ファラフェル・エピソード
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ファラフェルのエピソード
甘やかされて育った王子様はいつも横柄な態度を取る。初対面の人にもあごで指図し、すごく毒舌である。しかし相手に注意されると、すぐに礼儀正しく行動する。『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』の姫のように、色々な拘りがある。ベッドに1粒の砂があるだけで、怒ってしまう。しかし徹夜してスラムにいるほど、シャワルマに容赦なくツッコまれるか、無視される。すると、ファラフェルはいつも貴族の礼儀作法を顧みずに怒ってしまう。
Ⅰ.王位継承者
メンカウラーの乾季はすでに数ヶ月も続いている。
灼熱の太陽が空に穴を焼いた。まるで溶けることのない金貨のようだ。
頭上の生い茂ったヤシの木と幕で覆われた豪華な輿がなければ、激しい日差しがここを進む貴族たちを照らし、とっくに焼かれて穴が空いていただろう。
唯一、輿を担いでいる家来たちは別だが。
鞭の音につれて、そばを通りかかった隊列の姿が次第に遠ざかっていく。私も手に持っていた金貨を目の前の噴水に投げ入れた。
金色の輝きが美しい弧を描き、想定通り噴水の中心に落ちた。
このようなつまらぬ機械的な動きは、王宮での午後の良い暇つぶしになる。
「……ああ――もう!ジェスパー、早くその気持ち悪い目玉を掘り出してちょうだい!」
耳を突き刺すような叫び声が静かな王宮に鳴り響き、放り投げた金貨が元の軌跡から外れた。
声のする方を見ると、駕籠を担いでいた隊列がある場所で足を止めた。
駕籠の反対側では、木の影がない、日差しで熱くなった地面に、肌の黒い若者数人が跪いている。
彼らは鉄のように熱い地面に顔をくっつけ、一ミリも顔を上げようとしない。
思い出した。彼らは最近ここで訓練している「勇士」だ。
たしか、……緑の捜索隊に所属していたはずでは?
駕籠で担がれている主の鋭い悲鳴が未だ止まず、数日前に宮廷で狩りをしていた猟犬よりも威力がある。
そしてジェスパーと呼ばれた護衛は恐怖で腰を抜かした少年を持ち上げると、腰から短剣を引き抜くと、彼の目に突きつけた。
私はこめかみを揉みながら、冷たい噴水から先ほどの金貨を拾い上げた。
カンッ――
金貨が薄い刃に当たり、爽快な音が鳴った。ジェスパーは短剣が手から落ちるとは思ってもおらず、獰猛な目を向けてきた。
しかし、私の顔を見た瞬間、その目は萎縮していった。
「誰よ?!私の命令に背くなんて!ジェスパー、私の代わりにやつを殺しなさい――」
尖った声は先ほどよりもさらに甲高い声へと変わった。輿の主が幕をめくると、それは血相を変えた幼い少女だった。
「アリヤ、吾の耳を壊すつもりか。」
私は耐えられず耳を擦った。止むことのない騒音のせいで、すでに鼓膜から耳鳴りが聞こえている。
「……ファラフェル、また私の邪魔を?!」
少女はひどく怒った様子で宝石だらけの幕を引きちぎった。おもちゃをとられた世話がやける子供のようだ。
「この愚民ども、王室に無礼を犯したわね!私の顔を直視するなんて。目を掘り出されるだけで済むのは、私の最大の仁慈よ!」
「無礼の罪か。どうせ暇潰しに適当につくった理由だろう。」
そう言って私は肩をすくめ、彼女の怒鳴り声を遮った。
華麗なる宮殿の中で、王室はまるでここに寄生しているウジムシのようだ。
――自分の腹が満たせられれば、弱者をいじめて楽しむ。
目の前のお姫様も例外じゃない。
「無礼の罪……ならば貴様の家来、そして貴様は――なぜ吾に敬礼していないのだ?アリヤ姫。」
「あんた……!」
駕籠のそばで直立していた家来たちは、それを聞くと次々と地面に跪き、アリヤのメンツは一瞬にして崩れた。
「なんだ、王位後継者に敬礼する決まりを忘れたのか?吾が教えてやろうか?」
「……ファラフェル……殿下。」
少女は駕籠の上で歯を噛み締めながら雑なお辞儀をすると、すぐに振り返って家来に怒鳴りつけた。
「バカめ!いつまで跪いているつもり?お父上との面会が遅れちゃうでしょ?!」
慌てふためいた家来は輿を再び担ぎ上げて出発した。先ほどの少年はすでに仲間たちによって一番後ろに隠され、存在を忘れられているようだ。
「……そうだ、数日後の歓迎式に、父上と一緒に参加するんでしょ?」
アリヤは何か思い出したように、駕籠から頭を出した。目を見ると、つい先ほどまでの怒りはすっかり収まったようだ。
「真の王子殿下にご対面するのですから、その時はしっかり跪きなさい……」
駕籠の幕が降り、軽やかな音も次第に遠ざかっていった。先ほどの耳をつんざくような声はなくなったが、どうも心地が悪く眉をしかめた。
チッ、忘れていた。
なんとか城の王子を吾が跪いて歓迎するだと……?
ありえない。
Ⅱ.ゲーム
アビドスは砂と熱風に満ちた国だ。
激しい陽の光が大地の生命を壊し、砂が川底の裂け目を埋め尽くす。熱風はローブに覆われていない肌が火傷するかのように熱い。
唯一、王都メンカウラーだけがかろうじて人間が住むことのできる場所だ。
しかし、資源に乏しい土地ほど、境界線が厳しく、法も厳しさを増す。
王都の周辺には土の壁が建てられ、果てしない砂漠と隔離されている。そして王都の中心にある宮殿のそばには、高く聳え立つ監視塔が昼夜問わず監視の目を尖らせている。弯刀と弓は激しい太陽よりも凄まじい威力を持つ。
それゆえに、この豪華な王宮は貴重な水資源を集め、庭園に観賞用の噴水を建てられるのだ。
王室はこれらの特権を「神」からの恩恵だとし、城の中の謎めいた主に従い、救世主が新たな「希望」をもたらしてくれることを熱望している。
……
「……無限の地。激しい炎は死と同じように全てを平等に見る。神聖な場所には、金色の渓水と甘くて美味しいワインが流れている。」
近くの主殿から讃美歌が聞こえ、熱風が黄砂を巻き上げ、静かな庭園に消えていく。
ちょうど今、年老いた国王は地面にひれ伏せ、その「王子」とやらを出迎えているのだろう。
本来なら彼の後ろで跪いていたであろう――王都メンカウラーの王位継承者である私は、不謹慎にも顔を日焼けしていたために欠席した。そうなれば、年老いた国王は代わりに他の息子を立てるしかない。
それらの赤い斑点はただの目障りに過ぎないが、年老いた国王を脅すには十分である。
なんせ、派手な顔で「神の使者」を迎え、背後のお方を怒らせれば、王室のオアシスの夢は崩れてしまうからな。
そんなことを考えていると、思わず笑みが浮かんだ。
ハッ、新しいオアシス。
本当にそんな場所が存在するのか?
アビドス唯一のオアシスは城によって占拠され、「神」は一番の鉄壁だ。そのタブーに触れられる者はいない。
そうやってお高くとまったやつ、王室と何の違いがある?
皆をオアシスへと導くと言うが、それは王室が蓄えた水をメンカウラーの平民に分け与えるというくらい滑稽な話だ。
もしかしたら……これらを単なるゲームとして捉えているのかもしれない。
平民を苦しめている王室のメンバーと同じように。次々と奇妙な理由を考えている。
白金色の太陽がヤシの葉から差し込み、それに加え退屈な賛美歌が私の頭をゆらす。頭痛で頭を抱えていると、近くに数人の見慣れた人影がぼんやりと見えた。
ジェスパー?
何かを運んでいるようだ……
……
「ジェスパー長官、本当にここに捨ててよろしいのでしょうか……」
「ハッ、姫様のネックレス一つ見張れない使えない奴だ。何が悪い?」
「そうだ、ちょっと黙っとけ……ジェスパー長官、こいつ、結構酒を飲んで頭が働いていないんです。」
「もういい。お前たちは街を出てケイトー長官と合流し、スラム街でネックレスを盗んだ犯人を捕まえてこい。ここは私が片付ける。」
「はい、長官!」
二人の若い衛兵は解放されたかのように小走りでその場を離れた。私もそばにあった大きな柱の影に身を寄せた。
ジェスパーは私の後ろで、しゃがんで何かを探しているように見える。
しばらくして、彼は立ち上がると地面のものを遠くに蹴っ飛ばした。重いものが落下する音がした後、猟犬の狂った吠え声と噛みつく声が聞こえた。
ジェスパーは気にするそぶりを見せず、手に持っていた金色に輝く何かを掲げ、貪欲そうに見つめた。
「ハッ……やはり、姫は日頃から褒美を与えていたようだな……」
ドンッ――
首に重い一撃を喰らい、陶酔しているジェスパーがうめき声をあげながら、地面に倒れ込んだ。
私は手に持っていた銃を持ち替え、下にいる獣を見下ろした。
生臭い血の臭いと吠え声が入り混じり、灼熱とした空気に焼かれてより刺激を増した。
ネックレス?スラム街?
アリヤの人を苦しめる馬鹿げたゲームは、終わりを迎える時が来たようだ。
Ⅲ.塀
「王子」を歓迎するためか、王宮の脇門にいる護衛も大半が移動された。
脇門の塀を通るとき、熱い熱風が護衛たちの話し声を私の耳に届けてきた。
「……その場で首を刎ねられたらしい。」
「自業自得だ……王子殿下に叛いたんだから。彼とあのお方はメンカウラーの救世主なんだ……」
王宮の外のメンカウラーは昏黄の色に覆われ、ヤシの木すら、しおれている。
しかし、塀と王権によって隔たれた平民にはこの違いがわからないだろう。
そう遠くない宮殿の中に、絶え間なく湧き出る噴水があることなど想像もできないように。
いつものように王都で最も賑わう市場にやってくると、私は適当に店に入った。
「お客様、歯が抜けるほど甘い蜂蜜です。いかがですか?」
私が近づくのを見て、主人が笑いながら急いで手に持っていた丸壺を差し出した。
「われ……私に一つくれ。」
銭袋から適当に金貨を掴み、どさっと置いた。
「こ……こここりゃあ多すぎます。蜂蜜を全部買えちゃいますよ。」
主人は目を大きく見開き、輝く金貨から目を離さない。
「一瓶でいい。一つ聞きたいことがあるんだが、アリヤ姫のネックレスが盗まれたことは知ってるか……」
……
ジェスパーが言っていた「スラム街」が王宮のすぐ近くにあるなんて。頭を上げれば幻のような宮殿が見えるほどだ。
しかし、砂ぼこりで侵蝕された土楼の外に立っていると、両足も砂に押さえられているかのように歩くのが困難だった。
心に複雑な感情が浮かんだ。この感情……どこか覚えがある。
「殿下、外に出てはいけません……国王陛下が知れば怒られますよ。」
汗が目の前の光景を濡らし、ぼんやりと昔のエフィが見えたような気がした。
彼は私の片足をきつく抱え、拗ねた様子で王宮の塀に座っている私を引き戻そうとする。
「何がいけないの?吾は王宮の外を見てみたいだけだ……エフィ、一緒に行くか?」
「殿下、いけません!」
私の家来エフィは年は小さいが、想像できないほど力が強い。
「おい、エフィ――離せ、痛いぞ!」
私はわざと口を噛み締めるフリをすると、エフィは慌てて私を掴んでいた両手を離した。
「ま――待ってください……殿下!!!」
彼が気づいた頃にはすでに私は塀を乗り越え、あいつの声はどこか泣いているような気がした。
はぁ……行きたいならはっきり言えばいいのに。
吾に長らく仕えてきたのに、まだ堅苦しいやつだ。
そんなことを考えながら、私は初めて王宮の外のメンカウラーにやってきた。先ほどまでの考えはすぐに吹き飛んだ。
王都中心の市場にはおかしな商品が無数に並べられ。むせそうな香辛料の香りが混ざった平民の軽食から湯気があがっている。全てが新鮮で面白い。
不思議なのは、ここにいる人たちはたくさんの金貨を見たことがないようだ。私が銭袋を取り出すと、皆目を見開き言葉を失う。
金貨、それは王宮の中では最も価値のないものじゃないのか?
その日の深夜、遊び尽くした私はようやく王宮に戻った。エフィへのお土産も忘れてはいない。
彼は、小さい頃に王宮近くの土楼に住んでいたらしい。毎日これを食べていたのだろうか?
しかし、寝殿に戻ると、目に入ってきたのは梁に吊るされたエフィの姿だった。
「こいつは王位後継者の面倒もまともに見れないやつだ。その場で処刑した。」
太った年老いた国王が上に座っている。目を開けるのも億劫そうにしているその姿じゃ、私が怒りに震えながら銃を掲げる様子も見えないだろう。私はすぐに銃を下ろした。
そうだ、彼は私の御侍だ。私が彼を傷つけることなどできやしない。
だから、自分の父親の死を借りて今の位についた彼は、多くいる息子、娘の中から私を「王位継承者」に選んだ――
永遠に彼に逆らうことのできない身代わり、陰謀の中心に投げられた生贄として。
しかし、エフィは無実だ。
王宮で消えていった命のように、これは彼らの迎えるべき結末ではない。
……
土楼が落とした険しい影に、血のような太陽が当たる。それはまるで黄砂に落ちたルビーのようだ。
ふっと我にかえった私は首を振り、幻影のような記憶を頭から追い出すと、その迷いも風に乗って消え去った。
今度こそは……もう二度と無実の人を死なせない。
連なる土楼に足を踏み入れると、白金色に燃えていた太陽も一瞬で薄暗くなった。
黄砂が吹き、目の前の光景が私を驚かせる――黄色い砂ぼこりの中から崩れた泥壁がぼんやりと見え、破れた服を着た子供たちがゴミの山から楽しそうに何かを選んでいた。
メンカウラーのスラム街は……こんな場所だったのか。
Ⅳ.夢の如く
数日間、ここのスラム街を歩き回り、ようやくネックレスの行方を突き止めた。
私が手を出そうとしたその瞬間、小さな子供が私の前に割り込んできた。
その腕は衛兵が持っている弯刀の柄にも及ばないほど細い。それなのに屈することなく勇敢に短剣を持ち上げている。
根性のある少年だ。
しかし、正面衝突は時には最適な解決策ではない。遠くの大国、耀の洲でも古代兵書に記載がある。
それにこの衛兵たちは、あの気難しく恨みを根にもつ姫の家来だ。
だから、私は彼を連れて逃げた。
道中、適当に金貨をばら撒くと、価値のない砂利と大した区別はつかなかった。
しかし、平民たちは砂嵐のようにどっと押し寄せ、包囲している兵士さえも突き破った。
狭い路地では、突然の雨が砂ぼこりを洗い流し、私たちの泥だらけの足跡をも消し去った。
冷たい雫が顔に落ち、乾き切った土に溢れていく。この短い雨は夢のようだったが、王室の噴水よりも自由で生き生きとしていた。
メンカウラーの乾季がようやく終わりを告げた。
「ではまた……シャワルマ、またどこかで。」
完全に追っ手を撒いたことを確認すると、私は立ち上がって手を振り、低い壁に寄りかかって息を切らしている少年に別れを告げた。
この根性ある少年は、「平民」と呼ばれるのを嫌っているようだ。
しかし実際は、「王位継承者」と「平民」は単なる略称で、本質上はなんら変わりはない。
金貨と砂利のように、混ざってしまえばなんの見分けもつかない。
グルルル――
お腹が鳴って気がついた。ちゃんとした食べ物が見つからなかったから……ここ数日はあの蜂蜜しか食べていなかったんだ。
それにもっと困ったことは――目の前の路地はぐねぐねと互いに交差しており、先ほど来た道がどっちだったか見当もつかない。
「おい……」
再び戻ってきた私を見てシャワルマはぽかんとした。その美しい翠緑の瞳にじっと見つめられ、少し気まずくなった。
「王宮への道を……知っているか?」
「王宮への行き方はわからないけど、スラム街への帰り方は知っている。一緒に……来るか?」
……
「シャワルマお兄ちゃん、よかった!お帰り!あれ、このお兄ちゃんは友達?」
「さっきの人だ!さっき、このお兄ちゃんが空から降ってきて、アファフとシャワルマお兄ちゃんを助けたんだよ!」
「うわあ!すばらしい!お兄ちゃん、果物でもどう?飴もあるよ!」
鼻水を垂らした子供達が私を囲んで騒がしく喋っている。シャワルマと彼の「家」に帰ると、服のポケットにはよくわからない野菜や果物とベタベタした飴でいっぱいになっていた。
「うぇっ――酸っぱい!」
適当に口に放り込んだ果物は、まだ噛んでいないのに酸っぱい汁が蜂のように私の舌を刺激した。
吐き出す私を見て、シャワルマは心を痛めたように眉をしかめた。
「あいつらは食べたくてももったいなくて食べれないのに……」
「こういうものは、吾の口には合わない……まあいい、彼らに返してあげてくれ。」
なんとも言えない罪悪感で声がかすみ、私は急いで果物と飴を黒い低いテーブルの上に置き、何もなかったかのように辺りを見渡した。
薄暗い光がテントの隙間から差し込み、かろうじてこの「家」の構造が確認できた。
ぼろい布が敷かれた土床と塗装が剥げたテーブル以外に、他は何も見当たらない。
「これはベッドか?カーペットですらこれより柔らかいんじゃ?」
その土床を手で叩くと、まるでレンガを叩いているかのようだった。
しかし、シャワルマは私の不満を気にも留めず、部屋の中を忙しなく動き回り始めた。
彼の痩せ細った姿を見て、私はため息をついた。もういい……このようなスラム街では、寝床があるだけマシなものだ。
あの冷たくて空っぽな寝殿に比べれば、ここには一緒に喋ってくれる話し相手がいる。
その夜、私は雑穀粥を二杯も食べた。
お腹が空いていたからか、それともシャワルマが言っていた「これはみんながあなたへの感謝のために必死に集めた食料だ」という言葉のせいか、その平凡なお粥はすごく美味しかった。
寝床は石のように硬いが、シャワルマと肩をくっつけて寝ると、すぐに夢の中に入った。
黄金の太陽のような夢の中で、私は花いっぱいに飾られた華麗な輿に乗った、私がまだ会ったことのない「王子」が見えたような気がした。
彼の足元には黒い蛇のような影がまとわりつき、若い勇士たちの首が深紅に染まっていった。
そして彼の背後には――
輝かしいメンカウラーの王宮が、激しく燃える炎の中で溶けていった。
Ⅴ.ファラフェル
激しい爆発音がメンカウラーに鳴り響き、王宮からそう遠くないスラム街は地震のような揺れを感じた。
荒れ果てた土楼の中はすでに人で埋まり、皆が熱風に沿って遠くを見渡すと、幻のような城――メンカウラーの王宮はまるで罪火に包まれた地獄のようになっていた。
激しい炎が、唖然とするファラフェルの目を照らし、その偉そうな顔に初めて戸惑いと驚きが浮かんだ。
彼が人混みを押しのけ、炎と黒煙の見える方へ向かって走ると、シャワルマも迷うことなく彼の後を追ってきた。
「ファラフェル、あそこは危険だ……」
少年が手を伸ばし、風になびく服の一部をきつく掴んだ。
「様子を見に……一緒に来るか?」
若い王位継承者が振り向く。頭に巻いているスカーフが煙で充満した熱風に激しく煽られ、珍しく真剣な表情を見せた。
少年は周りの野獣ケージのようなメンカウラーの重壁、天に届く勢いで燃え盛る王宮を見ると、再び振り返って十数年変わらないスラム街を見た。
彼は腰にある短剣を軽く握ると、何かを決意したように、顔を上げた。
「よし、一緒に行く。」
……
「……なぜだ!私の孫は、まだ二十歳じゃ!ちょうどさっき捜索隊の勇士に選ばれたばかりなのに……」
「うぅ……お兄ちゃん、お兄ちゃんがまだ中に!お父さん、お兄ちゃんを助け出さないと……」
「嘘だ……嘘だ!城の神様はメンカウラーを見捨てたのか、なぜだ!」
「……きっとあの日、捜索隊が王子殿下を怒らせたからに違いない。神様に無礼な声を届けてしまったから、メンカウラーに罰が下ったんだ!」
残り火はまだ消えておらず、黒煙が沸騰するかのように砂嵐や人々の叫び声を呑み込んだ。
ファラフェルは崩壊した王宮の前に立つと、ふと頭の中に黒い蛇がまとわりついた白い影が浮かんだ。
「白が……」
窒息しそうな熱風の中、ファラフェルはきつく拳を握りしめた。
美しくも罪深い宮殿は炎で埋まり、王権に寄生していたウジムシどもを呑み込んだ。
しかし、同時に罪のない命までもが呑み込まれる。
残酷な地獄に姿を消していく。これは彼らの迎えるべき結末ではないはずだ。
たとえ「神」でも、人を弄ぶ権力はない。
「ファラフェル……大丈夫?」
濃煙が次第に消えていき、そばにいたシャワルマが心配そうに口を開いた。
廃墟の前に座っているファラフェルは我に返り、黒煙に満ちた目にようやく一筋の色彩が戻った。
「……犯人が誰であろうと、吾は絶対に許さない。」
「一緒に犯人を探しにいく。」
「……お前が?どうして吾を手伝う……」
ファラフェルは驚いた様子で顔を上げ、まだ知り合って二日しか経っていない少年を見た。
「僕と僕の仲間を救ってくれたから。」
少年の顔はまだあどけないが、固い決意が見られる。その翠緑の瞳は清泉のようで、太陽よりも輝いていた。
グルルル――
場にそぐわない音が静けさを破り、ファラフェルは気まずそうにお腹を押さえ、咳払いをして誤魔化そうとした。
「ゴホン……吾は……吾は何も聴こえていないぞ。」
「まずは家に帰ってご飯でも食べようか?」
少年の表情も緩み、ようやく笑顔が見えた。
「家……?」
「うっ……スラム街だよ、もし嫌じゃなければ……」
地面に座っている王位継承者はじっと動かず、次第に眉をしかめ始めた。少年は困ったように頭を掻き、口にした誘いも飲み込んだ。
「おい、吾に手を貸してくれ。」
「え?」
「ゴホン、座りすぎた。足が……痺れたようだ。」
「え?痺れ――あっ、は、はい……」
血のような夕日が地平線に沈み、黒い廃墟には燃えかすが舞っている。まるで旧王宮の亡霊のようだ。
黄砂が空に舞い、支え合う二つの影が次第に遠くなっていく。その影はゆっくりと確実に新しい世界へ向かっていく。
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