幡桐 こよみ(STORY続き)
「幡桐 こよみ」のSTORY全文が長文になるため、容量の都合で分離したページです。
STORY(EPISODE5以降)
松永との戦いに三好三姉妹の助力を受け、勝利を収めたこよみ。
次の戦いに備え、彼女が訪れたのは春日大社だった。
『ここに来て神頼みかいな』
『良い心がけじゃぞ。こういった積み重ねが物事を良い方向へと向けるのじゃ』
「妖精さん、今日も賑やかやなぁ……」
もはや、こよみは八雲たちの会話に違和感を覚えることなく、受け入れてしまっている。
最近はどうにか理解しようと八雲たちの声に耳を澄ますようになったが――
『あのじゃらんじゃらん、アタシも鳴らしてみたいアル!』
『違うのだ。あれはシャリンシャリン!』
『ええい、物知らずじゃの。あれは本坪鈴と言うのじゃ、覚えておけ』
「へえ、本坪鈴って言うんやねぇ」
と、どうでもいい会話だけがこよみの耳に届いてばかり。
「と、とにかく、次も勝てるように、神様にお願いしないと……」
「今度こそ、言いたいこと言えるようにならんと……」
「え?」
最初は、妖精さんの声が聞こえたのかと思っていたこよみ。しかし、その声は頭の中で響いていたのではなく、すぐ隣から聞こえてくるものだった。
「あっ、松永さん……?」
「きゃあっ!? ななな、なんやねん! オタクちゃんやないの、ビックリさせな!」
「ご、ごめんなさい……」
「なんやの、あんた。クイズの勉強もせんと神頼みなんて、オタクちゃんよりその鈴をラリーに参加させた方がええんとちゃう?」
「じゃ、じゃあ、そういうあなたは……」
「えっ!? う、うちはそんなもんに頼らんでも勝てるから必要ないわ!」
「なら、どうして……」
「たまたま通りがかったついでにおみくじでも引こうと思っただけや!」
「そう、なんだ……」
「うちはあんたと違って、お友達に頼らんと勝てへんような雑魚とちゃうからな」
「うぅ……」
「今のうちにせいぜい神様にお願いしとくんやな! タイマンやったら、絶対に負けへんから!」
そう言うと松永は、言っていたおみくじも買わずにとっとこ走って境内を去っていく。
宣戦布告を受けたこよみは、
「た、たくさん、お祈りせんとぉ……!」
ぎゅっと目をつぶって、次も勝てるよう祈るのだった。
――次のクイズラリー会場は、近鉄奈良駅の近く、東大寺前だった。
「そんなぁ……あ、あかんて、ここだけはあかんよぉ……」
こよみはこの場所のことをよく知っている。
なぜなら、ここはこよみが敬愛する筒井順慶が松永久秀と戦い、敗走した場所だからだ。
「気のせいだよ。たまたま場所が一緒なだけで関係ないって」
「そ、そうかなぁ……私、きっと筒井順慶様みたいに敗走してぇ……」
「今回は手を貸されへんのやから、あんたがしっかりせんとあかんのやで」
「わ、わかってるけどぉ……」
「ほら、もうすぐ始まるよ。気合い入れてこ! 応援してるからね!」
「うぅ……怖いよぉ……」
震えながらステージに上るこよみ。
いつものようにクイズの筐体が用意されている。
今回のクイズは、全員で多種多様なクイズを答えていくバトルロイヤル方式。
2問までなら誤答が許され、3問目を間違えた時点で脱落が決まる。
つまり、脱落しないよう立ち回る戦略性が勝負を左右する大きなカギを握っているのだ。
「松永さん……」
こよみが、視界に松永の姿を捉える。
松永は挑発的な眼差しで返すが、こよみはつい反射的に視線をそらしてしまう。
「が、頑張らなきゃ……」
始まったクイズバトルロイヤル。
不正解や、回答権は得たが答えが出てこなくて脱落する出場者たちを他所に、スムーズに答えるこよみ。
対する松永も同じだった。
ふたりの集中力は、ここにきて最高潮に達している。
ついには、こよみと松永だけが生き残り、両者ともにミス無く次々と答えていく。
「ええっと、すみません。ここで用意していた問題が尽きてしまいました。少々お待ちください」
そうアナウンスが入ると、バックステージでスタッフが慌ただしく動いている。
しばらくして、再びアナウンスが入った。
「ここで特別なクイズを行いたいと思います。まず最後まで残ったおふたりはあちらの筐体を御覧ください」
言われた通り、こよみが筐体を見ると、そこにはクイズ作成と書かれた画面が映されていた。
「これより、おふたりにはこれぞと思う問題を、この場で互いに出題しあっていただきます」
「えっ、そ、そんな急に言われても……」
「クイズの内容と、回答ができるかを含め、勝者を決めたいと思います!」
急な展開ではあったが、会場は盛り上がり、自然と出さなければいけないという状況になっていく。
「うぅ、どうしよう……」
頭を抱えるこよみ。
そこへ助け舟を出したのは他でもない頭の中にいる八雲たちだった。
『うち、歴史とかほとんど知らへんのよ。みんなはどうなん?』
『わたしが知ってるのは織田信長は過去にタイムスリップした高校生ってことくらいなのだ』
『絶対ちゃうやろ!』
『ふふん、これはアタシしか知らないと思うネ。実は織田信長は女の子ヨ!』
『それも歪んだ情報や!』
『イクサヨロイとかどうじゃ。あれはなかなかにカッコいい設計じゃったぞ』
『オダ・ノブナガはもうええねん! もっと他にあるやろ!』
「こ、これは妖精さんたちのアドバイス。そうや、この問題やったら……」
八雲たちの会話がこよみにどう聞こえたのかわからないが、彼女たちのおかげでこよみは制限時間ギリギリで問題を作り終えた。
いざ、一対一のクイズバトル。
お互いが出したクイズの行方は――
「正解! 勝者、PN.松永久秀さん!」
「ふん、当然の結果やね」
「ま、負けた……うちの最高の問題が……あれだけは、自信あったのにぃ……」
「まだまだやね。まあ、よわよわオタクちゃんにしてはええ問題やったんちゃう」
得意げに笑い、こよみを煽る松永。
決して、こよみが出した問題が悪いわけではなく、ただ松永の方が上手だった、それだけのこと。
「よりにもよって、私が一番苦手な地名の問題を出すやなんて思わんやん……」
誰にでも向き不向きがあるように、クイズにもその日の運や流れのようなものがある。
今回、こよみはその不向きを引き当ててしまったのだ。
「神頼みが無駄になってもうたな。やっぱ、ひとりではうちに勝てんのやね」
そう言いながら悠々と松永は帰っていく。
こよみはただ、その勝者の背中を見送ることしかできないでいた。
波乱となった戦国クイズラリー第3戦。
前哨戦は好調だったにも関わらず、松永に攻め落とされてしまったこよみ。
結果はまたしても史実通りの結果となった。
運命は断ち切れず。
八雲たちはこよみに訪れる死の運命から、彼女を救うことができるのだろうか。
3度の戦いを終えたこよみ。
次回のクイズラリーの日程は翌週末ということで少しだけ時間ができていた。
クイズという戦いから離れ、日常へと戻ってきたこよみと松永。
しかし、いつもの日常は、このクイズによって大きく変化していた。
「こよみ、また歴史書見とるん?」
「うん、次のクイズラリーまでに少しでも勉強したくて……」
「真面目だね」
今までこよみのカバンに入っていたのは戦国武将をモデルに作られた娯楽小説。
しかし、今はそれが歴史書へと変わっていた。
「ここまで来るとさすがにわたしたちじゃ役に立てないかもね」
「そ、そんなことないよぉ……」
「おーい、幡桐。今日の掃除当番、お前だったよな」
「ご、ごめんなさい! すぐに――」
先生に言われて、慌てて立ち上がるこよみだったが、それを三好三姉妹が制する。
「せんせー、うちらがそれ代わりにやるわ。こよみ忙しいんで」
「おお、そうか。なら頼んだぞ」
「い、いいのぉ……?」
「こよみはクイズ勉強やらんとな。これくらいうちがやるって」
「そうそう。打倒、松永だよ!」
「う、うん、ありがとう……!」
こよみは趣味を共にする友人の応援。
そして、頭の中の友人に助けられていた。
なら、彼女、松永はどうだろうか。
「おい、松永。準備は順調なのか」
「なに心配してるんですか。うちに任せておけばバッチリ大丈夫ですよ、織田先生」
「いやぁ、お前がやってくれて助かったよ。誰も卒業式の委員なんかになりたくない、って言われて困ってたんだ」
「うちでよければ全然、やりますよ。こういうの好きやから」
「頼もしいな、頼んだよ」
卒業式も近くなり、松永は卒業式の実行委員に抜擢されていた。
やることは多く、クイズ勉強に時間を割くことができないほど、忙しい日々を送る。
それぞれの日常を過ごす中、天下分け目のクイズラリー第4戦が、やってくるのだった。
「ホンマ、不思議やぁ……」
こよみたちが降り立ったのは郡山駅。
そこもまた筒井順慶と縁のある場所だった。
「そ、それより、なんやのこれぇ……カメラとか多くなってるぅ……」
明らかに今回だけ、マスコミやカメラの数が目に見えて増えている。
驚きの声をあげるこよみに対し、三姉妹は「当然でしょ」と返す。
「前の対戦の時、白熱してたやん。あれを見てたメディアの人らが女子高生同士の熱い戦い! 萌え! って感じでネタになると思ったんだって」
「そ、そうなんやねぇ……」
「にしても、こよみ。なんやねん、その格好は?」
「え? へ、変かなぁ……?」
三姉妹が言いたくなるのもおかしくない。
現に、こよみの格好は注目を浴びていた。
なぜならこよみは“幡桐大明神”と書かれた羽織に加え、眼帯と模造刀を手に持っているのだ。
「これ、ええやろぉ。負けられへんから気合い入れてきたんよ。今回も負けたら、負け越しになるから……」
クイズラリーはこれを入れて残り2回。
これで負けてしまった場合、こよみの負け越しが決定してしまう。
「いや、だからって入れすぎ。どこから持ってきたのよ、その刀」
「家にあったんよぉ。月輪刀っていうのを参考にした模造刀なんよ。音声つきなんやで」
「その眼帯は?」
「一番ええやつ持ってきてん。今度、みんなにも持ってこようか?」
「え、そんなに持っとるん……眼帯まで収集してるなんて思わへんかった」
「私、ガンターなところあるから。普段は校則でつけていけれへんから、気合入れてきたんよ」
「ガ、ガンター……?」
そんなことをこよみと三姉妹が話していると、そこへイライラとした面持ちの松永が現れた。
「なんやの、その格好。痛すぎやろ」
「こ、これは、その……貴女とた、戦うために用意した、一張羅です!」
「ふーん、そう。まあ頑張りや」
それだけ言って、松永は早々にどこかへ行ってしまう。
「機嫌、悪そうやったねぇ……」
「そうかな、いつもと変わらないと思うけど」
「気になるなぁ……」
「どうしたん、こよみ。やっぱ、ライバルは気になるん?」
「そう……なんやろかぁ……でも、そういうのともなんか違う気がするんよぉ……」
その様子を見ていた頭の中の八雲たちも、同様の違和感を覚える。
こよみと同化しているからだろうか、なにかを感じ取っていた。
『なんやろな、あいつ。こよみに恨みでもあるんやろか』
『でも、そういう感じじゃないのだ。なんかこう、うまく表現できない……』
『ふむ……』
こよみと松永の関係が気になる八雲たちだったが、答えは出ないまま、クイズラリーが始まってしまう。
今回は連想クイズ。
4つのヒントから答えを推理して、回答するというもの。
1問につき1点となっており、勝敗は最終的に獲得したポイント数で決まる。
連想クイズで勝つためには、どこで解答するかが鍵となる。第1第2ヒントの広い共通項の中から直感を信じて答えにいくか、確実さをとって最後までヒントを聞くか。
その見極めと、相手との読み合いを制した者が勝者となる。
「こんな簡単な問題、絶対に取らせへん!」
勢い任せに松永は次々とクイズを解いていく。
今回はテレビ用なのか、大きなモニターに参加者の獲得ポイントが映し出されていた。
だが、こよみも松永もそこには目もくれず、じっと筐体だけを見ていた。
「大丈夫、大丈夫……このために勉強してきたんやから……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくこよみ。
最初は苦手なクイズが続き、伸び悩んでいたが中盤から状況は一変する。
「これも、これも……全部、覚えてるところや……!」
『あっ、そこやったらうちも覚えてる!』
『アタシたちも協力するネ!』
これまでの勉強の成果と八雲たちの助力により、こよみの勢いが一気に増していく。
反面、松永の勢いは次第に衰えていった。
「な、なんやったっけ、これ……!」
実行委員での作業で最後の追い込みもできないままクイズラリーに挑んでいた松永は、ここにきて精度の低さが現れ始めていたのだ。
そして、こよみの勢いは止まらず制限時間を迎え……。
「終ーー了ーー!!」
終わりをつげるアナウンスが会場に響く。
こよみは大きく息を吐き出しながら、肩を撫で下ろす。
呼吸を整え、スコアボードを見上げると。
「あ……っ」
なんと松永と20点差という大差で勝利を収めていた。
「や、やったぁ……! 私、勝てたんやね!」
いつもは大人しいこよみだが、このときばかりは大きな声で勝利を喜びぴょんぴょんと跳ねる。
三姉妹もこよみの元へ駆け寄り、友人が掴んだ勝利を共に喜んだ。
「これほどコケにされたん、初めてや……!」
勝者がいれば、敗者もいる。
こよみに大敗を期した松永はあまりの悔しさにその場に崩れ落ち、大粒の流す。
「……いい絵が撮れたわね」
この2人の女子をめぐるクイズ大会の模様は、クイズに青春をかける女子高生たちの物語として人気を博すことになるのだが……それをふたりが知ることになるのはまだ先の話。
こうして、辰市城の戦いの如くこよみに大敗した松永。
この戦いの結果がこよみの死へと繋がるのか、それとも――
2月後半。
この時期は卒業式も差し迫り、どの高校も独特な雰囲気に包まれている。
だが、それはこよみにとって些細な事であった。
なぜならば、彼女にとって今、最も大事なことはクイズラリーに勝利することだから。
「またその恰好なのね」
「私の一張羅やから……これだけは、絶対に外せへんのよぉ……」
羽織に眼帯、帯刀。
そんなこよみの姿に、三好三姉妹は小さくうなずきあい、こよみへと笑顔を向ける。
「泣いても笑っても……今日で最後やな」
最後の舞台は信貴山下駅の特設会場。
信貴山城の戦いとして有名な場所でもあり、筒井順慶と松永久秀が最期に戦った場所。
その因縁の地にこよみと松永が立つ。
こよみは周囲を見渡す。
いつもなら松永の方から見つけて話しかけてくるのだが、今日に限っては彼女の姿はない。
「今日は来てくれへんのやなぁ……」
『やっぱ、気になるんや。これがライバルってやつなんやろか』
「妖精さん……」
『どうやら、もう喋らんほうがええな』
『なんでや?』
『わらわたちの声が聞こえすぎじゃ。おそらく、接続して時間が経ち過ぎたんじゃろ。わらわたちにも影響が出ておる』
『ど、どういうことなのだ?』
『こよみの感情が影響しておるのじゃ。下手をすれば、同化して元に戻れなくなるかもしれん』
『あかんやん、そんなの!』
『安心せい。いざとなれば戻る。じゃが、わらわたちの主命を忘れるなよ』
『う、うん……』
「あの、妖精さんたちの目的って……」
心配そうな声で八雲たちに話しかけてくるこよみ。
八雲は落ち着かせるように優しい声で応じる。
『おぬしは目の前のことに集中すればよい。じゃが、わらわたちはクイズの邪魔にならんよう、しばらく静かにしておるからな』
『手伝わなくていいのだ? わたしたちも一緒にいたおかげで歴史を覚えたのに』
『今までじゃったら構わんじゃろうが、最後は己の力で勝ち取りたいじゃろ』
「う、うん……」
『せやな、そういうことならうちらは応援団や。最後なんやからトップギアで気張りや!』
『完全勝利の未来が待ってるアルよ!』
『自分を信じるのだ、ファイト!』
「……ありがとう、妖精さん!」
こよみは会場に来たときよりも力強く一歩を踏み出す。
この先で待っているライバルと戦うために。
出場者が全員揃うまでに時間は多少かかったが、滞りなく最後のクイズラリーが始まった。
最後のクイズ形式は一問多答クイズ。
問題に対して、示された3つまたは4つの選択肢の中から正しいものをすべて選択する。
これも前回と同じく、次々と問題が表示され、そのポイントを競い合うものだった。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせるようにつぶやいたこよみは、次々と問題を解いていく。
迷いのない回答と動きに、八雲たちも固唾を飲んで見守る。
同じように会場入りしていた松永も、こよみに負けず劣らずクイズを解いていく。
そして最後の瞬間は訪れた。
タイムアップを告げるアラームと同時に、こよみと松永はポイントが表示されているモニターを勢いよく見上げる。
「同点……?」
両者の名前の下に映し出されたポイントはまったく同じだった。
「引き分けってことぉ……」
勝ちでもなく、負けでもない。
引き分けという形で2人の戦いの幕は閉じた。
「こ、こんなの納得いくわけないやろ!」
声を上げたのは松永だった。
こよみも松永と同じ思いだったのだが、声を上げることはできないでいる。
すると、司会のアナウンサーから衝撃の言葉が投げかけられた。
「実は今回のクイズラリーで好成績を出し続けたおふたりには特別なステージが用意されています!」
「えっ!?」
これには普段大人しいこよみも声を上げてしまう。
「ここまでクイズラリーを盛り上げてくれたのです。なのに決着がつかないのは、おふたりも、視聴者やギャラリーの方々も納得がいかないでしょう」
『まあ、そうやな。うちがそっち側なら、この機会は絶対に逃さへんもん』
『さすがジュニアアイドル。よくわかってるアル』
アナウンサーが合図をすると、そこに現れたのは新たなクイズラリーのステージだった。
まるでピラミッドのような土台の上に、いつもの筐体が鎮座している。
階段の脇には挑戦者を導くように松明が煌々と燃え上がっていた。
「す、すごい……」
『どこに隠しとったんや、こんなもん!』
「さあ、いよいよファイナル・ステージ! この戦いに勝利するのは、いったいどちらなのか!」
「準備ができ次第、お呼びしますので、おふたりは控室でお待ちください」
「は、はい……」
スタッフに誘導されて、簡易的な控室のようなところに通されたこよみと松永。
今日、初めて顔を合わせる2人。
松永はいつも以上に派手で露出が多い服装に身を包み、こよみとは真逆と言っていいほど着飾っている。
対照的な出立は、どこかこよみへの当てつけのようにすら感じられるものだった。
松永が、我先にとばかりに口を開く。
「こんなことになるとは思ってへんかったけど、絶対に負けへんから」
「ね、ねぇ……そ、その……」
「なんやの、言いたいことがあるならはっきり言いや!」
「ご、ごめんなさい! え、ええっと、松永さんはどうしてそこまで私のことを嫌ってるの……?」
「……は?」
「だ、だって……初めて会ったときも負けないって、にらんで来たし……雑魚雑魚って、バカにして……」
「なっ!? 別に、にらんでへんわ! まあ雑魚言うたんは……勢い余ってや」
「で、でも……」
「てか……ホンマにうちが誰かわからんのやな」
「え?」
不意に声のトーンが変わった気がして、こよみは松永の方を見る。そこには、今にも泣き出しそうなギリギリのラインでこらえる松永の顔があった。
こよみの表情から、松永は自分がひどいことになっていると気づき、慌てて顔を隠すように鞄からなにかを取り出す。
「“きりちゃん”はこれのこと、覚えとらんの?」
松永が手に持っていたのは、歴史を感じさせる古びた御守り。
それを見た瞬間、こよみは声を張り上げ、自分の鞄の中をあさり出す。そして、「あった……!」と松永と全く同じ形の御守りを取り出した。
「持っとったんやね、忘れとるから捨てた思てたわ」
「ひさちゃん、なの……?」
『ふたりとも、知り合いやったんか!?』
『な、なにアル、これ!? なにかが頭に流れ込んでくるアル!』
『これは……こよみの記憶じゃ!』
――彼女の名前は永松久奈。
ふたりは、幼稚園の頃から仲良く遊んでいた親友とも呼べる存在だった。両親と一緒に来た初詣で、ふたりはお揃いのお守りを買っていたのだ。
ずっと一緒にいよう、と久奈は言う。
こよみも元気よく「うん!」と答えた。
――だが、別れは突然訪れる。
親の都合で久奈は転校することになってしまったのだ。
『こういうことじゃったか。まさか、親友じゃったとはの』
「だ、だって、ひさちゃんは引っ越して……」
「最近、親の都合で戻ってきとったんや」
「そ、そうだったんだ……」
「うちはあんたに会えて嬉しかったんやけどな。そっちはそうでもないみたいでガッカリしたわ」
「そんなことない! 私だってひさちゃんに会えて――」
「気安くひさちゃんなんて呼ばんで!」
目に涙を浮かべながら強い口調で、こよみを拒絶する久奈。
その威勢にこよみはたじろいてしまう。
「うちのこと分からんかったくせに! どんだけ、あの日、会えたんが嬉しかったか!」
「だ、だって……雰囲気、変わってて……昔は派手じゃなかったし……」
「それくらいでわからんようになるんなら、その程度やったっていうことやな」
「ち、違うの!」
「あんたのおかげでうちは歴史を好きになった。それでこうして、またあんたと出会えたんや。ほんまのほんまに、運命や思とったのに……」
「ひさちゃん、私は――!」
「ステージの準備が整いました。用意ができたらステージに上ってください」
スタッフに声を掛けられた久奈は涙を拭い、くっとこよみをにらみつける。
「ここであんたを超える。もう、あんたに教えてもらう、うちやない」
そう言い残し、久奈はひとりで控室を出ていく。
「ひさちゃん……」
かつて別れた親友との再会。
それはこよみが望んだ形ではなかった。
運命の地で行われる戦国クイズラリー、最終戦。
その幕が切って落とされようとしていた。
ステージの最上部で互いに向き合うこよみと久奈。
クイズの対戦方式は至ってシンプル。
誤答罰のない10点先取の早押しクイズ。
奇しくもこよみが久奈と初めて戦い、惨敗した形式だった。
「これは、うちの勝ちが決まったようなもんやな」
「ひさちゃん……」
「な、なんや、その目は……」
「約束して、ひさちゃん! 私が勝ったら、ちゃんと私の気持ちに応えて欲しい」
「ふん、まだ勝てると思ってるんか。ザコザコきりちゃん」
「絶対に、私が勝つよ」
相手の挑発に屈していた今までのこよみの姿は、もうそこにはなかった。
しっかりと目の前の相手をその目に捉え、必ず勝つという強い意志を宿している。
『わかっておるな。ここでおぬしがあやつに敗れてしまえば、友人としての縁は切れてしまうぞ』
「はい……わかってます……もう一度、ひさちゃんと話し合うには……」
こよみの刀を握る手に力が入る。
「勝つしかない……!」
「戦国クイズラリー、最終戦! 果たして最後に勝者として輝くのはどちらか。では、第一問!」
二問、三問と。
アナウンサーから問題が読み上げられていく。
最初は早押しに自信があった久奈が有利に立つが、次第にこよみも追い上げていく。
両者は一歩も引かず、正解数も1問差から離れない。
抜きつ抜かれつを繰り返しながら、会場はさらに白熱していき、ボルテージは高まっていく。
その中で、こよみと久奈は淡々と回答していく。
だが、その身は確かな熱を帯びていた。
過去の絆を断ち切ろうとする者。
過去の絆を繋ぎ止めようとする者。
ぶつかり合うのは、知識。
互いの技を研ぎ澄まし鍛え上げた目に見えない刀でつばぜり合う。
その姿はまさに戦国に生きる武将が如く。
互いの思いが込められた戦いは続き、やがて命運を決する最終問題へと向かっていく。
「さて、名残惜しいですが、この問題で最後となります! 両者ともに同点、本当にこれで決まります!」
最高潮を迎えるギャラリーに対し、2人は静かだった。
交わす言葉はなく、こよみと久奈は問題を聞き逃さないように耳を澄まし、相手より早くボタンを押すことに全神経を集中させる。
正真正銘、最後の一振り。
そして、出された意外な問題。
大将首を取るべく、振り上げられた刀から振り下ろされた一閃――
「筒井順慶!」
静寂に包まれる会場。
それを打ち破ったのは高らかな勝利宣言だった。
「せいかーい!!!!! 決まりました! 戦国クイズラリー、最終戦。それを制したのは――」
「幡桐こよみ!」
会場から大きな拍手と歓声が上がる。
最終戦を戦いきった両者は言葉なく、疲労から、ただ肩で息をしていた。
「か、勝てた……本当に、私が……」
振り抜いたのはこよみだった。
その刀は見事、久奈に届き、その首を討ち取った。
まだ状況を完全に把握していないこよみに対し、久奈はその場に崩れ落ちてしまう。
「ひさちゃん!?」
――そして、運命の刻が訪れる。
慌ててこよみが駆け寄ろうとした瞬間、大きな爆発音と人の悲鳴が響き渡る。
「な、なに!?」
「か、火事だあああああ!」
ふたりが辺りを見回すと、自分たちを囲むようにステージが燃え上がっていた。
「ど、どうなってるん!?」
「あっ! ひさちゃん、あれ見て!」
こよみが指を指す方を見ると、ステージに配置されていた松明が落ちていた。
火はそこから燃え上がっている。
『ま、まさか、この光景は……!?』
「な、なんで……」
『あれは爆発じゃなくて、花火の音なのだ!』
「は、花火?」
「ああ、なんか言うとったわ。最後は派手に花火でもあげようかって!」
「ど、どうしよう……」
逃げようにも火の勢いが激しく、そこから逃げ出すのは不可能に近い。
出ようとしても、火で焼かれて、最悪の場合は生命が危ないほどの火だった。
「も、もう、ダメなの……」
状況を理解したのか、絶望し、諦めかけているこよみ。
「諦めるんはまだ早いやろ。ちょっと熱いけど、我慢しいや!」
「え……?」
「南無三宝!」
久奈はこよみを抱え上げる。
きゃっ、と声を上げるこよみに構わず、そのまま炎の中へ入っていく。
「あ、熱い……!」
「あと、ちょっと……よし、ここまで来れば!」
炎に飛び込んでわずか数秒。
久奈は力を込めて、こよみのことを火のない場所へと投げ飛ばした。
「きゃあっ!?」
大きく転がりながらも、こよみは軽度の火傷を負った程度で無事に炎から逃げることができた。
だが――
「ひさちゃん!」
炎の中から久奈の姿はまだ出て来ない。
こよみの脳裏をかけたのは松永久秀の最期。
炎に包まれて亡くなったという彼と、久奈を重ねてしまう。
「そんなの、絶対に嫌……」
こよみは刀を握りしめて、炎の前へと飛び出していく。
『馬鹿者、そんなことをしたら、おぬしが!』
「妖精さんたち、力を貸して。私に運命を断ち切る力を!」
こよみは友達を救いたいという思いを胸に、力と祈りを込めて、刀を握りしめる。
『これは……!?』
「てりゃあああああ!」
こよみが振り抜いた刀は炎を切り裂き、倒れていた久奈への道を切り拓く。
慌てて駆け寄ったこよみは、久奈を抱えながら安全な場所まで退避する。
「ひさちゃん!」
「あ、あれ……?」
意識が朦朧としているのか、久奈は自分が置かれた状況をまだわかっていない。
「よかった、よかったぁ……」
「なんで……うち……炎の中で倒れたはずじゃ……」
「妖精さんが力を貸してくれたんや! ありがとう、妖精さん!」
「……」
「あ、あれ、妖精さん?」
こよみは何度も八雲たちに話しかけるが、これ以降、彼女たちの声が聞こえることはなかった。
「おふたりとも大丈夫ですか!」
駆けつけてきた救急隊員に連れられて、こよみと久奈は救急車へと乗り込む。
「なんで、私を助けてくれたん……?」
「そんなん、わからへんよ。ただ、このまま終わってもええかなって。なんせうちは、松永久秀やったからな」
「そんな!」
「でも、あんただけは助けよう思うて。やからああして――」
「ひさちゃんのバカ!」
「っ!?」
久奈が今まで聞いたことがないほど、こよみは涙声で叫んだ。
「私だけ助かっても嬉しくないよ……せっかく、友達にまた会えたのに……」
「なんや、うちのことまだ友達言うんか……」
「友達だよ! これからもずっと、友達でいたい!」
「そうか……」
「ダメ、かな?」
「しゃあないなぁ……涙腺よわよわのきりちゃんがうちのために泣いてくれるんやから、断れへんよ」
「うん……っ!」
危機的状況だったにも関わらず、ふたりの何気ない会話が救急車の中で繰り広げられる。
(ありがとう、妖精さん。おかげで友達と仲直りできたよ……)
――
――――
八雲たちは再び、オタクストリームへと戻ってきていた。
「ふぅ、無事に戻ってこられたのじゃ」
「急すぎるやろ、お別れくらい言いたかったわ」
「そうアル! なんで戻ってきたネ!」
「接続しすぎたからじゃ。言うたじゃろ、危なくなったら切断すると」
「そんなに危なかったのだ?」
「あやつの一太刀を見たじゃろ。あれはわらわの力を利用したものじゃった。あのままおれば、縁が結ばれ、我らはひとつになっておったかもしれん」
「そんなことできるアル?」
「世が世なら、あやつも巫女となり得た器じゃ。できてもおかしくはなかろう」
へえ、と感嘆の声を出しながら、4人は改めてこよみを助けられたことを喜んだ。
「でも、どうして回避できたアル?」
「どれが原因かはわらわにもわからん。要するに風が吹けば桶屋が儲かる、理論じゃな」
「ど、どういうことなのだ?」
「わらわたちが話しかけたことがきっかけなのか、励ましたことなのか、はたまたクイズに協力したことなのか……」
「どれが作用してるかわらないってことなのだ?」
「小さな変化が、未来では大きな影響を与える。これからわらわたちがやっていくのはそういうことなのかも知れぬな」
最初の特異点を無事に乗り越えたことで、八雲たちの自信と団結力はより強固なものになった。
そして、一行は次の特異点へと向かう。
すべてのオタクと、世界を救うために。