【黒ウィズ】フェアリーコード2 Story2
フェアリーコード2 Story2
目次
story
学校からの帰り道。コウイチが、ふとそんなことを訊いてきた。
大勢でつるむのは性に合わねーんだよ。ひとりで好き勝手やってる方が楽でいい。
タツマは眉をひそめた。
そんな気配は感じなかった。龍たる彼は天の音には鋭敏であり、雨が降るなら事前に察知できるのだが。
土砂降りだった。コウイチに借りた折り畳み傘を広げると、薄い傘がなんとも心細い悲鳴を上げた。
「この傘に入らない?」って誘うとアレだけど、「この傘どうぞ」なら、「なんていい人!カッコいい!」ってなるだろ?なるの!
嘆息したタツマの眼が、ふと何かを捉えた。
路地の先。傘も差さずに濡れながら歩く、ほっそりとした人影があった。
そう。少年だ。
この土砂降りに融けて消えてしまいそうなほど、細く、淡く、儚げな少年が、雲を踏むようなふわふわとした足取りで歩いている。
不吉というか、不気味というか……見ているだけで、妙に不安をかきたてられる。
コウイチには、そういう感覚はないらしい。コウイチが鈍感なのか、自分の気にし過ぎか……。
考えているうちに、少年は、ふらりと小さな路地に入っていった。
直後、その路地から異様な音色が響いた。
タツマはコウイチを置き去りに駆け出し、路地へと飛び込んだ。
思った通りだ。路地の音が外れ、目に映るものすべてが異様な色で塗り固められている。
そして、あの少年が進む先に、翅音の装甲で身を覆った妖精が立っていた。
タツマは鞄から愛用の笛を取り出し、少年を追い越して暴走妖精に突っ込んだ。
背中に光輪状の麹音を展開し、手にした笛を長い杖に変えて、暴走妖精に鋭いー閃を見舞う。
暴走妖精は意味をなさない声を上げ、タツマヘとつかみかかってきた。
***
でたらめに繰り出される暴走妖精の拳を、タツマは避けもせず、ぞんざいに杖で払った。
なんであれ――龍たる我の敵ではない!)
タツマは杖をー振りした。
笛杖が、唸る風を取り込んで、傲然たる音色を奏でる。
***
タツマのー撃を受け、暴走妖精は砕けて元の音に戻った。
つぶやき――タツマは、ハッとする。
暴走妖精を倒したのに空間が元に戻っていない。それどころか、いびつにねじくれた音が、背後から聞こえてくる。
振り向いたときには、新たに現れた暴走妖精が、あの少年へ飛びかかったところだった。
タツマは杖から球状の翅音を放った。それらは電撃的な速度で飛翔し、少年に喰らいつく暴走妖精へと向かう。
だが、それよりも。
少年がスッと手を上げ、向かってくる暴走妖精に触れる方が、早かった。
音を立てて、音が砕けた。
少年の手が触れた瞬間、暴走妖精の身体が大きく膨らみ――風船の割れるように、弾け飛んでいた。
タツマの放った音球は、暴走妖精の消えたあたりを虚しく貫いていく。
タツマは、ー瞬唖然となり――すぐ我に返って、少年に声をかけた。
少年は振り向き、茫洋と言葉を返してくる。
「君の音は、雷のように強く轟く。だから、小さき音が聞こえない。」
(なんだ――今のは?俺の記憶?俺は、こいつを知っているのか?龍であった頃に――?)
コウイチが路地に入ってきた。気づけば、路地はすっかり元の空間に戻っていた。
タツマはあわてて翅音を消し、杖を笛に戻した。
わけわかんねーけど、とにかく、こいつが普通じゃねーのは確かだ)
story2 荒れ狂う叫び
でたらめに音を撒き散らして、人を襲うんだと。いやはや、怖いもんだねえ。
この異界のドラゴンも、妖精とー緒で、音から生まれた存在なんだよね、と君は尋ねた。
対して竜は、雷(いかづち)の轟き、嵐の雄叫び、雨の怒号といった、天の音から生まれるの。
タツマの意見も聞いてみたい気がするが、血を見そうなのでやめておこう、と君は思った。
実は東京にいた妖精や妖怪ってのは、17年前にみんな消えちまったらしくてな。今いる連中は、わしも含めてその後にやってきたのさ。
だから、数百年前にギンの仲間たちが身を挺して乱れを止めるようなことがあった。
それと同じようなことが、17年前にも起こったのだろうか。
……知らないのは、人間だけなんだね。あんな、とんでもないことがあっても……。
突然、不気味な音色が耳に届いた。リレイとルミスが、バッとそちらを振り返る。
***
音の外れた通りに辿り着くと、予想通り、暴走妖精の姿があった。
リレイが銃に変えたギターで射撃する。飛来した弾丸は、暴走妖精を大きくよろめかせた。
襲われていた少女は、涙目になって走り出す。その間に、君たちは暴走妖精に接近した。
***
暴走妖精は、手負いの獣のように暴れた。
厄介ではあるが、3対1だ。魔法と剣と銃撃は、着実に相手の音を削ぎ、動きを鈍らせていった。
勝利を確信したルミスが、フィドルを奏でようとしたとき。
凄まじい〝音”が降り落ち、暴走妖精を真上から直撃した。
音圧の爆裂が、君たちを吹き飛ばす。余波だけで、立っていられないほどだった。
君は受け身を取って起き上がり、顔を上げた。
暴走妖精は、〝音〟の直撃で砕け散り――取って代わるように、長身の男が立っていた。
揺るぎなく豪壮で、息を呑むほど堂々たる音色を響かせる男が。
ラファールは微笑み、すうっと左手を掲げた。砕け散った暴走妖精の音が、その指先に集まっていく。
飛び込みざまのルミスの剣撃を、男は右手に携えた得物――長柄の戦鎚(ウォーピック)で受け止めた。
名前を呼ばれ、ハッと目を見開くルミスに、ラファールは、悪戯げな微笑みを向ける。
ラファールが、強烈な音を発した。ルミスは撃ち飛ばされ、大きく後退する。
ラファールは、手にした音を悠然と口元へ運び、喰らった。
喰われる。音が。誰かの心であったものが。
噛み砕かれ、呑み下されて――無情な破砕音に変わり、消えていく。
激昂するルミスに、ラファールは微笑んでみせた。
穏やかさの奥に、ぞっとするほどの鬼気と凄味を宿した微笑みだった。
なら来いよ、ルミスフィレス。悪魔殺しのその剣で、悪魔の俺を討ってみろ!
***
ラファールが、ぶうんと大きく戦鎚を振るった。
大振りなー撃だが、流星のごとく速い。
ルミスは避けられず、剣で防ぐが――壁に激しく叩きつけられ、そのままがくりと膝を突いた。
だが、俺とあんたくらい音の強さに差があると、ちょっとの技ではどうにもならん。
このまま喰ってやってもいいが……あんたには恩があるからな。ー度だけ、見逃してやろう。
ー度だけ、な。
派手な破裂音を轟かせ、ラファールは空高く飛んでいった。
君は、リレイとともにルミスに駆け寄り、カードから癒しの音を奏でる。
ルミスは悔しげに顔を歪めながらも、君の音色に身をゆだねた。
暴走妖精を止めたからって、性根が変わるわけじゃない。また同じ理由で暴走することもあるわ……そのまま悪魔になることもね。
ルミスの言葉を聞いて、君は胸を衝かれたような気持ちになった。
コロバシやネックのような妖精ばかりではない。いや、彼らにしたって、また暴走しない保証などないのだ。
ルミスは、すっくと起き上がり、こぼれ落ちていた剣をつかんだ。
あなたたちが来たことと、関係あるかはわからないけど……悪魔を放っておくわけにはいかない。
手にした剣を見つめ、ルミスは言った。
夜空色の瞳は、敗れてもなお覇気を失うことなく、変わらぬ決意と、尽きせぬ戦意を燈していた。
そう言って飛んでいくルミスの背を、リレイは、複雑そうな表情で見つめていた。
どうしたの、と声をかけると、彼女は困ったように君を振り向く。
「悪魔は止められない。
妖精なら、暴走してても倒せば元の音に戻る。だけど、悪魔は違う。もう元の音に戻ることはない。
だから、悪魔は倒すしかないの。倒して……音を消し去る以外、もう、どうしようもないのよ。」
辛くないわけないと思うんだ。ルミちゃんは、そういう人だから。
確かに――と、君は同意した。
かつて、ギンと戦うことになったとき。彼女は、他ならぬギンの気持ちを思い、彼女のために涙を流していた。
彼女が戦うのは、いつも誰かのためなのだ。暴走妖精を止めるのも、悪魔を倒すのも――彼らの本当の気持ちを想うからこそだ。
だが、だからこそ。そうするしかないとはいえ、悪魔を討たねばならないことが、彼女にとって辛くないはずがない。
それでも、戦ってきた。背負ってきた。傷だらけの心を隠して――ずっと。
リレイは、ぎゅっと拳を握った。
私も、ルミちゃんに泣いてほしくない。
story3 デビルトーク
うん。めんどくさい。やっぱ今あんた喰う。
で、どういうつもりだい?このお嬢ちゃんみたいに、同族を取って喰おうってんじゃなさそうだが。
これから、この街では次々と音の暴走が起こるだろう。俺のおかげでな。
当然、暴走妖精もうようよ出てくる。雨後のタケノコのようにな。
これからこの街で何が起ころうが、気にせず、暴走した音を食べていてくれ。心ゆくまでな。