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ベイクドアップル・エピソード

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作成者: 時雨
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ベイクドアップルのエピソード

ベイクドアップルは幽冥図書館で書記を務めている。羊皮紙の管理、鉱物顔料の処理、写本の製作……それが彼女の毎日の仕事だ。一回見た物は完璧に覚えられるベイクドアップルはまさに天才である。しかし記憶力以外はポンコツで、調子に乗りすぎてヘマをすることがよくある。頭を触られるのが嫌で、用心深く自分の「果梗(かこう)」を守る。本人によると、自分の優れた記憶力は全部この果梗のおかげで、果梗が無くなってしまうと、間抜けになってしまうらしい。

Ⅰ.天才


「……次の問題。サヴォイア東部のイトリル山脈第四峰の標高は……」


「チャクレス山、6345.84m!」


「正解。次の問題。エクリード2世が公布した『魔術師集団原則』第6章第78条第23項の内容は……」


「魔法学院以外の場所でVI級以上と定められた危険魔法を教えたり広めたりしてはいけない!」


「正解……最後の一門、現在まで語り継がれてる吟遊詩人クルサオンの最後の作品にはら欠陥が全部でいくつあるでしょう?」


「『サヴォイア王ダイヤモンド叙事詩』原稿にはそれぞれ3、15、67、104、232、408ページ目、合計47個の欠損、ぼやけ、ページの欠落があるわ!」


私は一気に数字を言い終えると、得意げに顎を上げてみせた。

周りは異常なほど静かだ。白髭を生やした試験官が凄まじい衝撃に浸っているのが見なくてもわかる。


「嘘だろう!あ、あの女の子は……一体何者だ?」

「カルトン学院の生徒らしい……入学して二年後に三級に飛んだとか」

「ありえない。見た目は十歳もないだろう。まさか……あの子が伝説の神童!?」

試験会場では他の生徒たちのささやき声が聞こえてきた。私は耳を澄ませ、気分を良くしてくれる言葉を聞いた。


「ふふん〜そうよ、アンタたちの目の前にいるアタシこそ全知全能の天才児!」

私は片方しかない伊達メガネを触り、得意げに周りの人を見ると、一番かっこいいと思うポーズでステージの中央を指差した。


「こんな形のトロフィー見たことないわ。どうせアンタたちはアタシと比べられないんだから。それはアタシのものよ!」


グスタビ会議ホールの中央では、純金のトロフィーがライトに照らされ輝いている。黑曜石の台座に刻まれている「第一回サヴォイアクイズ大会優勝」という文字もキラキラと輝いている。

その優雅な柱体のトロフィーの上まで辿っていくと、一番上に丸くて大きい何かがついている――


それはなんとリンゴだ!


間違いない。ルビーで彫られた果実はまん丸で、金で作られたリンゴの茎には本物かのような葉っぱがはめ込まれている!完璧で可愛いリンゴだ!


だからダーウェントは「リンゴは知恵の果実」だと言っていたのか。こんな非凡なものは、まさにこの天才にピッタリだ。

私は試験会場に座っている気まずそうに憂鬱とした顔をしている人たちを嬉しそうに越えていきら可愛いリンゴのトロフィーの元へ向かった。どの展示棚にしまおう……


……


「ダーウェント、ダーウェント!ただいま!」

ギィーっと音が鳴る木のドアを開けると、埃が舞う書斎きは誰もいない。


「あれ、どこ行ったのかしら?まだ学院にいたりして……わあ――!」

足を滑らせ、ぶつかった本棚から古本が私の頭めがけえ落ちてきた。

慌てて自分に被さった本の山をかき分け、恐る恐る頭を触り、果梗がまだあることを確認した。


ふぅ、幸い、天才の知恵の源はそんなに脆くないのだ!

ほっと息をついていると、足元に黒い表紙の原稿が落ちていることに気づいた。


「『魔法杖ととんがり帽子の秘密……魔術師の暗黒時代……』?」

なんとか表紙に描かれたぼやけた文字を読み取った。その容姿は拡大鏡で試験用紙をくまなく見るダーウェントのようだと思った。


魔術師の秘密……?


サヴォイアでは魔術師に関するさまざまな噂が各地に流れている。荘園の名高い権力者、巷にいる農夫や乞食までも、口を開けば誰でも流暢に魔法史の物語を話せる。

そんな魔術師に、一体何の秘密があるというのか?


好奇心を抑えきれない私は軽く表紙についた埃を吹き払うと、黄ばんだ羊皮をめくった。


アリの列のように小さい文字が並んでいたが、一度見たものは忘れない私は簡単にそれらを頭に刻んでいった。

しかし……難しい言葉の背後にある意味に困惑した。


「……ベイクドアップル、これは一体どうしたんじゃ?」

聞き慣れたおじいさんの声が、私を文字の迷宮から引っ張り出してくれた。私の御侍ダーウェントは髭をなびかせながら、散乱した部屋の中央で立腹した様子で立っている。


「ダーウェント!やっと帰ってきたのね!そうだ、ちょっとこの本を見て!」

私は急いで飛び上がり、先ほど見つけた変な本を彼に押し付けた。


「この本は……」

ダーウェントは灰色の眉を動かし、私を叱ろうとしていたことを忘れ、真剣に本を見始めた。

「確か、これは中古市場で買ったもの……こんな物語だったのか」


「何が書かれてるの?精霊とか呪いとか、幽冥……幽冥の書って!どれも意味わからないの!」

期待に溢れた様子で顔を上げ、学識高い御侍、カルトン学院の最上級名誉教授を見た。

しかし彼は灰色の曲がった髭を触りながらら長い間厳かな様子で考え込むと、首を振りながら私の方を見た。


「もしかしたら、これは魔法学院でしかわからない専門的な問題かもしれん」


「ふん!アタシは天才なのよ!魔術師の秘密なんて、アタシが探ってみせるんだから!」


Ⅱ.バカ


ダーウェントの書斎で昼夜問わず数日間こもっていると、馴染みのない知識がまるで風を通さない塔のように積み上がり、私は少しやる気を失った。

忍び込むなら、空飛ぶほうきに乗るか、魔法の杖でテレポートするかのどちらかだ…


しかし、私は簡単には諦めない。なぜなら、この天才は歩く百科事典、知らないことはない頭脳の王だからだ!


いや、まって――クイズ、クイズ大会!しまった、今日は決勝の日!


多くを考えている暇はなく、私は慌てて飛び上がり、散乱した本を跨いで外に出た。

扉の前でダーウェントとぶつかり、彼が倒れそうになったホットミルクを支えている間に、私はだいぶ遠くへと進んだ。


ベイクドアップル!どこへ行くんじゃ?朝食はいらんのか。ついでに伝えたいことがあるんじゃが……」


「リンゴのトロフィーを持って帰ってくるの!間に合わない、話は帰ってから聞くわ!」


……


「……次は、決勝戦最後の問題――小史ランダム速記です」


午後のグスタビ会議ホールには太陽の光が燦々と差し込んでいる。

審査席に座る痩せた試験官がよろよろしながらルールを読み上げている。ダーウェントよりも歳を召しており、口元の白髭が面白い角度に跳ね上がっている。


まるで……窓の外にいる白い長い尾を引きずりながら巣を作っている小鳥のようだ。


私はブラインドを覗きながら、心の中で「サヴォイア鳥類百科事典」を検索した。

その可愛い小鳥の科、属、種を見つけようとしたとき、痩せ細った試験官がゆっくりと咳払いをした。


「ゴホ……ゴホン。それでは皆さん、ルールはこれにて以上です。試験開始!」


目の前にある赤い絨毯に覆われていた巨大な黒板が、ついに姿を現した。そこには、数字と文字がびっしりと書かれている。

小史ランダム速記とは、試験参加者は15分間で大量の歴史事件や発生した時間を覚え、試験官がランダムで問題を出し、正答率が最も高い者が優勝する。


これはクイズ大会でよく見られるテスト形式だが、今回の問題はわざとあまり知られていない事件を選んでおり、三分の一は私でも聞いたこともないものだ。

しかし、これくらいでは天才のスーパー頭脳にとっては朝飯前だ!すばやく全ての文字をスキャンし、楽々と早押しボタンを押した。


試験官が驚いた様子で時計を見ると、まだ3分しか経っていない。


「1番選手、もう回答するのですか?」


「ええ、試験官さん。準備はバッチリよ!」


「ゴホン……一人目の選手が早押しボタンを押したので、暗記時間を終了します。これにて回答を始めます」

会場の半分を占める巨大な黒板に再び赤い絨毯がかけられた。試験官は分厚い問題集を掲げ、老眼鏡越しに私を見ている。

「回答を間違えると、次の問題に入ります。これを繰り返し、優勝者を決定します」


「えへへ、大丈夫よ!1発で終わらせるわ!」

私は胸を張り、自信満々に会議ホールの中央にあるリンゴのトロフィーを見た。


「では……第一問目、サヴォイア王歴205年3月10日に起こったことは……」


午後、金色の日差しが会議ホールに差し込み、観客と出場者はただひたすら私と試験官の声を聞いている。

ようやく口が乾燥してきた頃、試験官が持っていた問題集がついに最後のページをめくった。


「……残り3問。どうやら、勝負はついたようですね」

試験官は笑いながらため息をついた。


「優勝はこのアタシで間違いないけど、問題がまだ残ってるなら全部出してちょうだい!」

鼻の付け根にかけてある片方しかないメガネを押すと、窓の外にある忙しなく動く小さな影が見えた。鳥の巣を必死に作っている小鳥に思わず感心した。


でも……ブラインドを必死につっついているように見えるのはどうしてかしら?


「では続きを。王歴332年7月1日……」

試験官の声で小鳥にそらされていた意識を戻された。次の瞬間、静かな会議ホールに低い驚いた声と羽ばたく音が鳴り響いた。


パキッ――

頭上から何かが折れる音が聞こえ、冷たい風が脳裏を貫いた。

犯人は軽やかに遠くまで飛んでいき、嘴には細い果梗を咥えている。


「しまった!」

軽くなった頭を押さえ、柔らかい大きな雲が周りに現れるような気がした。私の呟きは驚きに飲み込まれた――


バカになっちゃう……


Ⅲ.図書館


再び意識を取り戻すと、私は自分の胡桃の木のベッドに寝ていた。柔らかい掛け布団から甘いリンゴの香りが漂っている。

食事を持ったダーウェントが部屋に入ってきた。珍しく、厳かな顔に優しい笑みを浮かべている。


「朝食の時間だよ、チャンピオンさん」


「えっ……ダ、ダーウェントがアタシを運んでくれたの?あの日……あの日……」

自信のない声がどんどん小さくなった。果梗がなくなった私は、きっと恥ずかしいことをしでかしたに違いない……


「ははは、大したことない……試験官の髭を引っ張って、1+1はいくつなのか聞いていたくらいじゃ。あとは、トロフィーのリンゴをかじっていたな。それから……」


「うわあ!も、もう言わないで――この天才がそんなバカなことするわけないでしょ!!」

大声でダーウェントの言葉を遮り、布団を被った。


「大丈夫さ。欲しがっていたリンゴのトロフィーを手に入れたんだから」

ダーウェントは笑いながら布団をとり、枕元にあるトロフィーを指差した。


「そうだ……私が言っていたことを覚えているか。もしかしたら、あの『魔術師の秘密』と関係があるかもしれん」


「え?なんのこと?」


「魔法界には秘密の場所があって、そこには珍しい古典や文献が隠されているらしい。かなり貴重な研究資料じゃ……」


「そんなすごいところがあるのね!なんていうところ?」


「幽冥図書館だよ」


……


崖をのぼり、人の半分ほどの高さまで生えた草むらをかき分けると、ようやく暗い松林の中に聳えたつ尖った先が見えた。

恐ろしい名前をしたこの図書館は……吟遊詩人が言っていた魔術師の塔よりさらに不気味だ。


草を踏む音が聞こえ、帽子を被った黒い数人の人影がいつの間にかそう遠くない場所に現れた。


黒いマントにとんがり帽、長い魔法杖……

間違いない!本に書いてあったのと全く同じだ。

どうやら……彼らがこの図書館で仕事をしている魔術師だ!


「皆さん――ちょっと待って!」

足早に霧が漂う松林から姿を消しそうな影を見て、私は慌てて草むらから飛び出した。

「あの、幽冥図書館に行くの?」


魔術師たちは驚き、後ろに少し退くと、警戒した様子で魔法杖を掲げた。


「えっと、誤解しないで。アタシはただ……見学してみたくて……」

厳かな空気が頬を掠め、思わず身震いし、言葉が喉につっかえた。


空気が突然冷え、カエルのように肌にくっつき、泡立つ毒沼のように冷たい。

帽子の下に隠れる冷ややかな視線のせいか?それとも魔法杖から放たれる青い火花か……


魔術師は確かに変な奴らだ。彼らを説得するのは予想以上に難しいかもしれない。

しかし……天才はこんなことで諦めない!


不吉な考えを追い払い、胸元の拳をきつく握りしめ、もう一度声を張り上げた。

「こ、こんにちは!アタシはカルトン学院の生徒、幽冥図書館を見学したいの」


魔術師はお互いに顔を見合わせ、何も言わない。

相手の反応がないのを見て、学院の討論会で演説するときの勢いを見せた。


「最近、魔法知識に関する課題を研究しているの。だから、専門的な資料を探してるのよ」

「幽冥図書館には文献がたくさんあるって……あっ、安心して、アタシは古典が大好きなの。それに、本を読むスピードも速いわ!」

「アタシはカルトンで有名な天才児よ!参考資料がたくさんあれば、『精霊』だって『呪い』だって、『幽冥の書』だって全部明らかにしてみせるわ!」


それを聞くと、今まで目で会話していた魔術師たちが突然怒りだし、怒号を浴びせながら魔法杖を振りかざしてきた。

「ハッ、こいつは幽冥の書を奪いにきたのか、殺せ!」


青黒い火花が放たれ、殺意とともにこちらへ飛んできた。

周りの松葉がスローモーションのように落ち、恐怖で目を見開いて、呼吸すら忘れてしまいそうだ。


まずい――

こんな状況、本には対処法なんて書いてなかった……


炎が鋭利な刃となって瞳孔に近づいたとき、ある力が私を勢いよく近くの草むらに押し倒した。

ナイフをくわえた見知らぬ少年が目の前でしゃがみ、すばやく青い炎から身を避けると、私に近づく魔術師を遠ざけた。


パンッ!

金属の弾が遠くで呪いを唱える魔術師を貫き、火薬のにおいが冷たいベタつく空気を熱くした。

向かい側の山では、銃を持った女が片膝をつき、少し焼け焦げたマントをなびかせている。


悲鳴はすぐに風の中に消え、垂れた紫色の花びらが私の頬を掠め、手を繋いで雲となってこちらへ向かってきた。

幸せな目眩の中、雲の中を飛ぶ美しい顔が見えた。彼女は眉をしかめてこちらを見つめ、何かを言いたがっている。


「……大丈夫?」

綺麗なお姉ちゃんは私のおでこを触った。ごつごつとした指からはオイルや火薬のにおいがした。

おかしいのは、このにおいが甘いリンゴの花や蜂蜜ケーキよりもいい匂いだと思ったことだ。


「えへへ……お姉ちゃん、お家に連れてってよ〜アタシ、いい子だよ……」

私は満足そうにその手に抱きつき、柔らかい甘い雲の中に沈んでいった。


Ⅳ.道路


リースリング……どうやら意識が戻ったようです」


見知らぬ少年の起伏のない声で意識が少しずつ戻り、目の前の景色は次第に焦点が定まった。

目の前にはろうそくの灯りに照らされた立派な本棚が並んでいる。


「君……名前は?」

少年にリースリングと呼ばれたお姉ちゃんは少しためらいながら口を開いた。その顔はどこか見覚えがあるような気がした。


「えっと、アタシ、アタシはベイクドアップル……」

思わずその美しい顔を見つめ、ぼんやりと答えた。


「だから、さっきはリンゴが一番可愛いって騒いでいたのか……」


少年が何かを悟ったように独り言を言い、私もハッとわかった。顔が一瞬で熱くなり、急いで頭の上を触った。


「あの小枝はもう……私がくっつけといた。顔が赤いが、どこか具合でも悪いのか?」

真剣な表情で、からかうつもりなど微塵もないリースリングを見て、むしろ恥ずかしくなり彼女の顔を見れなかった。


「あれはアタシの果梗……でも、助けてくれてありがとう」

俯いてボソボソ呟いた。

「コホン、えっと……ここは……」


「幽冥図書館だよ」


「え!?ここが幽冥図書館!?もしかしてアンタたちが図書館の管理人?」


「まあ、そうとも言えなくはない」


「よかった!ちょ、ちょうど図書館の本を借りたいと思ってたの」

興奮しながら顔を上げ、壁に埋め込まれた本棚を物欲しそうに見つめた。


しかし、リースリングは厳しそうに首を振った。


「図書館の本は魔法学院と館内の人しか借りられないことになっている。外部の人には貸せん」


「で……でも……」

キッパリと断るリースリングの冷たい口調を聞いて、私は割れた風船のように萎んでいった。


彼女の口調が少し優しくなった。

「……だが、自分の力で図書館に貢献できるなら、特別に貸してやらんでもないぞ」


「力?任せて!この天才は一度見たものは忘れない。試験だっていつも1位なの、トロフィーだってたくさん持ってるわ!」


自信満々に胸を張り、いつものように手に入れた名誉と称号を教えたが、リースリングは首を振った。


「図書館にそんな力は不要だ。必要なのはもっと実用的なものだ」


「実用的なもの……?」


「たとえば、パンナコッタのナイフと私の銃のようにな」


再び断られ、どうしたらいいかわからずにいると、先ほどの恐ろしい光景がフラッシュバックした。

あの時……あの時は頭の中で知識を検索して呆然と立ち尽くし、逃げることもできなかった。


自分が霊力を持つ食霊であることすら忘れていた……


「アタシもあの悪い魔術師たちをやっつけてやりたかったけど……勉強しかしたことなかったから……」

そう呟き、力がなさそうに垂れた両手でスカートの端を掴んだ。


「殺し合いは私とパンナコッタに任せろ。図書館の仕事がまだ山程あるんだ。たとえば運搬とか分類、整理とかな……」


「え?運搬、分類、整理ってあれらの本を?」

驚いてリースリングを見ると、彼女は真剣に頷いた。

「でも……そんなの誰でもできる仕事よ。難しくもないし……」


「それは違う、これは名誉やトロフィーよりも実質的な仕事なのさ」

リースリングの赤い目がろうそくの火を反射し、まるで私の心にある疑いと不安を見抜いたようだった。


「実践しなければ、どんな知識もただの文字にしか過ぎない。自分に合った道を見つけたいなら、基礎から始めろ」


……


図書館に来てから数日が経ち、リースリングの言葉の意味が少しずつわかったような気がした。


ここはカルトン学院とは全く違った。テストもコンテストもなく、あるのは時々現れる奇妙な泥棒と突然運ばれてきた本の山だけだ。

しかし私にはリースリングのような強さや勇気も、パンナコッタのような機敏さや警戒心がない。

戦闘では全く役に立たないうえ、本を整理するのも不器用で、何度も本棚をひっくり返しそうになっている。


ここ数日のことを色々思い出し、星空の模様が広がる図書館の天井を眺めた。


自分に合った道は一体どんな道なんだろう……


外から静かな足音が聞こえ、半分開いたドアの隙間から見てみると、優雅な白と金のマントが見えた。


「……最近、魔法学院の仕事が多くて忘れてしまったよ」

優しそうな男性の声が聞こえた。

「あれら古書の魔法は今日の夜明けに失効する。こういった魔法の儀式はかなり複雑だ。今から新しい魔法をかけても間に合わないだろう……」


「他に方法はないのか?私の知る限り、そこに書かれていることはとても重要なんだ」

リースリングの声は珍しく残念そうだ。


「日が昇る前に、あの数百冊にもわたる本の内容を覚えられる人がいればいいんだけど……生徒たちに手分けして書き記してほしかったんだけど、あいにくほとんどの生徒が魔法訓練に行っちゃったのよ」


足音が徐々に遠ざかり、しばらくして我に返ると、慌てて扉を開いて外に駆け出した。

夜風に淡いオイルのにおいが漂った。足を止める間も無く、そのまま柔らかい抱擁に突っ込んだ。


ベイクドアップル……どうしたんだ?」


リースリング様、ア、アタシ、わかったの!アタシが図書館のためにできること、わかったわ!」

興奮してリースリングの腕に抱きつき、大喜びで彼女を見上げた。


「アタシがそのもうすぐ失効する魔法書を助けてあげる!」


「君が……?でも、もうすぐ夜が明けてしまうぞ」


「安心して!この天才がいる限り、絶対に成功するわ!」


Ⅴ.ベイクドアップル


カルトン学院はサヴォイア辺境で最も長い歴史を持つ高等教育機関で、数々もの学術界の名流を輩出した。

噂によると、この学院は100年に一人の天才児を輩出したことがあるらしい。


神童は入学試験に満点で合格し、学院内外で数々の賞と名誉を手にした。

この神童は祖父であるダーウェント教授の学問を受け継ぎ、卒業後もカルトン学院に残るだろうと誰もが思っていたが、彼女は祖父が亡くなるまで世話をし、自ら図書館の書記になる道を選んだ……


「書記……ってなに?おじいちゃん」

熱心に話を聞いていた子供は目をキラキラと輝かせ、首を傾げて聞いた。


「書記は、古書を書き記したり修復したりする人だよ……」

白髭の老人が愛おしそうに孫の頭を撫で、はるか昔の記憶を思い出しているようだ。

「おじいちゃんも小さい頃、その天才児と競い合ったことがあるんじゃよ。そのコンテストのトロフィーは確かリンゴの形をしていたのう……おじいちゃんは負けちゃったが、あの時の光景を今でも覚えているよ」


「天才がこんな職業を選ぶなんて、天賦と才能の無駄遣いだと言う人もたくさんおる……じゃが、彼女は自分の道を見つけたのかもしれんな」


「うーん……おじいちゃんと一緒だね!おじいちゃんもたくさんのトロフィーを持ってるけど、ここでいろんな石を売ってるでしょ!」


「ははは……そうじゃな」


「あの!この鉱石をちょうだい!」

澄んだ声が響き、人の半分ほどの高さのカウンターから小さいベレー帽が現れた。

帽子の主は一生懸命背伸びし、金貨の山をこちらに押し寄せた。


「はいはい、お客さん……あれ――き、君は……」

老人は大きく目を見開き、詰まった言葉が風とともに消えた。

早春の午後、太陽の下でベレー帽を被ったリンゴのような女の子は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら店の外に姿を消した……


……


幽冥図書館。

大きな袋を担いでいるベイクドアップルは楽しそうに歌を歌い、静かな廊下で革靴の音がコツコツと反響している。


扉を開け、角を曲がると、ベイクドアップルは一気に螺旋階段を登っていく。

暗闇から青白い手が伸び、軽く彼女の肩をつっついた。次の瞬間、静かな図書館に女の子の甲高い叫び声が響き渡った。


「うわあああ――パンナコッタ!後ろから脅かすなんて!」

カラフルな鉱石が女の子に降りかかり、彼女はお尻をさすりながら、目の前のぼんやりとした犯人に怒りをぶつけた。


「ごめん……手伝うよ」


少年はしゃがんで大小異なる石を拾い、目にうっすらと罪悪感が浮かび、素朴な青灰色の目が一瞬生き生きとした。

女の子は不満を並べたが、少年は何も聞かずに袋を結ぶと、頭を下げて彼女の頭をじっくりと見た。


「ちょっと――何する気よ!アタシの果梗に触らないで!!」


「ああ、ちょっと確認したくて。まだあるかなって」


「天才の果梗はそんな脆くないの!」


「この前転んだら折れただろ」


「あれはアンタがアタシを思い切り押したからでしょう!それにアタシの果梗にも当たったのよ!」

あの日の困惑と紫色の雲を思い出し、ベイクドアップルは恥ずかしさと怒りで顔を背け、怒った様子でベレー帽を押さえた。

「ふん……アンタに会うとロクなことがないんだから。リースリング様と初対面で恥を晒すことになって……」


「ごめん……」


「ふん!とにかく、これからはアタシの果梗に敬意を払ってちょうだい!」


「わかった」

パンナコッタはぼんやりと頷いた。言いなりになる様子を見て、腰に手を当てた女の子の怒りが少し和らいだ。


「もう……アンタはロボットなの!?バカ、アホ!」


パンナコッタは目をぱちくりさせ、なぜ相手がさらに怒っているのかわからないようだ。


「もういいわ!アンタってやつは、何百年も閉じ込められて、ようやく出てきた大バカみたいね!天才はバカとは遊ばないの!」

ベイクドアップルは大きな袋を担ぎ、大股で階段を登った。パンナコッタは困惑したままその場に置き去りにされた。


……


夜になっても、図書館はまだ明るい。暖炉では松の木が燃え、暖かい光を放っている。

ベイクドアップルはマッシュルームのクリームスープを最後の一口まで飲み干すと、満足そうに舌を出して唇を舐めた。


向かいにいるリースリングは静かに焼肉を食べ、小さな円卓の反対側の席は空いている。


リースリング様、あのおバカさんは食べないの?」


「おバカさん……?パンナコッタのことか?彼なら図書館の出入り口を巡回してるが」


「そうだ、リースリング様……あのバカ……」

ベイクドアップルは椅子を動かし、リースリングのそばに近づいた。

「あいつ……もしかして、えっと、病気にでもなったことあるの?それか、頭を打ったとか?」


「いや、でも……」

リースリングはフォークとナイフを持っていた手を止め、何か良くないことを思い出したようだ。

「邪悪な魔術師に長い間監禁されていたんだ」


「え!?な、なんですって!本当に閉じ込められていたのね……」

ベイクドアップルは驚いて口を押さえた。しばらくの間、静かな図書館にはパチパチと松の木が燃える音だけが流れた……


翌日の朝、まだ空が薄暗く、群れを成した鳥が鳴きながら松林をぐるぐると飛び回っている。

屋根の尖った古城の入り口に、痩せ細った少年が像のように無表情で立っている。


「コホン……」

背後からわざとらしい咳払いが聞こえ、パンナコッタは警戒して後ろを振り向くと、ホットミルクとパンを持った女の子が目に入った。


「食事の時間よ!」


ベイクドアップルはトレーを彼に渡すと、そわそわした様子で急いであたりを見渡した。

パンナコッタは、彼女の目の下に丸い大きなクマがあることに気がついた。


「ああ、ありがとう……」

パンナコッタはぼけーっとトレイを受け取ったが、隣の人は離れようとしない。


「コホン……知らなかったの、アンタが……コホン、とにかく……」

手を後ろに回し、松林を眺めているフリをするベイクドアップルはどこかいつもと違う。今日は歯切れが悪く、得意げに顎を上げることもない。


女の子の顔がどんどん赤くなっていくのを見て、パンナコッタは彼女の頭の果梗が抜けてしまったのではと心配し始めた。

彼女はようやく大きく咳払いをすると、思い切ったように大声で叫んだ。


「とにかく、バカなんて言うべきじゃなかったわ!ごめんなさい!」


「え?」

パンナコッタは困惑して首を傾げた。のんびりと歩いていたカラスが驚いて飛び去り、また着地したが、女の子の影はとっくに消えていた。


朝日が昇り、カラスの鳴き声が次第に遠ざかっていく。

長く続く松林に牛乳のような日差しが差し込み、冷たい朝露を消し去った。


彼女は考えたこともなかった。勇敢に本心を伝えることが、部屋いっぱいのトロフィーを手にいれることと同じくらい幸せだと。


いや、その本心は名誉よりも実質的なものだからこそ、より多くの幸せを感じられるのだろう!



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