【黒ウィズ】カヌエ編(GP2019)Story
2019/09/12
story
グレイス。あなた一体何者?
先ほどまでの和やかな雰囲気が一変し、緊迫した空気が漂っていた。
君も雰囲気にのまれるように緊張していた。
あわわわわわわ。あわわわわわわ。あわわのあわわ。
これもたぶん緊張のあまりどうにかなっているだけだろう。
とりあえず放っておこうと思った。
答えて、グレイス。
わ、わ、わ……。
わ、わ、わ?
わかりません。
ずこー!
わからないってどういうことよ。自分の事がわからないの?
リザが言っていることは、その……ほとんど無意識にしていたことだし……。
それなら、はぐれ者のエルフに襲われたのに傷ひとつなかったのはどういうことよ?それも忘れたの?
そもそもそれ何の話?そんなこと私知らないよ。
服に血がついていたじゃないの。
えと……それも全然覚えがなくって……本当に。
グレイス、あなた嘘つきなの?
リザの気持ちもわからないわけではなかったが、君はここが潮時だと思い、割って入ろうとした。グレイスが嘘をついていないのは、君もリザもわかっていた。
彼女はそんな人間ではないからだ。
わ、で、私がやりましたっしょ……。出来心でした……。
一瞬、全員が何言ってんだ、こいつ。という目でカヌエを見て、再び話に戻った。
嘘つきじゃないわよね。だったら何なの?あなた?
だから、私が、私が、私が……私がやりましたっしょ!
私が、グレイスを殺しましたっしょ!
生きてるけど……?
たぶん緊迫した空気にやられて動転しているのだろう、と君は思った。
ちょっと外の空気吸わせてきてあげて。カヌエ、大丈夫よ。私たちケンカしてるわけじゃないから。
君はカヌエの背中を押して、ベランダに誘導した。
私がぁ、やったんです……。親のぉ……金をとりましたぁ……。親のぉすねをかじるのが好きなんです。
まだブツブツ言っているカヌエを押しながら、君は思った。
やっぱり神様とかは、こういう空気に慣れてないのかもしれないな。祀られる側だから。
スー……ハー……スー……ハー……スー……ハー……
君はベランダでカヌエと一緒になってスーハーしながら、部屋の方を窺っていた。
カヌエのおかげ?で緊迫していたふたりの間はやや和らいでいたようだった。
これは別に責めているわけじゃないけど、あなたの言っていることは矛盾が多いのよ。
旅をしていたという割には火の起こし方ひとつ知らないじゃない。
大好きなおばあちゃんの味だって答えられなかったし。
そんなことは……。
ある。そんなことあるわよ。それに自分のこと、グレイスって言ったり、アタシって言ったり、いまは私?
責めてるわけじゃないけど……やっぱりなんかおかしいわよ、あなた。
うん……。
スー……ハー……スー……ハー……アァー、落ち着いた。
何度かのスーハーの後、カヌエが正気を取り戻した。
いやぁ、悪いねえ。なんかもうドキドキしちゃってねえ。
そういう時もあるよね、と君は神様をフォローしながら部屋に戻った。
話は聞かせてもらったよ、おふたりさんッ!
そんな唐突にカッコつけないでよ。
カッコ悪いところを取り返さなくちゃいけないからねえ。
そういう発想あったのか、この神様に。と君は意外に思った。
そんなことより。それならグレイスの故郷に行ってみればいいんじゃないかねえ。
行って確かめてみる。そしたら何かわかるかもしれないよ。
そうね。グレイスもそれでいい?
それでいいよ!
お前じゃない。
しびびびびびー!
君はグレイスの顔を窺う。少しまだ曇り模様だった。
うん。それでいい。
よし、決まりだね。今日はいろいろあったから、みんな、ぐっすり休んで明日に備えること。
わかったね!
なんでこの人が最後締めるんだろうという釈然としない部分はあったが、内容に異議はなかった。
明日も早くから出発だからね!寝坊したら許さないっしょ!
「むにゃむにゃむにゃ……むにゃむにゃむにゃ。
にょほほほ……そんなことも出来ないのかい、リザ?
ダメだねー、リザは。貸してみなさい。神様がね、凄い力みせてあげるから」
「カヌエー。カヌエー」
「グレイスも困ってるのかい?だったら神様に任せるっしょ。……むにゃむにゃ」
「カヌエ。カヌエ」
「礼ならいいから。その気持ちをまた別の人に!返してあげればいいから!にょほにょほ、にょほむにゃ」
眠っているカヌエの足首を手に取ると、リザはそのまま足裏に拳を添えた。
起きろ。
しびびびびびびー!
あなたが寝坊するなって言ったんでしょうが……。自分で寝坊してどぉうする。
あう!起きます……!起きます!あう!起きるから……足ツボは勘弁してほしいっしょ……。
寝起きで足ツボはつらいな、と君は思った。
ほら、早く起きなさい。ちなみに今日のツボは胃です。食べ過ぎよ。
この前は腎臓だったよね?カヌエ様、内臓ボロボロだよ。
神様が内蔵ボロボロってどういうことなんだろう。
勝手に神様は健康そうなイメージがあったが、意外とそうでもないのかもしれない。
と、君は思った。
思った端から、300年近く生きているから、あまり関係ないんだろうな、と思い直した。
あー、痛かったぁ。じゃあ、1、2分ゆっくりしてから準備を始めるとするかねえ。
ライトナァァウ!ジャストナアァウッ!
しびびびびびびぃー!
両足とも満遍なくやらないとね、と君は思った。
いやー、今日はなんだかすこぶる快調だねえ。
たぶん足ツボのおかげだと思うよ。
そういうことなら、朝寝坊もいいもんだねえ。
良くはないわよ。
それじゃ、グレイスの故郷まで!全速力っしょ!
story
幾日か旅を続け、君たちはグレイスの故郷だというモネ村に到着した。
村はこじんまりとしていたが、悪い印象はなかった。
ひとりひとりの顔が見える村と言うべきだろうか。
えー、グレイス、家に案内してくれるかねえ。
え?え、ここが私の故郷なの?
私に聞かれても困るねえ。そういう話だったからここに来たんだよ。
あ、うん……。
グレイスの様子はあの夜と変わらなかった。何もかもに自信がないような返事しかなかった。
家の特徴は?どういう場所に建っていたの?
丘の上に。そこから小さな湖が見下ろせるの。
君たちはそこへ向かうことにした。
丘の上には確かに一軒の家が建っていた。
家!家だよ!家があるよ。私の言った通りだよ!i
そうね。言った通りね。
君もリザもその違和感に気づいていた。
言った通り。自分の家を見て、誰もがそう表現しないことはわかっていた。
まるで彼女は初めて来たか、何十年も来ていなかったかのようだった。
よかったねえ。私は信じてたよ。グレイスのこと信じてたからねえ。
うん。ありがとう、カヌエ様。
そう言って丘の上へ駆けていくグレイスを追い、君たちも家へ向かった。
ノックもせずにグレイスは家の中へと入っていく。
おや。どちら様ですか?
グレイスのお父さんかい?
えと……私のお父さんですか?
目の前の夫婦が凍り付いた。
ちょっと、あんた!どういうこと!?
ええ?いや、わし、知らないから!ぜ、全然身に覚えがないから!
じゃあ!この子たちは何なのよ!!
いや、ほんと、わし、全然知らないから!
そんなこと言って、どうせ浮気したんだろ!白状しなさい!
ああ……これは、違うねえ。むしろお父さんだったらちょっとやばいねえ。
いまもやばいけどね。
悪いけど、仲裁してくれないかい?
君はやれやれと、奥さんが包丁を振り上げる前に仲裁に入った。
なんだい、そういうことかい。
そういうことなんです。
よかった。よかった。わしも疑いが晴れてよかったよ。
あ。自己紹介がまだでしたな。わしはこの村の……。
長者さんでしょ。
おや?どうしてわかったんですかな?
いや、何となく。きのこで儲けているんでしょ?
ああ。それもわかりますか。なかなか勘の鋭い方ですね。
会話には入らず、窓の外を見ていたグレイスが言った。
湖ってないんですか?小さな湖。この丘から見えるはずなんだけど……。
湖?いえ、わしが小さな頃から湖はありませんでしたよ。
そうですか……。
と小声でつぶや<グレイスを見て、奥さんがきのこ長者の肘をつついた。
あーた、睡蓮の湖のことじゃないかい?ほら、あの伝承の。
それを聞いて。きのこ長者のきのこからぽんっと胞子が舞い上がった。
あーなるほど。あれかぁ。確かに言われてみれば、この丘だったなぁ。
君は何の話ですか?ときのこ長者に尋ねた。
300年はどの昔の話なんですが、村の周りで悪さをしていた岩トロルを放浪の剣士が退治したという伝承があります。
その伝承によると、昔、この丘の下には小さな湖があったそうです。そこに岩トロルが住んでいました。
自分が一番すごいと思っていた岩トロルに対して剣士はこう言ったんです。
お前なんかよりもっとすごい悪魔を知っている、と。
そして、岩トロルが自分の力を誇示しても、剣士はもっとすごい悪魔を知っていると言って、恐れませんでした。
岩トロルは悔しくなって、大食いなら負けないぞと言い、剣士の前で湖の水を飲み干したという話です。
それが剣士の本当の狙いでした。お腹が大きくなって動けなくなった岩トロルを剣士は難なくやっつけたそうです。リザは何かに気づいたようで、きのこ長者に尋ねた。
その剣士の名前はわかりますか?
名前まではわかりませんねえ。ただ金の髪と黒い鎧を着ていたということです。
絵本の挿絵ならありますよ。
それを見て、君とリザはすぐにわかった。
リュディだった。
リュディがここにも来ていたみたいね。伝承は作り話じゃなく、恐らく本当の話だわ。
ということはなんだい、リュディのいた頃には湖はあったってことかい。
そうなるわね。
しかし、それは余計に奇妙で異様な事実を浮き彫りにしただけだった。
でも、いまはないんだよね。私の記憶って一体なんなの?
彼女の知るこの村の風景は、現在の風景ではないのだ。
幾日かの帰路が終わり、君たちは家へ帰ってきた。
リュディがいたという話はまたひとつ増えたが、肝心なことが埋められぬまま、やや空虚な気持ちを抱えていた。
…………
だが、彼女はもっと空虚なのだ、と君は思わずにはいられなかった。
自分が空虚な存在であるということをただ知らされたのが、この旅の成果だった。
その表情は常に浮かない顔だった。
お腹すいたっしょー……何か作ってほしいっしょー……。
はいはい。そう言うと思って、魔法使いに市場で買い物して来てもらったから、それを適当に鍋に入れて煮込みます。
にょほほほ、鍋かい。ほっこりするからねえ、あれは。うん。いいねえ、鍋。
それと旅の途中で余ったお米で作ったお餅もあるし。
ああ、その木にお米を巻き付けてたやつかい?なに食べ物で遊んでるんだろうと思ってたよ。
君も遊んでいるとは思わなかったが、変わった料理だな、とは思っていた。
残った米を潰し、木の枝に巻き付けて、炙る。保存食のようだった。
遊んでません。これは魔界のある地方の料理よ。半殺し餅。
さすが魔界だねえ、名前は何とかならなかったのかい……。
お米を半分潰して、半殺しにするから半殺し。わかりやすくていいじゃない。
まあ、名前は何でもいいから、早く私にアットホームなほっこりをおくれ。
旅から帰ってきたら、やっぱりほっこりが欲しいからねえ。ほっこり鍋おくれ。
それならあなたは食器の準備でもしてなさい。
ほい、きた!ほら、グレイス。役立たーずの私たちは食器の準備をするよ。
ごめん、私……いいや。夕食もいい。
……駄目よ、グレイス。私の方を手伝って。
リザはぐいと餅のついた棒をグレイスに押し付けた。
それをこうやって少しずつ切って、棒から取り外して。グレイスでもできるでしょ。
……うん。
悩んでるのはわかるけど、こういう時こそ働きなさい。意外と気分が紛れるわよ。
私も色々経験してきたけど結論として言えるのは悩んだり悲しんだりしてるのってただ時間の無駄なのよね。
だから私はつらい時は何かするようにしてる。何でもいいからね。
でも、どうしても……考えちゃうんだ。自分の知っていたことや大好きなおばあちゃんとの記憶が全部、なかった。
おばあちゃんのシチューの昧もこうやって作ってくれていたことも、全部ないんだよ。
私って一体なんなの?
リザは棒から取り外した餅を顔の前に掲げた。それは丸い輪のようになっていた。
これはきりたんぽという名前にしよう。
呟き、その輪からグレイスを覗きこむ。
これはグレイスと同じね。中身が空っぽ。
笑えないよ、リザ。
グレイスはドーナツの中身が空っぽだからってドーナツが嫌い?
それと同じで私はグレイスの中身が空っぽだからって、嫌いじゃないわよ。
きりたんぽもドーナツもグレイスも輪っかになってて、空っぽなのが個性なのよ。だから自信を持ちなさい。
……うん。そうだね。……ありがとう。
思い出がないなら、新しく作ってその穴を埋めればいいじゃない。
その言葉に思わず、グレイスの瞳から涙が零れ落ちた。暖かさが頬を伝い、落ちていく。
そうだね。うん……そうだね!
ま。これは人の受け売りなんだけどね。
食器の準備をしていた君たちも、その手を止めてふたりの下に行く。
いいかい、グレイス。人っていうのはねえ……海と一緒なんだよ。
海っていうのはね、人とね……あー、えーと、あれだ……。
なんかいい事言おうと思ったけど、何も思い浮かばないからこの話やめてもいいかい?
リザはおもむろにカヌエの腕を取ると、布を絞るように締め上げた。
ちゃんと考えてから物を言いなさい。
しびびびびー!
新技だなあ、と君はそれを見ていた。
ふとグレイスの顔が目に入る。彼女も笑っていた。
帰ってくるまでずっと暗くふさぎ込んでいたグレイスの表情から、その原因が取り除かれたようだった。
私、思い出、いっぱい作りたい。みんなとの思い出。いっぱい作りたい。
私の中に何もなくても……それだけがあればいい。
自分の腕をひとしきりフーフーしたあと、カヌエが答えた。
そういうことなら私に任せるっしょ。
さっきはちょっと情けないところ見せたけど、思い出作りなら私は達人だから。
みんな、きりたんぽ鍋食べて、ほっこりしたら。今日はすぐ寝るよ。明日は朝から思い出作りだから。朝一からだからね!
その晩、みんなで食べたきりたんぽ鍋はとてもほっこりする味だった。
気のせいかもしれないが、食事というのは食べる人や場所や雰囲気でいくらでも味がかわる。
そこにウィズがいないことを、君は少しだけ寂しく思った。
story
むにゃむにゃむにゃ……むにゃむにゃむにゃ。
なぁんだい?またかぁい?そそっかしいねえ、リザは。
神様ってのはねえ……むにゃむにゃ。でんと構えてるから、むにゃむにゃ。そんな……むにゃむにゃむにゃ。
リザはいつか見たのと同じようにカヌエの足首をむんずと掴んだ。
そしてグレイスも。
起きろ。
起きろー。
ダブルしびびびびー!
今日は十二指腸のツボです。ほらぁ、早く起きなさい。
こっちは胆のうのツボです。カヌエ様が朝一で出発って言ったんだよ。約束を守れないのはダメですよー。
あう!あう!わかったっしょ……起きる、起きるから、ダブル足ツボは勘弁してほしいっしょ……!
相変わらず内臓ボロボロだな、と思いながら、君はカヌエの鳥を抱えて水と餌がある場所に向かった。
気を取り直して、君たちはカヌエの旅指南とやらを受けた。
これからみんなをエクストリィィイームな日帰り旅行に連れて行ってあげようと思います。
では、皆さん、出発ということで。行きますよ。
あ、私、戸締りしておくね。
ちょっと待ぁったっしょぉ!
何事だと君は思った。
その戸締り、やらなかったらどうなるんだい?
とても不用心です。
そうだねえ、不用心だねえ。でも!戸締りはしません!そのまま旅に出ます!
ええ!!いいんですか……。
いいんです!これがエクストリィィイームというものです。これによって旅にとんでもない緊張感が生まれるんです。
エクストリィィイーム!恐ろしい……。
ホントに行くの?このまま?
どうだい?いつもの旅とは雰囲気が違うだろう?
うん!いつもと変わらないはずなのに、なんだかとてもドキドキする!
私もう、舟に乗る前から帰りたくて帰りたくて仕方がなかったよ。
そうだろうさ!こんな緊張感のある旅なんてそうないっしょ!こうしている間にも家の鍵は開いたままだからねえ!
考えるだけでも恐ろしい……エクストリィィイーム。
これもう、旅どころじゃないんだけど。
それでも旅を続けるんだよ!いざ、目的地へ!
着いてしまった……旅先でこんなに罪悪感があるなんて……初めてかも。
さぁぁあ!気にせず楽しむよぉッ!!
私の中の常識という名の扉も開けっ放しだよぉ!
グレイスも詩的な表現を言うようになったな、と君は思う。
まずはお弁当!
全然味がわかりません!
いや、頑張って作ったんだから味わって食べてよ。
次に陶芸教室。
技術的な部分じゃない何かのせいで、壷がガタガタになっちゃう……!
壷が出来たら、窯に入れて焼くよ!
お願い、窯から離れさせて!ただ待っているだけがこんなにドキドキするなんて!
君も焼き上がった壷を後で自宅に届けてほしいと思った。
そんな感じで決められた予定をこなしていくと、あっという間に旅は終わりに近づいた。
では、旅も終盤になったことだし、みんなには絵日記を書いてもらうよ。
思い出を作るのに一番大事なことは何かわかるかい?それは思い出を形として残すことだよ。
そのためには起こった出来事や体験したことを文字や絵にして残しておくのが一番。
ほい、グレイス。この手帳にこれから色んな出来事を書き残していくんだよ
ヴィジテの印が打たれた手帳をグレイスは受け取る。
はい。ありがとうございます。カヌエ様。
さあ、今日の思い出を書いてごらん。
力強く頷いて、グレイスは手帳の1ページ目に鉛筆の先を置いた。
……家の戸締りのことしか思い浮かばなぁい。
まあ、そうなるわよね。
にょほほ。こりゃ最初からエクストリィィイームが強過ぎたかね?
ドアノブは難なく回り、ドアが間いた。それもそのはず、鍵をかけてないからだ。
おおー。無事だったねえ……。
帰りの緊張感も半端ないわね、この日帰り旅行。
でも、緊張感ありすぎでお腹ペコペコだよ~。
そういうと思ったから……。
今日はカレーを作りまーす。
やったー!今夜はカレーっしょ!
でもお米がありません。
米食わせてほしいっしょー。カレーには米っしょー。
その代わりになるものを今回は作ります。
まず、小麦粉に水、卵、塩、ドライイーストを加えて、混ぜ合わせまーす。これを親の仇のようにこねこねしてくださーい。
こねこねこねこね、こねこねこねこね、こねこねこねこねっしょ!
これを軽く発酵させたら、伸ばして、フライパンで焼きまーす。
はい。これで簡単なパンが出来ました。今日はこれでカレーを食べまーす。
こうなりゃ炭水化物だったらなんでもいいっしょー!
リザの作る畜生鍋(カレー)はかなり美味しかった。
自分が作るものよりも旨味が濃い気がした。
ほふほふ。からうま。うまから。もぐもぐもぐのもぐ。ひゃー、うまさにおでれえたー!
カヌエがそういうのもわかる気がした。君はリザにその秘訣を尋ねた。
ああ、私、あんまり水は使わないようにしてるのというかムールスがそういう作り方をしていたのよ。
水が手に入らない時もあるから、そういう時のために少ない水で作るレシピがあるの。
食べてみたら意外とそっちの方が美味しいから、私はそうしてる。野菜からでる水分を使うのよ。
君はなるほど、と思い、パンを千切り、カレーをすくい取る。
口に入れると旨味と甘味とほのかに酸味を感じた。
使っているのはトマトだろうか。あれなら水分も豊富で、煮れば旨味も出る。
旨味×旨味×旨味。
まるで魔法みたいだね、と君は言う。
は?
それにしても……もっとも驚いたのは、この素朴なパンである。
ものすごくカレーにあう。柔らかすぎず硬すぎない食感と小麦の甘味と少しの塩味。
カレーの邪魔をせず、かといって、完全な無個性でもない。無限にカレーを食べさせる。
このパン。
ナンなんだろう。と君は思った。
私もそれは思ったよ。このパンいいねえ。一体ナンなんだい?
リザ、ナンていう名前なの、このパン?とてもおいしい。
……ナンでいいんじゃない。このパンはいまからナンという名前です。
いまものすごく雑に決めた感じがあったけどいいのかい?
いいんじゃない?おいしければ名前なんてなんでもいいでしょ。
それもそうだな、と君は同意した。
しかし、楽しい旅においしい料理。人生というのはこういう小さいことの積み重ねなんだろうねえ。しみじみ……。
しみじみ。あ、しみじみ……。
この人は神様だから人生というのはおかしい気がしたが、そんな細かいことを言っても仕方がないと君は思った。
言っていることは、まったく正しいからである。
私、ふと思ったんだけど。大好きなおばあちゃんの味はわからないけど、リザのカレーの味はわかる。
だから私が思い出として誰かに語れるのは、リザのカレーなんだなって。
リザのカレーがグレイスの中の、おばあちゃんの味を埋めてくれるんだね。いい事じゃないかい。
今日1日で新しい思い出、いっぱい貯まってるんじゃないかい。ええ?どうなんだい、グレイス?
過去ではなく、いま生まれつつある思い出を意識して生きれば、思い出なんていくらでも出来るものだよ。
もぐもぐ……うん、そんな話をしていたら、どことなくナンの食感がおばあちゃんの踵みたいに思えてきたね。
うん。踵だね。すごい踵ぽい。
何となくわかるな、と君は思った。冷めたらもっとおばあちゃん感がありそうだ。
あなた、おばあちゃんの踵なんか口に入れたことあるの?
ないけど、こんな感じじゃないかい?イメージだけどね。
おい。踵を出せ。
しびびびびびびびびー!
そこは坐骨神経だね。
確かに神様はずっと座っているイメージがあるから坐骨神経は悪そうだ。
その夜、いっぱい食べてね選手権は行われなかった。ナンもカレーも明日でも食べられるからという理由もあったが。
おばあちゃんの踵という言葉が、少しだけみんなの中に残っていたのかもしれない。
カヌエに貰った絵日記に……。
君はおばあちゃんの踵型のナンを描いた。
我ながらどうかしていると思った。
ぽっかみ! | |
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