愛野 ヒカリ／サンシャインサマー

　弾ける笑顔とエネルギッシュな歌声とダンスで今注目度ナンバーワンのＤＩＶＡ『愛野　ヒカリ』。

　２ｎｄＬＩＶＥツアーで披露した『最愛テトラグラマトン』はそれまでのヒカリのキュートな魅力だけではなく、内に秘めるパワーを感じさせる骨太な楽曲であり、新たな層のファンを獲得することに成功した。

　特に、夜中のテンションで書き上げたというような歌詞は中学生のように瑞々しい感性を持つファンの心を見事に射抜いたのである。

　新たなるステージを自らの手で切り開いたヒカリ。

　だが次なる伝説は一筋縄ではいかないようだ。

　「え？　無人島を貸し切ってＬＩＶＥができる！？　本当ですか？　マネージャー！」

　「うん……だけど、それには超えなくちゃいけない試練があるんだ」

　マネージャーはある番組の企画書をヒカリに見せた。

　「『アイドルファイトｉｎ真夏の無人島　～ドキドキ美少女がキャッキャうふふ～』……ですか？」

　企画書に因ると、とある無人島に今注目の若手女性アイドルたちが集められ、そこで勝負をする。

　その勝負に勝ち抜いた１人だけが、無人島で独占ＬＩＶＥを行えるというのだ。

　問題の勝負の内容は……。

　「必ず水着を着用して、ウォーターガンを持ち、頭には紙風船をセットする。自分以外の選手の紙風船をドンドン撃ち抜いていって、最後まで立ってたアイドルが優勝ってわけ」

　「なるほど！　シンプルで分かりやすくていいですね！」

　「ちなみにウォーターガンはスタッフが用意したものを使用しないといけないけど、水着は各自で用意していいそうだ……つまり、ここで求められているのは」

　マネージャーは当然『アイドルとしての喜ばれる絵や振る舞いがポイントになる』というようなアドバイスをヒカリにしようと思ったのだ。

　けれど、自分に厳しく、勝敗に厳しく、何より価値観のズレが人より厳しいヒカリに、マネージャーの言葉は届かなかった。

　「分かります……このアイドルファイトで求められるもの……それは即ち、精密性と機能性、機動力、そして持久力ですね！」

　「えっ！？」

　「私、持久力にはそれなりに自信がありますけど、その他はまだまだだから……特に精密性は、もっとトレーニングをしないと！」

　「あの……ヒカリちゃん？」

　「私、早速射撃のトレーニングに行ってきます！　……とりあえずはアメリカにＧＯ！　ＧＯ！」

　「あっ！　ヒカリちゃーーんっ！」

　走り出したヒカリを見てマネージャーは溜息をついた。だけど一度スイッチが入った彼女を止めることは容易ではないので、放っておくことにした。

　――すぐにヒカリは一人前の戦士として成長した。恐らく天性の動物的センスと身体能力の賜物だろう。

　しかし、ヒカリは強さを得たことで同時に自分の限界にも気が付く。

　（ダメ、私独りでは、これ以上強くなれない。……でも私がイメージした『最強』の座は、まだ遠い。……いったいどうすればいいの！？）

　悩むヒカリの前に、１人の男が現れる。

　「……お困りのようだな。お嬢ちゃん」

　「あっ！　貴方は……！」

　ヒカリの前に現れた男は、彼女を救う神なのか？　それとも死地に誘う悪魔なのか！？

　次回『れっつ特別レッスン！　Ｉｎ富士の樹海』。

　……アイドルは戦わなければ生き残れない！

　「……お困りのようだな。お嬢ちゃん」

　「あっ！　貴方は……！」

　戦士としての成長に思い悩むヒカリの前に現れた１人の男……彼の正体とは！？

　「……いつも私のＬＩＶＥの最前列でペンライトを振ってくれるおじさん！！」

　そう、彼はヒカリがデビューした当初から応援してくれているコアなファンの１人だった。

　そしてヒカリは気が付いていた。

　彼の振るペンライトのキレの良さは、他のファンとは何か違うと……。

　「フッ……いつか俺の力が必要になる時が来るんじゃないかと思っていたよ……ヒカリ、強くなりたいんだろう？」

　「は、はい……それはそうなんですけど」

　戸惑うヒカリに対し、おじさんは無言で懐からモデルガンを抜き構えた。

　そしてそのまま、木から落ちる木の葉のド真ん中を撃ち抜いたのである。

　（そんな！　あの距離を……しかもあんな小さな木の葉を正確に撃ち抜くなんて！）

　「おじさん……貴方はいったい」

　「フッ？　俺か？」

　おじさんの眼帯で隠されていない方の瞳が光る。

　「……昔は『サーペント』と呼ばれていたな」

　「あ、貴方が伝説の傭兵サーペント！？」

　『サーペント』……その名をヒカリは各国を巡る修行の途中で何度も耳にした。

　曰く『超大型の歩行戦車を破壊した』『幾つもの武装組織を壊滅に追い込んだ』……など、彼にまつわる伝説は枚挙にいとまがない。

　「……おじさんがサーペントだったなんて！」

　けれどおじさんの射撃の技術を見せられた以上、ヒカリは疑うことなどできなかった。

　「私、サーペントはとっくに亡くなっていたと聞きました……」

　「なぁに、確かに老いぼれちゃいるが、まだお迎えが来るには早い……最も、流石に現役は引退してな。今はアンタのＬＩＶＥに通うのが生き甲斐の爺だよ」

　サーペントはニヤリと笑った。

　「……あと、俺にはもう一つ生き甲斐があってな。それは才能ある若者を鍛えるということだ。ヒカリ……強さが欲しいか？」

　「……はいっ！」

　「俺は推しのアイドルといえど手加減はしないぞ？　……それにお前が挑もうとしている番組の収録本番までに、お前が仕上がるとも限らない……。それでもやるか？」

　「はいっ！　よろしくお願いしますっ！」

　ヒカリには一瞬の迷いも無かった。

　「そうか……ならば真の強さをくれてやろう！　俺について来い！」

　――それからヒカリとサーペントは富士の樹海に籠ってキャンプ生活を送った。

　サーペントの訓練はヒカリの想像を遥かに超える厳しいものだった。

　だが、サーペントの試練を１つクリアするごとにヒカリの中に新たな力が芽生えているという強い実感もあった。

　――そして、運命のアイドルファイト収録本番当日。

　（ヒカリちゃん……何をやっているんだよ）

　ヒカリは集合時間になってもやって来なかった。他のアイドルはすでに揃っているのにだ。

　現場となる無人島への船便は１日に１本しかない。

　『もはやヒカリは棄権するしかないのか？』……マネージャーが諦めかけたその時。

　「すみません！　遅くなりました！」

　「ヒカリちゃん！　……そ、その姿は！？」

　振り返ったマネージャーは、走り寄ってきたヒカリの姿を見て絶句した。

　彼女は明らかに以前と異なってた。

　主に露出度が。

　「ヒ、ヒカリちゃん……その水着……というか、もはやそのヒモはいったい？」

　「ああ、これですか？　これが一番空気抵抗が少ないんです！　今回の闘いに相応しいでしょう？」

　そう、勝負を前にしたヒカリに羞恥心など無かった。

　……もしかしたら、元から存在しなかったのかもしれないが。

　「さあ！　行きましょう！　そして勝ちましょう！」

　ついに始まるアイドルファイト！

　羞恥心を超え、新たな力を手にしたヒカリは勝ち残ることができるのか！？

　次回『対決！　謎の覆面アイドル』。

　……アイドルは戦わなければ生き残れない！

　ついに始まったアイドルファイト！

　浜辺で色とりどりの水着を披露するアイドルたちの姿は、まるで南国に咲く花のようだ。

　フリルをふんだんにあしらった可愛らしい水着。

　食い込みの激しい刺激的な美を強調した水着。

　……それぞれが自分の魅力を一番引き出せると判断した水着を着用している。

　ほとんどのアイドルたちが考えていることは同じだった。

　『アイドルファイトといっても、やっぱり可愛い姿をアピールしないと！』

　『そしてちょっとお色気も出していかないと！』

　……概ねこんな、ゆるっとしてフワっとした感じだ。この腹積もりは至極真っ当であり、恐らく番組制作陣の思惑とマッチしていたものだろう。

　ところがこの島には獣の性を秘めたアイドルが存在する。

　「――アイドルファイト、レディ・ゴーッ！！」

　審判の合図と共に、アイドルたちが黄色い声をあげながら緩やかに逃げ回る。

　しかし……。

　「遅いっ！」

　そんなゆるフワなアイドルたちは、瞬時にヒカリの放った水弾の餌食となった。

　「そんな動きでは弱ったガゼルすら倒せませんよ……」

　「なっ！？　何あの子！？」

　１人だけ動きの違うヒカリに、他のアイドルや番組スタッフ、それにほんのりお色気要素を期待していた観客たちは唖然とした。

　「さあ……どんどんこの調子でＫＩＬＬしますよ！」

　「！？」

　ヒカリの言葉を聞いた他のアイドルたちは、ようやくここが戦場だと理解した。

　だが、時すでに遅し。

　ヒカリは有象無象のアイドルたちを次々と葬っていった。

　正確無比の射撃は相手の風船を一発で破壊する。

　無人島を駆け回る彼女は肉食獣の美を有していた。

　また直接相手を攻撃するだけではない。

　ヒカリは森に逃げ込んだアイドルたちを捕らえるようにトラップを無数に仕掛けておいたのだ。

　「ちょっ……！？　ここまでやるの！？」

　トラップで逆さ吊りになったアイドルから悲鳴が上がるが、ヒカリは意にも介さない。

　「勝負とは常に非情なものですっ！」

　ヒカリは身動きの取れなくなった獲物を容赦なく平らげていった。

　ヒカリの戦闘能力はすでに歴戦の傭兵と同等にまで昇華されていた。

　粗方のアイドルは喰い尽くし、このまま勝負は決まったのかと思ったのだが……。

　（……トラップが起動しているのに、獲物がかかっていない？）

　ヒカリがトラップの確認をしようとすると、後ろから殺気を感じる！

　すかさず回避行動をとると同時にヒカリは遠隔攻撃用のトラップを起動するテグスを引く！

　「……ッ！！　避けた！？」

　絶妙なタイミングで放った攻撃を、殺気の主は交わした。

　そしてヒカリと距離を保つと不敵に微笑む。

　「……流石は師匠が見込んだ女ね。ヒカリ」

　女は美しいブロンドだったが、顔の上半分を覆面で隠していた。

　突如現れた謎の覆面美女！　ヒカリは勝利を掴むことができるのか！？

　次回『エクストリームデスマッチ！』。

　……アイドルは戦わなければ生き残れない！

　突如現れた謎の金髪覆面美女。

　大きなリュックサックが特徴の彼女は、ヒカリを見て笑った。

　「……流石は師匠が見込んだ女ね。ヒカリ」

　「師匠……まさか貴女は！」

　「そう、私もあのサーペントに仕込まれた女よ」

　伝説の傭兵サーペント。

　彼の技術を継承された戦士であれば、ヒカリのトラップを交わすどころか、逆に利用しようという発想をしても可笑しくない。

　覆面で顔の半分は隠れていても、ヒカリには彼女が自分と……いや、もしかすると自分以上の強さを秘めた戦士であることが気迫だけで理解できた。

　「貴女……名前は？」

　「『リュック』でいいわよ……戦場で敵対する兵士同士が名を明かすなんて愚の骨頂だわ。余計な情は無用」

　「……そうだね。じゃあリュックちゃん。貴女、相当強いね」

　「それを言うなら貴女もでしょう？　……最初は可愛らしい子猫ちゃんかと思っていたけれど、今回の戦いぶりを見たら、恐ろしい勘違いだったわ。……とんでもない獣だったわけね。チーターちゃん」

　ヒカリとリュック。

　２人は互いに奇妙なシンパシーを抱いていた。

　共に同じ訓練を耐え、同じ強さを有する。

　しかし勝利の女神は１人にしか微笑まない。

　もはやバトルフィールドに立っているのは２人だけ。この戦いを制した者が勝者となるのだ！

　「さあ！　始めましょう！」

　決戦の幕は切って落とされた！

　ヒカリは持ち前の体力、リュックは持ち前の速さを活かす。

　お互いの強さはほぼ互角。バトルは膠着状態になった。

　（くっ……！　リュックちゃん！　どこに隠れたの！？）

　満身創痍となったヒカリ。

　けれど相手も同様のダメージを負っているはずだ。

　注意深く索敵していると……。

　「……もらった！」

　上空からリュックが奇襲攻撃を仕掛けてくる。

　太陽をバックにした攻撃に、ヒカリの視界は封じられ一瞬の、対応が遅れてしまった。

　それでも『チーターちゃん』と謳われた天性の勘を生かし、なんとか身をよじり、頭の風船だけは死守する！

　「外れた！？　でも、これで私の勝利は決まったようなものね！」

　リュックはヒカリの水着の紐を撃ち抜いていた。

　ヒカリの豊かな胸は今にも零れ落ちそうだ。

　普通ならここで水着を庇い、片手、或いは両手が塞がってしまう……リュックはそう予想し、勝利を予感したのだ。

　……だが。

　「……隙ありっ！」

　「な、何！？」

　ウォーターガンを手に取ったその時からヒカリは戦士となった。

　そんな彼女にとって、羞恥心などもはや過去の存在だ！

　ヒカリは大胆にはだけた胸元に１ミリも注意を払うことなく、そのままリュックに向けて必殺のラストシューティング！

　ヒカリとリュック。

　２人の獣勝負の行方は！？　

　ヒカリは無事に勝利を勝ち取ることができるのか！？

　次回『大勝利！　希望の未来へレディ・ゴーッ！！』

　……アイドルは戦わなければ生き残れない！

　ヒカリが放ったラストシューティングは見事にリュックの頭の風船を射抜いていた。

　リュックは一瞬、呆然とした表情を浮かべたが、すぐに自分の負けを理解し、淡く微笑む。

　「負けたわ……素晴らしいシュートだった。ヒカリ、貴女は間違いなく、アイドル最強よ」

　「貴女も凄い速さだったよ、リュックちゃん！　きっとアイドル最速だね！」

　ヒカリとリュックは、どちらからともなく固い握手を交わした。

　共に戦い、フィールドを駆け抜けた２人に余計な言葉は必要ない。

　２人はとっくに心が繋がった強敵（フレンズ）なのだから。

　「ヒカリ……貴女のＬＩＶＥ、楽しみにしてるわ！」

　「うん！」

　予想外に白熱した戦闘が繰り広げられ、その場にいた制作陣の誰もが一瞬、アイドルファイトの本来の目的を忘れそうになっていたが……。

　そう、元々はこの無人島で単独ＬＩＶＥを行う権利を巡る闘いだったのだ！

　栄誉ある優勝者が決まった今、スタッフたちは大急ぎで準備を進めている。

　そして……。

　「無人島まで足を運んでくれたファンのみんなー！　今日は本当にありがとうー！」

　浜辺に作られた特設ステージでヒカリはファンに手を振る。

　衣装は、あの紐……もとい、水着だ。

　マネージャーは『刺激的過ぎないか』と心配したのだが、勝利を掴んだ衣装で大切なＬＩＶＥに挑みたいというヒカリの強い要望で、引き続きこの水着を着用することになった。

　ヒカリはステージの上からファンの顔を一人一人見つめる。

　中にはサーペントやリュックの姿もあった。

　全てのファンに向けてヒカリは最高の笑顔を向けた。

　「……真夏の日差しに負けない、ホットでエキサイティングなサマーソングをお届けするよー！　それでは聞いてください！　『ＮＹＡＮ－ＮＹＡ，　Ｍｏｒｅ！　ラブシャイン、Ｃｈｕ♥』！　れっつにゃもー！」