カヌレ・エピソード
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カヌレのエピソード
いつも慈愛の笑みを浮かべているカヌレは、美しい声で人々に賛美歌を贈る。かつて人類に彼女が食霊であることを忘れさせ、神の使者と信じさせた。カヌレの真の姿は天使の鈴を持つ霊体で、修道女の形体は現世に存在するための「入れ物」である。
Ⅰ 神は人を愛す
わたくしがこの世に生まれたばかりの頃、神父様が教えてくださった。
わたくしは聖女であり、神からの賜り物であると。
この不穏の時代で神の意を伝え、苦しむ人々を救う存在であると。
神が彼の願いに答え、わたくしを彼のそばに送り出した。神の意と共に、神の声を伝え、神からの賜りをもたらした。
御侍様にとって、神は寛容で慈悲深く、まるで一束の光のようにすべての暗闇を追い払い、その暖かい懐に苦しむ人々を抱きしめる存在。そして神のもとからやってきたわたくしは、神に選ばれたことによって存在し、人々の苦しみを連れ去り、光をもたらした。
わたくしたちの町は静かで穏やかな場所だ。
外のような不穏な空気はなく、村人も優しい。わたくしたちは自らの労働で自給自足をしてきた。
わたくしたちは敬虔に神に祈りを捧げ、謙虚に平和を望む。
偉大なる神もその慈悲でわたくしたちの土地を守ってきた。
充足な光と雨、暖かくて心地よい環境はわたくしたちの生活を安定させてきた。
朝のきれいな鳥の鳴き声、底が見えるほど澄んだ川で泳ぐ魚、山森の中の可愛い生き物、このすべてが神からの賜り物である。
わたくしたちはただ敬虔に祈るだけで、豊かな生活に必要なものを手に入れられる。
神父様は人生すべての蓄えをはたいて、神にとっては粗末な教会を建てた。
慈愛溢れる神は、それでもわたくしたちの祈りを拒絶したりしなかった。
彼は神の意に従い、助けを求めにやってきた迷える子羊たちを光へと導いてあげた。
彼の一言一句は神の教えに背くことはない。
彼はもっとも敬虔な信者であり、神のもっとも忠実な代行者でもある。
神の恵みで生まれたわたくしは、神の慈愛の万分の一すら表せられない彫像の前に跪き、懇願する。
ああ、神よ、どうかこのもっとも敬虔な信者であるわたくしの願いを聞いてください。どうかわたくしに神父様を、そしてこの町を守れる力をお与えください。
Ⅱ 聖女
神のご加護のおかげで、神父様は人間にとって長寿ともいえるほどの寿命を生き、天に召された。
彼は笑顔で神のもとに戻った。
神のもとには苦しみも、病もない、神父様はこれから末永く神のそばに仕えるでしょう。
そして唯一の心残りであるこの小さな教会、町で唯一神のお声を聞き道しるべを求めるこの質素な場所を、わたくしに託した。
手に教会の鍵を握り締め、ゆっくり目を閉じた神父の前で、わたくしは心の中で神に誓った。
必ず自分のすべてを尽くして、心の信仰を守り、謳い、そして伝えていく。
神によって生まれたわたくしは人間ではない。故に人間のように老いていくことはない。わたくしは世間で神の慈悲と恵みを謳い、この信仰が汚されないように守り続けていくでしょう。
四季が廻り、町の子供たちは徐々に大きくなっていき、学校、仕事、結婚、そして老いていく。
わたくしは神の意に従い、神から与えられた力で怪我した体を治し、神の賛歌で傷ついた魂を癒してきた。
清い鈴の音が教会に響き渡って、心の罪と疲弊を洗い、賛歌が弱りきった心を慰める。
少しずつ、わたくしが謳うときだけ現れる霊体は人の傷を癒せる力がある。そしてわたくしの老いることのない外見から、町の人々はわたくしを聖女と呼び始めた。
おお偉大なる神よ、どうかわたくしの心に起きた小さな喜びをお許しください。
この呼び名は、まるでわたくしをあなた様に少しだけ近づかせたように思えています。どうか彼らがこう呼ぶのを止めなかったわたくしをお許しください。
わたくしは更に努力し続けるでしょう。
Ⅲ 怒り
教会に式典がないとき、わたくしはよく町を歩いていた。
晴れた日がもっともいい散歩日和。目を閉じて風を感じとり、呼吸を緩めて、世界に自分自身を溶け込ませることで神の慈悲を感じ取れる。
草の香りがする空気、隣人の暖かい挨拶、町の屋台の情熱的な呼び込み、戯れる子供と隅っこで欠伸をする猫。
これらのすべてが神の賜り物。
突然、賛歌とは違った歌声が、馴染みの通りから伝わってきた。
わたくしはゆっくりと目を開け、その歌声をたどっていった。
ローブを着た男が太陽の光のような笑顔をして子供たちの中に座っていた。彼のそばには歌声に惹かれた白い鳩も居た。日光の下で彼の髪はまるで金色にコーティングされているように見えた。
彼の声はとてもきれいで、まるで春風のように穏やかで、暖かくて笑っているようだった。
たとえどんなに騒ぎたがる子供でも、彼の歌の下で徐々に静かになるとわたくしは信じた。
彼は子供たちに囲まれていた。遠くない場所で忙しく働いている大人たちですら時々こちらを見た。
賛歌の神聖とは違っていたけれど、彼の歌から人々は彼が歩いてきた無数の風景を感じ取れた。
雪原の冷たい風、時に荒れ時に静かな海、果てが見えない小麦の畑。
彼の歌についていけば、まるですべての土地を歩み、見たことのない美景が見えるようだ。
「兄ちゃん兄ちゃん、たくさんの場所に行ったんだな。それがどんな場所なのか教えて。僕この町を出たことがないの!」
一曲が終わった後、いつも静かな子供たちは賑わい、大胆な少年は男の裾をつかんで、優しく微笑む男を見上げる。
男はしばらく考えるように顎をさすってから、子供の頭を撫でた。
「いいだろう、あの雨の物語を教えよう」
物語が進むにつれて、男の語る物語は少しずつ馬鹿馬鹿しくなっていく。
この世界に他の神がいるはずがない!わたくしたちのすべてが偉大なる父からもたらされたものなのだから!
ただの妄想が不敬にも神を騙るとは!
「やめなさい!わたくしたちの慈悲深い神は、たった少しの口論で数万人が死ぬような洪水を空から落とすはずがありません!」
わたくしは群衆の中に入って、その神を貶す男を睨んだが、彼の目はまだ澄んだまま。一片の動揺も見えなかった。
彼がわたくしを見上げると、その澄んだ目にわたくしの怒りによって歪められた顔が映った。彼の顔に少し申し訳なさはあったが、反省する気持ちは全くなかった。
「すまない、きみの前で言うべきことじゃなかった」
「あなたの神は存在しません……存在しているはずがありません!」
「おいおい、落ち着いてくれ。ただの伝説だ」
「あなたは……あなたのような人にわかるはずがありません。神がどれだけ慈悲深いのか、彼こそがわたくしたちの唯一の神です!あなたのような人には、必ず天罰が下ります!」
どうやって教会に戻ってきたのか覚えていない。わたくしが覚えていたのはあの男の申し訳なさそうな顔だけだった。
彼はわたくしに謝った後すぐ離れた。あの時、まだ未熟なわたくしは彼の物語のせいでひどく動揺していた。
Ⅳ 恵みの意味
あの男がまだこの町にいることは知っていた。我々の父なる神にしか祈らなかった子供たちの口から、言ってはいけない言葉が出るようになったからだ。
彼らはもう神の賜りに感謝していなかった。
彼らはもう父なる神を唯一の信仰として崇めなかった。
彼らは神に背を向け、光をお与えくださった父なる神を裏切った。
神よ、どうかこの人たちにお示しください。
誰が平和な生活を与えているのか、誰を信仰するべきなのかをお示しください。
その後訪れた恐ろしい惨劇は、その時のわたくしにとって父なる神が下した神罰のように絶望的だった。
豊かな土地が町の真ん中から大きく裂け、まるで地獄からの怪物が血まみれた口を開けて命を呑み込むように。
巨大な揺れで倒れた建物は火に包まれて、ようやく逃げ出せた人々をもう一度呑み込んだ。
悲鳴と助けを求める声が町のあらゆる場所から聞こえてきた。あらゆる方向に暗闇に落ちて救いを求める無数の子羊がいた。
わたくしは町の中心で呆然と立ってこのすべてを見ていた。倒れた建物がわたくしに走ってくる子供を呑み込んだ。廃墟と化した町で、すべての住民が祈り始めた。この災厄を止めるように、父なる神に許しを請った。
わたくしは頭を抱えて泣き叫び、父なる神に救い求めて、許しを請って、以前に発したわたくしの呪いのような言葉を撤回するようお願いした。
しかし、わたくしを地面から引き起こしたのは別の手だった。
顔の痛みがわたくしを苦しみから目覚めさせ、熱くなった頬を押さえ、眉をひそめた男を見やった。
「祈ってる暇があるなら早く人を助けろ!」
「これは神罰です……助けられるはずがありません。全員死ぬんです。これは罰……全てわたくしのせい…全部わたくしのせい……」
「目を覚ませ!きみの神は慈悲深いだろう!ならこれは彼が引き起こした災厄のはずがない!よく考えろ!彼にもらったその力はいったい何に使うべきなのか!今はあんたしか、この人たちを救えないんだ!」
目の前の惨状で混乱してた頭が徐々にはっきりしてきた。それでもわたくしの手は未だわずかに震えている。目もまだ腫れている。
「そうです……今……わたくしだけが……皆を救えます……」
神に与えられた力に感謝します。
同時に、彼にも感謝を。暗い渦の中に落ちたわたくしに手を差し伸べてくれたことに感謝を。神に与えられたこの力の意味を理解させてくれたことに感謝を。
まるで教会で歌うように、力を極限にまで発揮していることによって発した光の中で、体の中の力が徐々に吸い取られていく。わたくしは立ち眩みをして倒れそうになったが倒れなかった。彼がわたくしを受け止めたから。
「ほら、やればできるじゃないか」
わたくしは顔を上げて、彼が住民を助けるために汚した顔を見た。彼の笑顔は最初に見たときと何も変わらなかった。
Ⅴ カヌレ
昔々、あるところに自給自足の小さな町があった。
その町は豊かな土地と、充足な雨と、暖かい気候に恵まれていた。
町の住民の多くは労力を払わずとも豊かな生活のために十分な資源を得られた。
毎年彼らの最大の祭りは、父なる神に来年の気候の順調を祈ることだった。
町には敬虔な神父が居た。その神父は敬虔にして優しかった。彼は祈りに来るすべての住民を真摯に持て成し、彼らの困惑を解消してきた。神父は、彼らの慈悲深い神は必ず小さな町を見守り続けると信じてた。
敬虔な神父の祈りは本当に神を感動させたかもしれない。ある日、一人の聖女のような食霊が彼に召喚された。
カヌレは、見た目も声も聖女のようだった。
その歌声はすべての罪悪を見つけ出し、洗い流せた。
神父のもとにやってきたカヌレが歌うとき特殊な力を発揮する。その力は怪我を癒し、極限まで発揮すれば死人を甦らせることすらできる。
神父は彼女を神からの賜り物をみなし、彼の死後教会を彼女に託した。
カヌレもまた聖女の名に恥じることなく、敬虔に神を信仰し祀った。
しかし、小さな言い争いによってもたらされた天災が祈ることしかできない住民たちを窮地に追いやった。そしてその天災こそ、世間にカヌレが聖女であることを馳せた理由だった。
町の建物が全部倒れるほどの災厄の中、彼女の詠唱で負傷者がたったの数人に納まった。
重傷者も命を失うことがなかった。
「おや、聖女様」
ビールがいつものような優しげな声と嬉しそうな表情で、徐々に復興した町の城門に立ち、子供たちに物語を読んでいるカヌレに高く手を振った。
「ビールさん、お久しぶりです」
カヌレは本を置いて、まだわいわいと彼女に付き纏う子供たちを家に帰して、ビールのもとにやってきた。
「何の物語を読んでいるんだ?」
「前にあなたがあの子たちに話した、まだ終わっていない物語ですよ。あの時わたくしがあなたを遮ってしまったから、わたくしはその続きを話してあげなければなりません」
「……そっか」
「それはおいといて、何故いきなりここに?ずっとあなたに連れ添っていたあの少年は?」
「……ミネラルオイスターなら、また怒らせてしまってどっかに行った。僕はあいつを捜してる途中でついでにここに来た。元気そうでよかった」
「今度はどんな世界を見てきたのですか?」
「……ああ……だから君に会いに来た。ミネラルオイスターの奴はな……」
「これはあなたたちの問題です。それは神から与えられた試練、自分たちで何とかすべきです」
「……ああ…………いったいどうすれば……」
ビールは、軽い足取りで離れていくカヌレを見ながら、あちこち捜し回ったせいでぐちゃぐちゃに乱れた髪を掻いた。
世界を駆け回っているビールは、永遠に知ることはないかもしれない。盲目的に神を信じたカヌレの目を覚まさせ、彼女の信仰を更に固めたのは、この信仰すら見つかっていない自分だということを。
このいつも笑ってる奴は、自らの行動で彼女に語った。
彼女の神が彼女に力を与えたのは、ただ祈らせるためではないと。
彼は彼女の唯一神であり、他人の信仰を気にする必要はないと。
彼女の心の中で、彼こそが唯一の信仰だと。
最後には、彼女は永遠に神への信仰を誇りに思い、その恵みに感謝を捧げるだろう。
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