【黒ウィズ】アルドベリク編(GP2019)Story
2019/08/30
story1 発端
焚火の周りには冷たい敵意だけが漂っていた。
毛布の上に腰かけているリュディに対して、兵士たちは十数人。しかも油断なく槍を構えている。
リュディが飲みかけの茶を焚火の中に捨てる。わずかに白い煙があがった。
ただ、それだけで兵士たちの軸足に力が入る。勇気よりも恐れに支配された動きだった。
お前がテーベ王を殺したから、我々に法は無くなった。国もいまは忌々しい帝国の領土だ。
自分の死を話題にしながら、取り乱す様子は一切なかった。戦い、抗おうとする様子すらも。
話せばわかる。そんな綺麗事を信じているようだった。
故郷と言われて、リュディは相手を見据えた。その視線だけで、兵士はたじろいだ。
己の恐れを振り払うように、兵士たちは槍を握り、土を踏みしめた。
両者の冷たい空気に、陽気な歌声が流れ込む。
上手くはない、やけっぱちのような声で、男たちが歌っている。酒の力を借りた歌声だ。
酔漢たちは馴れ馴れしく兵士の方へ歩いていく。
兵士のリーダーと思われる男が酔漢の胸倉をつかむ。
男はへらへらと笑い、くにゃくにゃと揺れるばかりだった。
兵士長が拳を振り上げると、酔漢はくにゃくにゃをピタリとやめて、言い放った。
兵士長の動きが止まった。男が突きつけたナイフが首に触れて、わずかに皮膚を裂く。
すぐさま男が兵士長を羽交い絞めにすると、動揺が兵士たちに伝わった。
もう一人の酔漢が低い声を上げた。
夜の中からいくつもの風を切る音が聞こえ、軽い衝突音と共に終わった。
射抜かれた兵士たちが崩れ落ちるのを見届け、男がリュディの方へと向き直った。
リュディは余計な真似をとばかりに首を横に振った。
言い捨て、男は兵士長の首を掻っ切った。
リュディは黙って立ち上がった。焚き木を足で払い、灰にこもる火を踏み消した。
***
リュディたちは難民を装い馬車に揺られていた。まだ星々が煌々と輝くほど夜は濃かった。
ウィズは気になっていたことを尋ねる。
あまりにもそっけない言葉にウィズの眼は真剣になった。
リュディはウィズの変化に気づき、補足する。
***
小屋から伸びた小さな川はすでに乾涸びて、どす黒くなりつつあった。
黒い土に触れ、その指先を確かめる。
小屋の中はさらにどす黒い色に支配されていた。そしてそれは小屋だけではなかった。
ひとつの村ごと、血に塗れていた。
魔族同士の争いならこうはいかない。それにここまで一方的に殺されることはないだろう。
アルドベリクは地面に残る爪の痕を見る。
アルドベリクとリュディがこの村を訪れたのは偶然だった。
ふたりが定期的に行う狩りで、近くに寄った際に異変に気づいた。
いつもは子供の声で賑わう村の入り口がその時はやたら静かだった。
その獣を殺そう。
決然と言い放つリュディ。
その言葉にリュディは首を傾げる。アルドべリクは早々に背中を向けて、歩き始めていた。
ぽつりと一言残して。
story2 追跡
翌朝早くからアルドベリクたちは件の獣を追って、森の中を進み始めた。
獣の足跡を追うのは簡単だった。足跡とともに何かが引きずられた跡が続いていたからだ。
アルドベリクはあえてその話題を終わらせて、分析を続けた。
野性の獣というのは不必要なことはしない。
リュディ、お前はなぜ獣が村を襲ったと思う?
足跡が終わっていた場所には、引きずられたと見られる魔族の残骸があった。
まだ大人になり切っていない魔族のものもあった。
眼をそむけるリュディにアルドベリクが言う。
獣からすれば、周辺を安全にする必要もあれば、子を育てるために栄養を摂る必要もあった。
子どもたちに与える食料も用意しなければいけない。
だからこの獣を殺す必要がある!さっきから何が言いたいの?
奇妙な苛立ちを覚えたリュディは思わず声を荒げた。そんな彼にアルドべリクは一言こう返した。
答えられない。
そう言い返すだけで精いっぱいだった。実際のところ、なんと答えたか自分でもわかっていなかった。
俺は仲間だった奴を殺した。一緒に笑ったり、喜んだりした奴だ。
必要だったからだ。
結局、その日は獣を見つけることが出来ず、食料などの装備も充分ではないことから、城に帰ることにした。
ただ、それら何もかもがリュディの記憶からはすっぽり抜け落ちていた。
頭にはアルドベリクの問いだけが残っていた。
***
恭しく頭を下げているところに、白い羽を引っ提げた厄介者が顔を出した。
それを見て、アルドベリクは少し嫌な顔をした。
耳打ちして去っていくムールスを見送ると、ルシエラは羽を下ろした。
私たちも女同士、勝手に楽しみますよ。
リザの背中を押して、ルシエラが立ち去る。不意に振り向き。
といたずらっぽい笑いを見せた。
入れ違いで帰って来たムールスから剣を受け取ると、アルドベリクはその剣を抜いた。
***
忙しないな。
イザークは外出の準備をするリュディにそう言った。
と、その名を出した時に、リュディは思い返した。
城への帰路で頭を埋め尽くしていた言葉を。
少年が静かに頷くの見て、イザークは答えた。
いいヤツだったし、俺たちの仲間だった。だが、殺した。
これがただの狩りではない。それはリュディも薄々気づいていた。
はっきりとそのことがわかると、リュディの頭の中から、また獣のことが消えた。
いまは何も考えず、アルドベリクとの狩りに向かう。
そう決意して、リュディは踵を返した。
去っていく背中が片手を軽く上げて、返答した。
story3 覚悟
再び森の中。
ふたりは最初の1日目で獣の痕跡を見つけ、次の日からはそれをゆっくりと追っていた。
獣が立ち寄りそうな場所に罠を仕掛けることもあったが。
俺たちにつけられていることも気づいているだろう。
この獣は森の様々な場所に痕跡を残している。だが、奇妙にも立ち寄らない場所がある。地図を見てみろ。
リュディは地図を広げる。痕跡を見つけるたぴに赤い印を打った地図には、きれいに残された地域があった。
獣が奇妙にも立ち寄らない場所があるように、道中、アルドベリクが奇妙にも触れない話題があった。
仲間を殺した。
言い残した言葉の続きが彼の口から出ることはなかった。
リュディにしても、その話題を持ち出す勇気がなかった。
どこかお互い機会をうかがっている。そんな風だった。
餌場。という表現は、翻せば死が無造作に転がっている場所という意味であった。
白骨化したものやまだ腐肉を残した魔族の死骸がゴロゴロとある。
2、3日前なら反発するか、理解できない言葉だったかもしれない。
いまのリュディにはその言葉を聞き、理解しようという意思があった。
アルドベリクが何かを伝えようとしているからだ。
ふたりは餌の山に身を潜める。ある餌はひょろひょろだったり、ある餌はでっぷりと太っていたりした。
ただ、そのどれもが等しく死をまとっている。それが餌が餌たる条件であった。
リュディは、いま尋ねるべきだと思った。が、言葉で出ない。
すると、アルドベリクの方が、ふたりの間で避けられてきたあの話題を切り出した。
生きるために、必要だった。
俺が仲間を殺した理由も同じだ。生きるために必要だった。
そいつは俺たちを裏切った。魔族は所詮、烏合の衆だ。裏切り者を生かしておけば、他にも影響が及ぶ。
と、言って、リュディはすぐに自分が言ったことを訂正したくなった。
体に触れる餌の冷たさを感じ、死を思い出したからだ。
そいつには俺たちを裏切る必要があった。そして、俺にはそいつを斬る必要があった。それだけのことだ。
リュディは凍えそうなほどの寒気を感じたが、それを紛らわそうとその身を寄せられるのは冷たい餌だけだった。
アルドベリクは携えていた布に包まれた剣をリュディに渡した。
布に包まれた剣はわずかに暖かかった。リュディはその剣を掻き抱くように受け取る。
凍えそうな気持ちの中で、たったひとつの温もりが、その剣から伝わってくる。
話はそこで終わりだった。
アルドベリクもそれ以上言わなかったし、リュディもそれ以上尋ねなかった。
その後、ふたりが交わしたのは、ちょっとした冗談だった。
そんな会話の後、夜が訪れ、ふたりは少し眠ることにした。
リュディは死に包まれながら、『殺す』ことについて少しだけ考えた。
答えは出なかったので、仕方なく自分を殺すことにした。
少しだけ。
戦いの為に、眠りにつく。まるで自分を殺すように。
そうする必要があったから。
***
リュディをささやかな死から呼び起こしたのは、魔王の手だった。
同じように優しく揺すぶられた記憶がたくさんあった、その手だった。
あの村の惨劇を思い起こす。そしてあの時の自分も同じことを言っていたのを思い出す。
不思議なことに、あの時の言葉がまるで別人が発した言葉のように思える。
リュディの瞳には決然とした光があった。改めて問うように、アルドベリクが言った。
***
リュディは無意識のうちに傍らの剣へと手を伸ばした。
そこに思い出のすべてがあるかのような仕草だった。
次の言葉を口に出そうとすると、馬車が轍を踏み外した。馬のいななきが轟く。
御者へ目をやると、並んで座っていた男は互いに寄りかかり、馬車の揺れに誘われてずるりと席から落ちた。
その頭には矢が刺さっていた。
引き馬は男たちを踏みつけて、歩行を乱し、さらに馬車は道を逸れ、森の斜面を滑り落ち始めた。
リュディはウィズとシーヴルを両手に掴む。
リュディはふたりを頃合いを見計らって外に投げ捨てた。
ウィズが柔らかい草むらに猫らしく器用に着地すると、シーヴルもウィズの背中にくるりんぱと着地した。
と馬車の行方を追うが、目に見えたのは2羽のでっぷりとした鳥。カヌエとソラ。
2羽も投げ捨てられたようだ。
そして、馬車は斜面の底で横転した。
ウィズは状況を見て、すぐにシーヴルを連れて逃げることにした。
間一髪、馬車から飛び降りたリュディは斜面の上を見上げた。
所々に、馬車を護衛していた皇帝の兵たちが横たわっていた。
すでに死んでいる者、痛みにうめいている者。
その先の街道には、弓をつがえた兵や鉄槌を構えた兵がいた。着古した鎧から亡きテーベ王の残党だとわかった。
今度は話し合う暇すらないだろう。彼らとてさきほど皇帝の兵が殺した同胞を見ていないわけはない。
――何の為だ――
声が聞こえた。
そしてあの時の光景がはっきりと瞼の裏に甦る。
あの時――
獣たちとの戦いが終わり、死臭と返り血を浴びた魔王が自分を見返していた。
「何の為だ。
何の為に、殺す?」
リュディは答える。
――守る為に――
「そうだ。それでいい。
俺は魔族だ。殺すのに理由はいらない。
リュディ、お前は人間だ。殺すには理由がいる。それを忘れるな。」
――お前は、殺した数だけ誰かを救え。――
守るべき横たわる者たちを見る。まだ息があるのは4人。
リュディは携えている剣に手をかける。あの時、凍える体が受け止めた剣だ。
その剣を、リュディは抜いた。
***
すぐにその言葉は現実のものとなった。リュディが帰って来たのだ。
微笑んでからリュディはウィズに返した。
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