【黒ウィズ】幻魔特区スザクⅢ Story3
Story6 封魔級 壊れゆく魂
”……すみません、キワム・ハチスカ。”
通路を進むキワムのフォナーから、アサギの声が響く。
”ガーディアンの心のこと……あなたがたには、伝えない方がいいと想っていました。”
「大丈夫だ、アサギ。俺は進める。進んでみせる。
どんな理由があったって、知るもんか。邪魔する奴は、みんなぶっ飛ばしてやる……!」
キワムの声は、妙に硬い印象があった。
まるで彼が石になってしまったように、君は感じた。
”んんー?ねえ、なんかあいつ怖くない?怖くない?”
「黙ってろ。」
”んひぃ!”
「まずいにゃ。キワム、相当気が立ってるにゃ。」
それだけだろうか、と君は不安に思う。
以前から、たまにこういうことがあった。
普段の温厚さとはかけ離れた冷たい空気をまとうことが。
今まではたいてい、一時だけのことだったか、今回は、それが続いている。
『ウゥゥウゥウウウウ……。』
そういえば。
最初にその〝キワム〟を見たのは、トキモリと戦ったときだった。
……アンタには聞きたいことが山ほどある。
あのコインのこと。そして、「収穫者」のこと。
全部、話してもらうぞ。
クロの――アウデアムスの発する殺気に、キワムの心が呑まれたようだと、あのとき君は感じた。
だが、クロがキワムの心の一面であるのなら、あの殺気は、本当は……。
「――!」
フォナーが鳴った。
必死の顔つきでフォナーを取り出すキワム。
通信者の名を見て、その顔がパッと輝いた。
「ヤチヨ!ああ、ヤチヨ!無事だったんだな、おい――」
”んー、ハロゥ、ハロゥ。聞こえるゥー?あ、聞こえてるゥー?元気ィ~?”
空間が、まるごと凍りついたようだった。
響き渡る、嘲笑じみた声。
その禍々しさに、君の背筋がぞっと凍えた。
「タモン……おまえッ、なんでッ!!」
”なんでもなにもないでしょ、ハチスカちゃ~ん?
拾ったんだよ。オ・ト・シ・モ・ノ・を。
あ、でも俺、優しいからさぁ。返してやるよ。持ち主にね。”
”キワム……。”
「ヤチヨ! 大丈夫か、ヤチヨ!!」
”キワム……これ――”
――添付ファイルつきのメッセージを受信しました。――
”アッカの……いるとこ……そこ、だから。
助けて……あげて……。
……ね?”
「ヤチヨ……? おい、ヤチヨ……ヤチヨ?」
”終わらせて……ぜんぶ。お願い……。”
「ヤチヨ――ヤチヨ!!」
”ごめん……私……先、に……。”
”ピィーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!”
奇声とともに、何かの砕ける音がした。
”はァ~~い、残念。ご臨終ゥーー……。”
「おまえ――」
”がんばった方だね~、うんうん。けなげだねェ。でも――
長ェんだよ。体感で3分くらい長エ。3はイカンからなァ。つい、カッとなってやっちまった。
「ヤ――ヤチヨをどうした! どうしたんだ! タモンっ! てめえっ!!
”あぁん? お耳にクソでも詰まってんですかァー?
言っだろ。死んだの。ご臨終。”
「死んだ……死んだ? ヤチヨが……死んだ……?」
”この子だけじゃないぜ?
なんて言ったかなァ、あの兄弟。あれもうるさかったからね。漬した。”
「…………!!」
”だってさァ~……。
おまえらちゃんてば、3:3に別れンだもんよ!
3だぜ?おい。許せねェって言ってんだろうよ!
だからァ、先に弱ッチィ方の3を潰したワケ。ま、途中で2:1になったから?
ヤチヨちゃんは優し~く漬してあげたよ。”
「タ――タモン、タモン、てめえっ、タモンっ!!」
”次はてめェらだ。”
凍りきった殺意の声が、心を刻む。
”今送られた地図の先で待っといてやる。
早く来な。
3を0まで削ってやるからよ。”
通信が切れた。
キワムが震える。
君とミュールは、声のかけ方もわからず、ただキワムを見つめているしかない。
そして。
「……殺してやるッ!!」
突然の叫びとともに、キワムが壁を殴りつけた。
「殺してやる――殺してやる!
殺してやる、ああ、殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる!」
狂ったように、壁を撃つ。殺意にまみれた形相。爛々と輝く瞳を、憎悪と憤怒の炎が焦がす。
次第にその声はか細い泣き声へと変わり、壁を殴る拳から力が抜けていく。
「殺してやる……殺し……殺して……殺してやる……。
殺し……て……。」
鳴咽だけが、しばし響いた。
君とミュールは、ただじっと、キワムが落ち着くのを待つ。
やがて、キワムは、のろのろと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が、虚ろな瞳で君を見る。
「魔法使い……。
俺……いま、なんて言った……?
俺、なんて言ったんだ……?魔法使い……。」
答えようもなく、君は黙した。
その〝答え〟は――
いつものキワムなら、絶対に口にしたくない言葉のはずだから。
***
通路の先に、女性が立っている。
「邪魔はさせない。これ以上、進ませない。」
ヒミカ。相変わらずだった。
疲れきったような表情も。すべてに絶望し尽くしたような声も。
「我々を生み出したこと……すべての人間に後悔させてやる。そして終わらせる。何もかも。きれいに。」
”いい加減にしろよ、ヒミカ!”
君のフォナーから、アトヤが叫ぶ。
”俺たちが、どうやって月まで来たと思う!?人間だ。人間が手伝ってくれたんだ!
キワムが人間の心を動かした!俺たちが諦めて、試そうともしなかったことを、やってのけたんだ!
なあ、ヒミカ。なんでもやってみるもんだって。終わらせる前に、もうー度考えてみろ!”
「考えたさ。200年。考えて考えて、考え尽くした。
もう、疲れたよ。考えることにも疲れた。今はもう、早く終わらせたくて仕方がない。」
語るヒミカの双眸に、ぞっと憎悪の色が差す。
「何もかも道連れにしてやる。私を生んだこの掃き溜めを、きれいにしてやるんだ……。
証明してやる。私たちが道具でなかったことを。意志を持った存在だったと……わからせてやる。」
あらゆる命の枯れ果てた荒野を思わせる声が響く。
もう、どんな言葉も意味がない。不毛の荒野に恵みの雨を降らせたところで、命のかけらも根づかないのと同じで。
「その邪魔はさせない。おまえたちは、ここで止める。」
「……どけ。」
暗く冷たい声とともに、キワムが前に出る。
「この前の戦いでわかっているはずだ。おまえの攻撃は、私には通用――」
「どけぇぇええぇええぇええッ!!」
『グゥオオオオォオオオオッ!!』
クロが瞬時にアウデアムスに変化し、漆黒の風と化してヒミカを襲った。
「――!?”アドミローラ”!」
「おぉおおおおおぉおおおおっ!」
ヒミカが咄嵯にガーディアンを展開する。
構わず、アウデアムスは突撃し、細い身体を豪快に吹き飛ばした。
「通じないって言っているだろ!!」
後ずさるヒミカ。アドミローラの翼が広がる。それは包み込むようにヒミカを守っていた。
その秘密を、君はここに来る前、アトヤから聞いていた。
アドミローラの特徴は、絶対的な防御力だ。衝撃だろうと熱だろうと、危険なものはすべて遮断する。
そのために、大量のエネルギーを消費する。前の戦いを見た限りじゃ、コインで補ってんだろう。
そこでミュールちゃんの出番だ。他の収穫者と要領は同じさ。動きを止めて、コインの力を喰っちまえ。
ミュールに視線をやると、少女はこくりとうなずいた。
「キワムだけ任せる、よくないのです!ミュールもてつだうます!」
***
『アアァアアァアアアアアーーーーッ!』
アドミローラをまとったヒミカが、でたらめに閃光を放つ。
「ヤム! レベリオー、ヤム!」
飛んでくる閃光を、レベリオーが喰い尽くす。
だが、それで限界だった。前に出られない。
次々と放たれる閃光に対して、ミュールは防戦に回ることしかできない。
『対処済みナんダよ! このマま終ワレェッ!』
ヒミカが放つ閃光を避けるのに精いっぱいで、攻撃をするどころではない……!
『みんナころしテやル!道具じゃナいっテ!わ力らせテやルんだ!ハは!あはハ――
――!』
黒い弾丸と化したアウデアムスが、一瞬でヒミカに到達し、壁に叩きつけた。
「どけ。」
冷たい目をしたキワムが、ゆっくりと歩み寄る。
『おま工の攻撃なド、通じなイっテ――』
「いいから、どけェッ!!」
『ガアッ!』
アウデアムスが高速で腕を叩きつけた。
逃げ場を失ったヒミカを強烈に打ち据える。
『効かナ――』
次の一撃が振り下ろされた。そして次。さらに次。
アウデアムスの腕が、豪雨の勢いでヒミカを襲う。
『こんナ――』
猛打。猛打。猛打。猛打。
まるで容赦のない殺意の嵐。
ヒミカを挟んだ壁にヒビが入っていく。
『こ、こんナ――』
喰らいつくアウデアムス。禅猛な牙が翼を裂く。
絶対の防御を誇るはずの翼を、黒い殺気が切り裂いていく。
『馬鹿ナ――こんナ――力ずくデッ!!』
「うぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
『アアアアアアアアアアアッ!!』
アウデアムスは、光の翼を牙で噛み裂き、食いちぎって、捨てた。
そして、茫然となるヒミカヘ、腕を横薙ぎに叩きつける。
ヒミカはでたらめな速度で吹き飛び、通路の別の壁に激突した。
倒れ伏すその身体から、ガーディアンが剥離し、消えていく。
そのすべてを願みることなく、キワムは歩き出した。
「――行くぞ。
タモンが待ってる。」
その背に、黒い殺気を乗せたまま。
Story7 吹き荒れる殺意の風
闘技場を思わせる、大きな円形の広場。
そこに、彼はいた。
「ヘェ――ヒミカちゃん、やっつけちゃったの。意外だなァ。あっこで死ぬと思ってたのに。」
肩のハッピーをなでながら、タモンはにやにやと笑みを送ってくる。
「ま、あの子、融通利かないタイプだしね。ダメなんだよなァ、大人の余裕がないヤツは。
おたくはどうかなァ~?ハチスカちゃん。ちったぁ大人になりましたかー?あーん?」
「……タモン。」
ゆらり、とキワムの周囲で何かが揺らめく。
見間違いではない。黒い影。
収穫者たちがまとうのと同じ、禍々しい黒……!
「あれっ、キワム!?」
「そうそうそうそう、わっすれてた忘れてた。大事なことがあったんだった。」
言って、タモンがぱちんと指を鳴らすと、肩のハッピーが瞬時に巨大化した。
「大人のマナー。落とし物を拾ったら、持ち主に……ってな。」
ハッピー――いや、アドヴェリタスが、大きな口を開いて、何かを吐いた。
ごろり、と、それは床に転がる。
人だ。
虚ろに開いた目で、ぼうっと虚空を見つめる、
その〝人〟は――
「ヤチヨ――スミオ――トキオさん……!」
「にゃ!? 3人とも、生きてるにゃ!」
ウィズの言うとおりだった。
床に転がされた3人、その胸が、ゆるく上下している。
息がある――生きているのだ!
だが、タモンは悪魔の笑みを浮かべた。
「身体はな。」
「!?」
「俺って紳士だからさァ。血ィ見んのキライなのよ。だから――
〝心〟を砕いた。
そいつらのガーディアンアバターをな。
跡形もなく、ぐちゃぐちゃに叩き潰してやった。
だから、返すぜ。心の死んだデク人形。別にそんな物ァいらねェからな。」
「う――あ――あ――あああぁアアアアアアァっ!」
黒い殺気が膨れ上がる。
それはキワムを呑み込み、喰らいつくようにしてまとわりついていく。
『タモン――おまエは……おまエだケはァッ!』
ばきばきと音を立て、キワムの腕が変化する。
かつて見た、コインによる暴走状態。身も心も喰らい尽くす怪物の姿に。
「やる気だねェ、ハチスカちゃん。いいぜ。俺もそろそろ、虫唾が走ってきたとこさぁ。
3はなァ――削らなきゃイカンよなァ!! ゼロに、そう、ゼロになるまでだ!!」
「やる気だねェ、ハチスカちゃん。いいぜ。俺もそろそろ、虫唾が走ってきたとこさぁ。
3はなァ――削らなきやイカンよなァ!!ゼロに、そう、ゼロになるまでだ!!」
タモンもまた、変化していく。
アドヴェリタスをまとい、怪物と呼ぶしかない見た目へと。
異形の姿と化したふたりが、同時に異形の咆啼を放つ。
『さア――始メよゥかァァアアア!!』
『ガァァアァアアァァアアアアア!!』
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