パトリオット(STORY続き)
「パトリオット」のSTORY全文が長文になるため、容量の都合で分離したページです。
STORY(EPISODE7以降)
俺はJ局長との戦闘で負った傷が原因で、いつの間にか意識を失ってしまっていた。どれくらいの時間がたったのか……、気付けば俺は見たこともない天井を見上げていた。
「何処だ、ここは……」
とりあえず状況の把握が最優先だ。傷の確認もし……ん? 何かがおかしい。身体が動かねえぞ。どうなってんだ?
かろうじて動かせた首で自分の状況を確認すると、俺はベッドの上で全身をグルグル巻きに拘束されていた。
「訳が分からねぇ……ッ!」
なんとか脱出する方法を考えようとした矢先。
とんでもなく場違いな、底抜けに明るい声が響いた。
「あ、起きた起きたー! 今センセー呼ぶから、大人しくしててね! サツキの言うとおりにしないと、傷が開いてお陀仏だからね!」
声の主はデカい看護帽をかぶったチビガキだった。胸元にはサツキと書かれた名札を付けている。いや待て、ベッドに拘束しといて何が『大人しく』だ。
「今すぐこの拘束を解け、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!」
サツキとかいうチビガキが消えていった方へ言葉を投げかけたが、俺の声は聞こえてはいなかったようだ。
するとそこへ、何処からともなく囁くような声が耳元に届いた。
「そうカッカしないでください。傷口が開いてしまいますよ?」
「うおッ!?」
視線で声がした方を追いかける。いつの間にか俺の倍の背丈はありそうな人間?が佇んでいた。こいつは何故か案山子の様なお面をかぶっている。そのせいで、人間なのかデミなのか判別がつかなかった。
「初めまして、ワタシはメフィスト。見ての通りの医者です」
「……不審者の間違いだろうが。それで、俺はどうしてこうなってるんだ?」
「ここは貴方のような訳アリな人を看る場所。血だらけで倒れている貴方を見つけたサツキ君が、運んでくれたんですよ」
「つまりは闇医者って訳か」
「ん~~~、正解ッ!!」
「だぁぁッ、耳元で叫ぶんじゃねぇ! 十分聞こえてる。にしても、よく俺を担げたもんだな……」
不可解な出来事が押し寄せてくるせいか、これは俺の夢の中なんじゃないかと錯覚してしまう。現に、他のベッドに寝転がっている奴はどいつもこいつも妙だった。
だが、腹部から発する痛みが、否が応にもこれが現実だと突き付けてくる。
「彼女はああ見えて怪力なんですよ。さて、そろそろ始めましょうか。貴方、秘密警察の方なんでしょう? どうも急いでいるようだ」
「確かに急いじゃいるが……何を始める気だ?」
メフィストはメスを取り出し、歌い上げるように叫んだ。
「オペです! 全身機械に取り換えちゃいましょう♪」
「ふざけろ!! この訳分からねぇノリはもうたくさんだ!!」
怒りのままに、全力で俺は拘束を引きちぎる。って、なんだ……この力は?
「テメェ、すでに俺の身体を弄ったのか?」
凄む俺に対して、慌ててメフィストは頭を振る。
「め、滅相もない! それは貴方本来の力です! ワタシはただ傷の縫合と……少しだけ眉毛をカッコよくしておきました!」
「弄ってるじゃねぇか!」
ああクソ……ここにいるとツッコミだけで疲労困憊だ。こんな空間からはさっさとオサラバしないといけねぇ。
俺はさっさとあの男を追いかけないといけないんだからな。
「助けてくれたことは感謝する。治療費は秘密警察宛に請求しておいてくれ」
「あれー、もう行っちゃうの? ザーンネーン。また遊びにきてよね!」
戻ってきたサツキの頭を軽く撫でてやる。くすぐったそうにはにかむ姿に釣られて、俺もつい笑顔になってしまう。
「助けてくれてありがとな、ガキンチョ。また寄らせてもらうぜ」
「うん! ゼッタイだからねー!」
「もっと調べたかったのに……」
何か言いたげなメフィストだったが、一々構ってる暇はない。
一刻も早くこのくだらねぇ事件を解決する。
たとえ、俺一人になったとしても。
闇医者の治療の甲斐あって、俺は無事に現場へと復帰した。
局長との戦いから、俺は半日程眠っていたらしい。
幸いなことにテロ組織は未だ鳴りを潜めているようだ。
大勢のデミを巻き込むことが目的なら、夜に犯行が行われるようなことは無い。つまり、まだ対策を取ることは可能なのだ。
早速、局長のデスクを漁ってみたが、そこには驚くべきことが書かれていた。
この計画は、すべて仕組まれたもの。ウルリッヒを担ぎ上げたアドラー上層部の、過激派による自作自演だったのだ。
――いたずらに人間への憎しみを煽り立てる。ただそれだけのために。
「ふざけやがって……この計画、俺がぶっ潰してやるッ!」
他の書類にも目を通すと、ウイルスが作られていると思しき工場の座標が載っていた。どうやら郊外にある食品工場のようだが、これは……。
「道理で見つからねぇ訳だ。工場も政府のお膝元ってことかよ」
どいつもこいつもくだらねぇ、反吐が出るぜ。
徹底的に、叩き潰すッ!
俺は単身、食品工場へと向かった。
夜の工場に人影はなく、これといって警備に厳重さも感じない。表向きは何処にでもある工場の雰囲気を保っている。
「俺にとっては好都合だったな。無駄な戦闘をしなくて済む」
工場内へは拍子抜けするくらいすんなりと潜入することができた。施設内は警備員以外無人で、背筋がヒヤリとするような静謐さを保っている。
このフロアには、それらしい物は見つからなかった。おそらく製造しているのは地下だろう。地下への道を探さなくては――
「ッ!?」
何かに吸われたような感覚。
それに気付いた時には天地がひっくり返っていて。
俺の身体は床に激しく打ち付けられていた。
「……ッガハ!」
呼吸もままならない程の強い衝撃が、全身を駆け巡る。
虚ろな視界の中、俺の前へのそりと姿を現したのは、岩の塊かと見間違える程の巨漢。あの闇医者も相当な背丈だったが、身に着けてる鎧も相まって、こいつは質量もけた違いだ。
「私はここの警備主任、ツェッペリンだ。この施設に許可なく立ち入ることは禁じられている」
鎧から蒸気を吹きあげ、ツェッペリンと名乗る男が襲い掛かる。
「ったく、ブリキのおもちゃにかまけてる暇はねえんだがなぁ……ッ!! ワイバーンブレイズッ!!」
獲物を床に突き立て振り払う動作で発生させた炎が、ブリキ野郎へ迫る。炎は勢いを増して直撃したが……、その炎を意にも介さないまま悠然と歩いてきたのだ。
「なんて防御力だ。ハリボテじゃねぇって訳だな」
「アドラーが誇る至高の鎧――フォートレスガード。その程度の炎ではビクともしない」
呆気に取られている内に、俺はブリキ野郎の射程に入っていた。上下から唸りを上げて巨腕が迫る。またあの腕に掴まれたら終わりだ。
俺は『グランドセイヴァー』で足元へ滑り込むように突進し、回避する。そして、続く動作で渾身の一撃を振るうッ!
「隙だらけだぜッ! バイパースティングッ!!」
全体重を乗せ放たれた右拳。火山の噴火にも似た爆発力で、ブリキ野郎ごと中空へと打ち上げる。
鎧はまだ健在だ。なら――それが砕けるまで叩き込むだけだッ!
「オォォォッ!! ワイバーンネイル!!」
「何ッ!? まだ続きが!?」
俺の気力が続く限りなッ!!
そして俺の叫びに応えるように、鎧には微細なひびが入り――やがて大きな亀裂を生み――
バガンッと大きな音を響かせ、鉄壁を誇る鎧が砕け散った。
それと同時に、ブリキ野郎は地面へ叩きつけられる。
「バ、バカな!? 至高の鎧を砕くだと……」
未だに状況に納得がいかないブリキ野郎だったが、俺は構わず続けた。
「まだやるか? 俺は地下へ行かなきゃならねぇんだが」
「否……私では敵わないことを理解した。何故そうまでして地下へ行こうとする。金目の物など無いぞ?」
「お前、まさか何も聞かされていないのか……?」
俺は手短にこれまでの経緯と地下で秘密裏に行われていることを説明した。
ブリキ野郎の反応を見るに、本当に何も知らなかったようだ。
「済まなかった……暗がりで分からなかったとはいえ、私は秘密警察の執行官に手を上げていたのか」
「あの状況じゃ仕方ねぇ、気にするな。お前はただ、職務を全うしただけなんだからよ」
謝辞を述べるツェッペリンと和解した俺は、地下へと続く経路を教わり、その先に待っているであろう、あの男の下へと向かう。
事件の解決は目前だ。
奴らに夜明けは訪れないことを教えてやる。
地下へと降りた俺は、ツェッペリンから教わった経路を伝って研究室の奥へと辿り着いた。
やけにだだっ広いそこは、奥に幾つもの試験管――にしてはやけに巨大な物が所狭しと並んでいる。
それに、中に浮かんでいるアレはなんだ? アレはどう見ても毒ガスとかそういう類の物じゃない。アレは――。
「おやおや、よく頑張りましたね。ここまで辿り着くとは大したものです」
突如響いた声に振り返る。そこには、白い服に身を包んだ、いかにも研究者然とした男が立っていた。
「テメェが、ウルリッヒか?」
「いかにも。この私こそが人類の叡智の頂点に君臨する者――Dr.ウルリッヒです」
「御託はいい。お前たちが毒ガステロを計画していることは、既に分かっている。大人しく縄につくんだな」
俺の警告を聞いても、ウルリッヒは動じない。それどころか、何がおかしいのか高らかに笑い出した。
「気が狂うには早いんじゃねぇか?」
「おかしいですとも。なにせ、私は毒ガスなんて作ってはいないんですからね」
「何!?」
毒ガスではないとすると、奴の本当の目的はこの試験管の……!
視線を再度試験管へと向ける。試験管の下部から発せられる泡のせいでシルエットしか分からないが、これはまさしく――人の形をした何かだ。
「ご明察の通り。私が作っているのはデミを超えた究極の生命。永遠に稼働する機械生命体なのです」
「まさか、これを使ってテロを行おうってのか?」
「少し違いますが、まぁそんなところでしょう。デミは素晴らしい……、人を超えた強き生命として申し分ない……と思っていましたが、少々飽きてしまいまして。人類とデミを超える究極の生命体、それをどうしても作ってみたくなりましてね。愚かな人類を滅ぼす、デミを越えた生命体の作成……人類に憎しみを抱くあなた達の政府とは利害が一致したので、研究は非常にスムーズに進みましたよ……まったく、愚かな連中です。そして、私が目指すのは戦争という名の業火の先の世界、生き残った強きものを使って、さらに強い種を造り出すのです! そう、私が目指すのは神の種族!!」
テロリストってのはどうしてこう、御託ばかり並べたくなるのか。奴らの心理は理解できないが、俺のすべきことは大体分かった。何も変わりは無いということがな。
「この様子だと、まだ未完成のようだな。さっさとテメェを叩きのめして、この事件を終わらせるぜッ!」
「国家の犬め。私の崇高なる計画の邪魔はさせません!」
奴が叫ぶと同時に、手元で何かが光る。
すると、俺の身体には鋭い痛みが走っていた。
わずかに痺れが残っているこの感覚は――
「電撃か!?」
奴との距離は数メートル離れている。だが、俺の身体には確かに攻撃を喰らった痕跡があった。一体、どうなってやがる?
「ここは私のテリトリーなのです。例え貴方が壁際にいたとしても、私の手からは逃れられません」
再び光が瞬き、それを合図としたかのように次々と痛みが身体で踊り狂う。
「さあ、どうします? このままやられるのを待ちますか!?」
「……痛みの最大値は分かった。それさえ分かれば耐えられない物じゃねぇッ!」
「この……脳筋めッ!」
次々と電撃が飛びかう。
だがやはり、どれも想定の範囲内だ。この程度じゃ、俺は止められない!
「突っ切るッ! グランドセイヴァーッ!!」
炎を纏ってウルリッヒへ突撃する。
ウルリッヒは攻撃することに必死で、俺の全力の一撃を諸に喰らい、轟音と共に壁へと叩きつけられた。
それと共に、ガシャッといくつもの物体が床に落ちていく。
「成程な。ドローンで遠隔攻撃してたって訳か」
「ガハッ……わ、私のスタン・ビットが、こんな愚策に……」
「俺の力を見誤った、テメェを呪うんだな」
足元のドローンを踏みつぶし、試験管へと向き直る。お前たちに罪はないが、ここで仕留めさせてもらう。
「――終わりだ」
「や、やめろ! 破壊するんじゃない!」
「ブラッディーレイヴッ!!」
圧縮した音の塊が作り出す衝撃波を喰らい、試験管が次々と破裂する。ウルリッヒが作り出そうとしていた機械生命体は、燃え盛る炎に包まれ、その形を崩していった。
凶気の科学者の野望と共に、炎に舞う灰となって。
ウルリッヒの計画は打ち砕いた。
後はコイツを警察へ搬送するだけ。
「さぁ行くぞ、ウルリッヒ。テメェは危険度Sランクの罪人として隔離される。娑婆の空気を思いっきり吸っておくんだな」
うずくまるウルリッヒに手を掛けようとした矢先、何かが崩れる音がした。背後の瓦礫から現れたのは、燃え尽き灰と化したはずの機械生命体。
白い鎧をまとう人型のソレは、流線形のフォルムと頭部からなびく髪のような素材も相まって、女性的な印象を受ける。
「あの炎で無事だったのか……?」
「ク、クク、ハハハッ! 素晴らしい、これが科学の力です! やれ! イノセントよ! このデミを排除しろ!」
息を吹き返したかのようにがなり立てる男をよそに、『イノセント』と呼ばれた機械生命体はくぐもった声を発した。
「断ル」
「な、何?」
「ワタシに命令を下せるのハ、ワタシ自身だけダ」
ウルリッヒは絶句した。焦点の合わない目で何やらブツブツと呟いているが、今こいつに手を焼いている場合では無さそうだ。
「やれやれだぜ。まだ仕事が増えるってのかよ」
「貴様、ワタシに歯向かうつもりカ?」
「ああ。お前を危険度SSランクのアーチエネミーと認定した。この場で排除する」
獲物を構え、俺はイノセントへと向き直る。
ウルリッヒがアドラーを制圧するために作った以上、アレは単騎でもそれ相応の戦力を有している可能性が高い。
奴に攻撃の隙を与える訳にはいかないのだ。近接戦に持ち込んで速攻で破壊する。
「オォォォッ!!」
先手を取ったのは俺だ。
挨拶代わりに一発を叩きこむが、イノセントは即座に反応し防御する。だがこれは織り込み済み。
攻撃の反動を利用して、即座に左拳を叩きこむがこれも防御される。なら次は――!
ハイキックに繋げる瞬間。イノセントはその行動が来ることを分かっていたかのように、伸び切る前の脚を掴んでいた。
「何ッ!?」
「お前の攻撃から派生可能な攻撃ルートを算出しタ。そこから速やかに繰り出せるのは3通りしかなイ」
あの数撃で俺の行動を見切ったとでも言うのか?
ふざけるんじゃねぇッ! なら、強引に振り切るまでだ!
「ワイバーン――」
「遅イ」
攻撃の出だしを狙われ、イノセントの蹴りをもろに浴びてしまう。その威力は凄まじく、俺は一撃で数メートルも床を転がっていた。
「ゴホッ……の野郎ッ!」
「消え去レ、人類」
イノセントの両肩が隆起しアーマー部分が口を開く。そこには砲台のような物が搭載され――突如、光った。
マズい!
「オメガ・ブラスト」
「間に合えぇぇッ! ブラッディーレイヴッ!!」
掃射された極太の光とパトリオットの渾身の音塊が激突する。最初は拮抗していたかに見えたが『オメガ・ブラスト』の威力はこちらを上回っていた。
赤から白に塗り替わっていくように炎が消滅する。
そして俺は――光の洪水に飲み込まれた。
光が消え去った後。
辛うじて生きていることに気付いた俺は状況を確認する。
雑然としていた研究室は跡形もなく吹き飛んだ。
俺の命がまだ尽きていなかったのは、幸運だったとしか言いようがない。
「グッ……まだ、動く……まだ、やれる……」
まだ動けるのなら、立ち上がれパトリオット。
立てるのなら、牙を剥け。
牙を剥いたなら――奴を破壊しろ!
「まだ生きていたカ。デミの耐久力を更新しておこウ」
俺を突き動かすのは使命だからなのか、分からない。
ただ、これだけは言える。
「お前だけは、この場で叩き潰すッ!」
「訳が分からなイ。今更この状況を解決できるとでモ?」
奴がさっきのレーザーを打とうとしないのは、大容量のエネルギーを消費するからだろう。その証拠に、奴は手出しせずに口を開くばかりだ。
なら、そこに勝機があるはずだ。
「その傷で何ができル? 無意味なことをして何の得があるのダ?」
「お前が、俺を決めるんじゃねぇッ!!」
俺の限界は、俺が決める!
一分だッ! そこに俺のすべてを叩き込むッ!
「ハウリング・フォォォスッ!!」
大気を振るわせるほどの叫びと共に、俺の身体が熱を帯び赤く輝く。そして地を蹴りつけ、一歩で奴との距離を縮めてみせた。
「ッ!?」
一瞬だが、奴が初めて狼狽したように見えた。
そこへすかさず拳を叩き込む。
「貴様の攻撃ルート、既に見切っテ――」
奴が反応する前に、右拳が腹部に深々と突き刺さる。
奴の身体はくの字に折れ、隙だらけの頭部に放ったアッパーにも、蹴りにも対応できずに直撃を受ける。
両肩のアーマーは弾け飛び、身体の至るところがひしゃげ、凹んでいく。
「まだ終わりじゃねぇッ!!」
「!?!?」
理解できないといった反応を示すイノセントは、予測を超える攻撃の応酬に手も足も出ない。
奴にとって、この瞬間は生き地獄にも似た状況だっただろう。
だがそれも終わりだ。すべて終わる。
「――、ッ――」
もはや言葉を発せないほどにまで大破したイノセントに、最期の一撃を叩き込む。
「バイパァァッスティングッ!!」
吼え猛る火山のように跳んだ俺は、イノセントごと天井を貫き、空へと舞い上がった。
原型を留めない程に破壊されたイノセントは、すでに活動を停止している。すべてを出し切った俺は、墜落していく奴へ向かって吐き捨てた。
「……俺の、勝ちだ」
夜明けの太陽が、祝福するようにひときわ眩しく輝いていた。
ウルリッヒが巻き起こした一連の計画は、イノセントを撃破すると共に瓦解した。
あの激戦の中でもしぶとく生き残っていたウルリッヒは、騒ぎを聞き駆けつけてきた執行官たちによって収監され、監獄内で裁きの日を待っている。
また、今回のテロ計画に関与していたアドラー上層部の者たちも同様だった。
これですべてが片付き、俺は元の生活に戻る……はずだった。
あの戦闘で限界を超えた力を発揮した俺は、身体の至るところに深刻なダメージを負ってしまい、今は警察病院でリハビリ生活を送っている。
全治3か月。大袈裟な気もするが、これにはおそらく休暇の意味も含まれているのだろう。
とはいえ、報告書やら何やらやることは山積みだ。
唯一自宅から持ってきたアルバムを聞きながら、気長にやるとしよう。
小気味良いギターの音に耳を傾けていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」と問いかける前に開かれた扉。そこには、俺の命を救った闇医者とチビガキ、そしてマルガ・リンの姿があった。
「なんでお前たちがここにいるんだ?」
「私も医者の端くれですから。色々と伝手がありまして」
「そーそー! お兄さんが入院したって聞いて、どうしてもお見舞いにきたかったんだ!」
こいつらがここへ来たのは理解した。だが、
「猫娘、お前がここにいる理由が分からねえッ!」
「酷いアル! 嫁に向かってなんてこと言うネ!」
「よ、嫁だぁ!? 何勝手なこと……」
入口から一足飛びでベッドへかっ飛んできた猫娘は、勢いのまま何かの書類を俺に突き出した。その書類には俺の本名と猫娘の名前が……って、こいつは!
「婚姻届けアル! ささ、パトさん! ポチっと押すヨロシ!」
「知るか! んなもん! てか、なんで俺の名前を知ってやがる!?」
「そこの親切なお医者さんに聞いたアル♪」
秒で闇医者を睨みつける。
だがしかし、奴はすでにこの場から消え失せていた。
「……の野郎ォォ!」
「ハンコがないならサインでもいいアル」
「ヒューヒュー! 2人共熱いねー!」
初っ端からこんなんじゃ、俺の休暇はあって無いようなもの。
いや待て、そもそも俺がいつ結婚を許可したんだ?
「なぁおい、俺はお前と結婚する約束した覚えはねぇぞ?」
「あの夜を、忘れちゃったアルカ? ワタシの言うことにウンウン頷いてたネ」
あの夜……? そう言われ、朧気ながらだが記憶を手繰り寄せる。
確か、あの男の行方を調べている時だ。猫娘が何かまくし立てていた気が……まさか!?
「その顔、思い出したアルネ? ムフフ、これから毎日看病してあげるヨ、ダーリン♪」
俺は布団を頭から被ってすべての情報を遮断した。
それでもなお聞こえる言葉には、やれ子供はだとか、家はだとか、聞きたくないワードが飛び交っている。
俺は本当に現場へ復帰できるのか。
この後のことを思うとすべてが面倒になる。
ったく……やれやれだぜ。