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時のレクイエム・ストーリー

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時のレクイエム

時の館――そこは、秒針の音と共に時が流れゆく場所。

だが彼の人の時間はもう、永遠に刻まれることはない。

微笑みの奥に毒を隠す犯人は、果たして誰なのか……

時のレクイエムが今、奏でられる。

メインストーリー

序章-時の館

 グルイラオの南部の都市に、有名な邸宅があった。「時の館」と呼ばれている。ここには世界で一番多く貴重な時計が収蔵されている。値段が高く、一般人は一生を通して本当の姿を見ることができない。今日は「八月ニ十五日」で、時の館の玄関前では物々しい警備が行われている。

 午後四時半すぎ、軽快な馬車がゆっくりと走ってきて、公館の入りロに止まった。馬車から降りてきた男は医者の制服を着て、スーツケースを手に持ち、雅やかな笑顔で警備員の心を和ませながら、二言三言話した。

 一人の執事の恰好をした老人がほどなくして、駆けつけてくる。

ウイスキー「執事さん。」

執事「ウェッテ先生、本日はどうしてここに?」

ウイスキー「先日、公爵様からお手紙をいただきました。前回調合した薬はよく効いたようで私も安堵しております。今日はここで再検査をさせていただきたく参りました。」

執事「今日? 再検査? これは………」

 執事が難色を示す。

ウイスキー「ふむ……執事さんは知らなかったようですね。これがその手紙です、どうぞご確認を。」

 執事はウイスキーから渡された手紙を開いて、さっと目を通して、眉をあげた。

執事「ウェッテ先生、こちらへどうぞ。あなたも見ましたように、今日は特別な日でございます。時の館の安全を保証しなければなりません。」

ウイスキー「ご心配なく。今日は公爵様の誕生日と聞いております。夜には素晴らしい演奏会があり、各界の名流が集まってくれているとのこと。公爵様が私をお呼びくださいましたのも、晩餐会を成功させるために万全の体制を整えたいからでしょう。」

執事「……はい、旦那様―ガゼット様をお願いします。ウェッテさん。」

ウイスキー「最善を尽くすべきと心がけております。」

ウイスキー「ところで、公爵様が今日の晩餐会で重要なことを発表すると聞きましたが、ご存知ですか?」

執事「私にはガゼット様の気持ちを推し量ることはできません。ウェッテさん、私を困らせないでください。」

ウイスキー「失礼、唐突でした。」

 話している間に、二人はもう時の館内に着いた。

執事「ウェッテ先生、応接室に着きました。ちょっと待っていてください。書斎のガゼット様に連絡します。この時間、ガゼット様はいつも中で本を読んでいます。」

 ウイスキーは領き、客席にゆっくりと座って待つ。執事は応接室の奥に行った。奥の書斎に通じるドアは閉じている。執事がそっと書斎のドアを叩いた。

 ドンドン一

 ノックの音が返ってこない。執事はすまないそうにウイスキーを見た。

 ドンドンドン一

ウイスキー「公爵様は他のところに行きましたか?」

 ドンドンドンドン―

執事「ガゼット様? ウェッテ先生がいらっしゃいました。書斎にいらっしゃいますか?」

 室内からはなかなか返事がないので、執事はしばらくためらって、ドアの取っ手を回した。ゆっくりとドアを開けた。

執事「……ん?!」

 濃厚な鉄錆の味がドアから先を争って湧いてきて、書斎の光景は執事の顔を一瞬にして白くした。彼は身のこなしが不安定になり後退りし、転んで地面に座ってしまう。

執事「……ガ、ガゼット様!」

 ウイスキーはソファーから立ち、早足で歩いた。彼は執事を助け起こし、中を見に行った。書斎全体が血で染まっている。ガゼット公爵は部屋のドアの向かい側にある椅子に座っている。彼の頭は目の前の机の上に腹ばいになり、両手がぐったりと体のそばに垂れている。彼の背後の窓から太陽の光が惜しみなく降り注いできた。背の高い椅子に遮られ、地面に落ちた影は黒い逆十字のようだった。

 執事は机に向かって、机の上に腹ばいになっているガゼット公爵を見て、 両手が震える。どうすればいいか分からなかった。ウイスキーは眼鏡を支えて、ゆっくりとついて行った。彼が近づくと、公爵の目はまだ開いていたが、【瞳は完全に拡散している】。

ウイスキー「執事さん、公爵様はもうここにはいません。当面の急務は、【公爵夫人】に知らせるべきだと思います。」


時計の針が入った手紙

時は流れていく。

チクタクと鳴っている時計の振り子は

誰も知らない秘密を覗いでいる


第一章-ホルスの眼

午後三時

ホルスの眼

 慌しい足音とともに、入ってきた綿あめと、出かけようとしていたザッハトルテが真正面からぶつかった。そばの本棚の前で資料を見ていたフランスパンが頭も上げずに、手を伸ばしてしっかりと綿あめを支えた。

ザッハトルテ「何かありましたか?」

綿あめ「良くないことが――公爵、公爵邸が大変です!」

ザッハトルテ「……焦らないでください。水を飲んで、ゆっくりお話ください。」

 綿あめはテーブルのそばのコップを手にゴクリゴクリと何口か入れて、やっと息がつけるようになった。

綿あめ「公爵の使用人が訪ねてきたんだけど……公爵が時の館で殺されたらしいの!」

フランスパン「時の館? ガゼット公爵ですか?」

綿あめ「……えっ?!」

 ザッハトルテ綿あめは、あまり多くを語らないフランスパンが、突然会話に加わってくるとは思わず声をあげた。

フランスパン「ガゼット公爵ですか?」

綿あめ「あ、あ! そう、そうなの! 綺麗な時計がたくさんある時の館の主人、ガゼット公爵だよ!」

フランスパン「この事件は私に処理させてください。」

 フランスパンは本棚から資料を取り出して、ザッハトルテに渡した。

 綿あめは、それがきちんと整理された事件資料であることに気づき、少し戸惑いながら顔を上げる。

綿あめ「これはあの【子爵邸放火事件】の資料だよね? 百人余りが死んで火の海に沈んだんだよね……この事件は当時人間の自首があったので、人間法院に引き渡して処理したと覚えてるよ。」

フランスパン「けれど、犯人の証言と現場の証拠には多くの違いがあり、犯人は自首直後に急病を起こし、監房で病死した。確実な証拠の連鎖がないなら、いいかげんに結審しても法典には許されないでしょう。」

綿あめ「こんなことがあったの……胡散臭いね!」

フランスパン「ふむ、その時の証拠の指向性を全部統計しました。はっきりした証拠連鎖はないですが、この放火事件はガゼット公爵と関係がある確率は七十%です。」

フランスパン「今日はその火事からちょうど一年です。ガゼット公爵の死は、その火事の背後にある真相と関係があるかもしれません。」

ザッハトルテ「もう一年経ちました。そして、他ところに移管されました。フランスパン、もしやこの分析追跡をずっとやっていましたか? なぜ教えてくださらなかったんです?」

 ザッハトルテは事件の資料をめくった。この事件に対する分析と推理がフランスパンの手によって整然と書きだされていた。

フランスパン「勤務時間内ではなく、日常の公務内のことも報告しますか?」

 ザッハトルテは、フランスパンの誠実さに困惑した表情をしていたが、すぐにむせてしまう。その後、手を振ることしかできませんでした。

ザッハトルテ「……結構です。」

ザッハトルテ「はい、今回の案件は貴方に任せます。では、行きましょうか。僕が教えたことを覚えてください。そして、安全に注意してくださいね。」

フランスパン「わかった。」

 フランスパンは笑顔を作り、資料を手にした法典に丁寧に収めた。そして、ロビーへと向かう。そこには、赤い黒髪の少女がいた。少女は彼とすれ違い、幽幽回が振り返って彼を呼び止めた。

ターダッキンフランスパン……」

フランスパンターダッキン? 何か御用ですか?」

 ターダッキンの薄紅色のひとみが、フランスパンの手の中にある法典を直視している。そこには子爵邸放火事件の書類が挟まれていた。

ターダッキン「往生者の息吹……」

フランスパン「……うん?」

ターダッキン「去りたくない往生者たちはここにいて、あなたに新しく生まれた者たちを連れて行ってほしいと願っています。」

フランスパン「……彼らを失望させられません。」


第二章-闇にうごめく

午後五時半

時の館

 フランスパンは使用人を伴って急いで時の館に向かった。一階のホールに入ると、無数の鐘の音が四方から鳴り響いた。

ドン――――――――

 フランスパンは警戒して一歩引いてしまう。すると、待っていた執事が、急いでやってきました。

執事「裁決官様、緊張する必要はありません。公爵様が所蔵する時報の音です。これらは日々修正され、正確な時間(とき)を刻んでいます。【半時ごとに鳴ります】、怪しむことはありません。」

 フランスパンは上を向いて、装飾の美しい邸宅を眺めている。やはり、目の届くところには、精巧な時計や華麗な時計が置いてある――今は午後五時半だ。

執事「ようこそいらっしゃいました、私は公爵の執事でございます。」

フランスパン「すみません、ホルスの眼のフランスパンです。事件を発見したのは貴方ですか? それはいつですか? 現場はどこですか? 具体的にな状況は? 目の前で亡くなられたのですか?」

 フランスパンに一連の質問をぶつけられて、執事は額の汗を拭いた。彼は周囲の顔に好奇心に満ちた使用人の姿を見つけ、軽くため息をついて、声を抑えた。

執事「二階の書斎で……裁決官様、ここの大部分の者は事故があったことしか知りません。具体的に何が起こったのかは把握しておりません。私と一緒に上の階に行って話しましょう。」

 フランスパンは執事に従って二階に行き、歩きながら周囲を観察していた。

フランスパン「執事さん、時の館には毎日こんなに多くの使用人が出入りしますか?」

執事「いいえ、時の館にはいつも公爵夫人と彼女の執事である【スフレ】だけが住んでいます。他の使用人は全員別棟住まいです。今日は公爵の誕生日パーティーをするので、多くの人を連れてここに来ます。」

フランスパン「今日この書斎に出入りができる者は何人いますか?」

執事「ふむ? ご希望でしたら、書斎に出入りできる者を集めましょうか?」

フランスパン「はい。」

執事「やはり……」

フランスパン「おかしいですね?」

 その時、執事は、フランスパンを木戸の前に連れて行った。

執事「奥様、裁決官様が来ました。」

公爵夫人「中に入ってちょうだい。」

 大きな女性の声が木戸の中から聞こえた。

 目の前のドアを執事が開いた。フランスパンはすぐに執事の言葉の意味が分かった。

 応接室のソファーの上で、派手な服を着た女性が、手にした一杯のお茶をゆっくりと吹いていた。表情がよく見えない。ソファーの向こうに若い男が座っている。彼も淡々と見えて、指でゆっくりとソファーを叩いていた。

公爵夫人「……」

スティーブン「……」

執事「こちらは公爵夫人と【スティーブン様】です。彼はガゼット様の甥にあたります。また、あちらの窓際に立っている彼らは、明晩の晩餐会に招待されたゲストです。幻楽歌劇団の首席俳優【ブルーチーズ】と【オペラ】です。」

 フランスパンは少し離れた窓辺に、スラリとした体つきをした長髪の男が二人立っているのに気が付く。彼らは声を抑えつつも、激しく何かを討論していたが、見知らぬ者が来たからか、オペラは一瞬にして無表情になった。だがフランスパンと視線があったブルーチーズは、礼儀正しい微笑を見せる。

ブルーチーズ(微笑)

オペラ(……)

執事「彼らは今日書斎に入った可能性があります。あなたが来る前に、彼らは先にここに集まりました。これは【ウェッテ先生】の提案です。」

執事「ウェッテ先生は、あなたが来る前に、無実の者が自分の行方を証明することができないので、まずみんなを集めてくださいと言いました。……心配していましたが、これはよくないですかね……。」

フランスパン「いいえ、確かに正しいやり方です。ウェッテ先生とは?」

執事「あちらでスフレの治療をしている方です。彼はガゼット様の主治医で、今日はガゼット様の病気を診察するために来ました。そこで、私と一緒に今回の事件に遭遇したのです。」

 フランスパンは執事に案内されながら見ましたが、応接室の内側に、わずかに開けた木戸のそばで、壁のそばに血だらけの青年が倒れていました。白衣を着た男が怪我を調べているようです。

フランスパン(負傷者? 生存者ですか?!)

 事件現場の生存者は往々にして真犯人を逮捕する最も重要な証人である。フランスパンは急ぎ足で青年の方へ歩いて行きます。

公爵夫人「ちょっと待って。」

 公爵夫人が突然口を開き、フランスパンの足を急に止めた。彼はそれでやっと気づく。自分が当事者との自己紹介を忘れていたことを――これまでこれらの調査前のプロセスは全てザッハトルテがやっていたことだった。

執事「奥様、彼はホルスの眼から来た裁決官です。」

公爵夫人「基本的な礼儀も知らない子どものように見えるわ……そんな子にどうして安心してこんな重大な事を任せられるというの?」

 フランスパンはばつが悪くて鼻先を触った。

スティーブン「ふぅ、裁決官殿がここに来たばかりで、何の調査も始まっていないというのに、公爵夫人はこのように急いで口実を作って彼を追い出そうとしているます。公爵夫人は何を恐れているのですか?」

公爵夫人「スティーブン、目上の者が話しているときに、若輩者が口を挟むとは……分を弁えなさい。」

スティーブン「今日ここでは、貴方も私も容疑者ですよ。でも、他の者が調べても、公爵夫人は違って見えるでしょうね。何しろあなたの特別な食霊の執事は、【凶器を持って現場に倒れているのが見つかった】。」

フランスパン「凶器?」

スティーブン「はい、あそこで気を失っていた奴です。ナイフを持って、叔父さんの死体のそばに倒れていましたよ。このような状況を、裁決殿はどう思いますか?」

公爵夫人「スティーブン、今のようにむやみに他の者に噛みつく姿は、まるで野良犬のようですよ。あなたは貴族としての自覚がありますか? ああ、どうりであなたは今まで爵位さえ与えられず、毎日叔父におべっかを使うことで暮らしているのね。」

スティーブン「なっ……!」

 スティーブンは顔色を変えて立ち上がり、こぶしを握り締めた。場面はだんだん制御されなくなってきている。

フランスパン「ちょっと待ってください……。」

フランスパン(うむ……この状況ザッハトルテだったら、どうするでしょうか??)

ウイスキー「あの、公爵夫人。スティーブン様も犯人を見つけたい一心で、何の気なしに言っただけかと。まずは、裁決官様に協力して真相を調べていただきましょう。」

 フランスパンが貴族同士のトラブルをどう処理するか悩んでいたところ、傷口を検査していたウイスキーが取りなしてくれた。

公爵夫人「あなたは良くできた人のようね、ウェッテ先生。」

 公爵夫人は【医者】という字に幾重にも噛みつき、薄ら笑いでウイスキーを見ていた。ウイスキーは微笑んだまま何も言わない。素直にこの「褒め言葉」を受け取ったようだ。

 フランスパンは落ち着きを取り戻した状況に、ほっとして息をつきました。彼は思わずウイスキーに感謝し視線を向ける。ウイスキーを捉えて更に笑いかけました。

ウイスキー「裁決官様、スフレさんは命に別条はありませんが、彼はたくさんの血に塗れています。貴方が調査する前に処置をして良いものか悩みまして。少し、こちらに来ていただけませんか?」

 フランスパンは頷き、心の中で自分を励まし、部屋の中の人々に向かって言った。

フランスパン「皆さん、私は「ホルスの眼」の裁決官、フランスパンと申します。法典の名のもとに、真実を明らかにし、法典によって正義の判断を下すことを誓います。罪を犯した者は、誰も赦さないでください。」

フランスパン「続いて、今回の判決調査は正式に始まります。ご協力をお願いします。」


第三章−目覚め

 フランスパンが倒れたスフレのそばに来た。

昏睡していても、スフレは短剣をしっかりと握っている。

指の隙間にたくさんの血がついていた。

ウイスキー「彼は見つけた時から、右手にこの長いナイフを握っています。ナイフはダイヤモンドで、彼の手の傷が心配です。裁決官様が見て問題ないようでしたら、ナイフを取り出して怪我の治療をしてあげたいと思います。」

 フランスパンは若者の両手をよくチェックしてから、ウイスキーを見て頷いた。ウイスキーはピンセットとガーゼを取り出して、軽くスフレの手を取り、少しずつ青年の手のひらの血を拭きました。

ウイスキー「ふむ? おかしいですね、彼の手には【傷がありません】。」

フランスパン「……傷口がない? では、血はどこから出ましたか?」

ウイスキー「あぁ、そうでした。このスフレは【食霊】と呼ばれる者です。霊的回復能力は普通の人より優れています。傷はもう治ったのかもしれませんね? 」

 ウイスキーは合理的な説明を思いついたようで、手を振ってガーゼをピンセットで挟んで、彼のスーツケースを片付け始めた。

ウイスキー「それなら、私は何もしなくても良いでしょう。では、次は裁決官様のですよ。」

 彼はスーツケースを閉じて、立ち去ろうとした。その瞬間、腕が引っ張られた。振り返ると、フランスパンが立っていた。彼はウイスキーの腕をしっかりと押えました。

フランスパン「ちょっと待ってください、あなたの箱は……。」

ウイスキー「なんでしょう? 」

フランスパン「これは、何のマークですか? 」

ウイスキー「ふむ、【スーツケースの双頭蛇のマーク】ということですか? 双頭蛇のマークは錬金術の飛躍を表していますが、その錬金術は医学の前身です。そのため、医療面では珍しくありません。」

フランスパン「……」

 フランスパンはためらってウイスキーの腕を握る手の力を、ゆっくりと緩めた。ウイスキーの表情は嘘をついているように見えない。そして、先ほどから今まで彼もずっと手伝ってくれていた。

フランスパン(しかし、子爵邸関連の事件で、これと同じような二頭蛇のマークが出てきました。これは本当に偶然ですか?)

ウイスキー「裁決官様、他に疑問がなければ、書斎に行って死体の様子を見てみたいと思いますが、いかがですか?」

フランスパン「……ああ。」


時の館

書斎


 書斎には血生臭いにおいがまだ残っていて、フランスパンはすでにこの匂いに慣れていたが、それでも彼は鼻を覆った。

 彼は慎重に書斎に入った。そして足を一歩踏み出す。そのとき突然、靴の底に違和感を覚える。何かを踏んだようだ。

フランスパン(!! )

 フランスパンは慌てて足を上げた、細かい【黄色い粉】が彼の靴の底にくっついていた。

フランスパン(現場を破壊してしまった! 初めての仕事でこんな基本的なミスを犯すとは!ザッハトルテに知られたら……まあ、いいでしょう。この程度は想定内です。それより、これは何ですか?ああ、この質感は……)

執事「裁決官様? こんなところで座り込んでどうしました? 」

フランスパン「大丈夫だ。」

 フランスパンは何食わぬ顔で立ち上がり、振り向いて笑う。そして公爵の倒れている机まで向かった。

 ガゼット公爵は机の上に腹ばいになっている。彼の青白い顔には【病的なむくみ】があった。この時、生気のない目を見ています。昔の傲慢はもうなく、朽ち果てて退廃した死気だけが漂っている。

書斎の壁、床、椅子の背もたれ、死者の目の前の机の上、至るところに【四散の血の跡】がある。

部屋の中は散らかっていて、机の上も同様に散らかっていた。墨、羽ペン、印鑑、漆が倒れている。血痕の間にはもう一つの跡があった。公爵は死ぬ前に激しい抵抗をしたようだ。書斎全体に追いかけられた痕跡がある。だが、最後に無残にも殺された。

 フランスパンが死体の服をめくる。

フランスパン(傷は背中に集中しています。左側の蝶形骨の下から、動脈を突き破ったようですね。咄嗟に刺してしまったのでしょう。計画性は皆無。本当にスフレですか?このようにシンプルな方法で? )

フランスパン(ちょっと待ってください。この傷は……)

 フランスパンは、服が破れた個所に注目する。精巧な布地には、何かに引っ張られてできた【毛玉のほつれ】があった。彼の頭の中で何か考えが繋がった。そのとき突然、後ろの応接室からの賑やかな声が飛んできて、思考を乱されてしまう。

執事「裁決官様、早く来てください。スフレは目が覚めました。」

 ふと見ると、壁のそばに座っていた青年が、後頭部をさすっていた。その形相は激しく、怒りに満ちている。彼は壁を支えにフラフラとしている。フランスパンは彼を支えてあげようと思った。苛立ちを抑えきれない様子の彼は、その清楚な外見とはちぐはぐに見えた。

スフレ「フゥー! てめえら、俺を取り囲んでどうするつもりだあ! 」

フランスパン「は、初めまして、スフレ君。私はホルスの目の裁決官様です。ガジェット公爵が殺害されました。貴方はその現場で倒れていました。何があったか覚えていますか? 」

スフレ「……あぁ、奴は死んだ……死んじまったぜえ。俺に何か言いたいことがあるかと聞いたな? 奴をぶち殺してやりてぇって思ってた犯人の願いが叶ったんだろ?派手にお祝いしてやるかぁ? 」

スティーブン「スフレ! よくもそんな大胆はでたらめを……お前は気が狂っている! 」

スフレ「ん? スティーブンさんじゃねぇか。どうしててめぇがここにいる?こんなとこにいねぇで、ひとりで部屋に籠って今日のゲストを攻略する方法でも考えてろよ。そんで全員をナンパしたら、一人くらい引っ掛かるバカがいるかもしれねぇぜ? 」

 スティーブンの眼底に残忍さはちらりと見え隠れするも、フランスパンの視線に気づき、己の怒りを抑えた。そして冷笑して、一歩後退する。

スティーブン「見てください!これが彼の本性なのです。裁決官殿、今度は私の言うことを信じますよね? こいつは前から人間に手を下そうと狙っていたに違いないんですよ! 」

フランスパン「……」

スフレ「……は? てめぇも俺たちが公爵を殺したんじゃねぇかって心配してるのか? 」

フランスパン(うん? 彼は話していますか? )

スフレ「あ?俺たちが奴を殺したいと思ってたんなら、公爵様は今日まで生きていられなかった……だと? ―もういい!黙れ!」

 スフレは悩ましい表情で頭を覆い、独り言を呟いている。だが、その様子は誰かと喧嘩しているようにも見える。彼は神経質にその場を行きつ戻りつしていたが、急に神経質な笑い声をあげた。

スフレ「……てめぇらが俺たちを犯人だって望むなら、失望させちゃあいけねぇよな。まだ足りない……?ふん、だったら次は誰を殺して欲しいんだ?望み通りぶっ殺してやるぜ! 」

フランスパン「みんな気をつけて! 」


第四章−記憶喪失

嘘か誠かその病状、その言葉は果たして罪から逃れるための虚言か。

 時の館殺人事件の捜査が始まったかと思うと、現場は混乱に陥り、犯人かもしれないスフレが昏睡から目覚め、血だらけの状態で興奮しているようだった……。

フランスパンスフレ君! やめてください! このままでは本当に誰かが傷ついてしまいます! 公爵夫人、彼を落ち着かせることができますか?! 」

公爵夫人「ごめんなさいね、裁決官様。わたくしは彼をコントロールできません。」

フランスパン「彼は貴方の食霊ではないですか? 」

公爵夫人「裁決官様、彼がわたくしの食霊だといつ言いましたか? 彼はわたくしの執事であり、また食霊でもある。けれど、彼の御侍はわたくしではありません。」

 これは最大の凶報だ、とフランスパンスフレを牽制しながら思った。スフレは、落ち着くどころかどんどん興奮を深めていっている。

フランスパン「困りましたね、このままでは埒が明かない。」

 その時、客席の中で突然、空虚な食霊の歌声が鳴り響いた。その瞬間、暴走するスフレは静止鍵の人形のように一瞬で静かになった。

フランスパン「……オペラですか? 」

 歌を歌っているのは、確かにずっと話さなかったオペラだ。フランスパンは何か言いたげに口を開いたが、傍にいたブルーチーズが人差し指を唇に当てた。

ブルーチーズ「静かに―」

 ブルーチーズスフレを指さした。

スフレ「……………! 」

 スフレはぼんやりと立ち、オペラのいる方向を見た。そのとき目に浮かんだ涙の露が光ったのがわかる。彼はオペラの方へと歩みを進めた。しかし慌てて一歩退いた。

 ―そして、体を震わせて悶えている。

 暫くの間、彼は上目遣いで歌声が響く方へと視線を向ける。涙の光はまるで存在しないかのような錯覚で、彼はまたさっきの邪魅のような表情に戻った。しかし、もう他人を攻撃する様子は見受けられない。

スフレ「貴方の歌声は、いつ聞いても貴方と同じように美しいですね、オペラ。」

オペラ「……」

 その言葉にオペラは、すぐに歌を止めた。彼は腕を抱いて再び壁のそばに退いて、窓の外を見ています。スフレに対するお世辞は今まで聞いたことがありません。

公爵夫人「スフレ。」

スフレ「おや? 奥様、何か御用ですか? 」

公爵夫人「遊びは終わりよ。裁決官の質問に答えてあげなさい。」

スフレ「承知しました。裁決官様、どんなことでも遠慮なく聞いてください。」

 フランスパンスフレの状態に困惑しつつも、事件の追及を重視することにした。

フランスパン「今日の午後は何故公爵の書斎に行きましたか?そして何故そこで倒れていましたか? 」

 スフレはゆったりと自分の乱れた襟とヘアスタイルを整えながら答えた。

スフレ「午後になって私は公爵様にお菓子を届けに来ました。そして、部屋に入るなり殴られて気絶しました。他には何も……。」

フランスパン「……以上ですか? 」

スティーブン「殴られて眩暈がしますか? それはお前が人を殺した後の言い訳だよ。お前は公爵夫人のためなら、本当に何でもするんだから。」

スフレ「スティーブンさん、頭の上の脳はただの飾り物ですか? 食霊として私が殺したいと望んだら、貴方の叔父は今日まで生きながらえることはできなかったでしょう。」

スティーブン「お、お前……! 」

 公爵夫人は少し疲れた様子で、目尻をそっと押さえた。

公爵夫人「ごめんないね、わたくしは疲れました。裁決官様、誰かがスフレの【記憶喪失症】を利用して、誣告したようですね。」

フランスパン「記憶喪失症? 」

公爵夫人「はい、スフレには間欠的な記憶喪失症があります。発作を起こすたびに彼の性格が荒っぽくなりますが、再び目覚めた時には何が起こったか覚えていません。発作を起こしたスフレは、わたくしの命令は聞きません。彼に指図をして誰かを殺すなんて不可能でしょう。」

フランスパン「彼の病気について、他の者が証明できますか?」

公爵夫人「執事や使用人たちも知っていますよ。」

フランスパン「わかりました、後で執事さんと使用人に確認いたします。」

フランスパン「今は現場に来てください。あなたの証言を確認する必要があります。」

スフレ「お手数をおかけしました―オペラ、私と一緒に来ませんか? 何か新しいインスピレーションがあるかもしれませんよ。」

オペラ「……」

ブルーチーズスフレさん、またオペラの歌を聞きたいなら、彼を怒らせないようにした方が良いですよ。」

スフレ「そうですか、残念ですね。ティナは私のそばにいないです。そうでなければ、私と一緒に行くでしょうしね。もう言いません。裁決官様、行きましょう。」


第五章-アフタヌーンティ

公爵のアフタヌーンティに現れた亀裂。

 執事に付き添われて、スフレフランスパンは再び血痕だらけの書斎に戻った。

スフレ「ここは素晴らしいですね。裁決官様、これらの美しさがもたらした功労が自分になかったことを後悔しています。」

フランスパン「……公爵にあげるお菓子はこれですか?」

 フランスパンは徐々にスフレのことがわかってきた。このような者には、反応しなければ良い。そうすれば振り回されずに済む。

 案の定、スフレは自分の相手をする人がいないことがわかって、口をゆがめて黙り込んだ。彼はつまらなそうに体を揺らして、机の上に残ったお菓子を見る。軽はずみな目つきの中で突然の疑問がよぎった。だが、それでも平気な顔で頷いた。

スフレ「多分そうですよ。」

フランスパン「なぜ『多分』と言いますか?」

スフレ「ここに入るとすぐ気絶してしまいました。けれど、これは確かに私が持ってきたお菓子です。なぜ玄関先にこぼれておらず、机の上にあるのか。鬼は何があったのかを知っているでしょうけどね。」

 フランスパンが眉間に皺を寄せた。スフレは自分と同じ考えを述べた。だが、彼の話は全部本当ですか?

 彼はさっきから、公爵の側に置かれているこの点について、微妙な唐突さを感じました。このような感じの源は何でしょうか?

 彼はゆっくりと何歩か後退して、そのお菓子の周りを観察して、やっと分かりました。

テーブルに散らばっていた品々に血がはねられましたが、男爵の手元に置いてあったデ

ザートには血が少しもつきませんでした。

 フランスパンが菓子を持ち上げたが、案の定彼の予想通りだった。

フランスパン(飛び散る血液。全部皿の下にあります。)

フランスパン(すると、お菓子は公爵が殺されてから、机の上に置かれています。スフレが嘘をついていなかったら、現場には彼以外の第三者がいたことになりますね)

フランスパンスフレ、書斎にきた経緯をもう一度詳しく説明してください。」

スフレ「いいですよ。公爵様は奥様と同じで、毎日午後四時にティータームをするのが日課です。ですので私はその前に午後のお茶とお茶請けを二つ用意していました。」

スフレ「まずは四時前にキッチンへと行き、準備をします。その後奥様のところにデザートを届け、その後公爵様のところにお茶とお茶請けを届けました。」

フランスパン「何か気になることはありませんでしたか?」

 スフレは真剣にしばらく小首を傾げながら考え込んでいる。その様子は、なんとか当時のことを思い出そうと努めているように見えた。

スフレ「そういえば……キッチンに行った時、スティーブンさんを見ました。公爵様に子どもがいないので、彼は公爵様の甥だからと【爵位継承者】を名乗っています。」

スフレ「ですので、以前はこのような人目につかない者は台所のような脂っこいところに行きませんでした。しかし、彼は今日のような大切な日には台所にも行くようですね。」

フランスパン「爵位継承者?」

スフレ「はい。裁決官様はまだ知らないようですね。本日は公爵様の誕生日パーティー開催日です。そこで、彼の爵位継承者を発表する予定でした。」

スフレ「私たちは公爵様が自分に残された時間があまりないことを知っていたので、彼の最後の誕生日を賑やかに演出し楽しみたいと考えていました。また、素晴らしいことにオペラが彼のために単独でオペラを歌う予定もありました……そうだぜぇ!こうやって見たら、奴が死んだのもいいことだとおもわねぇか!?」

フランスパン「(ここの状況は思ったよりも複雑なようですね……)」

 スフレはすぐにまたオペラの話を持ち出して、再び狂語状態に陥り、熱く語り出した。フランスパンは強引に彼の話を終わらせて、彼と共に書斎を後にした。

 書斎から出たフランスパンが客室内の人々を見回した。

 いったい誰が、失神したスフレを殴り、お菓子を丹念に復元したのか?その「第三者」は誰なのか?台所に行ったらしいスティーブンですか?これらを証明できる方法がありますか?

 フランスパンは本のページをさすっていたら、ふと何かを思い出した。

フランスパン「最初に死者を発見したのは執事とウェッテ先生でしょう?その後、公爵の書斎には誰も入っていないでしょうか?」

執事「はい、そうです。その後、ウェッテさんは書斎を守ってくれました。それから他の者は立ち入っておりません。」

フランスパン「執事さん、ここにいる者の靴の底を確認してもらえませんか?もしかしたら、突破口が見つかるかもしれません。」

 執事に助けられて、ソファに座っている公爵夫人までもが自分の高い靴の底を持ち上げた。すると、足の裏には【血と黄色の粉末】が付着している者がいた。それはフランスパンが初めて現場に入った時に粉末が付着したのと同じに見えた。その人物は、誰もが思っていなかった人だ。

執事「はい、貴方ですね。」

スフレ「ハハ、貴方は本当に隠し方が奥深いですね。オペラのご友人には貴方のように大胆に仕事をする人もいます。」

ブルーチーズ「おや……発見されましたか。ふふっ……いつまでも隠していたかったのですが……」


第六章-独奏

書斎の時計が鳴り響く。それは誰に送る歌なのだろう。

 ブルーチーズは靴をたたいて、ため息をついた。

ブルーチーズ「やはりバレてしまいましたか……ええと……」

 スフレの悪行があったので、フランスパンは注意を払ってブルーチーズを見ていた。彼が何か暴力的な行動をするのではないかと心配しているのだ。ところが、目の前のブルーチーズは、スマートにみんなにお辞儀をしました。

ブルーチーズ「すみません、僕はずっと黙っていたことがあります。執事とウェッテ先生が現場に来る前に、確かにここに来たことがあります。」

オペラブルーチーズの話は本当だ。証明できる。」

 彼らの話はスティーブンの冷笑を引き起こした。

スティーブン「貴方たちはずっと一緒にいます。仲間ですよね。この証明は成立しませんよね?ところで、ブルーチーズ、貴方が来た時に叔父が被害を受けたと言いましたが、どうして叔父さんを訪ねて書斎に行きましたか?」

ブルーチーズ「公爵から来てくれと言われまして、止むを得ない事情です。」

 ブルーチーズを見て、ずっと無表情だったオペラは突然ため息をつき、眉間に深い悲しみを見せる。

オペラ「貴方たちの目には、幻楽歌劇団はずっと自由な楽団だと見えているでしょう。誰がショーをやっても、何を演じても良い、それは私たち自身の手に委ねられています。しかし、現実はどうしてこんなに理想的なのか?」

オペラ「生存はやはり壊滅して、本当に劣勢者の手の上で掌握したことがない。私たちは自由だと思いますが、貴族の目には、ここの時計と同じように、精巧な「収集品」しか見えない。」

オペラ「過去、彼らは片目を開けて、私達の発展に任せましたが、もしある日、彼らが私たちを操作しようとする時、私達は抵抗した。彼らは容赦なく私達を滅ぼす。」

オペラ「公爵が彼を招いた時の館は、彼の手に落ちた幻楽歌劇団という「宝物」を見せびらかすだけだったのだ。」

 「収蔵品」とされていたオペラブルーチーズが連れられてきた館は、貴客の待遇を受けながらも公爵に話を聞かざるを得なかった。

 公爵はオペラを本当に愛しているひとではない。彼のすきなのは、他人の前で高尚な情操をひけらかすための言葉にほかならない。

 昨日、公爵は理不尽にもオペラに勉強したことのない歌を歌ってくれと要求した。オペラは、まるで雑技団の小動物を自分の前で恥をかいて笑わせるような言葉に激怒している。

オペラ「彼のような人に、オペラを聞く資格はない!」

 怒ってドアを力任せに閉めたオペラに、忙しい使用人たちは驚かされた。

 しかし、オペラの怒りは公爵に影響を与えなかった。まるでオペラに聞かせるために、彼は執事に命令した時、わざと音量を上げた。

公爵「おい、明日も彼に同じ時間にここに来てもらうように。私のアフタヌーンティーには彼らの演出と調整が必要だ。」

公爵「安心しろ。彼らは必ず来るさ。」

 公爵は自身満々の笑顔は、オペラが去ったばかりの怒りを最大の皮肉だった。

ブルーチーズ「翌日、つまり今日の午後四時に、公演に出たくないオペラの代わりにここ、公爵の書斎で、僕はバイオリンの曲を弾くつもりでした。そのためにここに来て、部屋に入ると彼が血の海に横になっているのが見えました。」

 ブルーチーズオペラの話の続きを語り、オペラはまたいつもの無表情に戻った。

フランスパン(執事が証言は、内容の容認はできる。だが、オペラの表情が変わって、芝居をしていたような感じがします)

 その場にいたみんなを沈黙させ、しばらく静かにしていたウイスキーが突然口を開いた。

ウイスキーブルーチーズさんの仰ったことが本当だとしたら、犯人は破片を片付けただけでなく、お菓子を丁寧に並べ直して、テーブルの上に並べました。衝突のリスクを冒して、犯人はなぜ直接スフレさんを殺さなかったのでしょう?」

スフレ「フフ……この人は【私を陥れる】ために苦心したとしか言いようがないですが、かえってほころびが……このことは知っていますが、先ほども何も言っていませんでした。とても悲しいです。」

フランスパンブルーチーズは現場で何を見ましたか?」

ブルーチーズ「その時、公爵はもう死んでいました。スフレも横に倒れていました。」

 それを聞いたスフレは、傷ついたような表情をした。

スフレ「私が倒れているのを見ましたか? それなのに、助けてくれませんでしたか?」

ブルーチーズ「僕は迷惑をかけたくないです。貴方が公爵を殺した者かどうか分かりません。」

スフレ「フンッ。」

スティーブン「これは明らかに言い訳です。彼を助けなかったのは、これらがあなたのしたことだからです。」

しかし、スティーブンの話が終わらないうちに、人々の心を震わせる鐘の音が書斎から聞こえてきた。だが、今回は足を踏み入れたばかりの館と同じではなく、館内のすべての時計が一斉に鳴る鐘ではなく、書斎にたたずむ時計の【独奏】である。

スティーブン「……うん?」

 スティーブンは眉をひそめて部屋を見ましたが、公爵夫人も応接室の鐘を見て怒りました。

公爵夫人「書斎の中の時計はどうしてこんなに早くなりましたか?スフレさん、これらの時計は普段どのようにケアしていますか?これぐらいのことは全部できませんか?」

 スフレの顔に疑惑の表情が浮かんだ。しばらくして、フランスパンが屋敷に入った時に聞いた、公館の中を回る重畳の鐘が再び鳴り響いた。

スフレ「そんなはずはありません。彼は……昨日調整したばかりのはずです。」

フランスパンは何かを考えて、客室内の鐘を見て、一生懸命頭の中で彼の情報をかき集めて、かき集めることができる真相を見ました。

フランスパン(今ある情報は一部の容疑を排除するしかないようです。やはり犯人を断定する方法がないです。全員がここにいますので、証拠を探すのにも不便です)

フランスパン「執事さん、ご迷惑をおかけします。私は公館の他のところに行って、不足している情報がないかどうかの情報を探してみます。お疲れさまでした。みんなを先に食堂へ連れて行って休んでください。私は必ずみなさんにこの事件の真相を説明します。」 

第七章-一同

闇の渦巻く中は誰も信用してはいけない。

時の館

食堂

 結果を待つ時間はいつもとても苦痛だ。

美味しい食事があっても、美味しいお酒があっても、みんなの心の中の焦りを消し去ることができない。

暗潮がわき返る食卓は、どんなに素晴らしい食べ物でも味がない。

この時のスフレは何故か慌てふためいていた。彼は今、恐る恐る公爵夫人の後ろに立っている。彼の横柄な様子とはまるで違った二人のようだ。

とりわけ静かな食卓は不気味で背筋が伸び、執事や家来たちが訓練してくれた。

しかし、公爵の死体と同じ形のデザートは、一目で全ての人に食べられなくなった。

公爵夫人「これは何なのよ?!他のデザートはないの?!」

執事「すみません、ガゼット様の事件があったため、関係のない使用人たちをしばらく離れさせざるを得ませんでした。これは今日の夕食の時に食べるメニューです。」

公爵夫人「もういいわ。果物を買いに行ってちょうだい。」

執事「はい。」

ブルーチーズオペラが目を合わせて、席を立った。

ブルーチーズ「用事がないなら、先に部屋に帰って休みますね。夜更かしすると喉と手の神経の感度が悪くなりますから。」

スティーブン「ええ、あんなにいい喉と技術があるのですからね。十分な休息を。お休みなさい」

ブルーチーズオペラはみんなに別れを告げて、レストランを出た。公爵夫人は眉をひそめてスティーブンを見る。

公爵夫人「彼らが何かするとは思わないの?貴方、随分悠長なのねぇ?」

スティーブンは意味深な笑みを浮かべ、席から立ち上がり、侍衛を連れて玄関に向かった。

スティーブン「彼らが何もしないのが心配です。」


公館の廊下。


オペラ「入り口は書斎か?」

ブルーチーズ「公爵は一人で書斎に居る時はいつも鍵をかけています。あそこに行くときは他の人に発見されるのを恐れていた。」

オペラ「探しに行こう。」

 二人は慎重に応接室に戻って、書斎で何かを探していた、突然微妙なディテールに目を合わせられた。ブルーチーズは急いでポケットの鍵を取り出した。

スティーブン「やはり、ここに来たのは他の計画があったからなのですね。誰か来てください!彼らを取り押さえてください!」

突然現れたスティーブンは、事件現場を捜索しているふたりを取り囲んだ。


 もう一方。

賑やかな声が聞こえてきた。フランスパンが食堂に来ると、優雅にシャンパンを飲む公爵夫人と、不安そうな顔をしたスフレが残されていた。

ウイスキーはテーブルの側ではなく、隅で何かを研究しているように見えるが、よく分からない。

この時、スティーブンがドアを押して入ってきた。

彼の後ろにいる警備員が遠慮なくブルーチーズオペラを引っ張って食堂に来る。

フランスパン「スティーブンさん、落ち着いてください。一体何があったのですか?」

スティーブン「裁決官殿は犯人を捕まえることができませんでした。裁決官殿は私に感謝すべきでは?」

フランスパン「まずは彼らを放してください。彼らが犯罪者かどうか私はよく知っています。」

スティーブン「ほぅ、裁決官殿、彼らは先程から隠蔽していましたが、あなたはもう一度追求しませんでした。何故彼らを庇うのですか?」

第八章-致命

あの甘い香りのデザートに秘められた殺意。

フランスパンの断固とした目つきは、沈黙していたブルーチーズオペラを驚かせた。

フランスパンオペラブルーチーズ、今まで私を信じてくれませんでした。何も言いませんか?貴方たちの事はもうわかりました。貴方たちは本当に「そのこと」で、真犯人のスケープゴートになりたいですか?」

フランスパンオペラブルーチーズの心に訴えた。彼らは目を合わせる。そしてブルーチーズが立ち上がった。

ブルーチーズ「……僕が話しましょう。」

ブルーチーズ「僕たちは嘘をついてはいませんでしたが、一部の事実を隠しました。実は、私たちがここに来たのは、公爵が私たちの団長を誘拐し、彼を時の館の地下牢に閉じ込めたからです。」

ブルーチーズ「それだけではなく、公爵は僕たちの秘密情報を不法に盗み出して、彼は僕たちを脅して、もし出演しないのならば、団長の命は保障しないと……そうなれば僕たちの秘密を暴露しなければなりません。」

フランスパン「だから……公爵の死を発見したばかりで。他の人に教えていませんでしたか?」

ブルーチーズ「彼が死んでいるのを見つけて書斎に入り、彼から自慢の鍵を見つけました。私たちは団長を見つけて、資料を持ってここを離れたいです。貴族同士の争いは僕たちと関係がありません。」

スティーブン「これで私たちは全て真実を話しました。私たちを信じてくれませんか?地下牢ですか?どうして時の館にはそんなところがあるのか分かりません。執事さんが帰ってくるのを待つほうがいいです。直接に聞いてみましょう。」

双方が張り合っていると、レストランの一角で忙しくしていたウイスキーが急に音量を上げた。

ウイスキー「皆さん、言い争うよりも、これから何が起こるか見てみましょう。」

ネズミ捕りのかごに捕まった黒いネズミがお菓子を抱えて噛んでいる。すぐに痙攣して、突然倒れた。

ウイスキー「皆さん、デザートには毒が盛られています。」

公爵夫人「どういうことよ?!」

ウイスキーは公爵夫人に微笑んだ。

ウイスキー「公爵様のお手元にある菓子を一つ取ってきて、使用人にネズミを探す協力をしてもらいました。」

ウイスキー「その結果、食堂のお菓子を食べたネズミは何の問題もありませんでした。しかし、【公爵のお菓子】を食べたネズミは、すべて中毒で死んでしまいました。」

スフレウイスキーの発見は、お菓子を届ける私に疑いを持たせた、ってことですか?」

スフレ「ち、違います……!私じゃないです。」

スティーブン「お前ではない?だったら誰だよ?!」

フランスパン「……スティーブンさん、スフレさんは午後のお茶の前に台所でお会いしたことがあると言いましたが、その時は何をしに行きましたか?」

スティーブン「裁決官殿、懐疑的な部外者や下僕を調べないで、何故私という貴族を疑いますか?」

フランスパン「スティーブンさん、私の質問に正面から答えてください。これで何が起こったのか調べられます。」

スティーブン「……はい、記憶喪失症とはどんなものですか?スフレ、あなたは何でも覚えています。」

スフレ「私は、覚えていません。何も分かりません。私は……クッ—―」

スフレ「——ハハハハッ! たとえ俺の記憶喪失症が偽装だとして、どうだっていうんだ?今疑われてるのはお前だぜ、スティーブン!ハハハハッ!ガチで面白いぜっ!」

スフレは突然大きな変化を見せ、みんなを呆然とさせたが、公爵夫人は率先して反応してきた。

公爵夫人「ここにいる者は、裁決官を助けなければなりません。」

スティーブン「な、なにを……!」

公爵夫人が手を上げると、それを合図として、使用人たちが左右からスティーブンを捕らえた。

フランスパン「スティーブンさん、合理的な説明をしてください。でなければ、失礼ですが私は貴方の身体検査を実施します。」

スティーブンは必死に抵抗するも、フランスパンは使用人たちの助けで、彼の身体検査をする。そして、大切なものを幾つか発見できた。


第九章-鏡像

嘘か誠か、誠か嘘か


フランスパンはスティーブンの身体検査で小さな薬粉と、それぞれ別の相続人を指名している公爵の遺言状が二通見つかった。


フランスパン「スティーブンさんと【リリア】さんですか。リリアさんとはどなたですか?」

執事「公爵夫人です。夫人の名前はリリアです。」

この時、果物を持った執事が室内に入ってきた。彼は少し驚いてスティーブンを見る。その視線に彼ははびくびくして頭を捻った。

執事「……スティーブン様、ガゼット様が私に預けた遺言状……あなたが盗んだのですね。」

スティーブン「ふん、それは私の元に来るものだ。前もって手に入れて何が悪い?」

執事「これは……しかし、夫人の名前が書いてあるのは、ガゼット様の手で渡されたものです。本物の遺言状です。」

スティーブンの顔は一瞬にして血の気が引いていた。

公爵夫人「裁決官様、ここまで来たら、もう十分明らかになったと思います。スティーブンの手元には二通の遺言状があります。その中の一つはきっと執事から盗んだものです。もう一つは彼が自分で作ったものでしょう。」

執事「スティーブン様、まさか侯爵様を殺して、今晩の晩餐会で本当の後継者がリリア夫人であるということを言わないようにしましたか?」

スティーブン「……」

スティーブン「はははははは! リリア夫人……ハッハッハッハッハッ、貴方たちは誰もが彼女をリリア夫人と呼ぶ! 貴方たちは何の疑問も抱かず、彼女をリリア夫人と呼ぶのだ!」

スティーブン「この【偽物】のリリア夫人を、みんなでそう呼んでるんだ!!!」

公爵夫人に視線を集中させたが、傲然とした表情にはひびがなかった。スティーブン石の驚く発言の後、皮肉な笑みを浮かべた。

スティーブン「ああ、デザートの毒は私が用意したものだと認めましょう。確かに、夕食の前に叔父を殺して、遺言を変えたいと思っていた。」

スティーブン「……しかし、他の人に先を越されました。叔父さんは私の用意したデザートを食べる時間がないまま死んでしまいました。はははは……スフレは公爵を殺すために貴方が差し向けたのですよね、公爵夫人?」

ウイスキー「確かに、テーブルの上のデザートは公爵に食べられておらず、公爵も中毒症状はありませんでした。公爵夫人、こうして言及された以上、スティーブンさんの話について説明していただけますか?」

公爵夫人「公爵の遺産は、元来わたくしの物です。それなのに、何故わたくしが公爵を殺す必要が?」

スティーブン「ハッ、公爵夫人になって、本当に自分がリリアになったと思いますか?」

スティーブン「この時の館では、あなたもリリアを記念するためのコレクションです。」

公爵夫人「……」

スティーブン「どうですか? 痛いところを突いてしまいましたかね? この皮の袋を除いて似ていますが、そちらは彼女と比べられますか? 叔父が一時的にあなたの公爵夫人の財産と権勢をあげたとしても、最後にはリリアのものです。あなたのものにはならない! 」

公爵夫人「……」

スティーブン「どうですか? 反論の言葉が出ませんか? この屋敷に巣食う、卑劣な異、分、子めが。」

スティーブン「裁決官殿、貴方に聞きたいのですが、他の人の身分、権勢、財産を徹底的に占有するために、その人の存在を消してしまうのは罪ですか?」

スティーブン「世界でそのような罪があることを許すことができますか???」

公爵夫人「もう結構よ!」

第十章-傷跡

心の傷はいずれ肉体的にも大きな傷となって現れる。

食堂


ウイスキー「ああ、スティーブン様。公爵夫人は、あなたが思うほど単純な方ではありませんよ。」

ウイスキーの突然の発言に、スティーブンはあっけにとられてしまう。彼は質問を続けようとすると、突然公爵夫人に中断されました。

公爵夫人「!」

公爵夫人「この点において、わたくしとあなたは似たような立場でしょうね。ウェ、ッテ、先、生。」

公爵夫人の目の中に含まれている怒りはこの場にいるものを威圧していた。彼女の目じりは少し血の色に染まっており、ブルーチーズオペラは本能的に半歩後退して警戒する。しかし彼女の視線を直視していた「ウェッテ先生」は、少しも退却の気配がない。

彼の口元にはたおやかな笑みが含まれている。

ほのかに怒りの色が漂う夫人も、挑発的な笑顔で口元を見て冷静になり、かつての端正で優雅さを取り戻した。

公爵夫人「今日のことは、すべてあなたのせいで複雑になってるわ。裁決官様を助けているように見せているように見せているのは、なんのため? 昔、公爵が中毒になったことがあるけれど、貴方には話したことがないわよね? いったい誰を助けるために真相を隠しているの?」

居合わせた人の多くは驚きの表情を浮かべていたが、フランスパンは仕方なくため息をついた。

フランスパン(やっぱり……現場は犯人を助けるために、取り繕った人がいますね。)


回想

書斎


やっとフランスパンの時間が動き出す。まだ捜査は終わってない。

書斎の中で時間に間違いがあったのでフランスパンは気になった。彼はその巨大なアンティークの置き時計に近づく。

古風で典雅な置き時計の下にはハンマーがリズムよく揺れています。フランスパンは手を伸ばして、カートンの分針に触れています。

フランスパン「ツッ______」

磨き抜かれた針が彼の指を簡単に引き裂いた。針の模様にはまだ血が残っている。針の逆フックの形も傷口の服の毛玉ほつれがあった。

フランスパン(本物の凶器はこれみたいですね。しかし、犯人は自分の罪をないがしろにしているのに、なぜ本当の凶器は隠してしまったのですか? まず草を打って蛇を驚かすのではなく、何か手がかりがあるかを探しに行きましょう)


現在

食堂


公爵夫人の気迫あふれる発言に、ウイスキーは悩まされなかった。

ウイスキー「私にできることはここまでのようですね。」

ここまでの会話を理解できない人たちは、混乱を余儀なくされる。フランスパンはその言葉を聞いて、十分な証拠を得たと確信する。まだフランスパンには、希望がある。憎しみに目を奪われた犯人に、どうか自分が証拠を掴んだことを気づかないでほしいと思った。

フランスパン「みなさん、調査はもうすぐ終わります。もう十分な手がかりをつかんでいます。私が正式に裁決する前に、真犯人は自首すれば、判決で軽く処分されます。」

フランスパンの話には反応が得られず、彼に見つめられたその人はフランスパンの目を避けました。フランスパンはため息をつき、自分のハンカチで丁寧に包んだ書斎の置き時計の針を持ち出した。

フランスパン「それなら手袋を外してください。」

みんなの協力のもとで、両手はすべての人の前で現れて、一部の手は礼儀正しい柔らかさを持っています。一部の手は練習に励んでいます。関節のところに厚い繭があります。

フランスパンはその時計の針をその手の中に置いて、時計の両側の模様がちょうどその手の中の傷跡に合っています。もうこれ以上言う必要はない。無表情だったはずの執事が、少し疲れた顔を見せてくれた。

執事「予想通り、やっぱり逃げられないですね……。」

終章-終結

全てが終わる。背後の蛇がその結末を見届ける。


時計が鳴る と輪廻


嘘ばかりの黒蛇は

荒唐無稽な真実を述べる


法廷を固く信じる裁決官は

誰も気にしない正義を探している


レクイエムの歌声とヴァイオリンの

チクタクとなっている音と一緒に消えていく


誰かが覚えているの

鏡の中の人形が歌っていた古い旋律


血色の

逃げられない因果に閉じ込められた


「終幕を迎えるまで、すべてを終結させよう」


黒蛇は微笑みながらそう言った


事実の真相がすでに裁決官の前で暴露されたことを見て、執事はついに謎の真相を話し出す。

執事「……公爵が私の息子のアンウェンと妻を殺害した張本人であることを知った後、彼を殺して私の子ども、妻、そしてその子爵邸の数え切れない無辜の人たちに復讐することにしました。」

執事「天は私を助けてくれました。この時、私はある事件について知ってしまいました。ある者が長期にわたり公爵に毒を与えていました。彼を殺したいのは私だけではなかったのです。誰なのかは分かりませんが、彼を苦しめている人がいました。」

ガゼット公爵の体は毒のため益々弱くなり、真実を知った執事は情報を封鎖し、治らぬ重病を公爵に告げるだけだった。公爵は一日一日と衰弱していくのを見て、自分でさえ正気な時に遺言をすることにした。

執事「今日はアンウェンと妻の命日です。元々ガゼット様を明日まで生かしておくつもりはありませんでした。彼のために大量の毒を準備しました。ずっと毒を流していた人の手を借りて、晩餐会で彼の命を奪うつもりでした。」

執事「ただ……私は長い間病気で苦しむ彼を反省させることができると思っていました。」

呼び出された執事は今夜のために毒薬を隠し、公爵の書斎にやってきた。公爵の書斎にある置き時計は公爵の大好きなものですが、この数日は分針がいつもぴんとしています。今日は時の館で初めてお客さんをもてなす日なので、時の館の時計は全部お客さんの前で同時に鳴らさなければならない。

公爵「あぁ……そういえば、お前は子爵邸の火事を覚えているか?」

置き時計を修理している執事の指が突然軽くなる。彼は怒りを抑えて頷いた。

公爵「あんなに大きな火が、空を赤く照らしていたんだ。きっと綺麗だっただろう。残念ながら、去年は直接見いなかった。ハハハ、あれは私の誕生会の背景にピッタリだっただろうな!」

執事「……けれど、多くの者が亡くなりました。」

公爵「あんなの、ただの卑しい民ではないか。彼らは偶然にも私の誕生日を祝えたんだ、光栄なことだよ。わかっているだろう?普段なら彼らはこの私に祝福できる資格すらないのだからな。ハハハハハッ!」

笑い話でも話すかのように、公爵の楽しげな笑い声は何度も執事の心の防備を突いた。最終的に彼を拘束した鎖は公爵自身によって引き裂かた。

執事「彼は苦痛なしに死ぬに値しない! !彼はそれに値しない!私の妻と子供たち! ! !死ぬのはとても痛いです! ! !彼らが火の中で経験した絶望!痛みを体験してください。私は彼にそれを試しさせなければならない!」

執事は鬼のように歪んだ顔に恨みを滲ませていた。

執事「私はただ恨みます。彼をもっと苦しめて死なせたかった!」

ウイスキー「公爵は確かに汚名を残して亡くなりました。」

フランスパン「それであなたが執事さんの本当の凶器を隠してあげたのですか?」

ウイスキー「この世界はバランスの法則を守っています。公爵はそんなことをした以上、その代価を払うべきです。」

フランスパン「だからといって、執事さんがガゼット公爵を私刑にしていい道理はない!」

執事「フッ……私刑……ですか、ハハハハッ……私は私刑執行をしなかったなら、彼にどのようにして代価を払わせることができましたか?!」


書斎

事件当時


怒りで感情が露わになった執事は分針を掴み、鋭い針を男爵の背中に突き刺した。

公爵の絶命した表情は執事の怒りを和らげたが、彼が再び落ち着いた時、現場はすでに混乱していた。

執事「復讐が終わった以上、自首をしようと思っていました。だがそのとき突然ドアがノックされました。」

ドンドン――

スフレ「公爵様、貴方のアフタヌーンティーをお持ちしました。」

執事「……………………。」

執事「張本人はすでに死んでいますが、操られた駒でも、【本当に手を動かす人】は罰されます。」

フランスパン「そこで貴方は流れに乗って舟を推します。スフレに貴方の罪を着せようと画策します。」

執事「そうです。彼の記憶喪失症のことは知っていました。だから彼を気絶させました。そうすれば彼が発病したと思わせることは可能でしょう。公爵を殺しました。貴方たちに見つけられるとは予想もしていませんでした。」

執事はすべてを手配して、自分の血だらけのコートを脱いで現場を離れて、自分のコートを焼却炉に投げ込みました。

執事「ハハ……ハハハ……アンウェン、そして親愛なる妻よ……やっと私は貴方たちの仕返しをできました。やっと……仕返しをしてやりました……!」

フランスパン「あなたはどうして十分な証拠を把握してから私たちを探しに来なかったのですか?法典はきっと貴方を公正を与えます。」

執事「法典ですか?公理?権力の前で一般人が彼らを求める機会があるものか?」

執事「私は何回も貴方たちに告発状を出しましたが、貴方たちは返事をくれませんでしたね?公爵が死んだときにやっと、貴方たちは慌てて現れます。」

フランスパン「告発状ですって……?!私たちは受け取っていません!」

執事「言い訳は結構です!貴方たちが公爵の力に勝てない言い訳なんか聞きたくありません!」

フランスパン「私たちは告発状を受け取ったら、決して無視しません。」

公爵夫人「フンッ。」

公爵夫人の冷たい笑い声を聞いて、全員が振り向いた。

公爵夫人「「ウェッテ先生」の告発状はどこに行きましたか?」

ウイスキーは微笑みを浮かべたまま彼女を見た。明らかに彼女の話に反論するつもりはなくて、彼は人差し指を立てて唇の前に立てた。

ウイスキー「公爵夫人、これ以上は沈黙を守るのが淑女のするべきことですよ。今の状況を見てみましょう。皆の願いが叶えられました。これはとても良い状態ではありませんか?」

公爵夫人「淑女とは、リリアのような者のことかしら、ウイスキー?」

ウイスキー「……。」

ウイスキーの変わりない表情に誰も気づかなかった。床を這いずる蛇の影が、不意に影から飛び出し、公爵夫人に飛びかかった。鋭い毒牙が夫人の皮膚を破った。その瞬間、公爵夫人は倒れ、息を引き取った。

フランスパン「!!」

ウイスキー「……ん?!」

その場にいた者は誰ひとりウイスキーが訝し気な表情をしていることに気づかなかった。しかし次の瞬間、彼の目は地面に倒れていたスフレに支えられた公爵夫人を掃いて、はっきりと口元を掻き立てた。ただ今の笑いは以前のような偽装の優しさとはもうなく、冷然とした嘲笑を含んでいた。

エピローグ-新生

自身の新生を手に入れ、一つの幕が降り、次なるシナリオが始まる。

取り囲まれたウイスキーだが、彼にはまだ余裕があった。彼は自分のスーツケースを持って、揚々とこの部屋から姿を消してしまった。

フランスパン(クッ、逃げられてしまいました……彼は必ず捕まえなければなりません。しかし今はまず、目の前の状況を先に処理しましょうか)

逃げたウイスキーのことは一旦置いといて、フランスパンは残りの人に視線を向けた。そして、唖然としてしまった。

床に倒れていた公爵夫人とスフレ、そしてオペラブルーチーズの姿がが見えない。どさくさに紛れて逃げてしまったようだ。部屋には、遺言状を必死につかんでいるスティーブン、そして意気消沈した執事が残されていた。

フランスパン(ここの人はみんな簡単ではないです)

フランスパン「執事さん……。」

執事「わかっています。私を連れて戻り、裁決を受けさせるのでしょう。」

フランスパン「はい。できれば、ご自分の意志でついてきてください。」

執事はゆっくりと床から立ち上がり、まっすぐな腰をかがめた。

執事「妻の日記とアンウェンの写真を部屋に取りに行きたいですが、よろしいですか?」

フランスパン「私も一緒に行きます。」

執事「いえ、自分だけで行きたいのです。」

フランスパン「……わかりました、では時の館の門で待っています。」

フランスパンは、この老人と最後の別れを邪魔したくなくて、彼は時の館を出た。

時の館の外には、使用人たちが公館の外の花園に集まっている。彼は不思議そうに周りの使用人に聞いた。

フランスパン「どうかしましたか?」

ボーイ「執事様はここで待機していろ、と。」

メイド「うん、使用人全員、ここにいるようにって。」

フランスパン「……しまった!」

慌ててフランスパンが振り返った瞬間、時の館の重い銅門の中から急に熱と炎が立ち上り、フランスパンを驚かせた。彼は門を開けて中に入ろうとするも、唐突に腕を引っぱられた。

ザッハトルテ「命が惜しくないのか?!」

そう叫ばれるも、濃厚な炎が公館の中で牙をむいた猛獣のように燃え盛っている。フランスパンは、ザッハトルテの手を振り払った。

フランスパン「中にはまだ人がいます!それにこの事件の証拠はまだ全部館の中にあります!」

フランスパンザッハトルテの制止をものともせず、迷わず屋敷に飛び込んだ。

火の舌は館内のすべてを巻き込み、濃厚な煙でフランスパンの目の前の道が見えなくなった。

フランスパン「執事さんー!スティーブンー!ブルーチーズー!スフレ!」

燃えさかる炎にフランスパンの行く手を遮り、彼は足を止める。するとすぐ傍に昏睡状態のスティーブンの姿を見つけた。

執事「裁決官様、この火は私が放ったものです。誰も非難しないでください。」

フランスパン「早く、彼を連れてここから逃げましょう!このままでは危ないです!」

執事「ふむ。」

執事の冷静な態度に、フランスパンはひとまず胸の焦燥をおろした。

彼は二人を玄関まで連れて行き、スティーブンの腕を担いでから、執事を見た。

フランスパン「執事さん、早く行ってください。私は他の人を助けにいきます。」

執事「地下牢の方はふたりのゲストに助けられました。奥様もスフレに助けられました。もう他の者はいません。」

フランスパンは、ここで執事と会って以来、最も柔らかな表情をしていると思った。そして負傷した両手をフランスパンの背後にそっと触れ、そして強く押す。

執事「さようなら、裁決官様。少なくとも私は知っています。彼らの死を追跡する人もいます。そのために努力する人もいます。ありがとうございました。」

よろよろしながら、フランスパンが邸宅から押し出される。そして、門は再び閉じられた。鎖の音がして、フランスパンは押し開けられなくなる。

大火が館の中に閉じ込められ、次第に邸内を丸ごと呑み込み、空に煙が立ち上っていく。燃え尽きたすべての大火によって真っ赤な火に染まっていった。

メイド「あ!あ、あれは!執事さん!」

フランスパンはメイドの指に沿って見ました。館の二階の窓口で、執事さんが窓の前に立っていました。彼の手にはフランスパンの見覚えのあるノートがある。激しい炎の下で、高すぎる温度が目の前のすべての光景を歪めている。

フランスパンの肩が暖かくなると、彼は振り向きました。ターダッキンがそっと彼の肩を縛りました。

ターダッキンフランスパン、悔やまないでください。往生者はついに自分の愛を見つけたのです。すべての愛を破壊するのに十分である彼らの愛は、往生のきずなとなって、今、彼らは再会することができました。」

赤い髪をした少女の声は他の人には冷たさを感じさせた。言葉の中の情報は私たちを知らず知らず離れてしまった。しかし少女はこれらを気にしていない。ただ優しい目でその窓を見ていました。

大火がもたらす錯覚のせいか、窓に人影がぼんやりと現れ、彼らはしっかりと抱き合っていた。

ドン――ドン――ドン――――――

突然、時の館内の時計が、悠々と八回打ち鳴った。天を突く赤い火の中で、自分の方式ですべての霊魂を見送りました。


数日後

時の館廃墟前


綿あめ「うん、時の館は素晴らしい建物だったよ。すっごく綺麗な時計がたくさん存在してたのに、ぜーんぶ灰になっちゃった……。」

ザッハトルテ「幸いにも執事を除いて、死傷者は発見されませんでした。執事の遺体も、ターダッキンに修復され、家族と一緒に葬られました。」

綿あめ「でも、唯一の拘留者のスティーブンさんが煙を吸いすぎて、眠ったままなんだよね。このまま目を覚まさない可能性もあって、そうなったら証言をしてもらえない。他の関係者はみーんなどっかいっちゃったらしいし。うぅ~ん、このまままた証拠のない事件にならないといいなぁ~!」

ザッハトルテ「今回はそうならないはずです。」

話をしているうちに、前方の廃墟の中から、背が高くない青年が出てきた。重いように見えるものを抱いている。顔は灰燼で覆われて黒いのに、明るい笑顔を浮かべていた。

フランスパンザッハトルテは私が見つけられると言っていました!」

ザッハトルテ「うん貴方の勝ちです。」

綿あめ「よかったぁ♪公爵の金庫は無事だったんだね!この中の違法取引文書が公爵に有罪判決にしてくれるね!約束通り、見つけられたんだね。ザッハトルテ、美味しいものを食べに行こう~!!」

ザッハトルテ「美味しいものをご馳走してくださるのですか。少し興味がありますね……。」

三人が笑っている間に、豪華な馬車がそっと彼らのそばを通る。馬車は夕日に向かって長々と走り、中から懐かしい音が聞こえてきた。

???「スフレさん、次の晩餐会に行きます」

スフレ「はい、奥様。」

馬が勢いをつけて走り出す。馬車の起こした風にチラシが巻き上げられた。

「一番美しい琴の音は、時計の鎮魂歌幻楽歌劇団の新ドラマ――時の鎮魂歌今夜から始まる」


サブクエスト

幕間Ⅰ

1-1-幻楽歌劇団

――グルイラオ南部の都市。

そこに「時の館」と呼ばれる名の知れた屋敷があった。そこには世界各地の高価な時計が集められていると言われており、一生に一度拝めるかどうかというほどの価値を持つ時計さえも保管されているという。

九月二日、ニュースボーイは半日ほど時の館の前で待機していた。早朝から時の館の正門を張り込み、「彼ら」の到着を今か今かと待っていたのだ――【幻楽歌劇団】の到着を。

「幻楽歌劇団」はグルイラオで最も有名な歌劇団だ。聞くところによると、「幻楽」という名の由来は、彼らの歌劇が見るものを幻想の世界へ誘うかのようであり、一度見たら忘れることが出来ないからだと言う。また、その劇は観客に自身が求める理想が現実になったかのような錯覚を覚えさせるほどだからだと唱える者もいた。

彼らの公演チケットは非常に入手が困難であり、歌劇団からの招待状が届いた者のみが、彼らの歌劇を楽しむ幸運を手に入れられる。

だが今宵、その幸運を自ら招き入れる者が現れた。

時の館の主人である「ガゼット公爵」が都全域に告げた。彼の誕生日パーティーに、歌劇団の主演級キャスト二名を招き、公演を行うことが決定したと。

ニュースボーイは公演を見ることは叶わないものの、館に幻楽歌劇団の主演が入って行く瞬間を写真に収めることさえできれば新聞社に高く売れるに違いないと考えていた。

そこで早朝から長い時間只々待ち続けたのだ。そして、ついに一台の馬車が屋敷の門をくぐる。しかし、馬車から降りてきたのはアタッシェケースを片手に白衣を着た男性一人だけ。さらに、どう見ても歌劇団の人間ではなかった。

ニュースボーイは少し戸惑いつつも、結局はカメラを構えて、こっそり一枚だけ写真を撮った……。


1-2-神秘の地下室

数ヶ月前

子爵邸廃墟

フランスパン「ウッ……!ゲホゲホ、ゲホ……。」

フランスパンは手で口と鼻をおさえていたものの、舞い上がる埃に咳き込まずにはいられなかった。だが、それでもなんとか前へ進もうとする。

ここは子爵邸の「存在しない部屋」。

火災事件当日、助けに入った者が手にしていた屋敷の建築図にさえ、その部屋は記載されていなかった。

もしあの火災で子爵の部屋の床が焼け焦げてボロボロになっていなかったら。もし彼が子爵邸火災事件の結論に納得しておらず、もう一度子爵邸へ調査に来なければ。きっと床を踏み壊し、その部屋にたどり着くことはなかっただろう。

部屋はとても広いものだった。試験管、注射器、薬瓶などが置かれていた……。

フランスパン(確か子爵に関する資料の中に、医学に関心があると言う記載はなかったはず。ならここの医療器具は一体誰が使っていたものなのでしょう?)

フランスパン(地下に隠された実験場ですか……隠れてまでする必要がある実験とはなんなのでしょう?実験に使用した薬品が発火源という線は?)

フランスパンは慎重に部屋に残されたものを調査する。すると埃の積もったガラス製品の中に、一際目立つ金属製の物体が目を引いた。

拾い上げて見ると「金属製の蛇頭」だった。それはまるで生きているのかと思わせるほど繊細に彫られた蛇頭で、大きさはワインボトルの栓ほどあった。

フランスパン(これはなんの装飾でしょう?)

フランスパンがそれをじっくり観察して見ると、断面が荒く、外的要因で壊れたのだろうと推測することができた。

フランスパン「うーん……他にはなにか……。」

しかし、その後いくら調査しても蛇頭に関わるものを発見することは出来なかった。


1-3-「ウェッテ先生」

一年前

公爵邸

執事「ガゼット様、子爵邸より紹介されておりましたウェッテが参りました。」

ウイスキー「お初にお目にかかります、公爵様。ウェッテと申します、どうぞよろしくお願いします。」

ウイスキーは微笑みを浮かべながら、公爵に向かって丁寧に礼をしてみせる。

公爵「ウェッテ医師か……見た所礼儀は心得ているようだな。子爵の勧めとはいえ、医学の腕も私を満足させるものだと期待するとしよう。」

公爵「ではもうよいぞ、有事の際には声をかけよう。これから私は少々体を休める。」

2ヶ月後。

公爵「執事よ……執事はどこだ!」

執事「お待たせしました、どうなされましたかガゼット様?」

公爵「ウェッテ医師はどこだ?奴を呼んでこい!」

執事「お体が優れませんか?ウェッテ先生はここに住み込みのを遠慮されました。屋敷まで来るのに一時間ほどお時間がかかるかと。屋敷におります他の医師に……」

公爵「他のものなどあてにならん!呼んで何になる?私のこの姿を笑いにくるのか!?――お前もお前だ!医師一人もまともに雇えんのか!いくらだ!欲しい額をやればいいだろう!」

執事「その……ウェッテ先生が代金は必要ないと……」

公爵「ならば欲しいものをやればいいだろう!ぼさっとするな!私を死なせたいのか!!」

執事「……はい!ガゼット様、承知いたしました。」


1-4-時計

事件当日

時の館応接室


フランスパン「執事さん、ガゼット公爵がこれほど多くの時計を収集するのには、何か特別な理由があったのですか?」

執事「えー……特別な理由は思い当たりませんね。ただ、ガゼット様は時間厳守は品格ある行為であるとお考えで、時計はそれを代表する物だと。」

フランスパン「ガゼット公爵は時間に厳しい方だったのですか?」

執事「そうかも知れません、ガゼット様は時間を秒単位で気にされておりました。最近ですと体調を崩されたことで、スケージュールが変更されたことに激怒されておりました。」

フランスパン「ガゼット公爵が体調を?」

執事「ええ、ガゼット様はここ2年【突発的な頭痛】に苛まれておりました。多くの先生に見ていただいたのですが、ウェッテ先生の処方された薬だけが効果があるようでして。」

フランスパン「そうでしたか……」

執事「そういえば、奥様が時間に厳しいことも、ガゼット様が時計を愛する要因の一つかと。」

執事「奥様は毎日午後四時に庭でアフタヌーンティーを楽しまれますので、時の館に奥様を住まわせて、その時間を逃さないように配慮されていたほどですから。」

フランスパン「(どうやら、ガゼット公爵は時間という概念を本当に大切にしていたようですね……)」

1-5-ファン

事件当日

応接室


フランスパンが書斎に向かい遺体の調査へ向かっていた頃、広々とした応接室には息がつまるような、重苦しい空気が漂っていた

オペラは窓辺に寄りかかり、ぼんやりと窓の外を眺める。何かを考えながら彼の手は無意識に自分の首に触れていた。

ウイスキー「首に包帯を巻いているようですが……お怪我でも?」

唐突に落ち着きのある男性の声が聞こえ、オペラは少し間を置いてから声の方へと振り返る。そこで目にしたのは笑みを含んだような眼差しだった。

ウイスキー「ごきげんよう、オペラ。私はウェッテと申します。縁あって貴方の歌声のファンになりました。」

オペラ「……。」

ウイスキー「申し訳ありません、他意はないのです。ただ、少々貴方の顔色が優れないように思いましたのでね。本当に大丈夫ですか?」

オペラ「大丈夫だ。」

オペラは簡単に返事を済ますと、遠くで同様に何かを考えていたブルーチーズに目線を向ける。

すると、こちらの目線を感じ取ったのか、ブルチーズオペラの方へ視線をやる。

ブルーチーズ「ええ……オペラ、こちらへ来てもらえますか?すいません、ウェッテ先生、僕たちは話がありますので。」

ウイスキー「はい、構いませんよ。」

ウイスキーは微笑みを浮かべながら身を引き、ご自由にという意を表現してみせる。

そうしてオペラブルーチーズのもとへ向かい、二人は応接室の一角までやってきた。

ブルーチーズ「あなたのファンと言っていましたが、少々忍耐力を欠いていませんか?」

オペラ「嘘をついていたんだ。」

ブルーチーズ「……そうですか、とにかくこんな状況で私たちに近づくような者は警戒して損はありません。少なくとも「あの件」が解決するまでは誰にも勘付かれないようにしてくださいね。」

オペラ「わかった。」

1-6-蝶

公爵夫人は聡明で高貴な人物に違いない。スティーブンからの口撃に対しても、全く動じることなく反論までしていた。ただ夫人として、夫を失ったと言うのにどうしてここまで落ち着いていられるのだろう?

フランスパンは現場を調査中、ふと応接室へと入っていく一見華やかだが、どこか怪しげな女性を見かけた。彼の本能が警鐘を鳴らしていたのだ、あの公爵夫人は危険だと。

フランスパン(おや!?)

公爵夫人はこちらの視線を感じ取ったかのようにフランスパンの方に振り返る。その表情は微笑んでいるようにも思えた。そんな時だ、彼女の頭上で何かが動いた。

フランスパン(気のせいでしょうか?頭上にある宝石の蝶が少し動いたような……)

彼は自分の目を何度も擦りながら真偽をはかれず、只々公爵夫人の方をじっと見ることしかできなかった。

すると公爵夫人はいつの間にか振り返った時の態度から一変して柔らかな雰囲気になる。

公爵夫人「もしわたくしが裁決官様のお役に立てることがありましたら、どうぞ、遠慮なさらずに。」

フランスパン「(公爵夫人の言葉はどうしてか反対言葉に聞こえますね……ですが、今はあまり深く考えないようにしましょう)」

1-7-裁決官

事件当日

応接室


フランスパンは執事の後について二階へと向かう。一階で待機していた召使いたちは何かを話ているようだった。

ボーイ「いきなり俺たちを一階に集めて何かあったのか? まさか誕生パーティーが取り消しってわけじゃないよな?」

メイド「嘘でしょ? 公爵様が街中に幻楽歌劇団のことを告知までしてたのよ?…それから本当に歌劇団の人が来たわけだし。てっきり盛り上げるための冗談かと思ったのに。」

ボーイ「幻楽歌劇団の人はもう来てたのか? なら、さっき執事さんが連れてたのは誰だ? 見た感じ歌劇団の人間ではないみたいだけど。」

執事はそんな会話を聞いて一つ咳払いをし、召使いたちに目を向ける。

執事「私はここで待機しなさいとは言いましたが、雑談をしていいとは言っていませんよ?」

そう言って執事は申し訳なさそうにフランスパンに一礼する。

執事「申し訳ありません、お見苦しいところを。」

フランスパン「お気になさらず、それよりも現場に急ぎましょうか。」

謝罪を述べる召使いたちを後にし、フランスパンは執事と共に二階へと向かった。


1-8-「ウェッテ先生」&「リリア」

一年前

時の館


時計の音が響く中、ウイスキーは執事と共に時の館へとやって来た。花の咲き誇る庭園では公爵夫人が優雅に茶を堪能していた。

執事は客人の来訪を公爵夫人へ告げ、ウイスキーを彼女の前に招く。

執事「奥様、この方はウェッテ先生。本日よりガゼット様の専属医師となりました。これからこの館によくいらっしゃることになるかと。」

公爵夫人「公爵の病気を見るのにどうしてわたくしの時の館へ? ウェッテ先生?」

公爵夫人はあざ笑うかのように語尾を伸ばし、まだ何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。

執事「奥様にご迷惑をおかけしません。ただ、ウェッテ先生は時計に大変関心があるようでして、ガゼット様の許可を頂いて自由に時計を見られるようにと……」

公爵夫人「公爵が認めたのであれば仕方ないわね。それじゃあ、今後はどうぞよろしくお願いしますね、ウェッテ、先、生。」

ウイスキー「ええ、よろしくお願いします。公爵夫人。」

どうしてか執事は、ウイスキーが礼の際に浮かべた笑みに違和感を感じずにはいられなかった。

執事(奥様とウェッテ先生…まさか以前に会ったことが?)

公爵夫人「もう退がりなさい、アフターヌーンティーの邪魔よ。」

執事「はい…」


1-9-ホルスの眼

事件当日

時の館


公爵夫人が礼服の試着をしていた時、突然そこに一人の召使いが訪れ、執事が探している旨を伝えた。

公爵夫人「いったい何事? どうして公爵ではなく、わたくしに?」

執事「奥様……ガゼット様が……何者かに命を……」

話を聞いても公爵夫人は落ち着いた様子で衣服を選んでいる。

公爵夫人「どこなの?」

執事はあまりに落ち着いた反応に一瞬戸惑いを隠せなかった。

執事「しょ、書斎でございます。奥様……」

公爵夫人「今このことをしている者は誰なのかしら?」

執事「誰にも言っておりません…召使いは全て一階に集め、二階へ行くことを禁じております。そうでした! ウェッテ先生も知っておられます。私たち二人が現場を発見しましたので……」

フルーツタルトの手がようやく止まった。目には奇妙な笑いが浮かんだ。

公爵夫人「わかったわ。貴方、「ホルスの眼」は知っていて?」

執事「「ホルスの眼」…あの食霊執法機関ですか? 奥様、まさか食霊の仕業だと? ですが、この館に食霊は……」

公爵夫人「スフレ? 彼にそんな度胸はないわよ? でもそれ以外に何もないとは限らないでしょう? 時の館の隠し事なんて、少し調べてみればわかるわ。」

公爵夫人「とにかく、あなたは先に二階へ行きなさい。着替えたら向かうわ。」

執事「で、ですが……」

公爵夫人「心配ないわ、ウェッテ先生も来ているのでしょう? 彼を甘く見ないことね、彼は単に病の治療ができる医師ってだけじゃないわ。「ホルスの眼」が来るまでは彼の指示に従いなさい。」

執事「はい…」

幕間Ⅱ

2-1-クッキーの形

事件当日

書斎

 

 書斎の机の状態は荒れたものだった。

ワインの入ったグラス、書籍、薬箱に書類が乱雑に積まれていた。そんな状態でもスフレのデザートはすぐに見つけることができた。

フランスパンスフレはデザートを届けに門を開けた途端、気を失ってしまったと言っていた……ならどうしてデザートは机の上に置いてあるのでしょう?まさかこれを送り届ける振りをして公爵を……)

フランスパンは机の前に立ち、デザートの乗った皿を観察する。

皿には明らかに街で売られている物よりも高価なバタークッキーが並べられている。

クッキーに違いはなく、どれもまるで芸術品かのように繊細に花紋が彫られている。

盛り付けも凝ったもので、クッキーがまるで花のように並べられていた。

フランスパン(ですが……)

クッキー本体はどうも人を満足させるには惜しいものだった。いくつかのクッキーが形を崩していたのだ。

フランスパン(どこかおかしい、クッキーは綺麗に並べられている。つまり、襲撃にあった時にクッキーは無事だったはず。

それなのにクッキーには形の崩れたものがある)

フランスパン(まさか持ってくる時からこの状態だったということでしょうか?ですがスフレは公爵夫人の使用人。そのようなミスを犯すでしょうか?)


2-2-異常

一年前

時の館


メイド「執事様、執事様、大変です!」

執事「どうしました、慌てて。」

メイド「スフレが!ス、スフレが召使いの一人と喧嘩をはじめたんです!」

執事「ははは、今日はエイプリルフールですか?あのスフレが喧嘩など、太陽が西から昇るようなものですよ。冗談はいいですから、時計は全て綺麗にしましたか?もうじきガゼット様がお見えになりますよ。」

メイド「執事様、本当なんです!食事場で私たち召使いの一人がスフレの食事姿を子供のようだと言ったのが原因のようで。もう、大暴れで大変なんです!」

執事「そんな……わかりました。すぐに向かいます。ガゼット様が見て機嫌を悪くされたらいけません。」

執事「スフレ?これはどういうことです?」

 執事が食堂に駆けつけるとあたりは血痕だらけで、やられた召使いは既に医師の元へ連れていかれた後だった。そしてスフレは食事場の一角で蹲っていた。

執事「他のものは仕事に戻りなさい!こんなところで立っていてどうするんです!」

執事の声を聞いて現場にいた他の召使いたちはその場を離れた。

執事「……スフレ?大丈夫ですか?」

スフレは顔を上げたが、その表情は状況を飲み込めないようだった。

スフレ「執事様?わたくしは……どうしてここに?」

執事「……先ほど起こった事を覚えていないのですか?」

スフレ「わたくしはご飯を食べていて……それから?うー」

執事「……」

執事(まさか嘘をついているとは思えませんが…)

ちょうど執事が詳しい話を聞こうとした時、突然宝石のような輝きを放つ蝶が食事場入り口から飛んで来た。その後を追うようにヒールの音が響いてくる。

公爵夫人「スフレ、もうアフタヌーンティーの時間ですわよ!こんなことも覚えられないようなら、辞めてしまいなさい。」

スフレ「奥様!あ!す、すぐに用意致します!」

スフレは公爵夫人を見て慌てて起き上がり、そのまま厨房へと向かった。

公爵夫人は続けて執事の方を見る。

公爵夫人「執事さん、食事時でなくとも、食堂は清潔にしておくものではないのかしら?」

執事「はい、すぐに清掃をさせます。」

公爵夫人は返事もなしに振り返り、その場から立ち去った。


2-3-傷跡

一年前

公爵邸


執事「スフレを見ましたか?」

しばらくスフレの姿を見ていない執事は、召使いを引き止めて尋ねた。

ボーイ「いいえ。私も先ほどから見ていません。」

執事「……ガゼット様の誕生日は一年で最も忙しいというのに、いったいどこへ?」

執事「わかりました。もし見かけたら応接室まで来て手を貸すようにと伝えてください。」

ボーイ「はい、承知しました。」

執事は眉をひそめながらも応接室へと向かい自身の仕事をこなしはじめる。

しかし、誕生パーティーがはじまっても、スフレは姿を現すことことはなく、執事は仕方なく他の召使いの手を借りた。

パーティ終了後。執事はようやく館の廊下でスフレの姿を見つける。

執事「スフレ!どこにいっていたんですか」

だが、スフレはまるでその呼びかけが聞こえないかのように、静かに執事の横を通り過ぎていった。

執事「………?」

執事「スフレ、聞いていますか。答えなさい!いったいどこに!」

執事は声を荒立てながらスフレに呼びかけたが、それでも反応はなく。スフレはそのまま自身の部屋の方へ歩いて行った。

執事(……今日のスフレはいったい?)


2-4-鍵

事件当日

時の館


 ブルーチーズが慌てたように部屋に入り、そっと扉を閉める。オペラはその時ベッド横で楽譜をめくっていたが、物音を聞いて顔をあげる。そこには明らかに普段と様子の違うブルーチーズの姿があった。

オペラ「公爵に何かされたのか?」

 オペラは心配そうな眼差しでブルーチーズを見る。ブルーチーズ一人に公爵との面会を任せたこともあり、申し訳ない気持ちもあった。

ブルーチーズ「いいえ……何かされるようなことは永遠に来ないかもしれません。」

オペラ「……?」

 ブルーチーズはしばらく沈黙した後、手に握っていた銅の鍵を見せる。

ブルーチーズ「これは地下牢の鍵です……公爵……彼は亡くなりました……」

 オペラは驚いたように持っていた楽譜を落とす。

ブルーチーズ「大丈夫です。道中誰にもあっていません。ただ、昨日君の人形を送った者も公爵の横で倒れていました。少し面倒なことになりそうです。」

オペラ「……スフレ?」

ブルーチーズ「ええ、詳しくは後で話します、今は先に事件が大事になる前に地下牢の場所を見つけておかなくては。おそらく……」

オペラ「……」

 オペラは話しながら時の館の地図を取り出すブルーチーズを見た後、机の上にある人形をじっと見つめた。

オペラスフレ、彼は……」

ブルーチーズ「僕が思うに入り口はやっぱり書斎にある……うん?何か言いました?」

トントントン。

唐突なノック音がオペラの声を遮る。ブルーチーズは鍵をしまい、オペラとアイコンタクトを交わす。そして、ドアを開けることには二人は何事もなかったかの表情になっていた。

ブルーチーズ「執事さんでしたか、どうしました?」

執事「お二方、ガゼット様が……亡くなられました。奥様の意向ですでにホルスの眼の方に連絡しました。調査協力のために応接室へ来ていただけますか?」


2-5-火災

 毎年八月二十五日、公爵は盛大な誕生パーティーを開く。

 今日も例外ではない、パーティーには各方面の著名人が出席していたこともあり、執事は円滑な進行のために奮闘し、就寝は深夜になってからだった。しかし、次の朝には普段通り公爵のための朝食を朝早くから準備をしていた。

公爵「お?ははははー」

 公爵は朝食を食べながら新聞を読んでいた。そこにはどうやら公爵が興味を持つ内容もあったようで、執事もそれが気になった。

執事「ガゼット様?」

公爵「見ろ、子爵邸が燃えてなくなったそうだぞ。」

それを聞いて、執事は目と口とを見開き驚きを隠せないでいた。

執事「そ…そんな。子爵邸はかなり大きな建物のはず……それがなぜ?」

公爵「だからこそ人の目を騙す情報かも知れん。こうしよう、執事よ。あとで様子を見てくるのだ。」

執事「……はい。」


2-6-スティーブンの思い出

数年前

公爵邸


 スティーブンが初めてリリアと出会ったのはある晴れた昼下がりのことだった。

 幼いスティーブンは召使いと共に草原でゲームをしていた。そんな時、意識は日の光も通さぬ人影に向く。

 リリアは日傘を持ち、静かにその影の中に立って、遠くを眺めていた。夏風が吹き抜け、彼女の髪をかびかせたが、それでも彼女に暖かさをもたらすことはできなかった。

スティーブン(なんて美しい方なんだ……)

 彼女はスティーブンの視線に気がついたのか、振り返り微笑みながら一礼をする。

スティーブン「!」

スティーブン「あの女性はどなたです?見たことない方です。」

 小さなスティーブンは召使の袖を引きながら質問する。

メイド「坊ちゃま、あの方はリリア夫人でございます。ガゼット様の奥様ですよ。」

スティーブン「リリア……リリアというのですね。」

 スティーブンは背筋を伸ばして紳士の立ち振る舞いをもってリリアのもとへ歩み寄る。

スティーブン「リリアさん……あの……!」

スティーブン「コホン!お初にお目にかかります、私はスティーブンと申します。」

リリア「ごきげんよう、スティーブン様。」

スティーブン「本日は日の光が眩しくて、とても良い天気ですね。貴方はどう思いますか?天気は快晴、光が満ち溢れている……」

リリア「ふふっ、今日は写真を撮るのにはぴったりな日ですね。」

 リリアは撮影者がカメラをもって走ってくるのを見て、目線をおろす。

スティーブン「あの……あの……」

リリア「……ふふ、スティーブン様、よかったらわたくしと一緒に写真を撮っていただけませんか?」

スティーブン「え!?よ、よろしいのですか!?」

 リリアは口をおさえて品良く笑った。彼女の微笑みは無垢な小動物を見るようだ。その目は滑らかな弧を描いて、スティーブンへと向けられていた。

リリア「あなたが良かったら是非。貴方とわたくしが出会った記念の写真ですね。わたくしとの写真を大切にしてくださったら、わたくし、とてもうれしいわ。」


2-7-毒

数か月前

公爵邸


ウイスキー「執事さん、お時間よろしいですか? 」

執事「ウェッテ先生、いかがさないましたか? 」

ウイスキー「ええ……少々お話しておきたいことがありましてね。」

 執事は何事かと疑問を持ちつつも、ウイスキーと共に廊下の角の方へやっと来た。

執事「ウェッテ先生……いったい何があったんです? 」

ウイスキー「執事さん。おそらくですが……何者かが公爵に毒を持っている可能性があります。」

執事「……なんですって!? ……ですがこのような大事は先に……」

ウイスキー「わかっていますとも。ただ、現段階では私の推測でしかありませんから。」

ウイスキー「手元に証拠もなく、誰が犯人かもわからない状況では公爵様には教えられませんよ。」

ウイスキー「貴方ならわかるでしょう、公爵様の性格上、このことが知れれば街中の人々を……」

 執事は納得したかのようにため息をつく。

執事「……そうですね。やはりウェッテ先生は考えが行き届いていらっしゃる……」

執事「この件は大事には出来ません、ウェッテ先生もくれぐれも……」

ウイスキー「当然ですよ、公爵様の安全のためにも、執事さんにも苦労をおかけします。」

執事「これは私がすべきことですよ。このような状況になったのも私の不手際……教えて頂き感謝します。」

2-8-絵の中の眼

事件当日

書斎


 現場がいくら荒れていようとも、どんな手がかりも見逃す訳にはいかない。この時、カーテンの一角にある不自然な凹凸がフランスパンの注意を引いた。

フランスパン(これは? )

 フランスパンはカーテンに近づき、勢いよく開いた。するとそこにあったのは木製のキャンバスだった。上には絵が描かれており、その下には現れた筆と絵の具があった。

フランスパン(公爵は絵が好きなのでしょうか……以前の調査ではそんな情報は。ですが、どうもこの絵の内容は違和感を覚えますね……)

 背景は真っ暗で、その虚構のなかに二つの眼が描かれており、その眼の冷ややかさはさながら死水のようだ。この絵を形容するならば絶望の二文字が合うだろう。

 この絵を見て、青藍色の眼と向き合う時、フランスパンは心に穴が空いたような気分になる。

フランスパン(作品の観点から言えば、この絵は確かにインパクトがありますね)

 フランスパンは一度深呼吸をしてから、再びその絵を観察する。

絵の一部はまだ絵の具が乾いておらず、逆に乾ききっている部分もあった。

フランスパン(どうやらこの絵は現在も修正が行われているようですね。絵の具の渇き具合を見るに今日も一度修正を……まさか公爵が被害に会う前、この絵を描いていたのでしょうか?犯人はどうしてこの絵を隠そうと? )

 フランスパンは法典を触りながら様々な可能性を模索する。

フランスパンは眉間にしわを寄せ、唇を噛み締めながらも、なかなか考えがはっきりまとまらない。ただ、どうしてもその絵の眼には見覚えがあるように思えた。

フランスパン(私はどこかでこの目を見たことがあるような? )

 自身の記憶を呼び起こす、フランスパンが自身の額を軽く叩いていると、何かが閃いた。

フランスパン(あ!これは公爵夫人の眼じゃないですか! )

 脳裏に散らばる記憶の破片を組み立てると、確かにリアルさは薄れているものの、確かにその絵は公爵夫人の目を描いたものであると確信できた。

 だがその絵と今一度向き合って見ると、その両目にこもった感情がフランスパンの心に迷いを生じさせる。

フランスパン(あの公爵夫人の眼。公爵の死を知ってもなお生き生きとしていたのに。いったいどんな過去が彼女の目をこの絵のようにしたのだろう? )

2-9-公爵を恨む者

事件当日

応接室


フランスパン「公爵様は誰かに恨みをかわれていたりしましたか? 」

公爵夫人「彼を憎む者は数え切れませんわね。」

執事「奥様……」

 公爵夫人が執事の方を見る。

執事「……失言いたしました。」

 執事の言葉を聞き、公爵夫人は何かを思いついたかのような笑みをうかべる。

公爵夫人「公爵は生前傲慢な態度ばかりで、悪事も数多く働いていたわ。特にここ数年体を悪くしたことで、いつも誰かに危害を加えられているんじゃないかって疑っていたわよ。」

執事「奥様……」

 公爵夫人は不満げな眼差しでそばにいた執事を一瞥する。

それは冷ややかな笑い声さえ聞こえてくるようだった。

公爵夫人「見なさい。主人が亡くなってもなお忠誠を示す犬でなきゃ、彼も信用できなかったでしょう。」

執事「……」

公爵夫人「どうしたのかしら?わたくしの言葉に間違いでも? 」

執事「滅相もございません。」

幕間Ⅲ

3-1-アンウェン

一年前

執事夫人「あなた、アンウェンに会いたいわ……」

執事「アンウェンは執事見習いとして訓練中です。邪魔をしてはいけませんよ。」

執事夫人「でも、もう長い間会っていないのよ?」

執事夫人「顔どころか、お便りもありませんし。以前はお便りを返してくれたのに、何かあったんじゃ……? 何か辛い思いをして、ひとりで耐えているのかもしれないわ。」

執事「縁起でもない。きっと忙しさに便りを書く暇もないのですよ。」

執事「私の忙しさを知っているでしょう。私でさえこの忙しさなのですから、見習いのアンウェンはそんな私より覚えなければならないことが山積みですよ。」

執事「落ち着いたら連絡もくると思います。あまり、変な考えをするものじゃありませんよ。」

執事夫人「……ただ一眼姿を見れるだけどもいいのに! もうこんなに長い時間……」

執事夫人「あなた、何か方法はないのでしょうか? ただ会いたいだけなのです。邪魔などしません」

執事「……はあ、君という人は。」

執事「わかりました……ガゼット様に相談してみます。何か方法があるかもしれませんし。」


3-2-限りある時間

事件当日

応接室の一角

フランスパン「執事さん、私は少々館内の他の場所を調査したいので、皆さんを食堂で休ませておいてもらえますでしょうか、必ず真相を突き止めますので。」

執事「それは……」

 執事はフランスパンの意向に難色を示し、救いの手をと公爵夫人を見る。

 彼からすれば会ったばかりの者に館内を自由に動き回られ、何かありでもすると責任問題になってしまう。かと言って自身の職務を投げ出してフランスパンについてまわることも出来ないと考えたのだ。

公爵夫人「裁決官様、館の調査は認めるわ。ですが、夜のパーティーまで時間は二時間。それまでに解決していただきますわよ。」

フランスパン「分かっています。」

 フランスパンは公爵夫人の音葉を聞いて握った拳に力が入る。

フランスパン(2時間……必ず真相を突き止めなければ!)

執事「奥様がそうおっしゃるのであればどうでしょう。皆様食堂で少々休まれてはいかがですか? 私がフルーツなどを用意いたしますので。」

 執事は皆を案内した後、フランスパンのもとへ行き一つの鍵を手渡した。

執事「貴方の身分は保証いたします。ただ、時間が限られているということはお忘れなきよう。」

フランスパン「はい、必ず皆さんが納得のいく答えを見つけますよ。」


3-3-出入り制限

 時の館の厳重な警備のなかで唯一の出入り口。そこで一人のニュースボーイが行ったり来たりと入り口を見ていた。

フランスパン「こんにちは。」

新聞売り「うわ!」

 声をかけられたニュースボーイはすぐさま逃げ出そうとするが、フランスパンがその手を掴んで引き止める。

新聞売り「ぼ、僕はただ新聞を売りに来ただけで。盗撮なんてしてませんから!」

 子供の恐怖する表情を見てフランスパンはしゃがみこみ、優しく男の子の頭を撫でた。

フランスパン「怖くないですよ、ただ聞きたいことがあるんです。」

新聞売り「なに?」

フランスパン「いつからここにいますか?」

新聞売り「今日は一日中ここにいたよ……ぼ、僕のカメラを取りに来たんじゃないの?」

フランスパン「違いますよ。ずっとここで誰かを待っていたんですか?」

新聞売り「今日幻楽歌劇団のキャストが来るって聞いてたから、写真をとって、新聞社に売ろうと……」

フランスパン「お? 何か撮れたんですか?」

新聞売り「出入りする人は数えるほどもいなかったよ。午後に一台の馬車が来て、一人の執事さんが白衣の男の人を連れて入っていったんだ。その後召使いの人が出て来て、三十分くらいで遠くにいた人を一人連れて入ったよ。」

フランスパン(どうやら……犯人はまだ屋敷の中にいるようですね)


3-4-童話

事件当日

書斎

 公爵の書斎には大きな本棚がある。本棚には様々な書物があったが、多くは落ち着いた色のものだった。しかし、そんな中で一冊の真っ赤な本が目をひく。ちょうどフランスパンが気になる本を取り出そうとした時、一羽の赤い蝶がフランスパンのすく横を去っていく。その蝶が夕日の光に照らされ輝く姿はとても幻想的なものだった。

フランスパン(蝶?)

 フランスパンはその蝶を目で追おうと振り返るが、そこに蝶の姿はなく、まるで幻覚を見ていたかのように静かな書斎の景色が広がっているだけだった。フランスパンは自分の目をこすって冷静さを取り戻す。

 フランスパンは再び手にとった本を見る。それは他の本とは少し違うものだった。ページをめくるとそれは印刷されたものというより、何者かによって書かれたもののようだった。ただ本の見た目から考えるとかなり長い時間手を加えられていないようだった。

 作者の字は優雅なもので、フランスパンの知っている誰のものとも一致しない。

『一角獣の角は天使の人参、』

『守宮の尾は黒蛇の毒、』

『赤き蝶は魔女の眷属。』

フランスパン(赤き蝶? 魔女? まさかあの蝶は!? ……いえいえいえ!)

 フランスパンは首を左右に振り、一瞬自分の脳裏をよぎった考えを必死になかったことにし、再び部屋の調査にもどっていった。


3-5-薬の届け人

 一階に集まっていた召使いたちは背伸びをしたりリラックスしているようだった。そんな様子を見たフランスパンは首を横に振る。

フランスパン(もしかしたら彼らにとって、パーティーが中止になるのはいいことなんでしょうか。はぁ……これですから貴族というのは……)

ボーイ「裁決官様、どうなさいましたか? 執事様より、調査に協力するよう仰せつかっております。」

フランスパン「そうですね……では、スティーブン様は普段どんな方ですか?」

ボーイ「スティーブン様ですか? ガゼット様の甥にあたり、遺産の相続者です……私どもにも良くしていただいていますし、態度が悪いというわけではないのですが……貴族ですから、どこか私どものような者を見下してはいます。そういえば、ガゼット様のこととなるととても気を遣われていましたね。」

フランスパン「おかしいですね?」

ボーイ「例えば、普段ガゼット様の食べられる食事でさえスティーブン様自らお届けになられていました。この時だけは私どもにも見栄をはるような態度はありませんでした。」

フランスパン「その他にも何かありますか?」

ボーイ「そうですね……私もこれ以上のことは。」

フランスパン「わかりました、ありがとうございます。」


3-6-金庫

center:事件当日

center:書斎

 書斎の装飾は多くはなく、部屋の中でも金庫が最も手がかりのありそうな場所だと言える。金庫のパスワードである四桁の数字はいったい?

フランスパン(うーん……私の考えに間違いがなければ、公爵のような時間を重視する人であれば、何かの日付の可能性は高いかもしれません。公爵の性格からすると……他人に関係する日付は使わないでしょう。そういえば、執事さんが今日は公爵様の誕生日と言っていましたね!)

 フランスパンは金庫の鍵に今日の日付である『0825』をいれた。

 ガチャ。

フランスパン(やはり……)

 金庫の中には様々な書類があった。ざっと見て見るとそこには違法な交易の記録……公爵の資産についてなどと、やはり公爵には裏があった。だが、これらは今夏の事件との関係は薄い。

フランスパン(財務記録に契約書……おや、これはいったい?)

 それは名簿のようなもので、顔写真付きで個人情報が記載されていた。名簿の資料の後ろには括弧があるが、その中の内容はどれも別人の情報のようだった。

フランスパン(…逃亡犯、失踪、生死不明……陰陽ファイルでしょうか?)

 フランスパンは眉をしかめる。

フランスパン(この者たちはいったい? 『0825』という日付に何か関係があるのでしょうか? それともただの公爵の重要書類なのでしょうか?)


3-7-投降

事件当日

書斎

金庫の底には封筒の挟まれたファイルがあった。

中の封筒に触れて見ると使用されている紙質が明らかに他より上質なもので、上に押された紋章はフランスパンの見覚えのあるものだった。

フランスパン(まさかこれは……)

フランスパンは携帯していた法典から子爵邸事件の資料を抜き出す。

フランスパン(やはり!同じ紋章ですね。これは子爵邸からの便りで間違いなさそうです)

フランスパンは封筒の一つを開け、中の内容を確かめると確かにすでに亡くなった子爵自らが書いたものだった。

手紙の内容はこれといって意味のあるものではなかったものの、文末には気になる内容があった。

「――私は貴方に忠誠を捧げます。私の全ては貴方のために」

それは自身の忠誠心をアピールするための手紙だった。

フランスパン(公爵の性格上、簡単に他人を信用したりはしないはず)

フランスパン(子爵がこのような手紙を送ったところで受け入れられるとは思えませんが……)

フランスパン(ですが、もしこの手紙のような忠誠心にわずかでも綻びを見てしまったなら、公爵は手段を選ばないでしょうね)

フランスパン(……推測の域を出ませんが)

フランスパンは手紙を封筒に戻し、自分の法典に挟んだ。


3-8-変化

事件当日

食堂

執事がフランスパンの調査のため部屋を案内している頃、食堂では裁決官がいないからか、少しばかり空気が軽くなっていた。

スフレは相変わらず我が物顔で公爵夫人の後ろに立っていた。臆することなく、オペラを見ている。しかし見えない。彼は空気のようだった。その様子にスフレは愉快そうに口笛を吹いた。

スフレ「そろそろあの臆病者が起きる頃だな、どうやら……またの機会に、だな、オペラ。」

オペラ「……」

スフレはそんな言葉を残して目を閉じた。数秒後に目を開いた時には雰囲気がガラリと変わる。

スフレ「……あれ???わたくしは……お、奥様……」

公爵夫人「黙りなさい。」

スフレ「!!」

夫人の声にスフレは口をぎゅっと閉じる。状況が呑み込めず、目が潤んでいたものの、質問の一つも聞くことはできなかった。

ブルーチーズ「……この方は確かにどこかおかしいですね、気をつけてください。」

オペラ「……ああ。」

オペラはそう言いながらスフレを見る。この時オペラの視線に気付いたスフレは何かを言いたげだったが、ためらった様子で、そのままうつむいた。そして、その後は何も話すことはなかった。

オペラはそんなスフレをしばらく観察したが、俯いたまま何を思っているのか読めなかった。


3-9-奇怪な来客

事件当日

応接室の一角

執事は鍵を受け取ってその場を後にしようとするフランスパンを見て眉をひそめる。

執事「あ……お待ちください!」

調査に向かおうとしていたフランスパンは執事の声に引き止められた。執事は何かを言いたげな表情をしていた。

フランスパン「どうかなさいましたか?何か見てはいけないような場所があるのでしたら教えてください。」

執事はしばらく考え込んでからようやく口を開く。

執事「時間は限られています、私が思うに、調査の重点を館の者以外においてはいかがでしょうか。」

フランスパン「館の者以外?」

執事「裏でお客様に意見を言うのは礼儀のないことではありますが、状況が状況ですので……」

フランスパン「お客様……ブルーチーズオペラのことでしょうか?」

執事「そうです。」

フランスパン「彼らは公爵様の招待できたのでは?」

執事「表面上は招待ということになっていますが、実際はガゼット様が裏で手を回しておりまして……本来は来るつもりはなかったのかと思います。昨日もオペラ様は歌うのが嫌で書斎で激怒されていましたので。」

フランスパン「つまり、彼らがここにきたのは脅迫されたからだと?」

執事「具体的には私も存じておりません。ただ、当時私は部屋の外にいたのですが、オペラ様がガゼット様に向かって「これ以上迷言を口にするのであれば、こちらも手段は選べない……後悔するなよ」などという声が聞こえました。」

フランスパン「わかりました。その件はしっかり調査しますね。」

幕間Ⅳ

4-1-人形

事件当日

時の館客室


フランスパンが戸を開けと、その部屋は他の部屋とは違い、あまり多くの装飾は施されていなかった。

シーツも綺麗なままで、隣に置いてあったキャリーケースだけが、そこに人が住んでいるということを物語っている。

フランスパン「おや?これは?」

机の上にはポツンと一体の人形と、メッセージカードが置かれていた。

フランスパンがテーブルの前に来て、その精巧にできた人形を手に取ってよく調べてみると、それはなんとオペラを小さくしたような人形だった!

フランスパン「まるで本物みたいですね……ブルーチーズが作ったのでしょうか?」

フランスパンは続けてメッセージカードを手に取って見る。

「親愛なるオペラへ――スフレより」

そのカードに書かれた名前にフランスパンは驚いた。

フランスパン(まさかスフレがこれを)

フランスパンは手に持った人形とカードを元の場所へと戻す。机の上に置かれた人形は実に精巧に作られており、縫い目も上手く見えないように隠されていた。

機械で作ったような精巧だが、ラベルがついていない。きっとスフレが相当な手間をかけて作ったのだろう。

フランスパンは、応接室でオペラの歌を聴いた時のスフレの反応を思い出し、以前から知っていたに違いないと考えた。

4-2-楽譜

ブルーチーズオペラの部屋はさっぱりしたもので、自分たちの荷物さえも広げた跡がなかった。

彼らはここで長居したくないと考えていたであろうが、公爵は確かに十分良い部屋を手配していたのだと感じる。

彼らはあまり多くの荷物は出しておらず、必需品程度だ。そしてオペラの荷物で最も多かったのはなぜか喉飴だった。

ブルーチーズの荷物はオペラよりもさらにシンプルで、必需品以外バックの上に乗っていた楽譜ぐらいだ。

フランスパン「ん?楽譜でしょうか?書きかけのようですが。」

ベットの枕元にある引き出しには制作中の楽譜があった。手書きで書かれたその楽譜は何度も手直しされており、たくさんのコメントが記されていた。

フランスパン(この筆跡は……ひとりではない。何人かの手で書かれたもののようです)

フランスパンは音楽に対して専門的な知識はなかったものの、歌詞を見るだけで、この曲にかけた製作者の思いが伝わってくる。

フランスパンが楽譜をめくっていると、右下にはふたりの見知った名が記されていた――【オペラ&ブルーチーズ

フランスパンオペラブルーチーズ……彼らが書いたものだったんですね?」

フランスパン(あのふたりの関係は、良好であるのでしょう)

4-3-巨大な鏡

フランスパンは時の館最北端の廊下を歩いていた。

U字の廊下には窓があったものの光はあまり射さないようですね。このような薄暗い場所には大概、怪しげな何かが隠されているものだ。

フランスパンはそんな推理のもとあたりを探索し、ある扉を見つける。

その門に錠はなく軽く押しただけで開いた。

開いたはいいものの部屋の中は暗闇に包まれている。さらに廊下の暗闇が部屋の暗さが侵食してしまったのか……はたまたその逆か、全くわからないほど同じ空間のように思えた。

フランスパン「すぐに目も慣れるでしょう。このような不思議な現象に私は翻弄されたりしませんよ。」

フランスパンは無表情のまま部屋に足を踏み入れる。

しばらくして、彼はあたりの暗闇にも慣れ、やっと辺りの状況を正確に認識できた。

やはり同じ空間ではなかった。まぁ、わかっていたことですが。

近くにはシングルベット、遠くには……誰かが立っているようだった。

だがフランスパンは躊躇しない。足を止めることなく、その人影に向かって進んでいく。

その人影は次第に大きくなるが、攻撃の意思はないようだ。

近づいて見るとそれは大きな置き鏡だった。ベットの方を向いて置かれたその鏡は、まるでひとつの生き物のように錯覚させられる。そして、その鏡に近づく全てのものを見張っているように見えた。近づけば、丸飲みされたかのような感覚に陥る。

フランズパンは眉を顰めながらも鏡を通り過ぎて、その先にある窓のカーテンを一気に開ける。

そうしてやっと部屋に光が差し込み、全容があらわとなった。

その時、彼はやっとベットの上に置かれた何体かの人形をを見つける。その人形はどこか見覚えのある作りをしていた。

フランスパンオペラの部屋に置かれていた人形にそっくりですね。」

もう一方にある竹かごにはまだ完成していない人形と、縫い糸があった。

フランスパン「どうやら、ここがあの人形を作った人物の部屋のようですね。」

フランスパン「公爵夫人の執事であるスフレの部屋が……どうしてこんなところにあるんでしょう?この感じ……見るからにここに住んでいて快適とは思えません。」

フランスパン「こんな薄暗い部屋、公爵の死と関係あるんでしょうか?」

4-4-焼却炉

事件当日

時の館裏庭


時の館の広大な裏庭使用人たちの手によって美しく整備されていた。咲きほこる百合の花の清雅な香りはここに来る者を落ち着かせる。しかし、そんな雰囲気も焼却炉から吐き出される煙によって覆い隠されてしまっている。

フランスパンは煙をたどって歩く。すると、館の焼却炉を見つけた。

この焼却炉の前で使用人がふたり、なにやら口論しているようだった。

メイド「ここの燃料、あなたが持って行ったんでしょう! この燃料はお金になるものね!」

ボーイ「なに言ってるんだよ。今日の当番はお前だろう? 燃料を盗めるのはお前だけなのになんで俺が。」

メイド「少しここを離れた間に鍵と燃料が無くなったのよ。それでもあなた以外に誰がやったと思うの?」

フランスパン「何かありましたか?」

メイド「あ! 裁決官様!」

メイド「ちょうどいいところに来てくださいました。彼が燃料を盗んだせいで焼却炉が使えないんですよ!」

ボーイ「私はやってません!」

フランスパンは言い争うふたりの意見を聞きつつ、そのまま焼却炉の中を確認しに向かう。

フランスパン「おや? これはなんでしょう?」

一枚の布が灰の中から見つかった。何者かが慌てて焼却炉の中に投げたのだろう。他の者に見つかったら困る証拠に違いない。幸いにも灰の中に埋められていたお陰か、燃え残っていたようだった。

フランスパン「ふう……燃料が切れたおかげで、燃え残ったみたいですね。」

フランスパン「お聞きしたいのですが、今日何か服の布などのものを炉の中に入れましたか?」

メイド「そんなものは絶対にありませんでした!」

フランスパン(ということは……何者かが証拠隠滅を図ったようですね)

使用人のふたりは去っていくフランスパンの背中を見て、少しホッと息をついた。そのとき、唐突にフランスパンが振り返る。

フランスパン「どれだけ苦しい環境でも、生活がどれだけ苦しくても、今あるものを大切にしてください。道を外れたことをしてはいけません。裁決は誰に対しても平等に行われますから。」

メイド「は、はい!」

4-5-切り抜きノート

事件当日

執事の寝室


フランスパンは机の上に積まれた本から一冊のノートを抜き取る。

そのノートは初めからフランスパンの目を引いた。ノートは持ち主がよく使っていたからだろう、他のノートと比べ、かなり使い込まれているのが一瞬でわかった。

中を見ると、多くの新聞の切り抜きが貼られていた。フランスパンはその切り抜きの内容を見て驚きを隠せずにいた。

フランスパン(どうして子爵邸火災事件の記事を? 資料もかなり集めてられます。さらに、周辺住民への聞き込みまでメモしてあるなんて……)

フランスパン(どうして執事さんがこんなものを)

「関係者によると現場付近では火災直前に付近を徘徊している人影が目撃されており、何者かの放火と思われる。この火災により、子爵邸関係者の百人前後が亡くなった模様。」

この一行が赤ペンで幾重にもチェックをされていた。字が何か所かぼやけている。

フランスパン(執事さんはもしかして、この火災で大切な人を?)

フランスパンは子爵邸の現場の惨状を思い出し、ため息をつきながらもノートを元に戻した。そして本棚に目を向けた。

本も念のために確認したが、先ほどのノート以外に、手がかりになりそうなものを見つけられなかった。

4-6-ツーショット

事件当日

スティーブンの寝室


スティーブンのベットには豪華な服が置かれていた。おそらく今夜のパーティーで着るものだったのだろう。

机の引き出しにはスティーブンの財布があり、その中に白黒の写真があった。意外だったのはその写真はその写真は公爵夫人とのツーショット写真だったのだ。

写真ないのスティーブンはまだ幼い青年のようで、公爵夫人も満面のえみを浮かべていた。彼女の手にスティーブンの肩に置かれており、見た所中が良さそうに見える。

フランスパン「おかしいですね?」

フランスパンは応接室でのふたりのことを思い出し、どうしてあそこまで険悪になってしまったのだろうと考えた。

フランスパン(待ってください! この写真にはまだ何かある!)

フランスパンはもう一度写真をよく見る。スティーブンは随分と大切にこの写真を保存していたようだ。写真に記された日付を見ると、この写真は二十年ほど前のもののようだ……だがそこに映る公爵夫人の姿は今と全く変わっていなかった……。

フランスパン(健康に気を使っているからでしょうか? 女性のそういった問題に関しては事務所に戻ってから綿あめたちに聞いてみないことにはわかりませんね……。)

4-7-団長

半月前

旅□


目標の部屋の戸に鍵は掛かっておらず、人影が少し動いているのが見える。

ブルーチーズ「今回は逃げられませんよ!」

ブルーチーズは笑顔を浮かべながら、その戸を勢いよく開き、人影に向かって飛びついた。

ブルーチーズ「フッ、団長、やっと捕まえましたよ!———え?オペラ?」

オペラはちょうど門の横で何かを見ていた。突然現れたブルーチーズをゆっくりと振り返った。 ブルーチーズは腹立たしそうに乱れた髪を整え、目の前の冷めた人物を見る。

その後、あたりを見回した。続けてベッドの下、窓の裏、お手洗いと見て回って確認した。部屋はがらんとしており、オペラ以外誰もいないようだった。

ブルーチーズ「おかしいですね……部屋にもいないだなんて。どこに隠れたんでしょう?オペラ、君も団長を探しに?」

オペラ「ああ、これを見てくれ。団長がさらわれた。」

オペラの声は落ち着いたもので、頭を振り部屋の壁を見るように仕向ける。

ブルーチーズ「なんですか?うん?これは……」

彼の表情は次第に険しいものとなっていく。最後には額に手を当て、大きくため息をついた。

ブルーチーズ「……ガゼット公爵……またですか。今回は行かないとまずそうですね。オペラ、一緒に行きましょう。」

オペラは無言で頷く。

オペラ「今すぐ荷物をまとめて向かいましょう。時の館へ。」


4-8-足音

事件当日

時の館


 最後の部屋を調べ終わり、フランスパンは二階廊下に戻る。あたりは静かなもので、初めは騒いでいた使用人たちの議論の声も今では聞こえない。

事件に関係している人物の部屋は調べ終え、フランスパンは集めて来た手がかりについて考える。

彼の脳裏にゆっくりと推理が完成していく。

フランスパン(私の推理……はたして間違いないのでしょうか?)

スランスパン(残すは最後の一箇所。そこへ行けば真相が明らかになるかもしれません!)

フランスパンはそう心に言い聞かせ、目的の場所へと向かおうとした。その時、遠くから奇妙な音が聞こえた。

ドン—―ドン—―ドン——―

スランスパン(重たい足音、それにとてもゆっくりなもの。常識的に考えれば背が高く、体重の重い人物のはずですが……この時の館にそのような体型の人物はいたでしょうか?)

フランスパンは音が気になり、音のした上の階へと向かう。

三階にたどり着くとそこは長い廊下で、廊下の先がよく見えなかったが、確かになにやら気配を感じた。

彼がその正体を確かめようとした時、下の食堂の方で騒ぎが起こる。

フランスパン「何かあったんでしょうか?」

フランスパンは騒ぎに少々驚き、あまり多くは考えず振り返ってそのまま騒ぎの起きた方へと向かった。


4-9-家族団欒

事件当日

執事の寝室


 執事の寝室はとても清潔なものだった。見渡してみるとはじめに目に入るのが本棚、その後に整頓された机である。

フランスパンは机に近づいてやっと机上の本の背後にある写真たてを見つける。

それは家族写真だろうか、左に執事が、中央には可愛らしい男の子、そして右には執事の奥さんであろう優しげな女性がいた。

一家は写真の中ではとても幸せそうに見えた。

フランスパン「おかしな点はありませんね。」

スランスパンは写真から目線を外し、他の箇所を捜索し始める。

だがすぐに違和感に気づいた。この部屋の他の箇所には一切家族に関するものがないのだ。

以前はあったが今はないということなのだろうか。

フランスパン(見たくないのでしょうか……隠す必要があるとは思えませんが)

フランスパン(もう少し探してみましょう。もしかしたら他にも手がかりがあるかもしれません)

幕間Ⅴ

5-1-執事のミス

事件当日

時の館


フランスパン「すいません、執事さんは普段どのようなお方ですか?」

メイド「執事様ですか?私たちのことをよく思ってくれますよ。ガゼット様の機嫌を損ねてしまった時でも、肩を持ってくださるのです。」

メイド「もちろん、仕事も抜かりがありませんでしたので、ガゼット様も大変信頼されていました。」

フランスパン「では、今日の午後は何か変わった様子はありましたか?」

メイド「そうですねえ、執事様はずっと誕生パーティーのことで大忙しでしたね……」

メイド「あ!そういえば、気になる事がございます。」

メイド「今日の午後から執事様はすでにパーティー用の衣装を着られていたんです。」

メイド「普段であれば、汚れやシワがないように行事の直前まで着替えないのですが。」

メイド「この日は準備中に来ていた服を汚してしまったらしく、早めに着替えたんです。執事様のそんなミス滅多に見ないんですが。」


5-2-ファンからの手紙

事件当日

スフレの部屋


 フランスパンはあの大きな置き鏡が苦手に感じ、鏡を避けるように机の方へと向かって行った。

 机の引き出しに鍵はなく、すんなり開く事ができた。

フランスパン「これは?」

ノートの下にある便りがフランスパンの注意をひく。

フランスパンオペラ宛ての便り?どうして……まるでふたりが書いたような手紙ですね)

 一つの手紙に二つの筆跡……前半は整った綺麗な字、後半は荒々しい字になっていた。

 インクがあまりの筆圧によって手紙の上にいくつもの斑点をつくっていた。書き出しは一般的なファンの思いが綴られ、文末は狂気を感じさせるほどの内容になっている。

 「リリスやティモのようにずっと一緒にいられたらどれだけいいんだろう……俺を失望させるようなことはないよな?」

 フランスパンはなんとか荒々しく書かれたその一文を読み解いた。

 それは執念のようなものをひしひしと感じさせるものだった。

 フランスパンはこれを読んでふと思った。オペラがもしスフレを失望させるような事があるならば、どんな結末が待っているのか?

フランスパン「私の考えすぎであればいいんですが。」


5-3-日記帳

事件当日

執事の寝室


 フランスパンの手元には古びた一冊の日記帳があった。日記は水に浸かったのかインクが滲んで読めない部分があった。これは床板の裏に隠されていたものだ。

 日記の中に頻繁に登場する旦那とは公爵邸の執事のことである。

 フランスパンはその日記の薄いページをゆっくりとめくっていく。すると、あるページから後ろのページには同じ人物の名前が登場していた。

 「X月X日 晴れ

 アンウェンが選ばれた。彼は『母のもとに残りたい』と話していたけれど、またとない機会に、私も心苦しいところはあるけれど、彼が優秀な執事になれると信じて送り出そう。」

 「X月X日 曇り

 長い間アンウェンからの便りがない、今頃どうしているのでしょう?きっと忙しいのでしょう、少しは休めていればいいのだけれど……」

 「X月X日 小雨

 まあ同じ。また子爵邸の方に門の前で引き止められてしまった。彼らはどうしてアンウェンに会わせてくれないんでしょう。どうして…?ただ、どうしているか知りたいだけなのに。」

 「やったわ、子爵邸で使用人として働くチャンスが来たの!新しい環境で、待遇も今よりも悪いけれど、アンウェンのためなら!」

 日記はここで終わっていた。その後のページ―は空白であり、書く暇さえなかったのだろう。

フランスパン(執事さんの息子さん……子爵邸で一体なにがあったのでしょう?)


5-4-公爵夫人

数年前

公爵邸


スティーブン「―リリア!! 」

 スティーブンは力強く公爵夫人の部屋の門を押し開けたが、中にいたのは思っていた人物ではなかった。

 その時、聞き慣れた声が聞こえてくる。声がした方向を見ると、公爵夫人が椅子に腰掛け、アフタヌーンティーを楽しんでいた。

公爵夫人「ん? 誰だお前は。失礼な人間だ、礼節を知れ。淑女の部屋に入るのにノックもなしとはあまりに無礼ではないか? 」

スティーブン「リリア……? 重い病にかかったと聞きました。ですがなかなか会わせてもらえず……」

公爵夫人「病……? 確かに数日前までは体調は良くなかったが、それがおぬしと何の関係が? 」

スティーブン「リリア? ……どうしたんです? 」

公爵夫人「おお! 今、時計の鐘が四度なった!ここから先の時間は全てこのアフタヌーンティーを楽しむためにある! この時間は誰であっても邪魔することを許さぬ! それは、リリア……わらわと仲が良かったおぬしであっても同じだ! 」

スティーブン「リリア……いったいどうしたんですか!? 」

公爵夫人「何故おぬしはわらわを名前で呼ぶ? 「公爵夫人」と呼ぶのが正しいのではないか? 」

スティーブン「どうして急にそんなことを言うのです? ずっと私は貴方をリリアと呼んでいたではありませんか。リリア、本当にどうしたんですか? 私の知っているリリアはそんな話し方は……」

公爵夫人「なるほど……わかったぞ、おぬしの違和―ならばここからが本番だ! コホン……では改めて! 今後、そのようにわたくしを呼ぶことは許しませんわ。わたくしの部屋にノックもなしに立ち入ることも、名前で呼ぶのも許しません。わたくしは貴方に『礼節』を求めます。」

 スティーブンは鳥肌が立ち、思わず後ずさる。彼女の目はリリアのものだ。だが、その目にはリリアのような暖かさはなく、冷めきっていた。

スティーブン「あなたはリリアではない……どれほど見た目が同じでも、その中身がまるで違う!リリアは……もっと優しい人だった! 」

公爵夫人「ほう……? おぬし、どこまでリリアのことを理解できていたと思っている? 『優しさ』がリリアの本質だと? 」

 公爵夫人の髪飾りにある赤い蝶をかたどった宝石が日の光を浴びて光り輝いている。それはまるで蝶が羽ばたいているような錯覚を起こさせるものだった。

公爵夫人「もういいわ、こんな茶番は。わたくしは公爵夫人です。どこからどうみてもそうでしょう? そうでなければ、何故ここでこんな風にお茶を飲むことができて? 」

公爵夫人「理解できたようね……ならば結構。執事はどこですか! すぐにここに来てちょうだい! お客様がお帰りです! お見送りしてあげてちょうだい!! 」

5-5-名簿

事件当日

ホルスの眼


 ザッハトルテが事件の調査ファイルに目を通していた。

綿あめは心ここに在らずといった様子で何かを書いている。

ザッハトルテ「どうしたのです、集中できていないようですね。」

綿あめ「……ザッハトルテ、どうして今回はフランスパンが一人で調査に行くのを許可したの? あそこの公爵邸は危険だって言ってたよね? 」

ザッハトルテ「危険は成長を諭します。彼もホルスの眼として長いですし、いつまでも僕がついているわけにはいきませんよ。」

綿あめ「え? これからはフランスパンと別々で任務をするの? 」

ザッハトルテ「もしかしたら彼からその申し出が来るかもしれませんね。」

綿あめ「それはないと思うなぁ。」

 その言葉に、ザッハトルテは優しく本の上に手を置く。

綿あめ「だってザッハトルテと一緒だったら、いつだって美味しいものが集まったところに行けるし。」

ザッハトルテ「……綿あめ、そんなことを考えていてはいつまでたっても司法試験に受かりませんよ? 」

綿あめ「うう~……! 次は絶対受かるもん! 」

 綿あめは可愛らしく舌を少し出してから、勉強に戻る。

 ザッハトルテもそんな綿あめを微笑みながら見届け、再び調査ファイルに目を通しはじめる。

だがザッハトルテの表情が急に曇る。グルイラオの失踪者リストに目を通していた時に、いくつかの名前に見覚えがあったのだ。

ザッハトルテ「どこかで……」

 ザッハトルテは指と指をこすらせて記憶を思い返す。すると彼は突然立ち上がり、外へと出て行った。

綿あめ「どこいくのー? 綿あめも連れてってよぅ! 」

 しばらくして彼が戻ると、その表情は一変しており、せかせかと荷物をまとめ始めた。

綿あめ「ど、どうしたの? なにか緊急事態? 」

ザッハトルテ綿あめ、何にか前に送られてきた匿名の通報を覚えてますか? 」

綿あめ「うん! 覚えてるよ。確か幻楽歌劇団の団員の身分が怪しいから調査してほしいって内容だったよね? 」

ザッハトルテ「先程、失踪者リストでその団員と同じ名前と顔写真を見つけました。失踪時間は九十年前です。」

綿あめ「九十年!? ということは……その人が生きているってことは……人間じゃないかも! わかった、食霊だね! 」

ザッハトルテ「もう一つの可能性もあります。」

ザッハトルテ「堕神です。」

綿あめ「ええ!? 」

 綿あめは驚いた表情でザッハトルテが荷物をまとめるのを見る。

綿あめ「どこにいくの? 」

ザッハトルテ「公爵邸。私が本来受け取っていた招待状には幻楽歌劇団の主演が来ると書かれていました。」

綿あめ「もしかしたら、フランスパンが探してる犯人は堕神が化けたものかもって事?? 」

ザッハトルテターダッキンを探して来てください。彼女の力が必要です。この事件簡単ではありません。」

 ザッハトルテはそう言うと、すぐさま門を飛び出した。

5-6-食霊

数年前

公爵邸


 公爵邸が宴会を開くらしい。今回は公爵様が食霊召喚に成功した祝いだという。国王は彼に大きな土地を贈呈するようだ。

スティーブン「叔父様、食霊召喚おめでとうございます! 」

公爵「ありがとう、スティーブンよ。」

スティーブン「叔父様、今夜の宴会で食霊はお披露目になるのですか? 名前は? 」

公爵「ああいったものは影として存在しておれば良い。多すぎる人脈と名は問題を招くだけだ。」

スティーブン「さすがは叔父様……では、私には会わせていただけるのでしょうか? 」

公爵「このようなことに時間を割くくらいならば、出席する貴族に顔でも売ってこい。彼らとの人脈こそが今後のメリットに繋がるのだ。わかったな? 」

スティーブン「はい……叔父様のおっしゃる通りです。」

5-7-アフタヌーンティー

 某年某日、公爵夫人はどこからかスフレという食霊を連れ帰り、自身のそば付きとした。

 この件に関しては公爵も反対していたが、止めることはせず、黙認していた。

 スフレは執事と共に仕事を学んでいたが、気が小さく、覚えも悪い。夫人の規則の多さも相まって、気のいい執事ですら教えるのに嫌気がさすほどだった。

執事「奥様はいつも何時にアフタヌーンティーを?」

スフレ「よ、四時です。」

執事「デザートは?」

スフレ「お皿を揃え、クッキーやケーキに些細な形くずれは許されません……」

執事「環境は?」

スフレ「え……日傘を立て……事前に除虫をすませ……草はらは湿っていてはいけません……あと、あと、あと……」

執事「風通しはいいが音のない場所でしょう! いったいいつになったら覚えられるのですか。」

スフレ「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

執事「はあ、もういいです、自分の子どもを見ているようですよ……大きくなったら、できればこういった……な主人に出会わなければいいですが。」


5-8-便り

 時の館の使用人の話によると、執事はもう三十年近く公爵に仕えているそうで、公爵が最も信頼する人物だという。

 執事はずっと健康的な方でしたが、どうしてかここ数年急に白髪が増え、老いたように見える。

フランスパン(あの火災が原因でしょうか……まさか家族が被災しているとは……)

フランスパン(当時、私が被害者名簿を整理していた頃、関係のある名を見ませんでしたが。まさか情報に漏れが? それとも他の原因が……)

フランスパン(ですがこの件、今回の公爵の死と関係あるのでしょうか?)

フランスパン(もし執事さんが真犯人であるなら……あの火災と公爵の間に関係がある可能性は高い……ですが、本当にそうなのでしょうか?)

 彼は部屋に向かい、再度調査をしようと考えた。

フランスパン「もしこの証拠が本当に存在するのであれば……必ずそれを最も重要な場所に置いているはず。」

 彼はもう一度部屋を見渡し、最後は写真たてで目線を止める。

 その写真は家族全員が笑顔で幸せそのものだ。

フランスパン「私は必ず真相をもって、あなた方の道理を正し、死者に安息を与えます。」

 彼は心の中でそう願い、写真を裏返す。写真たてを裏から開けるとそこには黒い封筒が隠されていた。

 フランスパンは手紙を取り出し、無意識に内容を読み上げた。

フランスパン「「親愛なる伯父様、アンウェンの友として、子爵邸より逃れる中、夜も眠れぬ日が続いております。なので私はこの便りに全ての真実を記します。子爵邸の事件は公爵からの指示によるものです。その原因は公爵が子爵を用無しと判断したことからです。」」

フランスパン「「私がこの真実を知るのは、あわや罪をなすりつけられるところだったためです。ですが私は運良く事前に話を知ることができたので、逃げ出すことができました。ただ私は公爵がこのことをアンウェンに伝えていないのではと考えました。」」

フランスパン「「彼らは私が逃げたしたことを知れば、他に罪をなすりつける者を選ぶでしょう。その者がどんな罪を被らされようと……すぐに、私の言葉が真実であると知ることになるでしょう。」」

フランスパン「「私はずっと後悔していました。ですがこんなことで友を裏切った償いができたとは思いません……ただ知って欲しいのです。アンウェンを殺したのは公爵です。くれぐれもお気をつけて!」」

 フランスパンは驚きながらも内容を読み終えた。

 特に手紙の文末だった。手紙で記された罪を認める言葉は、本当に放火犯として投獄中に自殺した人物の言葉と同じだったのだ。そしてこの手紙の送られた時間は、その犯人が捕まったちょうと一ヶ月前だった。


5-9-手助け

事件当日

書斎

 書斎では顔を白くした執事が地面に広がる血の斑点を見つめていた。

ウイスキー「執事さん、公爵様はすでに亡くなられておられます。当面の急務はこのことを夫人に報告する事でしょう。」

 夢から覚めたばかりのように、執事は深く息を吸い、正気を取り戻す。

執事「はい、今すぐ奥様に! ……ウェッテさん、貴方は事件発生後に来ました。このまま巻き込まれるのもご迷惑かと思いますし、さきにお帰りになられては?」

ウイスキー「急くことはありません、まだここでやるべき事がありますので。」

執事「こんな状況でいったいどんな重要なことが?」

 ウイスキーは微笑みを浮かべ、表情を変えずにゆっくりと執事の元へと歩み寄り、執事の右手を見てその手袋を優雅な仕草で抜き取った――執事の手袋の下には赤黒く滲んだ血痕があった。

ウイスキー「執事として、このような状態で夫人に会うのは無礼だとは思いませんか?」

 執事の顔からその瞬間血の気が引いた。

ウイスキー「心配なさらずに……手をお貸ししましょう。」


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