【黒ウィズ】Fairy Chord ~Prelude~
story 夜空色の瞳の少女
おはよ~。
おう、おはよう、リレイ。朝できてるぞ。ベーコンエッグ。
シャレたもん作るなーおまえ。あ、俺、昨日買ってきたガトーショコラあるからそれで済ますわ。
シャレたもんって。名前だけで判断しただろ。つうか朝からそんなの……おいそれ1ホールぜんぶ食う気か今。
あ、俺、明日から1ヶ月くらいいないから。レコーディングとか練習とかその他もろもろで。
会話しろ。
父タケルはさるロックバンドのギタリストで、よく、ふらっと唐突に家を空ける。リレイもすっかり慣れていた。
1ヶ月で済むの? 半年って言われても今さら驚きゃしないけど。
もっと寂しがって!
母レイコは古武術の師範を務めている。昨今のエクササイズブームに乗じたことで、そこそこ門下生を確保している。
父さんがいないなら辛いもの出せるな。ちょうど試してみたいメニューがあったんだ。
兄メイリは小さな会社を経営している。詳しくは語らないが「人を使う仕事らしく、自宅からでも指示出し」ができるらしい。
いつも通りの家族の会話を聞きながら、リレイはふと考える。
こんな感じです、と人に家族の話をすると、よく「変わってるね」と言われる。
ただ、リレイには自分の家族が変わっているのかどうか、いまいちわからなかった。
リレイにとってはこれが普通の光景だし、逆に「普通の家族のスタンダード像」を知っているわけでもないので、判断できない。
だから、まあ、きっとどこの家族も、それなりに変わっているし、それなりに普通なのだろう……。
リレイ。箸、止まってるぞ。
うん。ちょっと考え事してて。
別に食べながらだって考えられるだろ。
でも、食べながらだと、考え事に対して失礼な気がしない?
言うと、家族全員、うろんげな顔になった。
ホント変わってるよな、おまえ。
そうだなー。
そうそう。
えー。
変な家族とは思わないが、少なくとも、この面々に「変わっている」と言われるのは、さすがに納得しかねるところだった。
***
リレイちゃん、おはよー!
学校への道すがら。友人の空鳴トヨミが元気よく声をかけてきた。
おはよう……あれ? なんかいいことあった?
お。わかる? さすがシックスセンスのリレイちゃん!
え、私そんな風に呼ばれてるの?
今つけた。あたし、あだ名つけ魔だから。
そうなの?
うん。今決めた。
そっかー。
で、どうしたの、トヨちゃん。
いやそれがさ!なんと昨日、センパイにコクられちゃった!
ええ!? センパイに!?
……って、どのセンパイ?
朧車センパイ。
ぜんぜん知らない……すごい苗字なのに……知り合いだったの?
ううん、知らない。初めましてからの流れるようなコクりで来た。
そうなんだ。付き合うの?
さすがに初対面じゃねえ。とりあえず文通からってことにしといた。
古風。
あたし、筆跡で人柄とか判断するタイプだから。
初耳。
リレイちゃんはね。筆跡的にはあれだね。ド自由だね。
そっかー。
と。
……ん?
リレイは、ふと立ち止まり、耳を澄ませた。
かすかに聞こえてくるものがある。物悲しくて、切ない響き。それは――
どしたの、リレイちゃん。
うん。何か聞こえるなって思って。
え? そう?
んー……ちょっと待ってね。たぶん、こっち。
リレイは別方向に視線を向け、すたすたとそちらに歩いていった。
角を曲がり、脇路地に入る。
そこでは、1匹の犬が、リードをくわえて、しょんぼりとうなだれていた。
君、迷子? 飼い主さんと、はぐれちやったのかな。
聞こえたのって、この子の鳴き声? すごーい。あたしぜんぜん気づかなかった。
ごめんね、トヨちゃん。先行ってて。私、この子の飼い主さんを見つけてから行くから。
マジで!? さすがリレイちゃん! ウルトラド自由!!
リレイは、スッと目を閉じ、耳を澄ませた。
んー……お。あっちかな。
数分後。
リレイは見事、はぐれた犬を探している飼い主を見つけ、犬のもとまで案内した。
何度も頭を下げてお礼を言う飼い主に「いえいえ」と手を振り、学校へと向かう道に戻る。
いやー、すごいねーリレイちゃん。よくあんなあっさり見つけるね。
なんとなくね。
さすがはシックスセンスのリレイちゃん。あたしも昔はそゆとこあったんだけどなー。
そうなの?
マイマザーいわく、あたし、ちっちゃい頃、『妖精さんと遊んできたー!』とか言ってたんだって。
妖精かー。子供はそういうの見えるって言うよね。
ユーレイとか、オバケとかね。今さらそんなの見えても困るけど。
おっとそうだ、早く行かなきゃ。近道使えば、まだギリHR間に合うよ。
うん。ごめんね、結局、待ってもらっちゃって。
だいじょーぶ。実はあたしもド自由なんすわ。
うん。なんかそんな気してた。
***
こういうときは近道しようこっちの道を行けば、大胆なショートカットが可能に――
えっ……な、何、この場所? え? お、おかしくない!?
何――?この”音”……!?
トヨちゃん――ここダメ!早く出ないと……!
えっ?
探したよ!探したよ!さあ、いっしょに行こう!』
きゃあああああああ!!
トヨちゃん!
あ――
トヨミは突然、がくりと気を失った。脱力したその身体を、不気味な腕が抱き留めた。
な、何これ――
”そいつ”はリレイに見向きもせず、くるりと背を向けた。硬直していたリレイはハッと我に返る。
――待って!トヨちゃんを離して!
うるさい!この子は僕のものだ!邪魔をするなら――!
空いた手が、ぐんとリレイの首に伸びた。
あっと思ったときには、ミレイの首筋に異形の指先がかかり、容赦なく力が込められる――
寸前、鮮烈な一閃が奔った。
ぎゃあっ!
悪ノリが過ぎるわよ。
Tit for Tat。過ぎた悪戯には、しっぺ返しがつきものよ。
言って、少女は剣を構える。右手には、鋭くも美しい細剣を。左手には、夜空色にきらめく大剣を。
幻想が具現化したような、あまりに現実離れした威容。
だがリレイは、何よりも彼女の発する音色に驚いていた。
(すごい音――!)
気高い決意と、烈しい戦意――場の”音色”を一瞬で塗り替えるほどの。これほど強い音色は聞いたことがなかった。
ぐううっ!く、くそおっ!
怪物の羽根から、猛烈な光と騒音が撒き散らされた。リレイは思わず顔を背ける。
視線を戻した時、怪物はトヨミごと消え去っていた。
小癪千万。
少女はムスッとつぶやいて、リレイの方を振り返った。
どきりとした。夜空をはめ込んだような瞳でまっすぐ見られると息が詰まりそうだった。
あの子は、あたしが探しとく。あなたは――
待って。トヨちゃん、あっちにいる。あっちから、あの子の音がする。
”音”って、まさか――あなた、フェアリーコードが聞こえるの?
フェアリーコード?
と、ちょうど、場に新たな音色が生まれた。
あ。今、ちょっと暗い音になった。これのこと?
本当に聞こえるのね。変わった人間……。
いいわ。案内して。フェアリーコードのことは、歩きながら話したげる。
うん。わかった。私、鶴音リレイ。よろしくね。
ルミスフィレスよ。ルミスでいいわ。
うん。よろしく、ルミちゃん。
ルミちゃんはやめい。
あらすじ
舞台は東京――
人の心の音色『フェアリーコード』が聞こえるという、不思議な体質の女子高生リレイは「音の外れた空間に迷い込み、怪物に襲われてしまう。
しかしそこで、夜空色の大剣を携えた妖精の少女ルミスフィレスと出会い、窮地を脱する。
その後、とある怪物を追っていた2人の前に現れたのは、吸血鬼の末裔ソウヤであった。