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ハイビスカスティー・エピソード

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ハイビスカスティーのエピソード

過去を思い出せない事が多く、癇癪もち。何の過去も持っていない彼は、誰も信じられない。聖教の教主「聖主」として使命のようなものを与えられていて、邪気を纏っている。聖教の人たちが彼の望みを叶えるため、好き放題をするわがままな性格になった。

Ⅰ.「聖主」

「聖主を奉迎します!」

「聖主!聖教の教主様が降臨しました!」

「聖主!良かったです!聖主です」


私は聖教の教主、聖主だ。


これは目を開けた時に知っている唯一の事。


「聖主、貴方は不逞の輩によって重傷を負わされたため、以前の記憶を少し失っております。ご安心を、妾が力を尽くし貴方を補佐し、以前のような力を回復させて差し上げます」


私の足元に伏している妖艶な女は、敬慕している表情を浮かべていたが、彼女の綺麗な唇から出た言葉は何一つ信用出来なかった。


彼女は企みをうまく隠しているようだったが、その目からは真心を感じ取る事は出来ない。


私に向けている彼女の視線は、私を突き抜け、まるで他の誰かを見ているようだった。


酔いしれて熱狂しているその視線は、何かを期待しているように興奮していた。


「聖主、貴方の力はまだ回復していません、ゆっくり休んでください。聖教の事務は妾にお任せを。貴方たち、聖主の世話を怠らないように」

「はい」


従順のようで、全ての事務から遠ざけ、私を一日中享楽に浸らせた。


もしこの恭順な姿を見て彼女を完全に信用してしまっていたら、私は今彼女の掌の中の傀儡と化していただろう。



私は一人で広い寝殿を出た。私に気付いた周りの教徒たちは慌てて跪いた。


「聖主様、ご機嫌よう」


彼らのこの恭しい忠誠な姿は、どうしてか目障りだった。


俯いてどんな表情をしているのかわからない。


見下しているかもしれない、軽蔑しているかもしれない。


少なくとも、私という名ばかりの「聖主」を尊重してはいないだろう。

もしかしたら、簡単に騙された私という「聖主」を嘲笑っているかもしれない。


彼らが敬っているのは、私などではない。


袖の下で拳を握り、私は長く息を吐いた。口角を上げ仰々しい笑顔を浮かべた。


「フンッ、起きよ」

「聖主様はどこへ行かれるおつもりですか?私共が案内致します」

「私の行き先を報告せねばならんのか?」

「滅相もございません!」

「なら失せろ!」


このように傲慢で後先考えない振舞いこそ、彼らがずっと求めていた物。


彼らが私を高く持ち上げ、拝み、思う存分享楽させているのは、こんな能無しで不遜な「聖主」が欲しいだけだ。ならくれてやろうじゃないか。

Ⅱ.池の中の魚

「あら、聖主いらしたのですね!」

「なんだ、来てはいけないのか?」

「……いえ、突然いらっしゃると、柔らかな座布団をすぐにご用意できません故」

「いらん。私は長らく遊び呆けていた。今後の事も全て任せる訳にはゆかぬ。せめて最近力を入れている事について聞こうかと思ってな?」


その女が黙ったのを見て、内心でほくそ笑みながらまっすぐ進んで腰を下ろした。


「どうして私を見ている。話を続けよ。それともなんだ、私に聞かせられない話でもしていたのか?」

「……そのような事は決して。誰か!聖主に茶を出しなさい」


私が来た事によって彼らは多くの言葉を飲み込んだのだろう。それでも彼らとの会話からある程度の情報を得る事が出来た。



日が経つにつれて、彼らの警戒心も自然に下がっていった。


持っていた茶器は精巧で、光を通すのに茶の一滴も通さない。


「この間出た裏切者二人は……」

チキンスープ、この茶器は良い。後で職人を連れて来い」

「はい」


茶器をじっくりと眺める放蕩の姿で、明らかに私への警戒心を緩めた。


「聖女様、薬房の方ですが……」

「コホンッ、これらの瑣事は報告するな。聖主の耳を煩わせるでない」

「………はい、考えが足りず申し訳ございません」


こうして、ゆっくりとだが、私が「知るべきではない」情報を掴んでいった。


それらの細々としたカケラは、いずれ私の必要な答えとなるのだろう。




一面の赤い花畑がそよ風に吹かれ、淡い香りを漂わせた。


だが次の瞬間、この花畑は黒い炎に呑み込まれた。


私は手を伸ばして、この黒い炎を消そうとした。しかしその黒い炎は私の指先に巻きついてきた。それを振り払う事が出来ず、花畑と同じように私を呑み込んでいった。


「あっあああ、あああー!!!」

「聖主様、お目覚めですか?どうされました?悪夢を見たのですか?」


私は寝台に座り、ぼんやりとしていた。思い出した最後の記憶は、熱くなっていく体と、灼熱によって痛くなっていく胸だった。


全ての内臓が焼かれているような、熱い痛みによって意識を失った。


再び目を覚ました時、私は既に部屋に戻っていた。目覚めた私を見ても驚かないチキンスープが傍にいた。


「私は……一体……どうした……」


彼女の笑顔は依然として少し媚びていた。その柔らかな笑顔を見て嫌悪感が生まれた。


「教主様の体はまだ完全に回復していません。持病の発作が起きたのです。さあ、この薬湯を飲んでください。すぐに良くなりますよ」

「そこに置いておけ」

「妾が飲ませましょう」

「置けと言っているだろう!ここから出て行け!」

「……はい」


彼女は私に怒鳴られても、優しい笑顔を変える事はなかった。私は握った拳を床に叩きつけた。


どれくらい寝ていたのか教えてくれる人はいなかった。しかし部屋を出て池の方を見ると、通る度に集まって来る鯉たちが何故か新しいのと入れ替わっていた。


「なんだ?私の魚は?」

「先日、毒を持った花の葉を食べてしまったため、死んでしまいました。そのため新しい物を入れておきました」

「毒?」

「はい、庭に咲く貴重な花は猛毒を持つものも多いため、風に吹かれて池に落ちたのでしょう」


池の中で泳いでいる鯉を見て、私の心は揺れ動いた。従者の手から菓子を取って、ぱらぱらと池にこぼした。


鯉たちは餌を奪うため我先にと池にさざ波を起こした。


同類たちに何が起きたか知らない鯉たちは、過去何が起きたか知らない私と、似ていた。


Ⅲ 聖教の主

毎日時間通りに送り届けられた薬湯を見て、蓮華を軽く動かした。


淡い茶色の薬湯は飲みにくくはなかった。少し甘みがあり、匂いも良い物だ。


しかしこの薬湯のせいで私の体は少しずつ変わっていった。


このような変化が何をもたらすのかはわからない、しかし私の本能が決して良いことではないと言っていた。


普通の人である従者の目を盗んで薬湯を処分するのは容易いが、彼らが一体何をするつもりなのかはっきりさせないといけない。


また頻繁に現れるあの灼熱感だ。


初めて昏睡してからこの灼熱感の出現頻度はますます高くなった。毎回私は自分がどれくらい眠っているのか分からない。昏睡している間は、一体何が起きているのか?


遂に体を支えきれず倒れた。


しかし今回目の前に広がったのは、見たことのない花畑ではなく、半分跪いているチキンスープだった。


彼女は口を開いて私に何かを話しかけているようだが、いつも私に向けているような作り笑いではなかった。

彼女が何を言っているのかは結局聞き取れなかった。


暗闇の後、視線は突然池の中の鯉の上に移された。私が与える餌に慣れた鯉たちは、我先にと蠢いていた。


水しぶきの間の水面に映る姿が見えた。


……やはり……私だ……


しかし見慣れた筈の笑顔は水面の歪みからか、冷たく不気味に映った。


最後に一筋の光が差し、池に花びらが撒かれているのが見え、そして、私の笑い声が聞こえた。


少しずつ暗闇の中から目を覚ました。初めの頃のように全身を呑みこむ黒い炎で悲鳴を上げることはなくなった。傍で薬湯を持っているチキンスープを見ると、彼女はいつもの笑顔を浮かべていた。


チキンスープよ、今までよく私についてきてくれた。感謝しておる」

「もったいないお言葉、妾は永遠に聖主様と共にあります」


永遠に聖主様と共に……


フッ……

そうか……


なるほど、全ての異変の原因がわかった。


そういう事だったのか……


こいつらは……

私を甘く見ていたようだな……


それなら、誰が本当の聖堂の主なのか見せてあげよう。


Ⅳ.食霊

「聖主様!」

「ああ、かしこまるな。蔵宝閣に何か珍しい物はないか見に来ただけだ。構わず、自分の仕事をしろ」

「はい」


蔵宝閣には数え切れない程の宝物が集められていた。全て聖教の信者から献上された物だ。

その中には古書や図冊もいくつかある。


風流な閑書に混じっている古書は私を助けてくれる。


背伸びをして竹簡を取ろうとした時、ある袋が地面に落とされ、中から綺麗な色をした……宝石が……


私は宝石を拾い上げた。宝石の中にはなんだか身に覚えのある力が含まれていた。


見に覚えがあり過ぎて悲しいぐらいだ。


どこでこの力を感じたかは全く思い出せないが、この力は私にあたたかさも与えた。

全く知らないところで、過去を全て忘れて目を覚ました私は、このような感覚の出現によってかつてない程に震えた。


……もし私に仲間がいたら…

一人だけでも良い……


この軟弱な考えは突然私の中に現れて、私は力を入れて首を横に振った。


私は一人でも、全て成し遂げてみせる。


まだ混乱している自身の感情が整う前、この宝石が何なのかわかる前、突然手の中の宝石は眩い光を放ち始めた。


人影が、光の中から生まれた。


――幻晶石!


一瞬の内、ある古書で読んだその不思議な宝石の名前が私の頭の中に現れた。


私は視線を光の中の人影に向けた。


袖の中に隠れていた手が興奮して、そっと震え出した。


これは……私が召喚した食霊……


しかし、私は常に食霊のチキンスープから自分と同じ力を感じていた。

チキンスープは私に、それは私を降臨させた方法に関係しているからだと言った。彼女たちは食霊を召喚する方法を使って、私を降臨させる方法を見付けたのだと言う。だから私は今食霊としてこの世界に存在している。


私がただの食霊であるなら、食霊を召喚する事は出来ない。


この異常の原因を、普通の食霊との違いを見付ける事が出来れば、現状を打開する策を見付けられるかもしれない。


つまり……私が反撃する時が来たようだ。


Ⅴ.ハイビスカスティー

ハイビスカスティーが自分の名前を見つけたのは、召喚されてから大分経った後だった。


それを冬虫夏草の花図鑑で見付けた、珍しい花がたくさん載っていたのだ。


厳密に言えば、冬虫夏草が自分で描いた花図鑑だ。


普通の人間が作った図鑑には数え切れないほどの草花が記されているが、これは彼が自分と大切な人を救う研究をしている最中に見つけた希望が持てる花だけを記している。


おかしな話だが、聖教の者は冬虫夏草は聖教の人であると知っているが、彼は聖教の者に良い顔を見せた事は一度もなかった。


聖教の教主、聖主であるハイビスカスティーが初めて薬房で彼に会った時ですら、彼から酷く嫌われた態度をとられた。


「へぇ……君が伝説の聖教様?」


少し皮肉めいた言葉を使い、木のような見た目をしていた彼は、かえってハイビスカスティーの目を惹いた。


青年は目に映る憎しみを全く隠そうとしていなかった。

まるでハイビスカスティーにバレようが構わないかのように。


彼は本当に思うがままに生きていた。


どうしてか、ハイビスカスティーは彼の目付きを見ても、少しもイヤな気持ちにならなかった。


その上、何故か別の感情が――

「あぁ、こいつはどれぐらい経っても、相変わらず生意気なあくびをするな」

こういう感情が湧き上がってくる。


まるで付き合いの長い旧友のようだ。


聖教の中で出会った他の人はいつも偽りの顔を見せてくるが、このように率直で、少なくとも誠実な目付きを、ハイビスカスティーはこれまでに会った事がなかった。


「お兄ちゃんと初めて会った時、本当にそう思ったの?」


ハイビスカスティーの前であぐらをかいている女の子は驚いて目を丸くしていた。彼女は信じられない顔をして、何か言いたげな様子だった。


「ハイビスカス……アンタまさか人間みたいに……あの……被虐癖があるの?」

「……虫茶、そんな言葉を言って良いのか、兄は知っているのか?」

「知っていたとしてもあたしをどうにもできないよ!」


彼女は甘やかされた女の子みたいに得意げに笑った。その笑顔を見たハイビスカスティーは仕方なく頭を横に振りながら笑った。


「私の前であぐらをかいている事は知っているのか?そんな恰好して問題ないのか」


ハイビスカスティーは入口に立って、暗い顔をしている青年を見てから、彼が持って来た薬茶を飲んで、冷静に急須を後ろでだらけている蛇スープに渡した。


「虫!!!茶!!!!!何度も言っただろう!!!!!女の子なら女の子らしくしろ!!!!!」


激しい物音が鳴り響く部屋を見て、聖教の教徒たちは不思議そうにしていた。


「虫草様は誰かに触られたらすぐに怒っていたのに、今はなんだか……」

「シーッ、聖主様だけですよ。虫草様は今も私たちに触られたら怒ります」

「………おかしい、虫草様はいつの間に聖主様と仲良くなられたのだろうか?」

「知りませんよ」


ハイビスカスティーは罰として隅に立たされた虫茶を見て、笑いを堪えていた。一つ咳払いをしてから、冬虫夏草に茶を淹れた。


「可哀想だと思わないのか?後で彼女の脚が痛くなっても知らないぞ」


茶碗を受け取った冬虫夏草は白目を剥いた、このようにだらしない動きはこの人たちの前でしか見せたことがない。彼は少し怒りながらお茶を流し込んだ。


「あの子の脚はとっくに治っている。君のおかげだろう?」

「なんだ?」

「……いや、口が滑った」

「……なんなんだ。まあ良いだろう……ハイビスカスは私の夢と同じように、満開の時は一面赤が広がって、まるで火がついたように見えるのか?」

「ああ」

「なんで頷いてるんだ?見た事があるのか?」

「ああ、見た事あるよ。至るところにまるで火のように真っ赤なハイビスカス。ただ……ボクはもう二度と見たくない」



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