臘八粥・エピソード
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臘八粥のエピソード
心優しい少女。かつては五穀豊穣のシンボルとして人々に愛されてきた。この頃は存在感が薄くなってきたことを少し気にしており、イメチェンしようと頑張っている。
Ⅰ 豊作
手にある神楽鈴を軽く揺らす。軽快な音が悠長に響き、夕日が夕焼けを映し出す。
夜風が雲を吹き散らす。踊り終わると、私は祭壇の上で立ち止まる。祭壇の後ろに立っている御侍様が、私に微笑みながら頷いた。
私は荒い息を整え、額の汗を拭いた。
御侍様が祭壇の下に集まっている人々に、祭りの終わりを告げた。
さっきまで少しの音も出していなかった人々は、情熱的な拍手と歓声をあげた。
私が御侍様を支えて祭壇を降りると、手に果物や野菜を持っている人々に囲まれた。
「司祭様、これは我が家で採れた果物です!とても甘いのでどうぞ!」
「司祭様、これは家の白菜です、とても新鮮です!」
「司祭様……」
「司祭様」
中心に囲まれている御侍様は嬉しそうに笑っている。彼は人ごみの中から、私たちの前に押し進んできた1人の子供の髪を撫でてあげた。
「いいのです!いいのです!皆の平穏が、私にとって最高の贈り物なんです!」
私は複雑な祭事で疲れた御侍様を支えて家に戻り、彼にお茶を淹れてあげた。
御侍様は手で軽く私の手の甲を叩くと、彼の隣に座らせた。
「臘八粥も少し休憩してくれ。おいで、一緒に飲もう」
私はうなずいて御侍様の隣に座り、白い蒸気が漂う湯飲みを抱えて長く息を吐いた。
御侍様は慈愛に溢れる笑みで私を見て、その痩せた手で私の横髪を耳の後ろにかけた。
「臘八粥、君のお陰だな。でないとこの老体は持ち堪えられないだろうよ」
「御侍様、そんなこと言わないで。御侍様は毎年、福を祈って敬虔に蒼天を拝んでいるから、天はきっと御侍様の健康を守ってくださるはずよ!」
「口が甘いね。行きなさい。もうすぐお粥を施す時間だ。遅くなってはいかん」
「はいはい、今行きます。御侍様はゆっくり休んで」
私は走って部屋を出て、お手伝いの人達と一緒に厨房に準備してあるお粥を家の前にある小屋に運んだ。服がボロボロな人たちや宿無しの人達は既に長い列をなしている。
私は鍋の中からの甘いお粥を鉢によそって彼らに渡す。近所の人たちも手伝ってくれる。
綺麗なリボンで髪を括っている小さな女の子が、私の隣でお粥を背が曲がっているお年寄りに渡した。
私は彼女の髪を撫でて礼を言ったが、彼女は予想外な事を言ってきた。
「臘八粥お姉ちゃんありがとう!臘八粥お姉ちゃんと司祭のおじいちゃんはいい人だから、あなた達が信じる神様はきっといい神様だよね!そんな神様を信じない人なんてきっと悪い人なんだ!」
私はかすかにぎょっとして、子供の澄んだ目を見て、思わず彼女の髪を揉んだ。
「葵ちゃんは神様を信じるの?」
「そうよ!神様は豊作をくれて、たくさんの食べ物と暖かい服をくれたから」
「神様に感謝するのはいいけど、神様を信じない人も全員悪い人というわけではないよ」
「え……どうして?」
「う……とにかく、彼らは悪い人ではない。だから葵ちゃんはこれから他の神様を信じる人に出会っても、尊重してあげるべきなのよ」
「……わかった」
Ⅱ 零落
王朝の更迭は、太陽と月の交替のように当たり前のことだ。
旧世代の君主が退位して新しい君主が帝王に着いたら、真っ先にするのは先帝が重用した神官や国師から過大な権力を剥奪することだ。
もしそれだけだったら、悲しい事ではあるが理解はできる。
何もかもが「天の導き」に頼るのは戯言がすぎると私も思うから。
しかし、それに伴ってくるのは民の信仰に対する軽視だ。
元々人望が高かった司祭は、詐欺師と称されるようになった。
人生を国や民のために祈ることに費やしてきた御侍様にとって、この仕打ちは残酷すぎる。
敬虔な信者であった老人たちが亡くなったことで、かつて信仰の集成であった祭りは今の若者にとっての娯楽に成り下がってしまった。
「ハハハ!見ろよあのジジイ!呪文を唱えてるぜ!」
「ハハ!ほらジジイ、俺たちは神なんぞ信じてないぞ!天罰を下してみろよ!ほら!ほら!」
若者たちの軽薄な言葉の中、私は倒れそうな御侍を支えて彼らを睨んだ。
「例え信じなくても、信じる者の信仰を侮辱しないでください。それは人として他人の心の神に対する最も基本的な尊重でしょう」
私に睨まれた若者たちは一瞬ひるんだが、リーダー格の人はこのまま言い負かされたくないばかりに濁った声で罵ってきた。
「な、何睨んでんだ!この詐欺師どもが!他人を騙すことで食ってきたくせに!てめえらがいなくても俺たちは豊作にするんだよ!」
「そ、そうだ!」
「詐欺師!」
「詐欺師!」
私はこぶしを握り締め、眉をキツく顰めて祭壇に向けて唾を吐いたり、あかんべえしたりしている信仰心の欠片もない奴らを睨みつける。
「あっちに行け!」
よく知っている声が聞こえた。
葵ちゃんはもうかつての小さな女の子から成長し、今や私よりも頭ひとつ大きくなった。
彼女は私たちの前で腰に手を当ててその人たちを追い払った後、私と一緒に御侍様を支えてくれて、少し心配そうな顔で見つめてきた。
「臘八粥お姉ちゃん……あんな奴ら放っておいてください。司祭様と臘八粥お姉ちゃんが私たちのためにしてくれたことは全部わかっているから。さあ、家まで送るよ。」
私たちは御侍様を支え、もうかつての豪華さを失った今の家に帰ってきた。
「臘八粥お姉ちゃん……たとえ信じなくても他人の信仰を侮辱するのはよくないと、彼らはなぜわからないの?」
葵ちゃんは心配そうに、ベッドに横たわるまだ元気を取り戻してない御侍様を見る。
「以前皆、あんなに敬虔だったのに……今はあなた達を詐欺師呼ばわりして神様を嘲笑って……」
「ひどい……なぜ神様はあなた達を助けてくれないの……なぜ神様を嘲笑ってる奴らに神罰を下さないの……」
あの時、後ろのベッドでゆっくり開いた憤怒と絶望に満ちた目に、私は気付いていなかった。
御侍様にとって神はすべてだから、彼は今の変化を受け入れられず、一日中ぼうっと軒下に座ってる。
私はどう慰めればいいのかわからず、まるで何も変わらなかったかのような毎日を繰り返すしかなかった。
Ⅲ 「神罰」
ある日突然、城内で変な疫病が流行り始めた。その疫病に対し無数の有名な医師たちが匙を投げた。
疫病は急激に広がり、ただ誰ひとりの命も奪わず苦しませるだけだった。
その疫病は2人の若者から初めて発見され、今や城中を蔓延っている。
体の弱い子供や老人から、体の頑丈な壮年に至るまでこの疫病から免れた者はいない。
しかし体が男達よりか弱い葵ちゃんと、年老いた御侍様だけはその疫病から免れた。
そのことに気付いた人々は、試してみるつもりで子供を連れて御侍様の家の前にやってきた。
御侍様はいつもの優しさを忘れたように、厳しく彼らを家の前で一晩中跪かせ、彼らに嘲笑われた神に謝罪をさせた。
その後、御侍様が寝たままの子供に小さな薬を飲ませると、子供はすぐ黒い液体を吐き出し目が覚め、顔色も良くなった。
そのことはすぐ城中に広まった。全員が、まるで神への敬意を「思い出した」かのように御侍様の家の前で跪いた。
体が丈夫そうな2人の若者は最も重体だった。数日間の日晒しと雨風を浴びた後、彼らは既に衰弱しきってた。
しかしその2人を見ている御侍様は、まるで喜んでいるようにも見えた。
かつての御侍様はあんなに優しかったのに。
例え信仰心のない人でも、彼は彼らのために祈ったのに。
そんな彼が人の苦しんでる姿を見て、このような邪悪な笑みを浮かべるはずがない。
でもすぐ、御侍様はまるで自分の変化に気づいたように、感電でもしたかのように手を引っ込めた。彼はかつて、彼を侮辱した2人の若者の感激な眼差しの中で、神から賜った薬を2人に渡した。
「君たちはかつて神を侮辱した。しかし君たちはまだ若い。間違いを正す機会はまだあるのだ。今後、例え不信でも他人の信仰心を侮辱するでない。迷える子羊たちに神のご加護があらんことを……」
薬を受け取るとすぐ飲んだ2人の若者は、まるで御侍様の言葉に感動したような目をしてた……。
私にとって神様は優しくて寛容な存在だった。
このような小さな無礼で神罰を下すはずがない。
それに、私がどんな医書を読んでも治療法を見つけられなかったのに、御侍様はどうやって治療法を知ったんだろう。
癒された人々は、再び神への信仰心を取り戻した。
信仰心のない人たちも、病を治すために神に頭を下げざるを得なかった。
信者が増えるのはいい事のはずなのに、なぜか私はとても不安になった。
Ⅳ 「神」
神の奇跡をその目で見た人々は、信仰心を思い出した。
彼らが今、困難に会う時は祈れば神が解決してくれるとまで思っている。
ごく短時間で、街は衰退の兆しを見せ始めた。
でも御侍様は以前のような優しい様子に戻った。
しかし、夜も遅い時間、彼は時々家を出ていつの間にか作った地下室に行ったりする。
静まりかえった夜、星空に少しの光も見えない。
月さえも厚い雲に覆い隠されて、少しの光も洩らさない。暗闇が城全体を覆っている。
年老いてやせ細った御侍様は静かに家を出た。私はこっそり後をつけ、ようやくその入る事の許されなかった地下室に入れた。
地下室に踏み入れてすぐ、鼻を刺激するほどのきつい薬の臭いがした。それは淡い苦味を帯びている薬の香りとは違い、とても不快な臭いだ。
私は眉間に皺を寄せ、忍び足で室内に入る。もうこんな時間なのに眠らず机に向かって慎重に何かを調合している御侍様を見つけた。
彼の前に置かれている薬草はとっくに禁止されたはず。それを見て私は思わず目を見開いて、我慢できずに飛び出した。
私は彼の手を掴んだ。震えているのはいったい御侍様の手なのか、それとも私の手なのか。
頭を上げると、御侍様は驚いた目で私を見ている。
「……どうしてここに?」
地下室にあるすべての薬物と、得体の知れない処方を見て、私はすぐに悟った。
すでに落ち着いてきた御侍様はため息をついた。
「臘八粥、もうわかったんだな?」
私は静かに頷いた。
御侍様が毎回こっそり薬箱の中に入れた薬や、祠堂の中でいつの間にか現れた仕掛けに加えてこれ。もうどうやっても御侍様のために弁解する事はできないのだろう。
神が下した罰や許し、全部御侍様が皆の信仰心を取り戻すために仕込んだ嘘だった。
「御侍様、もうやめてください。今ならまだ間に合う」
御侍様は震えているその手を引き抜こうとするが、私はその手をしっかり握り締めて放さない。
「御侍様、まだ死人が出ていない内に止めて。ね?」
「もし止めたら、彼らはきっともう一度神を忘れる。信仰を忘れる。きっと再び私たちや神を嘲笑う。私はいったいどうすれば……どうすれば……」
「御侍様、こんな事をして得た信仰心は本当の信仰心なの?貴方が欲しいのは自分に対する信仰心と神に対する信仰心のどっちなの?」
私はいつの間にか涙を流していた。
涙でぼんやりしてる視界の中、涙が御侍様の肩に垂れたのを見た。彼はうなずいて崩れた。
「少し……1人にしてくれ……。」
Ⅴ 臘八粥
臘八粥の御侍は徳が高く、非常に人望がある老年の司祭である。
しかしそんな彼も大きな間違いを犯した。
皇権の交替に伴い、新しい帝王は信仰を蔑ろにしたことで、人々は神を信じなくなった。
老司祭にとってこれはまだ我慢できる。しかし彼の最も許せないのは神に対する侮辱であった。
彼は、無理に自分の信仰を他人に押し付けたりはしない。信じない人のためにも同じように幸福を祈る。しかしなぜ彼の神は同じように尊重されないのだ?
長く貯めていた不満は、ある小さな事で爆発した。
謎の毒薬によって町は疫病の恐怖に覆われた。唯一、彼らを救えるのは老司祭だけ。そのことで彼は人々を神の元に跪かせることに成功した。
賢い臘八粥は、すぐに老祭司の異様に気づいた。彼女は老祭司自身の言葉で彼の罪悪感を呼び起こさせた。
その後、老祭司は皆に自分が犯した全ての罪を告白した。
意外なことに、怒っていた人々は自分たちのかつての神と老司祭に対する侮辱を思い出し、次第に落ち着いた。
結果、老祭司と臘八粥はこの町を離れた。
彼らが離れた後、人々は壊された祭壇を清掃して建て直した。
臘八粥と老祭司は、彼らの故郷と似ている町に住み着いた。
臘八粥は昔のように、わずかな貯金で小屋を建て、食べ物がない人々にお粥を配っている。
長くお腹をすかせていた1人の子供は、お粥を飲んだ後、汚い袖で口を拭き、大きくて澄んだ目で臘八粥を見つめて聞いた。
「お姉ちゃんは神様なの?」
臘八粥は瞬きをして、少し困惑しながらしゃがんだ。
「どうしてそう思うの?」
「もし神様じゃなかったら、どうして食べ物をくれるの?」
「……私達は神様じゃなくて、神様のお使いなんだよ。私たちは神様に言われて君たちに食べ物を分けてるんだよ。」
「神様にお礼を言いたい!どこにいるの?そのお爺ちゃんが神様なの?」
「いいえ、神様はずっと空で私達を見守ってるよ」
「ありがとう神様!」
子供の真摯な目を見て、小屋の傍らで座ってる老司祭が密かに涙を流した。
この時、この老人はまるで何かを悟ったかのように満足な笑みを浮かべた。けれど、涙は止まらない。
臘八粥は慌てて涙を拭いてあげ、困惑そうに御侍を見つめる。
その時、老祭司の最後の心の蟠りだったものが、子供のあどけない言葉によって解かれた。
老祭司は人間にとっては長い長い寿命を全うして死んだ。
死ぬ間際、彼はたくさんの信者に囲まれていた。かつてお粥で神に感謝を捧げた子供も既に1人の子供の父親になった。
彼は安らかな目つきで周りを見回して、皆を退室させた。
泣いている臘八粥は老祭司が伸ばしてきた手を握り締めた。
「私はかつて信仰心があればいいと思っていた。しかし、真心からの信仰心は脅迫で得た信仰心よりずっと貴重だと、私は彼らに教わった。私の深すぎた執念が、あいつらに付け入る隙を与えたのだ……」
老祭司は震えてる手で懐から黒い封筒をした手紙を取り出した。
「あの夜、あいつらが私を訪ねてきた」
臘八粥は老祭司の口から、かつて彼を惑わして処方を渡した奴らの事を聞いた。
それは黒いマントを羽織っていた奴らだ。あの時は夜だったので、老祭司は彼らの顔がよく見えなかった。
あいつらはまるで悪魔のように老祭司を惑わし、道を踏み外させた。
余命が短い老祭司は、目が覚めた後全力であいつらを探したが、何の収得もなかった。残った唯一の手がかりはあいつらの「国」専用の封筒を使った、結局出せなかった手紙だけだった。
臘八粥は老祭司から最後の任務を任され彼の死後、村人たちの引き止めを婉曲に断って1人であいつらを探す旅に出た。
もしいつか本当にあいつらを見つけたら、その時どうするのかはまだわからない。しかし彼女の心には強い信念が秘められている。
――あんな他人を惑わし、人としての道を外させるような輩を放っておくわけにはいかない。
彼女はより多くの人が老祭司のような間違いを犯さないために、より多くの人と知り合い彼らに真相を告げたいと思っている。
旅行の途中、臘八粥は堕神の群れの中に暴れている全身血まみれな食霊と出会った。その食霊が倒れそうなところで、臘八粥は彼女を助けた。
遠くまで逃げると、彼女に引っ張られて一緒に逃げてきた食霊はようやく口を開いた。
「なぜ逃げるんだ。もうすぐで勝てたのに。」
その少し冷たい感じの女声を聞いて臘八粥は驚き、その細くて高い姿を見つめる。
「あなた、女の子なの!?」
「……胸がなくて悪いね。」
「む、む、む、胸の話はしてないよ!」
臘八粥は我慢できず笑いだした。彼女は自分のハンカチを手の甲で顔を拭いている食霊に渡した。
お屠蘇は酒を持って篝火の前に座ってその柔らかそうな女の子を見つめ、彼女からあの次々と不幸を生み出す組織の話を聞いている。
お屠蘇はしばらく沈黙してから、酒を置いた。
「奴らはきっと、とても凶暴な奴らだろう。付き合うぜ。」
「は?」
「なんだその返しは。助けてくれた礼だ。あんた1人じゃ途中で堕神に食われるのがオチだぜ。よし、そうと決まったらさっさと寝よう。明日の朝には出発だ。」
お屠蘇は背を向けるとすぐに寝た。そんな彼女を見て臘八粥は笑った。
この時、篝火のそばで平穏な一時を過ごしている2人はまだ知らない。彼女らが探している「国」は、今とある災難によって滅びに向かっていることを……。
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