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【黒ウィズ】フェアリーコード Story3章 ~入り乱れる音色~

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作成者: にゃん
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目次


Story1 悪魔のささやき

Story2 怒れる音色

Story3 機械の翅音

Story4 天の叫びを統べる者





登場人物


翅音



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story1 悪魔のささやき



 受付で当日券を買い、中に入った。

演奏が始まるまで、まだ時間がある。ライブハウスのあちこちで、訪れた客同士が歓談していた。

注意深く内部を見回していると、

おうい、こっちこっち。

 バーカウンターに座したマサンが、先にソウヤを見つけて手を振った。まるで待ち合わせていな友人のように。

込み上げる怒りをグッとこらえ、ソウヤはバーカウンターに近づいた。

その間にマサンは手際よく酒を頼んでいた。ソウヤが座った席に、サッと血の色をしたワインが差し出される。


吸血鬼に赤ワインなんてべ夕すぎか?

貴様の狙いはなんだ。

せっかちだね。現代人らしいっつうか。まずは乾杯から入るところだろ?情緒ってもんがないのかね。

 マサンはぼやくように言って、勝手に頼んだソウヤのグラスに、勝手に自分のグラスを合わせ、酒を煽った。

楽しめよ。まさかこんな場所で暴れるほど野蛮じゃないだろ?先生。

 ソウヤは無言で、ワイングラスの中身をマサンの方へとぶちまけた。

真紅の液体がマサンの身体にかかる――はずだったが、マサンがトンとカウンターを指で叩くと、液体はすべてグラスに戻って行った。

ちょっとした手品さ。悪魔としちゃ、このくらいはできなきゃな。

ま……、だが逆に言えば、この程度が関の山だ。フェアリーコードが世界を律している限り、そうそう好き勝手はやらかせん。

昔はよかった。フェアリーコードが今ほどガッチガチじゃなくてよ。俺たち悪魔も、人間に召喚されて力を貸したりして、仲良くやってた。

それがどうだ。今じゃ妖精も悪魔も、迷信やら都市伝説の中にしか居場所がない。肩身が狭いったらねえ。

フェアリーコードなんてさ。邪魔なんだよ。

秩序だ理性だ、そんなもんどうだっていい。喰いたきゃ喰いたい時に喰う。それが自然ってもんだろう、ええ?

そうなってはいけないから、法がある。秩序がある。

人間にとって都合のいい秩序がな。俺たちにゃあ関係ない。

おまえにとっても悪い話じゃなかろうさ、吸血鬼。いつ、どこで誰の音を喰ったっていい。楽しいぜ。きっと愉快で爽快だ。

心の音色は、その人だけのものだ。勝手に喰らっていいはずがない!

お堅いねえ。おまえ、生まれる家系をまちがえてるよ。あるいは時代かな。


 観客のざわめきに隠れるようにして、タツマは、ふたりの会話に耳をそばだてていた――が。

Kあれ、タツマじゃ~ん!どしたのこんなとこで~。

 突然、同級生、花宮コウイチが、タツマを見つけて肩を叩いてきた。

Kなになに~?こういうトコ興昧あったの~?マジ意外なんだけど。

いや、おい、離せ。俺は別に……くっつくなよ。うぜーだろ。


 マサンは、ス、と懐から何かを取り出した。

あの、小さな紅の結晶だ。これ見よがしに振って見せ、自分のグラスの中に落とす。

これ、なんだかわかるかい?

……音の結晶だろう。暴走妖精が喰った音を結晶にして集める……それが貴様の狙いか?

甘いよ。おまえは甘い。これは、もともと俺が仕込んだもんだ。で、やられたから回収した。そんだけの話よ。

 マサンが、グラスをピンと指ではじいた。ゆぃぃぃぃん……、とグラスが音を奏で始めた。

音叉みたいなもんさ。こいつは。歪んだ音が響くたび、共振し、増幅し、それを大きく広げていく……。

 ソウヤの手の中のグラスが、同じ音を奏でた。それだけではない。周囲にあるグラスすべてが、不思議な余韻の合唱に参加する。

客のざわめきが止んだ。物言わぬグラスたちの不気味な合唱が、今やライブハウスを支配していた。

妖精が暴れれば暴れるほど、音の乱れは加速度的に共振し合い、そして――

 すべてのグラスが、ー斉に砕けた。

あちこちで、グラスを手にしていた者の悲鳴が上がる。

それすら呑み込む音色があった。いびつに狂った、外れた音色……。

各地で暴れていた妖精。その体内からこぼれ落ちた紅い結晶。都市全体に降り注ぐ、紅い雪――結晶。

それらが意味するものに気づき、ソウヤは目を見開いた。

貴様、まさか――!

 立ち上がった瞬間、異様な音が響き渡った。

あるべき世界が、塗り変わる。あるべからざる世界ヘ――あるべき音の外れた世界へ。

誰かが絶叫を上げた。

客。若い女性だ。喉首を、異形の腕につかまれている。

女が震える。その目が光を失った。彼女の音を喰った妖精が、歓喜の声を上げる。

ちょいと早いが、パーティナイトの始まりだ。

 マサンは、それすら肴(さかな)に笑ってみせた。



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story2 怒れる音色



 妖精に向かって駆け出そうとするソウヤの前に、ふらりとマサンが立ちはだかった。

どけっ!

俺とやり合いたくて来たんだろ?せっかく相手をしてやろうってのに、そりゃないぜ、なあ?

 笑うマサンの掌から炎が放たれ、ソウヤの全身を包み込んだ。

閃く鎌が炎を引き裂き、マサンの喉元を急襲する。

マサンは繰り出される攻撃をひょいひょいとかわし、肩をすくめた。

あーこりゃあいい。こりゃ楽だ。とにかく避けてりゃいいんだからな。楽な仕事だわ、ほんと。

貴様!

怒ると極端に語彙が減るねえ。育ちが良すぎんじゃない?先生。

 逃げ惑う人々を、容赦なく妖精が襲う。ー刻も早く止めに入りたいが、そうはさせじとマサンが邪魔をする。

ソウヤは歯噛みしながらも、マサンを倒すべく鎌を振るった。


wP音だ、音だァ!音を喰わせろ、すすらせろォ!キッヒヒヒヒヒ!

 妖精は、逃げ惑う人々の喉首をつかみ、内なる音を引きずり出しては喰らった。

wPおお、おお、いい気分だ!いい気分だ!好きなように好きなだけ音が喰えるなんて、ここは天国なんじゃああるまいか!

Kひ、ひ、ひいいい……!

wPおお?いい音だ、いい響きだ!おまえ、友達が多くいるだろう。そういう奴の音はコクがあってうまいんだ!

Kやめ、やめて、いやだ、いやだーっ!

wP騒ぐな、わめくな、男だろ!どうれ、まずはーロ味見……。

ギャッ!!

 稲妻が走った。

そうとしか思えない光と轟きが、妖精の身体を正面から捉え、弾丸のように吹き飛ばしていた。

wPゴアッ!ヌガッ!ムガ――グゥ!

 その身体はライブハウスの扉をぶち壊し、往来へと転がり出た。

wPぐう、ええい、なんだいまのは。いったい何が起こったのやら!

 頭を振って起き上がり、――ふと、妖精は気づいた。

吹き飛んだ扉から、何かが歩み出てくる。

人間の、少年だ。悠然かつ堂々と扉をくぐり、じいっと妖精を見つめている――いや。

見下している。

wPなんだおまえは。喰ってやろうか!

 誰に何をやられたのかわからぬ怒りをぶつけてやろうと、妖精は少年に躍りかかり、

頭を踏まれた。

wP――!?

 顔を大地に叩きつけられ、目を見開いた。

馬鹿な。なんだ。何が起こった?どうして自分は踏まれているのだ?

襲いかかろうとした、この少年に!

下郎が。

 頭の上から、足がどいた。

かと思うと、それは妖精の頬をえぐるように撃った。

wPノガッ!

我が輩(ともがら)に手出しすること、まかりならん。

 少年は言った。足を振り抜いた姿勢のまま、傲然と。

仕置きが要るか――塵芥(ちりあくた)

 少年の手が、何かをつかんだ。笛。ぶんと振るうや、激しり音が吹き荒ぶ。

笛は瞬時にして、神々しい杖へと変わった。少年の背には天輪のごとき翅音が浮かび、荘厳にして雄美なる翅音を奏で出す。

妖精の顔が引きつった。格が違う。音だけで、そうわかるほどの相手だった。

wPお、おお、お、お、おまえは……!

覚悟せよ。

 杖で大地を撃ち叩く。激しい風が吹き荒び、びょうびょうとタツマの服をはためかせた。

我が怒り、たやすく収まるものではないぞ!



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story3 機械の翅音



 突如、バスが蛇行を始めた。

うわわわわわ!

何事にゃ!?

音が外れてる……!どうして!?

 人の多い場所は、フェアリーコードが強固で、音を外すことができなかったはずだ。なら、どうして音が外れているのか。

君は窓から外を見た。

街の空は、ありえない色に染まっていた。見渡す限り、例外なく。

まさかこれ……街中の音が外れてるの!?なんで!?

わかんないけどっ!

 ルミスはリレイの懐から飛び出した。人々の悲鳴をすり抜けるようにして、窓を透過し、外に出る。

何かが降っていた。雪。血染めのような、紅い雪。

その雪を浴びながら――


wRケケケケケケ!いいな、いいな、楽しいな!機械のおもちゃは愉快愉快!

 バスの上で踊る妖精の姿があった。その手がゆらゆら動くたび、合わせてバスが蛇行する。

機械を操る妖精……グレムリンのー族ね!

ルミスは元のサイズに戻り、フィドルを剣に変えて斬りかかった。

wRうおっ、出てきた出てきた!

 グレムリンは翅音を広げ、剣を弾いた。その手に、なんと機関銃が握られている。

発射。弾丸の嵐が高速で飛来。ルミスは曲芸めいた飛行で回避する。

なんのつもりでこんなこと!

wRあるって聞いたぜ、音の結晶!俺はそいつを手に入れて、でけえ機械で遊びてえ!!

そんな理由!?なんたるおバカ!

 間断なく放たれる銃弾を避けながら、ルミスは周囲に視線をやった。

(ほとんど街全体の音が外れてる。いったい何をしたらこんなことになるの?

とにかく今は、こいつを止めなきゃ!)

 危険を承知で突っ込もうとした、そのとき。

wたあっ!!

 横合いから飛んできた〝何か〟が、グレムリンを盛大に吹っ飛ばしていった。

wRあいたっ!てめ、なん――……うぇ?なんだあ、おまえ!?

 グレムリンが、当惑の声を上げたのも、まったく無理からぬことだった。

バスの上に浮かぶのは、空飛ぶ人型の機械という、およそ誰も見慣れていなさそうな代物だったのだから。

Mこいつは、私たちに任せてください!

え?え、えぇ……?

 〝それ〟は返事も聞かずに翅音を広げ、再びグレムリンヘと突っ込んでいった。

M行くよ、ハビィ!

 答えるように電子音が鳴り響き、機械の拳が急激に加速。体勢を立て直したグレムリンの横っ面に突き刺さる。


ええー……なにあれ……って、あ、バス!

 ルミスはあわててバスの方を見た。グレムリンの制御から離れたバスが、どうにか路肩に止まったところだった。

我先にと乗客たちが降りていく。君とリレイは、左右からギンを支え、最後にバスを降りた。

預かるわ。ここから先は、飛んでくしかなさそう。

 ふわりと降りてきたルミスが、ギンを抱える。

グレムリンは?

なんかよくわかんないのが相手してくれてる。

え、なにそれ。よくわかんない。

あたしだってよくわかんないんだから仕方ないでしょ。とにかく行くわよ!

 ルミスは、キッと東京タワーを睨みつけた。歪んだ空、外れた音の中心に立つ塔を。

早く止めなきゃ、何がどうなるかわからないんだから!



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story4 天の叫びを統べる者



 タツマと妖精を追って外に出たソウヤは、ありえない色を帯びた空を見て、息を呑んだ。

それだけではない。紅い雪が降っている。〝音を増幅させる結晶〟――もし、これがすべて〝そう〟だとしたら。

まさか……すでに街中が!?

言ったろ、加速度的に広がるって。気づいた時には、もう遅い。そういう作戦よ。

 背後から火球が飛んでくる。ソウヤは横に転がってかわしつつ、タツマの方を見る。


でやあっ!

 横薙ぎに振るわれた笛杖が、妖精を打撃した。妖精は激しく地面を横転する。

タツマは追いかけず、トンと笛杖で地を打った。

すると、いくつもの球状の翅音が笛杖からこぼれ、蜂のようにブンブンと唸りながら、倒れた妖精へと殺到する。

四方八方から音球が突撃し、猛烈な衝撃をぶちかますと同時に電撃を放つ。妖精は、滅多打ちにされて悶え狂った。

wPグハッ!ガッ!痛ェッ!痺れるゥ!

 タツマがもうー度、笛杖で地面を打った。音球の群れは、訓練された猟犬よろしく、速やかに彼の笛杖へと戻っていく。

wPく、くそ、くそ、てめえ、なんなんだ、てめえ!なんだその強さ――妖精か?それとも悪魔か!?

わからぬか。ならば――

 タツマは傲然と言って、ぶうんと大きく杖を振るった。

聞くがいい――天地どよもす我が咆啼を!

 高速で空を裂く杖――その柄に空いた穴が、風を喰らい、笛の音を奏で出す。

雄渾。そして壮麗。聴く者すべてを平伏させんばかりの、大いなる威厳に満ちた章負の主たるべきは――

wPりゅ――りゅ――りゅ――龍だとォオ!!?

然り!!

 天が哭く。空がどよめく。風が謳い、雷すらもがひざまずく。

我は龍。天の叫びを統べる者!


 ***


wPな、なんでだ!なんで龍がこんなところにいるんだよォ!

慮外者に襲われ、天の高みより叩き墜とされた。ゆえに今は、失った力を取り戻すため、人の身に擬態して生きている。

 告げて、タツマは鋭く妖精を睨んだ。

なぜ我が、己が恥辱を語るかわかるか?

wPい、い、い、いや……。

仮の身とはいえ、我は人として16年を生きた。父があり、母があり、友誼を交わした友がある!

その、人として得た友に――我が宝に汝は下劣な手で触れた!

 タツマの音が、轟ッと膨れ上がった。吹き荒び、鳴り響く音の圧力は、もはや妖精に逃げることすら許さない。

宝は、龍の誇りなり。掠める者には誄のあるのみ!

wPひ、ひ、ひいっ!

己が愚昧、噛み締めながら散るがいい!

 タツマは地を蹴り、風に馳せた。

電光そのものの速度で、妖精の横を駆け抜けざま繰り出した笛杖が、妖精の身体に激烈な音を刻み、ー瞬にして千々に引き裂く。

wPギャアアァアァアアアア――――ッ!!

 地に墜ちた雷が爆ぜ散るように、妖精は四散し、ばらばらの音に戻った。


あ~あ、もうちょっとがんばってくれよ。

 妖精自身の音、喰われた者たちの音にまぎれ、こぼれ落ちた紅い結晶を、マサンが拾い上げた。

タツマは、ゆるりと杖を振るい、凛とマサンに向き直る。

次は汝か。

よしてくれ。俺ァ無益な争いが何より嫌いなんだ。しかも龍と吸血鬼が相手ときちゃあ、まず楽には勝てねえだろうしな。

 含み笑いと共に、マサンの身体が燃え上がり、焼け消えていく。

ふん。道理をわきまえぬ悪鬼めが。


――早苗。君は……。

 タツマはソウヤに視線を移し、鼻を鳴らすと、笛をしまった。

あんたがどういう奴かはわかったよ、先生。あの悪魔野郎の敵ってことでいいみてーだな。

あいつを知っているのか?

野郎が何か企んでるくらいはな。だから追ってたんだ。

あんたが吸血鬼とは知らなくてな。奴とやり合ってんのを学校で見かけて、どうしたもんかと思ってた。

それで、あいつのいる場所に誘導して、見極めようとしたのか。

奴の狙いは――

 言いかけたとき、ぐらりと地面が激しく揺れた。

ただの揺れではない。音の揺れだ。世界の音が、ばちんばちんと外れていく。秩序が、さだめが、失われいく。

くそ。予想以上に乱れが激しいな。

 タツマは言って、東京タワーに目を向けた。

行こうぜ。でなきゃ、どうしようもなくなっちまう。



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