サスカトゥーンベリーパイ・エピソード
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目次 (サスカトゥーンベリーパイ・エピソード)
サスカトゥーンベリーパイのエピソード
サスカトゥーントイファクトリーを引き継いだ坊ちゃん。わがままに見えるが、実は寂しがり屋。「愛」を求めているサスカトゥーンベリーパイは周りの人が永遠に自分のそばにいてほしい。そのためならば、彼は喜んで死神と踊るだろう。
Ⅰ.藁
また雷だ……
驚いて目を覚ますのは最悪だ、その原因が雷ならなおさら。
窓ガラスが雨に打たれる音、闇を引き裂く雷の光。部屋が広いせいか、どの音も数倍大きく聞こえる。
胸の鼓動が雷鳴に易々と遮られた。まるで……僕の恐怖なんてどうでもいいかのように。
布団の中で体を縮ませても変わらない。冷たくて、暗い。僕は寝ぼけ眼でベッドから起き上がって、ナイトガウンを羽織って部屋を出ることにした。
お父さんの部屋に行って、一緒に寝よう……
しかしお父さんの部屋の前に来て、ふと思い出した……
お父さんに拗ねたせいで、僕にはもうその部屋に入る資格がないと。
前と変わらない、白いレリーフがついている頑丈で綺麗なドアに。
昔なら、ノックせずに中に入っていたのに。
どうして、こんなことに……
僕は寒さで垂れてくる鼻水をすすって、ドアノブに伸ばした手を渋々と降ろした。しかし指がうっかりとドアにぶつかってしまう。
カチャーー
ドアが小さな音を立てて、少しだけ開けられた。
「お父さん……?」
僕はおずおずとお父さんを呼ぶ。しかし返事はない。雷鳴と雨音だけが聞こえる。
好奇心に駆られて、僕は恐怖心を抑えながら、息を飲んでドアを開けた。
ドーン──
白い閃光が視界に広がる。僕の目に映ったのは、お父さんだった。背が高くて強い男が、見知らぬ人に首を絞められている。
……あれは本当にお父さんなのか?首から下の体はどこに……?お父さん?
「残念ですね。君の方がもっと美味しそうですけど、私はもうお腹がいっぱいなんです。」
見知らぬ男、いや、死神がそう囁いた。死神が真っ赤な口を開くと、白い歯がまるで幽霊のように上下に動いて、冷たく恐ろしい言葉を吐き出す。
彼はお父さんを大雨に打たれてるベランダに投げ捨てて、とっくに息が絶えた女を横切った。
──床に女が倒れているのを僕は気づいた。
僕が女の死体に驚いている間に、「死神」はすでに僕の目の前に来ていた。
「ふむ……こんな小さな体、細い手足であれば……お腹がいっぱいになっても食べられそうですね。」
赤い液体が鮮やかな長い髪から滴って、狂った目と穴がぽっかりと空いた胸元から、ぽたぽたと床に落ちる。
彼はしゃがんで、僕との距離を縮める。雨と血の匂いがする。
怖い……
「震えているのですか?今日はそんなに寒いですか?ふふっ、私が抱きしめてあげましょうか?血は……温かいですよ。」
「いや……」
「いやですか。まぁ……同じ食霊の身です。どこから食べられて欲しいか、選ばせてあげましょう。」
「……」
「答えないなら、私が代わりに選びますよ。そうですね……可愛い顔から食べるとしますか、それとも、私の大好物……心臓から食べましょうか?」
一瞬で、毒蛇が腕に絡み付いたような冷たい感触がする。
彼にしっかりと掴まえられて、僕は身動きができない。男は自分の頬を僕の胸元に当てると、その食に対する欲が彼の顔に現れる。
「ははっ、泣いているのですか?可哀そうに。」
彼は楽しそうに笑い出して、その声が僕の胸を貫く。
苦しい。
「まぁ、心臓を食べすぎると健康に悪いですから……良かったですね、一命を取り留めたことに喜んでいいですよ。」
彼はそう言いながら、僕を解放した。恐怖のあまり体が硬直していて、そのまま床に倒れこんだ。
しかし、まだ息苦しい。
一命を取り留めたって……なんなんだよ……
僕はお父さんを……御侍を失った……僕のような食霊は、そもそも……
「行くな……」
男がこの部屋から出る前に、僕は声を振り絞った。
「お願い……」
僕は濡れたズボンの裾を必死に掴んだ……
これからの人生の、唯一の藁をつかむかのように。
Ⅱ.トイ
僕の人生は、最初はそんなじゃなかった──
「お父さん──」
「ゆっくり走らないと、転ぶぞ!おっと……」
僕はお父さんの暖かい懐に飛び込んだ。そうするたびに、お父さんは僕を抱き上げて、綺麗なガーデンでグルグルと回って遊んでくれるの。
今日もそうだった。
「お父さんと一緒に遊びたいか?」
「うん!」
「ハハッ、お菓子とおもちゃのお土産が欲しかっただろう。」
「どっちもほしい!」
そしたら、メイドと執事がお父さんの指示通りに、お父さんが持ち帰った新しいお菓子とおもちゃを僕の部屋に運んだ。
「旦那様がまたすごい商談を成功させたんだって!トイファクトリー名を坊ちゃまの名前にしてから、良いことばかりみたい。」
「そうだね。しかし……旦那様はやはり自分の子供が欲しいんだろう?」
「そんなことない!お父さんは僕がいれば十分だもん!」
僕は大きな声で反論した。メイドが驚いて、危うくサスカトゥーントイファクトリーが生産した最新のオルゴールを落とすところだった。
彼女が慌てて振り返って、僕に謝罪する。
僕がなんだか誇らしかった。僕より背が高くて、年上の大人たちでも、僕を「敬わ」なければいけないからな。
「そうだよね?お父さん。」
「ふふっ、その通りだ。お父さんは君がいれば十分だ。」
そう、僕が何を言っても、お父さんは反論しない。僕は彼の一番大事なものだと、お父さんはそう言ってたから。
だからお父さんはきっと自分の子供なんかいらないんだ。僕がいれば十分なんだ!
メイドたちが謝罪し続けて、お父さんが僕のために買ってくれたプレゼントを部屋に置くと、僕の部屋から去ろうとした。
「待って。今日はここで僕と一緒に遊んで。」
彼女たちはもちろん僕の要求に応えた。
ここはお父さんが僕のためにつくってくれたお城なんだから。ここにいる人全員、僕の命令に従わなければならない。
トイファクトリーが生産したおもちゃももちろん、全部僕のものなんだ。
だって、僕は神様がお父さんに授けた宝物なんだ。一番大事な宝物なら、それぐらい当たり前なんだろう?
だから、お父さんがあの女を連れて来た時、彼女も数多くのおもちゃの一つに過ぎないと、僕はそう思っていたのに。
「サスカトゥーン、失礼だぞ。彼女は君のお母さんだ。」
「お母さん?」
「そう、お父さんと同じ、君を愛して、守ってくれる人だ。」
お父さんの言うことはよくわからないけど、とにかく頷いた。
しかし……同じおもちゃは二ついらないように、僕にはもうお父さんがいるんだ。だからお母さんなんかいらない。
僕は彼女なんかいらないと、その言葉は口にできなかった。
あの女の膨らんだ腹を見つめるお父さんの目を見たら、それは言っちゃいけないことなんだと、何となくわかったからだ。
分かった。お父さんがあの女を好きなら、彼女のことで喜ぶならば、何も言わないことにしよう。
僕は自分を慰めながら、そう我慢していた。
あの女の腹が風船のようにみるみると大きくなり、そして急に小さくなった。それからは泣き声が一晩中響くようになった。
そして、すべてのメイドと執事があの女と、彼女の腹から出てきた子供のことを取り囲むようになった。
最後に、お父さんがあの子供を抱き上げて、綺麗なガーデンでグルグルと回って遊ぶようになった。
「ほら、旦那様はやはり自分の子供の方が好きなのよ。」
「しかしファクトリーの名前は『サスカトゥーン』のままだぞ。将来の旦那様になる人は……果たして誰だろうか。」
使用人たちが僕の前で話をするようになった。
まるで僕に言い聞かせるかのように。
しかしそんなことはどうでもいい。
僕にとって、お父さんの愛と、楽しく遊べる毎日と、おもちゃがあればいいんだ。今は……お父さんはあの子を愛してるように見えるけど、僕がいい子でいれば、お父さんに嫌われることはないだろう。
お父さんからもらったおもちゃで、楽しく遊ぶことができればいい……
「おもちゃ……ぼ、僕のおもちゃはどこにいった!?」
ぎっしりとおもちゃが詰まった棚は空っぽだった。僕の部屋から、おもちゃが綺麗さっぱりと消えたんだ。
「僕の部屋にあったおもちゃは!?なんでどこにもないの?」
僕に仕えるたった一人のメイドは口を堅く閉ざして、何も答えてくれない。怯えている彼女を見て、そんなひどいことをやったのが誰か、僕は気づいた。
「僕のおもちゃを取り上げたのは……お前か?一体……どこに持って行った?」
あの女、お父さんの意志で僕の「お母さん」となった女は、自分の子供を抱いて、にっこりと僕を見下ろす。
「孤児院に寄付したのよ。あんなにあるんだから、余ってるでしょう?勿体ないから、寄付した方が良いと思って。」
僕は目を疑った。彼女の子供の部屋にあるおもちゃの山を。
「じゃあ……これは?どうして寄付しないんだ?」
「これは旦那様がわざわざエリックのために買ってくれたプレゼントよ。寄付するわけないじゃない。そうでしょう?あなた?」
「お、お父さん……」
いつの間にか、お父さんも部屋に入ってきていた。お父さんを見た瞬間、涙が出た。もう我慢したくない。お父さんに僕の涙を、僕のくやしさを、僕の辛さを全部知ってもらいたい。本当に、とてもとてもつらいんだ……
ここに、こんなにおもちゃがあるのに、エリックのおもちゃと、僕のおもちゃをそれぞれ半分ずつ寄付すればよかったのに。どうして僕のおもちゃだけが……
あのおもちゃも、お父さんからのプレゼントなのに……
「泣くのをやめろ。恥ずかしい。」
しかし、お父さんは淡々とそう言い残して、あの女とその子供のところに歩み寄った。
僕はついに分かってしまった。
同じおもちゃは、二つもいらないんだって。
お父さんは自分の本当の宝物ができたから……僕なんか、もういらないんだ。
Ⅲ.ご主人
それからの僕の人生は変わってしまった。
すべてのおもちゃを、使用人からの尊敬を、遊ぶ資格を、そして、お父さんからの愛を失った。
それと同時に、得たこともある。
例えばあの女からの軽蔑、エリックからのいじめ、使用人たちの嘲笑、そして、お父さんからの無視。
「違うの、サスカトゥーン。お父さんはお前を守ろうとしているんだ。」
僕は木陰に体を丸めて、涙を耐えながらそう小声で自分に言い聞かせる。
「この前、執事がこう言ったじゃないか。あの女はお前があの子供とトイファクトリーを奪い合うことを恐れているから、あんなひどいことをするんだ。だから……お父さんはあえてお前を無視してる。お前にトイファクトリーを奪う力なんてないとあの女に分かってもらえれば、彼女はきっともういじめてこないだろう。」
「うん、そうだ。その通りだ。サスカトゥーン……きっとそうなんだ。」
僕の目の前で、エリックはまたメイドの足を引っかけて転ばして、さらに硬い革靴で彼女を蹴って遊んでいる。
僕は見てないフリをして、自分の体を縮ませる。
そんなことをしちゃだめだ。僕はいい子でいなきゃ。いい子は僕の方だ。僕はエリックより何百倍も大人しいと、お父さんに証明しないと!
しかし、お父さんの愛を失った僕がいくらいい子だとしても、エリックより数千倍大人しくしていても、お父さんは僕に関心を示してくれない。
「エリックはあなたの実の息子だわ!あの無能な食霊にトイファクトリーを引き継がせるなんて本気なの!?」
「私だってそうしたくない……しかし、株の半分以上を彼にやってしまったんだ……」
「なら簡単だわ。あの食霊に消えてもらえば……すべてが解決するでしょう?」
……
自分を殺害する計画なんか聞きたくなかった。
しかし、彼らは隣の部屋にいる。聞きたくなくても、耳に入ってしまう……
最初から隠す気なんてないのかもしれない。
怖い。殺されるのが怖い。逃げるのも怖い。
しかし、僕の恐怖を分かってくれる人も誰もいない。
外の世界には行ったことがない。外はここより危ないかもしれない。
だから、僕はずっと一人で、影の中で身を震わせるしかなかった……
この夜までは……
「お前は、お父さんを殺したんだろう……なら、僕も殺して……どうせ、僕一人じゃ、生きていられないから……」
彼のズボンの裾を掴んで必死にすがる僕の手を振り落として、「死神」が踵を返して僕の目の前に立つ。
「そんなに死にたいなら、自殺すればいいだろう?」
「い、痛いのは嫌……」
「私に殺されても痛いですよ。」
「でもそっちの方が速いし、自分でやる必要もなくなるから……それか、その……」
僕が恐怖心を抑えながら、「死神」に目を向ける。体の震えが止まらない。
「僕をすぐに殺すつもりないなら、ここに……ここに残ってくれないか?」
「ここに?どうして?」
「今日はもうお腹いっぱいかもしれないけど、明日は……またお腹が空くだろう?」
「ここには……人がたくさんいるし……みんなバカで、食べやすいよ……僕も含めて!」
「ここにいれば……しばらくは食料に困らないよ……」
「ハハハハッ──」
雷鳴より大きい甲高い笑い声に驚いて、僕は思わず逃げそうになるが、彼に掴まえられた。
「つまり、君がここの主人で、ここのすべてを私に捧げるということですか?」
「い、言っている意味が分からない、ただ……」
「雷が怖い……誰でもいい、死神でもいい……一人でこんな夜を過ごすなんて、もう嫌だ。」
「独りぼっちで……死にたくない……」
笑い声が止まった。僕はおずおずと涙がたまっている目を彼に向ける。
「お願い、ここに残ってくれないか?」
「……君、私のことが怖いんでしょう?」
不気味な目に見つめられながら、僕は恐怖を我慢して、首を横に振った。
「ふふっ……わかりました。ここに残りましょう。しかし……」
「私は君を殺しせませんが、君の命令で人を殺します……どうですか?」
「ど、どうして?」
「君はここの主人ですからね。客として、私は主人の命令に従う義務があります。」
「死神」の顔に、僕がよく知っている表情が浮かんだ──それは、新しいおもちゃのパッケージを開ける時の表情だ。
「そうそう、君にはまだトイファクトリーがあるでしょう?ここの人が全員死んでも、あそこにもっと多くの人がいるでしょう?」
「全員が死ぬまで、私はここに、君のそばにいてあげましょう……ご主人様」
Ⅳ.孤独
「死神」はマカロニと名乗った。僕は特別だから、彼のことを「マカ」か、「マ」と呼んでもいいと。
マカロニがここに来て以来、あえて床に落ちて汚れたバターを僕に食べさせるメイドや、僕の部屋の前に伸びた木の枝だけを切らない庭師も、トイファクトリーの所有権を奪いに来る大人たちも、次から次へと消えた。
そして僕は、エリックのおもちゃを孤児院に寄付した。これで、彼は僕と同じように、何もかも失った。
いいや、彼は僕にないものを一つだけ持ってる。
それは、おもちゃの剣を手に持って、叫びながらマカロニに突き刺す勇気。
自ら死に行く勇気。
そんな真似、僕にはできない。
「バカですね。剣をそんな風に扱ってどうしようというのですか?」
マカロニはその剣を拾って、血を振り払って僕に渡した。
「さぁ、君に人を殺す方法を教えてあげます」
「そ、そんなことを習いたくない……」
「君の意見など聞いていません。」
僕は仕方なく剣を握って、彼の言う通りに突き刺してみた。
「構えなんてどうでもいいです。大事なのは、自分の武器をしっかりと握ること。そうしないと、命を落としてしまいます。」
「も、もう疲れた……」
「まだまだですよ。あと100回ぐらい突き刺さないと。」
まるで人形をいじるように、彼は僕の姿勢を正して、微笑みながらそう命令する。
「君が剣を使えれば、私は苦労せずに済みますからね。」
「どういうこと?」
「君に私の殺人に手伝わせるか……私を殺させるかですよ。」
ドカンと──
おもちゃの剣は僕の手から足元に落ちた。
僕は恐る恐るマカロニに目を向ける。
「ビビることはありません。人を殺すだけでしょう?……それとも、今まで死んでいった人は、自分とは関係ないとでも思っていますか?」
「そうじゃない……ただ、どうして僕がマカロニを殺さないといけないんだ?」
「私がたくさんの人を殺したからですよ。いずれ君を殺すかもしれません……君は私を殺したくはないんですか?」
首を横に振って否定する僕を見て、マカロニから笑顔が消えた。
彼は剣を拾って僕に渡すと、素手で剣先を握って、自分の胸元に当てる。
「自分には私を殺す力がないと思っていますか?ふふっ、大丈夫です。心臓を突き刺されても死にませんが……首をはねるか、喉を切るか、癒せない小さな傷口を与えるだけで、私は死にます。」
彼はそう言いながら、剣先をさらに自分の胸に押し当てた──そこには何もないから、突き刺した感覚はない。
でも、想像することはできる。皮と肉を引き裂いて、心臓に届く感触を……
一瞬で、見覚えのある血まみれで残酷な景色が僕の頭に浮かんだ。
「オエーッ」
僕は剣とマカロニをその場に残して、慌てて自分の部屋に戻った。
僕は、もういい子じゃない……二度と……いい子にはなれない……
そう、あの人たちは、心臓を失った人たち、死んだ人たち、生きた屍になった人たち……
全部、全部僕のせいだ!僕が殺したんだ……!
僕は今までにない位大きな声で泣き出した。泣き声が誰もいない部屋で響いて、世界中が僕と一緒に泣いているように。
大泣きしている僕は、マカロニの足音に気づかなかった。彼はいつの間にか部屋に入って、珍しく不機嫌そうな表情をしていた。
「練習したくないならやらなければいいでしょう?何泣いているんですか?」
泣いてばかりの僕はぼんやりと首を横に振る。
「はいはい……わかりました。君のような臆病者が勇気を出して私を殺す日を待つより先に、世界の終末が来るかもしれませんしね。練習はもういいです。」
そう言いながら、彼は僕の隣に腰を掛けて、すねている子供のようにベッドに横たわる。
今聞かないと、きっと二度と聞くチャンスがないと、僕は聞いてみた。
「マカ……どうして、あの人たちを殺したの?」
「別に殺したかったわけじゃありません。あの人たちの心臓を食べたいから殺したのです。」
「それは……どうして?」
その質問を何百回も聞かれたのかのように、マカロニはため息をついて、僕の顔を彼の空っぽの胸に向かせた。
「これでわかりますか?私には心臓がありません。だからこの空洞を埋めるために、心臓を食べ続けないといけません。人間が食事をするのと同じです。」
「私がそうしたいから食べてきたんじゃないんです。私は生まれつきの大悪党だと、運命が最初から決まっていたのです。」
彼が自嘲的な笑みを浮かべる。それはとても皮肉っぽくて……とても寂しいものだった。
僕は躊躇いながら、こう言った。
「でも……お前は小食なんだろう。一日にふたつの心臓しか食べないから……大悪党じゃないよ。」
僕の話を聞いて、マカロニが一瞬固まって、そして彼が僕の頭を突いて、嬉しそうに笑った。
彼の笑顔を見ると、僕も嬉しく感じる。
マカロニは悪い人なんかじゃない。シェフが食材となる羊を殺すのと同じだ。マカは生きるために、やむを得ず殺してきたんだ。
それに彼が殺したのは、僕をいじめた人ばかりだ……それだけじゃない、マカロニは、僕に自分自身を守る方法を教えてくれたんだ。
マカロニは僕をいじめない。マカロニは僕を守ってくれる、気にかけてくれる!
よかった!僕は悪くない!マカも悪くない!
「私はともかく、どうして君まで笑い出したのですか?」
困惑するマカロニを見て、まだ彼に聞いていない大事な質問が一つだけあると、ふと思い出した。
「なんでもない……、どうして僕に殺させたいの?」
「それは……私は君のお父さんを殺したでしょう?私のことを恨んでないんですか?」
「えっ?なんのこと?」
「はっ?」
マカロニが驚いた顔で僕を見つめる。僕はもっと驚いた目で彼を見つめ返す。
「お父さんは自分でベランダから落ちて死んだんでしょ……マカロニとは関係ないよ。」
「君……」
彼は信じられない表情を浮かべた。変なの。でも……
マカロニは僕と同じ、孤独な人間だから、自分の話を信じてくれる人がいなかったから、こういう変な人になったかもしれない。
孤独って、本当怖いよ。
人を殺してもいい、自分から死んでもいい。でも、孤独だけは嫌だ。
僕は思わずマカロニの手に目を向ける。怖いけど、僕はゆっくりと手を伸ばして、彼の手を握った。
なんだ。僕と同じ、温かい手じゃないか。
Ⅴ.サスカトゥーンベリーパイ
恐怖を前に、逃げ出す人もいれば、立ち向かう人もいる。
しかしその道すらも選べず、自分自身に嘘をついて、恐怖を愛するしかない人もいる。
サスカトゥーンは、溺愛されている普通の子供だったのに。
周りの大人に甘やかされる生活が当たり前で、世界中のいいものは全部自分の物だと、そう思うようになっていた。
しかしサスカトゥーンのおかげで、あの大人は自分が欲しい全てを、莫大な富を手に入れることができた。
理解する時間さえないまま、大人はサスカトゥーンに与えていたはずの「愛」を取りあげていく。
「愛」に囲まれた子供のままのサスカトゥーンは、どうして自分から「愛」が失ったのか、さっぱりわからなかった。
おもちゃが奪われても、半分くらいは残してくれないかと悔しそうな顔をするサスカトゥーンはまだまだ子供で、他人の悪意を理解することはできない。
自分のおもちゃを奪い取った悪い人に罰を与えるとか、彼には元々そういう考えがなかった。もっといい子にして、自分への「愛」を取り戻さなきゃ、彼はそういう考えしか思いつかないのだ。
しかしいくら頑張っても、いくらいい子でいても、「愛」は取り戻せない。そう気づいた瞬間、彼の心は壊れてしまった。
もっといい子でいれば、すべてが元通りになる。それとも、あの人たちにも自分の辛さを、悲しさを、悔しさを味わわせてやるべきだろうか。サスカトゥーンの心の中で、感情が激しく葛藤している。
そこにマカロニが現れたおかげで、彼はやっと答えを見つけた。
心臓のないマカロニは、「愛」のない自分と似ている。
だからサスカトゥーンはマカロニを引き留めた。
恐怖心を隠して、必死に。
マカロニは自分と同じで、寂しくて、辛い思いをしている人だと、なんとなく気づいたからだ。
だからマカロニだけは自分を「愛」し続けてくれる。彼だけが、自分を見捨てないでくれる。
サスカトゥーンの思った通り。あの日マカロニは、彼の手を振り払わなかった。
彼らは手を握ったまましばらく一緒に横たわり、自分の残りの人生は、ずっとこの「死神」と一緒に過ごすんだろうと、サスカトゥーンはそう思っていた。
だから自分を騙す。マカロニは優しくて善良な人だと、自分に言い聞かせる。
自分は別に悪いことをしていないと、そう自分に言い聞かせる。
マカロニからの要求で、サスカトゥーンは嫌々ながらもトイファクトリーを引き継いだ。
「食霊は年を取らないから、せめてオーナーらしく振る舞わないと。これからは泣くの禁止です。隠れて泣いてもダメです。」
「はぁ、大人のフリをしながら商談をするのは無理ですか。仕方がない、商談は私に任せて、君はあのおっさんたちの前でオーナーっぽく振舞えばいいです。」
「どうやってって?私の真似をすればいいんですよ。」
「私?私は……もちろん、頼もしいアシスタント役ですよ。」
マカロニの言う通りに、サスカトゥーンは横柄なお金持ちのお坊ちゃまらしく振る舞うようになった。
マカロニによると、無能な商談相手は皆、そういうタイプの人間に弱いらしい。きっとすごい自信があるから、そんな傲慢で横柄な態度を取れるんだろうと思っているからだ。
「そして、私が君の武器になります。君は商談の時に相手を蔑ろにすればいいんです。」
しかし、あの大人たちとの商談はちっとも面白くない。お父さんの機嫌を取るために、いじめられても我慢していい子でいる時と同じように、マカロニを満足させるため要求を断ったことが一度もない。
マカロニが心臓を食べる姿が怖いと、心の底でそう思っているから。
しかしマカロニも、自分の姿に恐怖を覚えるサスカトゥーンに気を遣って、サスカトゥーンの前では心臓を食べないようにした。
それだけじゃない。マカロニはたくさんのおもちゃを用意して、サスカトゥーンの部屋に運んだ。
しかし今のサスカトゥーンにとって、おもちゃを眺めると、やはり人間の死体を思い出してしまう。
「マカ……おまえの心臓のことを解決してくれる人がいるって、言ってただろう?それじゃあ……」
「ムール・フリットを、解放してくれない?彼を非常食扱いなんて……もうやめて……」
ムール・フリットはトイファクトリーの門番だ。自分からやってきた非常食だと、マカロニに言われた。
暇な時にサスカトゥーンの遊びに付き合ってもらうために、マカロニがムール・フリットを採用した時にそう言った。
でもムール・フリットは別の目的があるから、トイファクトリーで門番をやっていると、サスカトゥーンは知っている。別の目的がある「遊び相手」なんていらない。
ああいう「遊び相手」は自分の目的を達成したら、どこかに行ってしまうから。
そうなると、自分がどれほど孤独で、どれほどの救いようのない人間なのか──改めて思い知らされるからだ。
「彼が食べられるのは嫌ですか?どうして?彼が描いたマンガが好きだから?」
「そ、そうじゃない……いいんだ別に、マカロニがここにいてくれるだけで、別にいい。」
新しい「遊び相手」を捨てられることより、マカロニを不満にさせる方がもっと怖い。
マカロニしかいないんだから。
何が起きても、マカロニに心臓を食べられても、絶対にマカロニを離させない。
何が起きても、だ。
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