【黒ウィズ】リュディ編 (クリスマス2019)Story
story1 森のしぶぶ
その森に一瞬、風が吹き込んだ。
葉と葉が触れあい、心地良い音がする。それはまるで森の声だ。
ぶぶぶ……。
しぶぶぶ……。
ぶぶぶ……。
リュディガー・シグラーは妙だ、と思った。
木々のざわめきの中にまぎれ聞こえてくる声らしきものも感じる。
だが殺気立った敵愾心(てきがいしん)を持ったものには思えない警戒心、恐れ、そしてたっぷりの好奇心。
それだけを感じた。
誰かいるんだろ。出てきなよ。
取って食べたりしないよ。
葉がすれる音に、ひそひそとした内緒話の色合いが加わる。一瞬、風が止んで静寂が辺りに留まる。
静けさが終わり、呼吸のように空気を吐き出す。森の言葉だった。
いじめない?
もちろん。いじめないよ。
本当に本当にいじめない?
本当に本当にいじめないよ。出ておいで。
木陰の中から、声の主が現れた。
ポテっとした小さな生き物だった。一匹だけではない。コロコロと何匹も続いて現れた。
君たちが森のエルフ?
そう。私はシーヴル。
僕はシーヤン。
シタンタだ。
……シュリン。
それぞれ名前を名乗ったが、リュディは見分けがつかないな、と感じていた。
想像していたのとは少し違ったよ。俺はリュディガー・シグラー。リュディでいいよ。
リュディは人間?見たことあるのとちょっと違う。耳が尖っている。
シーヴル間違ってる。あんな変な耳をした人間見たことないぞ!
はは。人間のつもりだけど、この世界の人間じゃないから少し違うのかもね。
他の世界の人間?難しい……。どこから来たの?
魔界だよ。子どもの頃は故郷にいたんだけどね。色々あってね。
すごい。じんせいけいけんがほうふだ。
ねえねえ……わたしたちのご先祖さまも違う世界から来たんだよ。
そうなんだね。じゃあ、似た者同士だね。
オレたちの故郷がどこかは知らないけどね。
リュディはどうしてこの森に来たの?人間なんてめったに来ないのに。どうして?
それはね。ここに神様がいるって聞いたからだよ神様に会わせてほしいから、来たんだ。
リュディの言葉を聞いて、シーヴルたちは顔を見合わせた。
そして4体は小さな団子のように頭を突き合わせる。
しぶしぶしぶ。
したしたした。
しやしやしやしやしやしや。
しゅりりんりゅりりん。
話し合いが終わると、円陣を解き、シーヴルが前に出た。
だめ。
どうしてだめなの?
どうして?どうしてだろ?……どうしても。うん、どうしてもだめ。
どうしてもか……それはそれで困ったな。
頭を掻くリュディ。断った本人たちも申し訳なさそうだった。
何よりこれで本当にいいのか、わからないようでもあった。
シーヴル。お客さんを無下に扱うのはよくないぞ。
現れたのは丸っこいが年を重ねたエルフだった。
おじいさま!
神様に会いたいというあなたの希望はわかりました。それなら我々の手伝いをして頂けませんかな?
ちょうど困っていたことがありましてな。
***
我々、森のエルフは年に一度、森の恵みと共にタロタロ鳥を捕らえ捧げてきました。
グレイスの儀式というのですが、これは欠かさずに行ってきました。
今年の草木が眠りについて、月が一度満ちた後にお供えするの。
冬の終わりに森の目覚めを手伝ってあげるために、それを使って新たな芽吹きを促すんだ。
我々は例年通り、その儀式を行う必要がありますしかし問題があるのです。
我々は狩をしてはいけないのです。命を奪うという行為が禁じられているのです。
だから夕ロ夕ロ鳥が捕まえられないの。
生け捕りにすればいいのでは?
血を挿げなくてはいけないのです。多くの血を、大地に、森に挿げるのです。
リュディは不思議に思った。命と血を挿げる儀式を執り行うのに、このエルフたちは命を奪えないのである。
おかしな話ですね。それじゃあ、いままではどうやってきたんですか?
人間に協力してもらっていたのです。我々、森のエルフは長い間、人間の協力者を作り、生きてきました。
悲しいことに人間は森に子を捨てる風習がある。我々は森に捨てられた子を拾い、育てるなどをして協力者を作ってきました。
しかし、先日その役を担っていた者が亡くなりました。
噂によると、脱走兵崩れの野盗に狙われたそうです。我々が与えた衣に目をつけられたようです。
いまはその手の輩が多いですからね。戦争のせいでしょう。
リュディもそういった類の話は身をもって知ることが多かった。
ここに来る前に通りかかった村は、馬の肉と毛が焼ける臭いと気の狂った少女の声だけが残り、他は何もかもが奪われていた。
何もかもだ。
魔界の略奪の方がもう少し上品だった。
わかりました。俺がその夕ロ夕ロ鳥を捕まえればいいんですね。
その通りです。お願いできますかな?
もちろん。
よろしくお願いします。では、シーヴルよ。リュディ殿の案内役を任せたぞ。
うけたまわり。しぶぶぶ……。
リュディはうれしいのか悲しいのかわからない変な顔だな、と思った。
story2 人とエルフのしぶぶ……
夕ロ夕ロ鳥を探す間、森のエルフたちはリュディを質問攻めにした。
リュディは朝起きたら何をするの?
そうだね。顔を洗うかな?
その後は?その後は?
ご飯を食べる。
髭は?髭は剃らないの?ヨルディは髭を剃るって言ってたよ。
ヨルディも若い頃は髭を剃らなかった。
ヨルディっていうのは?エルフの協力者?
そう。赤ん坊の頃におじいさまが拾ってきて、育てたの。大きくなって毎年夕ロ夕ロ鳥を捕まえたの。
あんな赤ん坊があんな毛むくじゃらになるんだもん。人間は不思議だね。
でも頭はつるつるだった!
不思議!
不思議!
しぶぶぶ!
リュディも毛むくじゃらになるの?
さあ、どうだろ?いつかはなるかもね。
でもヨルディ死んじゃった。……殺されちゃった。
しぶぶぶ……。
先ほどまでの楽し気な様子が一変し、エルフたちは重そうな頭を垂らした。
人間はどうして殺し合うの?
どうしてだろうね。戦争のせいで自分でも何をやっているか、わからなくなっているんじゃないかな?
毎晩、ご飯のために牛を殺すのも?豚を殺すのも?
そっちはわかるよ。生きるために必要だからだよ。何も食べなかったら餓えて死んでしまう。
でも牛のお母さんは悲しむよ。かわいそうだよ。
しばらくリュディは黙った。答えに窮したのではなく、過去の事を思い出していた。
誰かがやらなきゃいけない。みんなが餓えないために。
***
やるんだ。
覚悟を決めて下さい。
……でも。
……。
出来ないのなら今日の夕食は無しだ。
これは遊びではない。お前たちがいつかは通らなければいけない道だ。
元の世界に帰る旅に出た時、どうやって生きていく。獲物を狩り、それを食べるんだ。
お前たちはそいつを生かすために、餓えるのか?
……嫌。やりたくない。
リザが手に持ったナイフを脇に投げるのと同時に空を切る音がした。
リュディ!
やったよ。
よくやった。
リュディ……かわいそうじゃない。そんなこと……。
言い捨て、背中を向けて去っていく。
リュディ、気にするな。正しいことでも、時には誤解される。
だが、それはきっと時間が解決してくれる。
少年の肩に手を置くと、彼はおびえることなくアルドベリクを見返した。
リザにも夕食、食べさせてあげて。これからもリザの代わりに、殺すから。
アルドベリクは少年の澄んだ目を見て、不安と期待と怖さ。まるで別々の感情を覚えた。
なぜこの子はこんな目をするのだろうか。
この歳で。人間でありながら。
大丈夫だ。ムールスは抜けたところがある。間違って人数分用意してしまうだろう。
やれやれ。ではそういうことにしておきましょうか。
肩に置いた手から伝わるひ弱な骨格、温かさ。ごく普通の子どものようだが、違う。
この子は特別なのだ、とアルドベリクは思った。
お前は、強い子だな。
そうやって俺に色々教えてくれたんだ、アルドベリクは。
だから俺は知っている。人間は生きるために殺すんだ。
しぶぶぶ……。
シーヴルたちにとっては、ちょっと怖い話だったかな?
面白い。
感情表現がわかりづらいな、と思いながらリュディは頭を掻いた。
リュディの耳に鳥の羽ばたきが聞こえた。
目をやった瞬間にその姿は視線の届かぬ場所へと消えていった。
夕ロ夕ロ鳥かな?
そうかもしれない。追って。
すぐさまリュディは踏み出す。
しぶぅぅぅぅぅ……。
あ、ごめん!踏んじゃった!大丈夫?
ヨルディもよく私たちを踏んだ。
人間は生きるためにエルフを踏む?
いや、いまのは事故だから。
***
あ、いた。あれが夕ロ夕ロ鳥?
珍妙な鳥たちが飛んでいた。いや、飛ぶというよりも飛び上がってしばらくすると落ちるのを繰り返していた。
違う。あんな変なのじゃない。
あれなんだろうね。
とても奇妙な生き物だね。
リュディは鳥とエルフを見比べる。
(大差はないけどな……)
と思った。
あの鳥も殺す?
殺さない。必要のないものは殺さないよ。少なくとも俺はね。
不思議な鳥がリュディたちに気づくと、友好を示すつもりだろうか。コロコロと転がってこちらに近づいて来る。
リュディの前で止まると、まん丸な目でこちらを見上げた。
リュディのこと気に入ったみたい。
気に入られても困るな……。
不思議な鳥を持ち上げた途端、大きな影がリュディを覆った。
不思議な鳥の視線を追うようにリュディは自分の頭の上を見上げた。
シーヴル……もしかしてこれが夕ロ夕ロ鳥?
うん。そうだよ。
夕ロ夕ロ鳥だ!
リュディは手に抱えた鳥を見て、全然似てないじゃないかと思った。
そうしている間にも怪鳥は嘴を空に向けて、けたたましい鳴き声を上げた。
まるで体を引き裂くような声だった。
ぶぶぶ……。
不思議な鳥もエルフたちも殺意だけで震えあがるが、リュディは涼しい顔で夕ロ夕ロ鳥を見据えた。
喉元に向かってくる嘴。
を瞬時に抜いた剣で受け止めた。
悪いけど、ここで死ぬわけにはいかないんだよ。
だから……ごめんね。
拮抗する嘴と刃の間に黒い光が瞬く。途端、嘴は縦に寸断される。
嘴だけではない。怪鳥の頭にもまた、縦に線が入っていた。
その線ごと横薙ぎに払われ、怪鳥の首が落ちた。
哀れなことに自分の死を知らぬまま、怪鳥は飛び立つかのように翼や足を振り回し、その羽と血をまき散らした。
story3 冬の営みは
おじいさま!お供え物を全部揃えたよ!
森の恵みと共に捧げられた夕ロ夕ロ鳥を見て、リュディは老いたエルフに尋ねた。
夕ロ夕ロ鳥はあのままですか?
ええ。それが何か?
あれを料理してもいいですか?
食べるんですか、あれを。確かに人間はあの鳥を食べることがあると聞きましたが、なぜ?
食べられるものは食べなきゃ、なんで殺したかわからないでしょ?
リュディ、これはなに?
夕ロ夕ロ鳥のローストだよ。食べる?
エルフたちは同時に首を横に振った。
森のエルフは動物を食べないの。
そうか……俺ひとりで食べられるかな?
リュディは肉片を口に運んだ。
うん。おいしい。
この鳥も食べる?
いや……それはやめておくよ。なんか食べにくい。見た目が。
それは神様の鳥でしょう。雰囲気が似ている気がします。
こんなのに雰囲気が似ているってどういう意昧だろうと思いながら、リュディは尋ねた。
神様ってどんな人なんですか?どうして森のエルフだけが会えるんですか?
それは神様が我々の血を引いている……いや、我が姉シヴィアタンの血から生まれたからです。
人間の男を惑わしたエルフの美女だ、聞いたことがあります。
それは……ものの見方次第ですな。姉は人間の協力者ロタンと恋に落ちたんです。
ふたりは森を出て暮らしておりました。ですがその世界は嫉妬、憎悪、悪意、強欲。
森にはない様々なものがあります。それらがふたりを追い詰め、そして最後は処刑台へと上がらせた。
人がいなくなった夜。私は処刑台の下の血に濡れた土を持ち帰りました。
せめて血だけでも森に帰してやりたかったんです。すると不思議なことが起こりました。
その土からまるで姉のように白い薔薇と小さな子どもが生まれたんです。
子どもが?土から?何かの魔法ですか?
どうやら姉の体にはロタンとの子が宿っていたようです。エルフと人の子です。
その子は特別な力を持つ、特別な存在でした。だから我々は彼女を人の神様と呼ぶことにしたのです。
ふと見ると、エルフたちがうんしょこらしょと白い薔薇を運んでいるのが見えた。
神様が生まれた頃からこのグレイスの儀式にはシヴィアタンの薔薇も欠かせないものになりました。
もちろん神様もです。血を挿げる儀式です。姉の血を挿げて生まれた白い薔薇と子どもも必要でしょう。
グレイスというのはどういう意味なんですか?エルフの言葉は少し知っていますが、聞いたことがない。
グレイスというのはエルフの古い言葉で、「愛しい人、我が血よ」という意味です。
いい言葉ですね。
他に何か気になることはありますか?
ひとつだけあった。だが、些細なことなのでリュディは尋ねようとは思わなかった。
人と森のエルフが恋をする。かわいらしくはあるが森のエルフたちに恋をするというのは無理があるな、と思ったのだ。
その疑問もすぐになくなった。
シーヴル。神様を探して来てくれ。その姿ではあっちがお前を見つけられない。元の姿に戻りなさい。
うけたまわり。しぶぶぶ。
シーヴルの体が光り、膨らみ、伸びる。そしてリュディの前には。
探してくるね。
花のように鮮やかな白い肌を持った少女が現れた。
神々しい天使や妖艶な魔族を知るリュディでもその美しさには息を飲んだ。
少女は花の開花を知らせる風のように森を駆けていった。
姉とロタンの事があってから人に本来の姿を見せないようにしているのですよ。
そうですね。森の外には出さない方がいいでしょうね。特にいまの時代は。
さて、聞いていませんでしたな。あなたが神様に会いに来た理由を。
よくある理由ですよ。神様に知恵と力を借りにきただけです。
***
つまり、その後、神様と約束してエルフを守る旅に出たということにゃ。
うん。そうだよ。
私も案内役として同行してるの。
でもその神様は……。
ウィズの言葉を遮るようにドアがノックされた。
瞬時にシーヴルはソファの下に、ウィズは体を丸めて眠る猫そのものとなった。
扉が開き、官吏風の男が入ってくる。
こちらへ。陛下がお待ちです。
リュディは立ち上がり、ウィズとシーヴルに待っていろと指で示した。
謁見の間へ向かう廊下で、官吏風の男は秘密めいた口調で話し始める。
計画は順調ですかな?
ええ。順調だと思いますよ。
王、竜、トロル、吸血鬼。……あなたの異名もさすがに次で打ち止めでしょうな。
神殺しのリュディガー。これ以上は無さそうだ。
そんな肩書ばかり増えますね。陛下に仕えると。
それでこそ陛下に相応しいのではありませんか。あの御方は〈魔王〉とすら呼ばれているのですから。
俺の知る魔王とはずいぶん違いますけどね。
ぽっかみ! | |
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