たい焼き・エピソード
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たい焼きのエピソード
人々に幸運をもたらす福の象徴。
いつも兄・どら焼きにくっついていて離れない。
実は大のお祭り好き。
Ⅰ 怪談
「たい焼き…たい焼き、早く起きて、さんまの塩焼きの奴め今日、僕たちを実習に行かせるってさ、丁度いい、遊びに出かける機会だ!」
「じ、実習?」
聞き慣れた声が聞こえる。目を開けると、そこにあったのは兄様の見慣れた顔。
「ああ!だがそんなの、実はどうでもいい。せっかく夏だし、蝉取りしようぜ!」
兄様は興奮気味にあたしに何か話した。
安心したのでまた眠気が襲ってくる。あたしはまた目を閉じた。
夏か…お祭りやらないかな…
兄様はそう言いながら、あたしの体を揺さぶった。
「大丈夫、ただ眠れなかっただけ。」
再び眠りの淵から起きたあたしは、また昨日の夢を思い出していた。
暗くうっそうと茂る森の中で、巨大な影に追い回され続ける夢。
真っ赤な目、鋭い牙、恐ろしい化け物があたしを呑み込もうとする。
逃げなくちゃ……
昨夜、あんな本を読むんじゃなかった。
今回の地点は鳥居私塾から少し離れた森の中。
道端の草が風で揺れても、あたしは怖くなって兄様の手をぎゅっと握った。
「たい焼き、本当に大丈夫か?」
兄様はあたしの様子がおかしいのを心配して、額に手を当ててくれた。
「大丈夫よ、兄様、心配しないで、これはただ……」
夏の怪談っていうのはお祭りにつきもの。あたしが知っているのはそれだけだった。
だから、お祭りと同じくらい楽しいものかと思った。
だけどその本を読んでみたら、描かれていた恐ろしい化け物の姿がありありと目に浮かんで、一晩中眠れなくなってしまったのだ。
昼間になって、やっと落ち着けた。
だけどここの景色は、あの怪談で語られていたのとそっくり。あたしの心の奥で一度は鎮まりかけた恐怖が、また甦ってきた。
「兄様、堕神って恐ろしい生き物なんでしょ?」
「なーんだ、そんなことか、堕神なんて来ても、兄ちゃんがいるから大丈夫!」
兄様はあたしの髪を撫で、いつも通りの勇ましい口調で言った。
「でも……さんまの塩焼きさんがあたしたちを守ってくれるよね?」
兄様を安心させるために、あたしはそう言った。
「フン!さんまの塩焼きなんて大したことない奴さ。」
兄様は突然怒りだした。さんまの塩焼きさんのことを話すと、いつもこう。
「あんな奴に頼らなくても僕はたい焼きを守ってみせるさ、お前は僕の誰より可愛い妹なんだから。」
「うん。」
兄様が突然笑顔を見せたので、あたしもそう答えた。
兄様の笑顔は無敵だ。あたしの不安はたちまち晴れてしまう。
兄様の手の温もりが髪の毛から、全身に伝わってくる。
うん、兄様がそばにいれば、何も怖いことなんてない。兄様はいつでもあたしを守ってくれるから。
Ⅱ 願い
「暗くなる前に、しおりにする植物が見つけられなくても、ここに戻ってくるんだよ、いいかい?」
さんまの塩焼きさんがあたしたちに言った。
今回の内容は森の中で様々な植物を取ってくること。
道中の様子がおかしかったあたしを、さんまの塩焼きさんは集合地点に残した。
兄様がいなくても、さんまの塩焼きさんがそばにいればあたしは安心だった。
さんまの塩焼きさんはいつもそばに連れている猫の小夜を抱き、その視線は何かありげに森の奥を見つめている。
「さんまの塩焼きさん、どうかしたんですか?」
あたしはさんまの塩焼きさんの膝に乗った小夜と、後ろで縮こまる蜜柑を見て、さんまの塩焼きさんの隣に座った。
「昔のことを思い出していただけですよ。」
さんまの塩焼きさんの懐に抱かれた小夜が、その時ちょうど欠伸をした。
「昔?あたしと兄様がここに来たばかりの頃のこと?」
「うん、いろいろと……」
さんまの塩焼きさんは小夜のふかふかの頭を撫でた。小夜は気持ちよさそうに眠って、すやすやという寝息でそれに答える。
重々しい雰囲気。
広々とした森の中に鳥の鳴き声と小夜の寝息だけが響き、あたしもだんだんと睡魔に襲われて、思わず目を閉じた。
「あの子たちがもし、自分の大切なものを守れるのなら、すべては報われる。そうだろう?」
朦朧とした意識の中で、あたしはさんまの塩焼きさんがそういうのを聞いた。それはあたしに対しての言葉だろうか?それとも小夜?
或いは、さんまの塩焼きさんの独り言かな?
「大切なものを守る……」
あたしは目を開けて、よくわからないままさんまの塩焼きさんの言葉を真似てみた。
深い意味がありそうだったけど、どういうことだろう?
「聞こえたの?」
さんまの塩焼き先生はあたしに、優しげな笑みを浮かべた。
「うん、でも、あたし……意味はあんまり。」
あたしはうなだれて、前足をなめる小夜を見ていた。
「今はそれでいい、いつかわかるさ。」
さんまの塩焼きさんは淡々とそう言ったが、あたしはその言葉に、何か寂しげなものを感じ取った。
Ⅲ 危険
みんなが戻るまでまだしばらくある。
先程まで落ち着き払っていたさんまの塩焼きさんが、珍しく慌てた様子で何か探している。
「さんまの塩焼きさん、どうかしたんですか?」
「蜜柑がいない…」
さんまの塩焼きさんは声までいつもとはうって変わって慌てふためいている。
あたしはさんまの塩焼きさんを尊敬しているので、何かあったなら、ぜひ力になってあげたい。
「蜜柑!蜜柑!」
さんまの塩焼きさんが名前を呼んでも、あの茶虎の猫はなかなか現れない。
さんまの塩焼きさんは、猫がどこかへ行ってしまったので慌てているらしい。
あたしはさんまの塩焼きさんの力になれるかもしれない、そう、初めてここへ来た時と同じように。
「さんまの塩焼きさん、あたしも一緒に行く。」
怖がりな猫だ。今頃どこかで怯えているに違いない。
「でも…」
「大丈夫、あたし、もう完全に復活しましたから!」
あたしの声は自分が思っている以上に元気いっぱいだった。
「じゃあ頼んだよ、たい焼き。」
さんまの塩焼きさんはしばし考えて、一言付け加えた。
「だけどあまり遠くへ行ってはいけないし、暗くなる前に帰るんだよ。」
「わかりました。」
そう答えると、あたしはさんまの塩焼きさんのそばを離れた。
「大丈夫、何も起こらない。」
あたしは自分を励ましながら、一歩一歩歩いていった。
「ミャウ……」
弱弱しい声がした方向に、茶虎の猫の姿が見えた。
小さな体は縮こまって、何かに怯えているようだ。
あたしは臆病者の蜜柑を抱き上げ、優しく頭を撫でた。
「蜜柑、怖がらないで、さんまの塩焼きさんのところへ連れて帰ってあげようね……ん?ここはどこ?」
あたし、道に迷っちゃったの?
目の前に広がるのは見たこともない景色……
恐ろしすぎて周りを見ていなかったから、方向を見失っちゃったんだわ。
もう日は傾きかけている。みんなやさんまの塩焼きさんと約束した時間ももうすぐ。
あたしが途方にくれたので、懐に抱かれている蜜柑までもが怯えだした。
兄様……さんまの塩焼きさん……どこ?
怖いよ……
あたしは蜜柑を抱き、帰り道をあちこち探しまわった。
大丈夫、兄様がきっと探しに来てくれる、これまでみたいに。
あたしは自分を慰め続けた。
だけど闇が辺りを覆いつくした時、あたしは思わず涙をこぼした。
死んだような静けさが、あの怪談を思い起こさせる。
さらに絶望的なのは、堕神が現れたことだ。
怪談に出てきた化け物と同じくらい、凶暴で恐ろしかった。
あの悪夢が、まさか本当に目の前に現れるなんて!
ダメ、怖がっちゃ…あたし…
あたしは蜜柑を胸に抱いたまま、何もできないでいた。
「大丈夫か?」
見慣れた影があたしの目の前に立った。
涙でぼやける目でよく見ると、あたしを庇う、いつもの頼もしい人影。
そう、あたしの一番好きな兄様。
Ⅳ 守護
「たい焼き、泣くな、兄ちゃんに任せろ!蜜柑を抱いて南に逃げるんだ、森を抜けて東へ向かえば、鳥居私塾だ。」
兄様はあたしに振り向かずにそう言った。堕神からあたしを守ろうとしているその背中。
恐怖と絶望で動かなくなった体が、兄様のお陰で再び動くようになった。
あたしは兄様に言われたように南の方向へ走り去り、曲がろうとしたその時、地面に倒れた兄様の姿が見えた。
今まで遭遇したのよりずっと強大な堕神だった。
昨夜の夢の中で見た景色が、目の前の景色と徐々に重なる。
このままじゃ……兄様が堕神に殺されちゃう!
悪夢を現実にしてはならない。あたしが何とかしなくちゃ!
今までも今回も、兄様はあたしを守ってくれた。
だけどこれは、今までになかったような危機。
助けてあげたかったけれど、堕神の姿に、あたしは思わず怪談の筋書きを思い出した。
あたしの体はガクガク震え始めた。だけど、恐怖を何とかこらえて、兄様のそばへ駆け寄った。
だ……ダメ!兄様がやられるのを、みすみす見守るだけなんて!
なぜなら……あたしの誰より大事な……兄様だから!
いつもいつも、あたしを守ってくれた兄様。今度は、あたしが兄様を守る番だ!
「バカ!戻ってくるなって!」
地面に這いつくばった兄様があたしに向かって叫ぶ。
あたしには、兄様を助けたい以外の思いはなかった。
あたしは突っ込んでいって、兄様への愛で堕神の爪を振り払った。
だけど、相手の動きを封じることはできず、鋭い爪は相変わらずすぐそばにある。
恐ろしくて逃げ出したかったけれど、あたしは何とか持ちこたえた。
白い光の刃が目の前を横切った。
鋭利な日本刀が堕神に襲い掛かり、その鋭利な爪を斬る。
「さんまの塩焼きさん!」
「……まさかあんたに助けられるとはな。」
兄様はよろよろと立ち上がった。
なぜか、いつもさんまの塩焼きさんなのだ。
さんまの塩焼きさんに助けられても、兄様は嬉しくないようなのだ。
「大丈夫、こいつは僕に任せて、二人は蜜柑を抱いて先に戻っていて。」
さんまの塩焼きさんは刃を振るいながらあたしと兄様にそう言った。その口角は少し上がり、何やら機嫌がよさそうだ。
それから、無事鳥居私塾に戻ると、あたしはさんまの塩焼きさんに聞いた。
「さんまの塩焼きさん、何かいいことでもあったんですか?」
「いや、何でも。」
さんまの塩焼きさんは蜜柑を抱き、あたしと兄様に淡々と言った。
「フン、いつか強くなって、あんたに頼らなくてもたい焼きを守れるようになってみせるさ。」
兄様は不機嫌そうに顔を背けた。
「うん、それは楽しみだね。」
さんまの塩焼きさんの淡々とした語気の中には、喜びが溢れていた。
その光景に、あたしはふとさんまの塩焼きさんの言葉を思い出した。
そうだ、あの時もそうだった…
あたしが守りたいのは、結局兄様なんだって!
兄様には欠点も、子供みたいなところもたくさんあるけれど、この世界であたしにとって誰より大切でかけがえのない「家族」なんだって。
Ⅴ たい焼き
兄がいれば、何も怖いことはなかった。
妹を永遠に守り、誰にも手出しさせないことを誓っていた。
たい焼きは兄にべったりで、兄の庇護のもとで何不自由なく暮らしていた。
どんな危機も、兄が救ってくれると思っていたのだ。
二人は、いつもくっついてあちこちへ出かけた。
春は遠足、夏は蝉取り、秋は紅葉狩り、冬は雪遊び。
二人はいつも一緒にいたので、世間知らずだった。
人の世の辛さを知らなかった彼らに、その日、事件が起こった。
「兄様、そろそろ帰ろうよ。」
たい焼きが兄を呼ぶと、微かな猫の鳴き声だけが聞こえた。
その方向を見やると、木から下りられなくなった猫がいる。
とても小さな、全身が雪のように真っ白な猫で、尾と爪先、それに頭のてっぺんだけが黒い。
幼すぎて、木から下りるのがうまくできないらしい。
たい焼きは木登りは上手ではなかった。
だけどいたいけな猫の目を見て、思わず同情の心が湧いた。
「兄様は木登りが得意なんだから、同じ食霊のあたしも、きっと大丈夫。」
そう思って、たい焼きは恐る恐る木に登り始めた。
たい焼きは力を振り絞って、何とか上まで登った。
猫を懐に抱きとり、落ち着かせる。
だが次の瞬間、自分も木から下りられなくなっていることに気が付いた。
幸いなことに、心配性のどら焼きがすぐに、妹がいないことに気が付いた。
しばらく捜し回って、ついに木から下りられなくなっているたい焼きと猫を見つけた。
「たい焼き、まず猫を手放せよ、僕が後で助けてやるからさ。」
木登りが得意な兄は、すぐ木の上へやって来た。
たい焼きはすぐに地面に下りることができたが、猫は怯えてしまって、さらに木の上のほうへ登ってしまった。
「ああ、そっちはもっと危険なのに。」
たい焼きは心配そうに猫を見つめた。
「大丈夫、僕がついてるさ!」
どら焼きは素早くそこまで登ると、猫を懐に抱きとった。
「どうだ?兄ちゃん、すごいだろう?」
どら焼きは嬉しそうに地上にいる妹に言った。だが猫は相変わらず怯えて暴れている。
「バキッ!」
高いところの細枝がどら焼きの重量に耐えられず、一気に折れた。
「兄様!」
たい焼きは思わず駆けよった。
たい焼きが何か考えるより先に、次の瞬間、人影が飛び出してきて、どら焼きを受け止めた。
「ミャ――」
どら焼きの懐に抱かれていた猫は、日本刀を持った青年に飛びつき、嬉しそうに体をこすりつける。
「大丈夫?」
その青年は優しい声で言った
「小夜を助けてくれて、ありがとう。」
そう言いながら、どら焼きが抱えていた猫を指さした。
「おい!下ろせよ!」
妹の前で知らない人に抱かれているどら焼きは、恥ずかしいのか苛立ってさんまの塩焼きの懐から逃げようとした。
「兄様、助けてもらったんじゃない、お礼を言わなきゃ。」
一部始終を見ていたたい焼きはただ嬉しそうに笑って言った。
どら焼きは恥ずかしそうに自分を抱き上げた人を見て、そっぽを向き、小さな声で言った。
「あ…ありがとう…」
これが彼ら兄妹とさんまの塩焼きとの出会いだった。
この短い出会いが、その後の長い関係の始まりだった。
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