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運命のラプソディ・ストーリー

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運命のラプソディ

目次


至極の宴

序章-至極の宴


 奇跡の生まれし記念日に、自由を象徴する遠き海にて、至極の宴を開催するべく、クルーズ船はパラータより出航致します。

 「時空」と「終結」を主役としたオークションが、貴方様をお待ち致しております。

 きっと皆様はこちらで求めているものを見つけられるでしょう。

 視線が最後の句点に辿り着くと、ブランデーはゆっくりと口元に弧を描く。手にしたグラスを軽く揺らすと、ボルドーの液体がその深い目にキラリと波紋を描いた。


ブランデー:……『求めている物』か……フッ、よく言ったものだ。

オイルサーディン:……


 口では軽蔑の言葉を並べているが、その目は静かだ。色が派手な招待状は、ブランデーの白く長い指先で踊る炎に呑み込まれていく。オイルサーディンは、このつかみどころのない同僚の行動をただ黙って見つめることしか出来ない。


オイルサーディン:……どうするつもりだ?

ブランデー:ありきたりな文章だが、内容が気にならないと言えば嘘になるな。それに……

ブランデー:わざわざ公海を選んだということは、指名手配中の罪人たちに便宜を図るためだろう。我の言いたいことはわかるか?

オイルサーディン:……わかった、すぐに支度をしてくる。

ブランデー:そうだ、ついでにタルタロスの囚人を全員連れて行こうか。公海に捨て置けば、我らの管轄外になる。

オイルサーディン:???


 その場から離れようとしたオイルサーディンが、ブランデーの言葉に驚いて振り返るも、彼の顔から何の感情も読み取れず、威厳が漂うのみだった。


オイルサーディン:今なんか言った?

ブランデー:冗談だ、落ち着け。

オイルサーディン:冗談に聞こえない冗談はやめろ!?

ブランデー:肩の力は抜けたか?今回の任務は罪人を捕まえることではなく、重要なのは宴の主催者……

ブランデー:こんな訳のわからん宴を開催して、何を企んでいるのか、それをはっきりさせるのが目的だ。

オイルサーディン:……わかった。

ブランデー:なら、我も少し準備をしてくる、すぐに出発するとしよう。

オイルサーディン:待て、お前も行くつもりか?

ブランデー:なんだ、一人で宴と美酒を楽しむつもりなのか?

オイルサーディン:いや……お前まで行ったら、タルタロスはどうする?

ブランデー:少し前に、新人が来ただろう?


 新人という二文字を聞いた途端、オイルサーディンの頭の中に面倒な奴の姿が浮かんだ。彼はズキズキと痛むこめかみを押さえ、眉間に皺を寄せながらブランデーにこう尋ねた。


オイルサーディン:……本当に、彼に任せるつもりか?

ブランデー:何かあったとしても、責任の所在は我にある。安心しろ。

オイルサーディン:……

ブランデー:あいつだって食霊だ、囚人たちにやられる程弱くはないだろう。それより急がねば、間に合わんぞ。

オイルサーディン:…………もう一つ質問がある。

ブランデー:うん?

オイルサーディン:招待状はお前が燃やしてしまった、どうやって船に乗るつもりだ?

ブランデー:おや、やってしまったな。


 言葉とは裏腹に彼は悪びれることもなく、グラスの中の赤ワインを一気に飲み干した。


ブランデー:招待状がなくとも、誰も我を止められない、だろう?


最終章-ビジョン


クルーズ船

レストラン


オイルサーディン:輪廻?

シュークリーム:そうじゃ。


 明るいライトに照らされているが、シュークリームの目はかえって沈んでいるように見えた。彼は最後の希望を見つめるかのように、じっとオイルサーディンを見つめた。


シュークリーム:僕たちが経験した全ての出来事は、何度も何度も繰り返されてきました……さっきデッキで見たのは、前回の輪廻で起こった事です……

シュークリーム:僕は殺戮に酔った狂人になっていて……ブランデーさんもそうでした。

オイルサーディン:……どうしてそんな物を見せてくれたんだ?

シュークリーム:僕の言う事を信じてもらうためです。

シュークリーム:未来の予言者だと勘違いされた事もありますが、僕はたまたま思い出しただけなんです。つまり僕にとっての過去は、未来なんです。

オイルサーディン:……

オイルサーディン:だから最初に会った時、妙な感覚がしたのか……お前を、よく知っているような気がしたんだ。

シュークリーム:あなたが僕の言う事を信じてくれるなら、僕の目的はもう半分達成されたことになります。

オイルサーディン:もう半分は?

シュークリーム:この繰り返される世界を終わらせるために、あなたの力を借りたいです。

オイルサーディン:……

オイルサーディン:なぜ俺なんだ。

シュークリーム:あなたの周りは、輪廻を重ねる度に最も変化する場所です。世界を変える最も可能性のある突破口の一つだと僕は思っています。

オイルサーディン:一つ……他にも突破口はあるのか?

シュークリーム:はい、もう一つ……


 シュークリームの表情が急に柔らかくなった。彼はオイルサーディンを見つめながら、まるで彼を通して他の人を見ているようだった。

 一方--

 花火を見飽きたハギスは、つまらなそうにあたりを見回していたが、突然見覚えのある姿を見つけて目を輝かせた。


ハギス:先生!


 彼は興奮して駆け寄り、懐から何かを取り出した。褒められたい子どものように相手の前にそれを差し出す。


ハギス:はい!これが先生の欲しい物でしょう!頑張って手に入れたよ!

ウイスキー:ふふ……ご苦労さまでした、ハギス……

オイルサーディンハギスハギス

ウイスキー:お友だちが呼んでいます、早く行きなさい。

ハギス:うぅ……それじゃあ、今度是非一緒にチェスをしよう!約束だよ!

ウイスキー:……ああ。


 仲間に向かって元気よく走っていくハギスの姿を見ながら、ウイスキーは無意識に口角を上げた。彼はハギスが持ってきた駒に唇を当て、敬虔に、そして悲しげに口づけをした。


ウイスキー:もうすぐ……もうすぐ……もう少しだけ待ってください……

ウイスキー:もうすぐ、貴方はあの暗く冷たい地獄から解放されます……

ウイスキー:貴方を、もう一度この世界に連れ戻してあげます……

ウイスキー:貴方はこの大陸の奇跡となり、この世界の救世主となるでしょう……

ウイスキー:私はこの変わらない心にかけて、貴方に誓います。

ウイスキー:絶対に。絶対に。



 「運命のラプソディー」完

海上での争い

1.海上での争いⅠ


クルーズ船

ダンスホール


 広々としたダンスホールは金色に彩られているが、宴が始まっていないため幾分暗く見える。その様子は、まるで開演を待つ舞台の幕間のようだ。

 ダッダッダッーー

 そして今、幕が上がろうとしている。


スターゲイジーパイ:あら……このダンスホール、思っていたより小さいですね……

パスタ:貧しいパラータにしては、最善を尽くしたのだろう。

スターゲイジーパイ:ですが招待状には、至極の宴と書いてありましたわ……

ブラッドソーセージ:姫さま、たまには質素なのもいいんじゃないですか?

スターゲイジーパイ:うーん……わかったわ、アフタヌーンティーを期待しておきますわ!

パスタ:では、こちらは頼んだ、私はまだ用事があるんだ。覚えておきたまえ、『やるべきこと』をやるんだぞ。

ブラッドソーセージ:ご安心を、姫さまのために宴を滞りなく進めさせておきますよ。


 青年は軽く会釈をすると、ダンスホールを後にした。残された少女たちは「ショー」の準備を続けている。


シュールストレミング:……なんだか、よく知っている感じがするわ……

マルガリータ:ええ、セイレーンはこれまでずっと海辺に住んでいたのですから、親近感が湧いたのでしょう。

シュールストレミング:なるほど……ここで私の騎士様と踊れるのかと思うと、ああ、まるで夢のようね!

マルガリータ:ちょっと待ってください、任務のことを忘れては……

ブラッドソーセージ:リラックスよ、マルガリータちゃん。戦う必要もないですし、少しだけ楽しもうよ。

マルガリータ:しかし、任務が……

ブラッドソーセージ:大丈夫、問題が起きたら『やり直せ』ばいいわ。それに……


 装飾用の血のように赤い薔薇の花びらを弄びながら、ブラッドソーセージは陶酔したような病的な笑みを浮かべる。


ブラッドソーセージ:わたしたちの任務は、『愛』ですから。


2.海上での争いⅡ


クルーズ船

カジノ


ペッパーシャコ:……これで、大丈夫……

ペッパーシャコグリーンカレーは頭が良い……間違ったりしない……

ペッパーシャコ:全ては、兄貴のため……

麻辣ザリガニペッパーシャコ

ペッパーシャコ:!


 慌てて振り向くと、そこには見覚えのある姿があった。ペッパーシャコは先程まで触れていた物をサッと背後に隠し、背筋をピンと伸ばした。


麻辣ザリガニ:一人で何してんだ?

ペッパーシャコ:……グリーンカレーに言われて、準備していた……宴のため……

ペッパーシャコ:兄貴……どうして、そいつと一緒にいるんだ……

北京ダック:おや?全ての食霊を歓迎する宴と聞いていたのですが、まさか吾は仲間外れなのでしょうか?

ペッパーシャコ:……

北京ダック:それとも、そなたらには何か企みがあり、吾がいると不都合でもあるのですか?

麻辣ザリガニ:てめぇ……グリーンカレーが俺様を誘ったって言っただろうが、まだ俺様を疑ってんのか?

北京ダック:何にせよ、そなたらは同じ船に乗っている仲間ですから。

麻辣ザリガニ:ふん、今、俺らは全員同じ『船』に乗ってるんだ。

北京ダック:吾はこの船の主ではない、失う物がないのでいつでも船を捨てて逃げる事が出来ます。

麻辣ザリガニ:チッ、相変わらずよく回る口だな。

北京ダック:お互い様ですよ。

麻辣ザリガニ:……まあいい。ペッパーシャコグリーンカレーはどこにいる?あいつに用があるんだ。

ペッパーシャコ:準備している……何の用?

麻辣ザリガニ:武器の修理に決まってんだろ……まあ、俺様は先に客室に戻ってる、あいつが暇になったら呼んでくれ。

ペッパーシャコ:兄貴、ゆっくり休んで……


 麻辣ザリガニを見送ると、ペッパーシャコ北京ダックから素早く視線を逸らした。それから彼に目も向けず、しかし離れることもせず、ただ黙って立っていた。


北京ダック:……なかなか仲の良いご兄弟ですね。グリーンカレーが今回わざわざ宴を主催したのも、単に創世の日を祝うためではないのでしょう?当ててみましょうか、もしや麻辣ザリガニのためですか?

ペッパーシャコ:……

北京ダック:おや、お兄さんがいないと、口をきいてもくれないのですか?

ペッパーシャコ:……


 北京ダックが立ち去らないのを見て、ペッパーシャコはいっそのこと彼に背を向けてしゃがみ込んだ。その強情な後ろ姿は、やけになって家に帰ろうとしない子どものように見えた。

 北京ダックは、相手から情報を引き出すことも出来ず、周りを自由に調べることも出来ず、困った顔で気まずそうにしていた。


北京ダック:これはこれは……困りましたね……


3.海上での争いⅢ


クルーズ船

オークション会場


 誰もいないオークションルームの静寂は、まるで龍の魔窟。隠された財宝を目当てにやって来た貪欲な者を、罠に誘っているかのようだった。

 ギシッ--

 ドアが開く音がした。

 ドンッーー!バンッーー!


パエリア:バカ!静かにしてって言ったでしょう、どうしてかえって大きな音を立てているの!

シフォンケーキ:ぐえっ……こっ、こんなに開きやすいドアだとは思わなかったぜ、うっかり押し倒しちまった……

パエリア:早く何とかしてドアを直しなさい!

シフォンケーキ:慌てるなよ。お目当ての物を見つけたら、『時間を巻き戻せ』ばいいじゃん!

パエリア:時空の輪はドアを直すためのものじゃないでしょう?!

シフォンケーキ:シーッ!わかったって、大声を出すなって……

ブルーチーズ:あれ……おかしいですね……

シフォンケーキ:ん?ブルーチーズ、どうした?

ブルーチーズ:見張りの人がいないのはともかく、ドアには鍵も掛かっていません……恐らく、僕たちが探している物はここにはないようですね。

シフォンケーキ:えっ?!だったら無駄足じゃん!今日のために、主役のチャンスを棒に振ったのに!

パエリア:ここにないのなら、別の所を探せばいいじゃない、大騒ぎしないで。

ブルーチーズ:確かにその通りです。しかし、その前にドアを直さないと、誰かに気付かれてしまいます……

シフォンケーキ:な、なんで俺を見てんだよ、まさか……

パエリア:少し前、大工を演じるのにわざわざ勉強したじゃない。驚異的な記憶力を持つあんたが、まさか学んだ技術をすっかり忘れてしまったなんてことはないわよね?

シフォンケーキ:は?そんなことは、絶・対・に・な・い!こんなドアを修理するのなんて、朝飯前だぜ!

パエリア:あら、じゃあここを頼んだわ、何でも出来ちゃうシフォンケーキくん。

シフォンケーキ:おうっ、任せてくれ!


 目の前に広がる光景はいつもの日常と変わらず、ブルーチーズは少女のウィンクという合図を受け取り、状況を受け入れることにした。


ブルーチーズ:……では、後程デッキで合流しましょう。

シフォンケーキ:うん!


 二人を見送った後、腕を回していたシフォンケーキの顔から笑みが消え、徐々に表情が硬くなっていった。


シフォンケーキ:あれ?なんか、俺、また騙されてる……?

シフォンケーキ:いいや、とりあえず仕事仕事!

シュークリーム:やはりここにいましたか。

シフォンケーキ:うわああん!

シュークリーム:ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです!

シフォンケーキシュークリーム?久しぶりだな!いつこっちに着いたんだ?離れてる間、何か楽しいことに出会ってない?早く教えてよ!

シュークリーム:……それは後でゆっくりお話しましょう。

シュークリームシフォンケーキ、あなたにお願いしたいことがあります……


4.海上での争いⅣ


クルーズ船

レストラン


グリーンカレー:……以上。僕の計画を聞いて、何か意見はあるか?

明四喜:……

ウイスキー:……

グリーンカレー:フフッ、答えを急ぐ必要はない。『ゲーム』が終わった頃には、自ずと答えが出ているだろう。

明四喜:僭越ながら、一つ質問があります……ただの『ゲーム』の割には、大がかりではないですか?

グリーンカレー:複雑な『ルール』についてか?それは『スポンサー』が悪趣味なだけだ。ただ……

グリーンカレー:これはただのゲームではない、全ての者に『この世界』をきちんと見せるための鏡となるだろう。

明四喜:おや?

グリーンカレー:お二人とも『この世界』の事情はよく知っているだろう、これを『終結』させようと思ったことはないのか?

ウイスキー:終結?

グリーンカレー:安心してくれ、僕が言っているのは世界を滅ぼすことではない、『苦痛を終結』させることだ。

グリーンカレー:この世界は、いい加減統治者を変えるべきだ。

ウイスキー:……たった一度のゲームでですか?

グリーンカレー:それに加えて、世界を変えられる『オークション』もある。

ウイスキー:……

明四喜:しかし多くの食霊は、この世界のことなど気にせず、自分のことしか考えていないでしょう。

ウイスキー:自分自身でさえ変えることも出来ないのに、どうして世界を変えることが出来る?どうして世界が変わる必要があると確信出来るのですか?

ウイスキー:もしかしたら、この世界を楽しんでいる者もいるかもしれませんよ。

明四喜:ほら。

グリーンカレー:この計画は世界のためだけのものではない、自分たちのためでもある。

ウイスキー:私にとって気晴らし以外に何のメリットがあると言うのですか?

グリーンカレー:結局のところ、最後に作った仲間の中に、自分の欲しいものが見つかるかどうかわからない。例えば……

グリーンカレー:本物の錬金術師……とか。

ウイスキー:……

グリーンカレー:すまない、君を不快にさせるつもりはない、ただ事実を述べているだけだ。

グリーンカレー:何もかも未知数の中、結果を待ちつつゲームを楽しんでみるのはどうだろうか。

グリーンカレー:世界中の食霊が、今頃はこの宴に向かっているだろうし……

グリーンカレー:今回の招待で、満足してもらえると良いが……


5.海上での争いⅤ


宴 当日

パラータ


 クルーズ船は静かに海岸に停泊している。その豪華で最早贅沢と言える雰囲気は、背後に広がる荒廃したパラータの風景とは全く相容れない。まるで大洪水の中現れたノアの方舟のようだった。

 波が船体を叩き、永遠に続くかと思えた序曲を奏でている。そして、長い待ち時間が終わり、ついに最後の客人を迎えた。


ハギス:着いた!

ブランデー:……このガキを甘やかし過ぎじゃないか?どこへ行っても連れ歩いて……

オイルサーディン:彼が外に出たいとうるさいんだ、仕方ないだろう……

ハギス:もう!なんでボーっとしているの?早くおいでよ!

ブランデー:まあ……お前が連れてきたんだ、責任は自分で取れ。

オイルサーディン:お前に任せた方が不安だ……ハギス、走るな!

狼侍者:このヤロウ!グズグズすんな!早く上がってこい!

オイルサーディン:?


 不意に頭上から響いた声が、和やかな雰囲気を壊す。その声は低くしわがれていて、とても人間のものとは思えなかった。オイルサーディンは思わず顔を上げ、そしてぽかんとした。


オイルサーディン:狼?

狼侍者:ヤロウ共!

羊侍者:いらっしゃいませ~!


 目の前には召し使いの格好をした怪物が二人立っていた。彼らは動物の頭をしていたが、体は人型だ。恐ろしさの中に、少し可愛らしさがあって、とても奇妙な様子だった。


羊侍者:私は羊侍者です。このクルーズ船の衣食住、そしてゲーム内の『チャンス』と『ご褒美』は、全て私が担当しているんです~!

ハギス:ゲーム?どんなゲーム?

羊侍者:皆さんはオークションのためにいらしたんですよね?宝物を見つけるには難関を突破しなければならないように、ゲームの勝者だけがオークションに参加する資格があります!

オイルサーディン:……それで、『チャンス』と『ご褒美』とはなんだ?

羊侍者:文字通りの意味ですよ~!

オイルサーディン:……

ブランデー:おいっ、もし我がご褒美を気に入らなかったら、お前が責任を取れ。

羊侍者:はい!その時は必ず最高級の美酒を献上させて頂きます~!

ブランデー:ほお、我の好みを知っているのか。つまり、我のことは調査済みということか?

羊侍者:もちろんですとも!

狼侍者:くだらんオシャベリはおしまいだっ!船に乗ってさっさと準備しろ!

オイルサーディン:準備?

羊侍者:舞踏会に出席する時はタキシードを着なければいけないように、今回の宴もドレスコードがあるのです~!

狼侍者:ベラベラとうるせぇな!早く入れ!


 オイルサーディンが反応する前に、狼侍者に押されて真っ暗な部屋に押し込まれてしまった。ドアが閉まる直前、外にいたブランデーが、のんびりと別の部屋に入っていくのが見えた。

 目の錯覚か、その部屋には獣の目があり、外の世界を見つめているような気がした。


6.海上での争いⅥ


クルーズ船

デッキ


 デッキに立つと、空の青が視界に広がり、まるでおとぎ話の世界にいるようだった。ただ、油絵のような美しい景色の中には、苦しげな顔を浮かべた少女がいた。


ラタトゥイユ:うーん、どこに行ったのかしら?あっという間にいなくなっちゃいました……

ブラッディ・マリー:可愛らしい妖精さん、お手伝いしましょうか?

ラタトゥイユ:あら、手伝ってくださいますか?

ブラッディ・マリー:もちろんだ、僕は善良で有名だからね~

オイルサーディン:……

ブラッディ・マリー:おや、これはこれはタルタロス大墳墓の典獄長のお二方ではないですか。いつもと服装が違うので、気付かない所でしたよ~

オイルサーディン:……

ブラッディ・マリー:顔色が良くないみたいだね、少し休んだらどう?どうせ……ここで罪人を逮捕する訳にもいかないだろうしね~

オイルサーディン:……………………

ブラッディ・マリー:公海はいい所だよね、いや……犯罪者には天国、法の執行者には地獄ってとこかな。

オイルサーディン:……

ブランデーオイルサーディン、我慢しろ。

オイルサーディン:……わかっている、ここはタルタロスの管轄外、軽率な行動は出来ない……

オイルサーディン:それにあの奇妙なゲームは、暴力を禁止している……


 反復横跳びをしているブラッディマリーを前にして、オイルサーディンは思い切って見て見ないフリをし、目を閉じ拳を握りしめた。


ブラッディ・マリー:どうしたの?君のムチは?今日はなんだかそれを味わってみたかったんだけど~

オイルサーディン:お前……調子に乗・る・な。

ブラッディ・マリー:ああ、怖い怖い。

ラタトゥイユ:あのー助けてくださるんですよね?早く行きましょう?

ブラッディ・マリー:精霊女王、かしこまりました。お二方も楽しんでくださいね、バイバイ~


 二人の姿が完全に視界から消えてから、オイルサーディンの震えていた手が、ようやくおさまった。


オイルサーディン:宴が終わったら、必ず全員捕まえてやる……

シェリー:あら、私も犯人逮捕を頑張らないとだわ!

オイルサーディン:お前。

シェリー:お二方、お久しぶり!

ブランデー:フッ、やはりお前も来ていたか。


 その言葉を聞き、高慢な不敗の王はブランデーを横目で見た。上から目線で……そして、幼稚さが見て取れる。


シャンパン:お前が来ていいのなら、俺がダメな理由などないだろう?

ブランデー:真似っ子。

シャンパン:金魚のフン。

ポロンカリストゥス:ははっ、小学生レベルだね~

オイルサーディン:プッ……コホンッ!


 顔見知りばかりが集まり、あれこれ言い合っているうちに、オイルサーディンの張りつめていた神経もいつの間にか落ち着き、普通の宴みたいに感じるようになっていた。しかし……


羊侍者:皆さん、こちらをご覧ください!


 クルーズ船のアナウンスを通じて、羊侍者の声が全員の耳に飛び込んできた。人々は思わずデッキの最先端、あの陽気に腕を振り回している羊に目を向けた。


羊侍者:ゲームが始まりますよ!


7.海上での争いⅦ


 甲板に散らばっていた人々が物珍しそうに集まってきたが、その中には見慣れた顔が多すぎて、オイルサーディンがせっかくおさえたばかりの手がまた思わず震え始めた。

 隣に立っているポロンカリストゥスが、わざとらしく彼の耳元でこう囁いた。


ポロンカリストゥス:学校には薬剤師さんがいるよ、君の病気を治せるかもしれない。

オイルサーディン:……俺は病気じゃない。

ポロンカリストゥス:病人は皆そう言う。

オイルサーディン:……


 どれほどの時間が経ったのか、人々が静かになると、一人の青年がゆっくりと二人の侍者の間に歩み寄り、目を伏せたまま、気怠そうに口を開いた。


ペッパーシャコ:俺は……司会。口下手だから、一度しか言わない……

ペッパーシャコ:船に乗り込む時、役職が与えられたはず……狼か羊。ゲームのルールは、狼が羊を食べること。

ハギス:食べる?!

羊侍者:ご安心を。食べるというのは、ゲームの中でアウトになるという意味です!具体的な方法については、狼しか知りませんよ~

ペッパーシャコ:片方の陣営が全員アウトになった時点で、相手陣営の勝利、ゲーム終了……

ペッパーシャコ:……俺のセリフは終わった……面倒くさい、もう行く……

羊侍者:ちょっと待ってください、司会さん!まったく、相変わらずわがままですね……

羊侍者:では、皆さんは何かご質問はありますか?

シェリー:うーん……こうして見ると、羊が勝つのは容易ではないみたいね。

羊侍者:素晴らしい質問ですね!羊は侍者の前で狼を名指しすることが出来ます。成功すれば、その狼を退場させられますよ!しかし、もし指名した狼が、実は羊だったとしたら……

狼侍者:狼にその場で食われてしまうぞ!ハハハッ!

オイルサーディン:……こんなゲームに、一体何の意味があるのか?

羊侍者:簡単に言えば……『スポンサー』の趣味でしょうか?

オイルサーディン:……

オイルサーディン:まったく無茶苦茶だ!全てのプレイヤーがルールに従うことをどうやって保証する?この場には食霊しかいない、誰かが力ずくでルールを破り、神器を奪ったらどうするつもりだ?

羊侍者:その点はご安心ください、ゲームでは一切の暴力行為を禁止しています。もしルールに違反したら……

狼侍者:ペナルティだ!

羊侍者:そうですよ~だから皆さんも危険を冒してまでルールを破らないでくださいね!要するに……

クレームブリュレ:勝てばいいんでしょう!

羊侍者:そうじゃ!


 人混みの中から突然、少女の高らかな声が響いた。それを聞くと、周囲は騒然となった。どうやって勝つかについては、皆それぞれの考えがあるようだった。


羊侍者:では……

狼侍者:ヤロウども、ゲームスタートだ!

クレームブリュレ:あはは、それっ!

オイルサーディン:?!避けろ!!!


8.海上での争いⅧ


 ガランッーー

 矢がブランデーの心臓を目掛けて飛んでくるのを見て、オイルサーディンは素早く前に出て佩刀でそれを叩き落とした。


オイルサーディン:何者だ?何故俺たちを攻撃する?!

クレームブリュレ:ああ!安心してください、これはキューピッドの矢ですよ。ひとを傷つけられません!ほら!


 少女が自分の体に矢を突き立てるのを見て、オイルサーディンはゆっくりと眉をひそめた。


オイルサーディン:……キューピッド?

クレームブリュレ:あたしの『特殊役職』です。貴方様は……そんな恰好をしているのに、まだ自分が何者かわからないんですか?

オイルサーディン:……

クレームブリュレ:ぷっ……大丈夫ですよ、あたしだってどの食材に毒があるのかわからないから、レストランのお客さんを病院送りにしちゃった事もあるし!よくある事ですよ!

ポロンカリストゥス:ブリュレちゃん、それとこれは根本的に違うよ。

クレームブリュレ:あら……先生も、いらっしゃってたんですか……

オイルサーディン:ちょっと待て……一体何の話をしているんだ?

クレームブリュレ:うーん……質問が簡単すぎて、かえって答えに困っちゃいます。

クレームブリュレ:簡単に言えば、私には「二人を矢で射抜くと、その二人を恋人にする能力」があるんです。恋人になった二人は、どちらかがアウトになった場合、もう片方もゲームを続けることが出来なくなります。

クレームブリュレ:出来るだけ多くのプレイヤーを退場させて、勝率を上げようと二人を恋人にしようと思ったのですが……残念でした。

オイルサーディン:こ、こっ……

ブランデー:なるほど、悪くない戦術だ。

オイルサーディン:悪くない?俺たちはこっ……恋人同士になるところだったんだぞ!

クレームブリュレ:ただのゲームですよ?ふふっ、貴方様は初心ですね!

オイルサーディン:……

クレームブリュレ:それにしても、鎧の騎士さんの役職は何ですか?

オイルサーディン:俺?

ブランデー:着替えの中に、特殊役職の情報が書かれた紙が入っているはずだが……見ていないのか?

オイルサーディン:…………そういうことは早く言え!

クレームブリュレ:どうなんです?何が書いてあるんですか?

オイルサーディン:おいっ……触るな!自分で確認する……

オイルサーディン:……見つけた。貴方の役職は……守衛、一人を殺されないように守ることが出来ます……

クレームブリュレ:なーんだ、狼じゃなかったんですね。

ブランデー:ところで、ゲームの中で嘘はついていいんだよな?

オイルサーディン:?

クレームブリュレ:ん?なるほど!見た目によらず卑怯ですね!

オイルサーディン:違う……

オイルサーディン:……どうでもいい、お前らはゆっくり遊んでいてくれ、俺たちはもう行く。

ブランデー:なんだ?どこへ行くつもりだ。


 平然とした顔のブランデーを見て、オイルサーディンは大きく息を吸って、怒りを堪えるしかなかった。


オイルサーディン:俺たちは、主催者を探しに行くんじゃないのか?

ブランデー:人の話をしっかり聞け、オイルサーディンくん。ゲームはもう始まっているぞ。

オイルサーディン:…………まさか、ゲームをやる気なのか?

ブランデー:ゲームを真面目にやらないと『死ぬ』……あの子犬はそう言っていた。

オイルサーディン:そんな胡散臭い話……


 オイルサーディンは一瞬止まり、それ以上言葉を続けなかった。ブランデーの真剣な眼差しの中に、何かが蠢いているのが見えたからだ。


ブランデー:『時空』と『終結』とは何か……知っているか?

神殺しの狂気

1.神殺しの狂気Ⅰ


ブランデー:『時空』と『終結』とは何か……知っているか?

オイルサーディン:ああ……招待状に書いてあった、オークションの主役……だが、それが具体的にどんなものなのかはわからない。

ブランデー:時間を巻き戻すことができる『時空の輪』。能力は不明だが『時空の輪』と同様の力を持つはずの『終結の輪』。

ブランデー:この二つの神器は、ゲームに勝たなければ手に入らない。悪事を働く者に奪われたら、世界はどうなってしまう?

オイルサーディン:……かといって、本当に神器がここにあるとも思えないし……

ブランデー:彼らを信用出来ないなら、我を信じろ。

オイルサーディン:?

ブランデー:今までに何かお前が不利になるようなことをされた覚えはあるか?

オイルサーディン:…………

オイルサーディン:心当たりが多すぎる。


 ふいに気まずい空気が漂い、しばらく時間が凍りついたようだったが、やがてブランデーがあの余裕のある笑みを浮かべた。


ブランデー:でも、まだ生きているだろう?

オイルサーディン:……

ブランデー:我を信じろ。

ブランデー:我々は、もうゲームの中にいるからな。


 ブランデーの目がこれまでになく真剣だったにもかかわらず、オイルサーディンは、自分が部屋に押し込まれる前に見た光景を思い出さずにはいられなかった。

 ブランデーの背後に潜んでいた獣は……狼に見えた。


オイルサーディンブランデー、まさかお前……


 「お前は狼なのか」

 オイルサーディンはそう問いかけようとしたが、言葉を飲み込み、ただため息をついた。ブランデーの気まぐれに付き合わされ、酷い目に遭う度にそうしてきた。


オイルサーディン:仕方ない……ゲームに参加するには、絶対に勝たなきゃいけないんだろ?

ブランデー:当然。

オイルサーディン:よし、ゲームに勝たせてやる。

ポロンカリストゥス:フフッ……じゃあ、お二人の幸運を祈るよ、なんにせよ……

ポロンカリストゥス:例えゲームだとしても、プレイヤーが皆狂人だったら危ないからね~


 うああああ!

 話を遮るように、少し離れたところから突然悲鳴が聞こえてきた。恐ろしいことが起きたかのようなその叫び声に惹きつけられ、皆は声がする方に目をやった。


エッグノッグ:ほら……狼が、狩りを始めましたよ。


2.神殺しの狂気Ⅱ


 声を聞きつけ、現場に駆けつけたオイルサーディンはどんな恐ろしい場面にも立ち向かう準備は出来ていた、しかし目に入ったのは……


シュークリーム:うああああ!

黒トリュフ:震えてる、カワイイー

マドレーヌ:坊や、お姉さんたちと遊びませんか?


 金髪の少年が二人のセクシーな女性に囲まれている光景だった。


オイルサーディン:……

マドレーヌ:貴族のパーティーは見渡す限り老人ばかりなの、やはり食霊のほうが目の保養になるわー

シュークリーム:……あの、僕には用事が……

黒トリュフ:えーお姉さんたちと遊ぶことより大事なことってなぁに?

シュークリーム:ち、近すぎます……あの……た、助けてください!

オイルサーディン:!

マドレーヌ:イケメンくん、一緒に遊ぶ?

オイルサーディン:いや……俺は、遠慮しておく……

黒トリュフ:赤くなっちゃった?お姉さんは照れている姿を見るのが大好きなのー

マドレーヌ:同感だわー

オイルサーディン:通りがかっただけだ……

ラムチョップ:おいっ、何をしている。


 二人の女性が遠慮なく近づいてくるのに戸惑っていると、突然、冷たい男の声が響いた。その声は、まるで溺れている人に投げかけられた命綱のように彼を救った。


マドレーヌ:わからない?楽しんでいるのよー

ラムチョップ:いいから、さっさと『時空』と『終結』を見つけて帰るぞ。

マドレーヌ:何よ、あのイケメンくんに会うのが怖いだけじゃない、臆病者。

ラムチョップ:……

マドレーヌ:まあまあ、そんな顔しないで、顔が良いことだけが取り柄なのに。


 それだけ言うと、マドレーヌラムチョップは騒ぎながらデッキを離れた。黒トリュフも飽きたのか、金髪の少年の頬をつねって去っていった。


シュークリーム:ふぅ……ありがとうございました。

オイルサーディン:いや、俺は別に何も……一人か?

シュークリーム:はい……

ハギスオイルサーディン!足速すぎるよー!


 後からやってきたハギスが興奮気味にオイルサーディンに飛びつき、そして目の前の見知らぬ金髪の少年を振り返って、興味深そうに見つめる。


ハギス:あれ?新しいお友だち?

シュークリーム:えっ……


 少年が少し困ったような、それでも断りたくないような顔をしているのを見て、オイルサーディンも思わず口調を和らげてそっと言った。


オイルサーディン:仲間がいないなら一緒に来たら良い、一人じゃ危ないから。

ハギス:そうだよ、オイルサーディンは人を守るプロなんだ!

シュークリーム:はは、そうですね。

オイルサーディン:?


 オイルサーディンは少し驚いて金髪の少年を見た。まだ出会ったばかりなのに、まるで自分とハギスのことをよく知っているかのような反応をしていたから。


オイルサーディン:貴方は……

狼侍者:ヤロウ共!!!ついに『死亡者』が出たぞ!!!


 しかし、オイルサーディンが自分の困惑を口にする前に、どこからともなく狼侍者が現れ、口の端に奇妙な弧を描いて、中の鋭い牙を見せた。


オイルサーディン:『死亡』って……誰かが狼に食われたのか?

ハギス:えー、誰かな?

狼侍者:オイルサーディン、俺と一緒に『地獄』に行こうぜ!

オイルサーディン:!


3.神殺しの狂気Ⅲ


狼侍者:オイルサーディン、俺と一緒に『地獄』に行こうぜ!

オイルサーディン:俺?!いつの間に……

狼侍者:このヤロウ!オレについてこい、さもないと『ペナルティ』だぞ!

オイルサーディン:なっ……

オイルサーディン:(だめだ、アウトになったら神器が手に入らない、どうすれば……)

シュークリーム:あの、彼を助けてもいいでしょうか?

オイルサーディン:?

狼侍者:あ?チッ、魔女かよ……

羊侍者:はいはーい!……確かに、『魔女の救出』の成功を確認しました!ゲストの皆さん、ゲームを続けていいですよ~


 訳のわからないことを言って、二人の侍者は去っていった。残されたオイルサーディンたちは、狐につままれたような表情を浮かべていた。


オイルサーディン:一体どういうことだ……

シュークリーム:魔女は僕の特殊役職です、『死亡』した者をよみがえらせることができる……先程のお礼だと思ってください!

オイルサーディン:ありがとう……でも、どうして俺は『死亡』したんだ?何も起こらなかったのに……

ブランデー:……

オイルサーディンブランデー……ちょうどいいところに来てくれた、さっき俺が……


 遅れてやってきたブランデーは、オイルサーディンがどうなっているかなどまるで気にしていないようだった。彼は何も言わず、ゆっくりと、しかし確実に、同僚のほうへ近づいていった。二人の間の距離はますます縮まっていったが、彼が立ち止まる気配はまったくない。


オイルサーディン:なんだ?!

ブランデー:狼が羊を『食べる』方法を知ってこそ、食べられるのを防ぐことが出来るのではないか?

オイルサーディン:そうだが、どうして近づいてくる?!

ブランデー:お前に手を出した可能性が高いのは、さっきの二人の女性だろう。彼女たちがやった事を再現しているだけだ。


 白々しいブランデーを見て、オイルサーディンはひどく腹を立て、顔を赤らめながら相手を睨みつけた。


オイルサーディン:さっきからそこにいたのに……傍観していたのか?

ブランデー:あんな場面に飛び出すと巻き込まれてしまうだろう、我はそこまで馬鹿ではない。

オイルサーディン:お前……!近寄るな!たとえ狼が羊を食べる方法が本当にこれだったとしても……としても……

ブランデー:としても?

オイルサーディン:こんなに親密に……親密にしていたら……もう一度『死亡』しちまうだろうが?!

ブランデー:何を恐れている、どうせこの金髪のガキに助けて貰えるだろう。

シュークリーム:あっ、申し訳ないのですが、魔女は一度しか『死亡者』を救えません。

ブランデー:それは、残念だ。だったら『守衛の力』で自分の身を守ったらどうだ?

オイルサーディン:一度しか使えない能力を、こんな事に無駄使い出来るか!

シュークリーム:ぷっ……


 二人のいつもの口喧嘩は、笑い声によって遮られた。声の主はふいに二つの鋭い視線を同時に受け止め、無意識に口を押さえ、申し訳なさそうにつぶやく。


シュークリーム:ただ、なんとなく、ホッとしまして……

ブランデー:おや?

シュークリーム:一人は守衛、一人は魔女、そして狼が羊を食べる方法を必死で研究しているあなた……少なくとも僕たち三人の中には、絶対に、狼がいるはずがないですよね。


 無邪気に笑う少年を、ブランデーはじっと見下ろしていたが、やがて喉の奥から絞り出すような声でこう言った。


ブランデー:どうだろうな。


4.神殺しの狂気Ⅳ


シュークリーム:少なくとも僕たち三人の中には、絶対に、狼がいるはずがないですよね。

ブランデー:どうだろうな。

オイルサーディン:誰が狼でも構わない、俺たちは神器を手に入れるだけだ。そうだろう?

ブランデー:……


 珍しく黙り込んだブランデーを見て、オイルサーディンは肩をすくめた。


オイルサーディン:お前が狼であろうと羊であろうと、猫であろうと犬であろうと、俺のやることは変わらない。

オイルサーディン:お前を勝たせて神器を手に入れるだけだ。世界をルール通りに動かす、それだけだ。

オイルサーディン:ただ、お前がどう思っているのかは知りたい。

ブランデー:うん?

オイルサーディン:お前が世界を救おうとしているとは思えない。ならば……神器を何に使うつもりだ?

ブランデー:神器など欲しくはない。


 ブランデーは豪華なクルーザー船の内装を眺めていたが、その眼差しはそれらの金銀銅器から船外の空と海と世界にまで及んでいるように見えた。


ブランデー:ただ、この忌まわしい世界を、止めたいだけだ。

オイルサーディン:……

シュークリーム:世界を止めるなんて、凄い考えですね!


 少年の澄んだ幼い声が、沈黙を破った。彼は無邪気に笑いながらも、悩ましげに考えていた。


シュークリーム:しかし……そんなに簡単なものでしょうか?

ブランデー:……その口ぶり、何か知っているのか?

シュークリーム:ええ、なんでも知っていますよ!

ブランデー:おや?

シュークリーム:世界の始まりと終わり、神の無邪気さと残酷さ、タルタロス大墳墓の誕生も含めて……僕は『最初』から、全部を知っています。

シュークリーム:ただ一つ……世界を止める方法を除いては。


 少年の顔には微かな悲しみの色が浮かんでいた。その悲しみはどこからともなくやってきて、ふわふわと漂っている。ブランデーは黙って彼を見つめていたが、次第に諦めの色が浮かんできた。


ブランデー:……『終結の輪』でも出来ないのか?

シュークリーム:それは今、何の役にも立たないです。

ブランデー:今は?

シュークリーム:今は。

オイルサーディン:……つまり、未来のどこかの時点で、或いは何らかのきっかけで、何らかの行動によって、『終結の輪』が役に立つかもしれないということか?

シュークリーム:……

シュークリーム:正確にはわからないです……結局『終始』、誰も成功したことがないんですから。

オイルサーディン:それなら、今回成功させよう。

シュークリーム:あら?

オイルサーディン:お前らが言っている事はよくわからない。だが俺の理解が正しければ、お前ら二人は『この』世界を止めようとしているのだろう?

オイルサーディン:だったらやればいい、目標は成功、それだけだ。


 彼はいつものきっぱりとした口調でこう告げた。船の外に広がる空と海と世界のように澄んだ彼の青い目を、ブランデーは思わず見つめてしまう。一瞬時を忘れたかのようだったが、やがて我に返った。


ブランデー:……こんな、既存の規則に反して動く計画には、反対するのかと思っていた。

オイルサーディン:他の事はわからないが、お前は目的を達成出来なかったら、きっと世界をめちゃくちゃにしてしまうだろう?

オイルサーディン:それなら、お前が選んだ世界が『正しい』物であると信じた方がまだましだ。


 今度こそ、ブランデーは本当に固まった。彼はオイルサーディンを見つめ、相変わらず真剣な表情を浮かべているが、その青い瞳の中で何かが静かに変化しているように見えた。やがてブランデーはホッとしたような笑みを浮かべた。


ブランデー:ほぉ?目的が達成出来なかったら我が暴れると?我はそこまで幼稚ではない。

シュークリーム:ふふっ……どうやら、あなたよりもあなたの事をよく知っているようですね。

オイルサーディン:そう言えば……ハギスはどこに行った?

シュークリーム:まあ、遊びに行ったのでしょう。安心してください、船上では暴力は禁止されています。ある程度は、安全です。


 それを聞いて、オイルサーディンも安心したが、リラックスした雰囲気は長くは続かず、突然耳障りなサイレンが鳴り響いた。


オイルサーディン:どうした?!

ブランデー:クルーズ船で警報が鳴ったのは初めてだな。

オイルサーディン:……状況を確認して来ます。

シュークリーム:一緒に行きましょう!


5.神殺しの狂気Ⅴ


ゲーム開始2時間

デッキ


 サイレンの音を聞いて、オイルサーディンシュークリームが駆けつけたとき、デッキには既に多くの人々が集まっていた。その中で特に目を引いたのは、澄ました顔をしているシェリーに激怒している狼侍者だった。


狼侍者:ペナルティ!ペナルティだ!

シェリー:うるさいわね!どうして貴方に罰せられなきゃいけないのよ!

羊侍者:……お客様、暴力行為は厳しく禁じられているんですよ。

シェリー:私は暴力なんて振るっていないわ!

羊侍者:殺人も暴力ですよ……

サンデビルシェリー……貴様……

サルミアッキ:ちょっと……待って、話さないで……

サンデビル:はぁ……


 オイルサーディンはそこで初めて気がついた。一人の少女が跪いてガーゼでサンデビルの首を強く押さえているが、赤い血がゆっくりと滲み出ている事に。


シェリー:そもそもこのクソゲーが悪いのよ!せっかく『盗賊』の役職を手に入れたのに!これを利用して狼になって、陛下の前に立ちはだかる全ての邪魔者を排除しようと……だけど……

シェリー:『キス』で羊を食べるだなんて、誰が考えたルールよ!陛下以外の男にキスをするだなんて、ありえないわ!!!

サンデビル:だったら……カッ……どうして私に、奇襲をかけた……

シェリー:ゲーム内で障害を取り除く事が出来ないのなら、現実で敵を殺せば良いでしょう?

シェリー:奇襲というのは、やっぱり味方から仕掛けた方がやりやすいじゃない?

狼侍者:ペナルティだ!アウト!アウト!


 狼侍者は手にした剣を振り回しながら、苛立たしげに怒鳴っているが、シェリーは笑いつつもどこか恐ろしい表情を浮かべていた。


シェリー:そこのワンちゃん、皆に狼の肉を味わって欲しいのかしら?

狼侍者:えっ……


 満面の笑みを浮かべるシェリーに、いつもは言いたい放題の狼侍者も言葉を失い、怯んで一歩下がった。


羊侍者:しょうがないですね……お客様、次また違反したら、本当にゲームに参加する資格を剥奪しますよ!

ポロンカリストゥス:また次回があったら、私からも陛下に報告するよ。いくら陛下でも、こんな勝ち方は受け入れられないんじゃない?

シェリー:……チッ、わかったわ。


 騒々しかったサイレンの音がようやく止まり、野次馬も離れていったが、オイルサーディンだけはそこに立ったまま、床の血痕を見つめ怪訝な顔をしている。


ポロンカリストゥス:典獄長様はサンちゃんのことを心配しているのかい?安心して、シェリーちゃんも弁えてはいるよ。それに、愛し合い殺し合うのは学校の伝統だからねー

オイルサーディン:学校には興味ない……さっきシェリーが『キス』しないと羊を食べられないって言っていたな?

ポロンカリストゥス:うん、シェリーちゃんのおかげで、大事な情報が手に入ったよ。

オイルサーディン:……だとしたら、俺が『死亡』した時、誰ともキスなんてしていなかった……

ポロンカリストゥス:そんなこと?……実は、『死亡』の方法は狼に食われることだけじゃないんだよ。

オイルサーディン:?

ポロンカリストゥス:魔女の毒でも、人を『死亡』させることが出来るんだー

オイルサーディン:魔女?!


6.神殺しの狂気Ⅵ


ポロンカリストゥス:魔女の毒でも、人を『死亡』させることが出来るんだー

オイルサーディン:魔女?!

シュークリーム:えっ?僕じゃないですよ……

ポロンカリストゥス:そうなの?でも、どうやって証明するのかな?

シュークリーム:そうですね、どうやって証明すれば良いでしょう……

シュークリーム:そうだ!魔女は人を救うのも、人を殺すのも一度しか出来ません……


 少年はそう言いながら、オイルサーディンに近づいていく。彼が何を言っているのかに気がついた時には、時既に遅かった。


シュークリーム:僕が今あなたを毒で『殺す』事が出来れば、あなたを『殺した』のが僕ではないと証明出来るでしょう!


 少年の顔に浮かんでいる無邪気な笑みが急に恐ろしくなった。しかしオイルサーディンは彼が近づいて来るのを見つめたまま、身動きが取れないでいた。


シュークリーム:この機会に、あれも試してみましょう。

シュークリーム:『時空の輪』の力……


 シュークリームの手がオイルサーディンに触れた瞬間、彼の心臓に鋭い痛みが走った。鋭い金属音が鼓膜を貫き、頭がふらふらして目が眩んだ。まるで体が得体の知れない力で押し潰され、引き裂かれ、天地を逆にされ、そしてもう一度組み立て直されたような感覚を覚えた。

 吐き気を催すような眩暈は、どれ程続いたのだろうか。オイルサーディンは自分がもう死んでいると思えるほど長い時間のようにも、ほんの一瞬の事のようにも感じた。とにかく、意識を取り戻した時に彼が見えたものは……

 金髪の少年が二人のセクシーな女性に囲まれている光景だった。


オイルサーディン:ど、どういう事だ……

シュークリーム:そこのお方、助けて下さい!

オイルサーディン:!

黒トリュフ:イケメンさん、一緒に遊ばない?

オイルサーディン:……いや……

ハギスオイルサーディン!足速すぎるよー!

オイルサーディン:!


 身体の不快感が完全に消えていないため、オイルサーディンの思考は混乱していた。自分に飛びついて来た少年を無意識に受け止め、しばらくしてようやく相手が誰であるか気付いた。


オイルサーディンハギス

ハギス:どうしたの、変な顔して……うーん、これは……

シュークリーム:ふふっ……

シュークリーム:新しい仲間、新しい世界!食霊よ、神の御意を受け、僕と共に神の恵みを祈り、新しい未来を迎えましょう!

オイルサーディンハギス!逃げろ!


 金髪の少年がこれまでとはまったく違う姿で目の前に現れ、これまでにない危険を意味性があると悟った時、オイルサーディンの本能は逃げる事を選んだ。

 しかし、数歩も走らない内に、狼の頭をした怪物が彼の前に立ちはだかった。


狼侍者:俺と一緒に『地獄』に行こうぜ、オイルサーディン

オイルサーディン:ちくしょう……どけ!


 荒唐無稽なゲームのルールなどとっくに忘れていた。生き残りたいという本能で、オイルサーディンは遠慮なく狼侍者を押し退けたが、それでも一歩遅れを取った。

 金髪の少年が彼の前に立ちはだかる。顔つきに変化はなかったが、目つきと雰囲気はすっかり変わっていた。


シュークリーム:その反応は……そうか、あなたは『未来』を見たようですね?

オイルサーディン:未来?な、何を言っているんだ……

シュークリーム:急ぐ必要はありません。いつか会えますから。その時には……全てを説明させてくださいね。

オイルサーディン:な…………んんっ!


 再び眩暈に襲われ、オイルサーディンは苦しそうに上着を握り締め、息を荒げた。意識は朦朧としているが、周囲で人の話し声が聞こえる気がする。


シュークリーム:……成功しましたか?良かった!僕も初めて試したのですが、本当に成功しました!シフォン、ありがとうございます!

シフォンケーキ:へへっ、お安い御用だぜ!でも俺はもう行かなきゃ……

シュークリーム:うん、また後で……

オイルサーディン:貴方は……

シュークリーム:もう回復したんですか?凄いですね、いきなり時空を逆転して過去に戻れば、普通の食霊でも耐えられないでしょうに。こんなに早く回復出来るとは……

シュークリーム:どうやら、僕の選択は間違っていなかったようですね。

オイルサーディン:お前は……一体、何者だ?


7.神殺しの狂気Ⅶ


オイルサーディン:お前は……一体、何者だ?

シュークリーム:……『時間』に囚われた、ごく普通の食霊ですよ。


 目の前の少年は、初めて会った時の姿に戻っていた。無邪気な眼差しは、無害さと善良さを象徴しているようだが……

 あまりにも多くの罪を見てきた典獄長は、容易に彼を信用できなくなっていた。


狼侍者:オイルサーディン、俺と一緒に『地獄』に行こうぜ!


 お馴染みの狼侍者が再び現れたが、今回のオイルサーディンの反応は妙に穏やかだ。彼はまるで相手の挑戦に応じるかのようにシュークリームを見つめていた。


オイルサーディン:地獄か……ふん、一緒に行ってやろう。


ゲーム開始2時間15分

「地獄」


 自分の目で見ていなければ、豪華絢爛なクルーズ船の中に、こんな空間があるとは、オイルサーディンはとても思えなかった。

 狼の侍者について階段を一歩一歩下りていくと、この「地獄」--湿って冷たい壁、硬く不吉な匂いのする牢獄--に入っていった……


オイルサーディン:まるでタルタロスの再現だ……

グリーンカレー:そのような評価をもらえるとは、光栄だ。


 仮面の男は「地獄」の奥からやってきて、いつもは傲慢な狼侍者までが頭を下げ、恭しく去っていった。

 男は悠然とオイルサーディンの前に近づき、自分の家の庭を自慢するかのように牢獄の柵を撫でた。


グリーンカレー:ここは確かにタルタロスを模倣して建てられている。この柵の材料に至るまで、全てタルタロスと同じだ。

オイルサーディン:……食霊の行動を制限するために、苦労したようだな。

グリーンカレー:君こそ、こんな馬鹿げたゲームに身を委ねて、聞きたい事が山程あるのだろう?

オイルサーディン:……今は何時だ?

グリーンカレー:……

グリーンカレー:ふふ、意外な質問だった。


 そう言うと、グリーンカレーは懐中時計を取り出し、オイルサーディンに差し出した。


オイルサーディン:(舞踏会が終わってから今まで、たった一時間しか経っていないなんて……やっぱり、さっきの奇妙な体験は、『この世界』の出来事ではないのか……)

オイルサーディン:(それに、あいつがさっき言ったことって、一体どういう意味なんだろう……)


 五分前--


───


狼侍者:オイルサーディン、俺と一緒に『地獄』に行こぜ!

オイルサーディン:地獄か……ふん、一緒に行ってやろう。

シュークリーム:うーん……まあ、いいでしょう。『地獄』をこの目で見れば、僕のことを理解し、味方になってくれるはず……

シュークリーム:では、また後で!

オイルサーディン:(……あいつはいったい何をしようとしているんだろう。俺に、何を理解させようとしているのか……)


───


グリーンカレー:『時空』と『終結』のためにやってきたのか、それとも単純で愚かな正義のためか?

オイルサーディン:正義とは、決して愚かではない。

グリーンカレー:そう、愚かなのは、無知なる正義だ。

オイルサーディン:……

グリーンカレー:ほかに質問がなければ、まず僕から……

グリーンカレー:『時空の輪』は時間を巻き戻す力を持っている神器だ。これは知っているだろう。しかし、それは能力の一つに過ぎない、重要なのは……

グリーンカレー:それは鍵でもある。

オイルサーディン:鍵?

グリーンカレー:神が生を創ると同時に、死を与えるように、世の中には時空の輪もあれば、必ずそれに匹敵する神器もある……

オイルサーディン:……『終結の輪』。

グリーンカレー:その通り。しかし今、それはただのくず鉄に過ぎない、作動させるには『鍵』が必要だ。

オイルサーディン:起動したら、どうなる?

グリーンカレー:……この世界について、どこまで知っている?この世界の始まりを知っているか?

オイルサーディン:少し聞いたことがある、たしか、創世の神という……


 オイルサーディンは突然言葉に詰まってしまう。何故なら、目の前の青年が狂気とも言える笑みを浮かべているのが仮面越しに見えたから。


グリーンカレー:終結の輪は、神を殺すことができる。

オイルサーディン:!


8.神殺しの狂気Ⅷ


ゲーム開始から3時間後

「地獄」


オイルサーディン:神殺し……創世の神を殺そうというのか?!


 オイルサーディンは、驚愕の表情で目の前の男を見ていた。彼の狂気は底知れぬ深淵のようで、ちょっと気を抜けば呑み込まれてしまいそうだった。


グリーンカレー:神というのは、ただの名前に過ぎない。強大な力で食物連鎖の頂点に立っているだけだ……食霊は人間じゃない。だから神よりも強くなれる……

オイルサーディン:でも……

グリーンカレー:悔しいとは思わないのか?神の気まぐれ故、僕たちは契約に縛られ、人間に平伏しなければならない。たとえどれほど努力しても、神の意志に背けば……パンッ!


 合掌した瞬間、男の燃える狂気も打ち砕かれた。オイルサーディンは、彼の顔に微かな絶望の色を見て、それを完全に理解出来なくても、それに心動かされずにはいられなかった。


グリーンカレー:世界は再起動され、僕たちがやってきたことは、何もなかったかのように消されてしまう。

グリーンカレー:神は僕たちを玩具にして、いたずらに遊んでいるらしい……でも、僕たちは生命だ。

グリーンカレー:我是生命……


 彼は沈黙した。いつもつりあがっていた口もとが、重い枷を嵌められているかのように、これまでになく悲しい表情を浮かべた。


オイルサーディン:……だから、お前は神を殺したいのか。

グリーンカレー:その通り。創世の神は何を与えてくれた?飢饉か、戦争か、それとも疫病か?

グリーンカレー:彼は神に相応しくない。僕たち、僕たち食霊こそこの世界の支配者であるべきだ!

オイルサーディン:だが、神がいなければ、俺たちも存在していなかっただろう……

グリーンカレー:クロノスがいなければ、神々の王であるゼウスも存在していなかった。しかし、ゼウスはクロノスに何をした?

グリーンカレー:彼は自分の父親であるクロノスを神殿の外に放り出した。

オイルサーディン:……それが、この宴の真の目的なのか?

グリーンカレー:古き神々も、人間も、神殿の外に放り出される役立たずになるしかないのだ!僕たちこそが、この世界の唯一の主人なんだ!

オイルサーディン:……狂った計画だな……

グリーンカレー:狂っている?人間が金や権力のために争い、殺し合うのは狂っていないのか?神々が自分の悦楽のためにこの地に苦しみを作り出すのは狂っていないと言うのか?彼らよりも、僕たちのほうが正気だと思うが!

オイルサーディン:俺たちじゃない。

グリーンカレー:……

グリーンカレー:それでも断るのか……どうして?君が納得出来ないのはどの点だ?

オイルサーディン:いや。ただ、他の者にもう説得されてしまっただけだ。


 いつも高慢不遜で、自分を悩ませていたそいつの姿が突然脳裏を過った。オイルサーディンそんな自分に驚くが、それから呆れたように笑い出した。


オイルサーディン:かつて俺の世界はモノクロだった。だが、本当の世界はカラフルで、綺麗な物もあれば汚い物もある……世界は元々狂っていて、恐ろしい、だが……

オイルサーディン:彼だけだ。狂う事がそれ程恐ろしい事ではないと、彼だけがそう思わせてくれる。

救世滅世の役目

1.救世滅世の役目Ⅰ


クルーズ船

「地獄」


狼侍者:入れ!


 バンッ--


オイルサーディン:……


 狼侍者に乱暴に牢屋に押し込まれたオイルサーディンは、背後の澄んだ錠前の音を聞いて顔をしかめる。食霊であれば、特殊な素材で造られたこの牢屋から逃げ出すことが出来ないと、タルタロス大墳墓の典獄長である彼は誰よりもよく知っていた。


オイルサーディン:(仕方ない。今は、ブランデーを待つしかない……)

エッグノッグ:また会いましたね、守衛さんー

オイルサーディン:貴方は……

エッグノッグ:命を救える切り札を持っているのに、自分を守らなかったなんて、本当に意外ですね!

オイルサーディン:……ここに閉じ込められているのは、全員アウトになった者たちか?

アールグレイ:正確に言えば、あの狂った計画を拒否した者たちですね。

オイルサーディン:……


 見渡すと、小さな牢屋にはオイルサーディンの他に十人ほどいた。ただ、社交的に情報を引き出すのが苦手なので、彼はただ牢屋の隅に座り、静かに時間の流れを感じることしか出来なかった。

 短い間に起こった事、全てが信じがたい。オイルサーディンは、ぶつぶつとした声に思考を中断されるまで冷静に考えていた。


フィッシュアンドチップス:……落ち着くんだ……きっと隙があるはずだ……きっと逃げ道は見つかるさ……


 当然、全員が彼のように落ち着いている訳ではない。


シュールストレミング:あの……ずっとぐるぐる回っているのは疲れませんか?こっちで座りましょう……

フィッシュアンドチップス:あーっ!出口がまったく見つからない!力も出せないし、一体どうなっているんだ!

オイルサーディン:ここの建材はタルタロスと同じだ、食霊は脱出出来ない。これも命がけでこの鉄塊を手に入れたあの狂人たちのおかげだ。

フィッシュアンドチップス:ダメだ!早く脱出しなきゃ!

シュールストレミング:あの……もし私が貴方を連れ出したら、貴方は私の願いを一つ叶えてくれませんか?

フィッシュアンドチップス:一つどころか、出られるなら百個の願いでも安いもんですよ!

シュールストレミング:いえ……一つで充分ですよ……


 夕陽のような赤が少しずつ少女の頬に這い上がった。彼女は牢屋の入口のそばまで歩き、宝石のような明るい目を閉じて、名も知らない美しい旋律を歌った。

 フィッシュアンドチップスは文句を言おうとしていたが、次の瞬間にはいつの間にか少女の歌声に酔いしれ、何もかも忘れてしまったかのようだった。やがて、近づいてくる足音を聞いて、彼は我に返った。


マルガリータ:セイレーン?どうしてここにいるんですか?


 暗い階段の曲がり角から一人の少女が顔を出した。彼女は階段を飛び降り、牢屋の前に立ち、驚いた顔でシュールストレミングを眺めた。その後フィッシュアンドチップスを見つけると、全てを理解したかのような表情を浮かべた。


フィッシュアンドチップス:貴方は……

マルガリータ:はぁ、彼の顔を見たら全てわかりました。

フィッシュアンドチップス:え?俺?

シュールストレミングマルガリータ、外に出してくれませんか?

マルガリータ:それは……


 親友の哀願の視線に攻められ、マルガリータはすぐに躊躇う事をやめ、吹っ切れたように急いで鍵を取り出した。


マルガリータ:たとえパスタの意思に反していたとしても、任務よりも友人のほうが重要です!


 シュールストレミングの驚きと喜びの眼差しの中、鍵は鍵穴に差し込まれ、澄んだ音を立てて、目の前に立ち塞がっていた冷たいドアは開かれた。


シュールストレミング:ありがとう、マルガリータ

フィッシュアンドチップス:良かった!やっと出られる!

エッグノッグ:待ってください、お兄さん。お嬢さんとの約束を忘れないでくださいね。

フィッシュアンドチップス:ええと、もちろんです、忘れていません!こほんっ……バンシー……いや……

フィッシュアンドチップス:セイレーン。

シュールストレミング:!


 初めて相手の口からその名前で呼ばれ、シュールストレミングの顔は一気に真っ赤になった。その幸福に満ちた笑顔は、まるでもう願いが叶ったように見えた。


フィッシュアンドチップス:敵同士とはいえ、君と約束した以上、必ず約束を果たします。で、どうして欲しいのですか?

シュールストレミング:うぅ!貴方に、願いたいのは……

オイルサーディン:そこをどいてくれ、急用があるので。


 美しい物語が始まろうとしている所だったが、典獄長はそういった感情を理解出来ないのか、無粋にも二人の会話を遮った。そして、二人の間をすり抜け一足先に『地獄』から飛び出した。


オイルサーディン:(ゲームの黒幕、神器の役割、そして主催者の目的……それらを一刻も早くブランデーに伝えなければ!)


2.救世滅世の役目Ⅱ


クルーズ船

カジノ


 テーブルの両端には黒と白の二人が座っている。それぞれの手元に何段もの高さのチップが置かれているが、どちらの顔にも勝者の喜びは見て取れない。

 バシャンッ--


ブランデー:オール・イン。


 積まれていたチップがテーブルになだれ込むが、持ち主は気にせず、席を立った。


シャンパン:どこに行く?

ブランデー:同僚の姿が見えないのでな、後輩のことを心配するのも先輩の責任だろう。

シャンパン:フンッ、気取りやがって。


 口では不満そうにしているが、シャンパンも彼を止めない。しかし、ブランデーがカジノの入口に着く前に、一人が勢いよくドアを押して入ってきた。


ブランデー:おや、心が通じ合っているようだな?

オイルサーディン:は?

ブランデー:なんでもない。焦らずにゆっくり話そうか。こんなに長い間行方不明になって、何か面白い事でもあったか?

オイルサーディン:ふん……この……このゲームは……

狼侍者:ヤロウ共!静かにしろ!

羊侍者:主催者より、とてもとてもとても--とーっても重要な事発表しますよ!


 オイルサーディンが口を開きかけた途端、待ち構えていたかのように二人の侍者が話を遮った。そして、仮面の男が皆の前に姿を現した。


ブランデー:宴の主催者は、彼か……

グリーンカレー:ゲストの皆様、大変申し訳ございません。あるお客様のいたずらにより、『死亡』のルールが破られ、ゲームをやり直さなければいけなくなりました……


 ブランデーは、何故か嬉しそうな目でオイルサーディンを見た。


ブランデー:……外でいたずらしていたのか?

オイルサーディン:…………俺じゃない。

グリーンカレー:しかし、一刻も早くオークションを始めるために、新たなルールを臨時に追加しました……


 ドンッ--

 男の言葉が終わらない内に、二人の侍者が大きな四角い箱を運んできた。色とりどりの細い糸が巻きついていて、デザインに失敗した装飾品のように見えるが、床に置くと鈍い音がし、まるで危険な武器のようにも見えた。


グリーンカレー:これは爆弾です。このクルーズ船を、『時空』や『終結』を含めた全てを粉々に吹き飛ばすだけの威力があります。

オイルサーディン:!


3.救世滅世の役目Ⅲ


グリーンカレー:これは爆弾です。このクルーズ船を、『時空』や『終結』を含めた全てを粉々に吹き飛ばすだけの威力があります。しかし……

グリーンカレー:緊張しないでください。爆発するまで、これはただの飾りですから。


 それを聞いて、皆はホッとしたが、次の瞬間、狼侍者がニヤリと笑い、手にある小さなボタンを押した。

 ピーッ


グリーンカレー:今、信管を作動しました。


 参加者たちは混乱した、カジノの中はパニックと怒りの声で満たされる。シャンパンブランデーまでが、爆弾に視線を集中させていた。


シェリー:どういうつもり?船の中で死ねってこと?

グリーンカレー:もちろん違いますよ。言ったでしょう、ただのゲームの追加ルールです。

オイルサーディン:……どんなルールだ?

グリーンカレー:簡単です。信管は起動したが、正しいコードを切れば爆弾は爆発しません。皆さんがすべき事は、正しいコードを見つけることです。

グリーンカレー:しかし、切ったのが間違ったコードだったら……

羊侍者:ボンッ--!

狼侍者:爆弾が爆発するぞ!


 会場は突然静まり返った、誰もが突如出現した時限爆弾に視線を釘付けにし、自分の命と神器、どちらが大切なのかを考えた。


ポロンカリストゥス:生きるか死ぬかのゲーム……それ以外の選択肢はあるのか?

グリーンカレー:僕たちの仲間に加わるという選択肢もありますよ。

オイルサーディン:……

グリーンカレー:さて、参加するつもりのないお客様は棄権してもかまいません。海の上とはいえ、食霊である以上必ず逃げ切れるでしょう。

グリーンカレー:それでは皆さん……楽しんでいってください。


 男はそう言い残してその場を立ち去った。やがて、カジノを埋めつくしていた客の数も、半分以下に減った。

 爆発まであと五分。


ブランデー:おや、あっという間に人数が減ったな。神器の魅力もそれだけという事か。

オイルサーディン:……どうしてそんな事を考える余裕があるんだ?どのケーブルを切ればいいか早く考えろ!

ブランデー:いや、もう一つ勝つ方法がある。

オイルサーディン:?

ブランデー:何故なら……我は狼だ。

オイルサーディン:!


4.救世滅世の役目Ⅳ


ブランデー:何故なら……我は狼だ。

オイルサーディン:何をするんだ、そんな事をして何の意味がある……

ポロンカリストゥス:うーん……さっきのマスク男は、ゲームのルールを変更したのではなく、新たにルールを追加したと言っていた。だから……

ポロンカリストゥス:どちらか一方が負ければオークションは開始されるし、爆弾を解除する必要もなくなるということ、そうだろう羊ちゃん?

羊侍者:その通りです~!

オイルサーディン:し……しかし、それならお前がアウトになるぞ?

ブランデー:ん?我がお前を騙した事には怒らず、我がアウトになる事を心配しているのか?それは感動的だな。

オイルサーディン:こんな時に冗談を言うな!

ブランデー:何を焦っているんだ、お前がいるだろう。それに、我がアウトにならずにどうする、ここにいる全員にキスして欲しいのか?

オイルサーディン:……し、しかし……

ブランデー:安心しろ。


 ブランデーもそれを見て微笑み、羊侍者に向き直ってこう言った。


ブランデー:羊、傍観していていいのか、自分の仕事を忘れるな。

羊侍者:あっ、すみません……そうでしたね……

羊侍者:白狼王がアウトになったので、『ご褒美』をゲットしました!ブランデーさん、共倒れになる敵を選んでくださいー!

オイルサーディン:?

ブランデー:それはもちろん……シャンパンだ。

オイルサーディン:??

羊侍者:黒狼王アウト!『ご褒美』のお時間です!共倒れになる敵を選んでくださいー!

オイルサーディン:待て、これは一体どういうことなんだ……


 茫然としているオイルサーディンを見ながら、口調は相変わらず腹立たしいが、ポロンカリストゥスは親切に説明をしてあげた。


ポロンカリストゥス:君の典獄長は白狼王で、私たちの陛下は黒狼王、彼らはそれぞれ一人のプレイヤーを選択してアウトにする事が出来るんだ。そして、これは自分がアウトになった場合しか使えない、しかし……

ポロンカリストゥス:最初の予定では一緒に羊陣営をまとめてやっつけるつもりだったけど、ブランデー典獄長はこんなにサプライスが好きだったとはね。

ブランデー:全てがお前たちの計画通りに進めば、最後はお前らの部下だけが勝つではないか?それに……

ブランデー:その「やられた」という顔を見るのを、ずっと楽しみにしていたんだ。へ・い・か。

シャンパン:……

ポロンカリストゥス:ぷっ……コホン、陛下。こうなってしまった以上、他に選択肢はないですよー


 笑いを堪えて顔が赤くなっている自分の部下を見てから、その後ろに隠れてクスクス笑っているブランデーを見て、ようやくシャンパンは歯を食いしばって言葉を絞り出したーー


シャンパン:……シェリー

狼侍者:こっ、このやろう……俺と一緒に地獄に行くぞ!

シェリー:フンッ、陛下のために犠牲になれるのは、部下として光栄ですー


 威勢が弱くなった狼侍者とシェリーが去ると、羊侍者も手にした王笏を高々と掲げて宣言したーー


羊侍者:ゲーム終了!羊陣営の勝利です!オークションはまもなく始まります!


5.救世滅世の役目Ⅴ


 羊侍者がゲーム終了を告げると、爆弾のカウントダウンも終了した。危機が去り、場の緊張は解れていった。これは最善の展開のように見えるが、それでも不快そうな顔をしている者が一人いた。


シャンパン:やっとこの妙な服を脱げる……鹿、あとはお前に任せた。

ポロンカリストゥス:決してご期待を裏切りません。


 オークション会場の入口で、シャンパンはこれ以上ここにいる必要がなくなったと思ったのかこの場を離れた。ブランデーもそうであるはずだが、オイルサーディンの前を通ると、何故か彼は暗い表情を浮かべていた。


ブランデー:何をぼんやりしている、オイルサーディンくん?

オイルサーディン:…………何故だ?


 ブランデーは黙ってオイルサーディンを見つめていたが、やがて口を開いた。


ブランデー:お前の傍にはずっと変なガキがいて、我の役職を教えるタイミングがなかった、それにお前が失踪している間、ちょうどシャンパンのやつが……

オイルサーディン:何故俺を勝たせようとした?


 珍しく話を遮られたので、ブランデーは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑い出した。


ブランデー:……これは試練だから。

オイルサーディン:?

ブランデー:我が後戻りできない狂気の道を歩んでいる時、お前に我を止める力があるかどうかの、試練。

オイルサーディン:……一人で神器を手に入れられる自信はないし、オークションに参加したこともない……

ブランデー:ここまで来たんだ、ここで引くな。我は……世界の存亡をお前に掛けているのだから。

オイルサーディン:あまりにも……無謀すぎる……

ブランデー:安心しろ、我は決して勝算のない賭けはしない。お前には……

ブランデー:賭ける価値がある。


クルーズ船

オークション会場


ポロンカリストゥス:まさか私たち二人の対決になるとは思わなかったよ、典獄長様ー

オイルサーディン:……まさかブランデーがある意味「悪徳」で良かったと思う日が来るとは。タルタロスの貯金なら、帝国連邦に対抗出来るだろう。

ポロンカリストゥス:そうなんだ。そうだ、ゲームは終わったけど、気になることがある。『守衛』の力はいつ使ったんだ?

オイルサーディン:……使わなかった。

ポロンカリストゥス:えー、もったいないなー

オイルサーディン:……そんな、一人しか守れない能力など、俺には必要ない。

ポロンカリストゥス:ははっ、熱血だねー


 パチッ--

 会場の明かりが消えると、二人は前方にある赤いベルベットが被せられた展示ケースに視線を集中させた。羊侍者が一際重々しい足取りでやってきて、小さな手でベルベットの端を握った。


羊侍者:ついにこの時が来ました!ゲストの皆さん、これから今夜の主役に登場していただきましょう!


 ザッ--

 ベルベットが外され、その下に隠されていた巨大な展示ケースが現れたが……


羊侍者:大変なことになりましたー!じ……時空の輪と終結の輪が消えました--!

オイルサーディン:!


6.救世滅世の役目Ⅵ


デッキ


 再びサイレンが鳴り響き、夜のデッキは騒然となっている。神器を狙う食霊たちは右往左往し、二人の侍者は長い足によって端から端まで蹴り飛ばされ、慌てて叫ぶ以外に何も出来ないでいた。


グリーンカレーペッパーシャコ、デッキを守れ、神器を取り戻すまで、誰もここを離れるな。

ペッパーシャコ:……わかった。

ブラッドソーセージ:待ってください。話によると、オークションが始まる前に神器はなくなっているらしい、盗んだ者はとっくに逃げ出しているかもしれませんよ。

パスタ:それを防ぐために、君たちに見回りを頼んだのだろう。

スターゲイジーパイ:え?適当に見回ったらいいって言っていたのに……

パスタ:シーッ、とりあえずあれを見つけてから……


 現場は大混乱している。神器を探そうとしている者、泥棒を捕まえようとしている者が押し合い、誰も身動きが取れない。オイルサーディンが見かねて、思わず声を出し制止しようとした。


オイルサーディン:落ち着け!このままでは埒が明かない……

ポロンカリストゥス:そうだよね、船上にこれだけのひとがいると、一通り捜索するには時間が掛かる。やっぱり犯行に及ぶ時間のなかった人から排除した方がいいと思うよ。

シェリー:カジノに残っていた人間に犯行時間はないから、容疑者から外してもいいわね?

ブラッディ・マリー:いや、最後にゲームに勝って、オークション会場に入ったお二人……その時は二人しかいなかったはず……もしかしたら、君たちが泥棒かもしれないよね?

オイルサーディン:……俺を疑うなら、身体検査をしてもいい。

パスタ:そんなに自信があるの?じゃあ、神器はもうどこかに隠してあるのだろう。

オイルサーディン:貴方は……

ブランデー:諦めろ、あいつらはただ人を疑いたいだけだ。

シフォンケーキ:あの……ちょっと良いでしょうか……


 皆が喧嘩を始めそうな雰囲気の中、やや臆病な青年の声が響き、人々の注目を集めた。


シフォンケーキ:どこから船を降りたら一番目立たないかわかるか?泥棒は物を盗んだらすぐに逃げたいだろうから、そこで神器が見つかるかもしれないぜ!

ポロンカリストゥス:おや、見たことない顔だな……

シフォンケーキ:えへへ、存在感が、薄いからかな……

シェリー:ふふ、あくまでも推測だけど……犯人逮捕の手伝いをするフリをして、最適な逃走ルートを探っているんじゃない?

シフォンケーキ:えっ、えっ?!いや……

シェリー:カバンには何が入ってるの?大きなカバンね……見せてくれる?

シフォンケーキ:こっ……これは……

シャンパン:小僧、優しくしているうちに品物を渡せ。

シフォンケーキ:あー、殴らないで!せめて顔は殴らないで!これから公演が控えてるんだー!

クレームブリュレ:だったらカバンを見せてください!見せてくれないのはやましい事があるからですか!

シフォンケーキ:い、いや……奪わないでくれよ!


 バンッ--


麻辣ザリガニ:うるさい……


 デッキでの騒ぎはついにそれまで客室で仮眠していた麻辣ザリガニを目覚めさせた。彼は耐えきれずに客室のドアを蹴り開けた、それはちょうどシフォンケーキが必死に守ろうとしていた顔にぶつかった。


シフォンケーキ:うう……痛い……


 シフォンケーキは壁に叩きつけられ、痛みで力が抜けた。すると彼の手にしていたカバンが床に落ち、中身が見えた。


クレームブリュレ:時空の輪と終結の輪!やっぱり貴方が盗んだのですね!


7.救世滅世の役目Ⅶ


クレームブリュレ:時空の輪と終結の輪!やっぱり貴方が盗んだのですね!

シフォンケーキ:いや……私は……


 寝起きで機嫌の悪い麻辣ザリガニは、驚愕している青年の顔を見た。そして、カバンから出て来た自分の武器を見て、顔色はこれ以上黒くならない程に真っ黒になっていた。


麻辣ザリガニ:……

麻辣ザリガニ:おいガキ、俺様の物を盗む気か?

シフォンケーキ:あの……誰かに渡されたと言ったら、信じてくれますか?

麻辣ザリガニ:……

麻辣ザリガニ:死にてぇのか!


 挑発されたと感じた麻辣ザリガニは、一瞬で怒りを爆発させ、握り締めた拳をシフォンケーキに向かって振り上げた。しかしその瞬間……


ブルーチーズ:待って!

麻辣ザリガニ:はぁ?てめぇは誰だ?関係ねぇやつはどけ!

ブルーチーズ:僕は彼の仲間です。

麻辣ザリガニ:……ちょうどいい、だったら一緒に片付けてやる!

ブルーチーズ:その前に、僕の説明を聞いていただきたい!後は、煮るなり焼くなり好きにしてください。

麻辣ザリガニ:フンッ、一応聞いてやろうじゃねぇか。

ブルーチーズ:時空の輪は僕たちの仲間を救ってくれます。そのために、僕は家財全てを投げ売ってでも手に入れようと思っていました。お金と交換出来ないのなら……命を背負ってでも良い……これが僕の覚悟です。

麻辣ザリガニ:義理固そうだな……じゃあ、終結の輪は何に使うつもりだ?

ブルーチーズ:この答えで納得出来るかどうか、わかりませんが……それに関しては、僕の仲間が間違って取ってしまっただけです。

麻辣ザリガニ:……

グリーンカレー:……

シフォンケーキ:……ごめんなさい……


 一瞬、空気が凍りついた、予想外の展開に全員が呆然として反応出来ずにいた。麻辣ザリガニは隅に座っている可哀想な顔をしている青年を見て、ふと思いついた。


麻辣ザリガニ:フンッ、おもしれーじゃねぇか。

麻辣ザリガニ:友だちのためなら、時空の輪の欠片は全部持ってけ。

グリーンカレー:兄上!

麻辣ザリガニ:これは俺様が決めた事だ。

グリーンカレー:……

ブルーチーズ:……ありがとう。


 ブルーチーズの一行が時空の輪を持って、デッキを離れるのを黙って見送り、グリーンカレーは胸が詰まったように、彼の兄を真剣な顔で見つめた。


グリーンカレー:兄上、どうして……

麻辣ザリガニ:俺様のためにこの妙な宴を開いて、仲間を集める気だったろ?

麻辣ザリガニ:笑わせるな、いつ俺様がこいつらのようなバカが必要だと言った?

麻辣ザリガニ:世を滅ぼすのも、世を創るのも、俺様一人いれば、十分だ。


 彼は海風に吹かれながら、背筋をピンと伸ばし、堂々と立っていた。しかし、薄暗い夕日に照らされた彼は、何故か寂しげにも見えた。


8.救世滅世の役目Ⅷ


麻辣ザリガニ:世を滅ぼすのも、世を創るのも、俺様一人いれば、十分だ。

グリーンカレー:兄上……


 グリーンカレーが声を掛けると、その赤い姿は微かに動いた。かつては孤独でしかなかった瞳に、幻とも思える程一瞬だけ優しさが浮かんだ。


麻辣ザリガニ:もちろん、たまにはてめぇらの手を借りてぇ、だが……

麻辣ザリガニ:てめぇらだけで十分だ。

ペッパーシャコ:兄様……


 優しい言葉にはほど遠いが、麻辣ザリガニの口からそんな言葉が聞けるのは一生に一度あれば良い方だろう。グリーンカレーがいくら悔しくても、今は握りしめた拳をはなし、声にならないため息を漏らすしかない。

 ずっとそばで見物していた北京ダックが、この光景を見て思わず笑い出した。


北京ダック:神器に誘われて船に乗った者は、神器が目的でしかない。裏切られる事を警戒する位なら、そんな仲間いない方がいいでしょう。


 そう言いながらパスタたちの方を見て、北京ダックはニヤリと口角を上げた。一行が次々と彼に白目をむいてデッキから去っていくと、ついに声を上げて笑った。


北京ダック:長い間会わないうちに、そなたは随分と大人になったようですね、本当に驚きました。

麻辣ザリガニ:てめぇこそ、ちっとも変わってねぇ、相変わらずのおせっかい野郎が。

北京ダック:ふふ、お互いさまです。


 一連の様子を見守っていたデッキに集まっていた者たちも散り散りになり、グラスや皿を持ち、ようやく宴を楽しみ始めた。

 一方、オイルサーディンブルーチーズたちが去っていった方向を見つめたまま、心配そうな表情を浮かべる。


オイルサーディン:……どうする?

ブランデー:そうだな……もう遅いし、赤ワインを二杯だけ飲んで眠ろうか。

オイルサーディン:…………夕食の話はしていない。

オイルサーディン:神器を奪いに行くのか?

ブランデー:いや、今はまだその必要はない。

ブランデー:今の時空の輪はただの欠片だ。誰かが全部集めた後、漁夫の利を得よう。

オイルサーディン:悪役の台詞みたいだな……

ブランデー:やっとの思いでゲームに勝ったのに、無駄骨だったな、しかし……

ブランデー:ほとんどの食霊が神器の所在を知っている状況になった。神器を持っている事は生きた標的に等しい。我は酒を飲みに行く時まで見張られるのはごめんだ。

ブランデー:他の連中も同じことを考えて、神器を奪おうとはしなかったのだろう。

オイルサーディン:……つまり、今日を過ぎれば、もっと多くの人が神器を目当てに騒ぎ出す……


 ブランデーは、デッキに並んだ様々な食霊たちで構成された仲睦まじく見える絵巻物を眺めながら、軽く微笑んだ。


ブランデー:やっと面白くなってきたな、この世界は……


9.救世滅世の役目Ⅸ


 ようやく事件が一段落したところで、オイルサーディンブランデーに押しつけられた赤ワインを持ち、船頭で風に当たっていた。

 最初のうちは、これから起こる様々なトラブルにどう対処するかで頭を悩ませていたが、杞憂に等しいと思い、落ち着きを取り戻す。ようやくブランデーに薦められたワインを口に含んだ。


オイルサーディン:苦い……ブランデーのやつ、また騙しやがって……

シュークリーム:濃いめのワインは氷を入れた方が美味しいですよ。

オイルサーディン:!

シュークリーム:おや、その反応を見ていると……僕、すっかり誤解されてしまったみたいですね……

オイルサーディン:誤解?一体俺が何を誤解していると?

シュークリーム:うーん……ゲームの中であなたを殺したのは僕ではないということを証明したかっただけですよ。

オイルサーディン:お前じゃない?だったら、他に誰が……

ハギス:僕だよ!

オイルサーディン:???

ハギス:先生が『魔女のギフト』をくれたから、人を殺すことが出来た……シュークリームはそう言ってたよ。

シュークリーム:ええ、ハギスは途中から魔女の能力が与えられたようで、一人を殺す事が出来たんです……彼はあなたに飛びついた際、うっかりあなたの体にキスをしてしまったんだと思います。

オイルサーディン:そういうことか……?


 全てが終わり、オイルサーディンはゲームなどもうどうでもよくなっていた。いつの間にか、互いの名前を呼び合うようになった二人の少年を見て、彼は一瞬、何と言っていいのかわからなくなった。


オイルサーディン:……仲良くやっているな……

シュークリーム:へへっ、ハギスの性格が良いからですよ……

ハギス:そうだ!新しい友だちが出来たし、花火でお祝いするんだ!

オイルサーディン:花火?どこにそんな物が……ちょっと待て、それは?!!!


 オイルサーディンは言葉を失った。シュークリームハギスの後ろに、小さくない台車が止まっているのが見えたからだ。そして、その上に乗っているのは……

 神器を含めクルーズ船を丸ごと吹き飛ばす事ができると言われていた爆弾で、しかも、一つではなかった。


ハギス:たくさん見つけたんだ!全部ここにあるよ!

ハギス:花火を打ち上げよう!

オイルサーディン:待って!


 オイルサーディンが止める間もなく、ハギスは爆弾の導火線に火をつけた。がむしゃらに導火線を手で押し消そうとしたが、タルタロスの典獄長といえども両手しかないため、どうにもならなかった。

 ヒューードッカーンーー


───


オイルサーディン:あら?


 暗く静かだった夜空が急に真昼のように明るくなり、色とりどりの火花が墨色の画用紙の上に次々と咲き乱れる。火の粉が柳のように降り注ぎ、船上にある驚きの顔を燦然と照らしていった。


ハギス:わー、綺麗!

オイルサーディン:……本当に、花火だったのか……


 粉々に吹き飛ばされると思った次の瞬間に、こんな絢爛たる光景を目の当たりにして、オイルサーディンはただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。普段は冷静なその眼差しの中には、子どものような無邪気さが漂っていた。

 とびきり見事な花火を見ようと、オイルサーディンに声をかけようとしたハギスも、彼のその表情に驚き、シュークリームの耳元にそっと口を寄せこう言った。


ハギス:……オイルサーディンは花火を見たことがないんだね、可哀想に……

時空と終結

1.宴の前の余興Ⅰ


クルーズ船

オークション会場


ヨークシャープディング:……だ、誰かいますか?


 彼女の気弱い質問に答えてくれたのは、沈黙だけだった。ヨークシャープディングは緊張して周りを見回したが、しばらくしてようやく落ち着いた。


ヨークシャープディング:誰もいないよね……良かった、しばらくここに隠れていられる……


 タタタッーー


ヨークシャープディング:ひーっ!


 突然、ドアの向こうから小さな足音が近づいてきた。ヨークシャープディングは息を呑んで、慌てて隠れた。


アールグレイ:ここです。軍団長様、どうぞお入りください〜

ドーナツ:……もっと普通に振舞ってください。

アールグレイ:かしこまりました。

ドーナツ:……もういい。


 二人が会場に入って来る様子を、テーブルの下に隠れていたヨークシャープディングは、心臓をバクバクさせながら伺っていた。


ヨークシャープディング:(うーん……よりによってドーナツ軍団長様だなんて……ダメ、絶対、絶対に、見つかっちゃダメ……)

ヨークシャープディング:(こんな変な格好をしているところを、絶対に見られちゃダメーー!)

ドーナツ:うん?アールグレイ、何か聞こえませんか?

アールグレイ:そうですか?


 アールグレイは当たりを見回し、テーブルの下に落ちている黒い羽根を見て、思わず笑みを浮かべた。


アールグレイ:ゲームが始まる前に神器を手に入れようとする者が大勢いますから、もしかしたら……泥棒猫が隠れているのかもしれません。

ドーナツ:……探してみてください。

ヨークシャープディング:!


 心臓が喉から飛び出るのを防ぐかのように、ヨークシャープディングは固く口を閉じた。彼女は心の中であらゆる宗派の神に祈りを捧げているが、足音は少しずつ近づいて来た。あまりの緊張で吐き気を催し、今にも気を失いそう二なっていた所、突然ドレスを引っ張られるのを感じた。

 彼女は恐る恐るドレスを引っ張ってみたが動かない。まるで……何かに押さえつけられているようだった。


ヨークシャープディング:え?

アールグレイ:シーッ。

ドーナツ:何か言いました?

アールグレイ:なんでもないです、ただ……そろそろここを離れましょうか。でないと、泥棒猫と間違えられるかもしれませんからね。


 敵を見つけられなかったのは悔しいものの、これ以上探しても収穫はないと思ったのか、ドーナツはもう一度会場を見回してから、渋々了承した。


ドーナツ:……行きましょう。


 足音はようやく遠ざかり、その青年が何故自分を助けてくれたのかはわからなかったが、ヨークシャープディングの高鳴る心臓はようやく静まった。しかし次の瞬間……

 ザッーー


ヨークシャープディング:!!!


 テーブルクロスが急に持ち上げられ、明るい光に照らされたヨークシャープディングは無意識に目を閉じた。再び目を開けた時、アールグレイの笑っているようで、笑っていない顔が見えた。


アールグレイ:私に一つ貸しですよ、カラスのお嬢さん。

ヨークシャープディング:(し、しまった!)

ヨークシャープディング:(悪役みたいな危険人物に脅された!!!)


2.宴の前の余興Ⅱ


クルーズ船

デッキ


シュラスコ:はー?!船に乗れない?!招待状には全ての食霊を歓迎するって書いてあるのに?!詐欺だろ?!

狼侍者:うるせぇよ、このヤロウ!

シュラスコ:あ、ごめんなさい、うるさくて……

狼侍者:あ、いや……べ、別にわかったんならもういい……

羊侍者:……お客様、招待状に書いてある通り、全ての食霊を歓迎します。しかしそれには……馬……は含まれていません……

シュラスコ:パインは馬じゃない!俺の友だちだ!親友だ!


 主人の言葉を聞いて、茶色の仔馬は嬉しそうに二度吠えた。それを聞いた二人の侍者の表情はますます険しくなった。


羊侍者:お客様にとってどんな意味があろうと、生物学的には馬なんですよ……

シュラスコ:もういい、どんな事があってもパインとは離れない、こいつが船に乗れないなら、俺も行かない!行くぞ、パイン!

ガム:ちょっと待て!

シュラスコ:?


 突然現れた青年に肩を組まれても、シュラスコは慌てることはなかった。むしろ親しげな相手の態度に喜び、素直に彼に耳を傾けた。


ガム:お前の馬を、ええと、お前の友だちを船に乗せる方法があるぜ。

シュラスコ:えー、どうやって?!

ガム:へへっ、それは……


 十分後ーー


狼侍者:止まれ!馬は船には乗れない!

ガム:いやいや、誤解だよ、これは今日の夕食の食材だ。新鮮な馬刺し!出来立てが一番うまいんだ!

狼侍者:……メニューに馬がいるなんて聞いてないな……おい、こいつはどうしたんだ?

シュラスコ:ううう……パイン……ごめん……パインー!


 シュラスコは力強く手綱を握り締め、辛い顔を馬の背に押しつけていた。いつも浮かべている笑顔はぐしゃぐしゃになっている、狼侍者でさえも同情する程の惨めな姿だった。


ガム:長年飼ってきた馬が、今日夕食になってしまうから、手放したくないんだろう。

シュラスコ:うわあああー、パインー!

羊侍者:そんなに惜しいのなら、どうして肉を売ったんだ……

シュラスコ:俺だって嫌だよーーーっ!パインーーーっ!

狼侍者:うるせぇ!早く入れ!もう騒ぐな!

ガム:えーと、は、はは……どうもー

シュラスコ:うう……ひっく……行こう、パイン……せめて最期は看取ってあげるからね……


 二人はそのまま馬を引いて船に乗り込んだ。二人の侍者の視界から外れると、ガムは興奮して歓声を上げた。


ガム:やったぞ!でも、お前の演技は素晴らしかったな、すぐよく泣けたな?

シュラスコ:ううう……パイン、俺のパイン……


 背後の青年は顔を泣き腫らし、見捨てられた子犬のようだった。ガムは、大の男がこんな風に泣くのを初めて見たから、途方に暮れた。


ガム:(し、芝居だって言ったのに、どうなっているんだ?キャラに入り込みすぎたのか?こんなに泣いてたら、俺の手伝いなんて出来るのか……)

シュラスコ:パインー!君を生かせてやれないのなら、俺も一緒に死ぬー!

ガム:おーい!せっかく船に乗せてやったんだから、一緒に生きてくれよー!


3.宴の前の余興Ⅲ


学校

シャンパンの執務室


 タタタタッーー


ルートフィスク:……うるさい……

ペルセベ:は?

ルートフィスク:……


 何度も経験して来たからか、ペルセベのどんな悪態を聞いてもルートフィスクは気にならなくなった。彼はただ小さくため息をつき、再び隅に身を隠した。


ルートフィスク:いくら貧乏ゆすりしても無駄……うるさいし……

ペルセベ:チッ、一体あのバカ共はいつ帰ってくるんだ?


 口では不満そうに言いながらも、ペルセベは大人しく貧乏ゆすりをやめた。ペルセベに踏み砕かれそうになっている床から彼の足が離れたのを見て、ルートフィスクは安心して実験報告書のまとめを続けた。


ルートフィスク:わからない……まだだと思う……僕もサルミアッキに早く帰って来て欲しい……でないと、自分でレポートを提出しないといけない……研究室を出たくない……

ペルセベ:あのバカな鹿のせいだ、俺様がダークマーケットから出る羽目に……

ペルセベ:ああああークソッ!!俺様を舐めてんのか?!学校はいつから幼稚園になったんだ?!


 この時のシャンパン執務室は、ルートフィスクが巨大な実験器具で囲んだ小さなサークルを除けば、言葉も話せない子どもだらけだった。

 ペルセベが鼻水を垂らした子どもを首から下ろすと、クマのぬいぐるみを持った女の子が泣きながらやって来て彼の太ももに抱き着いた。怒鳴っても、殴ってもいけない、悪態を腹にため込んだ彼の顔は真っ赤になっていた。


ルートフィスク:先生たちは会議中だから……子どもたちは、とりあえずここにいる……

ペルセベ:会議なら会議しろ!なんでガキ共を連れて来てんだ?!

ルートフィスク:今日は創世の日だから……まとめ終わった、先に行くよ……

ペルセベ:あ?おい……おいっ、貴様!このガキ共を放っておくのか?

ルートフィスク:はい。

ペルセベ:なっ……貴様こそ、この学校の先生だろ?!

ルートフィスク:鹿がお前を呼んだのは、このためでしょう……

ペルセベ:……

ペルセベ:あああーっ!俺様を騙したな!あの野郎!!!

ペルセベ:一日だけ学校にいれば、半年間はダークマーケットに邪魔しに来ねぇって言ってたのは、このガキ共の世話をさせるためだったのか……

女の子:お兄ちゃん……うわあああーークマさんが死んじゃった……!

ペルセベ:知るか!

女の子:うわぁぁぁーーお兄ちゃんには心がないの!

ペルセベ:ただのクマのおもちゃだろ!貴様の方こそ心がない!

ルートフィスク:……みんな、お前のことが好きみたい、良かった……

ペルセベ:全然良くねぇわ!!!


4.宴の前の余興Ⅳ


三日前

ホルスの眼


クレームブリュレ:えーっ?!新しい任務の目的地に先生も行くんですか?!


 予想はしていたが、それでも心臓を震わせるような大きな声を聞いて、ザッハトルテの手から招待状が落ちそうになった。彼はこめかみをさすり、臨終しそうになった自分の鼓膜に黙祷を捧げた。


ザッハトルテ:……声が大き過ぎます……

クレームブリュレ:ごめんなさい、でも……先生とザッハトルテが行くのなら、あたしが行く必要はないのでは?

ザッハトルテ:一体何をしたんだ、どうしてそんなに鹿教官を恐れているんですか?

クレームブリュレ:ええと……別に、ただ……仕事のレポートの字がちょっと穢かったり、学校に持ち帰るべき任務の目標がほんの少し足りなかったり……

ザッハトルテ:……

クレームブリュレ:ほ、本当にほんの少しだけです!保証します、ご主人様から与えられた任務は何でもやります!あたしは最も忠実なメイドですよ!


 クレームブリュレが誓っているのを見て、どういう訳か、ザッハトルテはほぼ100%演技であるような気がした。


ザッハトルテ:……とにかく、今回の任務は二人で行く必要があります。他の皆は用事があるので、僕たち二人だけです……

クレームブリュレ:……仕方ありません……じゃあ……ザッハトルテ様、どうかあたしを守ってください!

ザッハトルテ:出来ません。

クレームブリュレ:えーっ!!!

ザッハトルテ:手分けして行動するので。一人は宴会の主催者を探し、一人は神器を探しに行きますから、おそらく顔を合わせることはありません。

クレームブリュレ:……わかりました、じゃあ包帯と薬を箱に詰めて持って行きますね……

ザッハトルテ:……確かに鹿教官はあなたに対して何かしら思う事があるように見えますが……今回の任務が無事終われば、彼の中でのあなたの評価を変える事が出来るでしょう。

クレームブリュレ:はぁ……問題は、あたしは彼の指示通りに任務を遂行したくないという……

ザッハトルテ:え?

クレームブリュレ:ええと……ははっ、何でもありません、つまり……

クレームブリュレ:了解しました!必ず任務を遂行します!


5.饗宴のオードブルⅠ


二日前

シャンパンの執務室


シャンパン:チッ、深海の酒がどれ程美味いのかと、昨日ここで飲んだ下等の物にも及ばん。

ブランデー:舌がおかしいのならともかく、頭もおかしくなったのか?昨日飲んだものも俺の酒だったぞ。

シャンパン:記憶違いだ、あれは一昨日のことだ。

ブランデー:一昨日は酒なんて飲んでないだろ。

ポロンカリストゥス:おや、お二人がお酒を飲まない時なんてあるのですか、珍しいですねー


 柔らかな男性の声が、不意に二人の会話を中断させたりポロンカリストゥスは、ドアの外と内を分ける曖昧な境界線かを踏みながら、いつもの優しい笑みを浮かべていた。


ブランデー:……マナー違反だぞ。オイルサーディンですら、ノックもせず入ったことなんて一度もない。

ポロンカリストゥス:失礼、ドアが開いていて、お酒の匂いがしたもので、お二人に誘われているのかとー

シャンパン:自分がドアを閉め忘れているのに、他人にマナーを守れというのは、いかがなものか。

ブランデー:我の記憶が正しければ、最後に入ったのはお前だろう。

シャンパン:おかしいな、なんだかお前と俺の『時間』が違うような気がする。

ブランデー:……ついにボケたのか?

シャンパン:黙れ。

ポロンカリストゥス:ぷっ……陛下の年だと、やっぱりゲームの方に興味があるんですね。


 思わず吹き出した事で鋭い視線を身に受けながら、ポロンカリストゥスは慣れたように目を細め、恭しく一礼をした。


ポロンカリストゥス:コホン、物を届けに来ただけなので、お二人にはご迷惑にならないよう、お先に失礼しますー

ブランデー:なんだ?果たし状か、それととお前に対する苦情の手紙?

シャンパン:……創世記念日を祝うパーティの、招待状?

ブランデー:そんなものどうする気だ、どうせお前は行かないだろう。

シャンパン:は?なぜそう思う?

ブランデー:創世記念日の‪祭りを毎年開催しているだろう?

シャンパン:俺がいなくとも平気だろう。

ブランデー:……わざわざパラータのような遠いところまで、お前らしくないな。

シャンパン:パラータのような管理されていない場所で祭りをするとはな、犯罪者共の温床では……これを機に一網打尽にしてやるのは、どうだ?

ブランデー:ほぉ?いつからそんなことに関心を持つようになった?国王陛下?

シャンパン:いつからそんなに俺の行くところが気になるようになった、典獄長様?

ブランデー:まさか……

シャンパン:もしかして……


 二人はほとんど同時に声を出し、また一緒に沈黙した。基本的にお互いを完璧に理解している二人は、お互いの考えをすぐ感じ取ることが出来る。

 ただ、相性が悪いのも事実だった。いつもは相手の考えなど考慮することはない。

 この時、彼らは柔和であたたかな夕日の残光を隔て、半分になったグラスをお互いに掲げ、それぞれに「美しい祝福」を送った。


ブランデー:願いが叶うといいな、この野郎。

シャンパン:フンッ、お前もな、バカ野郎。


6.饗宴のオードブルⅡ


※同食霊の問答があり、紛らわしいため立ち絵がスキンでの会話に(スキン)と表記しています。


三日前

とある教会


 迷える人々を導き、神に祈り、平和で穏やかな明日を願いーーいつものように、シュークリームは「聖なる申し子」の名のもとに、この希望と絶望に包まれたティアラという大陸を、自分の足で歩き、人々のために何かしようとしている……


シュークリーム:ふぅ……ここにいる人たちが、これからも神様を信じ続けられますように……光の力を信じ続けられますよに……

シュークリーム:僕もそろそろ出発して、次の町経……うっ!


 突然、頭に鋭い痛みが走り、シュークリームは耳を押さえて床に膝をついた。


シュークリーム(スキン):この世界は、いつか終末を迎えます……

シュークリーム(スキン):苦しみながら死を迎えさせるより、苦しみが訪れる前に死を迎えさせよう……

シュークリーム(スキン):これも、神の意志……

シュークリーム(スキン):そうでしょう?

シュークリーム:いいえ……

シュークリーム(スキン):うん?何?

シュークリーム:そんなのは、イヤです……

シュークリーム(スキン):何回、何十回、何百回断ることは出来ても……

シュークリーム(スキン):何千、何万回も断ることは果たして出来るでしょうか?

シュークリーム:僕は……

シュークリーム(スキン):何千、何万回も死んで、何千、何万回もどうしようもない悲劇を目の当たりにしたら、耐えられますか?

シュークリーム:だったら……あの悲劇を、壊してしまえばいいでしょう……

シュークリーム(スキン):うーん、壊す……そうか、これは良い提案ですね……

シュークリーム:変わらない結末を、僕が壊してみせます。

シュークリーム(スキン):ふふ、この言葉も何千、何万回聞いた、と言ったらどうしますか?

シュークリーム:……それなら、この言葉を何千、何万回の中の、最後の一回にしましょう。

シュークリーム(スキン):……

シュークリーム:パラータ……クルーズ船……最初の分岐点……僕は……

シュークリーム:全てを壊しに行きます……


7.饗宴のオードブルⅢ


三日前

クルーズ船のオーディション会場


謎のスポンサー:……以上、全て受け入れられるかしら?

グリーンカレー:君の計画は僕たちの計画とは矛盾しない、ただ……

グリーンカレー:そのゲームを行う目的は、なんだ?

謎のスポンサー:うーん……では、貴方の目的は何?

グリーンカレー:……この世界をより良くするため……

謎のスポンサー:この世界をより良くする……その目的は?

グリーンカレー:もちろん、僕たちの同族がより楽に世界で生きられるために……

謎のスポンサー:より楽に生きるのは、また何のため?

グリーンカレー:……僕をからかっているのか?

謎のスポンサー:何が冗談で、何が本気なのかしら?

グリーンカレー:…………

謎のスポンサー:この世界がただのゲームだとしたら、貴方の計画は冗談みたいな物よ。それとも私の冗談の方が本気に聞こえるの?

謎のスポンサー:もっと楽に生きていくことに意味があるのなら、どうしてゲームはダメなのかしら?

謎のスポンサー:だから、貴方の冒頭の台詞は正しいわ……

謎のスポンサー:私たちの計画は矛盾していない、つまり……目的は一致しているってこと。

グリーンカレー:……このゲームは、未来を変えられるのか?

謎のスポンサー:あはは、そうとは言ってないわ。

謎のスポンサー:ゲーム一つで未来が変えられるのなら、未来へ通ずる道はあまりに簡単すぎやしない?

謎のスポンサー:ただ……ゲームは、未来に、より多くの選択肢を与えることが出来るわ。

グリーンカレー:?選択肢……

謎のスポンサー:ごめんなさいね、本当はあんまり気にしなくていいの。何しろ今日のゲームは……

謎のスポンサー:ただの私の趣味だから。


8.饗宴のオードブルⅣ


二日前

神恩軍


 任務を終えて神恩軍に戻ったアールグレイドーナツに報告をしている。しかし、珍しく彼よりも彼女の方が心ここにあらずな様子だった。


アールグレイ:……では、後始末は学校の連中に任せましょう……軍団長様、聞いていますか?

ドーナツ:……アールグレイ

アールグレイ:はい。

ドーナツ:普段は不真面目だが、きちんとやればちゃんとした奴だとわかっています、しかし……

ドーナツ:それはいつ出来た愛人との子ですか?

アールグレイ:え?


 ドーナツはファイルの束を固く握り締めたまま、驚きと困惑が入り混じった視線で少年を見つめていた。


アールグレイ:とんでもない誤解ですよ、軍団長様。

シュークリーム:えっと……軍団長様、僕は……

アールグレイ:彼は予言者ですよ。

シュークリーム:?


 シュークリームは困った顔でアールグレイを見たが、後者は彼にウィンクをして、何か考えがあるような表情をしていた。


ドーナツ:予言者?

アールグレイ:はい。彼はあの招待状に載っていた、クルーズ船で開催される宴で、大きな事件が起きることを予言しています。

ドーナツ:……証拠は?

アールグレイ:彼は招待状を受け取っていないのに、招待状に書かれている内容をよく知っています。ですから、彼こそ本に書かれている予言者ではないかと思いました。

ドーナツ:なら……具体的にはどんな出来事なんですか?

シュークリーム:……船に乗らないと、その後の出来事はわからないと思います……


 急に不気味な沈黙が流れる。シュークリームは下手な嘘が見破られ、かの有名な神恩軍軍団長様を怒らせてしまったのではないかとアールグレイを見上げたが……


ドーナツ:……そんな怪しげな宴に行くつもりはなかったが……まあいい、アールグレイ、用紙しておいてください、それから……

ドーナツ:その子を連れて行きましょう。

アールグレイ:かしこまりました。


 アールグレイと軍団長執務室を出るまで、シュークリームはまだ混乱していた。しかしアールグレイシュークリームが何を考えているのか知っているようで、指先で彼の皺が寄った眉を軽く押さえた。


アールグレイ:神様は善意の嘘を許してくれます、安心してください。

シュークリーム:しかし、僕も招待状を受け取っています、案内をお願いするだけの筈が……どうして軍団長様を騙したんですか?

アールグレイ:うーん……何故でしょうね?

アールグレイ:多分……軍団長様が半信半疑で驚きつつも、好奇心旺盛な表情を浮かべるのが、可愛いと思ったからかもしれません。


9.饗宴のオードブルⅤ


二日前

法王庁


 手元に届いたばかりの招待状を見下ろすクロワッサンの顔からは、相変わらず感情が読み取れない。


プレッツェル:さっき言っていた宴に……行くのですか?

クロワッサンシャンパンたちかま行くはずです。私は予定通り、ここで創世の日の祭りを準備します。

プレッツェル:しかし……

クロワッサン:え?

プレッツェル:公海で行われる宴……わざわざ二種類の神器がオークションの対象になると書いています……

プレッツェル:あいつ……ラムチョップは、行くかもしれません。

クロワッサン:ああ、私もそう思います。

プレッツェル:それならどうして……

クロワッサン:今はダメです。

プレッツェル:?

クロワッサン:まだ全て処理出来ていない、彼に会うことは出来ません。

プレッツェル:……


 かつて、クロワッサンは親友の原因不明の堕化に対して、果敢に制裁を下した。その瞬間、相手の狂気に囚われた目に一瞬悲しみが浮かぶのをはっきりと見たーー彼は、彼からの信頼を失ったのだ。

 それ以来、過去の全ては砕け散り、癒えることのない亀裂だけが残された。


クロワッサン:……もう一度信頼を得るだけの力を手に入れていません。今会ってもお互いを傷つけるだけです。

プレッツェル:わかりました、私とフィッシュアンドチップスが行きます……何か伝言はありますか?

クロワッサン:……

クロワッサン:もし彼に会えたら、伝えておいてください……

クロワッサン:例え当時全員が彼を裏切ったと言っても、例え彼が本当に奈落の底に落ちていたとしても……私は変わらず彼を信じています。

クロワッサン:変わらず。


10.饗宴のオードブルⅥ


クルーズ船

オークション会場


 シュークリームと久しぶりに会えた興奮がまだ冷めていない矢先、シフォンケーキは目の前の物に驚いて言葉が出なくなった。


シュークリームシフォンケーキ、あなたにお願いしたいことがあります……

シフォンケーキ:じっ、じじじじ……

シュークリーム:時空の輪です。

シフォンケーキ:時空の輪?!


 シフォンケーキが騒ぐのも無理はない。目の前の時空の輪は、幻想歌劇団がティアラ中を探し回って、見つけた欠片ではなく、ほぼ完全な「時空の輪」だったのだから。


シフォンケーキ:ま、まさか……どうやって見つけたんだ?いや……まずブルーチーズたちに知らせておかないと……

シュークリーム:ちょっと待ってください、時空の輪を持って行ってください。

シフォンケーキ:えっ?!俺が?!

シュークリーム:はい。

シフォンケーキ:そう言えば……助けて欲しいというのは、まさか……

シュークリーム:時空の輪を持って行って、他の者に渡らないようにしてください。

シフォンケーキ:ふぅ……それは俺たちの目的と同じだけど……どうして、お前は時空の輪を見つけたのに、俺たちにくれるんだ?お前は……

シュークリーム:それは、あなたたちはひとを救うために時空の輪を使おうとしているからです。他の者たちは……人を殺すために使おうとしています。

シフォンケーキ:……ムースケーキを助けるために時空の輪を使うつもりだが、お前にそんな話をした事があったっけ?どうしてそれを知っているんだ?

シュークリーム:記憶があるからです。

シフォンケーキ:記憶?

シュークリーム:ごめんなさい、シフォンケーキ。今は……これだけしか言えません。

シフォンケーキ:……


 シフォンケーキは眉をひそめ、時空の輪とシュークリームを見比べた。彼の直感は友人を信頼していたが、時空の輪となると、軽率な行動は出来ない。

 しかし、未来がやって来るまではいくら考えても無駄だりシフォンケーキは気さくに笑って、シュークリームから時空の輪を受け取った。


シフォンケーキ:助けて欲しいなんて……お前が俺たちを助けているんだ!それと……

シフォンケーキ:今言えない事は、全て終わったら、ちゃんと俺に教えてくれよな。


 シフォンケーキの明るく誠実な笑顔を見て、シュークリームの張りつめた気持ちもようやく少し解れた。彼は安心して時空の輪を親友に渡し、真剣な表情で答えた。


シュークリーム:はい……必ず。

11.饗宴のオードブルⅦ


クルーズ船

デッキ


 オークション会場で時空の輪を見つけられなかったブルーチーズパエリアは、デッキに出てクルーズ船の構造を調べつつ、不審者を探した。


パエリア:……ゲームが始まる前に時空の輪を手に入れていたら、この時点でもう逃げているだろうね……

ブルーチーズ:いいえ。クルーズ船にはあちこちに見張りがいます、時空の輪が盗まれることを防ぐためでしょう。

パエリア:防いでいても……やっぱり盗まれているじゃない……他の場所を探してみよう。

ガム:うわーっ!

パエリア:?!


 デッキを離れ、「時空の輪」を探すために別の場所に向かおうとした時、見知らぬ青年にぶつかりそうになったパエリアは後ずさりし、不満そうな表情を浮かべた。


ガム:ごめんごめん、急に振り向くとは思わなかった。俺もビックリして声を上げたから、これで……おあいこってことで?

パエリア:……

ブルーチーズ:失礼ですが、何かご用でしょうか?

ガム:へへっ、別にどうってことはないんだけど、話が聞こえちゃって……『時空の輪』って……お前達は幻想歌劇団のもんだろう?

パエリア:!!あんた……

ガム:えー落ち着いて、時空の輪が欲しいとかじゃないから!欲しかったら、俺たち海賊はいつだって正々堂々と奪うぜ!

パエリア:……一体何が目的?

ガム:おっかねぇ……まあ、俺はただ幻想歌劇団に招待状を渡すよう頼まれたんだ。

ブルーチーズ:招待?

ガム:ああ、その通りだ!なんて言ったっけ……ちょっと待ってくれ……


 青年はポケットからくしゃくしゃになっているメモを取り出し、それを広げて几帳面に読み上げた。


ガム:残りの欠片は、全て『カーニバル』にございます。お越しをお待ちしております……

パエリア:カーニバル?

ブルーチーズ:グルイラオにある娯楽施設だそうです……

パエリア:娯楽施設?怪しいわね……

ガム:信じるか信じないかはお前たち次第だ。俺の任務は完了したぜ。お二人さん、縁があったらまた会おう!

パエリア:どうする?行く?

ブルーチーズ:……答えは明白でしょうね。

パエリア:はぁ……そうだよね。

ブルーチーズ:時空の輪を見つけるために、散々苦労して来ました……今回だって、向かうしかありません。


12.饗宴のオードブルⅧ


ゲーム開始前

とある船室


謎のスポンサー:宴……もうすぐ始まるわ。

謎の人物:果たして、最後にゲームで勝利するのは誰だろうな?あー、とっても楽しみ!

謎のスポンサー:焦らないで……あの連中の性格からすれば、ゲームはそう長くは続かないはずよ。

謎の人物:長さなんてどうでもいい、興奮や苦痛を味わえれば、それで充分よ。

謎のスポンサー:賛成ー

謎の人物:そう言えば、前に依頼したあのイケメンくんも働き始めているみたいね?うまく行けば、次のステージは私たちの縄張りだね。

謎の人物:あー興奮して居ても立っても居られない!神器を奪い合うために、戦い合っている哀れな虫けらたち……

謎のスポンサー:一生懸命やったのに、結局、無駄だなんて……

謎のスポンサー:ゴールの手前で奈落に落ちる絶望……きっと、美味しいわ……

謎の人物:はははーまったく、私たちは真の悪役だね!

謎のスポンサー:少なくとも私たちは彼らに希望を見せたでしょう?

謎の人物:そうだね、この果てしない深淵から覗く、一粒の光は、例え白い染みであっても、彼らに希望を与えられるだろうね?ふふ……愚かだ。

謎のスポンサー:でも……もしかしたら、彼らは本当に光を見つけられるかもしれないよ……

謎の人物:えーそれはダメ!また新しい楽しみを見つけなきゃいけなくなるじゃん!

謎のスポンサー:心配しなくていい。光のあるところには、必ず闇がある。

謎のスポンサー:楽しみは、どこにでもあるのよー

謎の人物:はははーうん!楽しみはどこにでもある!

謎の人物:皆さん!我々が用意した至極の宴へようこそー!

謎の人物:最高の喜び、志向の楽しみ、これ以上ないほどのカーニバル!怪我をしても失敗しても大丈夫!なぜなら……

謎の人物:これは、ただのゲームだからー


13.饗宴のオードブルⅨ


クルーズ船

デッキ


ポロンカリストゥス:ジャジャーンー今は予言者の予言の時間ですよー

ポロンカリストゥス:今日……迷い子の少女は、王子様を見つけることはできないでしょうし、慈悲深い天使も彼が抱えている罪に出会うことはないでしょう……

ポロンカリストゥス:容姿も家柄も優れているけど、口が悪い主人公は、思いがけない収穫もあれば、不運に遭ってしまう……

ポロンカリストゥス:魅力的な悪女たちは計画を実行出来るが、それは一時的なもので、それほど心配する必要はありません……

ポロンカリストゥス:一組の師弟が再会することになるが、何事も起こりません……

ポロンカリストゥス:囚人たちは右往左往しているが、制裁者はむしろ足枷をはめられたかのように動けません……

ポロンカリストゥス:船の中には悪戯っ子もいますが、大したことはないでしょう……

サンデビル:……何をしている?

ポロンカリストゥス:サンちゃん?そうだ!今日は流血沙汰になるかもしれないよ!

サンデビル:貴方に何かした覚えはないが……

ポロンカリストゥス:いやいや、これは悪戯でも、呪いでもない、私の予言だよー

サンデビル:予言?

ポロンカリストゥス:ほんの少しだけど!この船に乗ってから、未来が見えるようになった気がする、というか……

ポロンカリストゥス:繰り返している過去が、かな。

サンデビル:?

ポロンカリストゥス:そうか、サンちゃんにはまだ早いかな。

ポロンカリストゥス:とにかく、今日は気をつけてね!

ポロンカリストゥス:たとえゲームだとしても、油断は禁物だよー

ポロンカリストゥス:それでは、また次の予言の時間で会いましょう。


14.スポットライトの外の影Ⅰ


クルーズ船

カジノ


辣子鶏:ははっ、オール・イン……

冰粉:ちょっと待ってください……今回は見送ります、レイズしません。

辣子鶏:……


 気がつくと向こう側のディーラーが嘲笑う表情を浮かべていることに気付き、辣子鶏(らーずーじー)は一瞬にして火が付けられた大砲のように起こった。冰粉(びんふぇん)が止めていなければ、彼はテーブルに飛び乗ってディーラーの顔を殴っていた所だ。


辣子鶏:何すんだ?!

冰粉:城主様こそ……遊ぶのは止めません、しかし毎回オール・インはダメですよ……

冰粉:機関城の貯金は、もうそう多くはありません……

辣子鶏:そうか?回鍋肉(ほいこーろー)の奴全然そんな事言ってなかったが……

冰粉:もう何度も言ったかもしれませんが、城主様と話しても無駄だと回鍋肉も知っているのですよ……

辣子鶏:いや安心しろ、俺様が負ける訳がないだろ?!一回で機関城の一年分の支出を全部勝ち取ってやる!

仙草ゼリー:ふふ、その自信、挑戦させてもらおうか?

辣子鶏:ほう?

仙草ゼリー:自画自賛に聞こえるかもしれないけど……賭け事が一番得意なんだー

辣子鶏:フンッ、面白い、どっちをやりたい?

仙草ゼリー:ここのゲームは普通過ぎる、もっと良い考えがあるよー

冰粉:……なんだか急に嫌な予感が……


 一時間後ーー


仙草ゼリー:やるじゃない、私をここまで追い詰められるなんて……

辣子鶏:お前も悪くねぇな。

仙草ゼリー:じゃあ……もう一回やる?

辣子鶏:やる!

仙草ゼリー:ジャンーー

辣子鶏:ケンーー

仙草ゼリー:ポンッ!

冰粉:……

冰粉:ジャンケンだったらカジノでしないでくださいー!

仙草ゼリー:シンプルなゲームこそ、相手の腕がわかるものよ。

辣子鶏:その点、お前はまだ完全に素人だぞ。

冰粉:こんなもの全然理解したくないです!!!


15.スポットライトの外の影Ⅱ


クルーズ船

デッキ


マドレーヌ:ちょっ、ゆっくり歩いてよ!私のハイヒール、何度も板に刺さっているのよ!

ラムチョップ:そんな不便な靴を履いて出かけるからだろう。

マドレーヌ:不便な靴とは何よ!この靴は、あなたが身に着けている物より何百倍も高価なのよ!

ラムチョップ:道も歩けないのに、高くてもしょうがないだろう。

マドレーヌ:あなたみたいな見る目のない奴と一緒にされたくはないわ。

ラムチョップ:……早く行くぞ。

マドレーヌ:何を急いでいるのよ。そう言えば、最近少し変じゃないかしら。なにか心配事があるの?話を聞いてあげましょうか?


 ラムチョップマドレーヌのからかいにはもう慣れていた、今回も彼女の方をチラりと見ただけで、何も聞こえないフリをして歩き続けた。


マドレーヌ:ふんっ、ユーモアもわからないんだから。

ラムチョップ:……早く神器を見つけるぞ。

マドレーヌ:本当にマスク男の言うことを信じていらっしゃるの?

ラムチョップ:……

マドレーヌ:神器を使えば、あなたは一時的に堕化前に戻って、それであの人たちの痕跡を見つけられる……どう考えても嘘っぽいわ。

ラムチョップ:嘘をついて何の得がある?

マドレーヌ:じゃあ、あなたを助けて彼になんの得があって?

ラムチョップ:……信じないなら、どこかで休んでいろ。ついて来なくていい。

マドレーヌ:イヤよ!あいつらがゲームをしているのを見るよりも、あなたがあのイケメンくんから隠れるのを見る方がずっと面白いわ。

ラムチョップ:……

マドレーヌ:あのイケメンくんと言えば……バカには見えないから、あなたの言葉をどうして隠れているの?

ラムチョップ:……まだその時ではない。

マドレーヌ:え?

ラムチョップ:こんな姿は見せられない……彼は、自分を責めるから……

マドレーヌ:はぁ……突然思いやりに目覚めたの?あなたを拾って、こんなに苦労して世話してあげたのに、私の心配をしてくださったことなんてあったかしら?

ラムチョップ:……口が減らないな。

マドレーヌ:あら、お顔が真っ赤じゃないの!あなたのこんな姿が見られたんだから、頑張ってお喋りした甲斐があったわー


16.スポットライトの外の影Ⅲ


クルーズ船

カジノ


 賑やかなカジノでは、ビーフステーキ赤ワインが隅のロシアンルーレットに惹き寄せられていた。彼らはしばらくそこに立っていて、挑戦したそうにしている。


ビーフステーキ:どうだ、これに賭けてみないか?

赤ワイン:いいだろう。


 二人はそれぞれ拳銃をすっと手にして相手の頭に当てた。並々ならぬオーラに多くの人が集まって来る。ジンジャーブレッドも腕を組んで群衆の中に立ち、興味深く結果を見守っていた。


ビーフステーキ:先に言っておくが、負けた方は、勝った方の臭い靴下を二か月洗わなければならない!

赤ワイン:臭いのはお前の靴下だけだ。

ビーフステーキ:貴方の靴下はさぞかしいい匂いがするんだろうな。

赤ワイン:下らない事を言う暇があれば、さっさと撃て。


 数分後ーー


ビーフステーキ:引き金を引けよ!怖くなったのか!

赤ワイン:そんなに手が震えているひとを初めて見た、やはり見逃してやるべきかと考えているのだ。

ビーフステーキ:手が震えてるのはそっちだろう!手加減しているのは私の方だ!

赤ワイン:馬鹿に手加減などされたくはない。

ジンジャーブレッド:……

ビーフステーキ:いいから撃て!!!

赤ワイン:お前のほうが先だ!

カジノオーナー:ええと……お嬢ちゃん……この状態は……いつまで続くんだろう?他のお客さんを待たせてしまうのはちょっと……

ジンジャーブレッド:これはもう救いようがないわね、まあ……


 二人の額に深々と拳銃の跡が付いているのを見て、ジンジャーブレッドはゆっくりと足を上げ、そして思い切り蹴り上げたーー

 ポンッ!パンッ!


ビーフステーキ:あああーっ!!!

赤ワイン:あああーっ!!!


 不意の衝撃で赤ワインビーフステーキが悲鳴を上げわ慌てた拍子に思わずトリガーを引いてしまった。

 カラーインクが入った銃弾が二発同時に噴射され、彼らの顔をカラフルに彩り、まるでピエロのように滑稽だ。


カジノオーナー:おっ!おめでとうございます!お二人とも、シークレット弾を当てたようですね!しかも同時に、なんと珍しい!

ビーフステーキ:……

赤ワイン:……

ジンジャーブレッド:いいじゃない、二人とも靴下を洗ってもらえるんだから。

赤ワイン:……あの筋肉バカの臭い靴下を洗うくらいなら、自分で自分のを洗った方がましだ……

ビーフステーキ:今回のはなし!!!もう一回やる!!!


17.スポットライトの外の影Ⅳ


 どこか静かな片隅で、紅茶ミルクがアフタヌーンティーを楽しんでいた。珍しく心地よい時間を堪能していたからか、小さな姿が近づいてくるのに気付かなかった。


ブラッドソーセージ:せっかくのクルーズなのに、ここに座ってお茶を飲むだけではもったいないですよー

ミルク:外はうるさくて、疲れます。

紅茶:今一番必要なのは休息です、なにしろ外は……体力を消耗しすぎてしまいます。

ブラッドソーセージ:ふふ、じゃあ何か面白いことやりませんか?例えば……


 ブラッドソーセージが笑いながら取り出したのは、真っ黒なコーヒー状の液体だった。見た目はあまり良くないが、中から香る甘い匂いは、どこか魅力的だった。


ミルク:……

紅茶:ありがとうございます、しかし私たちは……

ブラッドソーセージ:信じてくださいよ、飲めば素晴らしい事が起きますよー


 紅茶が断るのを待たずに、ブラッドソーセージは怪しげな飲み物を残して去って行った。その時、二人の背後から聞き覚えのある声がした。


コーヒー:やっぱりここにいましたか。チョコレートを見ていませんか?もう半日も見ていません……

ミルク:そこです。


 ミルクがちらりと目をやり、コーヒーが彼女の視線を追って見ると、チョコレートが長い髪の貴族風の美しいお嬢さんと盛り上がっていた。


コーヒー:途中で行方不明になったのは、もっと大事な用があったのですね……あいつ……


 チョコレートコーヒーの視線に気付いたのか、笑いながらお嬢さんに別れを告げ、ゆっくりとやってきてコーヒーの肩に手をかけた。


チョコレート:ここにいたんだ。君を探すために、船の女性たちほとんど全員に話を聞いてしまったよ。

コーヒー:……

チョコレート:なんだそのしかめっ面は?クルーズ船にはたくさんのひとがいる、ちょっとしたお喋りで、たくさんの依頼をもらえるんだ。仕事に支障が出る心配はないからね。

チョコレート:ん?このコーヒー……わざわざ用意してくれたのか、助かるよ。


 テーブルの上の香ばしい「コーヒー」に気づくと、チョコレートはカップを取って中の不審な液体を一気に飲み干した。


紅茶:!

ミルク:……あの……

チョコレート:ん?どうした?そんな変な顔して……

コーヒー紅茶ミルク、どうしました?まさか、あの飲み物に何か問題でも……


 コーヒー言葉を続ける間もなく、チョコレートのおかしな反応に気付いた。顔が赤く、目はとろんとしていて、自分にもたれかかっている。眉間に皺を寄せ、チョコレートは何かを我慢しているように見える。


チョコレート:ん……おかしい……急に熱くなって……コーヒー……君……

コーヒー:!いきなり飛びかかってきてなんですか?!どいてくださーい!!!


18.スポットライトの外の影Ⅴ


クルーズ船

デッキ


 「豪華なクルーズ船がゆっくりと運行し、海面に降り注いだ夕日が黄金色に揺れている」

 「夕焼けの下、美しい騎士が麗しい人魚姫を抱きしめていた。海風が優しい祝福を送り、波がこのおとぎ話のために賛美の歌を奏でている」

 カサカサーー

 ペン先はノートの上を素早く走り、甲板の前方にいる二人をじっと見つめながら、タピオカミルクティーは今起こっていることを熱心にメモしている。


タピオカミルクティー:『人魚姫があまりにも魅力的だったのか、それともお互いの温度があまりにも熱かったのか、騎士の頬はピンク色に染まった。二人はしみじみとお互いの顔を見つめ合い……』

重陽糕タピオカミルクティー、ここにいたのか、これは……


 重陽糕は風船の陰に隠れているタピオカミルクティーを見つけた。静かなところを見つけて文章を書いているのだろうと思って近づいてみると、彼女はぶつぶつと何かを言っている。


タピオカミルクティー:シーッ、重陽糕、次の作品を企画しているの、主役はあの二人だよ!

重陽糕:うぅ……

タピオカミルクティー:彼らこそ、私にとっての理想的な主人公……恋に落ちた騎士とお姫様、生きたおとぎ話よ!


 タピオカミルクティーのペン先が示す方向を見ると、重陽糕のオッドアイに夕焼けの明るい色が一瞬流れ、やがて微かな憂鬱の色を帯びた。


重陽糕:そ……そうなのか……


 同時刻ーー

 フィッシュアンドチップスは近づいてくるシュールストレミングを見ながら、刀の柄を握っていたが、攻めるのも守るのも容易ではない。フェンスにしがみついて、首から背中にかけて冷や汗が流れるのを感じるしかなかった。


フィッシュアンドチップス:こ、こっちに来るな……クソッ、クロワッサンに無茶してはいけないって、俺、俺……

シュールストレミング:私の騎士よ、私にとって何をしてもかまわないわ、だって私たちは……

フィッシュアンドチップス:ああああ、変な事を言わないでください!

シュールストレミング:うーん……わかりました、しかし……私の願いは?


 「人魚姫は騎士の頬を撫でながら、恥ずかしそうに囁く。彼女はゆっくりと目を閉じ、騎士の胸に近づいて……」


フィッシュアンドチップス:ちょ……ちょっと待って……そ、それ以上近づかないでください!

シュールストレミング:もし、私の願いを叶えてくれるなら……

フィッシュアンドチップス:ちょ、ちょっと、落ちちゃうよー!


 ドブンーー

 「騎士は人魚姫の思いに応えるべく、彼女を抱き締め幸せという海に溺れていく……」


フィッシュアンドチップス:ゴポゴポーー助けてーーゴポゴポーー

シュールストレミング:あの……そんなに怖がらなくても、助けてあげるから……

重陽糕:……

タピオカミルクティー:まさか、物語はこんな結末を迎えるとは。


 びっしりと書き込まれたノートを片付け、タピオカミルクティーは目を閉じたまま、自分が書いた物語に浸っているようだった。重陽糕は思わず口を開いた。


重陽糕:……海に落ちたみたいだし、とりあえず誰か呼ぼう。

タピオカミルクティー:え?落ちる?誰か落ちたの?うわぁー、私の主人公たちがー!誰か助けてあげて!


19.スポットライトの外の影Ⅵ


クルーズ船

デッキ


 明るく広々としたデッキには、さまざまな食べ物の屋台が並んでいて、あちこちから食べ物の香りが漂って来ていた。それでも急いで歩いている人たちは、足を止める気がないようだった……


辣子鶏:あのモフモフ鳥はどこに行ったんだ、めんどくせぇ。

冰粉:先程腹が減ったという声を聞いた後、こちらに向かっているのが見えました。どうやら、餌を漁りに来たらしいですね。

辣子鶏:チッ、あんなに太っているのに、食べることしか頭にないのか。


 辣子鶏の視線は前方に並んだ料理に注がれたが、あの丸々とした姿はどこにもなかった。

 突然、遠くでどよめきが起こり、それに続いて、空を切り裂くような悲鳴が上がった。


冰粉:……聞き覚えのある声ですね……

辣子鶏:……モフモフ鳥だ、行こう、高みの見物だ。


 賑やかバーベキュー屋台の前で、丸々と太ったモフモフ鳥が掴まれて鉄板に押し付けられていた。数本の尾羽が高く立ち上がり、必死に逃げようとしていた。


麻婆豆腐:こんなにツヤツヤしている鳥は、初めて見た!焼き鳥にしたらきっと美味しいに違いない!

モフモフ鳥:あああっ放せ!!ただの鳥じゃないって言ってるだろ!朱雀だ!!朱雀様だ!!!

モフモフ鳥:これ以上やったら!このボロ船を丸焼きにしてやる!!!

麻婆豆腐:そうだ、焼き鳥じゃなくても、強火で炒めても良さそうね!

モフモフ鳥:くそったれ!この姿じゃなかったら!貴様を、貴様は!!!

辣子鶏:もっと調味料を足したら、最高の味に仕上がりそうだな。


 もがき続けていたモフモフ鳥は、聞き覚えのある声を聞いて、まるで救世主を見つけたかのように、ハッと顔を上げた。


モフモフ鳥:辣子鶏!クソッ!!!遅い!!!遅いぞ!!!

辣子鶏:食い意地ばかりはってるから、こんな目に遭うんだ。

辣子鶏:安心しろ、これっぽっちの火でお前は焼けない、毛はちょっと抜けるだろうがな。

麻婆豆腐:なるほど……教えてくれてありがとう!火力を最大にしよう!

モフモフ鳥:辣子鶏の野郎!いたた、お尻がーー!!!熱いー!!!


20.スポットライトの外の影Ⅶ


クルーズ船

デッキ


ラタトゥイユ:うーん……招待状には自分の求めるものを見つけられると書かれていたので、衝動的に船に乗ってしまいましたが……

ラタトゥイユ:しかし……ここで、本当にわたしの王子様は見つかるのでしょうか?


 ドーンッ!ポーンッ!


ラタトゥイユ:え?


 少し離れたところにある船室で物音がして、ラタトゥイユはぎょっとして振り向いた。ドアが内側から蹴破られているのが見えたけれど、蹴破った者はなかなか出てこない。


カプチーノ:い……行かないで!

ミネストローネ:このガキ……はなせ!

カプチーノ:イヤだ!


 ミネストローネは足を踏み出そうとした瞬間、後ろから来たカプチーノに腰を掴まれて、一歩も動けなくなった。


カプチーノ:手をはなしたら、あなたはまた消えてしまうし、先生はまた……悲しむ!

ミネストローネ:……もうこれ以上、アンタらの遊びに付き合うつもりはねぇ、はなせ。

カプチーノ:イヤだ!ウソだ!一緒に帰ろうよ!

ミネストローネ:帰る?アンタらの庭を破壊して、愛する先生を殺しても構わないのか?

カプチーノ:!


 予想もしていなかった発言に体が硬直し、カプチーノの力が抜けてしまったため、ミネストローネは逃げ出すことに成功した。


ミネストローネ:相変わらず騙しやすいガキだ。

カプチーノ:待って!

ミネストローネ:とにかく、今は帰れない、ヤツに伝えてくれ……簡単には死なないから安心しろ。

カプチーノ:いっ、言うなら自分で帰って彼に言ってよ!


 ドアから出る前、ミネストローネは思わず後ろを振り返ったーーいつも笑顔のカプチーノの顔が、涙をこらえて真っ赤になっていた。


ミネストローネ:……自分の口から言える日がくるといいな。

カプチーノミネストローネ


 ミネストローネは躊躇わず、足早に船室を出た。日光の下に出た彼を、ラタトゥイユはすぐに気付いた。


ラタトゥイユ:えっ?彼だわ!


 少女は軽やかな足取りで赤い人影に駆け寄り、彼女は待ちきれずに相手に尋ねたーー

 随分と時間が掛かったけど、彼は欲しい物を手に入れたのだろうか……

21.スポットライトの外の影Ⅷ

ゲーム開始前

クルーズ船デッキ


ローストターキー:後はどんなゲームをすふのかもわからないし……あまり難しくなければいいけど……

エッグノッグ:ぷっ……陛下の年だと、やっぱりゲームの方に興味があるんですね。

ローストターキー:そんなことはない!

エッグノッグ:うんうん、陛下はゲームを楽しみにしている訳ではなく、ゲームに勝って神器を手に入れて、自分の力を証明したいだけなんですよね?

ローストターキー:もっ、もちろんだ!

エッグノッグ:それとも、招待状に書かれていた「自分の求めるものを見つけられる」を見て、ゲームに勝ったら魔人が出てきて、願いを叶えてくれるーーという不思議な展開を想像した訳じゃありませんよね?

ローストターキー:えっ、魔人はいないのか?

エッグノッグ:ぷっ……陛下の年だと、やっぱりゲームの方に興味があるんですね。

ローストターキー:……よ、余はただ、本に書かれていることが本当かどうかを確かめたかっただけだ!

エッグノッグ:ぷははははー

ローストターキー:わっ、笑うな!笑うんじゃない!

エッグノッグ:お怒りにならないでください、陛下。そんなに魔人を信じているなんて、あの本の作者さんはきっと喜んでいますよ。

エッグノッグ:ゲームのことは……安心してください、最後まで陛下を守ります、例え自分を犠牲にしても……

ローストターキー:いらない。

エッグノッグ:え?

ローストターキー:自分は守られているだけで、他人を犠牲にするなんて、それこそ王として相応しくない、今度こそ……

ローストターキー:一緒に戦わせてくれ。

 エッグノッグは気のせいか、彼の小さな陛下の顔からはいくらか幼さが消えているように見えた。目つきは相変わらず無邪気だが、少しずつ王者らしい威厳を帯びて来ていた。

 エッグノッグは一瞬呆けたが、やがて優しく笑った。

エッグノッグ:結局、僕は僕の意思で陛下をお守りすると思いますが、まさかこんなお言葉を聞けるんて……

エッグノッグ:光栄です、陛下。


22.スポットライトの外の影Ⅸ

クルーズ船

レストラン


羊侍者:ふぅ……ふぅ……お客様!お、お荷物はここに……

凍頂烏龍茶:ありがとう。

 テーブルの上で小山のように積み上げられた化粧箱を見て、ロイヤルゼリーは思わず眉をひそめた。

ロイヤルゼリー:……そんなに買って、部屋に置けるのか?

凍頂烏龍茶:じゃあ、いくつか引き取ってくれ。

ロイヤルゼリー:いらない。

凍頂烏龍茶:ケチ。

ロイヤルゼリー:???

 笑っているようで笑っていない凍頂烏龍茶のあの意味深な顔に向かって、ロイヤルゼリーは怒るでもなく笑うでもなく、イライラして背を向けようとした。

佛跳牆:え?

ロイヤルゼリー:!

 急に振り返ったせいで、後ろから歩いてきた男とぶつかりそうになる。ロイヤルゼリーが謝ろうとして目を上げると、男は再会を喜ぶ表情を浮かべていた。

佛跳牆:やっぱりあんただったか。

天津煎餅:わあ!やっぱり親分の言った通りですね!世界は狭いから、いつかまた会えるって!

ロイヤルゼリー:誰だ?

天津煎餅:……

天津煎餅:えー?!まさか、もうわたしのことを忘れたのですか?だって少し前に……

凍頂烏龍茶:失礼、余の友人に何か用があるのか?

佛跳牆:北朔王、奇遇だな。

凍頂烏龍茶:貴公、また会えるとはな。

ロイヤルゼリー:……二人で話していろ、外の空気を吸ってくる。

天津煎餅:えーちょっと待ってください!一緒に行きます……

凍頂烏龍茶:お待ちを……余の友人は、訳あって記憶の一部を失っているんだ……

天津煎餅:わ、わたしたちのこと、忘れちゃったんですか?!

凍頂烏龍茶:残念だが、多分そうだろうな。

天津煎餅:ああ……もう一度、商会に誘おうと思っていたのに……

 それを聞いて、凍頂烏龍茶は顔色を変えたが、天津煎餅に向かって穏やかに微笑んだ。

凍頂烏龍茶:その言葉から察するに、余の友人とは浅からぬ仲だったようだな。どのようにして知り合ったのか、伺っても?

天津煎餅:彼に出会った時、あのひとは酷い怪我をしていて、お化けみたいに親分に襲いかかって……

凍頂烏龍茶:ほう?

天津煎餅:えっと……なんで急に寒くなったんだろう……続けますね。それから、彼は怪我をした友人を助けてくれました!親分も彼のことを義理堅いって褒めていたので、うちの商会に誘ったんですけど、突然いなくなっちゃって……

凍頂烏龍茶:良い話だが……残念ながら、彼はもう仲間を見つけてしまったので、その話は……

佛跳牆:いや、彼自身に判断して貰おう。

凍頂烏龍茶:…………貴公は強運に恵まれ、どんな賭けにも勝てると余の耳にも入っている。手合わせを願えるか?

佛跳牆:ふんっ、構わない。

凍頂烏龍茶:どうぞ。

天津煎餅:……ただの賭けだよね、なんだか決着をつけようとしているみたいで……まずいような気がする、どこかに隠れておこう……


23.スポットライトの外の影Ⅹ

クルーズ船

オークション会場


羊方蔵魚:寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!皆さん、見逃さないで下さいよー

凍頂烏龍茶:行ってみるか?何か目新しい物があるかもしれない……

ロイヤルゼリー:……退屈だ。

凍頂烏龍茶:少しだけ見物しよう。

羊方蔵魚:おや、親王様じゃないですか!この絵をご覧ください、名家の真筆ですよ〜

 凍頂烏龍茶は金縁の単眼鏡を取り出し、身を乗り出してその絵を細かく確認した後、微かな笑みを浮かべた。

凍頂烏龍茶:まあ、絵師は悪くない。

羊方蔵魚:もちろんですとも、これは私の……いや、名家の大作ですからね!普通の人間なら、いくら出しても売りませんよ!

羊方蔵魚:親王様のその貫禄に私は心打たれまして、この絵にはピッタリだと思ったんですよ!そうじゃないと、私は絶対に売ったりしませんから!

 口が止まらない羊方蔵魚(ようほうぞうぎょ)に、ロイヤルゼリーはうんざりしたのか、口を挟んできた。

ロイヤルゼリー:……いくらだ。

羊方蔵魚:あなたはのような豪快な方とお話をするのが好きなんですよ!実を言うと、こんなに良い絵なのに、この値段で……

 羊方蔵魚はわざとらしく袖の下から五本の指を出して、それを見るとロイヤルゼリーは舌打ちをした。

ロイヤルゼリー:とんでもない値段だなーー

凍頂烏龍茶:この絵、貰った。

 凍頂烏龍茶がいきたり口を挟み、手当り次第に金貨を一つ投げた。羊方蔵魚はそれを慌ててキャッチし、口が閉じられない程に喜んだ。

羊方蔵魚:親王様は本当にご立派ですね、今すぐ綺麗に包装しますから、贈り物にも便利ですよ!

 羊方蔵魚が忙しなく動いている間、ロイヤルゼリー凍頂烏龍茶に信じられないような目つきを向けた。

凍頂烏龍茶:貴公が興味を持っている物を代わりに買ったまでだ。

ロイヤルゼリー:気が狂ったのか、こんな絵にそんな大金を出して。

凍頂烏龍茶:礼は良い。ちょっとした物で貴公を喜ばせられるのなら、十分値する。

ロイヤルゼリー:……俺の言葉がわからないのか?

 羊方蔵魚は大急ぎで絵を梱包すると、相手の気持ちが変わらないうちに何度もお辞儀をして客を送り出した。そして、手に入れたばかりの金貨を空に投げ、にこやかに笑った。

羊方蔵魚:ありがとうございました!またのご来店をお待ちしておりますー


24.スポットライトの外の影Ⅺ

 ヨンジーガムロはスケッチブックを背負ってデッキを歩き回り、新しいインスピレーションを見つけようと辺りを見回していた。

 その時、赤い長髪が彼女の注意を引いた。

 青空の下、赤毛の少女はケーキ皿を持って、目の前で騒いでいる二人を見て笑っていた。

アンデッドパン:こ、これはターダッキンがあたしに持ってきてくれたケーキですよ!

クッキー:あなたのって証拠は?あなたの名前は書いてある?顔にそんなにお肉がついているのに、まだケーキを食べるつもり?

アンデッドパン:お肉だなんて!丸顔なだけよ!丸顔なだけです!

クッキー :随分とまあるい丸顔なのね?自分が太っているのを認める勇気もないのに、たくさん食べる勇気はあるんだね?

アンデッドパン:あなた……

ヨンジーガムロ:こんにちはーちょっとお邪魔してもいいかな?

 言い争っていると、ふと視界に見知らぬ派手な服装の女性が現れたので、クッキーも思わず驚いた。

ヨンジーガムロ:ヨンジーガムロと言います。新しい作品を作るために悩んでいるんだけど、ついさっき三人から新たなインスピレーションをもらったの!だから……

クッキー:私のモデルになってくれない?

ヨンジーガムロ:私のモデルに……えっ?

 三人を新しい作品のモデルにしようと思っていたところ、天使のような顔をした白髪の女性に先を越されてしまい、ヨンジーガムロはしばらく反応できず、拒否するタイミングをも逃してしまった。

クッキー:ゲームだなんて、つまらないわ、やっぱり……芸術創作が一番情熱を燃やせるわ。

クッキー:ターダッキンはモデルになってくれなかったけれど、ここでめったに出会えない美しい魂に出会えてよかった。ヨンジーガムロ:えっと……ちょっと待って!最初にモデルになって貰おうとしたのは私の方よ!割り込まないでよ!クッキー:うーん……まあ、とりあえずモデルになってあげても良いけど、その後は……私の好きにさせてね、モデルさーん。

ヨンジーガムロ:…………

 しばらくしてーー

ヨンジーガムロ:うん、そうそう!クッキーさん、アンデッドパンの方にちょっと寄って、あの、頬を引っ張るんじゃなくて……

ヨンジーガムロ:アンデッドパンさん、ケーキをしっかり持って動かないでね。もうっ!クッキーさんの足を踏んじゃダメ!

ヨンジーガムロ:ターダッキンさん、笑顔でいてくださいよ、ええと……顔を引きつらせないで、もっと自然に……

ヨンジーガムロ:よし、ではこれからターダッキンさんとクッキーさんはアンデッドパンさんを奪い合うような感じになってください……これで私の新作「堕落と救済」はもうすぐ完成するわ!

クッキー:はぁ……魂は綺麗だけど、ちょっと頭がおかしいみたいね……私が大天使だからって、かんなブスを奪いたいとは思わないよ。

アンデッドパン:ブス呼ばわりしないで!

クッキー:イヤよーブスブスー

アンデッドパン:あなた……

ヨンジーガムロ:ーーえっ!動かないで!ケーキ、ケーキが飛んでっちゃうー!ターダッキンさん!!!顔に気をつけてー!

 パンッーー

ターダッキン:…………

アンデッドパン:ターダッキン……

ヨンジーガムロ:ちょ、ちょっとティッシュを持ってきます……

クッキー:ふっ……私も、新しいインスピレーションが湧いて来たわー


25.スポットライトの外の影Ⅻ

 華やかな宴の席、佛跳牆はいつものように力強く落ち着いたオーラで人混みを通り抜けた。

 ある隅で、天津煎餅シャンパンタワーの陰に隠れて、獅子頭を引き寄せてひそひそ話をしていた。

天津煎餅:親分強すぎますよ。この船に来てから、海を越えるような大きな商売をいくつも決めて来たらしいですよ!でも……すごいのはすごいですけど、どこに行っても商売の話をしてしまう癖は、いつになったら直りますかね。

獅子頭:年末が近づくと、親分は必死になって働くらしい。確か……追い込みって言うんだっけ!

天津煎餅:でも……せっかくこんな大きな船に乗ったんだから、楽しみに来たのかと思っていたのに……やっぱり仕事なんですね……

獅子頭:シーッ、静かにしなさい、親分に聞かれたら……

佛跳牆:俺に聞かれたらなんだ?

 聞き覚えのある声が突然背後で響いた。二人とも鳥肌が立つ程に驚いて、天津煎餅は手近にあったグラスを危うくひっくり返しそうになっていた。

天津煎餅:親分、どうしたんです、急に来て……あはは……

獅子頭:お、親分……

佛跳牆:なんだ、さっきサボっていた時は、そんなに口ごもらなかっただろう。

天津煎餅:……べ、別にサボっているわけじゃないですよ、親分が仕事上手って褒めていたんです!どんな時でも商売の事を忘れないって!

獅子頭:そ、その通り!

佛跳牆:……もういい、ここで俺の機嫌を取るくらいなら、もっとやることがあるだろう。

 佛跳牆はため息をつき、帽子を被り直し、真っすぐ別の場所に向かった。

佛跳牆:個室を用意した、兄弟たちはもう来ている、二人ともぐずぐずするな。

 二人はこれを聞いて、興奮を抑えられなくなった。

天津煎餅:兄弟?

獅子頭:個室?!

天津煎餅:俺たちを労うためにご馳走を用意してくれたんですか?!親分最高!!!

獅子頭:へへっ、ありがとう親分!!!

 しかし、嬉しさが冷めないうちに、心が砕ける程の冷たい声が聞こえてきたーー

佛跳牆:まあ、何といっても年末最後の楽しみだ。この後の仕事は、大変だからな。

天津煎餅:これが……最後の晩餐って奴ですか……

獅子頭:仕事は……一体いつになったら終わるんだろう……


26.スポットライトの外の影XIII

クルーズ船

デッキ


黒トリュフ:プディングちゃん、せっかく可愛いドレスを着ているのに、なんで隠れているのかしら?

ヨークシャー・プディング:うぅ……黒トリュフさん、からかわないでください……

黒トリュフ:からかう?そんな事は……信じられないのなら白ちゃんに聞いてみたら?可愛いのにー

ヨークシャー・プディング:こ、こんな変なドレス……

白トリュフ:ええ、着ている人がヨークシャープディングだから、可愛いですよ。

ヨークシャー・プディング:え?

黒トリュフ:あらー白ちゃんはいつの間にそんなにお上手になったの?お姉ちゃん、ちょっと嫉妬しちゃったよー

黒トリュフ:でも残念、好きな人の褒め言葉じゃないから、プディングちゃんはあまり嬉しそうには見えないね。

ヨークシャー・プディング:ん……い、いえ……

黒トリュフ:プディングちゃんの好きな人は……確か、ドーナツちゃんだよね?

ヨークシャー・プディング:ド、ドーナツちゃ……まさか、そんな風に軍団長様を呼ぶなんて……

黒トリュフ:あはは、予想通り、やっぱりドーナツ――

ヨークシャー・プディング:違います!わ、私は軍団長様に対してそんな……うう……

 内気な少女が今にも泣き出しそうになるのを見て、黒トリュフは得意気になると同時に、冗談が過ぎてしまったことに気づき一瞬戸惑う。そばにいた白トリュフが微笑んで、黒トリュフの腕をそっと引っ張った。

白トリュフ:これ以上、彼女をからかわないでください。

黒トリュフ:うん、白ちゃんがそう言うなら……そうだ、今回来たのは、時空の輪とかなんとかを探しに来たんだよね?

白トリュフ:ええ……時空を逆転させる神器だと言われています、持ち帰って研究してみたいのですが……

 白トリュフ黒トリュフに向き直り、透明に近い白い瞳に淡い優しさが溢れた。

白トリュフ:時空の輪がどうしても欲しい訳ではありません……せっかくの遠出ですから、一緒にリラックスしましょう。

黒トリュフ:うん、そうだねー

黒トリュフ:んー新鮮な空気、ひんやりとした海風……これが自由の味なのかなー

 過去の経験で一時的に自由を失った黒トリュフは船頭に立ち、手すりに両手をつき、目を閉じて海の空気を深く吸い込んだ。眉は心地良さそうに弧を描き、微睡を楽しんでいる。

 白トリュフは彼女のそばに立つと、その喜びを共感するかのように、笑いながら彼女の腕に手を回した。

白トリュフ:……これからも一緒に遊びに行きましょう、姉さん。


27.スポットライトの外の影XIV

クルーズ船

オークション会場外


 オークションが始まる前にもかかわらず、多くの人が会場の外をうろついている。商機を見事にとらえた羊方蔵魚は、思い切って屋台を出し、手際よく売り始めた。

羊方蔵魚:寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!お客さんたち、見逃さないで下さいよーーたった一つだけの珍しい宝物を……

ヤンシェズ:……

羊方蔵魚:おや?ヤンの兄ちゃん、来ていたのか?

ヤンシェズ:これらの品物を、全部ください。

羊方蔵魚:えっ?……お金でも拾ったのか?

ヤンシェズ:いや。

羊方蔵魚:じゃあ……あの……正直に言うけど……

 羊方蔵魚は左右を見渡し、周囲に人がいないのを確認した後、わざとらしくヤンシェズの耳に口を寄せて囁いた。

羊方蔵魚:これらの品物は、金持ちを騙すためのものだ、値打ちもないから、後で良い物があったら売ってやる……

ヤンシェズ:今欲しい。

羊方蔵魚:ど、どうした?普段は書画に興味なんてないだろう?

ヤンシェズ:……明四喜様が、適当に遊んで来いって。でも……遊び方がわからない、面白い物もわからない……

ヤンシェズ:でも、明四喜様がそう望んでいる、失望させられない……

羊方蔵魚:……二人の主従関係には毎度ながら驚くな……

 からかいつつも、戸惑っている可哀想なヤンシェズの様子を見て、流石の羊方蔵魚も気の毒に感じたのか。彼は自分のまだ半分しかさばけていない屋台を見て、歯を食いしばって地団駄を踏み……

羊方蔵魚:良いだろう!どうせ今日は良いカモに出会ったばかりだ、積んだ品物は半分はさばけたし、今日は付き合ってやる……

羊方蔵魚:ヤンシェズ!書画を買うための金をくれ、遊びに連れて行ってやろう!

ヤンシェズ:お金はない。

羊方蔵魚:…………

羊方蔵魚:じゃあ、さっき俺の品物が欲しいって言ったのは……

ヤンシェズ:ツケ。

羊方蔵魚:……わかったわかった、赤字覚悟で付き合ってやる、厄払いにはなるだろう!

羊方蔵魚:負けた分はお前の勘定に入れて、買った分は俺の人件費な。危ない時は必ず助けてやるから!行こうー!


28.饗宴のメインディッシュⅠ

クルーズ船

カジノ


シャンパン:……

フォンダントケーキ:……

シャンパン:……用があるのか?

フォンダントケーキ:いや。

シャンパン:だったら、何故付いて来た?

フォンダントケーキ:自分の国ごと負けてしまうのではないかと心配しています。

シャンパン:フンッ、俺も甘く見られたものだな。

フォンダントケーキ:それともローストターキーの国も丸ごと負けるおつもりですか?

シャンパン:…………お前の目には、俺はよほど運が悪く映っているのか。

フォンダントケーキ:衝動で動くと勝てる勝負も勝てませんよ。

シャンパン:…………

シャンパン:俺が創世記念日の祭りを放り出して、クルーズ船に乗り込もうとしていることに腹を立てていることに腹を立てているのはわかるが……その言葉はなんて言うんだったかな……玩物喪志?

フォンダントケーキ:……知っているなら良かったです。

シャンパン:しかし、ここに来なければならない理由はある。

フォンダントケーキ:?

シャンパン:最近、自分が人と違うことを経験しているような気がする。

シャンパン:例えば、昨日ブランデーと俺の酒を飲んだ事をはっきりと覚えているんだが、奴はその日飲んだのは彼の酒だという……俺たちの昨日は、同じ一日ではないようだった。

シャンパン:最初は『時間が違う』と思っていたが、どうやら……

シャンパン:今まで意識していなかった時間を急に意識するようになったのだろうか。

フォンダントケーキ:……き、聞けば聞く程わからなくなってきました……

シャンパン:俺だって同じだ。それを完全に理解出来ないから、ここに来なければならなかったのだ。

シャンパン:時間、時空……そして俺が求めているもの……

シャンパン:この世界で何が起こっているのか、理解したい。


29.饗宴のメインディッシュⅡ

 クルーズ船のデッキには、小さな人影がきょろきょろしていた。ようやく比較的安全な場所を見つけて、落ち着いたようだ。

ハギス:ふぅ……オイルサーディンたちに見つからなくてよかった……

ハギス:今度こそ、思いっきりビックリさせてやる!

ウイスキー:ハギス

ハギス:うん?!もう見つかっちゃった?!

ウイスキー:ふふ、どんなゲームをしているんですか?

ハギス:先生!!!

 久しぶりに懐かしい姿を見つけて、ハギスは興奮した様子で飛び上がり、あっという間にウイスキーのそばに駆け寄った。

ウイスキー:順調に回復しているようですが、怪我は治りましたか?

ハギス:うん!オイルサーディンはちょっと不器用だけど、彼がちゃんと治してくれているよ!

ウイスキー:それなら良かったです……そうでした、船に乗る時、誰かに何か言われましたか?

ハギス:う……何も……?

ウイスキー:特殊役職はないようですね……

ウイスキー:ハギスわ新しいゲームがあるのですが、やりたいですか?

ハギス:チェスより楽しいですか?

ウイスキー:そうですね……任務を果たせるかどうか次第ですね。

 ハギスが返事をする前に、ウイスキーは彼の額を指で軽く弾いた。

ハギス:え?

ウイスキー:これは私からのプレゼントです、これを使って相手を倒すことが出来ますよ。

ハギス:相手を倒す……どうして相手を倒すの?

ウイスキー:そうですね、どうしてでしょう……多分、つまらないゲームに少しでも楽しみを加えるためでしょうか。

ハギス:うーん……よくわからないけど、先生から任された任務だし……わかった!

ウイスキー:……じゃあ、プレゼントの使い方を説明しましょうか……

ハギス:今から先生の敵を全部倒しに行ってくる!

 話が終わらないうちにハギスは行ってしまった。遠ざかっていけ楽しそうな後ろ姿を眺めながら、ウイスキーは黙って再び誰も見ていない陰に戻っていった。

ウイスキー:まあ、何とかなるでしょう。

ウイスキー:いつも誰かに振り回され、全てを奪われていく貴方……たまには、特権を持つ感覚を楽しむべきです。

ウイスキー:……この前のお詫びという事で。

ウイスキー:楽しめるといいですね、ハギス


30.饗宴のメインディッシュⅢ

クルーズ船

客室


 ドンドンーー

麻辣ザリガニ:……入れ。

ペッパーシャコ:……兄貴。

麻辣ザリガニ:どうした?

ペッパーシャコ:宴は、間もなく始まる……

麻辣ザリガニ:ああ、あの騒がしい連中を客室から遠ざけるのを忘れないでくれ。

ペッパーシャコ:ん……兄貴の武器も、ちゃんと置いてあるから……

麻辣ザリガニ:ご苦労だったな。

ペッパーシャコ:……

麻辣ザリガニ:他に何か?

ペッパーシャコ:兄貴の武器を直して……姉貴は、本当に大丈夫なの?

麻辣ザリガニ:……俺様を信じてねぇのか?

ペッパーシャコ:いや……ただ、心配で……

麻辣ザリガニ:安心しろ、あの女はそんなに弱くねぇ……

麻辣ザリガニ:俺たちと同じように、あの地獄から這い出たやつだ。

ペッパーシャコ:……

麻辣ザリガニ:なんだ、まだ安心できねぇのか?

ペッパーシャコ:いや、兄貴を信じる。

 想像を絶する苦しみを経験した少年は、この世のもの全てを信じなくなるはずだが、目の前にいるのは、彼と同じように、いや、それ以上に辛い過去を持ちながら、その痛みを背負って地獄から引きずり出してくれた人だ。

 兄を……自分を信じるよりも、彼は兄を信じていた。

31.饗宴のメインディッシュⅣ


クルーズ船

デッキ


 どう探しても見つからなかった神器が目の前にあり、シフォンケーキはほとんど完成された時空の輪を抱えて途方に暮れていた。


シフォンケーキ:助けるどころか、ずいぶん助けてもらっちゃった……

シュークリーム:あの……まだお願いしたい事を言っていません……

シフォンケーキ:え?俺はてっきり……

シフォンケーキ:ふふ、なんだって良いさ!時空の輪を見つけることはつまりムースケーキの命を助けられる!何でも言ってくれ!

シュークリーム:じゃあ、後で時空の輪を貸してもらえませんか?

シュークリーム:時空の輪で時空を逆転させてみたいんです。

シフォンケーキ:でも……使用者が神器の反発で、抜け殻になってしまうって……

シュークリーム:特定の時間を一時的に戻すだけなら、大丈夫だと思います……僕も初めての試みだから、確証はないのですが……

シフォンケーキ:それは危険すぎる!

シュークリーム:だからあなたに助けてもらう必要があります。もし僕が抜け殻になったら、シフォンケーキが僕を拾ってください。

シフォンケーキ:もういい、そんな恐ろしいことを言うな!

シュークリーム:ごめんなさい、冗談ですよ。信じてください、大丈夫です。

シフォンケーキ:……わかった……

シュークリーム:じゃあ、一時間後に合図をします。時空の輪を持って、少し離れた所に立っていてくださいね。

シュークリーム:僕は欠片を一つ持っています、これで時空の輪を作動させられるはずです。

シフォンケーキ:もちろんいいけど……でも、なんだか俺、あんまり役に立ってないような……

シュークリーム:そんなことはないですよ。きっとたくさんの人が時空の輪を探しに来ますから、シフォンケーキは色んな変な人から時空の輪を守らなきゃいけないんです。

シフォンケーキ:火力を引きつけるんだな……シュークリーム、お前、見かけによらず頭がいいな。

シフォンケーキ:ふふっ、後は安心して任せてくれ!


32.饗宴のメインディッシュⅤ


クルーズ船

カジノ


 ブランデーがカジノにやってきた時には、そこは既に満員だった。彼はあたりを見まわしたが、やはりどこか静かなところで飲むことにした。


シュークリームブランデーさん、ちょっと待ってください!

ブランデー:ふふ、珍しいな、その呼び方は……

シュークリーム:え?

ブランデー:いや、我のことをよく知っている者は典獄長と呼ぶ。ブランデーさん呼ばれるなんて……随分と久しぶりだ。

シュークリーム:ああ、それはあなたが典獄長になる前のイメージの方が強かったからでしょう。

ブランデー:以前?

シュークリーム:危うく帝国連邦全体を破壊しそうになっていた、死刑囚。

ブランデー:……


 ブランデーの冷たい視線をものともせず、シュークリームは笑った。


シュークリーム:誤解しないでください、僕は人の過去を詮索つもりはありません。ただ、僕の次の言葉に説得力を持たせたくて、不適切な例を挙げてしまいました。

ブランデー:何が言いたい?

シュークリーム:この世界は、いつか終結を迎えます……

シュークリーム:しかし所謂終結の日は、永遠に止まることはありません。

ブランデー:……それで、我に何の用だ?

シュークリーム:やっぱり……ご存じだったんですね。

シュークリーム:終結の日が来る前に、一人の力でこの世界を滅ぼそうとした者……この世界を救うためには、きっと彼の力も欠かせないはずなんです。

シュークリームブランデーさん、あなたの力が必要です。


 少年の意味不明な言葉に、ブランデーはなんの反応も示さず、ただ黙って相手を見つめていたが、やがて鼻で笑った。


ブランデー:残念ながら遅かったようだな。

ブランデー:俺の力は、もう恐ろしい程に真面目な奴に預けた。彼が承知してくれなければ、俺もどうしようも出来ない。

シュークリーム:……もしかしたら、そのひとを知っているかもしれません。

ブランデー:はっ、だったら彼を一生懸命説得するんだ。


33.饗宴のメインディッシュⅥ


 巨大で贅沢なクルーズ船の上、京醤肉糸(じんじゃんろーす)は悠々と扇子を揺らし、まるで何かの美しい景色を見物しているかのような足取りだった。

 彼は時々足を止め、船内の壁に描かれた肖像画やサロンの彫像を眺めた。その後ろにいる松の実酒も彼に従い、クルーズ船の中を行き来しなければならなかった。


京醤肉糸:どうやらこの西洋船の細工は、私たちの画舫に匹敵するようだ。松の実酒、どう思う?

松の実酒:……

京醤肉糸:おや、外の景色は素晴らしいのに、ここは曇っているようだな。そうなると招待者の気分も下がってしまうなぁー


 松の実酒はピクピクする眉をおさえて、落ち着いた口調で言った。


松の実酒:……館長、ずいぶん遅れてしまいましたが、そろそろ使者たちのもてなしに戻らなければなりません、

京醤肉糸:急がずとも、良夜こそ人をもてなすのに相応しい。

松の実酒:しかし……

京醤肉糸:それに、口の達者な副館長がいるではないか。さっき会ったばかりの翠色の髪の者と仲良く話していただろ。

松の実酒:心配ではないのですか……何かとんでもない事をしでかしていたら……

京醤肉糸:安心しろ、少なくともここは、彼が大暴れする舞台ではない。たくさんある踏み台の一つに過ぎないだろう。

松の実酒:……

京醤肉糸:どうしてそんな顔をしているんだ?船が爆発するとでも思っているのか?私が貴方をいじめていると思われてしまうではないか。

松の実酒:……もういいです。


 相変わらず目の前の者はにやにやしているし、松の実酒も仕方なく頭を抱えた。


京醤肉糸:そんなことよりも、あのオークションに出品されたものが何なのか知りたくないのか?こんなにこそこそと、いっそのこと……

松の実酒:?!ここは印館ではないのですから、勝手なことを言わないでください!他人に聞かれてしまったら……

京醤肉糸:まあまあ、相変わらず真面目だな、冗談だ。


 京醤肉糸は呆れた様子で首を振ると、またぶらぶらと歩き出した。


松の実酒:ど、どこに行くんですか?

京醤肉糸:船を爆発しにー

松の実酒:館長……ッ!!!

京醤肉糸:あっはっは、冗談だ。もちろん、美しい使者と仲良くしに行くつもりだ、素晴らしい夜はもうすぐ来るからなー


34.饗宴のメインディッシュⅦ


クルーズ船

客室


 しばらくペッパーシャコを備考したが何も見つからない。北京ダックは考えた末、客室のドアをこじ開けた。


麻辣ザリガニ:なんだ?寝ているところを覗き見する悪癖でもあんのか?

北京ダック:……こんなに大勢の者を船に乗せて、あんな変なゲームをさせるよりはましでしょう。

麻辣ザリガニ:ゲーム?ああ……グリーンカレーが言ってた、スポンサーかなんかがやったやつか。

北京ダック:ということは、本当に何も知らないのですか?

麻辣ザリガニ:知っていたとしてどうする。世の中にはこんなにたくさんのひとがいて、誰もが自分の考えを持っている。俺様がそれを一つ一つ打ち消せんのか?

北京ダック:……何だか随分変わったようですね。

麻辣ザリガニ:昔話はもう十分だ。てめぇがどんな癖を持っているかは知らねぇが、俺様は寝るから邪魔するんじゃねぇ。

北京ダック:眠いだけですか、それとも傷を癒しているのですか?

麻辣ザリガニ:……

北京ダック:武器はどうして壊れているんですか?

麻辣ザリガニ:てめぇとは関係ねぇ、俺様はてめぇのアヒルじゃねぇんだ。

北京ダック:何をしようと構いませんがわ不必要ないざこざを巻き起こしていたら……今のような穏やかな会話は二度と出来なくなりますよ。

麻辣ザリガニ:脅す気か?フンッ……

麻辣ザリガニ:今だって、穏やかな会話なんかしたくもねぇ。


 突然危うい雰囲気が漂い始めた。北京ダック麻辣ザリガニの目に浮かぶ静かに燃えている炎を見つめ、しばらくしてため息をついた。


北京ダック:そなたと話すのは相変わらず疲れます……

麻辣ザリガニ:?

北京ダック:まあいい、ゲームが終われば、そなたたちの計画も、大体の見当がつくと思いますが……

北京ダック:その時、またゆっくり話しましょう。


35.饗宴のメインディッシュⅧ


クルーズ船

レストラン


シェリー:時間が違う?

ポロンカリストゥス:バカを見るような目で私を見ないでよ、シェリーちゃん。信じがたいけど、その言葉を放ったのは君の最愛の陛下だからね。

ポロンカリストゥス:自分の時間が他人と違うような気がする……陛下は確かにそう言っていた。

シェリー:……

シェリー:まさかブランデー典獄長と飲みすぎて頭が悪くなったとか……いやいや、ありえない……あのシャンパン陛下よ!

ポロンカリストゥス:陛下が何か勘違いしているとも思えない、ただ……おかしくない?本当に時間が狂っているのなら、何故陛下だけがそれを感じられるんだ?

シェリー:陛下はもちろん普通のひととは違うわー

ポロンカリストゥス:他のひとたちも感じているけど、彼らはその理由を知っていて、疑っていないとか?

シェリー:……

ポロンカリストゥス:しかし、陛下は疑問を持った。つまり……陛下は時間を狂った原因がわかっていないのか、或いはまだ疑っているのか。

ポロンカリストゥス:長い付き合いだけど、一瞬で冷静さを失っていく姿を見るのは初めてだった、面白かったけど……

ポロンカリストゥス:まだまだ、私が掴めていない情報がこんなにたくさん残っているとはね。

シェリー:チッ。

ポロンカリストゥス:?

シェリー:陛下とはいちばん長い付き合いだとか……そんなに得意げに言うこと?

ポロンカリストゥスシェリーちゃん、今のポイントはそこじゃなくない?

シェリー:鹿は学校で一番頭の良い人だと思っていたけど、どうやら私は間違っていたみたいね。

ポロンカリストゥス:え?

シェリー:そんな事は考えなくていいわ。私たちにいくら知恵があっても、陛下を疑う事は最も愚かな事よ。

ポロンカリストゥス:……シェリーちゃんこそ、陛下に関することになると、頭がこんなに単純になるとは。ビックリしたよ。

シェリー:は?!

ポロンカリストゥス:何でもないよー陛下は腕の良い部下がいて良かったってことー

シェリー:とぼけないで!全然違う事を言っていたわ!


36.饗宴のメインディッシュⅨ


クルーズ船

デッキ


マルガリータ:パトロールを手伝うと言っても、皆は自分の意志で船に乗ったんですし、途中で飛び降りる人がいるなんて……

マルガリータ:遊びにも行けない……退屈……


 タタタッーー


マルガリータ:え?


 退屈すぎて落ち込んでいた少女は、突然、慌ただしい足音を聞いてしまった、思わず無意識に振り返ってしまう。


マルガリータ:まさか、本当に誰かが船から飛び降りちゃったの……

マティーニ:……

マルガリータ:……

マティーニ:あなた……

マルガリータ:わたし……?


 突然目の前に現れた男はエルフのような美しい顔をしていて、マルガリータは思わず見とれてしまう。相手も何故か口ごもり、しばらくは何も言えなかった。


テキーラマティーニマティーニ!どこに行った……

マルガリータ:え?この声は……

マティーニ:!


 テキーラの声が近づいてくると、マティーニは不安そうにもう一度マルガリータを見た。それから大きな決心をしたかのように、テキーラの方へと駆けていった。


テキーラマティーニ?ここにいたのか、随分探したぞ……おいっ!どこに行くんだ?


 しかしマティーニは止まることなく、走り続ける。去っていく後ろ姿を見送りながら、テキーラは困ったように頭をかき、彼がやってきた方向を見た。


テキーラ:まさか……向こうで敵に会ったのか?


 ザブーンッーー


テキーラ:?!


 マティーニが走ってきた方向に歩きだそうとした時、テキーラの背後から突然激しい水音が聞こえて来た。彼は驚いて振り返ったが、デッキにはもうマティーニの姿はなかった。


テキーラマティーニの馬鹿!!!真っすぐしか走れないのか?!


 ザブーンッーー

 仲間の行動に呆れながらも、テキーラは迷わずマティーニを助けるために飛び降りる。少し離れたところにいたマルガリータは、水に落ちた音を二回聞いただけで、何が起こっているのかわからなかった。


マルガリータ:まさか、本当に船から飛び降りるひとがいるとは……止める間もなかった、パスタに怒られるでしょうか……

マルガリータ:うーん……どうせもうこんなことになっちゃいましたし、心配してもしょうがないから、いっそのこと……私も遊びに行こうかしら!


37.饗宴のメインディッシュⅩ


 騒がしいカジノでは、ウイスキーパスタが、それぞれテーブルの反対側に座り、奇妙なゲームをしていた。


スターゲイジーパイ:チェスに、ブリッジ……一体何をして遊んでいらっしゃるの?

パスタ:誰がキングをテーブルに戻すことができるのを当てる、ちょっとしたゲームだ。

スターゲイジーパイ:キング?テーブルの上にあるじゃない?

ウイスキー:しかしキングを持っている人だけが主導権を握ることができます。

パスタ:その通り。

スターゲイジーパイ:わからない……つまらないわ、ゆっくり遊んでらして、お茶でも飲んできますわー

ハギス:うぅ……


おや?ハギス、貴方もこのゲームに興味がありますか?


ハギス:簡単に言うと、キングを手に入れればいいんだよね?

ウイスキー:……そうです。

ハギス:わかった!


 ハギスはカジノテーブルに突っ伏して考え込んでいたが、突然目を輝かせて、楽しそうに飛び上がった。


ハギス:先生のために勝利を勝ち取れたら、先生は僕とチェスで遊ぼうね!

パスタ:勝利?ふふ、そう簡単に……おい!!!何をしている!

ハギス:先生、キングが取れた!

パスタ:このガキ、チェスをおろせ!

ハギス:わああーー先生、僕、後でチェス返すから!

ハギスオイルサーディン!助けて!

パスタ:待て!


 カジノを飛び出していく二人の姿を見送りながら、ウイスキーは珍しく皮肉でもない、そして意味深でもない、単純に楽しそうな笑みを浮かべた。

 一方、のんびりとお茶を飲んでいたスターゲイジーパイは彼を見ると、わざとらしく首を振った。


スターゲイジーパイ:せっかく手に入れた駒なら、ちゃんと仕舞って置けばいいのに、見せびらかしておくだなんて……

スターゲイジーパイ:子どもっぽいですわー


38.饗宴のメインディッシュⅪ


クルーズ船

デッキ


 奇妙な格好や、はしゃぐ食霊が次々と通り過ぎていったが、明四喜はそれには目もくれず、デッキの片隅にじっと立っている。やがてある人影が、音もなく彼のそばに落ちた。


ヤンシェズ:ごめんなさい……神器見つからない……

明四喜:そうか……構いませんよ、元々好奇心故、必要なものではありません。

ヤンシェズ:……もう一度、下を探してみる……

明四喜:せっかく来た訳ですし、神器を探すより楽しみませんか。

ヤンシェズ:?

明四喜:今日はもう任務はありません、この船の中で適当に遊んできなさい。

ヤンシェズ:僕は……いい……

明四喜:それでは、ここまで来た甲斐がなくなります。

ヤンシェズ:……わかった、行く……


 何か仕事を引き受けたように真剣な表情で去っていくヤンシェズを見送りながら、明四喜は仕方なさそうに首を振り、笑いながらため息をついた。


明四喜:いつまで隠れているつもりですか?お話をしましょう。


 そう言った途端、闇の中から別の姿が現れた。北京ダックにとって、明四喜に見つかることは意外ではなかった。というか、隠れているつもりすらなかった。

 彼はゆっくりと明四喜の横に歩み寄り、目の前にある広大な海を眺めながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。


北京ダック:……まさか、今度はそなたが様子を見る立場を取るとは……味方を集める良い機会ではないですか。

明四喜:ふふっ……ここにいる者たちの多くは、神器で私欲を満たそうとしているだけで、不才の志にはほど遠い。

明四喜:しかし知り合いを作ることに損はないですし、将来、いつどこで役に立つかわかりませんからね。

北京ダックヤンシェズを救った時のように?

明四喜:……

北京ダック:おや、違うようですね……今回はそなたが損得勘定しか知らない薄情者ではないという事がわかっただけで、来た甲斐がありましたよ。


39.盛り上がる末流Ⅰ


夕方

クルーズ船


 タッタッタッーー

 広いデッキの廊下を、角が生えた長身の男が、ぐったりした物腰のひとを引きずって、急いで通り過ぎていく。


モヒート:俺の宝物!クソッ、これ以上遅れたら間に合わないぞ!

魚介スープ:もう……そんなに急いでどうするんだ……どうせ間に合わないんだから……いっそ横になって休もう……

モヒート:チッ、あんたが船に乗る前にグズグズしていなかったら、遅刻しなかったのに。

魚介スープ:……途中で誰かとケンカしなければ……今頃こんな事にはならなかったのに……

モヒート:あのろくでなしの海賊共が俺たちの招待状を奪おうとしていたからだろ!海に放り込んで魚の餌にした方が良かったな。

魚介スープ:どうでもいいから、とにかく……ゆっくり走ってくれよ……


 しばらくしてーー

 羊侍者は破れている上に汗に濡れた招待状を見て、穏やかに笑った。


羊侍者:お客様、申し訳ございません。招待状は交換券ではありません。ゲームに勝たないと、貴方方の言う『宝物』を手に入れるチャンスはありません。

モヒート:ゲームって、あんた、ゲームとか大好きなんじゃないのか?

魚介スープ:僕が好きなのは座っているだけで遊べるゲームだ、そういうのとは違う……それに、今は疲れているし……


 魚介スープはそう言いながら肩を落とし、本当に疲れているように見える。モヒートはそれを見て、ため息をつくしかなかった。


モヒート:まぁ……それじゃあ……

魚介スープ:だから……帰ろう……

羊侍者:お二人とも、ゲーム以外にも「スポンサー」が皆のために豪華なディナーを用意してあります。

魚介スープ:あ……また宴会か……面白くない……帰ろう……


 魚介スープはそう言って背を向けようとしたが、モヒートが目を輝かせ、獲物でも狙っているような表情をしていた。


魚介スープ:……?

モヒート:帰るだなんて!酒を飲んで、肉を食らおう!食べるのが一番大事だ!やっぱり来てよかった、はははっ!

モヒート:ちょっと待て、この宴会は無料だよな?

羊侍者:もちろん、楽しんでいってくださいー!


 モヒートが喜びながら会場に入っていくのを見て、魚介スープは思わずため息をついた。


魚介スープ:……朝は宝探しって言ってたのに……もうわかんないよ……待って……


40.盛り上がる末流Ⅱ


深夜

クルーズ船デッキ


 迷子のアップルパイはあたしを見回しながら歩いていた。さっきまでの賑やかな宴会とは別世界のように、彼女の寂しげな足音だけが響いている。


アップルパイ:だ、誰かいる?ここはどこ……


 突然、どこからともなく冷たい風が吹き、廊下の扉が音もなく開いた……アップルパイは用心深く足音を忍ばせてドアに近づき、首を伸ばしてそっと覗き込んだ……

 薄暗い部屋の中には、月のわずかな明かりのみ。暗い隅には、幾重にも巻かれた包帯が、小さな人影を浮かび上がらせている。それは、静まり返った夜の不気味な亡霊のように、青白い光を放っていた。


アップルパイ:!


 アップルパイは、スカートの裾を握りしめながら、その場に固まってしまった。今日聞いたいくつかの言葉が素早く脳裏を素早く過るーー

 この豪華なクルーズ船は、夜になると、包帯を巻いた幽霊が現れる……あいつらは無惨な死に方をした人間の執念……もしかしたら溺れた船員かもしれない……それか首を吊った女の子かもしれない……


コーンブレッド:この幽霊たちは、誰もいない静かな隅っこに出るのが大好きで……あいつらに触られると……恐ろしい深淵に引きずり込まれてしまう……!


 恐ろしい噂を思い出して、アップルパイは息を止め、身体を震わせた。


アップルパイ:うう……あなた……あなたは……幽霊?!


 人影は声が聞こえたのか、ゆっくりとこちらに振り向く……穏やかな目がアップルパイの視線を受け止めるが、その体はほとんど闇に沈んでいて、よく見えない。

 時間が一瞬静止したような気がして、アップルパイは思わず目を見開く。……少女の手に、鈍い赤い液体がこびりついている。その液体は一滴ずつデッキに落ちて、重い音を立てる。

 そして彼女の足元には、全身が白い女が倒れていた。女は固く目を閉じ、その下には、同じような赤い液体がゆっくりと流れて、まるで萎れたバラのようにスカートの裾を濡らしていた。


アップルパイ:うわあああーーーっ!!!!

サルミアッキ:あ、あの……

アップルパイ:助けてー!!幽霊、幽霊が人を食べてる!!!!!


 アップルパイは恐怖の悲鳴を上げた。パニックに陥った彼女の足はいくつものガラス瓶を蹴ったらしく、部屋の中にガチャガチャと音を立てている。


サルミアッキ:幽霊?違う……

コーンブレッド:こういう幽霊はね、歌が一番怖いんだ。だから……うっかり触ってしまったら、歌で追い払う事ができるんだよ!


 ふとコーンブレッドの言葉を思い出した彼女は。指の隙間からちらりと目の前の「幽霊」を見て、あれが一瞬止まったかのように見えた。

 不思議なことに、音楽の力は一瞬で彼女に勇気と自信を与え、恐怖を吹き飛ばした。アップルパイは思い切ってギターを抱き上げーー

 耳元の騒がしい音に目を覚ましたウォッカは、ぼんやりとした言葉を口にしていた。


ウォッカ:ヒック……うるさい……も……もう一杯!


 サルミアッキウォッカが、この突然の乱入者を理解する前に、二人の耳には何とも形容しがたい歌声が飛び込んできて、鼓膜と神経を一瞬で貫いた。


アップルパイ:♪♫♪

サルミアッキ:頭……眩暈が……

ウォッカ:……


 数分後ーー

 「幽霊」も「死体」のそばに倒れた。アップルパイはぴょんぴょん跳ねながら彼らの横を通り過ぎていく。


アップルパイ:ふぅ……コーンブレッドの言った通り、やっぱりあたしの歌声は幽霊も倒せるんだね〜!



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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