中華フェス・ストーリー
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中華フェス
目次 (中華フェス・ストーリー)
- 中華フェス
- メインストーリー
- 第1話 春の訪れ
- 第2話 予期せぬ出来事
- 第3話 行動開始
- 第4話 はじめまして、年獣
- 第5話 知らない食霊
- 第6話 動き出した物語
- 第7話 獅子が舞う!
- 第8話 決戦
- 第9話 海神の祭典
- 第10話 降り立った神
- 第11話 娘々救世
- 第12話 花灯会
- 第13話 『誘き出し』
- 第14話 舞い上がる鉄の花
- 第15話 決戦の埠頭
- 最終章
- サブストーリー
- Ⅰ春陽門
- 年獣のうわさ1
- おばあちゃんの頼み
- こどもたちの願い
- 年獣のうわさ2
- 魚の骨マークの手紙
- 生命危機
- 黒と白の凶獣
- Ⅱ獅子演壇
- 小葱つまみ食い日記
- 小さな優しさ
- 重要な細部
- 年獣との出会い
- 甘い選択
- しっかりチェック
- 謎の影の計画2
- あやしい人影
- 菖蒲
- Ⅲ海神祭
- 来訪の理由
- 竹飯のよき友
- 年獣のうわさ3
- 兎灯のなぐさめ
- 神の答え
- 記された歴史
- 謎の影の計画3
- 彼らの取引
- 小葱の大好きなもの
- Ⅳ花灯会
- ちまきはどこへ
- 竹飯の失敗
- 提灯の問い
- 魚香肉糸の憂鬱
- 能ある鷹は…
- 武昌魚からの手紙
- 亀苓膏の玉杯
- 謎の影の計画4
- 酸梅湯のためいき
- 後日談
メインストーリー
第1話 春の訪れ
物語 とうとうこの日がやってきた!
雪降る寒い時期が過ぎ去り、暖かな風が吹く季節。
光耀大陸にある漁業が盛んな町――景安。ここではもうすぐ、町の人たちにとって一年で最も大きく、最も重要な『海神祭り』が開かれる。その準備に追われ、人々は忙しなくバタバタとしていた。
初風二十七日
朝
麻婆豆腐「よし、必要なもののリストはこれでOK! もうすぐ海神祭りだし、お客さんも増えるから、十分な在庫を用意しておかないとね。」
麻婆豆腐「あ! ラッキークラッカーもないな。祭りの必需品だから、みんなの分を準備しておかないと!」
麻婆豆腐「でもこの時間だと、もうお店、閉まっちゃってるかな……?」
小葱「みぃー……」
麻婆豆腐「ん?小葱、誰か来たの……あぁ、佛跳牆(ぶっちょうしょう)。」
佛跳牆「……こいつ鋭いな。気配を消して来たのに。まさか気づかれるなんてな。」
麻婆豆腐「フフッ! この子はアンアタが好きだから、匂いでわかるんじゃない?」
佛跳牆「へぇ、俺を好きだって? もの好きだな。」
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「あ、小葱!」
小葱「みぃー!!」
佛跳牆「お、足にまとわりついてきたぞ。なんだ、抱っこしてもらいたいのか? よしよし小葱、いい子だ。」
麻婆豆腐「……で? あたし、これから市場に行くところなんだけど。何か用?」
佛跳牆「ああ。お前、今この町で年獣の噂がされているのを知ってるか?」
麻婆豆腐「年獣……って、新年にやってくる伝説の堕神?」
佛跳牆「今さっき、情報が入ってきた。海辺で目撃されたらしい。」
麻婆豆腐「本当に現れたの!? でも、なんだって今頃……?」
佛跳牆「さてね。別に新年に現れるよう、約束してる訳じゃない。向こうだって律儀に伝説に倣って行動する義理はないだろう。」
佛跳牆「とにかく。もし年獣が本当に出たんだとしたら……町に入られる可能性は高い。海神祭りの準備はまだ終わってない上に人手不足だ。そこで、お前に手伝ってもらえたらと思っている。」
麻婆豆腐「それってまさか……あたしに年獣を捕まえろって言ってるの?」
佛跳牆「こっちも若い奴に探させてるが、特に進展はなくてな。困っているところだ。これから市場に行くなら、ついでに年獣の情報収集もしてくれ。部下にもあんたには協力するように伝えておく。」
麻婆豆腐「ふぅん……おかしいな。いつものアンタなら、都市伝説になんて興味持たないでしょ。なのに、随分入れ込んでるみたい。」
佛跳牆「今は、海神祭りの準備があるからな。心配ごとはひとつでも少ないほうがいい。」
麻婆豆腐「違うな。本当は年獣が狙いでしょ?」
佛跳牆「『角が金を生み、髭が銀を生み、爪を食べれば寿命を延ばし病を癒す』って話を聞いたことないか? 年獣は俺の欲しいものを持っているんだ。」
麻婆豆腐「まさかアンタ……欲しいものを手に入れるために、年獣を捕らえるつもりなの?」
佛跳牆「年獣は金になる――心が動かされても仕方があるまい? それに年獣を捕獲できれば、町も守られる。人助けが好きなあんたのことだ。きっと協力してくれると信じている。」
麻婆豆腐「調子いいなぁ……でも、そうだね。年獣かどうかはともかく町の人に迷惑をかけるヤツらがいるなら、放っておけないな。市場で情報収集してみるよ。」
麻婆豆腐「海で見たって情報もあるし、他にも話が聞ける可能性は高いかな。」
佛跳牆「じゃあ年獣については、お前に頼んだ。よろしくな。」
麻婆豆腐「ん? 彼に何か用事?」
佛跳牆「いや……ヤツが興味がありそうな情報があってな。」
麻婆豆腐「ふぅん……北京ダックは、海神祭りに来るって言ってたよ。その時会えるんじゃない?」
佛跳牆「ああ、何かあればすぐ連絡を……またな。」
麻婆豆腐「わかった。そっちもね!」
第2話 予期せぬ出来事
物語 この街を壊したのは何者…?
海神祭りに向けて、市場は大賑わいだ。麻婆豆腐も、いつもより多くの材料を手配した。祭りに必要なラッキークラッカーも無事手に入り、胸を撫でおろす。
しかし、年獣に関する情報収集の方はうまくいっていなかった。話を聞くのに、店で何かしら買わないと、情報を引き出すのは難しい。そのせいもあって、予定外の買い物を多くしてしまった。
だというのに、海での目撃情報以外、目立った収穫はなかった。佛跳牆から聞けた内容と大差ないという残念な結果になってしまった。
麻婆豆腐「ふぅ……まぁ、そうそううまくはいかないよね。仕方ないか……って、小葱!」
麻婆豆腐「それは食べ物じゃないから! 食べちゃダメだよ!」
小葱「みぃ……」
麻婆豆腐は、小葱が食べようとした竹の器を取り上げた。そして、小葱の丸い頭を撫でる。
麻婆豆腐「これは竹飯の器で、食べ物じゃないの。家に帰るまで我慢してくれない? そのかわり、おやつをあげるからさ。」
小葱「みぃ!」
そのときだった。目の前から、二人の男が勢いよく駆けてくる。
村人「ヤバいぞ! 早く戻るんだ!」
工匠「何事だよ! さっきまで、何もなかっただろ。」
村人「向こうの通りに、堕神が出たらしいぞ……!」
麻婆豆腐は、耳を掠めた単語にハッとする。すぐに、走り去った二人に振り返った。
麻婆豆腐「堕神……!?」
麻婆豆腐(まさか町に出るなんて……!)
麻婆豆腐「小葱! 行くよ!」
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐が隣の通りに出ると、ほとんどの民家に破壊された痕跡が見られた。その光景に、麻婆豆腐は憤る。
麻婆豆腐「もう! 佛跳牆は何をやってるの!? 堕神を町に侵入させるなんて!」
麻婆豆腐「……破壊の痕跡から見ると暴飲じゃないみたいだ。だったら、暴食? それとも本当に――年獣?」
謎の人物甲「年獣だ! 伝説の年獣が現れた!」
工匠「おいっ! 年獣が出たみたいだぞ!」
村人「くそっ! あいつら、人を食べに町にやって来たんだ!!」
『年獣』の単語に、麻婆豆腐の顔が強張った。
麻婆豆腐「まさか、本当に伝説の年獣が……? 嘘でしょ……。」
麻婆豆腐(にわかには信じられないけど……どうしたらいいかな。ひとまず佛跳牆と話をしよう)
第3話 行動開始
物語 年獣の行方を探る。
獅子頭「うん! できるよ! 任せといて!」
佛跳牆「……町は年獣に荒らされて大損害が出ている。もうすぐ海神祭りだ。それまでに町を修復したい。頼むぞ。」
佛跳牆「……まったく、海神祭りまでには余計な揉め事を抱え込みたくないというのに。どうしたものか。」
手にしていた葉巻が既に燃え尽きそうになっていたことに気づき、佛跳牆は苦笑した。冷静さを装えてない――その事実に、佛跳牆は長い息を吐いた。
そのとき、麻婆豆腐が姿を見せる。佛跳牆は、獅子頭に再建に向かうように言い聞かせ、早く行くように促す。その言葉に、獅子頭は元気よく返事をし、麻婆豆腐にペコリと頭を下げて現場へと走っていった。
佛跳牆「おかえり。何か有用な情報は得られたか?」
麻婆豆腐「アンタから聞いた話と大差ないかな。そっちはどう?」
佛跳牆「町は何者かによって、相当な打撃を受けている。年獣がやってきているんだろうな。」
麻婆豆腐「ちょっと……アンタが私に情報収集を頼んだのは、年獣がやってきてるって思ったからじゃなかったの? まさか何も対策してないとか言わないわよね?」
佛跳牆「俺たちは、年獣の人間態を見たことがなかったからな。」
麻婆豆腐「人形態? ……ってまさか、年獣のヤツ、変化(へんげ)するの!?」佛跳牆「ああ。年獣は人の姿に化けることができる。まさかわざわざ変化してくるとは思わなかったがな。」
麻婆豆腐「狡猾だね……ということは、目撃者もいるんじゃない?」
佛跳牆「そうだな。誰か見ているだろう。倉庫を破壊された民家の住民に話を聞けば、何か情報が得られるかもしれない。だが、今はこっちも人手不足でな……」
麻婆豆腐「いっつもそうだよね。アンタんとこって。でも、いいよ。一度引き受けたし、このまま情報収集してあげる。」
佛跳牆「松鼠桂魚を連れて行くといい。年獣と出くわしても、あれがなんとかしてくれるだろう。」
麻婆豆腐「ありがと。ちょっと荷物が多いから、いったん家に戻るね。」
麻婆豆腐「了解! よろしく!」
麻婆豆腐は佛跳牆と別れ、急いで店に戻った。これから祭りで忙しくなるため、店員には前倒しで休みをやっている。だから、もし年獣に店を荒らされていたら、片付けが大変だ。
麻婆豆腐「これは……高くつくぞ。犯人め、タダじゃあ許さないから!」
麻婆豆腐の願いは叶わず、キッチンは荒らされていた。苛立ちの中、大きなため息を吐いて、キッチンの隅で縮こまっていた小葱を見つけ、そっと抱きかかえる。そのとき、ドアが勢いよく開かれた。
麻婆豆腐「あれ、もう来たの? 早いね?」
松鼠桂魚「とおっぜん! ……っていうか、ここもひどいなぁ。年獣ったら容赦ないね。」
麻婆豆腐「ホント、やんなっちゃうな。ちょっとここを片付けるから、その後一緒に聞き込みに行きましょ。」
松鼠桂魚「わかった! あたしも手伝うよ!」
第4話 はじめまして、年獣
物語 突然飛びかかってきた凶暴な獣。
麻婆豆腐と松鼠桂魚は、店を片付けて町へと情報収集に向かった。
麻婆豆腐「おかしいな、さっきまで後ろにいたのに……」
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「ちょっと小葱! 服を引っ張るなってば!」
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「……まさか小葱、そっちに行けって言ってるの?」
麻婆豆腐は小葱を抱き上げた。そのとき、不意に背後から何者かがぶつかってきた。
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「わっ! こ、小葱っ!! ダメだってば危ないよっ……わぁ!?」
謎の人物甲「……いてっ! てめぇ、どこ見て歩いてんだ!」
麻婆豆腐「あっと、ごめんっ! でも、そっちも前見て歩いてよね!」
しかし男は、麻婆豆腐の言葉には耳を貸さず、交差点の人混みに消えていった。
麻婆豆腐「もう! なんなの、あいつ! ……小葱、大丈夫?」
小葱「みぃっ……!」
麻婆豆腐「怪我しなくてよかった……ん?」
そのとき、麻婆豆腐は大きな霊力を感じた。慌てて辺りを見渡すと、地面に何かが落ちているのが目に入る。
麻婆豆腐「何かな、これ……。」
小葱「みぃ? みぃーーー!!」
麻婆豆腐は慎重に落ちているものに手を伸ばす。それは角のようだった。痛々しく傷をつけた跡が残っており、上部には銅貨状の飾りがついている。
麻婆豆腐「これが霊力の元みたいね。でも幻晶石はついてないし……さっきの人の落とし物かな?」
けれどもう、周りには男性の姿はもう見えなかった。
麻婆豆腐「――仕方ないか。いったん預かっておきましょ。」
松鼠桂魚「麻婆姉さん! やーっと見つけたっ! いきなり迷子になって心配したよー!!」
麻婆豆腐「え? あたし、迷子になってたの? 松鼠桂魚が急にいなくなったんでしょ……」
松鼠桂魚「あははっ! まぁ、どっちでもいいか! 無事再会できたしね!」
松鼠桂魚「それより聞いて! 年獣って餃子が好きらしいよ! 餃子はいっぱいもらってきたから、釣り竿につけて年獣を捕まえちゃお~!」
ニカッと笑った松鼠桂魚に、麻婆豆腐は掛ける言葉を見失った。マイペースなのはむしろ長所だろうと自分を言い聞かせる。そのとき、遠くから、唸り声が聞こえてきた。
麻婆豆腐「な、何なのこの声は……!」
松鼠桂魚「ぎゃっ!? 麻婆姉さん、見てあれ! 年獣がこっちに向かって突進してきてる!」
麻婆豆腐「ええ!? ま、まさかこの餃子に吸い寄せられてる!?」
第5話 知らない食霊
物語 年獣の追跡を阻む、謎の食霊とは。
麻婆豆腐「よぉしっ! 松鼠桂魚、アイツを餃子で釣り上げちゃおっ!」
松鼠桂魚「姉さん、ここはあたしに任せて! それー!!」
餃子「わっ、な、なんか頭にぶつかってきた……!?」
松鼠桂魚「わわっ……!! ご、ごめんっ! ちょっとコントロールが狂っちゃった!」
餃子「えっ!? 餃子? なんで餃子なんか釣り竿につけてるの?」
松鼠桂魚「わっ! 当たっちゃった!?」
麻婆豆腐「もう松鼠桂魚ったら! ごめんね、キミたち。大丈夫?」
麻婆豆腐たちは彼らに向き直る。年獣は逃げてしまったようだし、今は彼らに話を聞くのが先だろうと判断した。
松鼠桂魚「それで……キミたちは?」
餃子「オイラは餃子(ギョウザ)だよ! こっちは湯圓(タンユエン)っていうんだ!」
湯圓「夕さんを追ってここまで来たんだよ!」
松鼠桂魚「夕さん……って、あの年獣のこと? キミたちも年獣を捕まえに来たの?」
餃子「ち、違うよ~! オイラたちは、アンタたちを止めに来たんだよ~!」
松鼠桂魚「止めに来た? 年獣を?」
麻婆豆腐「キミたちは、あの年獣を知ってるの?」
湯圓「夕さんはいい人なの! 湯圓たちと一緒に遊んでくれて、いろんなことを教えてくれるんだよ~。」
松鼠桂魚「あの年獣、町で暴れまわってるらしいけど……。本当にキミたちの『夕さん』?」
湯圓「間違いなく夕さんなの! 湯圓たち、夕さんのこと、見間違えたりしないもの!」
麻婆豆腐「じゃあ、キミたちはその『夕さん』を追っていまここにいるの?」
餃子「うん! お姉さんたちが追いかけていた人で間違いないよ!」
麻婆豆腐「……彼が町で何をしたか知ってる? 店を荒らしてまわってるんだよ?」
餃子「……わかってるよ。でも、夕さんはそんなことする人じゃないんだ。何か理由があると思う。」
餃子の声は次第に小さくなっていく。不安そうな餃子と湯圓に、麻婆豆腐はどうしたものかと首を傾げた。
麻婆豆腐「君たちの友達である『夕さん』が、町を荒らしている年獣なら……もう君たちの知ってる『夕さん』ではなくなってしまったんだろうね。」
麻婆豆腐「どっちにしても、年獣は住民に危害を加える可能性があるから捕まえないといけない……。」
餃子「だったらオイラたち、お姉さんたちに着いていっていい?」
麻婆豆腐「一緒に来るの? どうして?」
餃子「オイラたちは……夕さんはいい人だって信じてる。だからもし、何か理由があって悪いことしてるなら、その理由が知りたい! オイラたちと夕さんは、友達だから! 話をしたいんだ!」
松鼠桂魚「へぇー! キミ、ちっこいのに根性あんじゃん!」
麻婆豆腐「よしっ、そういうことなら一緒に行こうか! もし本当に年獣が『夕さん』なら、友達の話は聞いてくれるかもしれないしね。」
湯圓「あ、あの……! 夕さんは、怪我をしているみたいだから……! だから、今日はもう追いかけないでほしいの。町を出て行っちゃったみたいだし……!」
麻婆豆腐「……うーん、そうだねぇ――」
商人「うわぁ! 俺の店がひでぇ有様だ! 誰か、荷台をどかすの、手伝ってくれぇっ!!」
その声に年獣に荒らされたのだろうと想像し、麻婆豆腐は頭を押さえる。
麻婆豆腐「……追いかけるよりも、年獣が壊したものを片付ける方が先みたいだね。みんなで手伝ってあげよう。海神祭りもあるし!」
麻婆豆腐「年獣――夕さんのことは……明日以降だな。もう暗くなってきてるし。明日、夕さんのとこに一緒に行こうか。」
湯圓「うん! ありがとう、お姉さん。もちろん協力するよ。」
餃子「よーし湯圓、一緒に手伝おう! みんなでやれば終わるだろうしね!」
第6話 動き出した物語
物語 今年のフェスは一味違う!
蘇盛一日
夕方
年獣の荒らした町を修復するのは、翌日の夜までかかった。海神祭りには支障が出なそうで、町の者は皆、胸を撫でおろした。
明日はいよいよ海神祭りだ。佛跳牆は、年獣にもたらされた濛気(もうき)を払うため、獅子頭に例年よりも立派な高台を作るようにと命じた。
海神祭りのメインイベント『海神娘々』の前日に獅子舞を演じるのは慣例とされていた。更に今年は、例年とは違う用途として使われることになっている。
獅子頭「わっ! ありがとー!!」
松鼠桂魚「なにこれ?」
獅子頭「高台のからくりを固定するためのものだよ。数が足りなくて、餃子に持ってきてもらったんだ。」
湯圓「このからくり……夕さんを傷つけたりしないよね?」
獅子頭「うーん、これはとある食霊を捕えるためのしかけを改良したものなんだ。もともとのからくりは、食霊を釘刺しにするえぐい仕様だったからね。」
獅子頭「今は、薬で食霊を眠らせるように改良してあるから、食霊を傷つけずに済むよ。だから、年獣も大丈夫だ。」
湯圓「よかったぁ……! それなら夕さんの怪我には響かないね!すごいんだね、獅子頭!」
麻婆豆腐「この仕掛け、本当に大丈夫? 海神祭りには、たくさんの人が集まるからね。」
獅子頭「心配しないで! 住民たちが仕掛けに突っこんでこない限り大丈夫さ。」
獅子頭「佛跳牆の指示で、高台の周りは壁で囲ったし、見張りもつけたんだ。何か起こったら、町の人たちは彼らが批難させてくれるよ!」
麻婆豆腐「でも、まだ心配は残るかな。前みたいに餃子を使って――いや、君じゃなくて食べ物の餃子ね。年獣が好きなものでおびき寄せた方がよくない? そのうえで住民を避難させたら……」
餃子「夕さんは食いしん坊だけど、一度引っかかった罠にはもう引っかからないと思う。」
餃子「でも、賑やかなのが好きだから、海神祭りが盛り上がってたら、好奇心で出てきちゃうと思うよ。そのとき、夕さんの好物を出したら確実じゃないかなぁ。」
麻婆豆腐「……なんか小葱みたいな人だな。まぁ、小葱のがひどいと思うけど。」
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「あははっ! 冗談だって。アンタは年獣よりずーっと可愛いしね!」
小葱「みぃー……」
獅子頭「もうすぐだよ! あと数分!」
松鼠桂魚「ほら、麻婆姉さん! この手毬の中に、餃子をたーんまり入れておいたよ♪ これならきっと年獣をおびき寄せられるはずっ!」麻婆豆腐「その手毬……最後にはヤバいことになってそうだな。」
松鼠桂魚「ん? なんか言った?」
麻婆豆腐「……いいや。舞台の方を見てくるよ。」
松鼠桂魚「りょーかい♪ 頑張ってね!」
第7話 獅子が舞う!
物語 目には目を、獣には獣を!
麻婆豆腐「すごい人だね……みんな、年獣が怖くないのかな?」
佛跳牆「引きこもっているよりよっぽどいいだろう? 嫌なことは楽しいことをして忘れる……これは、人間の長所のひとつさ。」
佛跳牆の声が耳元で響く。不意に聞こえた声に、麻婆豆腐は驚いた。いつの間にこんなに近くに……? けれどこんな騒がしい中では、これくらいの距離でなければ、会話は聞こえなかっただろう。
佛跳牆「今のところ、年獣による被害報告はあがっていない。俺たちもいるし、町の人たちは大丈夫だろう。安心しろ。」
麻婆豆腐「……佛跳牆。あたし、わかってるんだからね。アンタの目的は、町の人たちを守ることじゃないだろ?」
佛跳牆「フッ。お前や獅子頭たちのような「義理人情に厚い」者たちがいれば、町は安泰だ。俺の目的なんて気にする必要はない。目に見えるものが真実とは限らないからな。」
麻婆豆腐「アンタさ、そんなだから嫌われるんだよ。」
佛跳牆「ん? 小葱はオレのことを気に入ってくれてるじゃないか。」
麻婆豆腐「小葱は人でも食霊でもないし。」
佛跳牆「まったく……達者な口だな。」
麻婆豆腐「彼と魚香肉糸は、明日到着するってさ。でも、なんでそんなに北京ダックに会いたいの? もしかして、年獣と何か関係がある?」
佛跳牆「そういう訳ではないが――っと、獅子頭がお前を呼んでるみたいだぞ。」
佛跳牆(……さすが麻婆豆腐。鋭いな……悟られぬようにしないと)
麻婆豆腐は高台にいる獅子頭に目を向けた。獅子頭がこっちに向かって大きく手を振っているのが見える。何か叫んでいるようだが、周りの喧騒に掻き消されてしまってわからない。二人は、獅子頭の動きから意図を読み取る。
獅子頭(準備できた~? こっちは準備OKだよ~!)
麻婆豆腐はそんな獅子頭に、頭の上に、両手で大きく丸を作る。それから、獅子舞に使う頭部に手を伸ばした。
麻婆豆腐「あたしは行くから。町の人たちの安全はアンタに任せるよ。」
佛跳牆「ああ。お前は獅子舞に集中するといい。頑張れ。」
佛跳牆(……さて、ここでもう一度計画を確認しておこう。どんな横槍が入って、台無しになるかわからないからな)
麻婆豆腐は獅子の衣装に身を包み、高台へと飛び上がった。三百六十脚もの演壇を積み重ねた高台には、特別に作られたからくりが仕掛けられている。
獅子に扮した麻婆豆腐は、平地にいるかのごとく、華麗に舞い踊った。その様子は観客を魅了し、たくさんの喝采を得る。
麻婆豆腐は観客の声に答え、深々とお辞儀をする。そのとき、舞台の端から小さな手毬が転がってきたのを確認する。そのすぐあと、もう一頭の獅子が飛び出してきた。手順通りである。
麻婆豆腐はその獅子の動きに合わせ、手毬の奪い合いを始める。その様子に、観客は多いに盛り上がっている。そのとき、人混みを割って高台に近づいてきた風変わりな青年を、周りは誰も気に留めなかった。
年獣「こっちの方向だ、間違いない――ん? あれは……!」
年獣「獅子? へぇ、随分と高く飛ぶじゃないか。素晴らしい! でも、一体何を奪い合っているんだ?」
年獣「手毬……? あの中から角のパワーを感じる……。もしやあの獅子たち、私の角を奪い合っているのか?」
年獣「渡さないぞ! あれは、私の物だ!!」
青年の目が光り、空高く飛び上がる。そして、舞台に立つ麻婆豆腐の前に降り立つときには、その姿を凶悪な獣に変えていた。観客から恐怖におののく声があがる。
工匠「ね、年獣だって……!?」
村人「逃げろ! 喰われるぞ!!」
松鼠桂魚「みんなー! 落ち着いて! こっちから避難してー!! 整列して慌てないでねー!!」
佛跳牆「……やはり来たか――想定通りだ。よし、獅子頭、からくりを起動しろ!」
獅子頭「よしきた!」
獅子頭がからくりを起動するためのスイッチを入れた。すると激しい音を立て、年獣を閉じ込めるための囲い壁が現れる。その壁から、からくりの枝が年獣に向かって伸び出し、その行動を封じた。それは、年獣が麻婆豆腐に噛みつこうとした瞬間――まさに間一髪の出来事であった。
ホッとしたのもつかの間、急にからくりが止まってしまった。理由はわからない。年獣はその隙を逃さず、伸びてきたからくりの枝を払いのけ、麻婆豆腐から距離を取った。すぐさま戦闘態勢に入った麻婆豆腐は、獅子頭に向かって叫ぶ。
麻婆豆腐「あたしが足止めするから! 獅子頭はからくりを調べて!」
第8話 決戦
物語 ここぞというとき、からくりに問題が!
獅子頭「ううっ……! なんでこんな肝心なタイミングで止まっちゃうんだよ~!」
麻婆豆腐「獅子頭! 早くしてっ! そう長くは……もたない!!」
獅子頭「わかってる……わかってる、けど――動かないんだよっ!」
麻婆豆腐「年獣が逃げちゃうよ! 頑張って!」
餃子「ううぅ……原因がわからないんだよぉ……わぁあっ! 上の台まで崩れ始めたよっ! 姉さん、気を付けて!」
麻婆豆腐「あたしは大丈夫! アンタたちも気をつけて!」
湯圓「ひゃあ! 台が崩れてきた!?」
獅子頭「どうしてだよ!? 事前チェックは万全だったはずだ!」
餃子「獅子頭、落ち着いてっ! 今はこの状況をなんとかするのが先だよ! 深呼吸、深呼吸!」
獅子頭「あ、ああ……そうだな。お、落ち着け……僕っ! スゥ、ハァ、スゥ……!」
獅子頭「――よし、再起動したぞ! 麻婆豆腐、からくりが動くよ!!」
からくりが再び作動し、枝が再び年獣に伸びる。麻婆豆腐は距離を取り、年獣の様子を探っている。年獣は、再び自分に伸びてくるからくりの枝に舌打ちし、その場で大きく跳躍した。そして近くの壁を体当たりで壊す。
既に高台の周りには、人はまばらになっており、町人に被害はなかった。年獣はそのまま猛進し、その場から去ってしまった。
年獣がいなくなってもからくりはまだ動いている。消えた年獣の代わりに、その先にいた獅子頭目掛けて、からくりの枝は伸び続けた。
獅子頭「な、なんで僕がこんな目に……! ヤバいっ、このままじゃ寝ちゃう……は、離せ! はな……せ、Zzz……」
年獣は既に姿を消したので、麻婆豆腐は獅子頭たちの元へと移動した。
佛跳牆「心配はいらない。からくりに仕掛けた薬で眠っているだけだ。」
麻婆豆腐「何それ。いつ目覚めるの?」
佛跳牆「それはこいつが入れた薬の量次第だな。」
麻婆豆腐「……アンタって人は。そんなものこの高台に仕込んでるなんて、油断のない男ね。」
麻婆豆腐「さて、どうしようかな……まずは年獣も逃げたし、獅子頭が目覚めるのを待つかな。」
佛跳牆「安心しろ。ただ眠っているだけだ。お前たちは獅子頭を連れて先に事務所に戻っていろ。俺はここに残って後始末をする。」
麻婆豆腐「それで?」
佛跳牆「年獣騒ぎのとき、町人の避難をさせていたようだ。直(じき)に戻るだろう。」
松鼠桂魚「ただいまー!」
佛跳牆「……噂をすれば何とやら、だ。」
松鼠桂魚「問題なし! 子どもたちは年獣も演目の一部だと思って喜んでたよ!」
麻婆豆腐「そっか。それは良かった。」
麻婆豆腐「でも佛跳牆、町中で罠を張るのはやめなよ。何かあったらどうするの。」
佛跳牆「からくりがうまく作動していたら、こうはならなかっただろう。もちろん今回の状況も視野に入れての行動だ……さて、次の準備に移ろう。今は時間が惜しい。」
麻婆豆腐「……そうね。言いたいことはたくさんあるけど、海神祭りの準備もあるしね。」
麻婆豆腐「……本当にそう思ってる? アンタ、大概腹黒いよね?」
佛跳牆「ハハッ。誉め言葉として受け取っておこう。さて、年獣の件は海神祭りのメインステージが終わるまで、一旦据え置きにする。『海神娘々(かいじんにゃんにゃん)』に何かあったらまずいしな。」
餃子「『かいじんにゃんにゃん』ってなに? 海神祭りと関係ある?」
麻婆豆腐「そっか、餃子は海神祭りのこと知らないのね。話すと長くなるから、その話はまたにしようか。」
第9話 海神の祭典
物語 みなが首を長くして待つ祭典とは。
蘇盛二日
朝
湯圓「女神様みたい♪」
獅子頭「『みたい』じゃなくて、女神そのものだな。海神娘々だし。」
小葱「みぃ!」
獅子頭「へへっ! 小葱もそうだって言ってるぞ!」
麻婆豆腐「お世辞はいいから。おだてても何もあげないし。それより、松鼠桂魚、このびらかんざし、刺し直してくれない?」
松鼠桂魚「お、そのままだと髪に巻き付いちゃいそうだね。どれどれ……。」
餃子「すごいきれいだね、麻婆豆腐! でもどうしてそんな格好をしているの?」
獅子頭「麻婆豆腐が『海神娘々(かいじんにゃんにゃん)』だからだよ。海猫娘々は、海神祭りで町娘が交代で演じる役のことだよ。」
獅子頭「お芝居だけじゃない。本番当日、海神娘々に選ばれた娘は、町をぐるりと一周回る……それを『娘々招福(にゃんにゃんしょうふく)』と言うんだ。」
獅子頭「おっと! 最大の見せ場は別にある。海神娘々は、最後に歌劇をするんだ。『娘々救世(にゃんにゃんきゅうせい)』を演じるんだ!」
餃子「『娘々救世』? それって何?」
獅子頭「娘々は海難の予見ができるっている伝説があるんだ。漁夫の娘で、海でたくさんの人を助けたこともあるらしいよ。その伝説を物語仕立てにした歌劇ってことさ。」
餃子「そうなんだ、ありがとう! えっとね、ほかにも聞きたいことがあって……。まだこの町のこと、よく知らないから!」
餃子「でも、今一番気になってるのは、夕さんのこと! どうして夕さんを探しに行くのが、海神祭りの後なの?」
麻婆豆腐「この町の大部分は、海面漁業で生計を立てている。だから、海神を招きいれて、一年の収穫と平穏を保証してもらうんだ。」
麻婆豆腐「生活の基盤に繋がる大事な儀式をほっぽり出したら、みんな不安になっちゃうでしょ?」
麻婆豆腐「年獣のことで、既にみんなかなり動揺してる。これ以上の不安を煽るような行動は控えたいってところかな。」
佛跳牆「今年は麻婆豆腐が海神娘々に選ばれた。一度決まった海神娘々を変えるのは不吉なこととされている。だから、予定の変更はできない。そんなことで、町の人たちを動揺させたくないからな。」
佛跳牆「町の周囲に包囲網を張ってきた。祭りが始まるまでは様子見だな。」
佛跳牆「年獣が海神祭りの最中に待ちに侵入しようとしても、私の部下が全力で阻止してくれよう。」
佛跳牆「だが、油断は禁物だ。昨日のからくりを突破したくらいだからな。年獣は怪我をしたようだし、そこまで用心する必要はないだろうが――それより。」
小葱「みぃ!」
佛跳牆「小葱、誰か来たのか?」
麻婆豆腐「あら、おばあちゃん。もう出る時間?」
老人「出発まではもう少し時間がある。何か足りないものがないかい?」
麻婆豆腐「大丈夫! 安心してて、おばあちゃん! 急いで準備しちゃうね!」
第10話 降り立った神
物語 まもなく始まる海神祭、一体何が起こるだろう。
老人「麻婆豆腐、そろそろ出る時間だよ。」
麻婆豆腐「ええ、準備はできてるわ。行こう、おばあちゃん。」
松鼠桂魚「『海神娘々』、しゅっぱーっつ!!」
獅子頭「しゅっぱーつっ!!」
湯圓「ぱ~つ~!」
餃子「わぁ! オイラも行くよ! 待ってぇ~!!!」
佛跳牆は、皆が出て行くのを静かに見届ける。そして、一人になった佛跳牆は長い息を吐いた。
佛跳牆「……良いタイミングで私の話を遮ってくれたな。助かった。」
佛跳牆「――さて、今日の祭りも嵐が起こるかもしれんな。これから何をするつもりか、篤と見せてもらおう。」
本日は海神祭りでメインとなる歌劇『娘々救世』が上演される。そのため、観客の数も増え、町は異常な盛り上がりを見せている。海神娘々が町の南西にあるメインステージまで、華麗な花車(はなぐるま)と共に練り歩く。
獅子頭「交差点はすごい人だな……『邪を払い、神を迎える』って意味でラッキークラッカーを鳴らすためにいるらしいけど。」
謎の人物乙「おっと、ワリィな!」
獅子頭「あ! こっちこそすみません!」
獅子頭「……ん? お兄さん、どっかで見たような……?」
謎の人物乙「いや、人違いだろ。じゃあな!」
獅子頭「そっか……っと、すごい勢いで走ってちゃったな。海神娘々を見るために、待ってたんじゃないのかな?」
松鼠桂魚「ちょっとちょっと! ここ、すごいよく舞台が見えるよ! 一等席じゃない!?」
餃子「ここなら麻婆豆腐の舞台にかぶりつきだね~。えへへ、楽しみ~♪」
『海神娘々』を乗せた花車は、もう少しで目的地に到着する。最後の交差点を通り過ぎ、目前に歌劇をやる舞台が見えた。舞台前の観客たちは盛り上がりも最高潮に達している。ラッキークラッカーの音がひっきりなしに響いた。
餃子「いよいよ海神娘々の舞台だなー! 楽しみ~♪」
獅子頭「……ああ。それより餃子、ラッキークラッカーの音、すごく大きくないか? まるで霊力を爆発させたみたいな――」
年獣「煩いぃぃ!! なんだ、その音は!?」
餃子「え!? 夕さん!? どうしてここに夕さんが!?」
年獣「その音をやめろおぉおっ!! ぐわぁあああああぁっ!!!」
松鼠桂魚「ぎゃっ!? 年獣!? まずい、行列に飛びかかるぞ!」
湯圓「夕さん! やめて!」
餃子「湯圓! 今行ったら危険だよ! 夕さんの様子がおかしいっ!」
湯圓「だからこそ、湯圓たちが止めなきゃなの! そのために一緒に来たんだよね!?」
餃子「……その通りだ! オイラと一緒に行こう!!」
麻婆豆腐「待って! 年獣の相手はあたしよ!」
年獣「貴様はあのときの……! あれは私の物だ! 返せぇっ!!」
第11話 娘々救世
物語 熱烈な歓声が響き渡る。
麻婆豆腐が顔を覗かせると、カッとなった年獣が花車の前に飛び出した。驚きの声が観客からあがる。だが麻婆豆腐は、恐怖心をおくびにも出さずに、唸り声をあげる年獣の前にひらりと舞い降りた。そんな麻婆豆腐の凛々しい姿に、観客は熱い歓声を送る。
工匠「海神娘々! そいつをやっつけてくれっ!!」
村人「麻婆豆腐は、昨日も勇ましい獅子になり、年獣を追っぱらってくれた! 今回もきっと大丈夫だ! 頼りにしてるぞー!!」
謎の人物甲「……まいったな。麻婆豆腐だったか、厄介な奴だ。」
謎の人物乙「佛跳牆は今回も出てこないつもりだろう。共倒れさせるのは難しそうだ。こうなったら、奥の手を使うしかないな。」
謎の人物甲「奥の手? なんだ、それは。」
謎の人物乙「シッ! 詳細は後だ! 一旦引くぞ。」
怪しげな男たちは、素早くその場を離れた。誰ひとり、彼らのことは気にも留めない。それよりも、麻婆豆腐と年獣がどうなるか、それが観客の関心を引いていた。
年獣「クソッ! 貴様の顔は覚えたぞ! 今は引いてやるが、貴様の取ったもの、後で必ず取り戻しに来る! 覚悟しておけ!」
麻婆豆腐「……何の話?」
年獣は麻婆豆腐を一瞥し、ヒラリと身を翻し立ち去っていく。麻婆豆腐はその様子を見ながら、肌身離さず持っていた角を取り出した。そして、これまでのことを思い出す。何か――引っかかる。だが、その正体はまだ掴めない。
観客は年獣が現れても、まるで怯えた様子を見せない。どうやた麻婆豆腐と年獣のやり取りを、歌劇の一幕だと思っているようだ。歓声はより一層激しくなっていく。
村人「海神娘々が年獣を追い払ってくれた! さすが、海神娘々だ! 例年の舞台より、遥かに良かったぞー!!」
工匠「これこそ真の『娘々救世』だ! 麻婆豆腐は現世に蘇った海神娘々だー!!」
麻婆豆腐「……勘弁してよ、もう。年獣も去ったし、早く舞台を始めましょ。」
老人「舞台はもう終わったさ。」
麻婆豆腐「え?」
老人「使い古されて黴の生えた脚本より、本物の救済劇が人々の心を打った……。さぁ、最後の仕上げだよ、麻婆豆腐。」
老人は一歩前に出て、スッと手を上にあげた。
老人「皆の衆、頭を下げい!」
老人「控えおろう――」
老人「海神娘々のお通りだ――」
老人の声に、観客たちは麻婆豆腐にひれ伏した。その様子に戸惑う麻婆豆腐だったが、場の空気に飲まれ、大人しく流れに従った。
麻婆豆腐「ちょ、ちょっと! こんなの脚本にはなかった……!」
老人「海神娘々様、花車へどうぞ。それともこの場で民に何かお言葉をかけますか?」
麻婆豆腐「じょ、冗談っ! 勘弁してよっ! おばあちゃんの言う通りにするから、このまま帰して……!」
花車に乗る前に、麻婆豆腐は手に持ったままになっていた角を獅子頭に渡した。
麻婆豆腐「獅子頭、これを佛跳牆に渡してくれる? 年獣はきっとこれを取り返すために襲ってきたと思う。最初に町を荒らして回ったのも、きっとこれの為だったんだね。」
松鼠桂魚「え? 何これ……角?」
湯圓「ひゃっ!? これ、夕さんの角なの! どうして麻婆豆腐がこれを持ってるの!?」
麻婆豆腐「……拾ったの。誰が落としたかはわからないわ」
獅子頭「そっか! 佛跳牆なら何か知ってるかもしれないね。わかった、麻婆豆腐! 僕に任せて!!」
麻婆豆腐(この事件の真相は……もしや……)
第12話 花灯会
物語 盛り上がる花灯会、隠された危険。
蘇盛四日
夜
海神祭りの目玉である歌劇『海神救世』が終わり、町は落ち着きを取り戻し始める。だが、まだ海神祭りが終わった訳ではない。蘇盛四日から『花灯会(かとうかい)』が始まる。町が灯火に照らされ、その様子を楽しむためのイベントだ。
更に海神祭りの最終日には、町民が海神娘々から守護を得るために祈る儀式――『打鉄花(だてっか)』が行われる予定だ。
『打鉄花』は、溶かした鉄を空に放つパフォーマンスで、海神祭りの締めとして催される。麻婆豆腐たちも、祭りの最後に立ち会うために、花灯会の会場へと向かっていた。
松鼠桂魚「あれから年獣も町に来てないし、花灯会を存分に楽しめそうだね! あの角を佛跳牆に預けたのがよかったのかなー。」
湯圓「佛跳牆さんは角を夕さんに返すって言ってたけど、もう返してあげたのかな?」
麻婆豆腐「年獣が角のために町にやってきたのなら、角を返せば一件落着よね。ただ……」
餃子「ただ? なにか問題があるの?」
麻婆豆腐「……ううん、何でもない。気にしないで。」
麻婆豆腐(角は鋭利な刃物で切り落とされた跡があった。角を落としたあの人……わざと落としたんじゃないかな。あまりにもタイミングが良すぎる、まるで仕組まれたみたいに)
麻婆豆腐(これくらい、佛跳牆なら当然気づくはず。でも、彼は動かなかった。やっぱりこの話には、何か裏があるな……)
麻婆豆腐「あ……本当だ。」
麻婆豆腐が湯圓の指す方向を見ると、そこにはラッキークラッカーを持った無邪気なパンダの姿があった。間違いなく、あれは小葱だ。何故こんなところに……? 麻婆豆腐は不思議に思う。
麻婆豆腐(この前、年獣はラッキークラッカーの音でおかしくなった――角が佛跳牆のところにあれば、年獣はまた町に現れるはず……)
麻婆豆腐「ねぇ、みんな。ちょっとお願いがあるんだ。小葱を連れて、先に『打鉄花』の舞台まで行っててくれない?」
麻婆豆腐「あたしは佛跳牆に確認したいことがあるから、後から行く。」
松鼠桂魚「佛跳牆に用があるの? だったらあたしも一緒に行こうか?」
麻婆豆腐「大丈夫。松鼠桂魚はこの子たちと一緒に行ってあげて。何かあったら頼むね。」
松鼠桂魚「うん、わかった。任せて! ……って、麻婆豆腐!?」
湯圓「……行っちゃった。麻婆姉さんは、足が速いね。」
餃子「ねぇ湯圓、あれ……ちまきじゃない? おーい、ちまきー! こっちだよー!」
麻婆豆腐は人の流れを遡って、佛跳牆の景安商会に向かう。嫌な予感が脳裏にこびりついて離れない。
麻婆豆腐(この事件は、佛跳牆に任せれば終わるような、そんな単純な事件じゃない。きっと何か裏がある……!)
第13話 『誘き出し』
魚香肉糸「にか急いでいるみたいね。」
北京ダック「あの先には、佛跳牆の商会があります。彼に何か用があるのでしょうか。」
魚香肉糸「確認した方が良いのでは。」
北京ダック「そうですね、呼び止めて聞いてみましょう。」
北京ダック「麻婆豆腐、お久しぶりです。そんなに急いでどうしました?」
麻婆豆腐「あ、北京ダック? 魚香肉糸も。花灯会、楽しんでる?」
北京ダック「そうですね、そのために来たのですから。」
麻婆豆腐「佛跳牆とはもう会った? あいつ、アンタに用があるみたいだったよ。これからあたし、佛跳牆のところに行くけど、一緒に行く?」
北京ダック「もう話は終えたので大丈夫ですよ。それに、これから誘き出し(おびきだし)に行かねばなりませんから。」
麻婆豆腐「……『誘き出し』に行く?」
北京ダック「ああ、丁度いい。麻婆豆腐も一緒に行きましょう。」
麻婆豆腐「え? これからあたしは佛跳牆のところに行くから。年獣の角が今、彼のところにあって――」
北京ダック「……シッ。」
北京ダック「吾と一緒にくれば、すべてわかります。ただし、監視には十分、お気を付けくださいね。」
困惑しつつも、麻婆豆腐は北京ダックに従った。年獣の角について、北京ダックが何かを知っている様子だったからだ。自分の預かり知れぬところで、今回の件について、二人は関わっている――そんな予感もあった。
麻婆豆腐(北京ダックは警戒心を崩さない。誰につけられてるっていうの? 目的は何? それに……この先には――)
北京ダック「ここは広いですね。『打鉄花』のパフォーマンスを見せるのに最適な場所です。花灯も見られるし、視野も悪くない……舞台の時間まで、のんびりしましょうか。」
魚香肉糸「私は無関係の者が迷い込んでこないよう、見張りに行きます。」
北京ダック「わかりました。お願いします。」
麻婆豆腐「アンタたち、何を企んでいるの? なんでこんなところに来たの?」
北京ダック「先ほども言いましたが、誘き出すためですよ。」
麻婆豆腐「……何を誘き出すつもりなの?」
北京ダックは柔らかな笑みを浮かべて目を細めた。そして、懐から何かを取り出す。それは、麻婆豆腐にとって見覚えのあるものだった。年獣の角と幻晶石である。更に北京ダックは、何やら呪文を唱え始めた。すると、それに呼応し、角がふわふわと浮かび上がる。
麻婆豆腐「ちょっと! どうしてアンタが年獣の角を持ってるの!」
その言葉に、麻婆豆腐は驚いて目を見開いた。その瞬間、低い咆哮が辺りを支配する。ハッとして振り返ると、息を切らせた年獣が数メートル先に立っていた。
年獣「――ぐぉおおぁああっ!! 返せぇっ! 返しやがれ!!」
年獣「それは私の角だー! クソがぁああっ!!」
第14話 舞い上がる鉄の花
物語 絢爛な「打鉄花」、なぜこの時間に…?
年獣「貴様ら、いったい何者だ! 何故、私の角を奪った! 貴様ら、あの連中の仲間か!!」
麻婆豆腐「こ、これはいったい何事なのよ!? あの連中って誰のことさ!」
年獣「私の角を切り落とした男たちのことだ。その角を持っているということは、あいつらの仲間なんだろう!」
麻婆豆腐「これは落し物だ! あたしは、落とした奴らのことなんか知らない――」
北京ダックは、困惑する麻婆豆腐の前にスッと手を差し出して言葉を遮った。そして周囲を囲む怯える観客と麻婆豆腐に視線を送り、深く頷き、年獣に向け、一歩前に出る。
北京ダック「夕さん、私は北京ダックと申す者です。貴方と交渉がしたい……。」
年獣「……交渉だって?」
年獣は、訝し気に北京ダックを睨む。唐突な申し出に混乱しているようだ。
年獣「お前らは、私の角を奪った奴らの仲間ではないのか!?」
北京ダック「もちろんです、ご安心ください。私は貴方と争いたくありません。」
年獣「……オオォ。貴様、私ほどではないが端整な顔立ちをしているな……! 誠実さを感じる――」
麻婆豆腐(『誠実さ』ですって? この年獣、何言ってるんだか……)
北京ダック「ありがとうございます。では貴方にお願いを――この角をお返ししますので、どうかここから立ち去っていただけませんか?」
年獣「……わかった、貴様のことを信じよう。角は、お前が直接、私の元に持ってこい。それが条件だ。」
北京ダック「ありがとうございます。」
北京ダックは、角を手に年獣へと向かって歩いていく。その様子を麻婆豆腐と、事態に気づいた周囲の町人たちは固唾を呑んでその様子を見守っている。
その隙に、ひとつの影が『打鉄花』で使う溶炉へと近づいた。そして、木の板を溶炉から取り出し、溶解した鉄の液体を華々しく空に放つ。
麻婆豆腐「……え!? 打鉄花!? まだ始まる時間じゃないでしょ!?」
年獣「ん? なんだこの光は――」
年獣「ぎゃあぁああぁああっ! 熱いっ!! 熱いぃいいいっ!!! 貴様ら、私を騙したな!」
年獣「やはり貴様らは、実験と称して焼き鏝(ごて)を当てた連中の仲間だったのだな!? 許さぬ……!! 貴様らの言いなりにはもう絶対にならぬっ……!!!」
北京ダック「おや……打鉄花に刺激され、理性を失い始めたようです。この場所を選んだのはミスでしたね。あと一歩でしたのに、残念なことです。」
麻婆豆腐「北京ダック! これは何なの!? 佛跳牆はどうしたのよ!?」
北京ダック「『誘き出す』と言ったでしょう? 彼もまた、年獣とは別の『誘き出した者』を捕らえに行っていますよ。」
北京ダック「それより、今は彼を落ち着かせることが最優先でしょう。町を荒らされては困りますよね? 被害を最小限に食い止められる場所に移動しましょうか。」
第15話 決戦の埠頭
物語 年獣が向かう先は…
年獣「許さぬ……! 貴様ら、全員喰ってやるぞ……!! ぐぉおおぁああっ!!」
麻婆豆腐「ちょっと! 埠頭なんかに誘き出してどうするのよ! みんな花灯会に行っちゃってるから、ここには誰もいないよ!」
麻婆豆腐「あたしとアンタだけで、理性を失った年獣相手にどうしようって言うのよ! いくらアンタが強くったって年獣相手じゃあどうしようもないよ!!」
北京ダック「……ほう、これが佛跳牆の船ですか。なかなか立派ですね。年獣との対決には相応しい舞台と言えましょう。」
麻婆豆腐「ちょっと聞いてるの!? アンタたち、いったい何をしようとしているの!?」
北京ダック「吾たちは、降りかかった火の粉を払おうとしているだけす。佛跳牆は味方も多いが、立場上、敵もそれなりに存在します。」
麻婆豆腐「そのことと、今のこの状況と、いったい何の関係があるのよ!?」
北京ダック「……佛跳牆の敵は、年獣を捕らえて実験と称して拷問を繰り返す悪人でしてね。佛跳牆の商会と年獣が争うように仕組めば、佛跳牆と年獣、双方が疲弊しますよね? 敵は、『漁夫の利』を狙ったのでしょう。」
北京ダック「しかし、佛跳牆は表立って彼らと戦うことを避けたかった。そうなれば、その敵対組織のことをそなたに教えなければならなくなるからです。佛跳牆は、そなたを危険な目に遭わせたくなかった……。」
麻婆豆腐「なるほどね。あたしのために……ってのは眉唾だけど、わかったことがあるわ。この年獣は、少なくとも悪者ではないってことね!!」
麻婆豆腐「なら、あたしたちがやることは、この年獣を倒すことじゃない……正気に戻してあげることだ!」
年獣「うぐぉおおぁああっ!! ギャアアアア!!!!!」
北京ダック「ほう、人の形をしていても、これほどの雄叫びをあげられるとは。」
麻婆豆腐「何を余裕かましてんのよ!! アンタも一緒に戦ってくれるんでしょうね!? さすがにあたしじゃけじゃ。年獣の相手なんて無理だよ!?」
そんな麻婆豆腐の叫びに呼応するように、年獣は激しい咆哮をあげる。そして、麻婆豆腐たちの前で、次第に凶悪な獣へとその姿を変えていった。年獣は、大きく身を捩り、高く飛びあがる。その先は佛跳牆の船――その甲板だ。
佛跳牆「……まさか、この埠頭を指定してくるとは思わなかったよ。なかなかやり手だな、北京ダック。」
北京ダック「おや、佛跳牆。そなたの船、なかなか悪くありません。まさに、最終決戦に相応しい場所だと判断しました。」
麻婆豆腐「佛跳牆! そっちの状況は!? 敵は捕まえたの!?」
北京ダック「これだけお膳立てしてあげて、まさか逃したとは言わないでしょう。ですよね? 佛跳牆。」
佛跳牆「……一人は捕まえた。もう一人は、獅子頭に任せた。すぐに捕まえてここに連れてくるはずだ。」
北京ダック「ふむ、捕まえた者から何か聞き出せましたか?」
佛跳牆「……なかなか口が堅くてな。よく教育されている。」
佛跳牆「だが、こいつらの組織――承天会(しょうてんかい)が年獣を使って私の力を削ごうとしたのは間違いない。年獣に町を荒らさせ、俺の組織が再建のために動きを取れなくさせる。」
北京ダック「そうなれば、彼らを捕らえるための人員を割けないから……ですか。ふふ、悪くない計画ですね。」
麻婆豆腐「その話、今しないといけないこと!? まずは年獣を落ち着かせるのが先でしょ!!」
北京ダック「確かに、そなたの言う通り。佛跳牆も来たことですし、ここはお任せするとしましょう。先ほどは花灯会で年獣と派手な立ち回りをしてしまいましたから、町も騒ぎになっていることですし、そちらは吾らにお任せを。」
佛跳牆「そうだな、そっちは任せた。」
北京ダック「では、麻婆豆腐……これを。健闘を祈ります。ええ、そなたなら大丈夫でしょう。信用してますよ。」
北京ダックは麻婆豆腐に年獣の角を渡す。そして、颯爽と上着の裾を翻し、その場を後にした。
最終章
物語 この喜びは、永遠だろうか。
年獣「く……そぉっ……!」
麻婆豆腐「大人しくなさい。あなた霊力を消耗しすぎた。まだ怪我も快復してないし、限界に達したんだよ。」
年獣「また……私を捕まえて、苦しめるつもりか……?」
麻婆豆腐「私たちはアンタを捕らえたりしない。保護するだけよ。」
年獣「貴様の話なんか信じられるか! 人間に与する食霊の分際で!」
佛跳牆「だったら、角を返すことはできないな。」
年獣「もともと返すつもりなどないだろう!」
佛跳牆「これは霊力のバランスを取る角なのだろう? 君がこの町に危害を加えないと約束するなら、この角を返そう。だが、できないというなら返せない――俺にも、守りたいものがあるからな。」
佛跳牆「取引をしようじゃないか。お前にとって、そんなに悪い話ではないと思うが?」
佛跳牆「俺だって霊力を出し尽くしたお前を叩きのめすような真似はしたくない。俺は、ただ町を守れればそれでいいんだ。」
年獣「まさか……本当に角を返してくれるのか?」
佛跳牆「俺は承天会の者じゃないからな。」
年獣「承天会! そうだ、あいつらはどうした!?」
佛跳牆「俺の仲間が捕らえている。お前が望むなら、角と共に奴らを引き渡してもいい。」年獣「……何が望みだ。」
佛跳牆「頭は悪くないみたいだな。私はもともと、お前の角と髭が欲しかったが、代償がでか過ぎる。代わりに、ひとつ頼みたいことがあるのだが。」
年獣「……なんだ。まずは内容を聞かせる。」
佛跳牆「なに、簡単な話だ。承天会が私の留守を狙ってこないように、この町を守ってほしい。」
年獣「どういうことだ? 貴様、ここを離れるのか?」
佛跳牆「承天会の奴らは、俺のシマを荒らした……その対価を払ってもらわなければならない。」
年獣「ほぅ……! なかなか面白い奴だ。」
年獣「いいだろう、角と引き換えにその話、聞いてやる。」
麻婆豆腐「ちょっと待って! 承天会ってなにさ?」
佛跳牆「……お前には話したくなかったが、こなれば仕方ない。あとで話してやる。麻婆豆腐、彼の角を。」
言われるまま、麻婆豆腐は年獣の前に角を置いた。年獣は慌ててそれを手にする。
年獣の霊力は、まだ完全には回復してはいないが、さきほどのような怒りは消えた。
年獣「……感謝する。」
年獣「約束は守るつもりだが、果たして私の助けを町の者たちが受け入れてくれるかどうか……。」
麻婆豆腐「そんなこと気にしなくていいさ。あたしたちと一緒に町に戻ろう。事情を話せば、みんな分かってくれるよ。アンタ、賑やかなの好きだよね? まだ、海神祭りは終わってないからね!」
年獣は何か言いたそうにしていたが、気まずそうに溜息をついただけだった。麻婆豆腐はそんな年獣を見て、嬉しそうに笑った。
佛跳牆「まさか承天会が送り込んできた奴に打鉄花ができるとはな。」
年獣「あいつらは、年獣だけじゃない……食霊も同じような方法で苦しめていた。貴様たちも危ないぞ。」
佛跳牆「だろうな。」
佛跳牆「奴らはきっと、お前だけじゃなく、俺ら食霊たちも捕らえようと今回の計画を立てたのだろう。」
佛跳牆「お前には聞きたいことがたくさんある。だが、それは明日以降でいい。花灯会も今日で終わりだからな。存分に祭りを楽しもうじゃないか。」
三人は、花灯会の会場に向かった。辿り着くまでの間、暫し年獣について聞かせてもらった。名前は『夕』と言うらしい。夕は、花灯会の会場に着くと、花灯に夢中になって目を輝かせる。麻婆豆腐はそんな彼を微笑ましく見ていた。
麻婆豆腐「ふふっ。無邪気だね、夕は。」
佛跳牆「もともと年獣は伝説から生まれた生き物だからな。怖い化け物だというのは、噂話でしかない。」
麻婆豆腐「そうだね。少なくとも夕は良い年獣だ。仲良くなれて良かったよ。、夕……あれ――夕!?」
佛跳牆「はぐれたか。だが、問題ない。既にうちの奴らに、彼のことは連絡済だ。そのあたりはうまくやってくれるだろう。」
麻婆豆腐「そっか……なら安心だね。じゃああたしは、みんなのところに行かなくちゃ。小葱の面倒を頼んでおいたんだよね。でも、その前に――そろそろ詳しい話を聞かせてもらおうかな? 今は二人だけしかいないしいいでしょ。」
佛跳牆「……ここで引いておけば、巻き込まれないで済むのに。お前は相変わらず変わった女だな。」
麻婆豆腐「あたしはもう、既に巻き込まれてるでしょ。だから、キッチリ話してちょうだい、アンタの敵である『承天会』のこと。あたしのこと利用したんだから、言い逃れは許さないからね?」
佛跳牆「人聞きが悪い。協力してもらっただけさ。そもそもお前は、年獣が町で暴れていたら、放っておくような女じゃないだろう?」
麻婆豆腐「それはそれ、これはこれよ。で? 今回のこと、アンタは随分前から真相を知ってたように見えるけど。」
佛跳牆「ああ。前もって武昌魚(たけまさうお)から情報が流れてきていたんだ。だが、角については聞かされていなくてな。それについては、北京ダックから教えてもらった。」
麻婆豆腐「なるほど。北京ダックも、なんだかいろいろ物知りだからねぇ。」
麻婆豆腐「だからって、あの北京ダックが、ただで協力してくれるとは到底思えない。アンタは北京ダックとどんな取引をしたの?」
佛跳牆「お前には敵わないな。まぁ大した話じゃない。もし奴に何かあったら、そのときは手を貸してやるってだけさ。」
麻婆豆腐はその回答に不満げに口先を尖らせ、佛跳牆のお尻に向かって鋭い蹴りを入れた。想定外の攻撃に、佛跳牆は低く声を漏らすも、なんとか堪える。
麻婆豆腐「これは、アンタがみんなを弄んだ代償だ。今回のことはこれで許してあげる。でも、もしまた同じようなことがあったら、どんな理由があっても、あたしはアンタを許さないから。覚悟しておいて?」
フン、と鼻を鳴らし、麻婆豆腐は毅然と背を向ける。町の赤い灯が彼女の後ろ姿を赤く染めた。その姿に、佛跳牆は引き留めようと伸ばした手を止める。そんな彼に気づかず、、麻婆豆腐は人混みに紛れて去っていった。
佛跳牆「相変わらずだな、麻婆豆腐は。まぁ、そこがあいつのいいところだが。」
佛跳牆「どうあれ、やっと今回の事件は解決した。これで彼女も祭りの最後を安心して楽しめるだろう。」
佛跳牆「だが、まだ戦いは始まったばかりだ。これから先のことは、まだ不確定なことばかりだ。だが……俺は決して誰にも負けない――この命を引き換えにしても、な。」
(メインストーリー終)
サブストーリー
Ⅰ春陽門
年獣のうわさ1
物語 人食い怪獣?
タケノコ屋の前で、麻婆豆腐はしゃがみこんで熱心に物色中だった。だが、コレという決め手にかけ、選び出すことができずにいた。すると、麻婆豆腐の肩に乗ったパンダの小葱(こねぎ)が急に勢いをつけて跳ね上がった。
小葱「みぃーー!」
麻婆豆腐「ダメよ、小葱! 食べるのは買ってからよ!」
麻婆豆腐は、タケノコにしがみつこうとした小葱を慌てて止める。そのときだった。
村人「……年獣だって?」
工匠「ああ。また出たみたいだ。」
村人「ついこの間も見たような……年獣のヤツ、何回来るんだよ?」
麻婆豆腐(『年獣』? 何かしら……)
麻婆豆腐「すみません、何かあったんですか?」
工匠「おや、麻婆豆腐。あの人食い年獣が、またここにやってきたみたいだ。ついさっき、見たってヤツがいるらしい。」
麻婆豆腐「人食いだって!?」
村人「そうそう! 人間をまるごと飲み込んで、骨まで喰っちまうらしいぜ!」
麻婆豆腐「まるごとって……骨まで食べるの?!」
工匠「怖ぇな。あんたも知り合い連中に注意してやったほうがいい。それと小葱は、見るからにうまそうだ。年獣の餌食になるかもしれないぜ!」
小葱「みぃー?!!!!! みぃぃぃぃ!!」
麻婆豆腐「そんな泣かなくても大丈夫だよ。小葱のことはあたしが守るから。」
村人「おっと、そろそろ行かねぇと! またな、麻婆豆腐っ! 海神祭りで会おう!」
麻婆豆腐「ええ! また海神祭りで!」
・サブストーリー謎の影の計画1
物語 どうするつもり?
市場がたくさんの人が溢れている。そんな大賑わいの中、黒いフードで顔を覆って歩いている二人の場違いな男の姿があった。
二人は賑やかな町の人たちにはまるで興味を示さず、滑らかに傍らの路地に入る。
謎の人物甲「ちゃんと年獣の噂は広めたか?」
謎の人物乙「ああ、俺が手配した。今頃、町は大騒ぎだろうよ。」
謎の人物甲「本当か? それにしちゃ、町の奴らは随分と浮かれているみたいだが?」
謎の人物乙「うーむ、確かにそうだな……。まぁ。海神祭りがもうすぐだからな、仕方ねぇだろう。」
謎の人物甲「おい! なに納得してんだよっ!」
謎の人物乙「うっ……! でもよ、この町は年獣による被害が少ないしさ。だから、危機感がないのかもしれねぇぜ。」
謎の人物甲「ここのヤツらは堕神の襲撃にも慣れてるし、佛跳牆(ぶっちょうしょう)のヤツもいる……年獣くらいじゃ怖がらないってことか。ちっ!」
謎の人物乙「佛跳牆……目障りなヤツだな。あいつ、昔っから俺たちを敵対視してるだろ。」
謎の人物甲「ハッ! 今回はただじゃ済まさねぇ! あいつに一生忘れられない恐怖を捻じ込んでやるぜ! 行くぞっ!」
おばあちゃんの頼み
物語 麻婆豆腐が受けた依頼とは?
麻婆豆腐は、荒らされたキッチンを無言で片付けていた。そこに、一人の老人がやって来る。
老人「お邪魔するよ。」
その声は、よく聞く声近所のおばあちゃんの声だった。麻婆豆腐は汗を拭って、慌てて奥から出る。
麻婆豆腐「おまあちゃん、どうしたの?」
すると、おばあちゃんはまじまじと麻婆豆腐の顔を見ている。
麻婆豆腐「ん? あたしの顔、何かついてる?」
麻婆豆腐は不思議に思って、自分の顔に触れる。すると、先ほどまで薪を集めていたせいで、その頬は黒煤で汚れていることに気が付いた。
おばあちゃんはクスリと笑って、そっとハンカチを取り出して、麻婆豆腐に渡す。それを受け取った麻婆豆腐は、照れくさそうに舌を覗かせながらそれを受け取った。
老人「貴方は女の子なんだから、もっとおしゃれになさい。」
麻婆豆腐「薪集めに夢中になってたから気づかなかったよ……あはは。それはそれとして――おばあちゃん、私に何か用があって来たんじゃないの?」
老人「ああ。うちの隣に住んでいる赤ちゃんがいるでしょ? その子の部屋が年獣に壊されたらしくてね。」
麻婆豆腐「ええっ! 誰もケガしてない!?」
老人「それは大丈夫。ただ、あそこはうちと同じで、老人と子どもだけだからさ。あんたがなんとかしてやってくれいないかと思って。」
麻婆豆腐「あー……うちの若い衆は今、休みを取って帰省中なんだよね。でも大丈夫! 今、佛跳牆たちの代わりに、町の修繕を頼んでいる子がいるの。おばあちゃんとこに行くよう、伝えておくよ!」
老人「ありがとう。じゃあ、そろそろ行くわ。」
麻婆豆腐「あ、待って! 家まで送るよ!」
老人「ああ、まだ帰らないんだ。これから海神祭りに使うものを見繕いに行くつもりなんだよ。年獣たちが物を壊してないといいけど……こんなことで、海神祭りを楽しめなくなったら嫌だからね。」
麻婆豆腐「そうだね。」
老人「じゃあ今度こそ行くね。麻婆豆腐、海神祭りのこと、頼んだよ。」
麻婆豆腐「任せといて!」
こどもたちの願い
物語 いつだって純真な願い
麻婆豆腐は、年獣の聞き込みを再開した。そのとき、急に少年のけたたましい叫び声が耳を劈いた。驚いて上を見上げると、屋根の上にいる獅子頭(シーズートウ)と目があった。
獅子頭「わーっ!!! 麻婆姉さん、危ない!! どいてどいてー!!」
――ドスン!!
ピタリと立ち止まった麻婆豆腐の前を、激しい音を立てて瓦が落下していく。それが床に落ちるのを見届けてから、麻婆豆腐は勢いよく上を向いた。
獅子頭「ごめんごめん! それより、何かあった?」
麻婆豆腐「うん、仕事の進捗はどう?」
獅子頭「ばっちり! 頼まれたとこはぜーんぶ終わったよ。さっき行くように言われた、年獣が壊した部屋には、ガラス窓をつけておいた! 見た目は今まで通りだけど、夜にスイッチをつけると、寝たままで星空を見れるぞ!」
麻婆豆腐「へぇ、いいじゃない。あそこの子どもたちは、星を数え終わると両親が帰ってくるって信じてるみたいだね。夜になるといーっつも屋根の上で星を数えてるんだって。おばあちゃんが心配してた。」
獅子頭「それ、僕もおばあちゃんから聞いた。パパとママにそうやって教えられたみたいだよ。……っと、この辺で話は終わり! ボクはまだ仕事の途中なんだ!」
麻婆豆腐「わかった、ありがとっ! 続きも頑張れ!」
獅子頭「うん! 頑張るっ! 姉さんも頑張ってね!」
年獣のうわさ2
物語 年獣の角がない?
村人「おい! 聞いたか?」
工匠「あん? 何をだよ?」
村人「年獣のことだよっ!」
工匠「……聞くまでもねぇ。あいつらのせいで、うちの倉庫がめちゃくちゃにされた。まったく、なんだってこんな時期外れにきてやがんだ……?」
村人「さぁな。何の約束をしてる訳でもねぇ。律儀に年越しに来る必要はねぇよな。つーか、むしろ来んなって感じだが。」
工匠「うちの爺さんに聞いたんだが、昔出くわした年獣は大人しかったって聞いたぜ。その時の年獣には角が生えてたらしい。」
村人「うちの爺ィは、年獣は凶暴だって言ってたぜ。あ、でも、そのときの年獣は頭をケガして、角が折れてたって言ってたな。」
工匠「じゃあ、角が問題の可能性があるのかね。伝説で伝え聞く神様や化け物ってヤツぁ、角が折れると暴れ出すだろ?」
村人「確かに。じゃあ今、町で暴れてる年獣の角は折れてるかもしれねぇのか……ん? 麻婆豆腐じゃねぇか! お前、何か知らねぇか?」
麻婆豆腐は彼らから年獣に関する事情を聴いた。その話に、麻婆豆腐は首をかしげる。
麻婆豆腐(年獣が町で暴れているのは、角が折れたせいかもしれない……? あんまりピンとこないな。もっと情報が必要だな)
魚の骨マークの手紙
物語 佛跳牆が受け取った謎の手紙
麻婆豆腐「いつも通りってことね。何か異変はないの?」
松鼠桂魚「異変?」
麻婆豆腐「そう……例えば、北京ダックと連絡を取り合ってる、とか。」
松鼠桂魚「ないんじゃない? 北京ダックに連絡するには、いつも姉さん経由してたじゃん。」
麻婆豆腐「そう、だよね……。」
松鼠桂魚「あ、そういえば……おとといだったかな? 宛名のない封筒が届いたんだけど、佛跳牆が「自分のだ」って奪ってったんだ。誰からの手紙か聞いたけど、教えてくれなくてさ。叫化鶏(きょうかどり)は「ラブレターだ!」って言ってたけどね。」
麻婆豆腐「他に、その手紙で何か気になったことはなかった?」
松鼠桂魚「うーん……どこにでもある普通の封筒だったよ。あ、でも魚骨の印影が押してあったよ。どこのお嬢様の趣味なんだか……。」
麻婆豆腐(印影……魚骨のマークがついてた? どっかで見たような……)
麻婆豆腐「ま、いいかっ! 年獣には関係なさそうだし。今は、年獣の情報集めが先よ! 二手に別れて探しそう。頼んだよ!」
松鼠桂魚「うん! 任せといて~!!」
生命危機
物語 小葱があぶない?!
松鼠桂魚と別れた麻婆豆腐は、被害に遭ったお店に出向いて話を聞くことにした。
商人「ああ、急にやってきてな。あっという間だったよ。角? どうだったかなぁ……。」
小葱「みぃーー!」
商人「わっ!? な、なんだよ!」
小葱「みぃー……」
糖葫芦屋が叫ぶ声に反応し、小葱は麻婆豆腐の傍を離れた。そして、糖葫芦屋の近くまで駆け寄っていく。その途中、小葱は突然、誰かに抱えあげられた。
龍鳳燴「お? 丸々してうまそうだな。こりゃ、シチューの具にピッタリだ!」
小葱「みぃーーーー!!!!」
雄黄酒「おいおい……そりゃどっかで飼われてるペットじゃねぇか? 早く下ろしてやれ。」
小葱は目を見開いて、龍鳳燴の手から逃れようとジタバタと激しく暴れる。彼らの会話の意味がわかったのか、その様子は恐怖に囚われていた。
龍鳳燴「ハハハハハッ!! 見ろよ、こいつ尻振ってるぞ! 可愛いなぁ!!」
小葱「みぃ!!!」
雄黄酒「まったく……噛まれても知らないぞ。」
雄黄酒が苦言を告げた瞬間、龍鳳燴(ロン・フォン・フイ)の指が噛まれ、驚いて腕を振り回した。
龍鳳燴「いたたーー! 離せ!! おい、離せッたら!」
麻婆豆腐「――小葱ー! どこ行ったのー!?」
その声に小葱はビクンと反応し、両手を羽ばたかせる。そして、走ってきた麻婆豆腐の胸を目掛けて飛び込んだ。
麻婆豆腐「わっ! こ、小葱!? 興奮してどうしたの?」
龍鳳燴「驚いたぜ……随分と鋭い歯をもってやがるな、そいつ。」
麻婆豆腐「あ、もしかして小葱に噛まれた!? ごめんねっ、すぐ医館に行った方がいいよ! あたしも一緒に行くから!」
龍鳳燴「……いや、大丈夫だ。ちょっと噛まれただけさ。気にしないでくれ。」
小葱「みぃ!」
小葱は、麻婆豆腐の胸にしがみついて、自分を捕まえようとした二人に歯を剥いて威嚇する。
麻婆豆腐「小葱! ダメだよ!」
龍鳳燴「ハハハッ! 俺がオメェを捕まえようとしたから怒ったんだろ。悪かったな、小葱。」
小葱「みぃ!」
小葱の頭を撫でようと、龍鳳燴は手を伸ばした。すると小葱はぶるると体を震わせ、小さく唸り声をあげる。龍鳳燴は仕方ないといった様子で、糖葫芦屋で一本糖葫芦を購入してきた。
龍鳳燴「オメェにこの糖葫芦をやるよ。さっき失礼した詫びだ。」
小葱「みぃ? みぃーーー!!」
小葱は匂いにつられて、差し出された糖葫芦に勢いよく食らいついた。一心不乱に肉を食べる小葱に、周りにいた皆が思わず笑ってしまった。
龍鳳燴「面白いヤツだな。」
麻婆豆腐「そうですね。この子、美味しいものに目がないんです。普段は本当に大人しい子なんだけど。」
龍鳳燴「ははっ。素直でいいじゃねぇか。気に入ったぜ! あ、名前を教えてなかったな。俺は龍鳳燴、こっちは雄黄酒だ。」
雄黄酒「……ど、どうも。」
龍鳳燴「ああ。麻婆豆腐……か。よし、覚えたぜ! これからも、よろしくな。」
黒と白の凶獣
物語 凶暴な獣
パスタはナイフラストから光耀大陸の景安までやってきた。話し相手は無口だが、干渉してこないオイスターを連れて買い付けをしている。この時間をパスタはそれなりに楽しんでいた。
パスタ「おい、オイスター。さっきから何を見ている?」
カキ「あの人の連れている生き物……ナイフラストで見たことがない。」
パスタ「ああ、誰かのペットだろ。光耀大陸には生き物以外にも、珍しいものがたくさんあるんだ。だからこそ、わざわざここに買い付けにきたんだからな。」
カキ「うん……ねぇ、パスタ。あの白黒の生き物も初めて見るよ。」
パスタ「白黒の生き物?」
カキ「ほら、あの女の人が抱きかかえてる子……」
パスタ「ああ。あれは『パンダ』だ。虎や狼より狂暴な猛獣だって言われているな。」
カキ(あの丸っこいやつが……猛獣?)
カキ「そんな猛獣が、どうしてこんな町中にいるの?」
パスタ「さて? 理由はわからんが、光耀大陸だからな。何があってもおかしくない。それより、そろそろ帰りの船が出る。ナイフラストに戻るぞ。」
カキ「わかった。」
Ⅱ獅子演壇
小葱つまみ食い日記
物語 小葱、かまどに登る
人がいないのを確認し、小葱はこっそりとキッチンに侵入する。そして、小葱は周囲を見渡し、ゆっくりとかまどに登った。
左右を見回し誰もいないことを確認する。自分を咎めるものはなにもない。目線の先にある鍋を見つめて、小葱はキラキラと瞳を輝かせた。
その事実に小葱は嬉しそうに前脚をこすり、鍋に向かって勢いよく飛び上がった。
小葱「みぃー!」
嬉々として鍋のふたを開けて中を見る。しかし、たくさんあった餃子は消え、スープだけが残っていた。
小葱「みぃっ……!」
悲し気に項垂れる小葱だったが、どこから良い匂いがすることに気が付いた。これは――と小葱は鼻を動かす。
小葱「みぃー!」
匂いをたどると、竹籠の下に手毬を見つけた。その中から餃子の匂いがする。小葱は手毬に飛び掛かる。
小葱「みみぃ!」
その瞬間、小葱は背後から急に抱き上げられた。
麻婆豆腐「小ー葱ー!」
小葱「みぃっ……!」
小葱はそのよく知る感触の手に、ビクッと体を強張らせる。麻婆豆腐は、溜まらず噴き出してしまう。そして、怯える小葱に手を伸ばし、そっとその頭を撫でた。
麻婆豆腐「小葱、これは大事な餃子だから、食べちゃだめだよ?」
小葱「みぃー……」
しゅんとうなだれた小葱を見て、麻婆豆腐はその前足を優しくする。
麻婆豆腐「いま、小葱のために美味しいものつくってあげる! ちょっと待ってて!」
小葱「みぃー!」
小さな優しさ
物語 松鼠桂魚の気づかい
麻婆豆腐は、本日の獅子舞に使う被り物の点検を始めた。松鼠桂魚は、彼女の隣で獅子の目をのぞき込んでいる。
松鼠桂魚「綺麗な獅子だねぇ! この被り物、まばたきまでするんだ!」
麻婆豆腐「歴史ある伝統芸に使うものだからさ。手の凝った作りになってるんだよね。」
松鼠桂魚「ふむふむ~! 麻婆姉さん、これ被って高台で踊るの?」
麻婆豆腐「そうだよ。でもこの高台、ほんとうに高いな……。」
そう笑った麻婆豆腐の姿が逆光に照らされる。松鼠桂魚は目を細めてそんな麻婆豆腐を見上げた。
松鼠桂魚「ねぇ麻婆姉さん、そんな高いところで踊って本当に大丈夫? 獅子の頭って重いんじゃないの?」
麻婆豆腐「大丈夫よ! 期待してて!」
松鼠桂魚「あ、そうだ。年獣が襲ってきたら、獅子頭が仕掛けた罠に気を付けてね!」麻婆豆腐「OK! じゃあまたあとでね!」
重要な細部
物語 年獣の角が見つからない!
年獣を探して、湯圓と餃子はこの町にやってきた。そして、破壊された町並みに遭然とする。
湯圓「ねぇ、これぜんぶ、夕さんが壊したのかな?」
餃子「うん……だったら大変だよね。はやく夕さんを探そう!」
湯圓「化け物……? お兄さんはオイラたちを助けてくれたじゃないか。化け物なんかじゃないよ。」
餃子「どうしたの、湯圓。」湯圓「角を取られた夕さん、もしかしたら私たちのことがわからなくなってるかもしれないんだよね?」
餃子「それはそうかもだけど……だからってじっとしてらんないよ!」
湯圓「うん……でもどうして夕さん、いきなり凶暴になったのかなあ?」
湯圓が疑問符を浮かべたそのとき、唐突に荒々しい咆哮が響いた。慌てて二人は音の方に視線を向ける。すると、よく知った姿が目に入った。。
餃子「……夕さんだ!」
湯圓「やっぱり私たちに気づかないみたい。」
餃子「見て! 夕さんの角がないよ!」
湯圓「やっぱり角が問題なのかも!」
餃子「湯圓! 考えるのは後にして、今は夕さんを追いかけよう!」
湯圓「うん!」
年獣との出会い
二人は話に夢中になり、気づけばちまきの姿を見失ってしまった。慌ててちまきを呼ぶものの、声は帰ってこない。
更に運が悪いことに、そんな二人の霊力に呼び寄せられたのか、二人は堕神の群れに囲まれていた。
餃子「く、来るな! あっち行け!!」
堕神が少しずつにじり寄ってくる。もうダメだ、と二人が目を閉じたそのとき、茂みから何かが二人の前に現れた。
???「失せろ! ここは私の縄張りだ! ウォオオォォオオオッ!!」
二人の前に立っていたの、角の生えた青年だった。青年のあげた咆哮に、堕神たちは一目散に散っていく。餃子は助けてもらったことを喜んで、ぴょんぴょんと跳ねた。
餃子「お兄さんすごいっ! 堕神を一瞬で追い払っちゃったよ! どうもありがとう!!」
???「……なんで貴様たちのような子どもがこんな山奥にいるんだ。この山は堕神の巣窟だぞ。」
湯圓「湯圓たちは海神祭りに行くの。でも連れてきてくれたちまきとはぐれちゃって……。」
???「……まあいい。今回は送ってやる。そいつによく言っておけ、この山は危険だからもう来るなってな。」
餃子「でもお兄さんはここに住んでるんじゃないの?」
???「私はいいんだ。むしろ、堕神だらけのこの山こそ私に相応しい。」
餃子「どうしてお兄さんはこの山が相応しいの?」
???「私は年獣だからだ。よく覚えておけ、私は己で己をコントロールできなくなることがある化け物だ。」
餃子「化け物……? お兄さんはオイラたちを助けてくれたじゃないか。化け物なんかじゃないよ。」
???「今は仮の姿だからな。あと私の名前は『夕』だ。お兄さん、なんて呼ぶなくすぐったい。」
餃子「……夕さん。うん、わかったよ、夕さん。」
甘い選択
物語 お屠蘇はどっちを選ぶ?
よもぎ団子と臘八粥は、市場の生地屋で、どの色の布にしようかと熱心に話し合っている。一緒にやってきたお屠蘇は、そんな二人を遠巻きに見ながら、刀を担ぎなおし、つまらなそうにあくびをする。
よもぎ団子「この布はどうでしょうか? 柔らかいし、服にしたら動きやすそうです。」
臘八粥「でも色が鮮やかすぎる気も…。ちょっと合わないかもです。もう少し深い色にしませんか?」
よもぎ団子「何事も挑戦です! 以外と似合うと思いますよ~♪」
臘八粥「なるほど。では、彼女にどちらか決めてもらいましょうか?」
よもぎ団子「そうしましょう!」
よもぎ団子「この二つの布、お屠蘇姉さんは、どっちの色が好き?」
お屠蘇「ん? どっちも悪くないと思うよ。」
臘八粥「そう言ってくれると安心ね。だったら、これにしましょうか! すみませんー、店員さん、よろしいかしら?」
お屠蘇「え? 何するつもり?」
よもぎ団子「これ、二つともください。彼女の新しいスカートを作りますので、サイズを測ってくださいな。」
お屠蘇「え? 私のスカートを作るだって? いったい何の話よ?」
臘八粥「ふふっ! 貴方、どっちの色も好きと仰ったのではありませんか。」
よもぎ団子「ほらほら、お屠蘇姉さん! きっと素敵に仕上がりますよ! 早くスカートを来たお屠蘇姉さんが見たいです!」
お屠蘇「な、なんであたしがスカートなんか……! お前ら、強引すぎるんだよ! まったくもう!!」
しっかりチェック
物語 獅子頭のからくりは、どこからやってきた…?
獅子頭は高台から降りて、袖で額の汗を拭く。たった今完成した高台は、例年よりもずっと高く、獅子頭は満足げに頷いた。
獅子頭「ふう、なかなか立派だな!」
獅子頭「なんのこれくらい! 僕にとってもなかなかの挑戦で、楽しめたよ!」
佛跳牆「そうか。で? 仕掛けの構造はどうだ?」
獅子頭「バッチリだよ! でも、承天会のからくりを改造したもので本当に大丈夫なのかな?」
佛跳牆「そこは目を瞑るしかない。新しいからくりを作る時間もないしな。」
獅子頭「そうか。指示通り、危険なパーツは外して、年獣を捕獲する部分だけを残しておいたよ。テストする時間がないから、無事成功するといいけど。」
佛跳牆「そのときはそのときだ。」
獅子頭「なんで楽しそうなんだよ……不安になるじゃないか。」
佛跳牆「たとえ問題が起こっても、対処法は考えてある。安心しろ。」
獅子頭「そういうことならいいけどね。じゃあ、もう一度からくりをチェックしてくる! 無事成功するといいなぁ……。」
謎の影の計画2
物語 彼らの今回の計画とは
獅子頭が高台のチェックを終えた後、二人の怪しい影が高台の傍らにあった。
謎の人物甲「おい、気づかれるなよ。」
謎の人物乙「ちゃんと見張ってるから、安心しろ。」
謎の人物甲「ん? この仕掛け、なんか見覚えがあるような……。」
謎の人物乙「おい! これ、この前壊された俺たちのからくりじゃないか? なんでこんなとこにあるんだ……?」
謎の人物甲「なるほど。佛跳牆のやつ、まさか回収してたとは。あの時は時間がなくて、からくりを破壊する暇がなかったからな。やられたぜ。」
謎の人物乙「ふん、虫唾が走るぜ! ……まあいい、まずこのからくりをなんとかしよう。奴らに年獣を捕らえさせる訳にはいかないからな。」
怪しい二人組は、獅子頭が点検を終えたからくりを調べ始める。
謎の人物甲「おい、あのガキ、たいした腕じゃねぇか。俺たちのからくりをうまく改造してやがるぜ。」
謎の人物乙「ああ、スカウトしたくなるな。とはいえ、このままじゃまずいな。」
謎の人物甲「ここをこうして……俺たちの物を一番わかっているのは俺たちだからな。佛跳牆の好きにはさせねぇぜ!」
あやしい人影
物語 餃子が見た人影は錯覚だったのだろうか
麻婆豆腐を探しに来た餃子は、高台でから二人の男が立ち去る姿を見かけた。
何をしていたのか気になったので、餃子は高台へと向かおうとする。そんな餃子を、松鼠桂魚が呼び止めた。
松鼠桂魚「あ、餃子じゃん! こっちこっち! 麻婆豆腐の演目もうすぐ始まるよ!」
餃子「うん……今、高台で怪しい人がいてさ。」
松鼠桂魚「怪しい人~? どんな人?」
餃子は自分の頭を掻いた。
餃子「う~ん、高台のところに見慣れない人がいたんだ。何してたんだろう?」
松鼠桂魚「ただの通りすがりじゃない? そろそろ『海神娘々』の舞台が始まるから、たくさんの人が集まってきてるし!」
餃子「……高台からはいなくなったし、大丈夫かな。」
松鼠桂魚「だったら問題なし! ほら、早く行こっ! 舞台が始まっちゃうよ!」
菖蒲
物語 雄黄酒の菖蒲鉢はどこへ
龍鳳燴は一鉢の菖蒲を抱えて、雄黄酒の隣にやってきた。
龍鳳燴「おい! 雄黄酒!」
雄黄酒「……」
龍鳳燴「聞こえてるか? 無視するなよ!」
雄黄酒「……」
龍鳳燴「なんだよ……まだ怒ってるのかよ!」
雄黄酒「……別に。」
龍鳳燴「菖蒲は弁償するって約束したじゃないか。それでもダメか?」
雄黄酒「俺は別に怒ってない。ただ、もう部屋を勝手に漁るな……危ないからな。」
龍鳳燴「わかったわかった! ほら、笑ってみろ。」
雄黄酒「…………」
龍鳳燴「ん?」
雄黄酒「……龍鳳燴。俺の部屋には危ないものがたくさんある。下手したら毒に当たるぞ。」
龍鳳燴「わかってるって! せっかくここまで来たんだし、一緒に楽しもうぜ。ほら、笑えってば。」
雄黄酒「まったく、お前って奴は。」
龍鳳燴「よしよし! いい笑顔だ。それじゃあ行こうぜ!」
Ⅲ海神祭
来訪の理由
物語 北京ダックが訪ねてきたわけ
小葱「みぃ!」
麻婆豆腐「もうすぐ出発するのに、どうしてまだお客さんが増えてるの……?」
魚香肉糸「あら、増えちゃまずいのかしら?」
北京ダック「早く麗しい『海神娘々』に会いたいと思ったからですよ、麻婆豆腐。」
麻婆豆腐「……」
魚香肉糸「フフッ! 確かにそれもあるけど、佛跳牆にも会いたかったから……ごきげんよう、佛跳牆。」
佛跳牆「二人とも、よく俺がここにいるとわかったな。」
北京ダック「麻婆豆腐のところに行けば、そなたに会えるかもと思いましてね。予想的中でしたね。」
佛跳牆「……行動が読まれている。困ったものだ、ハハッ。それで? どこで話をしようか。」
北京ダック「では、静かな場所へ移動しましょう。相談事をするには、ここは騒がしい。」
麻婆豆腐「ちょっとアンタたち! 何を相談する気? 何か悪いことをしようとしてるんじゃ……」
北京ダック「……そんなに険しい顔をしたら勿体無いですよ、『海神娘々』。そなたには笑顔が似合います。魚香肉糸もそう思うでしょう?」
魚香肉糸「もう……北京ダック、貴方は佛跳牆と話があるんでしょう? 早く行ってください。」
北京ダック「ふふ……失礼しました。少しだけ、楽しんでしまいましたね。では麻婆豆腐、またあとで。」
竹飯のよき友
麻婆豆腐「ねぇ魚香肉糸、一緒に来たのは北京ダックだけなの?」
魚香肉糸「他の奴らも来てるけど、今は祭りを楽しんでるじゃないかしら?」
麻婆豆腐「こんなに賑やかなお祭りは滅多にないからね。楽しめてるなら嬉しいわ。」
魚香肉糸「酸梅湯も来てるから、タンフールーも面倒を見てもらえるし。仕事でもあるけれど、海神祭りに来られて、少しだけみんな浮かれているわね。」
魚香肉糸「……そうそう! 竹飯も来てるんだけど、叫化鶏を探してるみたいでさ。さっき別れたんだ。」
松鼠桂魚「竹飯が飼ってる二匹の竹鼠がすごくかわいいんだって叫化鶏に聞いてさ。会えたらいいなって! 叫化鶏って竹飯の話ばっかしてるからさ~。」
魚香肉糸「そういえばそうね。竹飯もよく叫化鶏の話をしていたわ。そうそう、叫化鶏と言えば――彼、佛跳牆のところに行ったのよね。ちょっと意外だったわ。」
松鼠桂魚「叫化鶏さ、ここんとこ、毎月定例会に来てる竹飯と、毎回お酒を飲みに行ってるみたいなんだ。ホント、仲良いよね、あの二人!」
魚香肉糸「あら、松鼠桂魚から見てもそうなの? ふふっ、あの二人って実は……」
麻婆豆腐「……。」
魚香肉糸「……松鼠桂魚、彼らのことはあとでまた話しましょう。いろいろ教えてあげるわ。」
松鼠桂魚「ああ、わかった!」
年獣のうわさ3
物語 年獣の誕生。
麻婆豆腐「ねぇ、魚香肉糸。アンタ、年獣に関してはどれくらい情報を持ってる?」
魚香肉糸「そんなに多くはないわ。噂話程度よ。あとは本で読んだことがあるくらい……。」
麻婆豆腐「へぇ、どんなことが書いてあったの?」
魚香肉糸「その本には、年獣は伝説の獣だったと書いてあったわ。私たちが知っている堕神とは違うものだって。」
麻婆豆腐「……それ、どういう意味?」
魚香肉糸「年獣は堕神とはまた別のものの可能性があります、つまり、年獣は、堕神とはまた別のもの――」
麻婆豆腐「……年獣が堕神じゃないですって!? そんなバカな!」
魚香肉糸「私も馬鹿らしいと思ったわ。でも、この世界にはまだわからないことがたくさんあるから。」
餃子「確かにそれは……そうだと思うけど。」
湯圓「ねぇねぇ! よくわからないけど、それって夕さんが特別ってことだよね?」
湯圓「やはり夕さんってすごいんだね! えへへっ、夕さん早く元気になってくれないかなぁ……また一緒に遊びたいよ。」
松鼠桂魚「君たちはよく、その夕さんって人と遊んでるの?」
湯圓「うん、夕さんは湯圓と餃子をいろんな場所に連れていってくれたの! それだけじゃなくて、いろんなことを教えてくれたよ!」
松鼠桂魚「なにそれ! いいなー! あたしもいろんなとこに連れてってほしー! 夕さんに会えたら、お願いしてみよっと!」
兎灯のなぐさめ
物語 湯圓の兎灯
湯圓「夕さん、今どこにいるのかな……。」
松鼠桂魚「夕さん、怪我してるんだっけか。」
湯圓「うん……夕さん、怪我は治ったかな? 湯圓はとても心配なの。」
佛跳牆「湯圓、心配はいらない。今の彼は、ある問題のために感情のコントロールができていないだけで、自己治癒に関しては問題ないだろう。年獣はとっても強いからな。」
松鼠桂魚「そうだよ。年獣ってすっごく頑丈にできてるよ! 夕さんは大丈夫たよ、湯圓。」
獅子頭「湯圓、元気出して。兎灯(うさぎとう)を作ってあげるからさ! 兎灯はね、動いたり跳ねたり可愛いんだ!」
湯圓「え? 動く兎灯? すごい欲しいの! どうもありがとう!」
湯圓「湯圓は夕さんのこと信じてる。みんなが夕さんを元に戻してくれると信じてるから!」
佛跳牆「……ああ。年獣は数年前に行方知れずになって、今回再び姿を現したんだ。湯圓と餃子は、行方知れずになる前の知り合いだな。」
麻婆豆腐「それで?」
佛跳牆「君が年獣と出くわしたとき、彼の体に不自然なところがあっただろう?」
麻婆豆腐「……確かに、角に痛々しい瑕があったわ。」
佛跳牆「これは私の推測だが、彼は失踪した数年で拷問を受けたと思う。」
麻婆豆腐「誰がそんなことを!」
佛跳牆「ただの推測だ、深く考えなくていい。」
湯圓と話して笑っている松鼠桂魚を見て、佛跳牆は苦笑いで肩を竦めた。
佛跳牆「信じられないことだがな。そういうことが当たり前に起こるのが俺たちの生きている世界だ。」
神の答え
物語 それは真に正しいのか
餃子「ねぇねぇ、海神娘々っていったいなんなの?」
餃子「本物の神様? ティアラみたいな感じ?」
餃子「それとも海神娘々は、ティアラの一部?」
餃子「気になるから質問するの。ダメだった?」
佛跳牆「いいや。ただ、質問しても欲しい答えがもらえない事もある。それを覚えておくといい。」
餃子「どうして教えてもらえないの?」
佛跳牆「誰もが熱心に答えてくれるとは限らない。答えを持っていないときもあるだろう。」
佛跳牆「……そうだな。」
佛跳牆の困った表情を見て、麻婆豆腐は扇で顔を隠して笑ってしまった。なんだかんだ人がいい――そんな佛跳牆を好ましく思った。
佛跳牆「……まず『海神娘々』についてだが、ティアラとは違い、想像と願望の象徴だ。」
餃子「ええ!? 海神娘々は想像のものなの? じゃあ海で危険な目に遭ったら……!?」
佛跳牆「当然、自分の力で何とかするしかない。海神娘々は助けてくれないからな。」
餃子「やっぱり海は怖いね……海神娘々がいなくても何とかできるように、オイラもっと強くなるよ!」
記された歴史
物語 海神祭の由来
老人「麻婆豆腐、今日は賑やかだね。どうしたんだい?」
麻婆豆腐「みんな海神祭りに来たんだよ。」
老人「はは、やっぱりね。今さっき門のところにいた二人も、あんたの友達かい?」
麻婆豆腐「門のところに? 誰がいたの?」
老人「もう行っちゃったよ。私がここに来るのと入れ替わりでどこかに行っちゃったよ。」
誰のことだろう――麻婆豆腐は不思議に思って眉を顰める。そんな麻婆豆腐を余所に、老人は話を続けた。
老人「毎年この時期になると、海神祭りに参加するために、隣町の人たちもこの町に来るんだよ。」
餃子「え? どうして? 隣町の人たちは自分たちの町でお祭りをしないの?」
老人「海神娘々はこの町出身だからねぇ。彼女は人から神になった存在なんだよ。それを一目見たくて、みんなこの町に集まってくるのさ。」
餃子「えぇ!? 海神娘々がもともとは『人』!?」
老人「ああ。海神娘々の名前と住所は、海神祭りの記録帳に載ってるよ。」
魚香肉糸「あの、おばあさま。ちょっとよろしいですか? その記録は今どこにありますか? また、拝見することは可能でしょうか?」
老人「最近のものならともかく、昔のものはねぇ……不完全な拓本しか残ってないよ。それでも良ければ見ることはできるよ。」
魚香肉糸「ありがとうございます! 私は歴史学者でして、拓本で勿論構いませんわ! 是非とも読ませてください!!」
老人「ほおぉ! なかなか聡明なお嬢さんじゃないか!」
老人「拓本から読み取れるものは、とても深い……わかった、私が手配をしよう。んー……今、海神祭りの拓本はどの家にあったかな。大切な記録だからね。近年は、特定の家が独占しないように、五年ごとに新しい家で管理するようになったんだよ。今は確か……どの家にあったか――」
魚香肉糸「急がなくても大丈夫ですよ、おばあちゃま。よろしくお願いしますね。」
謎の影の計画3
物語 彼らは年獣を見つけ出した
謎の人物甲「見つけたぞ、これだ。」
謎の人物乙「シッ……声を抑えろ。起きたらどうする。」
謎の人物甲「なんでこいつ、こんなところに隠れてるんだ?」
謎の人物乙「……だが、ここは確かにいい場所だ。舞台の下にある大きくて暗い空間――誰もこんなところに年獣が隠れてるとは思わないだろう。灯台下暗しってやつだ。」
謎の人物甲「なるほどな。」
謎の人物乙「それに、ここに隠れているのは、俺たちの計画にも好都合だ。」
謎の人物乙「ここは海神祭りの終点……奴らは町を一周してここに集まる。その時に年獣が現れたら……どうなると思う?」
謎の人物甲「それは面白いな。だったらボーっと突っ立てんじゃねぇよ。ラッキークラッカーを交換するぞ!」
謎の人物乙「……引霊砲はどれくらい持ってきた?」
謎の人物甲「たんまり持ってきた! 全部交換しちまおうぜ。年獣が起きないと計画が台無しになるからな。」
謎の人物甲「足元には気をつけろ! そのラッキークラッカーを踏んだら、音が響くぞ!」
謎の人物乙「おい! 静かにしろよ! こんなに近くにいるんだ、叫ばずとも聞こえる!」
謎の人物甲「叫んでるのはお前だ! ヤバい! 年獣が動いた! 起こすなよ!」
謎の人物乙「シーッ!!」
謎の人物甲「シーッ!!」
彼らの取引
物語 年獣対処は何のために
佛跳牆「これを君に渡しておこう。」
佛跳牆「これは元々、麻婆豆腐から君に渡させるつもりだった。」
北京ダックは受け取った封筒を開けた。中には、北京ダックが求めていた情報と、とある組織の名が書かれた紙切れが一枚入っていた。
北京ダック「『承天会(しょうてんかい)』? 大仰な名前ですね。」
佛跳牆「その組織について、新たに依頼をしたくてね。」
北京ダック「……依頼したいのなら、直接伝えてくださったら良いものを。なぜこんな回りくどい真似を?」
佛跳牆「その名を見たとき、お前がどんな反応をするか見たかった。やはり、承天会を知っているのだな、北京ダック。」
北京ダック「ふふ、勿論知っていますよ。承天会のやり方は、吾が知っているあの邪教と比べて……もっと悪どい。」
佛跳牆「では、承天会の依頼も受けてくれるか?」
北京ダック「私は、一つしか依頼は受けませんよ。しかし、そなたの態度次第では、もう一つ受けることもやぶさかではありませんよ。隠さず、すべてお話ください。」
佛跳牆「相変わらず、慎重な男だな。」
佛跳牆「……今回の年獣騒ぎ。その黒幕を捕まえたい。その手伝いをしてほしい。報酬として、俺はお前が憎んでいる『邪教』の根絶に協力しよう。」
北京ダック「ふむ、危険な取引ですね。さすがやり手の商人、計算高いことだ。」
北京ダック(この依頼を受けると、必ず承天会と関わりを持つことになり、面倒なことになる。だが、佛跳牆の協力を得られれば、邪教の勢力を根絶する事ができる……)
北京ダック「引き受けましょう。年獣についてはどれくらい知っていますか?」
佛跳牆「承天会の奴らが、年獣の角を餌に彼をこの町に呼び寄せたのだ。私たちはまずその角を見つけなければならない。」
北京ダック「年獣の角? ふむ……噂では聞いたことがあります。年獣はその角で自身の力をコントロールしているそうですね。角を失ったら、力の制御が効かなくなり、精神に影響が出るのですよね。」
佛跳牆「ああ。もしその噂が本当なら、年獣に角を返せば済む話だ。だが、新たな計画を立てる必要がある。そのためのからくりはもう作った。俺に喧嘩を売った奴らを、易々と許してはやれないからな。」
小葱の大好きなもの
物語 意外にも、佛跳牆が好き。
北京ダック「この計画を、麻婆豆腐に伝えるつもりはないのか?」
佛跳牆「そうだな。彼女は平穏を望んでいる。そんな彼女を俺は巻き込みたくない。だからその手紙は、俺からお前に直接渡したんだ。」
北京ダック「一般人である麻婆豆腐を巻き込みたくないということですか……どうやらそなたも、人並みの優しさを持ち合わせていたようですね。」
北京ダック「けれどその理屈でしたら、吾も『一般人』だと思うのですが……。」
佛跳牆「自分の願いのためなら手段を選ばない奴は『一般人』とは程遠い存在だな、北京ダック。」
北京ダック「さて? 少なくとも吾らには邪教の根絶という、共通の目的がある。そこは間違いありませんね。」
小葱「みみぃ!」
北京ダック「おや、小葱ではありませんか。何故ここに?」
小葱がコロコロと転がって、二人が話している部屋に現れた。北京ダックがひょいと小葱の肉体を抱えた。すると、小葱は身を捩って、佛跳牆へと手を伸ばした。
佛跳牆「は、はぁ……。」
北京ダック「おや、吾は嫌われているようです。どうやら吾に懐くのはうちの子らだけのようですね。」
北京ダック「どうしました? 抱きたくないのですか?」
佛跳牆は小葱を抱くのを躊躇している。その様子に軽く笑って、北京ダックは小葱を強引に佛跳牆へと押しつけた。小葱はすぐ佛跳牆に抱きついて、その頭を擦りつける。
佛跳牆は不本意ながも、小葱が落ちないように受け止めた。
北京ダック「小葱はそなたのことを本当に好きなようですよ。」
佛跳牆「私が好かれているとは、確かに意外なことだ。」
北京ダック「さて、それはどうだかね。」
Ⅳ花灯会
ちまきはどこへ
物語 ちまきの行方
餃子「ねぇ湯圓、あれ……ちまきじゃない? おーい、ちまきー! こっちだよー!」
湯圓「良かった、やっと見つけた~♪」
松鼠桂魚「ん? あの人、知り合いなの?」
餃子「うん。ある意味では、オイラたちの保護者かな、へへ~。」
餃子「っと! 湯圓、そんなに早く走ったら危ないよ! ここは人がいっぱいいるからね。」
湯圓「う~! ちまきが行っちゃうよぅ……! 餃子、早くっ!」
松鼠桂魚「うん。あたしもキミたちの友達と仲良くなりたいな! みんな一緒に花灯会を回ろう!」
――十分後。
松鼠桂魚「人が増えてきてる……もう遠くの方に行っちゃってるかも。」
餃子「う~ん……。」
餃子「見間違いかもと思って。ちまきは月餅と一緒にアイスクリームたちを探しに行ったじゃない?」
湯圓「そうだね……もしアイスクリームたちを見つけたら、みんなで一緒にいるはずだし。」
松鼠桂魚「もしかしてちまき、みんなとはぐれちゃったのかな。」
松鼠桂魚「大人でも迷子になっちゃうことはあるからねぇ……見物しながらのんびり探そうよ。そのうちきっと会えるよ。だって、同じ場所にいるんだからね!」
餃子「そうだね! 松鼠桂魚の言う通り! きっとすぐ会えるよ!」
湯圓「そうだね。早くみんなと合流したいな~♪」
竹飯の失敗
物語 すれ違えば、もう会えない人もいる
町は灯に照らされて、たくさんの人で溢れている。竹飯は一人で屋根の上に立って、不機嫌な様子で人々を見下ろしていた。
竹飯「あいつ――この近くで見回りをしてるって言ってたのに……なんで見つからないんだよ? まさか、一人でどっかに遊びに行ったんじゃないだろうな!」
竹飯「誰だ?!」
驚いた竹飯は、振り返って刀を構えた。しかし、そこにいたのが麻婆豆腐だと気づき、刀を収める。麻婆豆腐は竹飯のそんな態度を意に介さず、太郎と次郎に挨拶をした。
竹飯「お前か、麻婆豆腐。まったく、いきなり背後を取るなよ。」
麻婆豆腐「下から声をかけたけど、気づかなかったのはそっちでしょ。それで? アンタ、こんなところで何やってんの?」
麻婆豆腐「叫化鶏? この近くで見回りをしていると、佛跳牆が言ってたよ。」
竹飯「もうかなり探したけど見つからないんだ。きっと、見回りの任務を放っぽり出して遊びに行っちまったに違いない! ずるいぞ、自分ばっかり……! 俺だって遊びたいのに……!」
麻婆豆腐「あらまぁ……。」
麻婆豆腐「そういえばアンタ、ここに来ること、叫化鶏に伝えてあるんだよね?」
竹飯「……え?」
麻婆豆腐「え、ってまさか――」
竹飯「はしゃぎすぎてすっかり忘れてた……。」
麻婆豆腐「アンタらしいわ、竹飯。ま、この辺にいるでしょ。良かったら一緒に探してあげようか? きっと近くにいるでしょ。」
麻婆豆腐「……ん?」
竹飯「どこだ? ……おお! 見えたぞ! ありがとな、麻婆豆腐!」
麻婆豆腐「相変わらずの破天荒ね……ま、とにかく二人が合流できてよかったわ。」
提灯の問い
物語 それが答えとは限らない
少年「う~ん……! なんだろうな、これ……。」
商人「焦る必要はないぞ、坊や。ゆっくり考えるといい。」
少年「誰が坊やだ! 今考えてるから話しかけないで!」
魚香肉糸「「朝は車の蓋、昼は皿、遠のけば寒くて近づけば熱い」……これって『灯謎(とうめい)』?」
商人「そうだ。ハハッ、子どもたち用に作ったものだ。お嬢ちゃんもやってみるか? 正解したら、お嬢ちゃんに似合う灯彩を差し上げよう。」
北京ダック「これがいいんじゃないでしょうか?」
商人「お、目が鋭いな旦那。この八角灯彩(はっかくとうさい)に描かれたのは花団錦簇(かだんきんそう)で、シルクの絹で表装しているんだ。お嬢さんのような別嬪さんにはぴったりだ。」
魚香肉糸「これはあなたのお気に入りなんじゃない?」
北京ダック「それは誤解ですよ、魚香肉糸。吾は心から素直に、この灯彩がそなたに似合うと思ったので進めたのです。」
魚香肉糸「……私には、そんな華やかな灯彩より、吉祥如意の灯彩が合ってるわ。」 魚香肉糸は選んだ灯彩の後ろに貼られた紙切れを読む。
魚香肉糸「は、はぁ……。」
北京ダック「おや、これは偶然ですね。」
少年「店主! わかったぞ! 太陽だろう!」
商人「ハハッ、正解だ。ほれ、もってけ。」
少年「ふふん、簡単だぜ。このお姉さんの灯謎はなに?」
少年「「蝋燭の前で意中の人を想う」……わあ、難しい。おじちゃん、これさ、情詩みたいだね。きっと答えは、照れくさい台詞だろ?」
商人「人の邪魔をするな。お前はもう当てたんだ、もうどこか他に行ってくれ。」
少年「気になるんだよ。ねぇお兄さん、答えわかったのかい?」
北京ダック「このお姉さんに教えてもらうとよいですよ。」
魚香肉糸は仕方なく北京ダックを睨み、手にした紙切れを少年に見せる。
魚香肉糸「ほら、蝋燭は「火」、思い人は「人」を「火」にいれて「因」になる。」
少年「わかった、「烟」だ! どうやらお姉さんの「想い人」は烟の中にいるんだね!」
商人「大人をからかうんじゃないよ。」
少年「あははっ! じゃあね、お姉さん、お兄さん! 花灯会、楽しんでってー!」
魚香肉糸の憂鬱
物語 何事もちょうどよく
魚香肉糸「北京ダック、貴方、本気で佛跳牆のことに関わるつもりですか?」
北京ダック「少し手伝ってあげるだけですよ。どうしたんですか? もしや、吾のことが心配だったりしますか?」
魚香肉糸「あなたが佛跳牆と交わした取引には二つの意味があるわ。表面上は、年獣を誘き出すのに協力するだけ。けれど、その真意は――」
北京ダック「『彼の手伝いをして、承天会と敵対するため』ですね。」
魚香肉糸「……年獣が承天会と関わっているとわかった時点で身を引くべきだったわ。」
北京ダック「佛跳牆の商売は大陸に広がっています。もし彼が邪教の根絶に力を貸してくれれるのなら、協力するくらいお安いものです。」
北京ダック「安心してください、作戦はあります。そなたらを危険に巻き込むつもりはありませんから。」
北京ダック「承天会は食霊を捕まえて実験をしています。それを聞いて、放っておけるはずないですよね?」
魚香肉糸「……やっぱりそうなのですね。でもあの人はとても気性が荒いわ。彼をうまく扱えるの?」
北京ダック「扱う必要などありませんよ。適当なタイミング、適当な場所で現れてもらえればそれで十分です。」
それを聞いて、魚香肉糸はため息をついて肩を落とした。
魚香肉糸「貴方って危険なことが好きよね。らしいっていえばらしいけど。」
北京ダック「この話はここまでにしましょう。あそこに灯謎の露店がある、見に行ってみましょう。」
能ある鷹は…
物語 しかし実際は?
佛跳牆「叫化鶏、西と南は君に任せた。怪しい人物を見たら躊躇うな、打ちのめして我々の商会に連れてこい。」
叫化鶏「へいへい、わっかりましたぁ。まったく、せっかくの楽しいお祭りだってのに、見回りさせられるなんてよぅ……。」
佛跳牆「花灯会はまだ数日続く。できるだけ早くそいつらを捕まえろ。そうしたら、のんびり遊べばいいさ。」
叫化鶏「そいつら、どっから来た? 松鼠桂魚とは何の関係がある?」
松鼠桂魚「松鼠桂魚はかつて何者かに囚われたことがある。お前も知っているだろう?」
叫化鶏「それがそいつらなのか! なァるほど! そりゃあ松鼠桂魚に関わって欲しくないわけだよなァ。あいつを麻婆豆腐のとこに行かせたのもそのためか!」
佛跳牆「北京ダックの助力を得られた。彼女たちを巻き込まなくて済む。」
佛跳牆「ふん、承天会の奴らは、そろそろ我々の商会に手を出すと思っていた。まさか直接乗り込んで来るとは思わなかったがな。私の縄張りで、仲間に手を出すとは誰であろうが絶対に許さん。」
叫化鶏「……自分の縄張りを荒らされてるのが気に入らないだけだろ。」
佛跳牆「何か言ったか? もう一度言ってみろ。」
叫化鶏「冗談冗談! オラ、見回りに行ってくるぞ!」
佛跳牆(承天会の奴らの計画は、年獣を使って私を牽制、武昌魚に手を貸す余裕を無くすためだろう……)
佛跳牆(武昌魚のに出した手紙の返事は未だ来ず……俺の予想が当たったな。承天会は武昌魚をターゲットに、事を起こすつもりに違いない。武昌魚、暫し耐えてくれ)
武昌魚からの手紙
物語 手紙の内容が真実に
佛跳牆「獅子頭、麻婆豆腐たちと一緒に打鉄花を見に行かなかったのか?」
獅子頭「うん……実はさ、年獣について、佛跳牆に確認したい事があって。」
佛跳牆「年獣が承天会と関係があるかどうか――か?」
獅子頭「なっ! なんで知ってるんだよ!」
佛跳牆「顔を見たらわかる。どれだけ一緒にいると思っている?」
獅子頭「海神祭りの時さ、変な二人組を見かけたんだよね。あとから思い出したんだけど、僕が承天会に松鼠桂魚を助けに行った時、見かけた奴だったんだ。」
佛跳牆「ハハッ! お前に顔を知られている者を送り込むとは、承天会の奴ら、大概の馬鹿だな。」
獅子頭「実はあの時は逃げるのが精一杯で、よく見えなかったんだけどさ……」
獅子頭「って、ちょっと待って! その言い方、まさか本当に承天会が関わってるのか?!」
佛跳牆「お前の予想通り。年獣は奴らがこの町に誘き寄せた。」
獅子頭「どうしてわかったんだ?」
佛跳牆「武昌魚から、情報提供があった。何者かが年獣を利用して我々商会を破壊しようとしている――とな。年獣の角や容姿ついても触れてあったが、そこまで踏み込んだ内容ではなかった。そのせいで、敵に隙をつかれてしまった。」
獅子頭「話してくれてよかったのに。佛跳牆が麻婆豆腐を巻き込みたくないって思ってるのは知ってるけどさ。でも、僕と松鼠桂魚は?」
佛跳牆「……。」
獅子頭「黒幕が承天会だってわかったら、僕と松鼠桂魚が感情的になると思った?」
佛跳牆「そうじゃない。ただここ数日、お前たちは麻婆豆腐の傍にいたからな。お前たちに教えて麻婆豆腐に知られる可能性を防ぎたかっただけだ。」
獅子頭「へへん! まぁ、そういうことにしといてやるよ! それで? 今回承天会は何人送り込んできたんだ?」
佛跳牆「――二人だ。」
獅子頭「え? たった二人? 食霊?」
佛跳牆「今回は年獣と俺の共倒れを狙った作戦のようだからな。食霊はいないだろう。」
獅子頭「年獣と承天会の関係なんて、武昌魚からのリークがなかったらわからなかったよな。」
佛跳牆「ああ、『持つべきものは友』だな。」
獅子頭「でも、奴らはなんで海神祭りの時期にこんなことを? 祭りの邪魔をしたかったのか?」
佛跳牆「多分な。海神祭りの最中なら、俺の商会が忙しいことがわかっていたのだろう。」
佛跳牆(承天会の奴らは、俺だけじゃない……武昌魚にも手を出すつもりだ。私が武昌魚の逃亡を助けられないように、わざわざ海神祭りに合わせて来たんだろう)
佛跳牆(武昌魚のことも心配だが、まずは目の前のことを片付けてからだな)
佛跳牆「奴らは今夜また動くはずだ。承天会のことを教えてやったんだ、この後は俺と一緒に行動しろ。」
獅子頭「ああ、わかった!」
亀苓膏の玉杯
物語 ワンタンは何をした?
海神祭りの話を聞き、亀苓膏とワンタンは景安まで二人で遊びに来ていた。賑やかな町中で、二人は肩を並べて花灯会を楽しんでいた。
ワンタン「きれいな花灯だな、一つ忘憂舎に持ち帰りたくなったぞ。だが、謎は苦手だ。」
亀苓膏「謎を解かなくても、金で買えばいいだろう。」
ワンタン「風情がないな、君は。灯謎を解いて手に入れるからいいんじゃないか。」
亀苓膏「……。」
空になった自分の手をひらひらさせて、ワンタンは無邪気な笑顔で首を傾げる。
そのポーズに、よもや財布を落とされるとは思っていなかった亀苓膏は、頭が痛くなった。亀苓膏は眉を寄せて、まぶたを抑える。そして投げやりな様子で、服についた玉佩を手に取った。
ワンタン「それは君のお気に入りの玉佩じゃないか!」
亀苓膏「そうだな、。だが君が私の財布を落としてしまったから、帰りの旅費どころか、盧山たちへのお土産も買えない。これを売ってお金を作るしか……」
ワンタン「ちょっと待て! ……まったく、冗談も通じないんだからな。飩魂(こんとん)!」
その声に、飩魂が財布を持って現れた。二人に揶揄われたとわかった亀苓膏は、ワンタンを強く睨んだ。
ワンタン「なんて顔してるんだ。せっかくの海神祭りなのに、もっと楽しそうな顔をしたらどうだ?」
亀苓膏「は、はぁ……。」
ワンタン「よしよし、きれいな花灯を買ってあげるから、機嫌を直してくれ。」
亀苓膏「……誰のせいだ。」
ワンタン「冗談だって言ったじゃないか。ほら、笑ってくれ。じゃないと、気まずいじゃないか。」
ワンタン「ゲッ……! この声は――」
ワンタン「逃げるぞ。彼女に捕まったら最後、延々麻雀に付き合わされてしまうぞ。私はまだ、花灯会を楽しみたいんだ!」
ワンタンは亀苓膏の手を引いて、人混みに紛れていく。迷わず逃げたおかげで、無事二人は、麻雀マニアの火鍋から逃げ果せることに成功した。
火鍋「え? なんで逃げちゃうの! あたい、麻婆豆腐のこと聞きたかったのにぃ!」
火鍋「しゃーない! 自分で探すかぁ……! 麻婆豆腐、どこにおるんー?」
謎の影の計画4
物語 二兎追うもの
謎の人物甲「クック! まさかこんなところにこーんなおっきい溶炉があるとはな。してやったりって感じだぜ、佛跳牆!」
謎の人物乙「おい、何やってんだ? 早くこいつを縛るのを手伝え!」
謎の人物甲「ふん……、この工匠一人に準備させるとは。こいつ、随分と信頼されてるんだな。」
謎の人物乙「おい! 聞いてるのか!? 手伝えって言ってるだろ!」
謎の人物甲「うるせぇな。こっちはどうやって、年獣に打鉄花の恐ろしさを思い知らせてやるのか考えんのに忙しいんだよ!」
謎の人物乙「堕神ってやつは、食霊なんかよりよっぽど面倒な手合いみたいだな。年獣を閉じ込めていた承天会の牢屋はかなり大きかったよな。」
謎の人物甲「でも結局、年獣は逃げ出した……さすが堕神ってところか。どっちにしろ、このまま放置するのは、承天会のプライドが許さねぇ。」
謎の人物乙「だからこそ佛跳牆への牽制に年獣を使うことにしたんだろう? どっちも承天会にとっては目の上のたんこぶだ。」
謎の人物甲「よし、こんだけきつく縛れば逃げられねぇだろ。まったく、結局、俺一人にやらせやがって!」
謎の人物乙「終わったなら、早くこの工匠に化けろよ。ここは俺が見張っておく。あの年獣、今度こそ理性を失わせねぇとな。」
謎の人物甲「伝説は当てにならないな。だが、打鉄花なら刺激たっぷりだ。さすがの年獣も、理性がふっ飛ぶだろ。いひひ、我々の計画、今度こそ成功させるぞ!」
その溶炉の入り口には、佛跳牆と獅子頭の姿がある。二人は、承天会の二人を見張っていた。だが若干の距離があったせいで、二人の会話までは聞こえない。
獅子頭「佛跳牆、承天会の奴ら工匠を気絶させたみたいだぞ! まさか、工匠に変装するつもりなのか……?」
佛跳牆「さて、どうかな。どちらにしろ、しっかり見張っていれば問題はない。」
獅子頭「あ! そういえば、佛跳牆。なんで奴らをここに誘き出すことにしたんだ?」
佛跳牆「ここは見通しもいい。それに溶炉を見つければ、絶対に奴らは来るだろうと踏んだ。打鉄花なら、年獣の理性を失わせることが可能だと考えるだろうしな。」
佛跳牆「打鉄花が始まる前に、奴らとケリをつけたい。そうすれば、景安商会のみんなで、打鉄花を楽しめるからな。」
獅子頭「でも打鉄花の工匠は気絶させられちゃったぞ?」
佛跳牆「俺が一般人を巻き込むわけがないだろう? あれは私の部下だ。打鉄花の工匠は保護した。この後、俺が奴らを捕まえる、お前は彼を助けてやってくれ。」
酸梅湯のためいき
物語 大変な仕事
タンフールー「わあ、美味しそうなものがいっぱいだー! 全部食べちゃいたいよぅ!」
焼餅「わかる! あっしも全部食いたいぜ!」
酸梅湯「……君たち。まずその手にある物を食べ終わってからにしなさい。」
タンフールー「これくらいすぐ食べちゃうよー! 全部買って食べてもいいじゃない!」
酸梅湯「……全部って、そんなに持てないだろう?」
焼餅「二人で手が四本、きっと持てるさ!」
タンフールー「例え買いすぎて、手が足りなくなっても……へへ、酸梅湯に手伝ってもらえたら平気だ! そのときはお礼に、酸梅湯にも、食べ物分けてあげるし!」
酸梅湯「安心していい。絶対に手伝わないから。」
タンフールー「えぇ? どうして!?」
焼餅「意味がわからん! 酸梅湯は病気かもしれん。代わりにあっしたちが酸梅湯の分も食ってやらな!」
酸梅湯「……まったく。北京ダックと魚香肉糸の邪魔はしたくなかったから、子どもたちの見張りを勝って出たが失敗だったな。無理やりついてきた火鍋は、町に着いたら、早々どこかに行ってしまったし――」
酸梅湯「フッ……まぁいいでしょう。火鍋までいたら、余計に大変だった筈ですし。今できることに力を注ぎましょう。いつか――報われる日がくる……きっと……、たぶん……そのうち、いつか……信じる者は救われるといいますしね――」
後日談
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