「疾蒼の迅流輌」ノット

ノット「……。」

ノット「……遅い。」

主人公「はぁ、はぁ……、やっと着いた……！」

ノット「遅すぎるぞ、癒術士っ！俺の予想をはるかに上回る遅さだ！」

主人公「す、すみません！」

ノット「これだけの距離に何時間かかっているんだ。標準的な男性であれば、もっと早くつけるはずだぞ。」

ノット「現場仕事である癒術士が鈍足でどうする！お前がすっとろいせいで、被害が拡大するかもしれないんだぞ！」

主人公「言っていることはもっともですけど、ノットさんに追いつけっていうのは無理がありますよ！だって俺は徒歩で、ノットさんは乗り物に乗ってるし……。」

ノット「話をよく聞け、低速め。誰も俺に追いつけとは言っていない。徒歩なら徒歩なりの速度を見せろと言っているんだ。」

ノット「お前が何らかの乗り物に乗るのならそれも良し。むしろ自分の鈍足を認めたうえでの有効的な打開策だと、褒めてやってもいいぐらいだ。」

ノット「俺が腹を立てているのはそこだ！打開策を提示せず、いつまでもノロノロと……、見ていて虫唾が走る！」

主人公「うう、ごめんなさい……。」

ノット「ふん、反省するなら短く端的にな。長々とした反省なんて、無意味な時間の浪費だ。さぁ、帰るぞ。」

主人公「えっ。この町でゴミ拾いをするんじゃなかったでしたっけ？」

ノット「そんなもの、お前が来る前に片付けた！環境管理部をなめるなよ。」

主人公「す、素早い……！」

ノット「ふん、今更褒めても遅いぞ！ほら、背筋を伸ばせ！　正面を向け！駆け足ー！」

主人公「ええっ、今着いたばっかりなのに！？ノットさんの乗り物に乗せてくださいよ！」

ノット「この愛車には、俺が認めた者しか乗せないと決めているんだ。乗りたいのなら、それ相応の価値を示すんだな。」

「じゃあな、癒術士。今度は平均速度での走りを期待しているぞ。」

主人公「あぁ、待って！置いて行かないでくださいー！」

(場面切り替え・森)

ノット「……。」

主人公「はぁ、はぁ……、あっ、待っててくれたんですか……！」

ノット「ああ。中間地点での速度を確かめようと思ってな。」

ノット「ここで平均をマークできていれば、お前は鈍足ではなく、ただスタミナの配分が下手なだけ。まだ救いようがあることを証明できる。」

ノット「だぁがぁ！　お前は俺の淡い期待も裏切った！うっかりひと眠りするところだったぞ！どれだけ低速なんだ、お前は！」

主人公「そ、そんなに遅かったですか？」

ノット「俺の駄妹(だまい)……ナノンといい勝負だな。ちなみにナノンはゴリゴリのインドア派で、放っておけばずっと部屋に閉じこもっているタイプだ。」

主人公「そんなに遅かったですか！？」

ノット「驚いたのはこっちだ、この低速ぅ！あまりの遅さにナノンを思い出して、軽いホームシックだ、どうしてくれる！」

ノット「ふん、これではまだ名前は呼んでやれないな。お前の呼び名など癒術士のまま……、いや、バンダナで充分だ！」

主人公「それはあんまりですよ！バンダナが俺の最大の特徴みたいに言われたら、迂闊にイメチェンもできなくなるじゃないですか！」

主人公「お、俺、頑張って速く走りますから！だからそろそろ名前で呼んでください！それが駄目なら、せめて癒術士呼びに戻して……！」

ノット「お断りだっ！無能な人間の名前を呼ぶ時間など無駄すぎる。そもそも、憶える時間が勿体ない。」

ノット「価値を示すまで、お前はバンダナだ。嫌なら精々努力しろ。」

主人公「うう、バンダナかぁ……。」

ノット「(まったく、とんだ誤算だった。科学でも解明できない癒術という業に惹かれて、こいつの仲間になったはいいが……)」

ノット「(こいつは低速！　鈍足！　ノロマ！見ているだけで苛ついてくる！極めつけにまだ１度も癒術を見れていないときた！)」

ノット「(……無駄だ、ありえないほどの時間の浪費だ。ああ、悪寒までしてきたぞ。俺ともあろう者がいったい何をしている)」

ノット「(もういい、限界だ。思い立ったら『即決即動』、直進あるのみ。今日のうちに帰り支度をするか)」

主人公「ノットさん！」

ノット「無駄だ！俺の意思は固く、決断は極めて速い！説得に耳を貸すつもりは……、」

主人公「前です、前！」

ノット「ん？」

ノーズホーン「グルルルル！」

ノット「なっ、いつの間に！」

主人公「あ、危ないです！距離を取ってください！」

ノット「ちっ！」

主人公「おお、あっという間に後退を……。さすが、素早いですね。」

ノット「お世辞なんて言っている場合か！いいからお前はもっと距離を取れ。俺が撃退を……、」

主人公「ちょ、ちょっと待ってください！俺が癒しますから！」

主人公「ノットさんには、出来れば援護をお願いしたいんですけど……、」

ノット「……。」

主人公「えっと……、どうして驚いた顔をしているんですか？俺、変なこと言いましたかね……？」

ノット「俺より早く行動を示すとは……、少し評価を改めないといけないかもな。」

主人公「えっ？」

ノット「よし、お前が指示を出せ！素早く！　的確に！　簡潔に！俺が１秒のラグもなく実行してやる！」

ノット「その力……、見せてもらうぞ、癒術士！」

(場面切り替え・紹介所)

主人公「はぁ、疲れた……。」

ノット「ふん、お前は俺の背中にしばみついていただけだろう。」

ノット「まぁ、あの奮闘ぶりなら仕方もない、か……。」

主人公「何か言いましたか？」

ノット「いいや、何も。いいからすぐに。迅速に。的確に。休んでこい。疲労は速さの敵だ。」

主人公「わ、わかりました。はぁ、今はとにかく寝よう……、」

ノット「……あぁ、ちょっと待て。これだけは先に言っておこう。」

主人公「はい……？」

ノット「俺を上回る決断速度、類まれなる癒術の才、たしかに見させてもらった。」

ノット「……ふっ、やるじゃないか。これからも頼りにしているからな、主人公。」