ビビンバ・エピソード
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ビビンバのエピソード
優しいお姉さん、聞き上手で、思いやりがあり、倹約家。
五行の研究に没頭しており、いつも何やら小難しい言葉を使う。
Ⅰ.御侍様
※再翻訳につき修正更新しました。
私を召喚したとき御侍さまは、家族も頼る人もおらず、寂しい想いをしていた子どもだった。
御侍様について、彼の後見人であるご主人様がそう話してくれた。
私は、その話を聞いてとても驚いた。いつでも気丈で、決して弱音を吐くようなこともなく、とても強く生きていた。
可哀想な身の上であるのに、そのように振る舞う御侍様に、私は胸が締め付けられた。
(あの笑顔の下に、そのような苦悩があったとは…まるで気づかなかった)
私は、今後二度と御侍様に辛い想いはさせまいとーー必ず幸せになってもらうのだと心に決めて、御侍様を引き取って育ててくださったご主人様にも報いることを約束した。
そんな御侍様の過去を知って、私はすぐに御侍様を連れて、この町の料理御侍ギルドへ連れていった。そして、料理御侍として登録してもらえるよう頼んだ。
その結果、御侍様はギルドから補助金をもらえるようになり、堕神に関係する依頼も引き受けるようになった。
兼ねてから御侍様は、いつまでもご主人様のお世話になっているのは心苦しいと仰っていた。
ご主人様は気にしていないようだったが、一日も早くご恩返しをしたかった御侍様にとって、ギルドへの登録したことは正解だったようだ。
毎月決まった補助金と堕神関連の依頼をこなしていき、その報酬で住むところを見つけた。
「ありがとう、ビビンバ。君のお陰だね」
そう言って、嬉しそうに、けれどちょっと申し訳なさそうにはにかんだ御侍様を見て、私はとても幸せだった。
食霊にとって、御侍様が良い人であることより幸運なことはない。
しかし運命は、御侍様を放っておいてはくれなかった。彼はもう十分苦労したというのに。
ある日、御侍様は病によって倒れてしまう。最初は、私はあまり心配せずに、普通の風邪だと思っていた。
しかし時間が経つにつれて、それが間違いだとわかった。
御侍様の病気はどんどん悪化し、私は町の医者すべてにあたったが、どの医者も御侍様を治すことはできなかった。
最後に訪れた年老いたある医者が光耀大陸で似たような難病を治した人を見たことがあると教えてくれた。
だが、その医者自身はその治療法を詳しく知らないのだと言った。
(……どうしたらいいだろう)
そもそも、この話がどこまで本当のことか、私には知る術はない。実際に現地へ訪れてその人を探すしかないだろう。
御侍様が元気になる可能性があるなら、私はその地へ赴くべきだと思った。
幸い、多少なりとも医術の嗜みがある。
だが、こんなに弱っている御侍様を連れて旅に出ることはできない。だが、御侍様を一人家に置いて、光耀大陸に行くこともできない。
行き詰まった私が困っているとそこに新たな食霊ーーテンジャンチゲが現れた。
驚く私に、彼女はここに来たいきさつを話してくれる。
御侍様は、自分はもう長くないと察し、いずれ一人になるだろう私を心配して、仲間として彼女を召喚したらしい。
御侍様は浅慮だ。そんな結論を出してしまうなんて。
だが、私は彼を責められない。
御侍様は、家族がおらず、寂しい幼少期を過ごした。今でこそ、ご主人様と分かり合えているが、そうなるには時間がかかったと言う。
そんなこともあって、彼女を召喚したのだろう。彼女には罪はない。ただ私は、御侍様がもう自分の命を諦めてしまっていることがどうしようもなく寂しかった。
同時に、御侍様の思い遣りに、私は胸が苦しくなった。
私は、昔のことを思い出す。
今後二度と御侍様に辛い想いはさせまいとーー必ず幸せになってもらうのだ、と誓ったあの日。
今こそ私は、その誓いを果たすときだ、と気が付いた。
(御侍様のために、光耀大陸へ行こう)
そして、末永く一緒に暮らすのだ。御侍様、テンジャンチゲと私の三人で。
Ⅱ.もうひとりの家族
※再翻訳につき修正更新しました。
「御侍さまは辛いものが好きだけど、料理に唐辛子は入れないで、ラー油も駄目。わかった?」
私は夕食を準備しながら、テンジャンチゲに御侍様の食事を作る際の注意を伝えた。
「何の病気かはわからないけど、お医者さまが食べてはいけないものを教えてくれたの。入ってるか聞かれても、誤魔化しておいてね」
そう言いながら、私はコンロに置いた自家製味噌の缶を出してみせる。
「それから、御侍様が作ったこの味噌も使えないから。細かくてごめんね。覚えられる?」
「うん、大丈夫よ。心配しないで」
テンジャンチゲの答えを聞いて安心し、私は味噌の入った缶を受け取って、それらの缶が入っていた木の箱に戻して封をした。
「この材料が医者の指示に合ってないんでしょ?私が何とかしておくから大丈夫」
それを聞いて、私はほっとして目を閉じる。安堵したせいか、少し目眩がするーー指でこめかみを押さえた。
(これで、必要なことはすべて伝えられたかしら?)
言い忘れたことがないか、もう一度よく考える。何か忘れていることがあると、御侍様が困ってしまう。
このとき、額に柔らかなものが触れた。目を開くと、テンジャンチゲが心配そうに私を見ながら、手を私の額に当てている。
「大丈夫?」
その声に、私の心がグッと締め付けられる。彼女の優しさが私の心を潤したのだ。
私はもうーー独りじゃない。
その事実に、どうしようもなく嬉しくなる。
「えぇ。私はもう……大丈夫です」
御侍様はこんな私のことをわかっていたのだ。私が『御侍様のため』と無理をしてしまうことを。だから、仲間を……彼女を呼んでくれた。
「心配かけてごめんなさい。どうもありがとう」
私がそう言うと、テンジャンチゲは突然私を抱きしめた。
「御侍様のことは私に任せてね」
彼女の手が優しく私の背中を撫でる。そして、テンジャンチゲはそっと私の耳元でささやいた。
「安心して、ビビンバ姉さん。私が御侍様の面倒を見ておくからね」
彼女の言葉に私の心は癒やされて、穏やかになっていく。なんとも、心地よい瞬間ではないか。嬉しくて、目頭が熱くなる。
私は彼女の肩にもたれて目を閉じた。
「ん……ありがとう。どうか御侍様のことをお願いします」
そう言った後、一気に疲れを感じる。どうやら、私は相当に根を詰めていたようだ。
「テンジャンチゲ、ここ頼んでもいいかしら?」
「ええ。勿論!姉さんは休んで。朝からずっと働き詰めでしょう?」
連日の疲れも溜まっていると思うから、ゆっくりしてね、と言われる。有り難くその言葉を受け入れて、私は自室に戻った。
(明日は光耀大陸へと向かう。しっかり疲れをとっておこう)
御侍様は大丈夫。ここには、テンジャンチゲがいる。私は私のできることをすればいい。
仲間がいることに深く感謝し、私は深い眠りについた。
Ⅲ.長い旅の果てに
※再翻訳につき修正更新しました。
もう一度リュックの中身を確かめて背負い、顔を上げてテンジャンチゲを見た。
彼女は恭しく私に頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「ビビンバ姉さん、心配しないで。言われたことは全部メモしたから!御侍様のお世話は任せておいて!」
無邪気な笑顔を浮かべている彼女に、たくさん伝えたいことはあった。
彼女がいなければ私はこうして旅立つことはできなかっただろう。
「御侍様をお願いね。でも、決して無理はしないでね、すぐに帰るから」
テンジャンチゲは笑顔で頷き、馬車に乗った私を見送ってくれた。
そんな彼女を残して馬車が走り出す。
(ここからは……私、独りね)
そこで、テンジャンチゲが私を呼ぶ声が聞こえた。顔を出して振り返ると、テンジャンチゲが大きく手を振っている。私はそれに答え、大きく手を振り返した。
次第に、テンジャンチゲの姿は砂ぼこりの中で小さくなり、見えなくなっていった。
私は激しく揺れる馬車で改めて覚悟を固める。
(…テン必ずーー御侍様を治せる医術を習得し、ここに戻ってくる)
それは自分にではなく、遠くにいる御侍さまに、また、見送ってくれたテンジャンチゲに向かって誓った言葉だった。
* * *
住み慣れた土地を離れ、一週間が過ぎた。ついに連綿と続く山脈にたどり着く。御者は、この山を越えれば、光耀大陸だと言った。
私は興奮を抑えきれず、スピードを上げるよう頼んだ。
(あと少し……今日中に着いてしまいたい)
そんな私の願いは空しく、山中で突然の雷鳴が鳴り響いた。
「きゃあっ!」
馬車が激しい軋り音を立てた。何が起こったか御者に聞く間もなかった。馬車は横倒れになり、坂を転がり落ちていった。
ーー私は一瞬にして意識を失った。
目覚めると、私はきれいなベッドに寝かされていた。
がばっと起き上がって周りを見ると、上品な部屋に古風な家具が置かれ、壁には書画が二枚掛けてあった。
最初に目を向けた書画には「太雲観」の三文字が書かれている。もう一枚の書画には、白黒の丸と、五つの色が交差した輪が描かれている。
驚いていると、道服を着た男性がたらいを持って入ってきた。私を見て立ち止まり、嬉しそうにこう言った。
「おお、気がつきましたか?」
Ⅳ.休養
※再翻訳につき修正更新しました。
道観の人たちは私の旅の目的を知っても、ここを離れるのを許さなかった。
「お主の体はとても傷ついています。休養しなければいけません。このまま無理に旅を続ければ、もう二度と故郷を見ることはできないでしょう」
目覚めたときに水を持ってきてくれた男性の食霊は、そう言って私をなだめた。
「でも本当に急いでいるのです、早く医者を連れて帰らなければ」
そう必死に訴えるも、私の体は震えが止まらない。このまま、目的の医者が見つかっても、御侍様の元へ帰るまで耐えられないことはひしひしとわかった。
「どんな症状だったか覚えていますか?」
そんな私の様子を見かねて、若い食霊がため息混じりに聞いて来た。
「ご存知ないかもしれないが、ここは病人を治す場所でもあります」
私は御侍様の病状を詳しくその食霊に話して聞かせた。ここに御侍様を治す術があるかもしれないーーそんな期待を寄せて。
「ああ、それならわかります。ここの医術で治せます。お主の御侍様は慢性的な病で、急病ではないようです。ですので、間に合いますよ」
目の前の食霊が優しく微笑んだ。その誠実な目を見に私は安堵し、彼を信じることにした。
「まずはここで静養してください。その後、治療法を教えます、それでどうです?」
その申し出に私は頷いた。急がば回れーー今は耐えるときだ。
「では今はここでお休みください。ずっと座っていては身体に悪いです」
「わかりました」
その返事を確認し、彼は部屋から出て行こうとする。が、不意に振り返って言った。
「自己紹介がまだでしたね。貧道は黄山毛峰茶と申します。お主の名は?」
* * *
それから、私は治療をするかたわら、彼から御侍様の病気について学んだ。必死の努力が実り、一ヶ月も過ぎた頃には、必要な知識はすべて書き留められた。
「お主は医術の才能があるようだ。これほどまでに早く学んでしまうとは思わなかった」
「ありがとうございます! 黄山毛峰茶さん、貴方のお陰です!」
「いや、貧道は大したことはしていない。どちらにしろ、貴方の身体はまだ完全には癒えていない。もう少し休んでいかれると良いだろう」
もう少し静養するように、ということだ。だが、私はその申し出を丁重に断った。一日も早く御侍様の元へ戻らねばーーこの想いは、揺らぐことがなかった。
私の決意に、黄山毛峰茶は説得できないと感じたのだろう。煎薬を私に渡して、無理をしないようにと何度も口にして、私を見送ってくれた。
「待っててください、御侍様」
御侍様とのことを心に想い描きながら、そう呟いた。
黄山毛峰茶が教えてくれた方法を馬車の中で反芻する。大丈夫……御侍様はきっと治るーー強く、そう念じた。
「私がーー絶対に、御侍様を元気にして見せる」
私は独りじゃない。家に戻れば、テンジャンチゲがいる。彼女は私の家族として召喚された。そうした存在がこれほど心強いものとは、私はこれまでまるで知らなかった。
御侍様には感謝しかない。優しく、尊敬できるそのお人柄に、私はとても心惹かれた。
彼が幸せな人生を全うできるよう、そのお傍に、これからもお仕えしたい……そんなことを改めて思った。
「大好きです、御侍様……これからも、ずっと」
Ⅴビビンバ
※再翻訳につき修正更新しました。
昔ーーこの町には、両親が亡くなって、たったひとりで貧しい家に住んでいた少年がいた。
他の子供は、親に泣いたり甘えたりすることができる。
しかし彼が頼ることができるのは自分だけ。
『独り』というのは、そういうことだ。
その日に食べるものもままならず、空腹なまま朝を待つ日もあった。ときに、親切な人から食べ物を分けてもらったり、ちょっとしたお手伝いをいてお駄賃をもらったり……そんなことをして生きていた。
そんな中、彼は少しでも美味しく料理が食べられるようにと、料理の研究を始めた。
その後、彼は町のレストランで働き始める。彼の作る料理はたちまち評判となった。
そんな彼に目をつけたお金持ちの老翁が、彼を町のレストランのオーナーにした。その男は彼の作る料理に惚れ込んでおり、大層彼を可愛がり、とてもよくしてくれた。
彼は、その男にとても感謝していたが、やはりその心は孤独のままだった。老翁もそのことがずっと気になっていた。
ある日、御侍は食物から霊を召喚する方法があるという噂を聞いた。彼は後見人の男に許可を得て、食材を利用して、食霊を呼ぶ練習を始める。
しかし、実際に食霊を呼ぶことができるのはごくわずかな者のみだ。
いつまでも夢のような話を諦めようとはしない彼を、町の人たちはおかしくなったと嘲笑っていた。
しかし、それでも彼の腕に惚れて、レストランに押し掛ける者は減ることはない。むしろ、別の大陸から食べにくるほどに、彼の料理人としての腕は確かなものになっていた。
そんな彼は、いつのころからか、夢を追う料理人として町の英雄のようになった。
食霊は誰でも簡単に召喚できるものではない。選ばれた者だけの特殊能力である。
誰にでもできる簡単なことであれば、人類はとっくに堕神を消滅させていただろう。
だから、食霊を召喚できなくても仕方がない。しかし、それでも御侍は諦めなかった。
「必ず私は食霊を召喚してみせる!」
それから暫しの時が流れた。ついに彼は食霊の声を聞いた。
「あなたが、私の御侍様ですか?」
初めて彼に呼び出された食霊ーー彼女の名は、ビビンバ。彼とどこか似た、優しそうな食霊であった。
そうして食霊を呼び出せた彼は、料理御侍として、料理御侍ギルドに参加した。
その後彼は忙しくなるが、その顔から笑みが消えることはなかった。
「私の元に来てくれてありがとう……ビビンバ、君は私の最初の家族だよ」
彼はただ、家族を求めていた。独り寂しかった少年時代から、ずっとそれだけを求めていた。
その後彼は、何人かの食霊を召喚する。その数は少なかったが、彼らとの絆はとても深かった。
病気に伏して倒れるも、彼を愛する家族の食霊たちが全力でサポートし、彼を助けてくれた。
その後、彼は無事寿命を全うし、この世を去った。家族である食霊たちに見守られて。
きっと、彼は生まれてきて良かったと思っているだろう。この瞬間のために彼は、全力で生きてきた。
その死に顔が安らかであったことが、それを証明している。
* * *
それから数年後ーー
食霊たちは彼の家からそれぞれに旅立つことになった。それは御侍様が望んだことであり、むしろ遅い旅立ちであった。
「姉さん、またどこかで」
「ええ、必ず会えるわ。だって、私たち、家族だものね」
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