おもちゃの心・ストーリー
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目次 (おもちゃの心・ストーリー)
おもちゃの心
失踪
夜 サスカトゥーントイファクトリー前
青年：ラウが最後に現れたのは、ここで間違いないな？
チンピラ：間違いありません！何人かの男と一緒に入ってったところをこの目で見たんす！それっきり出てきてないっすけど…。
青年：本当なら、ラウの物を盗んだ件は大目に見てやる。ただし、もし嘘なら……
チンピラ：まさか！旦那たちが「レッドフレイム」だって知ってたら、手を出したりしませんでしたよ！
青年：まあいいか、明日の夜までに俺からの連絡がなかったら、「カーニバル」のレストランに行って、フォカッチャってやつに事情を説明しろ。
チンピラ：へい！分かりやした！
青年：分かったらラウの無事を祈ってさっさと帰って寝ろ。
そう言うと、青年は慣れた動きで門を飛び越え、中に入った。夜のトイファクトリーはひときわ静かだ。月の光が微かに差し込む中、少し離れたところにメルヘンチックな城が浮かび上がっている。そこは唯一人が住めそうな場所なので、目指して歩き出す。
？？：営業時間外の工場に勝手に入るなんて、褒められたものじゃありませんね、お客さん。
青年：お前は……！
マカロニ：私はおもちゃ世界の案内人です。マカロニとお呼びください。
青年：マカロニさん。俺は怪しい者じゃありません、ただ友達を探しに……
マカロニ：しー。私の話は終わっていませんよ。
マカロニは青年の言葉を遮った。そして、まるでオーケストラの指揮棒のように、あるいは死神が鎌を振り上げるかのように、微笑みながら杖を掲げた。
マカロニ：営業時間内なら私は確かにおもちゃ世界の案内役。けれど、今は営業時間外……
マカロニ：よって、案内先は「行き止まり」になります。
青年：お前……ラウがここで行方を晦ましたのは事故じゃなかったってことか！ラウに何をした！
マカロニ：ラウ？そんな名前の者は山程いますが、どの「ラウ」をお探しですか？
雲を抜けた月明りで、「案内役」の姿が少しずつ鮮明になる。鮮やかな髪、危険な笑み、そして……
肌や筋肉に覆われていない、骨の隙間から見える、偽物の心臓。
マカロニ：急に黙ってしまってどうしたのですか？驚きのあまり声も出なくなってしまいました？
青年：おまっ……バ、バケモ……
ドーン。
驚きの声も発せないまま、青年は音を立てて地面へ倒れ込んだ。青年の後ろにいつの間にか現れた男は、それを冷めた目で見ている。自分のしたことなのに、他人事のような目で見下ろす。
マカロニ：君にこの仕事を任せて随分経つけど、やっと「門番」らしいことをしてくれましたね。
ムール・フリット：四六時中門番していなくていいって言ったのはそっちだろ。
マカロニ：ええ。だから、一度も君を責めたことはないじゃないですか。
マカロニ：まあ今回は君に感謝しないといけませんね。この青年があの言葉を最後まで言っていたら、「食糧」を消費するところでした。私はまだ、満腹ですので。
ムール・フリット：……こいつはどうすんだ？
マカロニ：いつもの場所に放り込みなさい。ここのことを知られるわけにはいかないのでね。
マカロニ：明日はまたお客さんが来ます、早めに寝ましょう。おやすみなさい。
ムール・フリットはマカロニの立ち去る背中を見送り、未だに気絶状態の青年を引きずって、暗闇の中へと消えて行き、何事もなかったかのように現場を後にした。
調査
近頃頭角を現しているトイファクトリーの正体は……
とある日 カーニバル
毎月恒例のミーティングが開始して20分。参加者には永遠におしゃべりする者、居眠りする者、子供のようにせがむ者だらけ……進行役をさせられているエスキモー(※アクタックの別名はエスキモーアイスクリーム)は身も心も疲れてきた。
アクタック：静かに！聞こえなくても一度しか言わないからな……今から、今シーズンの業績ランキングを発表する……第8位、レッドベルベットケーキの魔窟。
レッドベルベットケーキ：嘘よ！！！
やっと静かになった議事堂にたちまちレッドベルベットの悲鳴が響く。彼女の隣りに座っているシーザーサラダとブリヌイは慣れた様子で耳をふさぎ、エスキモーは不愉快そうに眉をひそめた。
アクタック：黙れ。最後まで聞け。
レッドベルベットケーキ：あっは！そうよね、あたしにはドラゴンズネストもあるもんね、きっと1位でしょ？
アクタック：第7位、レッドベルベットケーキのドラゴンズネスト。
レッドベルベットケーキ：……わかった。
レッドベルベットケーキ：うそでしょおお！ラスト1位も2位もあたし！？ありえないんだけどぉ！！！
シーザーサラダ：お前が1位のほうがありえないだろ。どうやって呪われたガラクタを買わせたんだか。
レッドベルベットケーキ：シーザーちゃん、あたしたちは同じ船に乗っているのよ。あたしの業績がビリだと、あなたのボーナスも減っちゃうんだからね？
シーザーサラダ：別にいい。金儲けのためにここに来たんじゃねえし。
レッドベルベットケーキ：エスキモー、今の聞いた？シーザーちゃん、コストを大幅に削減できそうな名案をだしてくれたわ！もうこいつに給料を払う必要なんかないわ！
アクタック：これ以上騒いだらつまみ出すぞ！ゴホン、さて続きは……第6位、ブイヤベースの人魚の願いが叶う館。
屍のように目が虚ろになっているレッドベルベットケーキに構わず、ミーティングは滑らかに進む。怨念を放つ赤い服の幽霊と化した彼女から目をそむけている皆は、彼女の背後でドアが小さく開けられたことに気づいていない。
レッドベルベットケーキ：はっ……損してばっかりのブイヤベースに負けるなんて……あたしの時代は、もう終わったってことね……
ジェノベーゼ：貴方の客は、最近とある場所に行っていると聞いたよ。
レッドベルベットケーキ：ジェノベーゼ？ミーティングに来るなんて珍しい……ってそれより、あなたがそんな噂話を知ってるのが珍しい！
ジェノベーゼ：……ちょっと気が向いただけだ……そんなことより、ライバルを蹴落として、自分の時代を取り戻したくないのか？
レッドベルベットケーキ：ふーん、その言い方……あたしの客がどこに乗り換えたのか、知ってるのね？
ジェノベーゼ：サスカトゥーントイファクトリーという場所だ。あそこのラインナップは貴方のと変わらないが、低価格で売られている。
レッドベルベットケーキ：どうりであたしの売り上げがガタ落ちしたわけね……ぐぬぬ、どうせちゃっちい安物のおもちゃを売ってるんでしょ！悪徳商人め！
レッドベルベットケーキ：あれ？ところでジェノベーゼ、あなたこういうことに興味を持つ人だっけ？もしかして……あそこのオーナーに恨みがあって、あたしに喧嘩を売らせるつもり？
ジェノベーゼ：………………いいえ。
レッドベルベットケーキ：その間はなに？ハハッ、嘘が下手ねあなた。いいわよ、恩は売っておいて損はないもの！代わりに、あたしのルール違反には目をつむってちょうだいね。
ジェノベーゼ：……わかった。
互いに相手の無言を容認と受け取った。レッドベルベットケーキはさっきまでの落胆からすっかり立ち直り、ミーティングが終わると、独特なダンスステップを踏みながら議事堂を出た。
───
レッドベルベットケーキ：うーん……いや、一人で行くのはさすがに危ないわ。誰か手伝いを……ブイヤベースちゃん！この後時間ある〜？
ブイヤベース：あります……なんでしょうか？
レッドベルベットケーキ：実はね、ドラゴンズネストで売るおもちゃに悩んでるから、あそこのトイファクトリーに行って下調べしたいのよね。でも一人じゃ心細くて〜
ブイヤベース：……わかった。
ブイヤベースはハイヒールで自分より身長が高くなっているレッドベルベットケーキを無言で見つめると、頷いてみせた。
ブイヤベース：わたしでよければ……一緒に行きましょう。
レッドベルベットケーキ：やった！それじゃあ早速出発しよ！
ブイヤベースの返事も待たず、レッドベルベットケーキは彼の手をとってドアを飛び出す。
しかし二人は気づいていない、何者かにこそこそと後ろをつけられていることを……
奇遇
つかみどころのない少年と若い女性。
営業時間前なので、サスカトゥーントイファクトリーの固く閉ざされた門が、興奮しているレッドベルベットケーキの前に立ちはだかった。
レッドベルベットケーキ：へー、これがあたしから売り上げをかっさらった「泥棒猫」ね〜
ブイヤベース：泥棒……猫？
レッドベルベットケーキ：あちゃー、この例えはブイヤベースちゃんにはまだ早かったわね……
レッドベルベットケーキ：さて、「泥棒」を捕まえに行く前に、先に「ストーカー」を片付けちゃいましょ。
フォカッチャ：うげっ！てめぇ、どっから水を！靴が濡れちまったじゃねぇか！
レッドベルベットケーキに水をぶっかけられて、ゴミ箱の後ろから飛び出したフォカッチャをポカンと見ているブイヤベースは、何が起きたのかを理解できていないようだ。
レッドベルベットケーキ：今日は暑いから、熱血バカのあんたに水をかけて頭を冷やしてあげようと思ったのに。白状しなさい、どういうつもりでついてきたわけ？
フォカッチャ：お前がブイヤベースを変なところに売り飛ばさねえように、見張ってんだ……
レッドベルベットケーキ：ほんとうは？
フォカッチャ：…………………………ダチが失踪したんだ。
レッドベルベットケーキ：それがあたしとなんの関係が？人助けなんて頼まれてもやらないけど。
フォカッチャ：そんなの知ってるさ……俺のダチはこのトイファクトリーで消えたって言われてんだ。だからお前についてきたわけじゃねえ、俺の目的地もたまたまここだってだけだ。
ブイヤベースは感動しているが、レッドベルベットケーキはそんなことどうでもよさそうに、狡猾そうな光を目に浮かべた。
レッドベルベットケーキ：フフ〜ン。ここのオーナーってやっぱり悪徳商人じゃない！あなたの失踪したお友達、もうおもちゃにされてるかもね〜あたしがそれを暴いてやれば、この工場は廃業確定ね！
フォカッチャ：おもちゃにされるってなんだよ！笑顔で怖えこと言うな！とにかく！
フォカッチャ：お前は性格が腐ってるけど、頭は切れる。俺一人だと無鉄砲に飛び込んで空回りするのがオチだ……目的地は同じだし、俺はお前のことを守ってやれなくもねえ……良い条件だとおもわねえか？
レッドベルベットケーキ：あらら、捨てられた犬みたいな言い方しちゃって……用心棒がつくのはいいけど、入ったら別行動させてもらうよ。あなたのしくじりに巻き込まれたくないからね。
フォカッチャ：ああ！
レッドベルベットケーキには元気な「ワン」が聞こえたような気がした。
レッドベルベットケーキ：フフ……はいはい。行きましょ……
ヴィダルアイスワイン：あの……
後ろから声をかけられ、インターフォンを押そうとしたレッドベルベットケーキは手を止め、相手の方を振り向いた。天使のような温かい笑顔の少年と、その後ろにいるカリスマ的な存在感を放つ女性が目に入る。
レッドベルベットケーキ：（あらあら、いかにもお金持ちって格好ね！こういう顧客を見逃せはしないわ！）
ヴィダルアイスワイン：失礼ですが、もしかしてあなた方もサスカトゥーントイファクトリーとの商談でいらしたのですか？
レッドベルベットケーキ：そうです。これ、よろしければあたしの名刺です。あたしたちも、いつか一緒に仕事をする機会があるかもしれませんね！
ヴィダルアイスワイン：フフ、そうですね。僕はヴィダルアイスワイン、こちら名刺です。
レッドベルベットケーキ：えっと……社長さんの名刺もいただけないかしら？
モントリオールスモークミート：わたしは社長ではなく、社長秘書です。モントリオールと呼んでください。
レッドベルベットケーキ：これは失礼しました！ヴィダルさんお若くて、社長さんだって思いませんでした！すごいですね！
ヴィダルアイスワイン：そうだ、ここで会ったのも何かの縁だし、一緒にトイファクトリーを見学しませんか？
レッドベルベットケーキ：え？見学？
オウム返しに聞くレッドベルベットケーキに、ヴィダルは不思議そうに目を丸くして、躊躇いながら尋ねる。
ヴィダルアイスワイン：その……商談含め、どんな要件でも本題に入る前に見学は欠かさない、というのがトイファクトリーの掟です……レッドベルベットさんは聞いてないんですか？
レッドベルベットケーキ：も、もちろん聞いてますよ！ただ、一緒に見学するのもありだって知らなかっただけです、アハハ……
ヴィダルアイスワイン：できるかどうかは僕も分からないのですが、安全のために……最近、失踪事件が多発していて、被害者が最後に目撃されたのがここだって噂がありますので。
レッドベルベットケーキ：え？そんなことが？
ヴィダルアイスワイン：知り合いを通じて知ったんです。でも商談は信用が一番大事ですから、今さら約束を破るわけにもいかず、覚悟してここに来たんです。
レッドベルベットケーキ：（金のためとは言え偉い覚悟だわね……）
レッドベルベットケーキは心の中で感心しつつ、「知り合い」とやらをさりげなく掘り下げる方法を考えたが、後ろから飛び出したフォカッチャに水を差された。
フォカッチャ：それで！失踪者は一人も見つかってないのか？
モントリオールスモークミート：ええ。なのでわたしたちも警戒しなければ。
ガラッ――
話の途中、閉まっていた門が突然開かれ、門の向こうにはいつの間にか一人の青年が立っていた。さっきまでの話題のせいか、青年の笑顔がやや不気味に見える。
マカロニ：サスカトゥーントイファクトリーへようこそ。皆さま、本日の見学は私がご案内させていただきます。
見学
先の見えない見学。
一同は門の向こうへ視線を向け、ミュージカルかのような妙な口調で喋る青年を見て、固まっている。青年が腰をかがめ「どうぞ」のポーズをしてから、一同はハッとして歩き出した。
ヴィダルアイスワイン：……ちょっと驚いたけど、トイファクトリーらしいと言えばらしいですね。
レッドベルベットケーキ：そう？子供だったら怖くて泣きだすんじゃない？
フォカッチャ：お前が競売会の司会をした時もこういう感じだっただろうが……
レッドベルベットケーキ：フォカッチャは黙りなさい。
レッドベルベットケーキは脅すようにフォカッチャの首を締めながら、彼に耳打ちをする。
レッドベルベットケーキ：仮にお友達をさらった奴がこの近くにいて、あなたがお友達を探してるって知ったら、警戒されるでしょ。ブイヤベースを見習いなさい、ここにいることを忘れちゃうくらい静かにしてるわよ。
フォカッチャ：…………。
納得したらしく、フォカッチャはおとなしく口を閉じ、レッドベルベットケーキに従ってトイファクトリーに入った。ところが、彼の後ろで門が閉まる寸前、二つの人影が滑り込んできた。
フォカッチャ：！！！
プレスビスケット：？？
牛丼：……わかった。
レッドベルベットケーキ：黙ってるのは偉いけど、正体不明の相手と目で会話してどうすんの、黙劇じゃないし……
レッドベルベットケーキ：ガイドさん、この二人は仲間じゃありません。身分を確認するか、追い出したほうがいいですよ。
マカロニ：サスカトゥーントイファクトリーはあらゆるお客さんを歓迎いたします。それと、私のことはマカロニとお呼びください。
牛丼：マカロニさん、私たちは商談をしに参りました。アポイントメントもとってあります、不審者などではありません！
レッドベルベットケーキ：商談？そんなに武器をぶら下げといて？強盗の間違いじゃないの？
プレスビスケット：……わかった。
レッドベルベットケーキ：な、なによ、そんなにあたしを睨んで。実際そうでしょ！
プレスビスケット：バレたなら仕方ない。殺す。
銃を構えた少女を素早く後ろに隠し、青年は面食らったレッドベルベットに申し訳なさそうに微笑みかけた。
牛丼：すみません、冗談です。トイファクトリーと提携し、モデルガンを作ろうと考えておりまして。約束の時間より遅れてしまい、急ぎすぎて誤解させましたね。
牛丼：私は牛丼、この子はプレスビスケットです。もし不快にさせたようでしたら、今回は……
ヴィダルアイスワイン：僕は一緒に見学しても構わないですよ。仲間は多い方がいいですから。
レッドベルベットケーキ：ヴィダルさんがそう言うなら、あたしも断る理由はないわ。
誰も牛丼たちの参加に異論はないのに、牛丼のほうは「しまった」という顔をして、躊躇いながら列に加わった。
───
間もなくして、一同はトイファクトリー内にある生産作業場に来た。長い生産ラインの両側に作業員がずらりと並んで、精密機器のように規則的に仕事をしていて、まるで空間の一部のようだ。
マカロニ：流通しているサスカトゥーントイファクトリーのおもちゃは、すべてここで生まれます。ところで……
マカロニ：申し訳ないのですが、主から仕事を任せられてしまいましたのでしばらく離れさせていただきます……作業の邪魔にならなければ、ご自由に見学して構いません。
そう告げると、一同の返事も待たず、マカロニは去って行った。
レッドベルベットケーキ：マイペースな人ね……まああたし的には好都合だけど。
ブイヤベース：レッドベルベット……この人たち、変です……
レッドベルベットケーキ：作業員のこと？まあ、社畜なんだからやつれてても仕方がないわよ。
フォカッチャ：やつれてるって言うより、魂が抜けてるみてえだな……
レッドベルベットは自分たちの存在などないかのように、顔を伏せて仕事に集中している作業員たちをざっと見回した。さっきは目の前にマカロニが立っていたが、挨拶一つすらしなかった。まるで機械だ。
レッドベルベットケーキ：ここは従業員が仕事熱心で羨ましいわ。対してうちは……はあ……どうフォカッチャ、この中にあなたの友達はいる？
フォカッチャ：いない……あいつが離れてるうちに、ほかの場所を探してみる！
レッドベルベットケーキ：ちょっと！チッ、やっぱりこいつは連れてくるべきじゃなかったわ……
レッドベルベットはサッと走って行ったフォカッチャを呆れた目で見送った。振り返ると、悲しそうな顔をしているヴィダルが目に入った。
ヴィダルアイスワイン：可哀想に……噂は本当なんだね。サスカトゥーントイファクトリーのおもちゃが安いのは、人件費が極限まで抑えられているから……
ヴィダルアイスワイン：人を機械扱いするなんて……作業員たち、まったく休んでいないみたいだ。仕事が反射みたいになっている。
プレスビスケット：それはどうかしら。儀式の反動を受けてこうなったのかもしれない。
ヴィダルアイスワイン：儀式？
牛丼：えっと……と、というのはですね……作業員たちは洗脳されているかもしれないという意味で……
ヴィダルアイスワイン：そうですね……確かにそういう噂もよく聞きます。失踪者は何やら怪しい儀式の生贄にされたんだって。
レッドベルベットケーキ：怪しい儀式？魔窟の出し物によさそうね！それって、どんな儀式なの？
ヴィダルアイスワイン：うーん、僕もよくわからないですね。プレスビスケットさんに聞いたほうがよさそうですけど。
レッドベルベットがプレスビスケットに話しかけようとしたその時、遠くで聞き覚えのある声が響いた。一瞬固まったが、レッドベルベットはすぐにこりと笑顔に戻り、プレスビスケットに近寄った。
レッドベルベットケーキ：それはどんな儀式なの？
プレスビスケット：今の悲鳴、あんたの連れのでしょ。
レッドベルベットケーキ：ん？悲鳴？何のことかしら？機械の音しか聞こえないわね……
フォカッチャ：レッドベルベット！た、助けてくれ！
レッドベルベットケーキ：…………。
レッドベルベットケーキ：チッ。あんたを連れて来たあたしがバカだったわ！ちょっと待ってなさい、死ぬんじゃないわよ！
番人
少し変わった若い門番。
レッドベルベットケーキ：………………。
フォカッチャ：な、なに見てんだ！さっさと助けろ！
レッドベルベットは不愉快そうな顔をした。一本のフライドポテトに跨られ、もう一本のフライドポテトに後ろから首を絞められ、顔が真っ赤になっているフォカッチャを見て、一歩後ずさる。
レッドベルベットケーキ：楽しそうじゃないの。
フォカッチャ：楽しいもんか！くそっ……あのドアを開けたら、こいつらが飛び出してきやがった！反応する間もなかったぜ……ゲホッ……早くこいつらをなんとかしてくれ！
ヴィダルアイスワイン：落ち着いて、僕が助けるよ！
いつまで経ってもレッドベルベットが助けようとしないので、ヴィダルは前に出て、先程から頑張っているブイヤベースと一緒にフライドポテトたちをフォカッチャから引き離した。
フォカッチャ：ふぅ……ありがと……
ヴィダルアイスワイン：どういたしまして。それにしても……レッドベルベットさんとは親しい友人同士だと思ってたけど……
フォカッチャ：こういう薄情な奴なんだよ。正直、助けてもらえるなんて期待してねえしな。
ブイヤベース：フォカッチャ、ここで……なにをしてたんですか？
フォカッチャ：ああ。この辺の部屋、ここだけ鍵がかかってたから調べようと思って、ドアを引いてみたら、あっさり開いちまった……
フォカッチャの言う「部屋」は、実は部屋に見えるように改造された巨大なコンテナだった。2本のフライドポテトはドアの両側に立って、くるみ割り人形のように背筋をピンと伸ばしている。
牛丼：そこの……フライドポテトたちの構えから見て、この部屋の警備員っぽいですね。
フォカッチャ：警備員？やっぱなんか怪しいぞこの部屋！ブイヤベース、そのフライドポテト止めててくれ、俺は中に入ってみる！
ムール・フリット：フライドくんと、ポテトくんを放せ。
部屋に突っ込もうとするフォカッチャの前に、一人の青年が部屋の中から現れた。淡々とした口調だが、なぜか迫力が感じられる。
フォカッチャ：えっと、お前は……
ムール・フリット：トイファクトリーの門番だ。君たちは？
フォカッチャ：け、見学しにきたんだ！
ムール・フリット：……俺の部屋は、見学範囲に入ってないぞ。
牛丼：貴方の部屋だったのですか。それじゃこのフライドポテトたちは……
ムール・フリット：俺の護衛の、フライドくんとポテトくんだ。
牛丼：……アハハ、分かりやすい名前ですね。
ムール・フリット：…………用がないなら部屋に戻る。
フォカッチャ：待て！お前の部屋……入れてくんねぇか？
ムール・フリット：なんで俺の部屋に知らない奴を入れなきゃなんないんだ？
返事が分かっている質問に、青年は不愉快そうに眉をひそめた。それを口に出したフォカッチャ自身も結果は分かっていたのか、悔しそうに口をへの字にした。
ドーン。
ところが、青年がドアを閉めようとした瞬間、黒い何かがドアの隙間から部屋に飛び込んでいった。しばらくして、何があったのかを理解した一同は、一斉にプレスビスケットの方に振り向いた。
プレスビスケット：ごめん、手が滑った。で……銃を拾いたいので入っていいかしら。人見知りな子だから、私以外の人に触られたら火を噴くかもしれない。
ムール・フリット：…………………………余計な物には触るなよ。
青年は渋々とドアを開けた。入れてもらえたのはプレスビスケット一人だが、おかげでフォカッチャも外から覗くことができた。こじんまりとした部屋で、人を隠せそうなところはない。
いつも感情が顔に出るフォカッチャだが、今回も落胆を隠せていない。レッドベルベットはそんな彼を見てほっとすると、自信満々に門番に近づいた。
レッドベルベットケーキ：お兄さん、このトイファクトリーは最近、見学客が多いのかしら？
ムール・フリット：知らん。
レッドベルベットケーキ：あ、あなた、門番なんでしょ？
ムール・フリット：いつもここにいるから、知らないな。
レッドベルベットケーキ：…………じゃあここのオーナーと、あのマカロニってのは……どんな奴なの？
ムール・フリット：そんなことを聞いてどうする？
レッドベルベットケーキ：いつか一緒に仕事をするかもしれないから、相手の素性を聞いておきたくて
ムール・フリット：……マンガの主人公と悪役がピッタリな奴だ。
レッドベルベットケーキ：はあ？
ムール・フリット：だから、マンガの主人公と悪役がピッタリな奴だ。
レッドベルベットケーキ：…………。
聞いて損したと、さすがのレッドベルベットも落胆する。そんなやり取りをしていると、プレスビスケットは銃を回収して部屋から出てきた。彼女の変化のない表情から、部屋に異常はないことがわかる。
牛丼：では……失礼します。工場のほうに戻りましょう。
ムール・フリット：おい、君たち、気をつけたほうが良いぞ。
一同が踵を返そうとした時、青年は後ろから突拍子もなくそんな言葉を投げかけた。
驚いて振り返ると、青年はずっと黙っていたブイヤベースを指差して付け加える。
ムール・フリット：とくに君だ。連中の好みに合ってる。
トイハウス
トイハウスに隠されている秘密とは……
フォカッチャ：ブイヤベースが……連中の好みに合ってる？どういう意味だ？連中って誰なんだよ？
プレスビスケット：あんたも邪教徒の一員なの？
レッドベルベットケーキ：邪教徒？邪教徒ってなに？
牛丼：えっとその……あーあ……
次々と飛んでくる質問に、ムール・フリットは相変わらず眠たげな目をしている。
ムール・フリット：邪教徒だのなんだのは知らない。強いて言うなら……俺は港教だ。
牛丼：………………。
───
そう言い残すと、ムール・フリットはフライドポテトを手にして無言で部屋に帰っていった。一同が呆気に取られていると、後ろから忌々しい声が聞こえて来た。
マカロニ：こんなところにいたのですか……
フォカッチャ：！！！
マカロニ：ちょうどよかったです。次の目的地はトイハウス、完成品の展示室ですから、ここからのほうが近いです。行きましょう。
牛丼：……私たちが勝手に移動したこと、気にしていないようですね。
モントリオールスモークミート：わたしたちをここで始末するつもりだから、死ぬ前に何をしてもいいだろうって考えなのかも。
牛丼：！？
モントリオールスモークミート：あら、あなたたちが邪教の話をするから、影響されてわたしたちまで生贄にされると思いこんじゃったわ。
ヴィダルアイスワイン：ここは本当に邪教徒の拠点なの？怖い……
恐怖で少し縮こまった少年の姿は、ふわふわの小動物を思わせる。そんな少年を、牛丼は口調を柔らかくして慰めた。
牛丼：未来の提携先が信頼できる相手かどうか確かめたいだけで、彼らが邪教徒だという証拠はまだありません……ちょっと変わってるだけで、彼女が言うほど物騒ではないかもしれません。
モントリオールスモークミート：まあ、でも不安なのはわたしもだわ。皆さんはそれなりに戦えるようだけど、わたしとヴィダルは戦闘はめっきりだから心細いわ。
フォカッチャ：安心しろ、ヴィダル。さっき助けてもらったから、これからは俺が守ってやる！
ヴィダルアイスワイン：フフ、それは心強いですね。ありがとう。
マカロニ：皆さま、着きましたよ。
───
話しているうちに、マカロニが言っていた「トイハウス」に着いたようだ。所狭しと並んでいる様々なおもちゃを除けば、ごく普通のウッドハウスだ。
マカロニ：申し訳ありません。主から他の任務を命じられていますので、もう一度離れさせていただきます。ご自由にご見学ください。何度もすみませんね。
レッドベルベットケーキ：…………工場には従業員があれだけいるし、ほかに客がいるわけじゃないのに、なんであんなに忙しいわけ？
ヴィダルアイスワイン：トイファクトリーのオーナーは子供だと聞いています。経営に関してマカロニさんがいろいろと手伝っているのかもしれませんね。
レッドベルベットケーキ：オーナーが子供？それって……
牛丼：ヴィダルさん、トイファクトリーに詳しそうですね。良ければもっと聞かせてもらえないでしょうか？
レッドベルベットはトイファクトリーのことを探ろうとしたが、牛丼に割り込まれて、ヴィダルを奪われた。
話し相手がいなくなってしまったレッドベルベットは、部屋いっぱいに飾ってあるおもちゃを眺めることにした。適当にいじっていると、咄嗟にプレスビスケットに引っ張られてよろめいてしまった。
レッドベルベットケーキ：うわっ！なにすんのよ？
プレスビスケット：あんたの連れにも伝えて。あのヴィダルと秘書に気を付けるようにと。
レッドベルベットケーキ：え？なんで？あの二人がどうかしたの？
プレスビスケット：ヴィダルがマカロニから何かを受け取ったのを見た。グルなのかもしれない。
レッドベルベットケーキ：ふーん。でもどうしてわざわざあたしに注意してくれるの？あたしも悪者だったらどうするの？
プレスビスケット：あんたの悪は悪徳商人程度だ。とにかく気を付けて。もし何かあっても、あんたたちの命よりほかに優先することがあるから。
レッドベルベットは口をへの字に曲げた。心の中で不満を言いつつ、プレスビスケットの言葉に従って、フォカッチャに注意してあげた。ブイヤベースにも伝えようとしたその時、ヴィダルが近づいて来た。
ヴィダルアイスワイン：最初から気になってたんですが、「レッドフレイム」って知ってますか？
フォカッチャ：な、なんだそれは！？
ヴィダルアイスワイン：その、「レッドフレイム」のリーダーは炎の入れ墨と燃えるような瞳が特徴だと聞いていたので、もしかして…って思ったんです。不愉快にさせたらごめんなさい！
フォカッチャ：や、そんなことねぇけど……俺は「レッドフレイム」じゃねえよ！まあ、よく間違われるけどな……
そんなやり取りが終わると、レッドベルベットはもう一度ブイヤベースに話しかけようとしたが、彼はモントリオールに絡まれ何やら話し込んでいるので、動けそうにない。
フォカッチャ：どうする？
レッドベルベットケーキ：どうするもなにも、ブイヤベースのことを気にかけておくしかないでしょ。
ヴィダルアイスワイン：ここには本当におもちゃがたくさんあるんだね。でもみんな一つの部屋に閉じ込められてて……なんだか可哀想だ……
レッドベルベットケーキ：（なにそれ、あなただって家に家具や置物を飾ってあるでしょ、それは可哀想じゃないの？そう思うなら家の中を空っぽにしたら？こういうの、何て言うんだっけ？ぶりっ子？）
レッドベルベットが自分の何気ない感想に呆れているのも知らずに、ヴィダルは精巧なおもちゃたちをそっと指先でなぞると、綺麗な人形の顔に触れた。
ヴィダルアイスワイン：この感触、本物みたい……あれ？
ヴィダルが感心していると、次の瞬間、「人形」がパッと目を開いた。
？？：あなたたち、誰？
ヴィダルアイスワイン：！！！
はぐれる
人形と幻
パヴロヴァ：怖がらないで。私は怖い人形じゃないの。私はパヴロヴァ。
ヴィダルアイスワイン：食霊か……こんなところで何をしてるんだい？どうして人形の棚に座ってるの？
パヴロヴァ：サスカトゥーンにここにいてって言われたの。
ヴィダルアイスワイン：サスカトゥーン？トイファクトリーと同じ名前だということは、オーナーさんかな……ここの管理を任されてるの？
パヴロヴァ：ううん。ただ、座ってるだけ。
ヴィダルアイスワイン：……どれくらいここにいるの？
パヴロヴァ：1年以上かな。ここに来た時は夏だった。冬は……寒かったのを覚えてる。そして今また夏が来た。
ヴィダルアイスワイン：そ、そんなの監禁だよ犯罪だ！いくらオーナーでも、君にこんなことをする権力なんてない！
パヴロヴァ：サスカトゥーンを責めないであげて。悪い子じゃないの。
ヴィダルアイスワイン：……可哀想に、加害者をかばうなんて……
ヴィダルに悲しそうな視線をむけられても、パヴロヴァは自分と関係のない話でも聞いているかのように、全く反応を示さない。そんな彼女を見て、プレスビスケットは近づいて問いかけた。
プレスビスケット：あんたのほかにも、こんな風に閉じ込められている奴はいるの？
パヴロヴァ：知らない。サスカトゥーン以外、マカロニと門番さんにしか会ったことがないから。
レッドベルベットケーキ：へー？オーナーくんって独占欲が強い子なのね。
人々の批判や感心に、パヴロヴァは相変わらず感情を見せない。時折サスカトゥーンをひいきする言葉を口にする以外は、ただ静かにそこに座っているだけだ。仕事ばかりしている作業員と少し似ているが、違う感じがする。
ブイヤベース：……あなたに助けは必要ないかもしれません。でも……望むのであれば、願いを一つ叶えてあげます。
パヴロヴァ：願い？願いなんてないわ。でもそれなら……サスカトゥーンの願いを叶えてあげて。
パヴロヴァ：あの子に心から笑ってほしいの。それができれば……悲しみとかなくなるから。
ブイヤベース：……わかった。
想像していたお願いとは違ったが、ブイヤベースはしばらく考えると、貝殻を取り出して少女の願いを彫り始めた。
パチンッ
最後の文字が書き終わった瞬間、電気を消されたのか部屋の光がパッと消え、目の前が真っ黒になって、何も見えなくなった。
再び灯りがつくのを静かに待っていると、周囲からまったく声や音がしないことに気づき、ブイヤベースは部屋が暗くなったのではなく、自分が暗いところに飛ばされたのだと理解した。
お腹……空いた……
私は食霊なのに、どうして……こんなにお腹が空くのだろう？
ああ……そうか……私に……
心がないからなんだ。
ブイヤベース：！！！
ブイヤベースはハッと目を開けたが、相変わらず目の前は暗闇に包まれている。先ほど耳元で響いた声は、どこか聞き覚えがあるのに、誰のものなのかどうしても思い出せない。
ブイヤベース：いったい……どうなってるの……
辺りを見回すと、暗闇の中でようやく、うなだれて床に座っている何者かの姿を見つけた。
マカロニ：……わかった。
不思議なことに、マカロニにはブイヤベースの姿が見えておらず、声も聞こえないらしい。二人はまるで違う世界にいるようだ。それだけでなく、目の前のマカロニはブイヤベースが知っている彼とは姿も形も異なり、かなり疲れているように見える。
無気力なマカロニは自分の胸にぽっかりと開いた穴を見つめている。その簡単な動きでさえ、全身の力が費やされている。
腐敗臭がする中で、マカロニは死を待っているように見えた。だが彼がこの世界に生まれ落ちてから、たった一週間しか経っていない。
？？：うぐっ……うう……
ブイヤベース：（誰かが……泣いてる？）
？？：ころさ……ないで……怖い……怖いよ……
？？：どうして……パパと一緒に、楽しく、暮らしたいだけなのに……どうして……
？？：一人はいやだよ……どうして……みんな僕のことが嫌いなの……？いじめ、ないで……一人はいやだ……
？？：誰か……助けて……
マカロニ：泣くな、うるさいし泣き顔がブスだな。
？？：っ！な、泣かない！言うとおりにする！
マカロニ：ふふ。君がサスカトゥーントイファクトリーのオーナーだから、私が君の言うことを聞くよ。
マカロニは小さな人影の前で片膝をつき、静かに、悪魔のような口調で問いかける。
マカロニ：では、小さなご主人様。次は……誰を殺してほしいですか？
ブイヤベース：！！！
庭
アフタヌーンティーとおもちゃとのおままごと。
トイハウスにいる一同の目の前が突然真っ暗になった。続いて足元の床が揺れ始め、倒れないようにするのが精一杯だ。揺れがおさまると、灯りは元に戻った。
フォカッチャ：な、なんなんだ今の…？なにがあっ……ブイヤベース？ブイヤベースは！？
レッドベルベットケーキ：……探さなきゃいけない友達、一人増えたみたいね。
フォカッチャ：くそっ……！
モントリオールスモークミート：謎の失踪……トイファクトリーの来訪に必須な見学……失踪事件の被害者は、こうして殺されたのかしら？
フォカッチャ：適当なこと言うんじゃねぇ！殺されてねぇよ！
牛丼：ええ、ブイヤベースさんの失踪はそれほど時間が経っていません。今探しに行けば間に合うはず……
フォカッチャ：い、一緒に探してくれるのか？
牛丼：実は、私たちは失踪事件を調査しに来たんです。このことを黙っていたのは……とにかく、ブイヤベースさんを探すことは、我々の目的と一致しています。
フォカッチャ：わかった、ありがとな！手分けして探そう。俺はブイヤベースを、お前らはあの芝居がかった野郎を探す……ここの出来事、あいつが絶対関わってるからな！
ヴィダルアイスワイン：じゃあ僕たちは……
レッドベルベットケーキ：ヴィダルたちはあたしと一緒にいましょう。こんな時に単独行動するのは危険だわ。
ヴィダル：……うん。
このチーム分けに牛丼も賛成したので、一同は二手に分かれて行動を始めた。その一方で……
───
ブイヤベースはガーデンにいた。
ブイヤベース：どういうこと……わたしはどうしてここに……
確か変な夢を見て、目が醒めたら全く知らない場所に来ていたことを、ブイヤベースは覚えている。暗闇の中、手探りで植物の間を進み、出口を探すしかない。
行く手を阻む枝や低木をかき分けると、強い光が差し込んできて、思わず目をつぶった。再び目を開けると、一人の少年が目の前に現れた。
───
サスカトゥーンベリーパイ：やっと来てくれた！おいでよ！
ブイヤベース：君は……
サスカトゥーンベリーパイ：僕のことはサスカトゥーンって呼んで。ボーッとしないで、一緒にアフタヌーンティーを楽しもうよ！
ブイヤベース：僕たち……というのは、その、おもちゃたちのこと……？
少年はブイヤベースの言葉が聞こえていないのか、ブイヤベースの強張った表情も気にせずに、強引に彼の腕を引っ張って席につかせ、宝物を捧げるかのような仕草で、一切れのケーキを勧めてきた。
サスカトゥーンベリーパイ：僕がだ〜い好きなケーキだよ。どう？おいしい？
ブイヤベース：うん……おいしい……あの……
サスカトゥーンベリーパイ：ここ、素敵な場でしょ〜！僕、この庭でアフタヌーンティーするの大好きなんだ！あ、もちろん気に入らないところがあったら、変えてあげるからね！
ブイヤベース：ここ、いい場所……
サスカトゥーンベリーパイ：お前もこの場所を気にいってくれたんだね？よかった！じゃあここにいてくれるよね？
ブイヤベース：いてくれる？ううん……僕には、帰るべき場所があるんです……みんなの、願いを叶えてあげなくちゃ。
サスカトゥーンベリーパイ：願い？じゃあ、僕の願いも叶えてくれる？
ブイヤベース：……うん、いいですよ。
サスカトゥーンベリーパイ：じゃあさ、永遠にここにいてよ！
ブイヤベース：えっ……それは、できない……
サスカトゥーンベリーパイ：できないことないよ。お前はここに残らなきゃいけないんだ。このおもちゃたちみたいに。
少年の笑顔は突然冷たくなった。まるで決まった事を語るように、確かな口調でそう言い切った。それよりもブイヤベースはある言葉に驚きを隠せない……
ブイヤベース：あなた……相手がおもちゃだって知っていて……アフタヌーンティーをしてるのですか……？
サスカトゥーンベリーパイ：もちろんさ。みんなも、お前も、ぜーんぶおもちゃだよ。
ブイヤベース：……わかった。
ブイヤベースも目の色を変えた。少しばかり同情はしているものの、不快感を現している。
ブイヤベース：あなたの願いを叶えることは、できません……わたしはおもちゃじゃありません……
サスカトゥーンベリーパイ：え？でもおもちゃにならなきゃ、死んじゃうよ。
ブイヤベース：？？
一瞬、少年は人形のような虚ろな表情を消し、楽しそうに口元を吊り上げ、唖然としているブイヤベースに言い放つ。
サスカトゥーンベリーパイ：大丈夫、お前はもうすぐ僕のおもちゃになるんだよ。
工場突入
失踪者に関する手がかりは庭を示している。
コンコン。
マカロニ：どうぞ。
ムール・フリット：……わかった。
ムール・フリットはのん気に書類を読んでいるマカロニを見て、一瞬だけ言葉に詰まった。
マカロニ：どうかしました？何か用件でも？
ムール・フリット：あいつら、ファクトリーの中を嗅ぎまわってるけどいいのか？
マカロニ：それが君にとって不愉快なのであれば…皆殺しにしましょうか？
ムール・フリット：…………。
マカロニ：フフ、冗談ですよ。死体を食べる趣味はありません。
マカロニは書類を置いて、ようやくデスクの後ろからでてくる。窓の向こうへ視線を向けて口を開くと、意外と悲しそうな口調だった。
マカロニ：彼らには何ができるのでしょう？未来の出来事を止められるとしても……過去を変えることはできない。
マカロニ：現実は、後戻りできませんから。
……わかった。
時を同じくして……
───
フォカッチャ：チッ……こんだけ探しても手がかり一つ見つからねえとは……
ヴィダルアイスワイン：もしかしてブイヤベースさん、もう……
レッドベルベットケーキ：いや、ブイヤベースちゃんは簡単にやられるような子じゃないわよ。でも、フォカッチャの目的のお友達はどうかしら。
フォカッチャ：適当なこと言うな！きっと見つかる……ブイヤベース！どこにいるんだ！？
モントリオールスモークミート：あそこ、廃棄工場みたいね……もしかしたら……
フォカッチャ：行くぞ！
───
工場の門には一応錠前がかかっていたが、フォカッチャが力を入れてグイっと引っ張ると、土煙をあげながら門が開かれた。
フォカッチャ：ケホッケホッ……あれは……ラウ！？無事か！？
ラウ：ボス……助けに来てくれたんすね……
何もない廃棄工場の中、縛られて床に倒れている人の姿がすぐ目についた。フォカッチャはすぐさま駆け寄って、その人を縛っているロープを解いた。
フォカッチャ：どういうことだ？何があったんだ！ベンソンは？あいつもお前を探してたぞ！
ラウ：ここに、バケモノが……
フォカッチャ：バケモノ？
ラウ：ゲホッ……最初は、ここの仕事がほしかっただけなんです……でもあのバケモノに、ガキの遊び相手をさせられて……ここに残って永遠にガキの相手してろって……
ラウ：断ったら、俺の……俺の心臓を食べようとしてきたんです！
フォカッチャ：……そのバケモノ、もしかして……マカロニって名前か？
ラウ：はい！あ、あいつが、作業員の心臓を……みんな食っちまったんだ……あいつはバケモノだ！
レッドベルベットケーキ：作業員？でも、工場には働いてる人がいるのさっき見たよ？
ラウ：あれはもはや人じゃない……心臓を食われて、人でも幽霊でもないバケモノになっちまったんだ……歩く死体だ！
ラウ：連中はあいつらを使って……もっと恐ろしいバケモノを、召喚しようと企んでる……
レッドベルベットケーキ：召喚？もしかしてそれがプレスビスケットが言ってた、邪悪な儀式ってやつ？
フォカッチャ：ベンソンはどこだ？あいつ……まさかもう……
ラウ：まだ食われてないはずです……あのバケモノは一日に心臓をふたつしか食えないみたいなんです……ベンソンは、ガキのところに連れてかれたんだと……
フォカッチャ：ということはブイヤベースも恐らく……あのガキがどこにいるかわかるか？
ラウ：庭です。多分……城の裏に……
フォカッチャ：よし。レッドベルベット、ここに残ってラウの様子を見ててくれ。俺はその庭に……
レッドベルベットケーキ：みんなで行きましょう！仲間は多い方がいいでしょ？
レッドベルベットはそう言いながらフォカッチャを引き戻し、耳元で囁いた。
レッドベルベットケーキ：プレスビスケットの言ってたこと忘れたの？あの二人を一人で相手するのはごめんだわ。
フォカッチャ：でも、ラウがこの調子じゃ歩けそうにない……
ヴィダルアイスワイン：怪我はしてないみたいだし、衰弱しているのは単純に食事をとってないからだと思うわ。あたしとモントリオールが支えてってやれば大丈夫じゃない？
ラウ：ああ……大丈夫だ。
レッドベルベットケーキ：それじゃ決まりね！みんなで庭へいくわよ！
フォカッチャ：遊びじゃねえんだぞ！ていうか……
フォカッチャ：ヴィダルたちも普通に協力してくれてるじゃねぇか、本当にマカロニの野郎とグルなのか？プレスビスケットたちのほうが怪しいんじゃ？
レッドベルベットケーキ：はぁ、甘いわねあなたは……真実がはっきりするまで、全員を疑っておくべきよ。もちろんあたしも含めてね。
フォカッチャ：……お前のことなんか、はなから信用しちゃいねぇよ……
対峙
「新しいおもちゃ」と「新しい食糧」。
サスカトゥーンの攻撃はブイヤベースによって全て受け止められた。すぐに力が尽き、弱々しく崩れ落ちた幼い少年に、ブイヤベースは申し訳ない気持ちを抑えて、もう一度拒絶の言葉を告げてみる。
ブイヤベース：わたしは……ここに残るわけにはいきません……
サスカトゥーンベリーパイ：どうして……どうしてなんだよ？お前がほしい物はなんだってやるぞ！僕と一緒にいてほしいだけなのに、どうして……どうしてみんな僕を拒むんだ！
ブイヤベース：……なぜ、そこまでわたしに残ってほしいのですか？
サスカトゥーンベリーパイ：だって……だってお前のことが好きなんだ！お前みたいな綺麗なおもちゃは初めて見た！だから僕のそばに残ってほしい……そう思うだろう？
ブイヤベース：でも、わたしはおもちゃじゃありません。
サスカトゥーンベリーパイ：じゃあ……友達になるか？友達なら、相手の言うことを聞くんだろ？
ブイヤベース：友達は、相手が嫌がることを押し付けない……あの、カーニバルって、知ってますか？
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
ブイヤベース：カーニバルへ、わたしに会いに来てもいい……何があってもわたしはここに残るわけにはいきません。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
サスカトゥーンベリーパイ：そこには行かないよ。どこにも行かない。
サスカトゥーンベリーパイ：友達にもなってくれないなら、お前は……おもちゃにするしかない……
その瞬間、少年の顔からは悲しみも悔しさも消え、あどけなかった顔は、再び人形のような虚ろな表情に変わった。
少年はおもちゃの剣を掲げ、あまりの豹変ぶりに呆気に取られているブイヤベースへ、思いっきり剣を振り下ろす――
サスカトゥーンベリーパイ：！！！
夢から我に返ったように、サスカトゥーンはびっくりして剣を落とした。勢いよく迫ってくるフォカッチャに圧倒されたのか、よろけて尻もちをつきそうになる。
レッドベルベットケーキ：本当に普通の子供なのね……それにしても、なんか見覚えがあるような…？ねえボク、カーニバルに来たことはない？
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
レッドベルベットケーキ：ふーん、だんまり？反抗期かしら？じゃあ質問を変えましょう。
レッドベルベットケーキ：君、マカロニとはどういう関係？あいつが人間の心臓を食べることや、怪しい儀式をやろうとしてることは知ってる？
サスカトゥーンベリーパイ：お、お前には関係ない！
レッドベルベットケーキ：あらあら、気難しいお坊ちゃまだこと。でも……あたしは生意気なガキを扱うの上手なのよ〜
そう言うと、レッドベルベットはサスカトゥーンに詰め寄って、がしっと彼の肩を掴み、逃げ場を封じた。
レッドベルベット：ジェノベーゼのこと、覚えてるわよね？君に渡してって彼からこれを預かったわ。マカロニを永遠に引き留めたいのなら、これを飲ませてって。
サスカトゥーンベリーパイ：これは……
マカロニ：ご主人様、客人たちにお困りですか？
サスカトゥーンベリーパイ：マッ……！
マカロニの声が聞こえるや否や、サスカトゥーンは兵士のような素早い動きで、レッドベルベットから小瓶を奪い取り、ズボンのポケットに入れた。
マカロニ：浮かない顔をされてますね……ああ、分かりました。また「おもちゃ」が反抗してきたのですね？
サスカトゥーンベリーパイ：ちがう……
マカロニ：ご心配なく。私が大人しくさせます。
サスカトゥーンベリーパイ：マカロニ！僕は……僕に必要なのは「新しいおもちゃ」じゃないのかもしれない……
マカロニ：おや？私が探してきた「新しいおもちゃ」ではご不満なのですか？
サスカトゥーンベリーパイ：違う！不満じゃない！だけど、おもちゃは既にたくさん持ってる……お前の食糧も、もう十分あるんだろ？
マカロニ：ですが、ご主人様は心から笑えていません。だから、まだ不十分ですよ。
マカロニは笑顔で杖を持ち上げ、ずんずんと一同に近づいて来る。ところが、マカロニの意表を突いて、近くにいたサスカトゥーンが「新しいおもちゃ」を突き飛ばし。
サスカトゥーンベリーパイ：逃げろ！
ブイヤベース：！！！
自白
相反する望みに苛まれて。
マカロニ：逃げろ？
サスカトゥーンベリーパイ：ッ！ち、違う……
マカロニ：他に縋れる相手ができたから、私は用済み、というわけですか？
サスカトゥーンベリーパイ：ち、違う！
マカロニ：苦しい言い逃れですね……はっきりと聞こえましたよ。
マカロニ：「おもちゃ」に逃げろと？どこに？私はあなたのためにあの人たちを連れて来たのですよ。
マカロニの笑顔は段々と憎悪に満ちていき、優雅な笑い声も、地の底から響いているような低いトーンになっている。
マカロニ：私を捨てて……そいつらと一緒に逃げるおつもりですか？
フォカッチャ：いい加減にしろ！お前みてぇな人殺しサイコパス相手じゃ、誰だって逃げたくなるだろうが！
事情を知らないフォカッチャは、意味不明なマカロニの言葉に腹が立ち、怒鳴りつけた。
フォカッチャ：ガキを脅して偉そうにしてんじゃねぇよ！俺が相手してやる！前から気に食わなかったんだ！
マカロニ：フフ……そうさせてもらうとも。私は、自分の主に刃向かうような真似しませんから。
ヴィダルアイスワイン：マカロニさん、もうやめてください！作業員のみなさんやパヴロヴァさん、ファクトリーに閉じ込められている人たちは、生きているんだよ！
マカロニ：そうでしょうか？私が彼らに何をしたというのですか？ファクトリーで仕事をしているではありませんか？来る日も来る日も、来る年も来る年も……仕事して、食べて、寝て……ここに来るまでの生活と、何が違うというのです？
フォカッチャ：違うに決まってんだろうが！お前に心臓を食われて、歩く屍になってるんだぞ！あいつらは何も悪くねぇのに！
マカロニ：何も悪くない？そこにいる作業員はどんな風に妻に暴力をふるっていたのか、私がさらった豪族は裏でどれだけ汚い取り引きをしていたのか、君は知ってるんですか？
マカロニ：知らないでしょう。当然のことです。でもそんな君にも悪いことが出来ないように、ファクトリーで子供に喜びを与えるおもちゃをひたすら作っている今の方がいいってことくらい、分かるでしょう？
フォカッチャ：それは……じゃあラウとベンソンは？それとブイヤベース！あいつらもさらったんだろ？
マカロニ：3人とも、まだ生きているではありませんか。
フォカッチャ：……わかった。
レッドベルベットケーキ：えっ嘘でしょ？被害者は元々悪い人だから、自分のやってることの方が正しいって言いたいわけ？
マカロニ：フン、私はそこまで卑怯ではありませんよ。正義がなんだ。私も連中と同じ、万死に値する最低の悪者だ。だから……
マカロニ：私を殺してください。
レッドベルベットケーキ：？？
マカロニの顔からは笑みが消え、冷たい瞳から生気まで消えさった。それ以外のものにも興味を失ったかのように、彼は杖をいじっている。
マカロニ：君たちが羨ましいよ……あんな気持ち悪いものを食べなきゃ生きていけない気持ちを、君たちにはわからないでしょう……
マカロニ：君たちに分かるかな、私がどれだけ死にたがっているのか。それなのに、どうしようもなく生きることを望んでいる。心臓もないくせに望むだなんて、おかしな話です……
マカロニの虚ろな目はサスカトゥーンを捉えると、寂しそうに逸らし、そして、荒ぶる狂気へ染まっていく――
マカロニ：何をしているんだ？早く私を殺してくれ！さあ！！
プレスビスケット：殺す前にあんたに聞きたいことがある。
やっと駆けつけたプレスビスケットと牛丼。プレスビスケットはマカロニの狂気に満ちた言葉を遮り、牛丼は複数のビンなどを芝生に撒いている。
牛丼：倉庫で儀式用と思われしき道具を見つけたので、貴方に話を聞きたい。神を召喚する儀式の話……どこで知ったのですか？
マカロニ：召喚だの儀式だの、なんのことです？私は趣味で集めているのですが？
プレスビスケット：心もないのに、趣味なんて持ってるの？
マカロニ：……わかった。
牛丼：あの儀式は生贄だけでなく、貴方自身も死ぬことになるんですよ？
マカロニ：……どのみち最後は死ぬのだから、同じじゃないですか。
プレスビスケット：一人で死ぬのと、大勢の人を道連れにして死ぬのとは、全然同じじゃない。
マカロニ：……わかった。
牛丼：なぜそんな儀式を行おうとするのですか？
マカロニ：……わかった。
沈黙を貫くマカロニ。何かを探すように、視線を巡らせている。
ヴィダルアイスワイン：まずい！逃げられる！
牛丼：！？
誰もが呆然としている中、ヴィダルアイスワインは真っ先に声をあげマカロニに攻撃を放った。
サスカトゥーンベリーパイ：だめえええええ！！！
マカロニ：！
回想
捨てられて、救われて。
あれはおとぎ話に出てくるような美しい庭だった。
日差しに照らされた緑の木々。そよかぜに楽しそうに揺れる色とりどりの花。花に負けない明るい笑顔で、色鮮やかな庭を男の子が駆けていく。
サスカトゥーンベリーパイ：パパー！
男：ああ、サスカトゥーン！パパがまた新しいおもちゃを持ってきたぞ！
あの頃は男の子にとって、毎日が新しいおもちゃと遊ぶように、楽しくて幸せだった。
男の子は、世界中の素敵な物を持っているように感じていた。あの日までは……
───
男：サスカトゥーン、この人はオフィーリア、君のママだ。これからはママもパパのように君のことを愛してくれるよ。
サスカトゥーンベリーパイ：ママ……？ママ……おやつをたくさん食べたの？お腹がパンパンだ。
男：ハハ、それは君の弟、あるいは妹さ……可愛らしい、新しい命だよ。
男の子は「パパ」の優しい眼差しを茫然と見つめ、戸惑っていた。初めて、その眼差しを自分へ向けられなかったのだ。だが戸惑っただけで深くは考えなかった。唐突に変化が訪れてしまうことを、その頃の彼は知らなかった……
───
あれはいつも通りの夜だった。男の子はふかふかのベッドに入って、寝ようとしていた。しかし、壁越しに聞こえた話し声に、彼の夢はぶち壊される。
女性：本当にあの食霊に家業を継がせる気？エリックはどうするの？あなたの本当の息子はエリックなのよ！
男：しかし、トイファクトリーはサスカトゥーンのおかげで成功したんだ……それに、株の51％を既にサスカトゥーンに……
女性：そんなの簡単よ。あのガキがいなくなれば、株は自然とエリックのものになるんでしょ？相手はただのか弱い食霊なんだし。
男の子は自分が震えているのを感じた。ひょろひょろと壁に寄りかかって、自分を殺す計画を聞きながら、びくびくと親指を噛む。
サスカトゥーンベリーパイ：（いや……いやって言って……パパが僕を殺すなんてありえないよね？早く……いやって言ってよ……）
しかし壁の向こうから聞こえたのは、軽い笑い声だった。
男：フッ。そうだな、今すぐ手配しよう。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
「パパ」の冷たい声に、男の子は光のない深淵へと突き落とされた。あの日から、彼はいい夢を見れなくなった。
───
執事：出かける？まだ出かける時にお供がつくようなお坊ちゃんだと思っているのか？旦那様は、君なんか出かけて戻らなくなってしまえばいいと思っているよ。
メイド：暇さえあればあんたの遊びに付き合わされるの、鬱陶しかったわよ？鬱陶しいのは今も変わらないけど、無視していいからまだ楽ね。嫌な思いをしたくなきゃ、おとなしくしてよね。
───
女性：あら、あなたのおもちゃは施設に寄付したから、そこにあるのはエリックのものよ。まあでも大丈夫、エリックに返して謝って頂戴ね。
男：泣くんじゃない。私に恥をかかせるな。
サスカトゥーンベリーパイ：………………。
楽しかった毎日が、悲しむことさえ許されない毎日に変わった。しかし、この大きすぎる変化に打ちのめされた男の子に、さらなる「災難」が襲いかかろうとしていた……
───
あれはサスカトゥーンが一番苦手な雨の日の夜だった。寝起きのボーッとした頭で、昔のように「パパ」の部屋のドアをノックして開けた。そこで、残酷な殺人が行われているとも知らずに……
「ママ」はズタボロの人形のように床に転がっている。「パパ」は生首になっていて、死神を彷彿とさせる一人の青年の手に提げられていた。
あまりの恐ろしさにサスカトゥーンは腰が抜け、言葉を失ったが、恐怖をこらえ、犯人のズボンの裾に縋りついて弱々しく懇願した――
サスカトゥーンベリーパイ：僕も……殺してくれない……？
マカロニ：今日はもう腹がいっぱいだから、無駄なことはしたくないね。
サスカトゥーンベリーパイ：……じゃあ……ここに、いてくれない？
マカロニ：……わかった。
青年は初めは驚いたが、喜びとも切なさともわからない複雑な表情を浮かべた。
最後に、自分へと必死に伸ばされた手を見下ろし、感情の読めない笑みを見せた。
マカロニ：フフ、いいだろう。ここにいよう。
サスカトゥーンベリーパイ：……永遠に？
マカロニ：ああ、永遠に。
あれはふわっとした、冗談めいた約束だった。それでも、サスカトゥーンは「希望」が欲しかった。悪魔の誘いだとしても、躊躇いなく受け入れ、宝物のように大切にしてしまう。
マカロニは確かにサスカトゥーンに「救い」を与えた。するとあっという間に、サスカトゥーンをいじめていた人は次々と消えていった。彼はサスカトゥーンを見捨てるなんて考えもしなかった。サスカトゥーンにしがみつかれ、汚れた水に浮かぶ葉っぱであり続けることを彼は選んだのだ。
サスカトゥーンと出会うまで、彼は水底に沈むヘドロだったのだから。
「ここにいてくれない？」。それはマカロニにとって、寵愛を失った子供の願いだけではなく……自分をこの世界に引き留める最後の言葉だった。
───
あれから、二人は息を合わせ共に生きてきた。運命に振り回されながらも、一緒にいればそれを乗り越えることができた。
だからこそ、サスカトゥーンが「おもちゃ」を庇った時、マカロニは笑顔を歪ませざるを得なかった。
だからこそ、マカロニが襲われそうになった瞬間、自分のことなど顧みずに、サスカトゥーンは捨て身で飛び掛った。
マカロニ：ばっ……バカ者っ！！！！！
サスカトゥーンはヴィダルアイスワインの攻撃に心臓を貫かれ、瞬く間に崩れ落ちた。マカロニはカッと頭に血がのぼって、破れた旗のように無力なサスカトゥーンを掴んで揺さぶる。
サスカトゥーンベリーパイ：僕を……置いてかないで……
マカロニ：なにバカなことを！黙っていろ！
マカロニは迷わずサスカトゥーンを抱え上げ、ブイヤベースが来た方向へ走り出す。
プレスビスケット：待て！……私が追う。牛丼、門で待ち伏せして！
牛丼：分かりました！でも……門はそっちの方向ではないようですが……
言い終わらないうちに、牛丼は何者かに道を塞がれ、それと同時に、プレスビスケットも前を遮られた。
ヴィダルアイスワイン：こんなことしたくなかったけど、困ったな……
ヴィダルアイスワイン：ごめんなさい、弊社の大事なパートナーを、ここで死なせるわけにはいかないからね。
プレスビスケット：……やっぱりあんたたちは手を組んでるのね。
牛丼：たった二人で、私たちを止められるとでも思っているのですか？
モントリオールスモークミート：そちらこそ、なぜここにいる者が手を貸すと断定できるのかしら？
レッドベルベットケーキ：うーん……そうね、少し利害を考えさせて頂戴。あたしに期待しない方がいいわよ。
牛丼：……わかった。
ヴィダルアイスワイン：フフ。その前に、話をしましょう。
未完の道
それぞれの使命と執念。
フォカッチャ：てめぇと話すことなんかねぇんだよクソが！奴が人間を食うことや、気味悪い儀式をやってることを知ってて黙ってたのか！知らないふりをして俺たちを混乱させてたのか！
プレスビスケット：そんなに単純じゃないでしょう。あんたが首謀者だな？
ヴィダルアイスワイン：フフ、その口調、ほぼ確定してるじゃないか、答える必要ってあるのかい？
牛丼：なぜこのようなことを？どれだけの人間が死ぬと思ってるんだ！？
ヴィダルアイスワイン：人間？僕たちが殺すのが「人間」だって分かってるんじゃないか……人間は動物を殺す、僕たち食霊は人間を殺す、これで食物連鎖が成り立つでしょう？
フォカッチャ：な、なんだその屁理屈！
ヴィダルアイスワイン：あれ？違うの？君、カーニバルのレストランで働いてるんでしょ？人間は毎日動物を食べ、それでも満足せず、抵抗できない動物に嗜虐性をぶつけてるんでしょ？
フォカッチャ：そんなことをするのは一部だけだ！すべての人間じゃねぇ！
ヴィダルアイスワイン：ええその通り、だから僕たちはその「一部」だけを生贄にするのさ。
フォカッチャ：……わかった。
ヴィダルアイスワイン：フフ、僕たちを理解できなくてもいいよ。僕たちも、君たちのような必死に人間を庇う食霊を理解できないんだ……人間は君たちのことを、便利な道具としてしか見てないのにね……
ヴィダルアイスワイン：僕もそれを見習って、人間を便利な道具として扱ってるだけだよ。
フォカッチャ：そんなことをしたら、お前は最低な人間と同じだろうが！
ヴィダルアイスワイン：同じじゃないよ。僕は、もっと悪質だ。
フォカッチャ：お前……っ！
ヴィダルアイスワイン：というか、僕を説得するより、早く人間たちの安全を確かめに行ったほうがいいんじゃないかな？
牛丼：何かあったの？
ヴィダルアイスワイン：黒幕は、必ずしも儀式を見守らなくちゃいけないわけじゃないんだよ？
牛丼：ッ！儀式が、もう始まっているだと……！？
モントリオールスモークミート：これだから人を助けたい思いだけで突っ走って、計画性のない奴には困るわね……
プレスビスケット：騙されちゃだめ。儀式用の道具はここにあるから連中は何もできない。まずはこいつらを捕まえる、人助けはそれから。
モントリオールスモークミート：これだけしか用意しないはずがないでしょう？だって……召喚するのはあの恐ろしい「神様」なのよ。
プレスビスケット：やっぱり……！「見るべからずの神」！あの儀式が何を引き起こすのかわかってるの！？
モントリオールスモークミート：まあ落ち着きなさい。忘れたのかしら？こっちには人質がいるのよ。
フォカッチャ：ラウ！
いつの間にか、両手を縛られたラウがモントリオールの足元に倒れていた。フォカッチャは歯ぎしりをしながら、赤い目に怒りを燃やした。
モントリオールスモークミート：安心して、わたしたちもそこまで鬼じゃないわ。大人しくここを離れてくれれば、何もしないわ。
プレスビスケット：私たちがあんたらを見逃すとでも？
モントリオールスモークミート：どうかしら。今行けば、まだ作業員の人たちを助けられるかもしれないけど？
プレスビスケット：……わかった。
レッドベルベットケーキ：どうやら、目的が明らかになってきたわね〜とりあえず退散する？
牛丼：……行きましょう。人助けが優先です。
プレスビスケット：……チッ。
一同は仕方なく出ていくことにした。フォカッチャ以外の数名が工場の方へ歩き出してから、モントリオールはラウをフォカッチャに引き渡した。
ヴィダルアイスワイン：君は、僕の考えを認められないわけじゃないようだね。
フォカッチャ：ふざけるな！
ヴィダルアイスワイン：確か君も……下劣な人間と関わったことがあるんだっけ？その人間が生贄にされて苦しみながら死んだら……君は同じように怒るのかい？
フォカッチャ：そういうやつはきちんと裁かれてほしい！お前みてぇに、自分の目的を果たすために悪行を働くんじゃなくて！
ヴィダルアイスワイン：どうして「権威」によって行われた裁きは正義で、僕のは悪行なんだい？フフ……いいさ、僕が「権威」に、たった一つの「権威」になった暁には、君も分かってくれるでしょう。
ヴィダルアイスワイン：いつでもいいので、連絡ください。名刺、渡してあるから。
モントリオールスモークミート：カーニバルのみなさんなら、予約を優先させてあげるわよ。
そう言い残すと、二人はマカロニが逃げた方向へ去って行った。秘密の通路があるのか、二人の姿はたちまち見えなくなった。
───
フォカッチャは少しの間立ち尽くすと、ラウを連れて仲間たちに追いついた。ところが工場に戻ると、初めて来た時の忙しさはなく、人影ひとつなかった。
牛丼：……一歩遅かったのか……
nil：あれ〜〜？同僚が来るなんて、ボスから聞いてないよ〜？ちょっと……
肩を落としていると、子供っぽい少女の声が隅のほうから、大きく響いた。
nil：ハハ、なんだ同僚じゃないじゃん！トイファクトリーのお客さん？それとも敵さん？これからあたしと殺し合っちゃう！？
牛丼：あ、貴方は……
nil：あら、失礼しましたぁ！これあたしの名刺！出来立てほやほやだよ！
唖然と少女の名刺を受け取ると、「パラダイスメイカーズ」と書いてあった。この名前を目にするのは、今日で二度目だ。
レッドベルベットケーキ：パラダイスメイカーズって……ヴィダルの会社じゃん……
nil：どうもどうも〜「パラダイスメイカーズ」の「掃除屋」で〜す！どんな状況でもきれいに掃除しちゃいますよ！でもうちは副業禁止だから、あたしという優秀な人材を雇うことはできないよ！
牛丼：……ここにいた作業員たちはどこに行ったんですか？
nil：そのことならご安心を！どんなクズでも、あたしの泡になれば、この世界の代わりに深く深く、末永く愛してあげるんだから！
牛丼：ッ！！か、彼らを……！
プレスビスケット：……この変質者どもはグルだ。捕まえて情報を聞き出そう。
牛丼：敵う相手とは思えませんね……
nil：なになに？あたしを捕まえたいの！？や〜ん、スリリング！でも捕まるわけにはいかないの！だって、指名手配の日数が、もうすぐあたしの好きな数字になるんだもん！
レッドベルベットケーキ：ハッ、その通りね、指名手配犯だって……警察に任せたほうが良いわよ。
フォカッチャ：……お前は面倒くさがってるだけだろ。
――ドンッ
突然背後で響いた大きな音に一同が気を取られていると、オレは逃げ去った。プレスビスケットは追おうとしたが、何者かに呼び止められた。
ムール・フリット：よせ。
ブイヤベース：門番……さん……？
プレスビスケット：……あんたの言う通りにする理由はないげど？
ムール・フリット：人助けを優先したほうがいいって、俺は思うんだが。
牛丼：人助け？
ムール・フリット：全員は無理だったけど、ほとんどの作業員は、俺が事前に廃棄工場に連れて行った。
ムール・フリットは門に寄りかかって、額から顎へと伝う汗も構わずに、淡々と疲れが混じった口調で言う。
ムール・フリット：そいつらを連れて行け。治療させるなり、放っておくなり……好きにしろ、俺は疲れた。こんな安っぽいホラーマンガみたいなこと、そろそろ終わりにしたい。
夜 ペリグル魔法研究所
白トリュフ：……帰ってきましたか。
プレスビスケット：……わかった。
白トリュフ：どうかしたの？嫌なことがあったんですか？
プレスビスケット：本当にあの神を召喚する儀式だった。
白トリュフ：……わかった。
牛丼：残念ながら、全員は助けられませんでした……失踪者の5分の1くらいは、恐らく……生贄にされ……
牛丼：助かった者はカーニバルに送られました。調査で出会ったある食霊から、そこに助けられる者がいると教えてもらったので。
白トリュフ：それで、今回もまた邪教徒の仕業かしら……
プレスビスケット：いいえ。犯人はあのトイファクトリーとパラダイスメイカーズという会社で……後者が首謀者ではないかと。
白トリュフ：どうして……あのようなことをしたのでしょう？
プレスビスケット：知らん。
目には見えないが、白トリュフはプレスビスケットの感情に、悔しさと怒りが混ざっていることを察した。
白トリュフ：……十分よくできましたわ。今回は私の考えが甘かったです。もっと人手を割いていれば、こんなことには……
牛丼：今回は人助けを優先したため捕まえそびれたのです……犯人の正体は分かったので、探すのは簡単です。
白トリュフ：このことを神恩軍に伝えましょう。
牛丼：と言いますと……
白トリュフ：私たちはあくまで研究所、人手が限られています。それに、あなたたちを危険なところへ行かせたくないのです。
白トリュフはプレスビスケットの方に振り向き、優しく力強く微笑んだ。
白トリュフ：でも、研究所の私たちだからこそできることもありますわ。
不滅の心
おもちゃの心は鼓動する。
翌日 カーニバル
フォカッチャ：うそだろジェノベーゼ……お前心臓も作れんのか？
手術台の前で白い手袋をつけながら鬱陶しそうな目で自分を見ているジェノベーゼに、フォカッチャは目を見開いている。
ジェノベーゼ：この世界で僕にできないことはない。
フォカッチャ：いや……やっぱ信じらんねえよ、心臓なんてどうやって……
ジェノベーゼ：信じられない？それを言うなら、僕たちは食べ物から生まれたということも信じられないのか？
ジェノベーゼ：食べ物は食霊になれるように、機械は心臓になれる。単純なことだ。
そう言ったものの、首をかしげるフォカッチャが可哀想に思えてきたのか、ジェノベーゼはめんどくさそうに説明する。
ジェノベーゼ：彼らが歩く死体になったのは心臓を失ったためではない。人間の感情や記憶は心臓ではなく、脳が司っているからだ。
ジェノベーゼ：ちなみに、僕は脳も作れる。
フォカッチャ：そうか。お前がすごいってのは分かった……けど、あいつらがああなったのは心臓を失ったからじゃねえなら、原因はなんなんだ？
ジェノベーゼ：彼らはおもちゃになったのだ。
フォカッチャ：おもちゃ？
十分な説明はしたと思ったらしく、ジェノベーゼは口を閉じ、手中のメスに集中した。
しかし頭の中に以前の記憶が浮かんでくる……
───
マカロニ：面倒だな、ああいう趣味のじじいと取り引きするのはもう二度とごめんだ……ここでじっと待っててください。顔を見せたら帰りますので。
サスカトゥーンベリーパイ：あれ……
マカロニはサスカトゥーンを安全な場所に置くと商談に向かった。彼は、この歓楽街の主が長い間自分たちを見てくれていることを知らない。
ジェノベーゼ：貴方がサスカトゥーントイファクトリーのオーナーだな。
サスカトゥーンベリーパイ：う……お前は？
ジェノベーゼ：僕の友人……いや、友人というか、いつも協力してもらっている違法薬物の供給者のことだが……
ジェノベーゼ：数日前に、彼の倉庫で数人の心臓がなくなった。そして昨日、彼自身の心臓も盗まれた。
サスカトゥーンベリーパイ：！！！
ジェノベーゼ：さきほど貴方と話していたのは、アシスタントか？心臓がないようだが……
サスカトゥーンベリーパイ：あの人じゃない！
ジェノベーゼ：まだ何も言っていないが……安心しろ、僕は正義の味方などではない。貴方はその者とは違うようだと思っただけ……
ジェノベーゼ：彼に心臓を食べられた人間は死なない……それは貴方が、彼らをおもちゃに変えてるからだろう？
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
ジェノベーゼ：貴方は善良だ。あの人間の心臓を食うバケモノの元を離れたいなら、カーニバルに来るといい。僕が貴方を守ってやれる。
サスカトゥーンベリーパイ：こ……ここに来る？
サスカトゥーンは驚いて顔を上げたが、次の瞬間、ジェノベーゼの後ろの少し離れたところからここを覗いているスタッフと、ここへ駆けてくる少年ボクサーが目に入った。
すると彼の瞳から光が静かに消えた。代わりにまなざしがいっそう強くなり、動揺もなくなった。
サスカトゥーンベリーパイ：ううん、僕はマカロニと同じだよ。もしかしたら、僕のほうがもっと悪いやつなのかも……マカロニを引き留めるために、あいつらを食べることを許したんだから……僕があいつらを殺したんだ……
サスカトゥーンベリーパイ：それに……お前にはもうたくさんの仲間がいる。お前を困らせたり、喜ばせたりする仲間が……だから、お前には僕は必要ない。
サスカトゥーンベリーパイ：でもマカロニには、あの人には僕しかいない。あの人は僕が必要なんだ。マカロニだけは……僕を見捨てたりしない。
サスカトゥーンベリーパイ：だから僕はもうここには来ないよ。僕はずっと、マカロニと一緒にいる。
ジェノベーゼ：…………そうか。では幸運を祈るよ。
───
記憶の回想はここで中断した。なぜなら、目の前で顔をしかめているフォカッチャに、段々と苛立ってきたからである。
ジェノベーゼ：何をしている？
フォカッチャ：……ここ数日、あいつの言うことが頭ん中でぐるぐる回ってるんだ……「権威」によって行われた正義は本当に正義なのかって……俺も考えちまって……
フォカッチャ：そうだよな、なんで「権威」によって行われた正義だけが正義って言えるんだ？もし……もし「権威」に私情が含まれてたら？それから……
フォカッチャ：人間は生きるために動物を食う、これってあの心臓のない食霊が人間の心臓を食うのと……本質的なところでは、同じなんじゃねぇのか？
フォカッチャ：あの儀式で罪を犯したものが死ぬなら、それを……止める必要は本当にあるのか？
ジェノベーゼ：……残念だけど、その答えは貴方自身で探すしかない。僕が答えたところで信じないだろう。まあでも……
ジェノベーゼ：これを渡そう。
フォカッチャ：な、なんだこの武器の山は、なんで俺に！？俺がまた……トイファクトリーに行って……これを使ったらカーニバルに迷惑をかけちまうぞ？
ジェノベーゼ：今でも十分迷惑だ。自分を困らせる奴を同じくらい困らせる、そうすれば相手の嫌がらせを止められる、というのが僕のモットーだ。
フォカッチャ：……さすがだな。
───
サスカトゥーントイファクトリー 寝室
ベッドの前で顔を強張らせているマカロニを見て、傍らで足を組んで座っているヴィダルアイスワインは笑った。
ヴィダルアイスワイン：安心して、あの時の攻撃は見せかけで、全力は出していないから。医者も大したことはないって言ってたよ。
マカロニ：そういう問題じゃない……君はあの儀式を行えば、私は心臓を食べなくて済むとは言ったが、代わりに私が死ぬとは言っていない。
ヴィダルアイスワイン：うーん……あの「おもちゃ」たちには殺してくれって言ったのに？元々死にたいって思ってたんじゃないの？
マカロニ：……わかった。
ヴィダルアイスワイン：フフ、冗談だよ。僕はただ、知らない食霊たちの言葉に耳を貸すことはないって思うんだ。君に協力するのは僕なんだから。
ヴィダルアイスワイン：彼らが掴んでいる情報は僕よりずっと少ない、だから真実をよく知らないだけさ。あの儀式は確かに多くの人を死なせるけど、あれは儀式そのものが危険だからじゃなくて、やり方が間違ってるせいなんだ。
マカロニ：君はどうして自分のやり方が正しいと証明できるんだ？
ヴィダルアイスワイン：安心して、僕は「道具」を使うのが得意だから、間違ったりしないよ。
マカロニ：……こんなに苦労してまで手に入れたいあの「力」から、君は何が得られるんだ？
ヴィダルアイスワイン：そういう君こそ、なんでここまで大変な思いをするんだい？一人の子供に頼られたい、泣きつかれたいから？
マカロニ：少なくともそれは既に手にしている。君はどうなんだ？
ヴィダルアイスワイン：フフ、お気遣いをどうも。僕の願いもいずれは叶うよ。
ヴィダルアイスワインは自分への皮肉を気にする素振りもなく、立ち上がって部屋を出ようとして、ドアの前で振り返って笑った。
ヴィダルアイスワイン：君のご主人様が早く治るといいね。僕たちの協力関係は……まだまだこれからだから。
───
人を殺せそうなマカロニの視線を背に、ヴィダルアイスワインは寝室を後にしリビングへ出た。そこではモントリオールスモークミートが彼を待っている。
ヴィダルアイスワイン：状況は？
モントリオールスモークミート：思ってたより手に入った「力」が少ない。わたしがちょっとしか生贄を回収できなかったからね……でも少なくとも、一回目の儀式は成功したわ。
ヴィダルアイスワイン：フフ、それでいいんだ。焦る必要はない。道のりは長ければ長いほど、たどり着いた時の成功が大きく見えるものさ。
ヴィダルアイスワイン：この世界は、もはや僕のものだ。
モントリオールスモークミート：ええ……それともう一つ。儀式を始める前に、ラテに尾行されてることに気づいたの……言い訳をつけて追い払ったけど、もしかしたら私たちを疑い始めたのかも……
ヴィダルアイスワイン：フフッ、構わないさ。ラテはいつか分かってくれる……僕は善良な人間を一人も傷つけていない、ただ「不良品」を処分してるだけだってね。
ヴィダルは笑いながらそう言った。相変わらず無垢で綺麗な笑顔だが、今はなぜか残酷に見える。
ヴィダルアイスワイン：人間を根絶やしにするなんて考えたことがないんだ。退屈な世界になってしまうからね……僕はただ、不安定な人間を支配したいだけ。だって人間は今まで、家畜やペット、そして食霊にそうしてきたんだもん。
モントリオールスモークミート：その通りだわ。モカもいることだし、ラテのことは気にしなくてもいいでしょう。それで、このトイファクトリーは……
ヴィダルは彼女を見上げると、上着のポケットからサスカトゥーンの体温が残る小さな瓶を取り出した。ヴィダルは瓶の中の謎の液体を見つめながら、楽しげに笑った。
ヴィダルアイスワイン：今は残しておきましょう。あの二人は、必要な「予備の生贄」だからね〜
───
二人の「予備の生贄」はというと、自分たちを包む陰謀には気づいていない。静かな部屋の中、サスカトゥーンはまだベッドで眠っており、隣ではマカロニが彼を見守り続けている。そうしているうちに、サスカトゥーンはか細い声で呼びかけた。
マカロニ：やっと気が付いたのか……気分は？
サスカトゥーンベリーパイ：平気だよ……マカロニ、まだ……怒ってる？
マカロニ：怒るってなんでだ？私は知ってるからね、君は絶対に私から離れられないって。あの時のは演技だ。
サスカトゥーンベリーパイ：……ごめん。
マカロニ：だから演技だって……
サスカトゥーンベリーパイ：ごめん。僕があげた心臓が……ただのおもちゃで……
サスカトゥーンは弱々しく腕を上げ、マカロニの冷たい体に手のひらを当てた。
サスカトゥーンベリーパイ：この心臓がマカロニの体にエネルギーを送って、マカロニの命を繋ぐことができれば……こんなことをしなくて済むのに……
マカロニ：……何バカなことを。私がこんなことをしてるのは、生きようとする私の身勝手だ、君が謝ることじゃない。それに、ヴィダルの話は聞いていたかい？エネルギーを提供できるかどうかは置いといて……
マカロニは自分の手のひらをおもちゃの心臓に重ねた。不思議と、暖かい何かとともに、言いようのない感情がそこで流れているような気がする。
マカロニ：君がくれたおもちゃの心は、あいつのドロドロで真っ黒な心臓より、ずっとマシだ。
「おもちゃの心」 終了
熔けぬ願い
業績ランキング
改ざんされたランキング。
とある日 カーニバル
営業時間外のバーは少し寂しい。「冷気」を纏ったマスターがカウンターの前に座ると、空気が一層冷たくなった。
アクタック：チッ……レッドベルベットの「魔窟」がまた売上一位とは……気に食わん。
ジェノベーゼ：気に食わないなら、ビリにしてしまえばいいではないか。
アクタック：ランキングに小細工をしろと？あの悪知恵の塊みたいなレッドベルベットが気づかないとでも？
ジェノベーゼ：ボーナスさえもらえれば、あいつはランキングなど気にしない。ほんのいたずらだ。
アクタック：それはそうだが……それを提案しにここへ来たわけではないんだろう？目的はなんだ？
ジェノベーゼ：……この間、発狂した客がバーに来たこと、覚えてるか？
アクタック：もちろんだ。そういえば貴方に連れていかれてから顔を見てないな。どうかしたのか？
ジェノベーゼ：そいつを安全な場所にかくまった。ひどく怯えていて、殺されると思い込んでいたからパニックになったみたいで……
ジェノベーゼ：宥めるのは簡単だった。正気を取り戻すと、とあるトイファクトリーで殺されかけたことを話した。
アクタック：トイファクトリー？
ジェノベーゼ：ああ。そこにバケモノがいて、たくさんの人が囚われて、自分一人だけ助かった……誰かが部屋のドアを開け、彼を逃がしたのだと。
アクタック：それで？トイファクトリーで何が起きたのかを突き止めたいのか？いつからそんな物好きになったんだ？
ジェノベーゼ：…………そのトイファクトリーに、僕の知り合いがいるんだ。
アクタック：なるほど……二人目のシーザーサラダじゃなければいいんだが。
ジェノベーゼ：ああ。だからレッドベルベットに行かせようと考えている。
ジェノベーゼ：金儲けを妨害されたら、あいつは必ず相手の邪魔をする……僕は人を助けたいわけではなく、そこで何があったのかを知りたいだけだ。だから、レッドベルベットは一番適切な人選だ。
アクタック：レッドベルベットに同情してきた……いや、あいつは同情するなんて勿体ないか。
アクタック：それで、業績ランキングの改ざん以外に、何をしてほしいんだ？
ジェノベーゼ：協力してくれるのか？
エスキモーは呆れたようにジェノベーゼを見ると、いつの間にかできたカクテルを、滑らかなカウンターの上で目の前に滑らせた。
アクタック：当たり前だ。貴方がボスだ。
人助け
漫画の結末は。
サスカトゥーントイファクトリー 廃棄工場
見知らぬ環境で青年は目覚めた。激しい頭痛のせいで昨夜の記憶があやふやだ。それよりもまずいことに、自分はどうやら手足を縛られて動けないらしい。
青年：くっ……これって……
ムール・フリット：気が付いたのか。
青年：おまえ……俺をぶん殴ったのはお前か？何の目的だ！？
ムール・フリット：静かにしろ。
ムール・フリット：お前を逃してやりたいのは山々だけど、ついこの前一人逃したから、今は監視が厳しい。
青年：ちょっと……
ムール・フリット：そんな目でこっちを見るな。俺は別に善人じゃない。
ムール・フリット：安らぎを得たいんだ、心の……創作に必要だからな。
そう言われて、青年は食霊が自分に目をくれないのは、太ももに置いたスケッチブックに集中しているためだと気づいた。
青年：何を描いてるんだ？
ムール・フリット：漫画。見るな。見たら殺す。
青年：……わかった。
しばらくの沈黙ののち、食霊が自分を襲う気配がないと分かると、青年は再び尋ねてみた。
青年：なんで俺を捕まえたんだ？俺のダチ……ラウはどこに行った？
ムール・フリット：そいつもここにいる。別のフロアに。
青年：ラウは無事か！？
ムール・フリット：今はな。
青年：ここ……ここはどうなってるんだ！？
ムール・フリット：それは俺の漫画の内容だ。ネタバレするわけにはいかない。
青年：……？
ムール・フリット：でも安心するといい。俺がハッピーエンドにしてやる……
食霊はスケッチブックをしまい、何もない壁へ淡々と視線を向けて宣言した。しかしながら、口調に自信はなさそうだ。
ムール・フリット：できるだけ。
伝言
立て続けにトイファクトリーで起きる失踪。
カーニバル レストラン
チンピラ：あ、あのー……
フォカッチャ：あ？お客さん、注文か？
チンピラ：ちげぇよ、カーニバルの飯は高くて食えねぇし……
フォカッチャ：は？飯はいらないって……じゃあケンカか？
チンピラ：えっちょちょちょっまっ――
チンピラは袖をまくって身構えたフォカッチャを慌てて制止し、もったいぶったような口調で言う。
チンピラ：ケンカじゃねぇんすよ……「レッドフレイム」って知ってますか？
フォカッチャ：知らん！なにが「レッドフレイム」だ、俺には関係ねぇ！
チンピラ：え？知らない？そんな……ベンソンの旦那は、いいバイトだって言ったけどな……
フォカッチャ：ちょっと待て、ベンソンだって？ベンソンに言われて俺んとこに来たのか？
チンピラ：そうっす。それでどうなんすか？「レッドフレイム」について知ってるんすか？
フォカッチャ：知ってる知ってる。早く教えろ、ベンソンがなんて言った？
チンピラ：ええっと……行方不明になったんす。
フォカッチャ：はああ！？
チンピラ：ひぇ、声が大きいっす……ベンソンの旦那、失踪したダチを探しにトイファクトリーに入ってから、丸一日経っても出て来ないんす……
チンピラ：ベンソンの旦那に、もし自分に何かあったらカーニバルのフォカッチャって奴に伝えろって言われて……ちょっと、どこに行くんすか！？
フォカッチャ：ベンソンを探しに決まって……げっ、どこに行けばいいんだ？
チンピラ：……サスカトゥーントイファクトリーっす……
フォカッチャ：わかった！サンキューな！
チンピラ：あの人……大丈夫かな……
儀式
儀式再開の裏。
ある日 ペリグル魔法研究所
白トリュフ：……それは本当ですか？
ドーナツ：確かな証拠はまだありません。ですが……不自然に破壊された道具と、立て続けの失踪事件……無関係とは思えません。
白トリュフ：確か……お姉様に危害を加えたあの教派は逮捕されたはずでは？
ドーナツ：ええ。だから、もしかしたら新しい組織が……あの儀式を再開させようとしているのではないかと。
白トリュフ：見る……べからずの神……
数々の辛い記憶が一瞬で押し寄せ、白トリュフは両手をぎゅっと握り締め、こみ上げる感情を抑えようとした。そんな彼女の気持ちを察して紛らわせようと、ドーナツは慌てて話題を変える。
ドーナツ：あの儀式のことを知っているのは、わたしたちだけのはずですが……
白トリュフ：ということは、資料が漏洩した？
ドーナツ：ええ。内部に裏切者がいる可能性があります。
白トリュフ：神恩軍や研究所の構成員があの資料を盗むとは思えませんが……そんなことをしてどんなメリットがあるのです？
ドーナツ：あの時、儀式は失敗したにも関わらず、とてつもなく恐ろしい力を呼び出してしまった。あれがもし成功したら……
白トリュフ：何が目的で、あのような儀式を……
ドーナツ：世界を滅ぼす？自分の力を証明する？いずれにしても……正気じゃないわ。
ドーナツ：神恩軍は、黒い霧の形をした……ある物を調査しています。それの正体はまだ掴めていないけれど、あの儀式の産物ではないかと考えられています。
ドーナツ：近頃、黒い霧が目撃される頻度が高くなってきました。
白トリュフ：少しばかりの安寧も……まもなく終わってしまうのね。
ドーナツ：……黒い霧の調査に人員を増やしましょう。それで失踪事件のほうは……
白トリュフ：プレスビスケットと牛丼は調査に協力してくれると思います。
ドーナツ：それじゃお願いします。
白トリュフ：わかったわ……お姉様が経験した恐ろしいことをもう二度と起こさせないという気持ちは、私も同じですから。
理念
「パラダイスメーカーズ」の理念。
無機質な機械、あるいは働きアリのように働く作業員たちを眺めて、ヴィダルアイスワインは悲しそうな顔をしている。
ヴィダルアイスワイン：世界中の工場がこんな感じだったら、世界は……とてつもないスピードで進むことになるでしょう。
レッドベルベットケーキ：危険？ハイスピードをよく思わない商人なんていないでしょ？
ヴィダルアイスワイン：いいえ……効率より、僕は一つ一つの命を大事にしたいんです。
ブイヤベース：一つ一つの……命……？
ヴィダルアイスワイン：フフ、そうですよ。それが「パラダイスメイカーズ」のコンセプトでもあるんです……この星にいるすべての命に、幸せなパラダイスを作ってあげたい。
ヴィダルアイスワイン：人間や食霊だけでなく、動物や植物も……最後には、みんなはパラダイスにいるみたいに楽しく暮らすんだ。
牛丼：ほう……実現するのは大変そうですね。
ヴィダルアイスワイン：フフ、案外簡単ですよ。少なくとも動物や植物は、十分な食べ物、水、太陽と、適切な環境があるだけで幸せなのさ。
牛丼：確かにそうですが、人間や食霊はそうはいかないでしょう。
ヴィダルアイスワイン：そうとも限らないよ。人間や食霊は、動物や植物より少し複雑なだけで、生き物に過ぎないから。
牛丼：？？
ヴィダルアイスワイン：フフ、機会があったら、いずれ弊社の理念を詳しく説明しましょう。
ヴィダルアイスワイン：それで新しくパートナーになってくれれば最高です。
運命任せ
運命の針が示すのは……
サスカトゥーントイファクトリー 厨房
一同を工場に連れ込むと、マカロニは速やかに厨房に戻り、魂が抜けたようなパティシエが作ったデザートを受け取り、仕上げをする。
ムール・フリット：こんなことも自分でやるんだな。
マカロニ：仕方がないだろう。あのガキはアフタヌーンティーのない午後が怖いんだ……あのガキには私がいなきゃだめなのです。
ムール・フリット：……それはどっちもどっちだろう。
マカロニ：何か言いました？
ムール・フリット：いいえ……
マカロニ：なら、私がベビーシッターをしているところを観察してないで、君の大事な部屋に戻ったらどうです？お客さんたちにかき回されているかもしれませんよ。
ムール・フリット：……「予備食」を見張らなくてもいいのか？
マカロニ：君が彼らを逃さないだけで十分ですね。
ムール・フリット：……わかった。
マカロニ：なんだその目は、私もそこまで器が小さいわけではない。どのみち……
マカロニ：これが最後なんだ。次は……もうない。私を止めたければ、今のうちですよ。
余裕そうなマカロニをしばらく見つめてから、ムール・フリットはつぶやくように口を開いた。
ムール・フリット：お前のことは嫌な奴だって思うけど、たまに理解できてしまうんだ。でも俺にはどうしようも……この世界に、本当の円満なんか存在しないからな。
ムール・フリット：無理に何かを追い求めるの、俺は好きじゃない……運命ってやつに任せる。
願い
もう一つの寄り添いの形。
サスカトゥーントイファクトリー トイハウス
ギィ――
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
パヴロヴァ：サスカトゥーン？
サスカトゥーンベリーパイ：そうだ。お前は何をしてるんだ？
パヴロヴァ：見ての通り、ここに座ってるわ。
サスカトゥーンベリーパイ：………………お前はムール・フリットと仲がいいんだよな。
パヴロヴァ：ええ。漫画を見せてくれるの。でも……帰る時はいつもご機嫌斜めよ。よくわからないわ。
サスカトゥーンベリーパイ：あいつは元々変人だ……じゃなくて……なんでここから出してもらわないんだ？
パヴロヴァ：ここから出す？なぜ？
サスカトゥーンベリーパイ：こ、ここが……牢屋みたいだって思わないのか？
パヴロヴァ：ここが牢屋だというのなら……私にはどんな場所も牢屋よ。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
パヴロヴァ：それに私がいなくなったら、サスカトゥーンはどうするの？
サスカトゥーンベリーパイ：はあ？思い上がるな！お前がここにいたって、僕のために何かできるわけじゃないだろ？
パヴロヴァ：あなたの……寂しさを、紛らわせるかもしれないわ。
サスカトゥーンベリーパイ：……お前、僕に同情してるのか。
サスカトゥーンの顔に怒りが浮かぶ。その怒りは、仮面を剥がされた恥と恐怖から来る自衛本能によるものだろう。
サスカトゥーンベリーパイ：同情はいらない。知っているだろ、僕は御侍を失っただけだ。たくさんの食霊は御侍を失った、僕より可哀想な奴だっている……一番可哀想なのは僕じゃない！
サスカトゥーンベリーパイ：僕の過去なんかどうってことないし、寂しくなんか……僕より辛い思いをしてる奴はごまんといるんだ！僕は苦しいわけがない！お前は……どうせお前らは、僕をわがままで、傲慢な、何もわかってないガキとしか思ってないんだろ！
パヴロヴァ：……わかった。
激昂するサスカトゥーンを前にしても、パヴロヴァは涼しい顔をして顔色を変えない。
パヴロヴァ：他人が辛い思いをするように、あなたも辛い思いをする。辛いことは辛い。誰かより辛いとか比べることはできない。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
パヴロヴァ：他人の辛さは、その人にしかわからない。あなたの辛さだって……軽んじられる筋合いはない。
パヴロヴァ：誰かがあなたの辛さを和らげてくれることを、願ってる……残念だけど、私じゃだめみたいね。
サスカトゥーンベリーパイ：……今日はよくしゃべるな。
パヴロヴァ：ごめんなさい。もう帰っちゃうの？
サスカトゥーンベリーパイ：うん……ここを出る気がなくても、引きこもってないで……外で日向ぼっこしたりしてもいいぞ。
パヴロヴァ：日向ぼっこ……私、かび臭い？
サスカトゥーンベリーパイ：そうじゃない……ああもう！お前なんか永遠にここにいればいいんだ！
カンカンになって出て行ったサスカトゥーンが向かった方向を見つめながら、パヴロヴァは真剣に頷いた。
パヴロヴァ：ええ、じゃあ私、永遠にここにいるわ。
議論
造物主の理。
カーニバル レストラン
ボロジンスキー：フォカッチャアアアア！どこに行きやがった！こんなに注文溜め込んでどうすんだ！？
シーザーサラダ：騒ぐな。フォカッチャはいねぇよ。俺が代わりに入った……
シーザーサラダ：食いすぎだろ人間……こんだけの料理、どれが誰の注文か覚えてられるかっつーの……
ボロジンスキー：フォカッチャの奴！あたしに休みの連絡もなしに……どこに行ったんだ！
シーザーサラダ：知らん。
ボロジンスキー：チッ……ダメだダメだその運び方！スープがこぼれちまう！よこせ！
シーザーサラダ：……好きでやってるわけじゃねぇし……フォカッチャが、ジェノベーゼ様と二人きりになるチャンスを作ってくれるって言うから……
シーザーサラダはてんてこ舞いのボロジンスキーを見ると、渋々だがおとなしく皿を手に取った。激戦の末、どうにか忙しいランチタイムを乗り越えることができた。
ボロジンスキー：ふぅ……でも今日はフォカッチャがいないからか、客がいつもより少なかったな……
シーザーサラダ：あの熱血バカ、マスコットキャラ的なところがあるからな。
ボロジンスキー：……あいつがどこに行ったのか、本当に知らないのか？
シーザーサラダ：あいつの後を付け回す暇なんかねぇよ。けどどうやら、悪徳商人の後をつけてったらしいな。
ボロジンスキー：……あの間抜け、アホな真似をしなきゃいいんだが。
シーザーサラダ：人殺しの料理を手伝うより、アホなことはないだろうけど……
ボロジンスキー：てめぇ、あたしの仕事に文句あんのか？
シーザーサラダ：……カジノやブックメーカーは、人間にエンターテインメントを提供しているように見えて、その人間たちを利用して金を儲けてるって、思ってる……だけどレストランは、本当に人間のために存在する。人間のために動物を虐殺して……
シーザーサラダ：俺たち食霊は動物の肉を食べる必要がないから、動物を殺す必要もないのに……こうしてみれば、悪徳商人がやってることのほうがマシに思えてくる……
ボロジンスキー：……あんたの話は確かに一理あるけど、あたしは「虐殺」って言葉はどうかと思うね。食べ物になった動物の死は「犠牲」、もしくは「奉仕」、意味もなく殺されてるわけじゃねぇ。
ボロジンスキー：動物たちは人間に命を捧げてくれてるんだ。少しでも人間に希望を与えてくれてる、「希望」がなきゃ回らないこの世界をよくしてくれてる。
シーザーサラダ：……わかった。
ボロジンスキー：意味のない虐殺と違って、あたしはできるだけ、動物たちの犠牲を無駄にしないように、きちんと果たされるようにしてるんだ。
ボロジンスキー：虐殺は憎しみしか生み出せない。だけど動物たちは希望を生み出す。あんたは納得しないかもしんないけど、言わせてもらう……この行為は虐殺じゃねぇ、ちゃんと意味があるんだ。
ボロジンスキー：まあ確かに……人間に食われるように運命づけられてる動物には残酷な話だけど、すべての人間に造物主が許したこの理に背けってのが無理だろ。
シーザーサラダ：どうやら、造物主ってのは悪趣味な奴だな……
ボロジンスキー：……言えてるな。
チラシ
水と油。
ブーン、ブーン、ファーン
タイガーロールケーキ：かからねぇな……チェダ、このバイクもうだめかも……
チェダーチーズ：ありえない！！！ありえないありえない！！！動けこのっ！！！
鴨のコンフィ：……わかった。
ドタバタするチェダーチーズを横目で見ると、鴨のコンフィは膝に載せた本をめくった。
バニラマフィン：チェダ、落ち着いて……修理業者に頼めば直せるよ、多分……
フェタチーズ：あ、あった！
最悪な状況になってしまう前に、フェタチーズは一枚のチラシを持って走ってきた。
フェタチーズ：これ、ここから一番近い修理屋……名前は……
タイガーロールケーキ：フェダ！君は命の恩人だ！
フェタチーズ：わっ！……えへへ、タイガーこそ……ぼくの恩人だよ……
タイガーロールケーキにぎゅうと抱き締められ、フェタチーズは笑いながら気を抜けていると、手の中のチラシがチェダーチーズにかっさらわれていった。
バニラマフィン：チェダ、どこ行くの……？
チェダーチーズ：王様のとこに決まってんでしょ〜
───
――ドンッ
バスティラ：！？
突然ドアを蹴破られ、バスティラは神経を張り詰めて反撃の体勢をとるが、彼の前にチェダーチーズが素早い動きで机に飛び掛ってきて、後ろにいるカイザーシュマーレンにチラシを突き出した。
チェダーチーズ：王様――！お金ちょうだい！バイクを修理したい！
バスティラ：……貴方のバイクは事故を起こしてばっかりの役立たずだろ。壊れて当たり前だ。
チェダーチーズ：だ・めっ！やだやだやだ！！！
カイザーシュマーレン：はいはい。バイクは直してあげましょう。ただし……
チェダーチーズからチラシを受け取ると、ゴミのように床に投げ捨てた。
カイザーシュマーレン：この「パラダイスメーカーズ」は、あまり信頼できる相手ではありません。
チェダーチーズ：どうして？王様を騙したことでもあるの？
カイザーシュマーレンは能天気なチェダーチーズを数秒間無言で見つめると、軽く笑った。
カイザーシュマーレン：フフ、大した問題ではありませんよ。ですが……
カイザーシュマーレン：「パラダイス」と「地獄」は、水と油だからね。
取引
渡すべき物。
数時間前 カーニバル
ジェノベーゼ：情報は与えたぞ。
レッドベルベットケーキ：そうね、ありがとうジェノベーゼ！
ジェノベーゼ：……わかった。
レッドベルベットケーキ：冗談じゃない。からかうのって面白いわね〜！安心して、あたしはちゃんと恩返しできる子よ。それであたしに何をしてほしいの？
ジェノベーゼ：これだ。
レッドベルベットケーキ：これはなに？また何か変な物を発明したの？
ジェノベーゼ：貴方では売れないものだ。だけど、あのトイファクトリーに、これを必要とする者がいる。
レッドベルベットケーキ：へー、あたしをパシリにしようってわけね。いいわよ。誰に渡せばいいの？
ジェノベーゼ：……一人の子供。
レッドベルベットケーキ：えっ、それだけ？トイファクトリーなんて子供がたくさんいるんじゃないの？相手を間違えたらやばくない？
ジェノベーゼ：それはない。時が来れば、誰に渡すべきか自然と分かる。
ジェノベーゼ：そいつにこう伝えてくれ……あいつを永遠に傍に引き留めたければこれを飲ませろ、と。
ジェノベーゼ：目を輝かせるな。これの本当の効果はそういうものではない。そいつを騙す嘘だ。
レッドベルベットケーキ：なんだ〜ジェノベーゼも悪くなったわね〜
ジェノベーゼ：……やるのか、やらないのか。
レッドベルベットケーキ：もちろんやるわよ。あんたがボスなんでしょ。
授業の時間
永遠の支え。
ある日 サスカトゥーントイファクトリー
サスカトゥーンベリーパイ：ゴホン……ぼ、僕の言うことを聞け！
マカロニ：……無理だ。
サスカトゥーンベリーパイ：ぼ、僕はこのトイファクトリーの主だ！僕は、僕にはたくさんの財産があるんだ！
マカロニ：……足りないな。
サスカトゥーンベリーパイ：僕の言うことを聞かなきゃ殺すからな！
マカロニ：……勢いが足りない。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
サスカトゥーンベリーパイ：黙れ。僕の言うことは絶対だ、お前の意見は聞いてない。お前は僕の命令を聞いて従えばいい。
サスカトゥーンベリーパイ：また僕を怒らせたら、何をするかわからないぞ。
マカロニ：そう！いいぞ！もっと大きな声で罵るんだ！その勢いで！
つまらなそうに椅子にもたれていたマカロニは急に興奮して背筋を伸ばし、サスカトゥーンの頭をくしゃくしゃと撫でながら、誇らしそうな表情を見せた。
マカロニ：これからは商談とかどんな場合でも、今の勢いで臨むんだ。分かった？
サスカトゥーンベリーパイ：もし……もし相手が怒っちゃって、殴られたらどうするの……
マカロニ：どうするって？私がついてるから！何も怖いことないさ。
サスカトゥーンベリーパイ：う……うん！そうだね！安心してマカロニ、期待に応えてみせるよ！
信頼
無意識の信頼。
ある日 サスカトゥーントイファクトリー
マカロニ：なにかありましたか？
サスカトゥーンベリーパイ：あのね、僕、もうおもちゃをたくさん持ってるんだ……お前やムール・フリット、パヴロヴァもいるし……もう、新しいおもちゃはいらないよ……
マカロニ：そうですか？ついこの前、涙を流してるところを見たのですが。
サスカトゥーンベリーパイ：あ、あれは……
マカロニ：いつまでもおどおどするのはやめましょう。トイファクトリーは君のものだ、誰も君のことをバカにはできない。遊び相手がほしければ、いくらでも私が探してきます。何が不満なのですか？
サスカトゥーンベリーパイ：う、ううん……
マカロニ：「おもちゃ」が気に入らない、もしくは抵抗するなら、私がきちんと処分しますので、ご安心ください。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
マカロニ：まだなにか？
サスカトゥーンベリーパイ：いいえ……
黙ってしまったサスカトゥーンに、マカロニは思わずため息を漏らし、口調も柔らかくした。
マカロニ：……安心してください、もうすぐ終わりますから。
サスカトゥーンベリーパイ：えっ？
マカロニ：君が怯えることや嫌いなことはもう二度と起きない。
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
マカロニの言う「こと」とは何か、サスカトゥーンにはわからなかった。彼はただ、マカロニの言葉と決めたことに頷き続ければ、マカロニは永遠に自分のそばにいてくれると、そう信じていた……
祈り
怯えながらも願う。
……わかった。
僕はきっと、悪い子だ。
そうじゃなきゃ、みんなが僕のそばから離れたりするのは可笑しいだろう？
パパ、オフィーリア、エリック、そして執事やメイドたち……みんな、僕のことが嫌いなんだ。
誰も僕と一緒に遊んでくれない。みんな、僕を一秒たりとも見ないように、冷たく僕をあしらう。
どうして？僕が何をしたっていうの？言うことをちゃんと聞いていたのに、どうして嫌われるの……
そうか、いい子にしていても良いことは起きないし、嫌なことは起きる。僕は生まれつきの嫌われ者だから……
でもやっぱり、誰かにそばにいてほしい……
夜の雷雨が怖い。転んで膝を擦りむくのが怖い。キャンディーとケーキのない午後も怖い……
独りぼっちの世界が、怖い……
どうして、幸せで楽しいだけの毎日じゃいけないの？
どうして……どうして……
マカロニ：また泣いてるのですか？私が永遠にここにいると言ったではないですか？毎日言い聞かせ続けなければ納得してくださらないのですか？
サスカトゥーンベリーパイ：えっ？あれ……蕎麦！どこに向かってるの……！
(※上記台詞は誤植だと思われます)
頭上から聞き慣れた揶揄うような声がした。サスカトゥーンはくしゃくしゃに泣いた顔を上げると、目に溜まった涙の反射で日差しが何倍も強く感じられ、その眩しさにまた涙が溢れてくる。
マカロニ：フッ、寂しがりやですね。私から少しも離れられないのですか。話してごらんなさい、今度はどうしたんですか？
サスカトゥーンベリーパイ：……わかった。
泣きべそをかくのは気に入らないとマカロニに言われたので、サスカトゥーンは止まらない涙を頑張って抑えようとした。
サスカトゥーンベリーパイ：マカロニ、ここ……ついてる……
マカロニ：……わかった。
マカロニは口元を指差すサスカトゥーンを見てきょとんとした後、口元についた血を拭いた。
マカロニ：これくらいのことで？そろそろ慣れてくれてもいいでしょうに……
マカロニ：分かりました。これからは君の見えないところで……食べますよ。痕跡ひとつ見せません。これでいいですか？
サスカトゥーンベリーパイ：そこまで……しなくても……
マカロニ：いいからつべこべ言わない。私は言ったことは必ず守る。君は？
サスカトゥーンベリーパイ：うぐっ……うん！も、もう泣かない！
サスカトゥーンベリーパイ：マカロニがいれば、怖いことなんて起きない。だからもう泣かない！
サスカトゥーンベリーパイ：マカロニが永遠にここにいれば、僕のそばにいれば……永遠に……
希望
もがきながらも希望に縋りつく。
……わかった。
誰にどんな運命を与えるのか、造物主はどうやって決めているのだろうか？
精密に計算するのか、それともトランプを配るように気まぐれなのか。
きっと後者なのだろう。
そうでなければ、自分はいったいどんな罪を犯して、こんな運命を強いられる羽目になったのか、想像もつかない。
人間の心臓、それはこの世で最も気持ち悪い物。なのに、私はそれを食べなければ生きていけない。
私には心臓がない。悲しみもない。希望もない。
死にたい。
だけど……私は生きている。
なぜなら……
一人のガキがそう願ったから。
マカロニ：……わかった。
マカロニはベッドにうずくまりながら、泣き疲れて眠ってしまったサスカトゥーンを眺めている。
マカロニ：なんてか弱い……こんなにか弱い君は、私がついていなければ、死んでしまうのではないのか？
マカロニ：仕方がないな……
だから彼は、しばらく生きることを選んだ。自分がいなければ生きていけないガキのために、自分に「希望」をくれたガキのために……
君が……
マカロニ：君が私を殺すその日までは。
マカロニ：その時には、君は十分な力を身につけ、私のことなんて必要なくなるのだろう。
マカロニは笑った。それは悩みに悩んだ末の腑に落ちたような笑みだった。彼は手を伸ばし、サスカトゥーンの目元に残っている涙を拭いてあげた。
マカロニ：その日が来たら私を楽にさせてください、小さなご主人様。
悔いはない
対価と引き換えに掴みたい安寧。
ある日 サスカトゥーントイファクトリー
ムール・フリット：……ここんところ、工場の作業員を増やしすぎじゃないか。
マカロニ：使い道があるんです。
ムール・フリット：使い道って……君は一日にふたつ食うのが限界だろ？予備食が溜まっても面倒なだけだって、自分で言ったじゃないか。
マカロニ：門番さん、最近口数が多いですね。
ムール・フリット：……わかった。
マカロニ：もしこの人間たちを使えば……あの気持ち悪い物を食べずに済むようになるなら、君はどうしますか？
ムール・フリット：……わかった。
マカロニ：クズ共と引き換えに、自分の今後の安寧を得られるとしたら……この取引は許されるものだと思いますか？
ムール・フリット：最近口数が多いようなので、口を慎むよ。
マカロニ：フッ、そうですか……
マカロニは嘲笑うかのように口元を吊り上げた。あの日の会話、あの悪魔の誘いは、今も耳元で鳴響いている……
───
？？：自分の心臓が欲しくはないか？嬉しさや悲しみを感じたくないか？ちゃんと……生きたくないか？
？？：その人間たちは死んでも惜しくない存在だ。ならば彼らに相応しい死を与えようではないか。
？？：そうすれば、君は人間の心を食べなくても生きられるようになる。それに……
？？：あの子のことを考えよう。あの子は君が必要だろう？
───
マカロニ：……わかった。
マカロニ：私は最低だ……あれだけの人間を殺しておいて、生きようとするなんて、自分だけちゃんと……生きようとするなんて……
マカロニ：自分勝手だな……でも、何の悩みもなく生きることができるなら……地獄に落ちても、悔いはない……
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