【黒ウィズ】カヌエ編(GP2019)Story
2019/09/12
story
先ほどまでの和やかな雰囲気が一変し、緊迫した空気が漂っていた。
君も雰囲気にのまれるように緊張していた。
これもたぶん緊張のあまりどうにかなっているだけだろう。
とりあえず放っておこうと思った。
リザの気持ちもわからないわけではなかったが、君はここが潮時だと思い、割って入ろうとした。グレイスが嘘をついていないのは、君もリザもわかっていた。
彼女はそんな人間ではないからだ。
一瞬、全員が何言ってんだ、こいつ。という目でカヌエを見て、再び話に戻った。
私が、グレイスを殺しましたっしょ!
たぶん緊迫した空気にやられて動転しているのだろう、と君は思った。
君はカヌエの背中を押して、ベランダに誘導した。
まだブツブツ言っているカヌエを押しながら、君は思った。
やっぱり神様とかは、こういう空気に慣れてないのかもしれないな。祀られる側だから。
君はベランダでカヌエと一緒になってスーハーしながら、部屋の方を窺っていた。
カヌエのおかげ?で緊迫していたふたりの間はやや和らいでいたようだった。
旅をしていたという割には火の起こし方ひとつ知らないじゃない。
大好きなおばあちゃんの味だって答えられなかったし。
責めてるわけじゃないけど……やっぱりなんかおかしいわよ、あなた。
何度かのスーハーの後、カヌエが正気を取り戻した。
そういう時もあるよね、と君は神様をフォローしながら部屋に戻った。
そういう発想あったのか、この神様に。と君は意外に思った。
行って確かめてみる。そしたら何かわかるかもしれないよ。
君はグレイスの顔を窺う。少しまだ曇り模様だった。
わかったね!
なんでこの人が最後締めるんだろうという釈然としない部分はあったが、内容に異議はなかった。
「むにゃむにゃむにゃ……むにゃむにゃむにゃ。
にょほほほ……そんなことも出来ないのかい、リザ?
ダメだねー、リザは。貸してみなさい。神様がね、凄い力みせてあげるから」
「カヌエー。カヌエー」
「グレイスも困ってるのかい?だったら神様に任せるっしょ。……むにゃむにゃ」
「カヌエ。カヌエ」
「礼ならいいから。その気持ちをまた別の人に!返してあげればいいから!にょほにょほ、にょほむにゃ」
眠っているカヌエの足首を手に取ると、リザはそのまま足裏に拳を添えた。
寝起きで足ツボはつらいな、と君は思った。
神様が内蔵ボロボロってどういうことなんだろう。
勝手に神様は健康そうなイメージがあったが、意外とそうでもないのかもしれない。
と、君は思った。
思った端から、300年近く生きているから、あまり関係ないんだろうな、と思い直した。
両足とも満遍なくやらないとね、と君は思った。
story
幾日か旅を続け、君たちはグレイスの故郷だというモネ村に到着した。
村はこじんまりとしていたが、悪い印象はなかった。
ひとりひとりの顔が見える村と言うべきだろうか。
グレイスの様子はあの夜と変わらなかった。何もかもに自信がないような返事しかなかった。
君たちはそこへ向かうことにした。
丘の上には確かに一軒の家が建っていた。
君もリザもその違和感に気づいていた。
言った通り。自分の家を見て、誰もがそう表現しないことはわかっていた。
まるで彼女は初めて来たか、何十年も来ていなかったかのようだった。
そう言って丘の上へ駆けていくグレイスを追い、君たちも家へ向かった。
ノックもせずにグレイスは家の中へと入っていく。
目の前の夫婦が凍り付いた。
君はやれやれと、奥さんが包丁を振り上げる前に仲裁に入った。
あ。自己紹介がまだでしたな。わしはこの村の……。
会話には入らず、窓の外を見ていたグレイスが言った。
と小声でつぶや<グレイスを見て、奥さんがきのこ長者の肘をつついた。
それを聞いて。きのこ長者のきのこからぽんっと胞子が舞い上がった。
君は何の話ですか?ときのこ長者に尋ねた。
その伝承によると、昔、この丘の下には小さな湖があったそうです。そこに岩トロルが住んでいました。
自分が一番すごいと思っていた岩トロルに対して剣士はこう言ったんです。
お前なんかよりもっとすごい悪魔を知っている、と。
そして、岩トロルが自分の力を誇示しても、剣士はもっとすごい悪魔を知っていると言って、恐れませんでした。
岩トロルは悔しくなって、大食いなら負けないぞと言い、剣士の前で湖の水を飲み干したという話です。
それが剣士の本当の狙いでした。お腹が大きくなって動けなくなった岩トロルを剣士は難なくやっつけたそうです。リザは何かに気づいたようで、きのこ長者に尋ねた。
それを見て、君とリザはすぐにわかった。
リュディだった。
しかし、それは余計に奇妙で異様な事実を浮き彫りにしただけだった。
彼女の知るこの村の風景は、現在の風景ではないのだ。
幾日かの帰路が終わり、君たちは家へ帰ってきた。
リュディがいたという話はまたひとつ増えたが、肝心なことが埋められぬまま、やや空虚な気持ちを抱えていた。
だが、彼女はもっと空虚なのだ、と君は思わずにはいられなかった。
自分が空虚な存在であるということをただ知らされたのが、この旅の成果だった。
その表情は常に浮かない顔だった。
君も遊んでいるとは思わなかったが、変わった料理だな、とは思っていた。
残った米を潰し、木の枝に巻き付けて、炙る。保存食のようだった。
旅から帰ってきたら、やっぱりほっこりが欲しいからねえ。ほっこり鍋おくれ。
リザはぐいと餅のついた棒をグレイスに押し付けた。
私も色々経験してきたけど結論として言えるのは悩んだり悲しんだりしてるのってただ時間の無駄なのよね。
だから私はつらい時は何かするようにしてる。何でもいいからね。
おばあちゃんのシチューの昧もこうやって作ってくれていたことも、全部ないんだよ。
私って一体なんなの?
リザは棒から取り外した餅を顔の前に掲げた。それは丸い輪のようになっていた。
呟き、その輪からグレイスを覗きこむ。
それと同じで私はグレイスの中身が空っぽだからって、嫌いじゃないわよ。
きりたんぽもドーナツもグレイスも輪っかになってて、空っぽなのが個性なのよ。だから自信を持ちなさい。
その言葉に思わず、グレイスの瞳から涙が零れ落ちた。暖かさが頬を伝い、落ちていく。
食器の準備をしていた君たちも、その手を止めてふたりの下に行く。
海っていうのはね、人とね……あー、えーと、あれだ……。
なんかいい事言おうと思ったけど、何も思い浮かばないからこの話やめてもいいかい?
リザはおもむろにカヌエの腕を取ると、布を絞るように締め上げた。
新技だなあ、と君はそれを見ていた。
ふとグレイスの顔が目に入る。彼女も笑っていた。
帰ってくるまでずっと暗くふさぎ込んでいたグレイスの表情から、その原因が取り除かれたようだった。
私の中に何もなくても……それだけがあればいい。
自分の腕をひとしきりフーフーしたあと、カヌエが答えた。
さっきはちょっと情けないところ見せたけど、思い出作りなら私は達人だから。
みんな、きりたんぽ鍋食べて、ほっこりしたら。今日はすぐ寝るよ。明日は朝から思い出作りだから。朝一からだからね!
その晩、みんなで食べたきりたんぽ鍋はとてもほっこりする味だった。
気のせいかもしれないが、食事というのは食べる人や場所や雰囲気でいくらでも味がかわる。
そこにウィズがいないことを、君は少しだけ寂しく思った。
story
むにゃむにゃむにゃ……むにゃむにゃむにゃ。
なぁんだい?またかぁい?そそっかしいねえ、リザは。
神様ってのはねえ……むにゃむにゃ。でんと構えてるから、むにゃむにゃ。そんな……むにゃむにゃむにゃ。
リザはいつか見たのと同じようにカヌエの足首をむんずと掴んだ。
そしてグレイスも。
相変わらず内臓ボロボロだな、と思いながら、君はカヌエの鳥を抱えて水と餌がある場所に向かった。
気を取り直して、君たちはカヌエの旅指南とやらを受けた。
では、皆さん、出発ということで。行きますよ。
何事だと君は思った。
私もう、舟に乗る前から帰りたくて帰りたくて仕方がなかったよ。
グレイスも詩的な表現を言うようになったな、と君は思う。
君も焼き上がった壷を後で自宅に届けてほしいと思った。
そんな感じで決められた予定をこなしていくと、あっという間に旅は終わりに近づいた。
思い出を作るのに一番大事なことは何かわかるかい?それは思い出を形として残すことだよ。
そのためには起こった出来事や体験したことを文字や絵にして残しておくのが一番。
ほい、グレイス。この手帳にこれから色んな出来事を書き残していくんだよ
ヴィジテの印が打たれた手帳をグレイスは受け取る。
力強く頷いて、グレイスは手帳の1ページ目に鉛筆の先を置いた。
ドアノブは難なく回り、ドアが間いた。それもそのはず、鍵をかけてないからだ。
今日はカレーを作りまーす。
まず、小麦粉に水、卵、塩、ドライイーストを加えて、混ぜ合わせまーす。これを親の仇のようにこねこねしてくださーい。
はい。これで簡単なパンが出来ました。今日はこれでカレーを食べまーす。
リザの作る畜生鍋(カレー)はかなり美味しかった。
自分が作るものよりも旨味が濃い気がした。
カヌエがそういうのもわかる気がした。君はリザにその秘訣を尋ねた。
水が手に入らない時もあるから、そういう時のために少ない水で作るレシピがあるの。
食べてみたら意外とそっちの方が美味しいから、私はそうしてる。野菜からでる水分を使うのよ。
君はなるほど、と思い、パンを千切り、カレーをすくい取る。
口に入れると旨味と甘味とほのかに酸味を感じた。
使っているのはトマトだろうか。あれなら水分も豊富で、煮れば旨味も出る。
旨味×旨味×旨味。
まるで魔法みたいだね、と君は言う。
それにしても……もっとも驚いたのは、この素朴なパンである。
ものすごくカレーにあう。柔らかすぎず硬すぎない食感と小麦の甘味と少しの塩味。
カレーの邪魔をせず、かといって、完全な無個性でもない。無限にカレーを食べさせる。
このパン。
ナンなんだろう。と君は思った。
それもそうだな、と君は同意した。
しみじみ。あ、しみじみ……。
この人は神様だから人生というのはおかしい気がしたが、そんな細かいことを言っても仕方がないと君は思った。
言っていることは、まったく正しいからである。
だから私が思い出として誰かに語れるのは、リザのカレーなんだなって。
今日1日で新しい思い出、いっぱい貯まってるんじゃないかい。ええ?どうなんだい、グレイス?
過去ではなく、いま生まれつつある思い出を意識して生きれば、思い出なんていくらでも出来るものだよ。
もぐもぐ……うん、そんな話をしていたら、どことなくナンの食感がおばあちゃんの踵みたいに思えてきたね。
うん。踵だね。すごい踵ぽい。
何となくわかるな、と君は思った。冷めたらもっとおばあちゃん感がありそうだ。
確かに神様はずっと座っているイメージがあるから坐骨神経は悪そうだ。
その夜、いっぱい食べてね選手権は行われなかった。ナンもカレーも明日でも食べられるからという理由もあったが。
おばあちゃんの踵という言葉が、少しだけみんなの中に残っていたのかもしれない。
カヌエに貰った絵日記に……。
君はおばあちゃんの踵型のナンを描いた。
我ながらどうかしていると思った。
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