒美を分け与えるように約束を取り付けてくると言った。


 それでも拙者も含め、誰もこの約束は叶わないだろうと思っていた。

 だが、そう言ってくれた御侍の気持ちは汲んでくれたようだ。


 卸侍と共に戦った者たちは皆、御侍を引き止める。あのような命令が出た以上、 御侍の身の安全は保障できない。



 御侍はその言葉を聞き入れることなく、聖帝の元へと向かった。謁見を求め、あらゆる手立てを尽くした。


 しかし、御侍の願いは聞き入れられることはなかった。

 聖帝の一族から監視されている現状では、聖帝に会うなど、不可能に思えた。


 拙者は、焦りから日に日に礁枠していく御侍を前に、力になれることはないかと日々思案していた。


 ちょうどその頃、 耳を疑うような便りが届いた。


『――聖帝が、皇族の一派によって軟禁されている』


 その報せが、御侍の運命を大きく変えることとなった。

 拙者はそんな御侍にこの身を捧げ、どこまでも寄り添おうと決めた。


Ⅳ 権力の行方

 内乱の報せを伝えに来たのは菱餅だった。


 隙を見て宮中から抜け出した菱餅は、町のあちこちで拙者の居場所を尋ね、危険を顧みずにやってきたのだ。


 突然の再会に驚いた顔の拙者を見て、菱餅はわっと泣き出してしまう。


「御侍ちゃまが軟禁されちゃったよぅ!お願い……将軍ちゃま、助けて……っ!」


菱餅はそう言って、拙者の御侍に聖帝からの手紙を渡した。

 御侍は手紙を受け取り、真剣な表情でそれを読み始める。


 手紙には、堕神襲来の騒動に乗じ、軍の指揮権を乱用した左大臣によって軟禁されていると記されている。


 また、東宮の継承問題で、左大臣の対立者である右大臣も聖帝同様に監視されて身動きが取れないらしい。

 最後には、御侍のお子の死を悼み、励ます言葉が書き記されていた。


 御侍の身に起きている一連の不可解な出来事の原因が、その手紙からやっとわかった。

 右大臣といえば、かねてより御待と親密な仲である。


 手紙を読み終えた御侍の決断は早かった。

 このまま朝廷からの呼び出しを待ち続けていれば、事態は悪化し、御侍の命も狙われるだろう。


御侍は部下を呼び寄せ、菱餅と共に朝廷に向かうよう伝える。

 御侍自身は、右大臣と合流次第、左大臣の指揮権を奪い取る算段を整えた。


 菱餅には、御侍のお子の死は伝えなかった。しかし、柏餅がいないことに、異常を感じ取っていたようだ。


 菱餅が拙者の袖を引っ張り、小さな声で、柏餅はどこにいるのか、と聞いた。


 拙者は少し講踏ったが、隠していても仕方がない。御侍のお子の死と、柏餅はもうここに居ないことを伝えた。

 菱餅は今にも泣き出しそうに目を潤ませたが、拙者の袖をきつく掴むと、口をキュッと結んで前を向いた。


「うにゃ井は死んじゃだめだよぅ……?」

「心配するな。批者は死なぬよ。何故って?まだ、お主との約束を果たしておらんからだ」


 拙者の言葉を聞き、葵餅は笑顔になった。そして強く拙者に抱きついて言った。


「うにゃ井、御待ちゃまのこと、よろしくね?将軍ちゃまとうにゃ井が来るのを、御侍ちゃまは待っているから……」


健気にそんなことを告げる菱餅の頭を、拙者は優しく撫でた。

 菱餅は笑って、拙者の頭に手を伸ばし、強引に毛を一本引き抜いた。


「安心してね、うにゃ井。菱餅は、この毛を使ってお人形を作りますぅ。そうしたら、うにゃ井に降りかかる邪は全て払えますからね……?」


そう告げて、菱餅は御侍の部下と共に朝廷へと戻っていった。


「……うな井」

「はい。わかっています」


(御侍を守り、聖帝を救い出すーーその命令、必ず成し遂げてみせる。)


うな井は御侍と向かい合い、強く領いて、朝廷へと立ち向かった。


Ⅴ うな丼

 うな丼の御侍は、名のある武家の出で、類まれなる才能と努力で将軍へと成り上がった男であった。武士は朝廷によって蔑まれていた時代だ。それは驚くほどの快挙であったと言わざるを得ないだろう。


 堕神戦乱後、朝廷の右大臣と盟を結び、左大臣一派の内乱を鎮め、ついには聖帝の絶対的な信頼の下、自ら国家権力を握るほどの人物となった。


 あれほどの熾烈な権力争いを経て、なぜ武士としての慎ましい暮らしよりも、国政を担う人物となることを選んだのか、疑問に思う者もいるだろう。


 うな丼にはその理由がわかっていた。権力がある限り、将軍の命は保障される。権力を手放したら、その時は聖帝の一族の者たちに、命を狙われることになる。


 晩年の将軍は、常人の理解できぬ法令を幾つか作った。これには、御侍を信じきっているうな丼もさすがに驚いた。


 殺生を禁じ、肉食を禁じ、十人以上で寄り集まることを禁じた。

 その結果、百姓や料理御侍から猛反発を受け、ついには刺客が現れるようになった。


 将軍暗殺を企み、深夜に侵入した刺客を、うな丼はとっ捕まえたことがある。

 憎々しい視線を拙者に向け、なぜ国民を虐げるような将軍に従っているのかと問われた。

 うな丼は大きく笑ってみせ、刺客を縛り上げて揚々とした口調で答えた。


「暗殺がうまくいったとして、どうだと言うのだ?再び堕神の大群が現れたとき、先陣を切ってお主らを守るのは、誰だと言うのだ?」


 黙っている刺客に、うな丼はなおも続ける。


「それにお主、こうも考えられぬか?万が一、将軍暗殺に失敗すれば、朝廷はさらに護衛をつけるだろう。そうなれば次の刺客は余計に動きづらくなる。将軍は今以上に厳しい法令を出すであろう」

「くっ……!」

「お主は、国民を虐げる将軍に力を貸したことになる……」

「……貴様っ!」


 うな丼は、刺客の肩をトンと叩いて続けた。


「将軍が何をしようとも、拙者の御侍に変わりはない。御侍を守り、助けることが食霊である拙者の役目だ。次の刺客は、もう少し手応えのある者を寄越せ。でないと、また拙者がこうして縛り上げてしまうぞ?」




うな丼は御侍の行いが是か非かを問うことはしなかった。かつての御侍と変わってしまっても、うな丼は変わらず、御侍に寄り添って生きることを決めていた。


 それから程なくして、将軍は息を引き取った。彼の死を悲しむ者より、喜ぶ者の方が多かった。それでもうな丼は愛する御侍の死に心を痛め、涙を流した。彼らの間には、御侍とその食霊として、しっかりとした絆があったからだ。




 御侍が居なくなり、うな丼は居場所を失った。

 将軍の悪行に加担した者として、周りの者たちに忌み嫌われた。


 その後、新たに将軍となった者は、うな丼の御侍の作った荒唐無稽な法令をことごとく廃止した。


 しばしの放浪の末、うな丼はかつて相棒として堕神退治をした女の元へと身を寄せることにした。


 豚骨ラーメンは、戦後にラーメン屋を開業した。一応は堅気となったものの、人手が必要となることも起こるらしい。


 うな丼はそこで彼女のラーメン屋の手伝いをしながら、用心棒としても力を貸すことになった。


 時折、ラーメン屋にかつての法令で罰せられた者が客としてやってきた。

 麺をすすりながら苦労話をしては咽び泣く。うな丼のことを知っていて、大声で喚き出す者もいた。


 うな丼はそれらの声に、惑わされることはなかった。

 ……もうすべて過去のことである。


 またいつか、食霊として仕える者が現れたときには、その者の一番の味方でいられるように。

 御侍が望む未来を共に夢見て寄り添っていたい……それが、うな丼のこれまでの望みであり、これからの望みでもあった。


 彼は変わらない。どれだけ斜に構えていようと、ずっと『御侍第一』である。


 だが、そんな彼が御侍以外で果たそうと思っている願いがある……それは、菱餅柏餅のふたりと交わした約束だ。


 もう少し世情が落ち着いたら、柏餅と合流し、剣を交えたい。そしてその後、菱餅を連れて桜を見に行こう――


 そんなあたたかい未来を夢見て、うな丼は今夜もうまい酒を味わうのだった。



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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