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胡蝶の服・ストーリー

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胡蝶の服

(御侍の名前の表記部分を全て「御侍」に統一しています)

プロローグ


午後

弦春劇場


 年の暮れ、寒い空の下で、玉京の街の人はまばらだが、弦春劇場は満員だった。

 甘美な音楽が悠々と流れ、熱烈な拍手と歓声が絶えず、劇場の中の客は皆、熱狂し酔いしれている。

 しかし、VIP席の机に向かってじっと考え込む少女は、そんなことより目の前の絵が気になっているようだ。


富豪スープ:違う……違うわ、これじゃない……

富豪スープ:はぁ、やっぱりダメなのね……あと少しでインスピレーションが掴めるのに。

御侍:富豪スープ、今日はお茶しながら戯曲を聞くんじゃなかったのか?せっかくの休みなのに、また仕事だなんて……

富豪スープ:あれ?そうか、忘れてたわ。今日はリラックスするために劇場に来たんだっけ……

富豪スープ:ごめんね御侍、原稿ばかり気にしちゃって……!そうだ、茶菓子、もっと注文する?遠慮しなくていいのよ、私が奢るわ〜

御侍:もういいわ……これ以上注文したら、机が壊れちゃうかもしれないから……


 目の前の紅木の机に、お菓子が山のように積まれているが、その横には廃棄原稿が山になっている。それが富豪スープを落ち込ませた。


富豪スープ:臘八節にぴったりな冬衣をデザインしようと思っていたのに、満足のいくデザインが思いつかないわ……

御侍:そうなの……でも、このボツになったデザイン、どれもいいと思うけど。いったいどんな服が作りたいわけ?

富豪スープ:ちょっと物足りないんだよね、独特の味?魂?……なにか足らないのよ……うまく言葉にできないけど、とても重要な隠し味みたいなもの。

御侍:ふ〜ん……、難しそうだね。

富豪スープ:はぁ〜、元々「ミューズ」さんに相談してみるつもりだったんだけど、あいにく取材に出かけてて……

御侍:落ち込まないで、スランプなんて誰にでもある。きっとすぐにその「インスピレーション」をつかめるよ!あなたはこの耀の州NO.1のデザイナーだから。

富豪スープ:フフ、やっぱり、御侍と話をすると気が休まるわ。

富豪スープ:ありがとう。もうすっかり元気になったわ〜

執事・張:お嬢様――ッ!お嬢様、やっと見つけました!


 額の汗を拭く暇もなく、急ぎ足で焦った様子で執事は個室に駆け込んできた。


富豪スープ:張さん?!そんなに慌てて、いったいどうしたの?

執事・張:お嬢様、臘八の冬衣の注文が大変です。先程裁縫工場から連絡が来ました、休み前は注文を受け付けられないそうです。

執事・張:臘八で他の工場もフル稼働で、まったく空いてないそうで、すぐに引き受けてくれる工場をみつけるのは困難です!

富豪スープ:どういうこと?毎年提携しているはずなのに、今年はなんで受注を引き受けてもらえないの?

執事・張:急遽、謎の客から大口注文を受けたそうです。フル稼働で仕上げているため、こちらの注文に手が回せないとのことです……

富豪スープ:謎の客……?!他の注文を受け入れられないほどの注文をするなんて、いったい何者なの?

御侍:これってもしや……「競合」ってやつ?

富豪スープ:フン、どうせインスピレーションは降ってこないし、暇だからちょうどいいわ。向こうが喧嘩売ってんなら、買ってやるわよ。

富豪スープ:張さん、とりあえず別の工場に当たってみて……その「謎の客」は、調べてみるわ。


ストーリー1-2


午後

裁縫工場の裏庭


御侍:富豪スープ……ゴホゴホッ!「競合」って体力も使うのかよ……

富豪スープ:秘密調査だからね、これぐらいしないと

御侍:こういうの……あんまよくないんじゃない……

富豪スープ:こんなの序の口よ。大金が絡む商売ならもっと汚いことなんてザラにあるわ。それに、中に入っちゃダメって工場だって言ってないでしょ?違法なことしているわけじゃないし、敵を知る市場調査みたいなもんよ。元を言えば、理不尽なことを言ったのは工場の方が先だもの。

富豪スープ:ほら、ここは人目につかないから、少し休憩していいわよ。このあと壁を乗り越えないといけないから。

御侍:えっ……?!わかった……また犬の通り穴じゃなかったら……

富豪スープ:しっ!誰か来る――


 すぐそこに、工場の従業員らしき者たちが木箱をどんどん庭の外へ運んでいる。


御侍:ねえ、あの人達が来た方向って……私たちが潜入しようとしている場所だよね?

富豪スープ:そうよ、あそこは工場の倉庫なの。

御侍:てことは……あの箱の中身は「競合相手」の貨物か!


 バーン!重たい木箱が地面に落ち、柔らかい布地が半開きの箱からチラリと見えた。精巧な刺繍の妙な模様が日光に照らされ光っている。

 作業員が慌てて、布地を木箱に詰め直した。


御侍:ふぅ……行ったね。富豪スープ、あれ見た?

富豪スープ:見た?なんなのあの模様は……ダサい上に、すっごく不気味だったわ。

御侍:うん、思い出すだけで背筋がゾクゾクする……あの模様が「競合相手」の独特のデザインなのか……

富豪スープ:……御侍、悪魔のルーンって、聞いたことある?

御侍:悪魔のルーン…?

富豪スープ:グレロでは、邪神を信仰する信者たちは、邪神を祀ったり、呪いをしたりするために、さまざまな奇妙なルーンを作るの、それが悪魔のルーン。

御侍:じゃあ、あの妙な模様は悪魔のルーンの……だとしたら、「競合相手」は邪神の手下ってこと?!

富豪スープ:たぶんね。あんな模様、普通の人間では発想できないもの……まさか、また聖教のような変人たちの仕業かもしれないわ。

御侍:だとしたら厄介だな……

富豪スープ:とにかく、布地の送り先を突き詰めれば、真実が明らかになるはずよ。

富豪スープ:あの音は、もう荷を積み終えていたみたい。

御侍:運送の馬車の後を追うの?

富豪スープ:ううん、これを機に、ほかに何か変なものを刺繍していないかを見てみましょ。行くよ、隙を見て馬車に乗り込むわよ!


ーーその頃。


金髄煎:この場所で間違いないか?以前と違っている気がするんだが……

荷葉鳳脯:ここだよー。随分立派になったね!富豪スープは最近、かなり稼いでいるみたいだ!でも、誰もいないね?

金髄煎:門前の札を見てみよ。今日は休みのようだ。

荷葉鳳脯:えっと?外出取材中、営業時間未定……富豪スープ、本当に留守なんだ……

金髄煎:メモを残そう。そうすれば彼女が戻ってくればお前が来たことがわかる。

荷葉鳳脯:いいね!でもなにを書けば?


―――

⋯⋯

・ここに参上。

富豪スープ、いつ東籬に取材に来てたんだ?

・久しぶり!私はだ〜れだっ?

―――


荷葉鳳脯:んー、こんな感じかな?よしっと。時間も遅いから、まずはやるべきことをやっちゃおう!


ストーリー1-4


しばらくして

馬車の中


 揺れる馬車の中は真っ暗で、カタカタと車輪の立てる音がささやく私語をかき消していた。


御侍:富豪スープ、どう?

富豪スープ:だめだわ……全部鍵がかかってる、開けることも壊すこともできない。

御侍:変だね、霊力を使っても通用しないなんて……

富豪スープ:心配しないで、私が逃げさせないから。荷物が私たちの目の前にある以上、後ろの人を暴き出せない訳がないわ。

富豪スープ:いいか?あとは計画通り、彼らが納品する隙に馬車を降りて、状況を見て行動しましょう。

御侍:わかってはいるけど、この馬車、ずっと走ってるよ?このままだと玉京を出てしまうんじゃないのか?


 ドカーン!話が終わらないうちに、馬車が急停止し、山積みにされた木箱も大きな音を立てて転がり落ちた。


富豪スープ:酷い運転の仕方ね。御侍、大丈夫?

御侍:うっ、うん、大丈夫……待って、外で誰かが話してる――


 遠くから近づく足音とともに、馬車の外から馴染みのある声が聞こえてきた。

 しかし、アクシデントを経た今の馬車の中では、息も苦しくなるほどのほこりが舞い、木箱の山の中で息を止め、身を縮めている人には、なぜ馴染みのある声が聞こえるのか考える余裕すらない。


女性の声:ちょっと!いつもそんな怖い顔しないでよ!ほら、あの御者さん、あんたが見た途端、逃げちゃったじゃない。

男性の声:そうか……?頑張って笑顔を見せたのだが。

女性の声:なんだって!?あんた、笑えるの?見たことない!ねえ、笑って見せて?

男性の声:……

女性の声:…………

女性の声:……やめたやめた!余計こわいわ。その笑顔、もうやめなさい!さっさと引っ込ませて!

男性の声:………………

女性の声:急いで検査しましょ、日が暮れたら戻る。絶対みんなを驚かしちゃだめよ、祭祀の儀に支障ができたら大変だから……


 「祭祀」や「儀式」という言葉を聞いて、富豪スープは興奮して体を前に乗り出した。しかしうっかり、揺らいでいる木箱にぶつかり、ほこりが再び舞い上がった。


富豪スープ:……!

御侍:……!!

富豪スープ:ヘックッシュン!うぅ、うううぅ――


 大きなくしゃみの音が響き渡り、周囲の景色が一瞬にしてグルグルと回り出した。


御侍:あっ、ごめん富豪スープ、口をふさごうと思ったけど、暗すぎちゃって……

富豪スープ:……

富豪スープ:やばいわね、馬車が転倒しちゃった……


 車内に微かな光が差し込み、木箱が周囲に散らばった積み木のようになっている。外の足音がだんだん近づき、斜めになった扉の鍵がカタカタと音を立てている。


富豪スープ:待って、そなたは箱の後ろに隠れて。あの二人は私に任せなさい……

女性の声:そこに隠れている賊――?!さっさと出てきなさい!


―――

⋯⋯

・……?!

・しまった、見つかった!

・邪教徒の声が聞き覚えがある?

―――


富豪スープ:フン、私は賊などではないわ。邪教徒、これを喰らいなさい!


ストーリー1-6


富豪スープ:フン、私は賊などではないわ。邪教徒、これを喰らいなさい!


 富豪スープは素早く身をかわし、迫り来る荷葉傘の剣を避けた。代わりに攻撃を受けた馬車は崩れ落ち、木の車輪が砕け、木の板が飛び散った。

 富豪スープが再び攻撃しようと振り向いたその瞬間、彼女は目を見開いて驚いた。


富豪スープ:待って!一旦やめて、そなた――鳳脯?!!

荷葉鳳脯富豪スープ?!!どうしてあんたが!


 互いが目を見開いて見つめ合っていると、忘れられた背後の木箱の山から、ギシギシという音が聞こえてきた。


荷葉鳳脯:で、あれはなんなの?!化け物……?


―――

⋯⋯

・俺だ!

・誤解だ!

・みんな、喧嘩しないで!

―――


荷葉鳳脯:御侍?!!なんであんたまで?

御侍:えーっと……話すと長くなるんだが。

荷葉鳳脯富豪スープ……いったいどういうことなの?

富豪スープ:いや待って、まず一つだけ聞かせて。今話してた「祭祀の儀」とはなんなの?

荷葉鳳脯:東籬の臘八冬祭りだよ。玉京にはそういうのないの?

御侍:臘八冬祭り……?じゃあ、このこわい模様が刺繍されてる布地はなに?

荷葉鳳脯:ぐっ……祈祷旗を作る生地だよ。模様は変っちゃ変けど、こわくはないと思うよ?たぶん……

御侍:こんなのが、こわくないのか……

荷葉鳳脯:……金髄煎、あんたはどう思う?

金髄煎:綺麗だ。あれは瑪瑙つみれがデザインした模様だ。

御侍:……

富豪スープ:これが東籬の独特のセンスなのね。あっ、そう言えば……金髄煎、ワンちゃんがまた大きくなったみたいね、より…えっと、特別な感じ。

金髄煎:ああ、クコは東籬一かわいい犬だ。

富豪スープ:(褒めるつもりは全くなかったんだけど……)

金髄煎:ぱっちりとした目が大きな目が好きだ。

荷葉鳳脯:このド天然、また始まった……金髄煎、クコのアピールはいいから!

御侍:どうやら誤解みたいだ、お互いに怪我がなくてよかったよ。でも、馬車は……

荷葉鳳脯:うわ!どうしてバラバラに?!

富豪スープ:えっと……さっき戦う時にやってしまったみたいだわ……

荷葉鳳脯:えーー、どうしよう……荷物を東籬へ運べないじゃん、金髄煎、どうして止めてくれなかったの!

金髄煎:お前が突っ走りすぎて、俺が言葉を挟む隙がなかった。

荷葉鳳脯:……

富豪スープ:大丈夫だよ〜私の屋敷に使っていない馬車がまだ数十台あるから、今手配するように伝言を送るわ、少し待っててね〜

荷葉鳳脯:助かったわ!サンキューね!


ストーリー2-2


 あっという間に、荒れ果てる野原に、夕暮れが訪れた。岸辺で皆が今か今かと、馬車を待っている。その隅っこで手をつなぎながら親しげに話す二人の少女がいる。


荷葉鳳脯:まさかここで会えるなんて!あたし、富豪スープの仕事場に行ったよ!いなかったけど。

富豪スープ:どうしたの?新しい服でも買いたいの?

荷葉鳳脯:へへっ、ねぇねぇ、最近どんな服をデザインしたの?教えてよ〜

富豪スープ:先月、新しいスカートを作ったわ。そなたにぴったりだよ。あ、そうそう、新しい乗馬服も作った!

富豪スープ:前と同様、グレロの要素を取り入れているけど、生地と模様はすべて耀の州のクラシックなデザインなの〜


 富豪スープは熱心に説明しているが、驚くべきことに、鳳脯は珍しくあくびをしなかった。彼女は顔を両手で包み、目を輝かせて真剣に聞いていた。


御侍:あれ?あの二人、そんなに仲良かったっけ……?

金髄煎:服だからだろう。

御侍:え?

金髄煎:鳳脯の服は全部合わせると、おそらく東籬の西端にある大きな穴をいっぱいにできるだろう。

御侍:……そんなに?

金髄煎:ああ、たしか、赤が八十五枚、桃色が五十枚、緑が……

御侍:ちょっと待って……なんでそんなに詳しいの?

金髄煎:……

金髄煎:毎日一緒に瑪瑙つみれのテント外の見張りを強いられていたら、嫌でも覚えられる。


 その時、遠くからゴロゴロと轍の音が聞こえた。舞い上がる黄砂の中、疾走する馬車の立派な姿がついに現れた。


富豪スープ:ようやく着いたのね〜

荷葉鳳脯:カッコいい馬車ね!富豪スープ、さっすがNO.1スタジオのオーナーだわ〜!

富豪スープ:ふふ、お安い御用だわ〜さあ、急いで荷物を積みましょう!

御侍:私も手伝う!


 木箱が整然と積み上げられ、すべてが整った後、空もすっかり暗くなっていた。


御侍:ふぅ…やっと終わった!本当に頑丈な箱なんだね。さっきのような大きい騒ぎでも……傷ひとつつかないとは!

荷葉鳳脯:でしょ〜この箱は金髄煎の特注品なのよ、特別な鍵も付いてるの!

御侍:えっ?そこまで?

富豪スープ:もしかして金髄煎、あのみにくい……あっ、じゃなかった、奇妙な布地が盗まれる心配を?

金髄煎:当然だ。瑪瑙つみれがデザインした大事なものだ。盗まれるわけにはいかない。

富豪スープ:……

富豪スープ:あの……言葉も出ないけど。


―――

⋯⋯

・うん……同感だ。

・見間違いじゃないよね?金髄煎は真剣みたいだ……

金髄煎……あなたのセンスって独特だね。

―――


荷葉鳳脯:まぁ、奇妙な模様ではあるけど、でもあの瑪瑙つみれがしたことだから、きっと意味があるはず……

荷葉鳳脯:すっかり暗くなったし、とりあえず荷物を届けましょ!御侍も長い間東籬に戻ってないでしょ?一緒に行こ!


ストーリー2-4


東籬の国


 冬の夜の草原は澄んだ香りに包まれ、点々とした光が広大な土地に散らばり、東籬の温かい風景を描き出している。

 馬車が止まると、前方から爽やかな笑い声が聞こえてきた。


御侍:……瑪瑙つみれ

瑪瑙つみれ:あはは!御侍、東籬への帰り道を覚えていたのか。


―――

⋯⋯

・へへ、久しぶり〜

・もちろん覚えている!東籬のみんなに会いたかった!

・もちろん覚えている!今回来たのは私だけではない!

―――


富豪スープ:また会ったわね〜、先程、若干の誤解があり、そなたらの馬車を壊してしまって申し訳ない…でも何とか荷物を無事に届けることができたわ〜

瑪瑙つみれ:構わん。遠くから金や玉で飾られた馬車を見て、どこぞやのご貴人が来たのかと思ったら、お前だったのか。

瑪瑙つみれ:せっかく遥々来てくれたんなら、まずは中に入りな。


 屋内は炭火が点されていて、入ってすぐに暖かさに包まれる。机のそば、灯りの下で本を読んでいる華奢な青年がまた、痩せたように見える。


御侍:……御侍?こんな時間にどうしたんですか?

御侍:まぁ、話すと長くなるんだから、ほっといてくれ!ところで胡桃粥、そっちこそこんな遅い時間まで本を読んで、体は平気なの?

胡桃粥:コホッコホッ、大丈夫、です……みんな、ここ暖かいんで、こっち来てください。

瑪瑙つみれ:他人の心配より自分を心配してな。また上着を脱いで。ほら、着な。注意しないとまた薬を飲むことになるよ。

胡桃粥:ええ……

瑪瑙つみれ:そうだ、金髄煎。箱の鍵はどこだ?玉京の針子たちがちゃんと仕事をしているか見させてもらう。


 金髄煎は隣で言葉を聞いて、すぐさま手際よく一つの木箱を開けた。幽かな光沢を放つ美しい絹織が中に重ねられ、静かに眠っている。ただ……刺繍された模様だけが少しばかり殺風景だ。


瑪瑙つみれ:うん、いいねいいね。私の原稿より上手に作られているな。さすがは玉京一の裁縫工場だ。

富豪スープ:えっ……?「上手」って……

瑪瑙つみれ:へっ?

富豪スープ:あの、瑪瑙つみれ、実は、この度訪れたのはもう一つお願いがあるんだけど、其方のデザイン原稿を見せてもらえるかしら?

瑪瑙つみれ:ああ、いいぞ。元々、私が気まぐれで描いたものだから、大した機密ではない。


 瑪瑙つみれは横に乱雑に並べられた本棚からいくつかの絵巻を取り出し、机の上に広げた。

 真っ白な画用紙には、言いようがない獰猛な線や図形が一面に広がり、一瞬、部屋中の誰もが言葉を失った。


胡桃粥:……瑪瑙つみれ、あなたはいつから呪符を描けるようになりました?

瑪瑙つみれ:呪符?なんのことだ?全部縁起のいい模様ではないか。お前の大事にしてた本から真似して描いたものだぞ。

胡桃粥:……

胡桃粥:道理で……私の本が変な墨の跡がいっぱい付いていたわけですね……

瑪瑙つみれ:ほら、これが田んぼ、これが牛と羊、仙鶴、祥雲……完璧ではないけれど、生き生きはしていよう?

胡桃粥:……生き生きし過ぎて、もう飛び出しそうですよ。

瑪瑙つみれ:なら祈祷旗にはちょうどいいな!

富豪スープ:待って……!これ、本当に祈祷旗に作るの?!!


ストーリー2-6


富豪スープ:待って……!これ、本当に祈祷旗に作るの?!!

瑪瑙つみれ:そうだ。お前は玉京の人だから知らないだろう。この東籬では、臘八の冬祭りの時に、五風十雨、四季の豊穣を願い、縁起のいい模様が施された祈祷旗を掲げるのが習慣なのだ。

瑪瑙つみれ:祈祷旗は本来、お寺や神社でいただくものだが、最近では、私の加護も受けたいと、私からもらうことを民が望んでいるらしい。

瑪瑙つみれ:ならば今が絶好の時期。平和な時代で、私も時間が有り余っているので、自分で絵を描いて、旗を作って、みんなに配ろうと思ったわけだ。

御侍:そうだったんだね。瑪瑙つみれがこんなに繊細な人だったとは、まあ、模様はあれなんだが……民衆たちが知ったらきっと喜ぶんじゃないかな!

瑪瑙つみれ:はは!御侍、お前もこういうの好きであろう。


―――

⋯⋯

・ひぃ……

・うっ……。

・これは……。

―――


瑪瑙つみれ:あれ?どうした?顔色がおかしいぞ。腹でも痛いのか?

御侍:……

胡桃粥瑪瑙つみれ、今度は私が代わりに描きましょう。

瑪瑙つみれ胡桃粥、これ、もしかして下手くそなのか?!

胡桃粥:田んぼの中の牛と羊、祥雲の中の仙鶴だと先程説明を聞いていなかったら、瘴気の沼で彷徨う妖魔かと思いました……

瑪瑙つみれ:誠か?鳳脯、お前はどう思う?

荷葉鳳脯:えっと…あの、ちょっとアレだけど……えっと、はい、嘘はもう限界。こわいと思う。

瑪瑙つみれ:へ?金髄煎、お前もこわいと思っているのか?

金髄煎:綺麗よ。恐怖も一つの美だ。

瑪瑙つみれ:……

富豪スープ:ああもう!見てられない!このような上質な生地に、このような素敵な心遣いが、こんなふうに出来上がったらすべてが台無しだわ!

富豪スープ瑪瑙つみれ、私が変えてあげる!

瑪瑙つみれ:……?


 富豪スープはすばやく机の上から筆を取り、元の模様の上からテキパキと筆を走らせた。しばらくすると、乱雑な線が不思議なほどに美しく調和してきた。


瑪瑙つみれ:へえ、お前、服作りは得意だとは知っていたが、絵も上手なんだな。

荷葉鳳脯:えっへん!そうでしょ!とっくに言ったはずよ〜富豪スープは天才だって!

富豪スープ:こんなの、朝飯前だわ〜原稿はできたから、次は刺繍の方ね。

御侍:え?刺繍も自分でやるの?

富豪スープ:臘八ももうすぐだからね。今からもう一度工場入りしても間に合わないでしょう。だったらいっそう、自分たちでやる方が速いわ!ほら、そなたたちも手伝うのよ!

御侍:そうだね。なら急がないと!富豪スープ、お手本見せて!

富豪スープ:いいわよ。ほら、こっちに裁縫道具があるから、みんな取りに来て!

荷葉鳳脯:すご〜い!富豪スープに刺繍を学べるんだなんて、めったにないチャンスだよ!でも、刺繍と料理、どっちの方が楽しいのだろう……

富豪スープ:刺繍も料理も女の子の「特権」じゃないわよ。だからそこの二人、そなたたちも手伝うのよ、急いで!

金髄煎:……分かった。針仕事か、なんか妙な気分になるなぁ。

胡桃粥:コホコホッ……みんなの足を引っ張らないよう、頑張ります……

富豪スープ:スピードの方は私がなんとかするから心配はいらないわ……いや待って、一人足りない……瑪瑙つみれ

瑪瑙つみれ:……


 平然を装ってテントの入り口から去ろうとした瑪瑙つみれが、ピタッと足を止め、苦笑するように口元を引き攣っていた。


富豪スープ瑪瑙つみれ、其方の分の裁縫道具よ、持って!

瑪瑙つみれ:私、こういうのできないんだ……

富豪スープ:私が手取り足取り教えるから大丈夫。戦うより簡単だわ!

瑪瑙つみれ:……

富豪スープ:全部民への贈り物でしょう?そなたが自ら作ってあげたほうが、よほど意味があると思わないの?

瑪瑙つみれ:……よかろう。ならさっそく教えてくれ。


 夜は深まり、窓外で寒風が吹き荒れ、テント内は暖かさに包まれている。蝋燭の明かりが人々の影を延ばし、静かな冬の夜にそっと揺れ動かす。


荷葉鳳脯√宝箱


臘八節

東籬の国


 一晩中降り続ける雪が草原に薄く白く覆うと、すぐに乱雑な足跡がついた。そして、瑪瑙つみれのテント外では、すでに多くの人で賑わいを見せている。


荷葉鳳脯:みんな〜慌てずに順番にね。全員分あるから!

村人甲:よかった!陛下自らお作りになられた祈祷旗だと聞いたぞ!見てみろ!あの祥雲と仙鶴、なんてきれいなんだ!

村人乙:陛下は本当になんでもこなせるんだな!この五穀豊穣の図を見てごらんよ。細かく刺繍されてて、まるで生きているかのようだ!

村人C:あれ?でも俺のはちょっと変だぞ……?牛でもない犬でもないこの生物、いったいなんだろう?

村人甲:どれどれ?本当だ……しかもちょっと不気味だ。空の上の神獣とかなんかか?

村人乙:マジで見れば見るほど不気味さが増すんだけど……え?ちょっと待って。私のもあるよ!よく見てみると、みんなにもある……

村人C:これは……陛下がこのように描かれた理由があるに違いない……あの、鳳脯さんはなにかご存知ないですか?

荷葉鳳脯:これは……。

瑪瑙つみれ:それは私が手で刺繍したものだ。特別な意味はない。私の印だと思ってもらっていい。

村人甲:陛下!ーーッ!お待ち下さい、本当なんですか?!私の聞き間違えじゃないですよね?

村人C:陛下の手作りだって!!額に入れて大事にしなきゃ……伝家の宝!そう!これが我が家の伝家の宝だ!

村人乙:陛下の手作り!だから言ったじゃん!絶対空の上の神獣だって!こうも気品にあふれているんだぞ!陛下、ありがとうございます!ありがとうございます!


 民衆が手にした「直筆」を物凄く嬉しそうに見ている。瑪瑙つみれの横にゆっくりと歩いてくる青年は微笑んでため息をついた。


瑪瑙つみれ:ほら見ろ、喜んでくれてるじゃないか。やはり東籬には私の「作品」を評価してくれる人がいたね。

胡桃粥富豪スープが書き直した原稿に対し、貴方が自分はあまり働いてないと騒ぎ、どうしても祈祷旗に創意工夫を加えようとしたからでしょう……私からすれば、この「作品」が広まることを望んでいませんね……

瑪瑙つみれ胡桃粥、お前はほんと直球で来るな。

胡桃粥:直諫は臣下たる私の責任ですので……

瑪瑙つみれ:わかったわかった、私の偉大な宰相様。今は政務を議論する時ではないぞ。そんな顔をするな。

胡桃粥:……

胡桃粥:貴方は他人にやらせるのではなく、自分で図面を描きたいことはわかっています。実際、それは難しいことではありません。どうして声をかけてくれなかったのですか?私に話したら、教えたのに……

瑪瑙つみれ:いや、お前の病症を悪化させたら悪いと思ったのだ。

胡桃粥:そんなことは……

瑪瑙つみれ:ははっ、そうそう、忘れるとこだったぞ。この前、練習したときこれを描いたんだ。

胡桃粥:……これは?


 胡桃粥が受け取った画用紙には乱雑に奇妙な形が描かれている。何とか人間らしきものを描いているのが分かる。


瑪瑙つみれ:お前の似顔絵だ!あげる!これが正真正銘の「特別製」だ。

胡桃粥:……

瑪瑙つみれ:おや?今回は「直諫」してこないのか?慌ててしまったりして、誰かに取られるのが心配か?

胡桃粥:ゴホン。こういう恐ろしい絵は第三の人には見られたくないので、私が責任を持って保管します。

瑪瑙つみれ:はは、気に入ってくれたらそれでいいさ。


富豪スープ√宝箱


臘八節

弦春劇場の門前


富豪スープ:無料の臘八粥だよ!熱々の臘八粥、みんなにおすそ分けするよ!

富豪スープ:お粥をもらうと「富豪スープスタジオ」の冬衣割引券もついてくるから、見逃さないでね!


 一日休業していた劇場の入り口は今日、物凄く賑やかだ。新しく作った冬衣を着た富豪スープが明るく通りすがりの人達に声を掛ける。


村人甲:あれは富豪スープお嬢様じゃないの?身につけてるの最新作の冬衣かしら?きれいだわ!私も同じのを買いたいわ!

村人乙:冬衣割引券もついてくるのか……?お得みたいだね。あとで店寄っとこ。


 お粥を受け取りに来る人々は興味津々に富豪スープの新しい服装を見ていて、それに気づいた富豪スープもさらに気合を出す。


御侍:富豪スープ、本当に商売上手だね!みんな、店に冬衣を見に行ったよ!

富豪スープ:私がいるんだから、当ったり前よ〜


 話している間、遠くに美しい姿が現れた。


羊散丹:……賑やかな、どうしたんだろう?

御侍:羊散丹!取材から帰ってきたのか!あっ……今日は臘八だから、富豪スープとここでお粥を配ってたんだ。

羊散丹:臘八粥か、うん……いい匂いだ。

御侍:私と富豪スープが作ったんだよ〜一杯食べない?

羊散丹:食べる。まだお前達の手料理を食べたことないから。

富豪スープ:はい〜ミューズさん、熱いから気をつけてね〜

羊散丹:ありがとう……

羊散丹:富豪スープ、今日の服は新しいものなのかい?

富豪スープ:へへ〜気づいてくれたのね。どうなの?いいデザインでしょう!

羊散丹:うん、すごく似合っている。

羊散丹:しかし、いつものスタイルと少し違う気がする。

富豪スープ:さすがミューズさん!この服には由来があってね〜御侍との東籬に行ったとき、インスピレーションをもらったわ!

羊散丹:東籬……?真冬の東籬は広々となにもないはずだが?

富豪スープ:そう!東籬は初めてじゃないけど、今回はいろんな新しい体験ができたわ〜だからこの服を作れたの。

羊散丹:これ、東籬のスタイルでもないようだが?

富豪スープ:姿かたちではなく、魂だよ〜東籬とそこの人たちは特別なの。豪快と優しさが一つの個体にあるというか……

富豪スープ:だから私はこの感じをデザインに取り入れて、そしたらこの服が出来上がったわ……ねえ、御侍、そなたもそう感じたんでしょ?

御侍:本当だ!あなたにそう言われてみれば……「東籬スタイル」への理解がより深まったようだ。

富豪スープ:へへ〜!御侍、落ち着いたらそなたにも「東籬スタイル」の冬衣を作ってプレゼントするわ。あと、ミューズさんにも!

羊散丹:君からは一部屋いっぱいになるほど服をもらってるけど、こんなに有意義なデザインの服なら……ありがたくいただこう。

御侍:ありがとう、富豪スープ!あなたが作る服、みんな大好きだね!

富豪スープ:えへへぇ!あら、列に並んでる人がまた増えたわね。御侍、もうちょっと頑張りましょう!



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