【黒ウィズ】フェアリーコード2 Story2
フェアリーコード2 Story2
目次
story
タツマさ、部活とか入んねーの?
学校からの帰り道。コウイチが、ふとそんなことを訊いてきた。
興昧ねーな。めんどくせーし。
その〝めんどくせー”を楽しむのが青春じゃね?……お、俺、今なんか格言ぽいこと言った!
ぽいだけだろ。
大勢でつるむのは性に合わねーんだよ。ひとりで好き勝手やってる方が楽でいい。
おまえそういうとこあるよなー。付き合い悪……あれ? やばっ。うわ、雨降って来た!
なんだと?
タツマは眉をひそめた。
そんな気配は感じなかった。龍たる彼は天の音には鋭敏であり、雨が降るなら事前に察知できるのだが。
うわうわうわ、めっちゃ降ってきてんじゃん。えーと、折り畳み、折り畳み……。
土砂降りだった。コウイチに借りた折り畳み傘を広げると、薄い傘がなんとも心細い悲鳴を上げた。
……つうか、なんでおまえ、折り畳み2本持ってんだ?助かるけど。
いやほら。いきなり雨降ってずぶぬれになって困ってる女子とかいるかもしんないじゃん。
「この傘に入らない?」って誘うとアレだけど、「この傘どうぞ」なら、「なんていい人!カッコいい!」ってなるだろ?なるの!
その前に、「なんでこいつ傘2本持ってんだ?」ってならねーか?
嘆息したタツマの眼が、ふと何かを捉えた。
――おまえのチャンス、潰したかもな。
路地の先。傘も差さずに濡れながら歩く、ほっそりとした人影があった。
何!?女子いた!?よしタツマ傘返せ――って、なんだよ、ありゃ男だろ。
そう。少年だ。
この土砂降りに融けて消えてしまいそうなほど、細く、淡く、儚げな少年が、雲を踏むようなふわふわとした足取りで歩いている。
(……妙な奴だな)
不吉というか、不気味というか……見ているだけで、妙に不安をかきたてられる。
あれが女だったらなー。あの雰囲気で女の子だったら、ドンがピシャってたのになー。
コウイチには、そういう感覚はないらしい。コウイチが鈍感なのか、自分の気にし過ぎか……。
考えているうちに、少年は、ふらりと小さな路地に入っていった。
直後、その路地から異様な音色が響いた。
(音が外れた……!?暴走妖精か!)
悪い、コウイチ!先帰ってろ!
えっ?なになに、なによ?
タツマはコウイチを置き去りに駆け出し、路地へと飛び込んだ。
思った通りだ。路地の音が外れ、目に映るものすべてが異様な色で塗り固められている。
そして、あの少年が進む先に、翅音の装甲で身を覆った妖精が立っていた。
うつけがッ!
タツマは鞄から愛用の笛を取り出し、少年を追い越して暴走妖精に突っ込んだ。
はあっ!
背中に光輪状の麹音を展開し、手にした笛を長い杖に変えて、暴走妖精に鋭いー閃を見舞う。
オォォオオォオオオ……
暴走妖精は意味をなさない声を上げ、タツマヘとつかみかかってきた。
***
ウウウアアアァアア……!
ふん。
でたらめに繰り出される暴走妖精の拳を、タツマは避けもせず、ぞんざいに杖で払った。
(音は激しいが、感情が伝わらん……いったいなんなのだ、この妖精は?
なんであれ――龍たる我の敵ではない!)
タツマは杖をー振りした。
笛杖が、唸る風を取り込んで、傲然たる音色を奏でる。
聞くがいい――天地どよもす我が咆哮(こえ)を!
***
タツマのー撃を受け、暴走妖精は砕けて元の音に戻った。
なんだったんだ、あいつは……。
つぶやき――タツマは、ハッとする。
暴走妖精を倒したのに空間が元に戻っていない。それどころか、いびつにねじくれた音が、背後から聞こえてくる。
(もう1体――!?)
振り向いたときには、新たに現れた暴走妖精が、あの少年へ飛びかかったところだった。
くそっ!
タツマは杖から球状の翅音を放った。それらは電撃的な速度で飛翔し、少年に喰らいつく暴走妖精へと向かう。
だが、それよりも。
少年がスッと手を上げ、向かってくる暴走妖精に触れる方が、早かった。
音を立てて、音が砕けた。
少年の手が触れた瞬間、暴走妖精の身体が大きく膨らみ――風船の割れるように、弾け飛んでいた。
タツマの放った音球は、暴走妖精の消えたあたりを虚しく貫いていく。
タツマは、ー瞬唖然となり――すぐ我に返って、少年に声をかけた。
今の……おまえがやったのか?おまえはいったい――
少年は振り向き、茫洋と言葉を返してくる。
おまえは、いったい――
訊いてんのはこっちだ。おまえは何者だ?
おまえは何者だ?
……愚弄しておるのか!
「君の音は、雷のように強く轟く。だから、小さき音が聞こえない。」
――!
(なんだ――今のは?俺の記憶?俺は、こいつを知っているのか?龍であった頃に――?)
おーい、なんかすごい音しなかった?
コウイチが路地に入ってきた。気づけば、路地はすっかり元の空間に戻っていた。
タツマはあわてて翅音を消し、杖を笛に戻した。
おいおいおい、どうしたんだよタツマ。なに絡んでんだ。
なに絡んでんだ。
いや俺は絡んでないよ!俺に言わないでよ!
俺に言わないでよ。
(こいつ……言われたことを返してるだけか?おちょくってる……って感じでもねーが。
わけわかんねーけど、とにかく、こいつが普通じゃねーのは確かだ)
……おい。ツラ貸せ。行くぞ。
行くぞ。
……え?行くの?ちょ、ちょっと待てよ。タツマくん、カツアゲはよくない!カツアゲは!
story2 荒れ狂う叫び
最近、変わったことねえ……そういや、変な暴走妖精がいるって話だな。
でたらめに音を撒き散らして、人を襲うんだと。いやはや、怖いもんだねえ。
よく言うわ。あなたこの前、人の音を食べたいあまり暴走して、タツマにボコボコにされたんでしょ。
は、反省しとるよ!あのときは……その、つい、つい、な?昔はよく喰っとったもんだから。
今度やったら、真っ先にタツマに言うから。
勘弁しとくれ!あのおっかない竜の旦那に殴られるのは、もうこりごりだよ!
すごい怯えよう……さすがドラゴン。
この異界のドラゴンも、妖精とー緒で、音から生まれた存在なんだよね、と君は尋ねた。
そうよ。妖精は、そよ風のささやきや、鳥の歌声、木々のざわめき、街の喧騒、川のせせらぎなんかから生まれる。
対して竜は、雷(いかづち)の轟き、嵐の雄叫び、雨の怒号といった、天の音から生まれるの。
なるほどにゃ。せせらぎ生まれと雷生まれじゃ、圧倒的に雷の方が強そうにゃ。妖精が怯えるわけにゃ。
ルミちゃんも、タツマくんが怖かったりする?
別に。あいつが竜だったのなんて昔の話でしょ。今やり合ったら、あたしの方が強いわ。絶対。
タツマの意見も聞いてみたい気がするが、血を見そうなのでやめておこう、と君は思った。
それにしても、この街はいろんな妖精がいるにゃ。みんな昔から住んでるにゃ?
いや、わしらは新参者さ。
実は東京にいた妖精や妖怪ってのは、17年前にみんな消えちまったらしくてな。今いる連中は、わしも含めてその後にやってきたのさ。
えっ!?そうだったの!?
ああ。何があったんだか知らないが……この間みたいにフェアリーコードが乱れて、その影響でいなくなったのかもなあ。
他人事みたいに。前の事件はあなたも加担してたでしょ。
だから、反省しとるよぉ!
この街はフェアリーコードが乱れやすい、って話だったにゃ。
だから、数百年前にギンの仲間たちが身を挺して乱れを止めるようなことがあった。
それと同じようなことが、17年前にも起こったのだろうか。
そうね。逆に、そうでもなかったら、これだけの大都市からー斉に妖精が消えるなんて考えられないわ。
じゃあ――今、私たちが普通に暮らせてるのは、そのとき消えた妖精たちのおかげなのかな。
……知らないのは、人間だけなんだね。あんな、とんでもないことがあっても……。
突然、不気味な音色が耳に届いた。リレイとルミスが、バッとそちらを振り返る。
あっちだ!音が外れてる!
わ、わしじゃないよ?わしここにいるし。
わかってる。まったく、次はどこのおバカだか!リレイ、魔法使い、今すぐ行くわよ!
***
音の外れた通りに辿り着くと、予想通り、暴走妖精の姿があった。
ひ、ひぃっ……。
誰か襲われてるにゃ!
やらせないから!
リレイが銃に変えたギターで射撃する。飛来した弾丸は、暴走妖精を大きくよろめかせた。
早く逃げて!
は、は、はいっ!
襲われていた少女は、涙目になって走り出す。その間に、君たちは暴走妖精に接近した。
オオオオオォォオオオ……!!
なに、この音……?ぜんぜん気持ちが伝わってこない!
様子が変にゃ。酔っ払ったみたいに暴れてるにゃ。
なんでもいいから、止めたげる!
***
暴走妖精は、手負いの獣のように暴れた。
厄介ではあるが、3対1だ。魔法と剣と銃撃は、着実に相手の音を削ぎ、動きを鈍らせていった。
ブレイクよ!
勝利を確信したルミスが、フィドルを奏でようとしたとき。
凄まじい〝音”が降り落ち、暴走妖精を真上から直撃した。
ひゃあっ――
音圧の爆裂が、君たちを吹き飛ばす。余波だけで、立っていられないほどだった。
君は受け身を取って起き上がり、顔を上げた。
暴走妖精は、〝音〟の直撃で砕け散り――取って代わるように、長身の男が立っていた。
揺るぎなく豪壮で、息を呑むほど堂々たる音色を響かせる男が。
あなたは――
ラファール。そう名乗っている。……と言っても、聞き覚えはないだろうが。
ラファールは微笑み、すうっと左手を掲げた。砕け散った暴走妖精の音が、その指先に集まっていく。
――やめなさいっ!
飛び込みざまのルミスの剣撃を、男は右手に携えた得物――長柄の戦鎚(ウォーピック)で受け止めた。
その音を返しなさい!
まだ、暴走妖精を止めるために戦っているのか?ルミスフィレス。
名前を呼ばれ、ハッと目を見開くルミスに、ラファールは、悪戯げな微笑みを向ける。
忘れたか?あんたとは会ったことがある。あんたは、暴走していた俺を止めてくれた……もっとも。
ラファールが、強烈な音を発した。ルミスは撃ち飛ばされ、大きく後退する。
結局、その後――俺は悪魔になっちまったが。
ラファールは、手にした音を悠然と口元へ運び、喰らった。
ああっ……!
喰われる。音が。誰かの心であったものが。
噛み砕かれ、呑み下されて――無情な破砕音に変わり、消えていく。
なんて……ことを!!
激昂するルミスに、ラファールは微笑んでみせた。
穏やかさの奥に、ぞっとするほどの鬼気と凄味を宿した微笑みだった。
怒ったか?
なら来いよ、ルミスフィレス。悪魔殺しのその剣で、悪魔の俺を討ってみろ!
***
そんな音では響かんぞ、ルミスフィレス!
ラファールが、ぶうんと大きく戦鎚を振るった。
大振りなー撃だが、流星のごとく速い。
ルミスは避けられず、剣で防ぐが――壁に激しく叩きつけられ、そのままがくりと膝を突いた。
ルミちゃん!
テクニックは、さすがだな。ただの妖精でありながら、暴走妖精や悪魔と渡り合ってきただけはある。
だが、俺とあんたくらい音の強さに差があると、ちょっとの技ではどうにもならん。
このまま喰ってやってもいいが……あんたには恩があるからな。ー度だけ、見逃してやろう。
ー度だけ、な。
派手な破裂音を轟かせ、ラファールは空高く飛んでいった。
ルミちゃん、大丈夫!?
君は、リレイとともにルミスに駆け寄り、カードから癒しの音を奏でる。
ルミスは悔しげに顔を歪めながらも、君の音色に身をゆだねた。
あのラファールって悪魔、知り合いだったにゃ?
……みたいね。覚えてないけど。
ルミちゃんに止められたことがある、って言ってたけど……。
……よくあることよ。
暴走妖精を止めたからって、性根が変わるわけじゃない。また同じ理由で暴走することもあるわ……そのまま悪魔になることもね。
ルミスの言葉を聞いて、君は胸を衝かれたような気持ちになった。
コロバシやネックのような妖精ばかりではない。いや、彼らにしたって、また暴走しない保証などないのだ。
ありがと、魔法使い。このくらいでいいわ。
ルミスは、すっくと起き上がり、こぼれ落ちていた剣をつかんだ。
さて……これでひとつ、当面の目標ができたわね。
あなたたちが来たことと、関係あるかはわからないけど……悪魔を放っておくわけにはいかない。
手にした剣を見つめ、ルミスは言った。
討つわ。次こそ。――絶対に。
夜空色の瞳は、敗れてもなお覇気を失うことなく、変わらぬ決意と、尽きせぬ戦意を燈していた。
ラファールのこと、他の連中に知らせといて。あたしは、近くの妖精たちに警告してくる。
そう言って飛んでいくルミスの背を、リレイは、複雑そうな表情で見つめていた。
どうしたの、と声をかけると、彼女は困ったように君を振り向く。
大丈夫な風に見せてるけど……ノレミちゃん、きっと辛いだろうなって思って。
「悪魔は止められない。
妖精なら、暴走してても倒せば元の音に戻る。だけど、悪魔は違う。もう元の音に戻ることはない。
だから、悪魔は倒すしかないの。倒して……音を消し去る以外、もう、どうしようもないのよ。」
ルミちゃんは、その覚悟ができてるし、きっと、ずっとそうしてきたんだろうけど――
辛くないわけないと思うんだ。ルミちゃんは、そういう人だから。
確かに――と、君は同意した。
かつて、ギンと戦うことになったとき。彼女は、他ならぬギンの気持ちを思い、彼女のために涙を流していた。
彼女が戦うのは、いつも誰かのためなのだ。暴走妖精を止めるのも、悪魔を倒すのも――彼らの本当の気持ちを想うからこそだ。
だが、だからこそ。そうするしかないとはいえ、悪魔を討たねばならないことが、彼女にとって辛くないはずがない。
それでも、戦ってきた。背負ってきた。傷だらけの心を隠して――ずっと。
……私、ルミちゃんの助けになりたい。
リレイは、ぎゅっと拳を握った。
ルミちゃんは、みんなに泣いてほしくなくて戦ってるけど――
私も、ルミちゃんに泣いてほしくない。
story3 デビルトーク
だからさあ。俺がフェアリーコードを乱すとすんじゃん?したら、暴走妖精がどんどん出てくるわけよ。
ふーん。
そしたら、あれだよ、喰い放題だ。おまえさんにとっても、その方がいいだろ?
んー……んーんんんんん……。
うん。めんどくさい。やっぱ今あんた喰う。
聞いてた?俺の説明、聞いてた?
聞くのもめんどい。
この悪魔!!!!!
腹が減ってるなら、俺と手を組まないか?
……うわ。
なんだ、その嫌そうな顔は。
またやべえ音した奴が来たなと思ってね。あんた、どこの悪魔だい?アジア系じゃなさそうだな。
フランスさ。コリガンって知ってるか?
聞いたことあるな。人間の手伝いをしたり、悪戯をしたりする妖精だろ。そこからそんだけのタマになるとは、大したもんだ。
で、どういうつもりだい?このお嬢ちゃんみたいに、同族を取って喰おうってんじゃなさそうだが。
いい知らせを持ってきた。悪魔以外には、悪い知らせだが。
これから、この街では次々と音の暴走が起こるだろう。俺のおかげでな。
当然、暴走妖精もうようよ出てくる。雨後のタケノコのようにな。
つまり……ごちそう食べ放題ってこと?めっちゃいいじゃん!
俺も同じ話してたんですけど……。
あ、でもさ、タダでおすそ分けってこたーないでしょ?代わりになんかしろとかある?めんどっちいのはイヤなんだけど。
俺の邪魔さえしてくれなければ、それでいいさ。
これからこの街で何が起ころうが、気にせず、暴走した音を食べていてくれ。心ゆくまでな。