「暁闇這う蜘蛛」ちいまる

ちいまる「……。」

主人公「……。」

メルク「……。」

ちいまる「……。」

主人公「あの、ちいまるさん。」

ちいまる「なんでしょう。」

主人公「……何を、されているんでしょうか？」

ちいまる「……。」

ちいまる「裁縫を……、」

主人公「信じがたい！」

メルク「こんな仰々しい編み物を見るのは初めてなのですよ！」

ちいまる「そうは言われましても、事実、裁縫をしているので、裁縫としか返答できませぬ……。」

主人公「す、すみません。ちいまるさんからしたら、当然そうですよね。」

主人公「でも理屈じゃないんです！俺の中の何かが『これは裁縫じゃない』って囁いてくるんですよー！」

メルク「申し訳ないのですが、私もなのです！『重武装から可愛いぬいぐるみが続々生まれる』という事実を受け入れることを何かが拒絶しているのです！」

ちいまる「あぁ、合点がいきました。つまり結果ではなく、そこに至る経緯……。」

ちいまる「払暁蜘蛛(ふつぎょうちしゅ)を用いて裁縫を行っていたことが混乱を招いていた、と。」

ちいまる「たしかに、それは無理もないこと。某も、裁縫にこれを活用するのは今回が初めてですし、逆の立場であれば同じ反応をしていたでしょう。」

ちいまる「思い起こせば、通りかかったシュトルツも、『えっ、そう使うの？　うそ、マジで？いや、構わないよ。構わないけど……。そっかー』と……、」

ちいまる「引っかかる反応をしていましたな。なるほど、あれはそういう感情でしたか。」

主人公「そ、そうですね。多分、そういう感情だったと思います。」

メルク「エレキファイト用に作ったエレキが裁縫のために使われているのを見れば、たしかにそんな反応になりそうなのですよ。」

ちいまる「まぁ、これも突き詰めれば、えれきふぁいとのためになるのですが……。」

メルク「みゅ？　そうなのです？」

ちいまる「ええ、これはただの趣味にあらず。えれきに身体を馴染ませるための修行とでも言いましょうか。」

ちいまる「新作忍具を試行する時には、必ず行っていた行程でして、日常的にその道具を使い、機能、精密性、弱点など道具の特性を徹底的に頭に入れていくのです。」

ちいまる「特にえれきは扱いが群を抜いて難しい。からくりの比率が高いとはいえ、さらに理解を深めねば本場のえれきふぁいたあには後れを取ることでしょう。」

主人公「あぁ、なるほど。それを聞いてようやく理解できた気がします。たしかに慣れておくのは大切なことですね。」

ちいまる「ええ、そして細やかな技術を要求される裁縫は、まさにえれきに慣れるにはうってつけの作業。ご理解いただけると、幸いでございます。」

主人公「もちろんです！」

メルク「事情さえ分かれば、私たちもすんなりとこの光景を受け入れることができそうなのですよ！」

ちいまる「ご理解、感謝いたします。」

メルク「それにしても、本当にエレキに慣れていないのです？エレキの動きがまるで本物の手のようなのですよ！」

主人公「あんまりにもヌルヌル動くのも、俺たちが現状を受け入れられなかった一因かもな……。」

ちいまる「お褒めにあずかり恐悦至極。裁縫は某の数少ない得意分野とでも言いましょうか。ともかく、手慣れてはいるのです。」

主人公「へぇ……ちょっと意外でした。裁縫がお好きなんですか？」

ちいまる「好き、というより、自分がしなければ誰もしなかったというのが正しいのでしょうか。」

主人公「えっ。」

ちいまる「幼い頃より、無茶をして服を破く人間とは何かと縁が深かったうえ、連中は揃いも揃って私生活がズボラでしたからな。」

ちいまる「放っておけば、そのまま着続けるものでして、仕方なく、見かねた某が修繕していた……、というのが裁縫に長じるようになった起因にございます。」

ちいまる「休日になれば、破れた服を抱えた連中がこぞって自室に来たものです。いやはや、懐かしい話でございます。」

主人公「お、お母さん……！」

メルク「苦労されていたのですね……。」

ちいまる「いえ、ちまちました作業は性に合うのか、それほど苦には感じておりませんでしたし、決して悪い思い出ではございませぬ。」

ちいまる「特にひめちよ様への御指南は真に充実したものでした。初めて陣羽織を仕上げられた時の笑顔は、永劫、忘れることはありますまい。」

メルク「みゅ～……そうだったのですね。とっても楽しそうな思い出なのですよ！」

ちいまる「それも、毎日派手に破くおうみにキレて１週間みっちり裁縫を叩き込んでやったのも良き思い出でございます……。」

ちいまる「ふふふ、からくりをいじらせろと泣きわめく奴に、もうお前の服を縫うのは沢山だと無理やり針と糸を握らせるのは、ある種の快感でしたな……。」

ちいまる「まぁそのあと、報復かのごとく、異常な数の忍具の修行をやらされたのですが。」

メルク「な、仲良しなようで何よりなのですよ……！」

主人公「仲良し……。いや、うん、仲良しですね。間違いない。」

主人公「それじゃあ今は、周りに服を破く人もいないですし、自分の好きなものを縫えるようになったわけですね。」

メルク「この可愛いぬいぐるみもちいまるさんの趣味なのですね！ちょっと意外なのですが良い趣味だと思うのですよ！」

ちいまる「いえ、すべて頼まれものですが。」

メルク「みゅ！？」

ちいまる「ぬいぐるみは近所の少女たちに頼まれたもので、こちらの首巻きは風邪気味の青年から。あちらのはこの後、着物屋に納品いたします。」

主人公「趣味……。しゅみ……？」

メルク「こちらのグローブは……？」

ちいまる「あぁ、それはシュトルツにやるものです。穴が開いたままの手袋をつけ続けてみっともないので、代わりの品をつくってみました。」

主人公「あれはお洒落のつもりで……、」

メルク「主人公さん。」

主人公「あっ、うん。いいと思います、すごく。」

主人公「でも、どうしてこんなにたくさん……？」

ちいまる「奴はこだわりが深いですからな。やれ黒がいい、髑髏柄にしろ等と後から言われるのは面倒極まりない。」

ちいまる「故に、あらかじめ、奴が言いそうな組み合わせを考えうる限り作ってみました。ふふふ、これで文句は言わせまい。」

主人公「(この気づきが、シュトルツのファッションセンスにまで及べば……！)」

メルク「(そこは優しさとぬくもりとシュトルツさんの『ちいさん補正』でカバーなのですよ！)」

主人公「えっと、それじゃあ結局、ちいまるさん自身が作りたい物っていうのは……？」

ちいまる「特にはありませんな。自分が着たい服があれば、購入したほうが早い。」

主人公＆メルク「……。」

ちいまる「む、もうこんな時間！申し訳ございませんが、少し集中させていただきます！あと半刻で、１０のぬいぐるみを仕上げなくては！」

主人公「あっ、はーい。」

メルク「頑張ってくださいなのですよー。」

ちいまる「はっ、命に変えましても！」

主人公「……ちいまるさんって、多分、服破いてそのままの人たちと同じカテゴリーにいる人だよな。」

メルク「人のためなら張りきれるけど、自分のこととなるとイマイチ……というタイプなのです。」

主人公「……良い人なんだなぁ。」

メルク「なのですよー。」

ちいまる「くまちゃん、完成也ー！」