EMANON
Illustrator:翔太郎
名前 | EMANON |
---|---|
年齢 | 不詳 |
職業 | ベルボーイ兼ピアニスト |
- 2022年6月9日追加
- NEW ep.Vマップ2(進行度1/NEW+時点で295マス/累計480マス*1)課題曲「Reverberate」クリアで入手。
今は無きホテルのベルボーイにして凄腕のピアニストだった人ならざる者。
これはそんな彼と出会った、とある少女の不思議で奇妙なお話──。
スキル
RANK | 獲得スキルシード | 個数 |
---|---|---|
1 | ジャッジメント | ×5 |
5 | ×1 | |
10 | ×5 | |
15 | ×1 |
include:共通スキル(NEW)
- ジャッジメント【NEW】 [JUDGE]
- 高い上昇率の代わりに、強制終了のリスクを負うスキル。オーバージャッジ【NEW】と比べて、上昇率-20%の代わりにMISS許容+10回となっている。
- PARADISE LOSTまでのジャッジメントと同じ。
- 初期値からゲージ7本が可能。
- NEWで追加されるトラックスキップ機能や判定タイミング音機能で他のスキルと似たような条件にすることが可能。これらを組み合わせることでPARADISE LOSTまでのスキルと似たようなゲージ上昇率、判定タイミング音、中断(強制終了)にすることができる。
- 判定タイミング音をATTACK以下に設定:パニッシュメント
- 判定タイミング音をJUSTICE以下に設定:ヴァーテックス・レイ
- トラックスキップをSSに設定:ボーダージャッジ・SS(達成不能で楽曲が中断されるため注意)
- NEW初回プレイ時に入手できるスキルシードは、PARADISE LOSTまでに入手したDANGER系スキルの合計所持数と合計GRADEに応じて変化する(推定最大49個(GRADE50))。
- GRADE100を超えると、上昇率増加が鈍化(+0.3%→+0.2%)する。
- スキルシードは200個以上入手できるが、GRADE200で上昇率増加が打ち止めとなる。
- CHUNITHM SUNにて、スキル名称が「ジャッジメント」から変更された。
効果 | |||
---|---|---|---|
ゲージ上昇UP (???.??%) MISS判定20回で強制終了 | |||
GRADE | 上昇率 | ||
▼ゲージ7本可能(190%) | |||
1 | 200.00% | ||
2 | 200.30% | ||
35 | 210.20% | ||
50 | 214.70% | ||
▲PARADISE LOST引継ぎ上限 | |||
▼ゲージ8本可能(220%) | |||
68 | 220.10% | ||
102 | 230.10% | ||
152 | 240.10% | ||
200~ | 249.70% | ||
推測データ | |||
n (1~100) | 199.70% +(n x 0.30%) | ||
シード+1 | 0.30% | ||
シード+5 | 1.50% | ||
n (101~200) | 209.70% +(n x 0.20%) | ||
シード+1 | +0.20% | ||
シード+5 | +1.00% |
開始時期 | 最大GRADE | 上昇率 | |
---|---|---|---|
NEW+ | 145 | 238.70% (8本) | |
NEW | 253 | 249.70% (8本) | |
~PARADISE× | 302 | ||
2022/9/29時点 |
- 登場時に入手期間が指定されていないマップで入手できるキャラ。
バージョン | マップ | エリア (マス数) | 累計*2 (短縮) | キャラクター |
---|---|---|---|---|
NEW | ep.Ⅰ sideB | 4 (95マス) | 190マス (-40マス) | オネスト ・クンツァイト |
NEW+ | ep.Ⅴ | 1 (205マス) | 205マス (-) | モーガン ・フェール |
2 (295マス) | 480マス (-20マス) | EMANON |
バージョン | マップ | キャラクター |
---|---|---|
NEW+ | maimaiでらっくす | らん |
- カードメイカーやEVENTマップといった登場時に期間終了日が告知されているキャラ。また、過去に筐体で入手できたが現在は筐体で入手ができなくなったキャラを含む。
※1:同イベント進行度1全エリアのクリアをする必要がある。
※2:同イベント進行度1全エリアのクリアかつ進行度2の他エリアのクリアをする必要がある。
ランクテーブル
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | |
スキル | スキル | ||||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |
スキル | |||||
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | |
スキル | |||||
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | |
スキル | |||||
~50 | |||||
スキル | |||||
~100 | |||||
スキル |
STORY
人里離れた森の奥。
誰も寄り付かない廃墟がありました。
その廃墟にはひとつ、噂話があったのです。
『夜な夜な、廃墟からピアノの音が聞こえてくる』
その噂話を確かめようと、ひとりの少女が廃墟を訪れました。
これは少女が体験した、不思議で奇妙なお話です。
深い森の中、鬱蒼と茂る木々が陽の光を通しません。
それに、今は夜。
暗闇で自分の足元ですら、よく見えないほどです。
そんな真っ暗な中をひとりの少女が小さな明かりを手に歩いていました。
「この道で合ってる……はずだよね」
怖さを一緒に吐き出すように少女はひとりで喋り続けます。
「廃墟から幽霊の演奏が聞こえてくるって言うけど、本当なのかな……」
わずかに残っている人が通った跡を、何度も何度も確認しながら少女は道のない森を歩き続けます。
そのとき、木々の間からポワッと、少女の目に明かりのような、なにかが見えました。
「わたしの他に誰か来ているの?」
誰かがいるかもしれないという期待で少女の表情はパッと明るくなりました。
本当はひとりで来たことを後悔していた少女はその明かりへと足早に向かいます。
すると、木が少ない広い場所へと出ました。
そこには少女が探していた廃墟があったのです。
「ここが噂の……」
少女は期待に目を輝かせます。
追っていた明かりはいつの間にか消えていましたが、少女は気にせず、廃墟へと足を踏み入れました。
誰もいない廃墟。
床には何かが散らかり、今にも崩れそうな様子。少女は周りを注意しながら奥へ奥へと進んでいきます。
「ピアノの音なんて……聞こえてきてないよね」
がっくり、と少女は肩を落としました。
なにか聞こえてくると期待していた少女にとってこの空間の静けさは怖さよりも、幽霊に会えなかったという気持ちが勝っているようです。
「噂は間違いだったのかな……演奏、聞いてみたかったのに」
諦めて帰ろうかな、と残念そうにつぶやいた少女。
そのときでした。
どこからかよくとおるとても高い音が聞こえてきたのです。
「えっ、この音って、ピアノの……」
少女はすぐに音のする方向へと駆け出します。
音の場所は近く、少女はあっという間にピアノのある広い部屋にたどり着きました。
「いた……」
少女はすっと目を閉じて、その誰かの演奏に耳を澄ませます。
そして、演奏が終わると、少女は拍手をしながらピアノを弾いていた人影に近づいていきました。
「おや……観客がいたとは思いませんでした」
「あ、あの、今演奏していた曲は――」
目を輝かせながら、少女は人影に話しかけます。
しかし、少女が“それ”を目にした瞬間、言葉に詰まってしまいました。
「ひ……?」
演奏者である人影の正体は、機械の部品がつなぎ合わされ、人のシルエットを形作った“なにか”だったのです。
「驚かせてしまいましたかね、お嬢さん。これは申し訳ないことをしました」
“なにか”は丁寧に少女へ頭を下げながら、優しい口調でそう言いました。
「私はEMANON。当ホテルにてベルボーイとピアニストを務めさせていただいております」
物腰柔らかく優しい口調で話しかけるEMANONですが、少女は驚きのあまり固まったままでした。
「……おや、貴女はどこかで――」
「あ、あの!」
少女は思い切ったように、大きな声でEMANONの言葉を遮りました。
「あなたの演奏、とっても素敵でした!」
「……それはそれは。喜んでいただき光栄です」
キラキラとした少女の顔に、怖がられると思っていたEMANONは首をかしげて問いかけます。
「貴女は、私が怖くないのですか?」
「確かに少しだけ怖いけど、それより、もっとお話してみたいと思って!」
少女の反応を見たEMANONは、小さくうなずくような素振りを見せました。
だって、普通ならば奇妙な姿に驚いて、すぐに逃げ出してしまうでしょうから。
「わたし、ここで幽霊がピアノを演奏してるって噂を聞いて! そうしたら、あなたがいました!」
「なるほど、そのような噂が……しかし、残念ながら私は幽霊ではありません」
「幽霊でも、そうじゃなくてもいいんです。わたしは誰かの演奏を聞くために、ここに来ました!」
「……演奏、ですか?」
少女はEMANONにいろいろなことを話して聞かせました。
そのほとんどが、少女自身のことです。
自分もピアノの演奏をしていること、練習を続けてもなかなか上手にならないこと、コンクールにも入賞できずにいること。
少女の話を聞き、EMANONは興味なく見えないよう、うんうんと大きく相槌を打ちました。
表情の見えないEMANONにとっては、そうしなければ意思がうまく伝わらないのです。
「本当に幽霊が演奏をしてるなら、人と違う演奏を聞けて、なにか刺激になるかなって。わたし、演奏がうまくなるなら……」
なにか思いつめたかのように少女はぽつりとこんなことを口にします。
「悪魔と取引しても構わない。そう思って、ここまで来たんです」
「悪魔、ですか……」
少女の言葉にすっとなにかを考えたのか、EMANONはゆっくりと話し始めます。
「もしよろしければ、私の知っているお話を聞いていただけないでしょうか」
「え? どんな話を?」
「それは遠い遠い昔。名前も残っていない一人の男の話です」
EMANONは落ち着いた口調でどこか懐かしむように昔話を始めました。
これは今よりもずっとずっと昔の話です。
とある森の奥地に一軒のホテルがありました。
そこは人里から離れた静養地として身体と心を癒すため、たくさんの人々が訪れます。
その日も、あるひとりのベルボーイが忙しく働いていました。
大人しく、真面目な好青年。
そんな印象を受けるベルボーイでしたが、彼には誰もが知る、ひとつの特技がありました。
「あの、ちょっといいかしら。貴方よね、ピアノの演奏ができるベルボーイって」
「はい、ご希望がございましたら、僭越ながら演奏いたします」
そう、ベルボーイの特技はピアノ演奏。
普段の彼からは想像できない感情的な演奏はたくさんの人の心を惹き付け、それを目当てに尋ねるお客さんもいるほどです。
「私も聞いてみたいのだけど、一曲よろしいかしら?」
「かしこまりました。確認いたしますので、少々、お待ちいただけますか」
演奏の依頼を受けたベルボーイはすぐさま、ホテルのオーナーに許可をもらいに行きます。
「あの、オーナー……」
申し訳なさそうにベルボーイがオーナーに話しかけるのですが、それを聞き終わる前に彼女は答えました。
「ピアノでしょ、いいわよ。毎回、私に許可なんてもらいに来なくていいのに」
いつものことだから、とオーナーは少し呆れた表情をしていました。
「そういうわけにはいきません。私の仕事はベルボーイですので」
「本当に貴方は真面目なんだから。ほら、お客様がお待ちなんでしょ。早く行きなさい」
「ありがとうございます!」
ベルボーイがオーナーに頭を下げると、足早にお客さんの元へ向かいます。
彼は嬉しそうにお客さんに、すぐに準備しますね、と言って、ピアノの前に座りました。
すると、その様子を見ていた他のお客さんも彼が演奏すると気付き、足を止め、視線を向けます。
お客さんたちに軽く一礼すると、ベルボーイの演奏が始まりました。
ホテルに響き渡る彼の演奏はお客さんたちを惹き付け、みんなが静かに耳を傾けます。
普段は大人しい彼からは想像できない情熱的な演奏。
ひとしきり演奏し終わり、ベルボーイが再びお客さんに一礼すると大きな拍手と歓声が上がりました。
「素晴らしい曲だったな。しかし、あのような曲は聞いたことがない」
「あれは彼が作曲したものです。名前は残念ながら、まだつけていないようですが」
お客さんの疑問に答えたのはホテルのオーナーでした。
「あれだけの腕を持ち、作曲までやっているとは。それだけの才を持ちながら、ホテルのベルボーイをしているなんて不思議だな」
「彼には変に義理堅いところがありまして。他所ではなく、ここだから演奏しがいがあるんだと言ってましたよ」
「ほう、そうなのですか」
「働く場所が見つからなかったらしく、私のところで雇ったのですが、その恩を返したいらしいですよ」
「なるほど、そのような経緯が……」
「なので、引き抜きなら、私ではなく彼自身を説得してくださいね」
「私は他所へ行くつもりはありません」
オーナーたちがそんな話をしていると、演奏を終えたベルボーイが話に割りこみます。
いつもは大人しい彼ですが、今は少しだけ怒っているようにも見えました。
「私はオーナーにお世話になっています。これはすぐに返せるものではないんですよ」
ベルボーイの様子にまた呆れた様子で、オーナーは笑ってみせました。
「私はもう返してもらったつもりだけどね。君が納得行くまでいたらいいよ」
「はは、これは参りました。やはり、噂とは当てにならないものです」
「噂、ですか?」
オーナーはお客さんが言った噂、という言葉が気になりました。
それはベルボーイも同じだったようです。
「ええ、このホテルは接客やサービスが酷く、評判がよく見えるのはオーナーがそういうふうに印象操作をしてるんだとか」
「あら、そんな噂が出回っているとは」
「……」
お客さんから話を聞いて、ベルボーイは少しムッとします。
それに気付いたオーナーがまあまあ、となだめながら他にも似たような噂がないか尋ねました。
「腕のいいピアニストを二束三文で無理やり働かせてるオーナーがいるとも聞いたな」
「そんな! 私は!」
「大きな声を上げないの。そんなのデタラメだって、このホテルを知ってる人はわかってるから」
「しかし、いったい誰がそんな噂を……」
「……まあ、大体の予想はつくけど。こんな噂はすぐにデタラメだとわかるから、貴方は気にしないで」
「はい……」
オーナーは噂なんてすぐになくなるわ、と笑いながら帰っていきます。
ベルボーイは少し納得いかないと思いながらも、自分の仕事に戻っていくのでした。
そして、数日後。
オーナーが言っていた通り、ホテルはたくさんのお客さんの声とベルボーイの演奏で賑わっていました。
「ああ、オーナーの言う通りだった。私もホテルに貢献できるように頑張らないと」
いつもと変わらない日々が続く。
そう、誰もが思っていました。
ですが、すぐに事件は起きたのです。
「……あれ?」
ベルボーイは病院の一室で目覚めます。
自分がなぜ、ここにいるのかわかっていないベルボーイが辺りを見回すと、そこにはオーナーの姿がありました。
「オーナー、ここは――」
と、ベルボーイが手を伸ばそうとしたときです。
なぜか手が動きません。
ベルボーイは不思議に思い、何度も何度も手を動かそうとしますが、手は一向に動きませんでした。
「え? なんで……」
「やっと気がついたのね。本当に命が助かってよかったわ」
オーナーは目に涙を浮かべながら、緊張が解けたのか、ほっと胸を撫で下ろします。
いまだに状況がわかっていないベルボーイは助けを求めるようにオーナーを見つめました。
「覚えていないの? 貴方、街で事故にあったのよ」
「あっ……!」
ベルボーイはその言葉ですべてを思い出して、顔が青ざめました。
そう、彼は街に出たときに事故に遭い、大怪我を負っていたのです。
改めてベルボーイは自分の腕を見ると、包帯に巻かれ、満足に動かすこともできない腕しか、そこにはありません。
「辛いと思うけど聞いて。貴方はもう……ピアノを弾くことはできないの」
オーナーの口から静かに語られた事実に、ベルボーイは返す言葉もなく黙ってしまいます。
そして、この日を境に彼は暗い暗い闇の中へと引きずりこまれていくのでした。
ベルボーイが事故に遭って数カ月後。
今日、彼は無事に退院して、オーナーたちが待つホテルの前に立ちます。
ピアノを弾けない自分に何ができるんだろうと悩み、退職を考えていました。
そんな彼にオーナーは笑いながら、こんな言葉を残します。
「ピアノが弾けなくてもベルボーイとして君は優秀だから、早く戻っておいで」
オーナーの優しさに触れたベルボーイは自分を必要としてくれている彼女のためにと、戻る決意を固めました。
「ん? これはどうしたんだろう」
そこで彼はホテルの違和感に気づきます。
いつもなら、ホテルの外にもお客さんがいて、歓談しているはずなのに。
ですが、今日は誰もいません。
そういう日もあるかもしれないと思いながら、ホテルの中に入った彼は驚きました。
ラウンジに居たのはホテルの従業員と数人のお客さんだけ。
かつての賑わいは全く感じられませんでした。
「おかえりなさい。迎えに行けなくてごめんなさいね」
「オーナー、これはいったい!」
驚いて声を上げるベルボーイに、オーナーは変わらずいつもの調子で答えました。
「前に話したでしょう。ホテルの悪い噂が出てるみたいだって」
「え、ええ。でも、あんなの気にしなくていいって、お客様はわかってくださると!」
「どうやら、私の考えが甘かったみたい。噂が広がりすぎて、もう手遅れになってるのよ」
「そんな……」
それから、ホテルの状況はどんどん悪くなっていきました。
頻繁に利用してくれていたお客さんが、彼がもうピアノが弾けなくなったことを知ると、次からはもう足を運ばなくなったり。
ベルボーイが怪我の後遺症で通常の業務ですら、影響が出てしまっていたり。
周囲の変化で彼はだんだんと、精神的に追いつめられていきました。
「貴方のピアノは素晴らしいものだけど、ちょっと責任を感じすぎじゃないの。お客様が少なくなったのは貴方のせいじゃないから気にしないで」
「はい……」
オーナーはベルボーイを励まそうとたくさん声をかけて、彼を笑顔にしようとします。
しかし、オーナーの気遣いや優しい言葉も、今のベルボーイには届きませんでした。
「ホテルが大変なときに私はなにもできないのか。この手が動いてくれれば……」
もうピアノを奏でられなくなった手を見ながら、ベルボーイは声を殺して嘆きます。
「貴方はその腕を治したいのですか?」
ふと後ろから声をかけられてベルボーイが振り返ると、そこには痩せこけた黒服の老人が立っていました。
お客さんがいないと思っていたベルボーイは慌てて、お客さんにおわびをします。
「し、失礼いたしました、お客様! 恥ずかしい姿をお見せしてしまい……」
「いえ、いいのですよ。それよりも腕を治したいのか、そうでないのか。私はそちらのほうが気になります」
「ま、まさか、この腕を治せるのですか!?」
その言葉にベルボーイは詰め寄るように、わらにもすがる思いで老人に答えます。
「ぜひ、方法を教えて下さい! 私はなんとしてもピアノを弾けるようにならなければいけないのです!」
「ええ、構いません。ただ、ひとつ条件があります」
「私にできることなら!」
「では、こちらを」
そう言いながら、老人はベルボーイに紙の束を手渡します。
それはピアニストの彼でも見たことのない楽譜でした。
「これは? 貴方が作曲されたものですか?」
「ええ、そのようなものです。腕が治ったら、ぜひその曲を演奏していただきたいのですよ」
「そ、それだけでいいのですか!?」
老人から出された簡単な条件にベルボーイは驚きながらも、これくらいのことならと喜びました。
「ええ、その曲は難しくて、腕の立つ方に演奏していただきたかったのですよ」
「わかりました、その条件で大丈夫です」
「ふふ……では、契約成立ですね……」
そう言い終わると老人はすっとベルボーイに向けて手を伸ばしました。
なにをしているのかと不思議に思っていたベルボーイでしたが、急な眠気に襲われてだんだんと意識が遠のいていきます。
「では、契約しましたよ。必ずこの曲を演奏してくださいね」
ベルボーイの意識がなくなる前、かすかに聞こえたのは老人のそんな言葉でした。
「なんてところで寝てるのよ、貴方は」
「え……?」
床に寝転がっていたベルボーイがオーナーの声で起き上がります。
そこはホテルのフロント裏で、オーナー以外の人はいません。
「あの、お客様は?」
「なにを言ってるの、今日もお客様はゼロ。やることがなくて暇でしょうがないわ」
ベルボーイは慌ててフロントへ行き、名簿を確認しますが、そこには今、宿泊中の人はいませんでした。
ベルボーイは不思議に思います。
確かにあのとき、自分は老人のお客様と出会ったはずなのにと。
「夢、だったのか……」
冷静になったベルボーイはあんな都合のいい話なんてあるはずがない、あれは夢だったに違いない。仕方がない、と考えながらも、どこか期待してしまったことから、少し落ちこんでしまいます。
「夢まで見るほど? まあ、お客様がいないのは寂しいけど、そこまで落ちこまなくても……」
「い、いえ、そうではなく……腕が治ったような夢を見まして……」
「あら、素敵な夢じゃない。試しに触ってみる?」
近づいてきたオーナーがベルボーイの腕に触れて優しく撫でてみます。
すると、くすぐったい、といわんばかりに、ベルボーイはすぐに手を引っこめました。
そんな彼にオーナーは違和感を覚えたのです。
「感覚があるの? 前は触ってもあまりわからないって……」
「あっ……」
ベルボーイも自分が得た感覚に違和感を覚えました。
オーナーの言う通り、彼の腕は事故の後から感覚が鈍くなっていたからです。
そして、ベルボーイは腕から手、そして指の感覚を確かめるようにゆっくりと動かしてみせると。
「――動く」
事故前と変わらない動きができたことにベルボーイからは驚きの声が漏れました。
彼は走ってピアノの前に行き、そして、事故に遭ってから初めてピアノの鍵盤に指を走らせます。
すると、弾けなくなっていたはずの手がなめらかに動き、ピアノの音がロビーを包みこみました。
「ど、どういうこと!?」
「わ、私にも、わかりません……」
オーナー以上にベルボーイ自身が自分に起こったことに驚きを隠せません。
もうピアノは二度と弾けないと思っていた彼は、これまで弾けなかった時間を取り戻すように涙を流しながら演奏を続けました。
ひとしきり演奏したあと、ベルボーイはオーナーに静かに話し始めます。
「オーナー、私の腕は治りました。このことをひとりでも多くのお客様に伝えることはできないでしょうか?」
「それはできなくもないけど……貴方、本当に大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
「そう。なら、まずは腕が治ったお祝いをしないとね!」
自分のことのように喜ぶオーナーにベルボーイも少し照れてしまいます。
でも、彼の中にあるのは、これで少しでもホテルにお客さんが戻ればいいという願いでした。
それから、数週間後。
以前までとはいえないけれど、ホテルは賑わいを取り戻しつつありました。
ベルボーイの演奏が再開したことでお客さんが足を運ぶようになり、悪い噂も新たに来たお客さん経由でどんどん消えていったのです。
精神的に追い詰められていたベルボーイも今は自信を取り戻していました。
「これもあのお客様のおかげだ……」
――そのときです。
ベルボーイは視界の片隅にあのときの老人の姿を見つけました。
老人を見つけた彼はお礼を言おうとしたのですが、かさり、と手元になにかが触れた気がしたのです。
そこにあったのは以前、老人に手渡された楽譜でした。
「そういえば、これを弾いてほしいって言ってたはず……」
お礼なら演奏のあとでも言える、とベルボーイはその楽譜を手に、弾き始めました。
多くのお客さんがこの演奏に聞き入ります。
しかし、ベルボーイは曲を弾きながら、不思議な感覚に襲われていました。
以前からこの曲を知っているような、何度も聞いたことがあるような。
楽譜を見なくても指を次にどの鍵盤に運べばいいか手に取るようにわかるのです。
そして、曲を弾き終えたベルボーイにお客さんから大きな拍手が上がりました。
お客さんに頭を下げながら、ベルボーイは老人を探しますが、すでに老人の姿はありません。
探し始めるベルボーイでしたが、ホテルのどこにもいませんでした。
「貴方の演奏に満足して、帰られたのよ」
「そうでしょうか……」
「それよりもいい曲だったわよ。これからも演奏よろしくね」
「はい!」
すっかり自信を取り戻したベルボーイは、これからもっとホテルに貢献しようと気持ちを新たに、またピアノ演奏を始めます。
これでホテルも元通りになる、そう信じて。
ホテルのお客さんが増え始めた、ある日のこと。
いつものようにピアノ演奏をしていたベルボーイのもとに二人の男性が近づきます。
彼らがベルボーイに声をかけると、手に持った手帳を彼に見せました。
「け、警察!?」
「少しお話を聞かせていただきたいのですが、お時間よろしいでしょうか」
そこへ様子を見に来ていたオーナーが加わり、ベルボーイたちは警察から事情を聞くことになりました。
内容は、最近老人たちの不審死が続いており、その調査を行っているのだと話しました。
そして、その共通点がこのホテルにあるのだと警察の口から語られます。
「共通点ですが、どうやら貴方の演奏を聴いた者が、そのあとに不自然な死を遂げているのですよ」
「わ、私の演奏を聴いたあとに……死んだ?」
「なにを言い出すのかと思えば。貴方たちは彼が犯人だとでも言いたいんですか!」
警察たちの話に、怒りを覚えたオーナーが珍しく声を荒げました。
彼女を落ち着かせるように、警察も自分たちの捜査について話します。
「もちろん、そうではありません。ただあまりにも手がかりがなくて……」
「少しでも情報が掴めればと思い、こちらに伺っただけなんですよ」
「……」
オーナーは警察たちをにらみつけました。
その気迫に圧されたのか、警察たちは「今日はこれくらいで」とそそくさとホテルを後にします。
「オーナー……」
「なにも貴方が気にすることじゃないわ。今まで通りにしてればいいのよ」
「はい……」
仕事に戻るから、と立ち去るオーナーを見送り、ベルボーイはひとりでピアノの前に立ちます。
手にとった楽譜は、あのとき老人から貰ったものでした。
「オーナーはああ言ってたけど、演奏は控えたほうがいいかもしれない」
誰かに聞かせるわけでもなく、ベルボーイが呟いた言葉。
しかし、その言葉に答える者がいたのです。
「おや、私との契約を忘れましたか」
「あ、貴方は!?」
突然現れた老人にベルボーイは驚きます。
ただ、それ以上に驚いたのは、あれだけいたはずのお客さんが誰一人としてそこにはいなかったのです。
お客さんが消えたことにベルボーイは驚きを隠せません。
「ど、どうなって……」
「貴方は私との契約でその曲を演奏し続けなければいけないことを忘れましたか?」
驚くベルボーイを気に留める様子もなく、老人は淡々と話を続けていきます。
感情のこもっていない老人の言葉に、ベルボーイは恐怖を覚え始めました。
「こ、この曲はいったい……」
「貴方はこの世ならざる者の存在を信じますか?」
「なっ!? どういうことですか!」
老人の言葉の意味がわからず、今の状況を整理しようと必死に頭を動かします。
「その楽譜は悪魔が作曲したものなのですよ。ほら、よく見てみなさい」
老人の言葉にベルボーイが改めて楽譜を見ると表紙に奇妙な文字が浮かび上がりました。
見たことがない文字、そのはずなのになぜかベルボーイにはそれが読めてしまうのです。
「な、なんですか、これは!? 貴方はいったい何者なんですか!」
「人間たちが言うところの悪魔ですよ」
「あ、悪魔……まさか亡くなられたお客様たちは!?」
「おや、察しがよろしいですね。貴方のおかげでたくさんの養分が得られましたよ」
高らかに、まるで悪魔のように笑う老人にベルボーイはたじろいでしまいます。
「養分だって!? 人の命をなんだと……」
「おかしなことを言いますね。人間が牛や豚を食べるのと何も変わりませんよ。私達が食すものが、ただ人間というだけ。それも直接食べるわけではないのですから、とても良心的ではありませんか」
「そんな……」
ベルボーイにはどうしてもわからないことがありました。
「曲を聞くだけで人が死ぬなんてこと、あるわけが……」
「言いましたよね、特別な楽譜だと。その曲を聞いた者は魂を少しずつ奪われていくのです。魂は生命の源……それを失った人間がどうなるか、それは貴方がよく知っているはずですよ」
「だから、老人ばかりが……」
そう、相次いだ老人たちの不審死は悪魔の楽譜の力でした。
そのことに、ベルボーイは思い至ったのです。
「いずれ、曲を聞いた全ての者が同じ道を辿ります。全て貴方のおかげですよ」
このことを誰かに伝えなければ、と思ったベルボーイはその場から駆け出しました。
ですが、どこへ行っても、オーナーの姿はおろか、人ひとり見かけません。
走り疲れたベルボーイはよろよろとその場に膝をついてしまいました。
「無駄ですよ。ここは少し特別な場なので。いるのは貴方と私だけです」
またどこからともなく現れた悪魔に、ベルボーイは息を荒くして掴みかかりました。
「そのような楽譜だと知っていたら、私は演奏などしなかった!」
「今更なにを。貴方も私たちの同類だというのに」
「なにを……?」
「貴方の腕を治したのは誰かもうお忘れですか。他ならぬ悪魔(わたし)なのですよ」
「い、いや、私はただ……!」
「さて、私はその腕を治すためにいったい何人の生命を使ったのでしょうね」
「う、うるさい! 私はもう二度とあの曲を演奏しない!」
ベルボーイの気迫を物ともしない悪魔は再び、淡々としゃべり続けます。
「おや、それはそれは。契約を破棄するとなると相応の代価を頂きますが、よろしいので?」
「代価だって……?」
「私は貴方の腕を治すという望みを叶えました。その代償は曲を引き続けること。それはきちんとご理解していただいておりますね」
「それがなんだって言うんだ……」
悪魔の軽薄な態度にだんだんと恐怖を覚え始めたベルボーイは、少したじろいでしまいます。
「悪魔との契約を破棄した場合は契約者、つまり貴方の名前と身体をいただきます」
「名前と身体……そんなこと、ありえるわけが」
「貴方は魂だけの存在となり、死ぬこともできず、永遠にこの世をさまよい続けるのですよ」
「そんな……」
「さあ、どちらを選択されるのですか? 演奏を続けるか、ここで終わりにしてしまうか」
自分の命と、他人の命。
その選択を迫られたベルボーイは悩みましたが、すぐに決断しました。
一人と大勢。それはベルボーイにとって天秤にかけるまでもありません。
「私は演奏をしない!」
「そうですか。それはとても残念です。まったく、見ず知らずの他人のために殊勝なことですね」
「私にとって、ホテルに来てくださるお客様はなによりも大切な方。悪魔の貴方には理解できないでしょう」
「……そうですか。いやはや、ここはとてもよい餌場だっただけにとても残念ですよ」
悪魔が手をかざすと、すぐにベルボーイの身体に異変が起きます。
ゆっくりと消えて溶けていくように、身体が薄く薄くなっていきました。
「オーナー……お客様……私は――」
その言葉を最期にベルボーイは悪魔によって名前と、身体を奪われてしまうのでした。
EMANONは絵本を読み聞かせるように少女へ語りました。
「多くの不審死を招き、ベルボーイまで消えた。その噂はすぐに広まり、ここは呪われたホテルとして名を馳せ、ついには廃業になってしまったのです」
話は終わり、そう言ってEMANONは少女に一礼しました。
今まで話を静かに聴いていた少女はゆっくりと口を開きます。
「そのベルボーイが、EMANONさん……?」
「ええ、そのとおりです」
「でも、名前も奪われて……あ! もしかして、EMANONって名前は……」
意外と勘がいい少女は彼の名前の意味に気づきます。
名無し――Noname。
そのつづりを反対にして、EMANON。
名前の意味に気づいてもらえたのが嬉しかったのか、彼の口調も少し喜んでいるようでした。
「ない名は呼ばれずとも言いますしね。出会った時に名前がないのは不便でしょう? それに、いい名前だと思うんです」
少女は改めてEMANONの身体を下から上まで眺めます。
きっと、機械の部品を集めたようなその姿は、悪魔との契約を破ってしまった代償なのでしょう。
「話では魂だけになる、と言ってましたよね。なら、どうしてそんな姿をしているんですか?」
「最初は魂だけとなった私でしたが、いつからか物に取り憑ける様になりまして」
そう言いながらEMANONは自分の腕を取って少女に見せます。
「このように部品を繋ぎ合わせて、今ではピアノを弾けるまでになりました」
「そうだったんですね……でも、よかった。演奏はあなたにとって、とても大切なものだろうから」
表情は読み取れませんが、EMANONはどこか遠くを見るように語り始めます。
「いいえ。これは私の贖罪なのです」
「贖罪……?」
「私が弱い人間だったから、悪魔につけ入れられ、その結果、多くの人の命を奪ってしまいました」
「でも……それは」
「どのような理由があろうとも、私は大切なお客様の生命を奪ったことに変わりありません」
EMANONは再び、ピアノに向き合い、ゆっくりと演奏を始めます。
それはどこか物悲しくも、懐かしさを覚える、そんな曲でした。
「だから、私は弾き続けるのです。亡くなられた方々の魂が静かに眠れるように」
「鎮魂歌ですか……」
「……悪魔と取引しても構わない」
「え?」
EMANONが言った言葉。
それは少女が彼に言ったものでした。
「己の望みを叶えるために悪魔に頼るなんてことはおすすめしません。この私が言うのですから、間違いありませんよ」
EMANONは冗談のように少し笑いながら言いました。
彼の言葉に少女は返す言葉もなく、ただ彼の演奏を聞くことしかできません。
「しかし、久しぶりのお客様です。たまには明るい曲でもお弾きしましょうか」
「あ、あの! EMANONさんのお話、なんて言えばいいかわかりませんが……」
少女は言葉を選んでいるのか、少し途切れ途切れになりながらも自分の言いたいことを話します。
「わたし、間違ってました。誰かの力で望みを叶えるのは違うって」
「ええ」
「だから、その……悪魔じゃなくて、あなたの力を借りたいんです」
「……?」
「わたしに、ピアノを教えてください!」
「私が、貴女に?」
それはEMANONにとって、思いも寄らないことでした。
「私は悪魔ではありませんが、このような見た目ですよ?」
「関係ありません。だって、EMANONさんの演奏、すごく素敵だから!」
「はは、光栄ですね。褒めていただけたのは本当に久しぶりですよ。ですが、よろしいのですか?」
「え?」
「私は多くの人の命を奪った……そう、人殺しのようなものだ。私にそんな資格は……」
EMANONの口から出た言葉に少女は躊躇することなく力強く答えます。
「構いません。だってそれは、あなたが望んでいたことじゃないんですから」
「……」
「あっ……その、でも嫌なら無理にとは……」
「構いません。人に教えたことがありませんから上手にできる保証はありませんが」
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、これもある意味償いかもしれません」
ピアノを教えてもらうことが決まり、少女は嬉しくて何度も何度もEMANONに頭を下げて感謝を示しました。
この日から少女はピアノを習うために廃墟を訪れるようになったのです。
少女が廃墟に通うようになって数日が経ちました。
最初は暗い森の道を怖がっていた少女も、何度か通ううちに慣れたようです。
「では、聞かせてもらえますか」
EMANONの合図で少女はピアノを弾き始めます。
その演奏を聞きながら、EMANONはうんうんと満足そうにうなずきました。
「本当にうまくなりましたね。こうして結果が見えると教えがいがあります」
「EMANONさんのおかげですよ。教え方がうまいんです」
「正直、ここまでくれば私から教えられることはほぼありませんね」
EMANONの話を聞いて、少女は飛び上がるように席から立ち上がります。
「ま、まだ教えてほしいことあります! わたしなんて、まだまだなんですから!」
「そうでしょうか。私から見ても十分、上手だと思いますよ。貴女はもっと自信を持つべきですね」
「で、でも、まだまだなんです! だからここへは、これからも通いますから!」
「それほど必死になるとは。なにか別に理由があるのではないですか」
「そ、それは……」
全てを見透かしたようにEMANONは、じりっと少女に詰め寄りました。
「隠し事をするのなら、練習は今日までにしますよ?」
「わ、わかりました、言います!」
少し気まずそうに少女はEMANONの顔を見ながらもじもじと話しました。
「EMANONさんを解放する方法を、探してたんです……」
「おやおや……これはたまげましたね」
予想もしていなかった少女の言葉にEMANONは困ってしまいました。
まさか、少女が自分のためにそんなことを考えていたとは思わなかったからです。
「ずっとこのままなんて、あんまりだから……わたしにできる恩返しなんて、それくらいしか、思いつかないし……」
「そういうことでしたか。私が貴女に教えているのはただの親切心。だから、気にする必要はありませんよ」
「で、でも! 悪魔との契約をなんとかすれば!」
「私の魂が留まっているのは悪魔の契約が原因ではないのです」
「えっ!?」
EMANONはホテルだった廃墟を見渡すように視線を向けました。
「私はいつまでも償い続けます。それが、私の責任なのですから」
「な、何年も弾き続けてきたんですよね!」
EMANONはホテルが廃墟になってしまうほどの年月を掛けて演奏を続けてきました。
少女はそれを見てきたわけではありませんが、簡単に想像できることです。
「そんなに苦しんできたのに……もう、自分を許してあげてください。十分じゃないですか!」
「……いいえ、そうはいきません。こればかりはね」
「EMANONさん……」
「さて、次の曲は何を?」
少女は少し不服そうにしながらも、持ってきた楽譜を広げました。
それはずいぶんと古いもので、状態は良いですが見た目から年季が入ったものだとわかります。
「おや、いつもの楽譜とは違いますね」
「実はこれ、家にあった楽譜なんです。でも難しくて今まで一度も完走できなくて……」
「なるほど。練習を重ねてきた今の貴女なら、それも弾けるかもしれませんね」
「はい。そう思って持ってきたんです。聴いてもらえますか」
「ええ、もちろん」
少女が集中するようにすうっ、と深呼吸するとピアノの演奏を始めます。
すると、EMANONは体を小さく震わせて驚きました。
「何故……この曲を……」
「ああっ! またここで失敗した……」
途中で失敗してしまった少女は悔しそうにまた最初から曲を弾き始めようとします。
「待ってください」
しかし、EMANONはそれを止めました。
その理由がわからず、少女は不思議そうに彼からの言葉を待っています。
「……その楽譜を見せていただけますか」
「は、はい、どうぞ。崩れやすいので気をつけてくださいね」
EMANONは少女から渡された楽譜を丁寧に一枚ずつ確認していきました。
「まさか、これは……」
懐かしむように楽譜を見るEMANONに少女はその曲を知っているのかを尋ねます。
「EMANONさんも知ってる曲なんですか?」
「……いえ。それよりも、この楽譜をどこで手に入れたのかが気になりますね」
「それは家にあったご先祖様の遺品なんです。大切な友人が作曲したものらしくて、とても大事にしていたそうなんです」
少女の話を聞いて、EMANONは静かに笑い、誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやきます。
「……なるほど。相変わらず字が汚いですね」
「え? なんて?」
「いえ、なんでもありません。それはそうと、この曲は私の記憶が確かなら、曲名がなかったはずなんですが」
楽譜には、『Reverberate』という曲名が書かれていました。
「ご先祖様がつけた名前なんですよ。意味までは知らないんですけど……あれ? でもどうして曲名がないことを知っていたんですか?」
「なに、その当時よく弾かれていたものだったんですよ」
EMANONは改めて少女の顔を見ました。
そこにはかすかに彼のよく知る“彼女”の面影が残っていたのです。
「……先ほど失敗したところですが、こう弾いてみてはいかがですか」
「でも、また失敗するかも」
「その曲を弾けるだけの力は、もう身についているはずですよ。あとはちょっとしたコツだけ。さあ、自分を信じて」
「……はい!」
EMANONに教えてもらいつつ、失敗した場所はEMANONが何度も丁寧に教えました。
あー、なるほど、と少女が感心しながら、少しずつ曲を弾けるようになっていきます。
そして、数時間後。
ようやく曲が弾けるようになってきた少女は次こそ通しで弾こうと意気ごみます。
「よーし、今度こそ!」
パンパン、と少女は頬を叩いて気を引き締めました。
その後ろでEMANONは彼女を信じて、優しく見守ります。
そして、少女は呼吸を整えピアノを弾き始めました。
廃墟の中に響き渡る少女のピアノ演奏。
しっかりと楽譜を見つめて演奏をする少女を、EMANONはただ静かに、耳を傾けます。
「ああ、懐かしい……」
この曲は、EMANONが何度もホテルで弾いた、彼が作った曲でした。
なにも見ずとも弾くことができるほど、思い入れのある曲。
かつては自分が演奏して、このホテルだった場所に響かせていたことを思い出します。
EMANONは閉じていた目を開けて、懐かしみながら周囲を見渡しました。
「おや……貴方たちは」
他の人から見れば、そこにはなにもないただの廃墟が広がっているだけ。
ですが、EMANONの前にはたくさんの人々で賑わう、あの頃のホテルの光景が映し出されていました。
その中にはいつか、手を取り合ってホテルで働いていた“彼女”の姿も。
「また……貴女の前で披露できるとは……」
ガラクタで繋ぎ合わせていた身体が、足元からなんの音も立てず、崩れ始めました。
自分が消えていく中でも、EMANONはただ演奏の邪魔にならないよう、崩れるのなら静かにと願います。
少女の演奏を聞きながら、EMANONは様々なことを考えました。
魂として限界を迎えたのか。
それとも自分が許され、自分を許したのか。
なぜ、今、この時なのかと考えましたが、EMANONに真実はわかりません。
ただ、わかっていることは。
これが自分の最期なのだということだけでした。
「悪魔がいるのなら、きっと神もいるのでしょうね。神よ、感謝いたします……この曲を紡いでくれたのが、彼女“たち”でよかった」
確実に崩れていく身体、せめて腕だけでも最期まで残ってほしいとEMANONは願います。
「ああ、やっと思い出しました。そうだ、私は――」
少女の演奏が終わり、廃墟に再び静けさが戻ります。
「わぁ! 初めて最後まで弾けました! EMANONさんのおかげ――」
最後まで弾けたことに喜びながら、少女は嬉しそうにEMANONを見ます。
「EMANONさん……?」
でもそこにあったのは、物言わない、ただの機械の部品が残っているだけでした。
人里離れた森の奥に一軒のホテルがありました。
このホテルにはひとつ、噂話があるのです。
『有名なピアニストがオーナーとなって、時々、客の前で演奏をしている』
そんな噂を確かめようと、このホテルを訪れる人々はあとをたちません。
今日もまた、ホテルのロビーにはたくさんのお客さんが訪れていました。
そこには立派なピアノが置かれ、ひとりの女性が演奏をしています。
「彼女がこのホテルのオーナーか」
「ええ、そうみたいですよ」
「なんと、心に響く音色だろう……」
演奏を聞きながら、彼女の話をするお客さんたち。
出てくる話題といえば、その名に恥じない素晴らしい演奏の数々でした。
ひとしきり演奏が終わると、彼女はお客さんたちに一礼します。
それを合図にお客さんたちからは大きな拍手が上がりました。
すると、ひとりの女の子が彼女の元へと駆け出します。
「ママー!」
「あら、また来ちゃったの。大人しくしてなさいって言ってるのに」
駆け寄ってきた女の子を抱え上げ、女性はピアノの前に座ります。
「ねえ、またあの曲聞かせて!」
「ええ、もちろんいいわよ」
そう言って女性が演奏し始めた楽譜には、『Reverberate』と書かれていました。
女性が演奏を終えると、女の子は満面の笑みで素直な気持ちを伝えます。
「わたし、この曲大好き!」
「ママも大好きよ。これは大切な思い出の曲だもの」
「ねえねえ、ママ! あのお話、また聞かせて!」
「いいわよ、どこから話しましょうか」
「えーっとね、最初から!」
「ふふ、いいわよ……」
女性はホテルのある一角へと視線を向けます。
そこに飾られていたのは、機械の部品で組み上げられた一体のお人形さんでした。
女性は、穏やかな口調でどこか懐かしむように昔話を始めます。
――人里離れた森の奥。
誰も寄り付かない廃墟がありました。
その廃墟にはひとつ、噂話があったのです。
『夜な夜な、廃墟からピアノの音が聞こえてくる』
その噂話を確かめようと、ひとりの少女が廃墟を訪れました。
これは少女が体験した、不思議で奇妙なお話です。
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チュウニズムな名無し
212022年06月18日 08:00 ID:q1cmhqlz素敵すぎる
歌う雨音を思い出した
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チュウニズムな名無し
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チュウニズムな名無し
182022年06月13日 10:48 ID:rifkqqwkEPISODE7で少女がピアノを弾くところからReverberateを流しながら読むと、エモい気持ちになるのでぜひ。
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チュウニズムな名無し
162022年06月12日 09:30 ID:om3ddq9wあの曲と譜面は、このストーリーありきのものだと思うと悪くないなって思える。
だって努力の果てにやっと弾けるようになる楽譜だもん、簡単には演奏できんわな
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チュウニズムな名無し
152022年06月11日 20:16 ID:abqzd382宍戸さんを超えるレベルのクオリティ
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チュウニズムな名無し
142022年06月10日 22:38 ID:aiyfifpw伏線は言い過ぎたかもな、Deemo感あるストーリー読んでてそういえばNEW稼働開始の時のコラボもウニ側には移植1曲で終わったしArcaeaみたいな大きいコラボDeemoかCytusでも欲しいな〜って思った
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チュウニズムな名無し
132022年06月10日 17:14 ID:id96emaaこの女の子のご先祖様がとろまるさん…?(野暮)
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チュウニズムな名無し
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チュウニズムな名無し
112022年06月10日 16:40 ID:p4mmaxv1このストーリー読むと読まないとじゃ、譜面や曲に対する考えが変わるな
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チュウニズムな名無し
102022年06月10日 12:34 ID:aiyfifpwわかる、キャラ見た時からDeemo感あると思ってたし今度こそちゃんとしたDeemoコラボ開催の伏線だったりしないのかな、、と思った