【黒ウィズ】リレイ編(GP2019)Story
2019/09/12
story1 日常と戦いと
<ビルとビルとの隙間を、ごうっと風が吹き抜ける。
風は、何かを乗せていた。何か――淡くきらめき、揺れ動くものを。
音の装甲をまとい、輝く翅音を羽ばたかせて飛心現代では忘れ去られた存在――妖精である。
人の目には映らぬはずのその生き物を、ミホロはハビィの力で捕捉し、追いかけながら飛んでいた。>
行くよ、ハビィ!
<音を強めに噴射し、加速。一気に距離を縮めて近接戦を挑む。
妖精は、ついっ、と螺旋を描くような軌道でミホロの拳をかわし、距離を開けた。
速い――というより、巧い。風の流れを読み、自由自在に乗りこなす――その変幻の動きはハビィの計算をも超える。>
観念なさい!
<下からの強襲。
跳ね上がる夜空色の刃を、暴走妖精は、あらかじめそう来ると知っていたかのような動きで、ひらりとかわす。
このっ!
ええいっ!
<ルミスとミホロは互いに逆側から回り込むようにして攻撃を繰り出すが、妖精は、その動きのすべてを読み切り、ひらひらとかわし続ける。
どんなものでも、動けば必ず空気が揺らぐ。風の妖精にしてみれば、攻撃するぞ、と事前に大声で教えてもらっているようなものだ。
暴走妖精は、からかうように宙を舞い、ふたりの戦士を翻弄し――
たぶんそこ!
<ルミスの刃をかわした直後、飛んできた音の砲弾をズドンと喰らいぱぁん、と砕けて音に還った。>
もう悪さするんじゃないわよ、まったく。
<実体を失った音色が夜の彼方に飛んでいくのを、ルミスは嘆息混じりに見送った。>
ありがとう、ルミスちゃん、リレイちゃん。おかげでなんとかなったね。
<ほっとしたようにミホロが言うと、彼女が抱えた機械の塊――ハビィも、嬉しそうな電子音声を奏でた。>
あの妖精、すっごく素早くって。振りきられないようにするので精一杯だったから助かっちゃった。
経験不足ね。風の妖精は、確かに素早いし動きも読み辛いけど、相手の癖や思考をつかめば、攻撃を当てるくらいわけないわ。
<ルミスの講釈を聞いて、ハビィが不服そうな音を奏でた。>
『ルミスの攻撃も当たらなかったじゃん』だって。
あえてよ!あえて!リレイの一撃を当てやすくするために、あえて避けさせて油断させたの!
<どうだか、とぼやくような音をハビィが発した。>
でも、リレイちゃん、すごいよね。あれに当てちゃうなんて。
ミホロさんたちが追い込んでくれたおかげだよ。あとは、そこかな、って思ったところに撃っただけ。
じゅうぶんすごいよ。ハビィも驚いてる。リレイちゃん、フェアリーコードを感じ取るセンスがずば抜けてるって。
<動く際には、必ず空気が揺らぐ。それと同じように、動く際には、必ず心の音色も動く。
リレイは、敵妖精の発する音色を敏感に察し、妖精が”避けよう”とした方へ先んじて撃ったのだ。
前から人間にしては鋭い方だったけど、ギンとの戦い以来、より精度が上がってきてる気がするわね。
音を使った戦いに、慣れてきたってとこかな?
<ルミスと出会って、2ヶ月余り。その間に、何度も暴走妖精と戦ってきた。
最初の方こそ、わたわたあわあわしていたが、最近は落ち着いて冷静に対処できるようになってきた、という自負がある。>
油断は禁物よ。慣れてきたくらいが、いちばん危ないんだから。
はーい。
あ、ところでミホロさん。さっきの暴走妖精、どんな悪さをしてたの?
……スカートめくり。
うわ。
<妖精も案外アレなんだなあ、という感想を、こっそり呑み込むリレイだった。>
***
<リレイは、ぐでんと机に突っ伏し、うめいた。>
忘れてた……小テストだって……忘れてた……。
<英語の授業が終わったところである。
授業中に小テストが出されるということをすっかり失念してしまっていたので、惨惶たる結果となった。>
そこそこまじめなリレイちゃんが小テストの準備を怠るとは、珍しいね~。
ちょっと、いろいろ忙しくてね……。
ところでリレイちゃん、今週金曜って空いてる?
金曜?うん。特に予定ないよ。
だったらさ、1日早いけど、パアーッとお誕生パーティやりましょうや!
お、いいねえ!
で、誰の?
リレイちゃんの。
リレイちゃんかー!いいねー!
…………。
私じゃん!!!!
え、マジで忘れてた?今週土曜でしょ。リレイちゃんの誕生日。
うん……ぜんぜん頭になかった。
変わってるね~。あたしなんて、誕生日のある月はずっと、きゅぴーん、誕生日だイエー!天上天下YOUが独SONG!ってなるけど。
月単位かー。
ハロウィンとクリスマスと正月と節分の月でもなる。
節分でもかー。
2月って節分が終わってからの方が長くない?
まあまあまあ、とにかくセッティングは任せて!当日の夜はご家族とご一緒だろうから、金曜の夜はみんなでパーティってことで!
ありがとう、トヨちゃん。でも、全部任せちゃうの、なんか悪いな。
いーのいーの気にしないで!あたし、将来は誕生パーティセッティングプランナーになるのが夢だから!
ナオ あれ?えーと昨日言ってた夢と違わない?なんだっけ。
みそ屋。
振り幅すごいなー。
***
<不気味な音が鳴り響く。あるべき秩序のねじれた音が。
リレイとルミスは、その音のする方へ向かい、いくつも都会の路地を曲がった。>
こっち!この先――
<パッ、と大通りに出て――リレイは戸惑い、周囲を見回した。>
消えた……?
<不気味な音は、もはや余韻も聞こえない。目の前に広がる光景にも、なんらおかしなところはなかった。>
用は済んだ……って感じね。
<ふわり、とリレイの顔の横に漂ってきたルミスが何かをじっと見つめ、厳しい口調で言った。
彼女が見ているのと同じ方向に目を向けて、リレイはハッとする。
十数人の男女が、ぞろぞろと歩道を歩いている。ただそれだけといえば、それだけの光景だが――
彼らは、異様なまでに陰気な表情をしていた。その心から響くのは、暗く沈んだ弱々しい音色だけ。
明らかに、レイは、尋常な様子ではない。ぞっとなってつぶやいた。>
これって……この人たち、まさか、音を食べられちゃったの……?
みたいね。さすがに数が多いから、ひとりひとりが喰われた量は少なそうだけど。
でも……人の多いところって、フェアリーコードが重なって強くなるから、音を外しにくいんじゃなかった?
<フェアリーコードが強い場所では、妖精は本来のカを発揮できない。その場の音を外さなければ、心の音を喰うなどという真似は不可能だ。
そして、生き物の多い場所は、それだけフェアリーコードも強固になるため、そもそも音を外すこと自体が容易ではない。
だから、暴走妖精が人を襲うのは、たいてい人気のない場所に限られる――はずなのに。>
どうやら、厄介な相手みたいね……。
<リレイは、ソウヤたちに連絡を取り、近くのファミレスに集まることにした。
リレイとルミスが遭遇した事件の話を聞いて、タツマは不愉快そうに眉をひそめた。>
一気に十数人の音を喰う、か……まるでスナック菓子だな。
いったいどうやって、それだけの人間がいる空間の音を外したんだろう……よほど強力な悪魔が現れたんだろうか?
そんなの、どんな強い悪魔でも無理よ。フェアリーコードで力を制限されている限りね。
だが、マサンはそれをやってみせた。暴走妖精を大屋に解き放ち、周囲一帯のフェアリーコードを乱して、音を外しやすくした。
つまり、やり方によっては、不可能じゃないってことだ。
そのやり方を突き止めないと、きっと、また被害が出ますよね……。
<一同は難しい顔で黙りこくった。>
……情報が少なすぎるね。今の段階では、これまで通りのやり方で対処するしかなさそうだ。
音が外れるのを感じ取ったら、できる限り急いで現場に向かう……ってことか?
そう。どんな手段を使っているにせよ、人の音を喰うには、音を外す必要がある……そこは変わらないわけだからね。
後手に回らざるを得ないのは癪だけど、確かに、今のところそれしかなさそうね。
わかりました。私とハビィも、注意してみます。
うん。みんなでがんばって、被害を食い止めよう!
<リレイが言うと、タツマが聞こえよがしに嘆息しガタッと席を立った。>
俺は、ちんけな妖精どもが人の縄張りでギャアギャアやってんのが気に喰わねーだけだ。そういうノリに巻き込むんじゃねーよ。
<そして、ちらっとソウヤを見る。>
奢れよ、先生。あんた金持ってんだろ。
<ぞんざいに言って去っていくタツマの背を、ルミスが不機嫌そうな目で見送った。>
勝手なヤツね。
彼も、君に言われたくはないだろうね。
<さらりと言うソウヤをルミスが睨んだが、ソウヤは気にする風もなく紅茶を飲んだ。>
ああは言ってますけど……きっと、協力してくれると思いますよ。タツマくん、優しいから。
<ハビィも、そうそう、とばかりに電子音を鳴らす。>
そうだね。ただ……本当は、早苗や鶴音くんには勉学に専念してもらうべきだとは思うんだけど。
<憂うような眼差しを向けられ、リレイは思わず居住まいを正した。>
暴走妖精退治は、部活動とはわけが違う。常に危険と隣り合わせだし、本分である勉学がおろそかになってもいけない。
そこは、まあ……その、がんばりますので……あはは……。
そうかい?でも、中間テストや期末テストの時期なんかは、ちゃんと言うんだよ。その分、こちらでなんとかするから。
人間ってテストが多くて大変ね。この間も小テストで――
ルミちゃん今夜はキノコにしようねッ!!
キノコ!
いえーい!
<ハビィがあきれたような電子音を奏でた。>
story2 守るべき世界
リレイ……こう……欲しい物はないか?
え?
なんでもいい。あ、なるべく高いのがいいな。新しいギターが欲しいとか、実はドラムに興味があるとか!とりあえずなんでも言ってみて――
リレイ、今度の誕生日、おまえ何欲しい?
かーっ!情緒!情緒とかねーのかよ!こういうのは、さりげなーく聞き出して、そんでサプライズってのが通だろうが!
なんの通だよ。全然さりげなくなかったし。ちゃんと事前に聞いておいた方が、変なトラブルが起こらなくて安全だろ。
トラブルのない人生なんか、あれだ、えーと、あれだぞ……あれだ!!!
思いつかないんなら言うなよ……。
そうだ、あと、食べたい料理あるか?なんでも作ってやるぞ。
やっぱり、あれじゃない?キノコ料理。
え?なんで?
だって、最近よくメイリにせがんでるじゃない。だから、好きになったのかなーって。
キノコ?キノコ!キノコ、キノコ!
ステーキ!ステーキでお願いします!!!
ええー!
当日の集合場所と集合時間、後で送るね。いいとこ用意してあるから!
ありがとう、トヨちゃん。
いえいえ、いいんですよそんな。
リレイちゃん、最近、暗い顔してること多いからね~。ここはパーッと行きましょうや!
え?そんな顔してた?
うん。気づいてなかった?
…………。
あなたの家族も気にしてるみたいよ。何かあったんじゃないかって。昨日、リビングで話してた。
そっかー……。
<学校からの帰り道。リレイは、はあ、と嘆息した。
ここ最近、暴走妖精を捕まえなくちや、と気が張っていたのは確かだが、周囲に伝わっているとは思っていなかった。
いけないなあ、と反省していると、ルミスが、じろっと視線を送ってくる。>
誕生日も近いってのに、周りに心配かけるものじゃないわよ。
奴のことなら、あたしに任せなさい。
ううん。私もやるよ。人を襲う妖精がいるなら、放っておけないもん。
別に、あなたが戦う必要なんてないのよ。暴走妖精と戦うなんて、もともとあたしがひとりでやってきたことなんだから。
あなたには家族がいるし、学校もある。そっちをないがしろにしてまで、こっちに首を突っ込むべきじゃないわ。
ありがとう、ルミちちゃん。
何が?
心配してくれて。
別に、そういうんじゃないけど……。
もちろん、こっちも、普段の生活も大事だけど――同じくらい大事だよ。
前にルミちゃんが言ってたこと。世界を守ろうとするのは当たり前のことだっていう、あれね。最近、なんとなくわかるような気がするんだ。
確かに……世界って、なんかフワッとしてて、大きすぎて遠いっていうか。世界を守るなんて、考えもしなかったなぁ。
あたしからしたら、その感覚が不思議ね。自分の手にケガをしたら包帯を巻くでしょ?世界を守るって、そのくらい当然のことよ。
<あのときは。いう事柄が、自分の人生と、”世界を守る"とまったく結びつかないと思った。
でも、今は。>
いろんな人、いろんな生き物の心が音を奏でて、それが世界を作ってて……私の音も、私の大事な人の音も、そのなかでぐるぐる回ってる。
私は、それをなくしたくないって思うし……そうさせないための力が自分にあるなら、やらなくちゃ、って思うんだ。
大事な音がなくなってから後悔するなんて……考えただけでも、嫌だから。
<そう感じるようになったのは、やはりギンとの戦い以来かもしれない。
あのとき――リレイは必死に自らの音を奏で、フェアリーコードの崩壊を食い止めようとした。
だめかもしれない。そんな思いとの戦いだった。
ここで自分が倒れれば、大事なものがすべて、消えてなくなる。そんな恐れを如実に感じた。
同時に――逆に言えば、ここで自分が踏ん張れば、世界を守れるという思いが確然として生まれ、くじけそうになる心を支える力になった。
あのとき抱いた実感が、覚悟となり決意となって今のリレイの胸にある。
その音が、きっとはっきり伝わったのだろう。
ルミスは、静かにうなずいた。>
……そ。なら、止める気はないわ。
けど、こっちが忙しいからっていうのを、テストの点が悪いとか人間関係がうまく行かないとかってのの理由にするのは、禁止だからね。
……善処しま~す。
<言った瞬間、ぞわりとした。
あってはならない音の気配が、リレイのうなじを撫で上げていく。>
ルミちゃん、これ!
近いわ――あっちね!
***
音色を頼りに音の外れた方へ向かったが、またしても、辿り着いた時には空間は元に戻っていた。
ただし、前回と違って、そこには、人ならぬものたちの姿があった。
力を失い、地面に倒れた数人の妖精と――その傍らに立つ、悪魔の少女が。>
――ディギィッ!
<ルミスが激昂の形相で詰め寄ると、ディギイは、あわてたように手を振った。>
ちょ、なんか誤解してない?これやったの、あたしじゃないって!あたし、暴走してない音に興味ないもん。
じゃあなんでここにいるのよ!
やー、ほらさ?なんか強い音がしたから、お!ごちそうか!?って思って飛んで来たらなんかこいつらだけブッ倒れてたんだよね。
みんな、だいじょうぶ!?
<リレイは倒れた妖精たちに駆け寄った。
スプライトの双子と、フェノゼリーのじいさま。最近リレイも面識ができた妖精たちだ。>
fああ、すまんな、リレイ。やれやれ……とんだ目に遭ったわい。
頭くらくらする~。
音の貧血って感じ~?
いったい何があったの?
f散歩をしておったら、そこのカフェから、突然、陰気な音が聞こえてきてのう。
覗いてみると、何かのパーティをやっておったんじゃが……それにしちゃあ、お通夜みたいな音色じやった。
だから、あたしたちが盛り上げたげよー!って思って、アガる曲を奏でてたんだけど――
変な妖精がやってきて、「邪魔すんなよ!」って殴ってきたの~。超痛かった~。
fどうやら暴走妖精のようでな。わしらでは太刀打ちできなかったが……突然、どこかへ飛んで行ってしもうた。
そのお嬢ちゃんが近づいてきたせいだろうな。
そっかー。じゃあディギィのおかげだね。ありがとう。
いやあ。
こんな奴にお礼なんて言わなくていいわよ。別に助けようとしたわけじゃないでしょ。
まーね。
にしても、あたしは、また変な奴が出てきたもんだね。ごちそうが増えて嬉しいけどさ。
じゃ、獲物がカチ合ったら、そんときゃまたね。バイバイ!
<ニヤリと笑い、ディギイは高々と跳躍して、一瞬でその場から立ち去って行った。
その姿を見送って、リレイは、うーんと腕組みをする。>
音を食べようってとこさえなかったら、悪い子じゃないんだけどなあ。
ほとんどそれしか頭にないでしょ、あの悪魔は!
とりあえず……これで、ひとつわかったわね。
わかったって……何が?
敵のやり口よ。
***
人間たちが集まって、盛り上がってるとこに、わざと陰気な音を流して、気分を落ち込ませる。
それで人間たちの音が弱まり、フェアリーコードが弱体化したところで、音を外す……それが敵のやり口よ。
つまり……。
場の空気が悪くなって、みんながしょげちゃうと、フェアリーコードが弱まって、音を外しやすくなる……ってこと?
そ。
なんだそりゃ。暗い曲が流れて盛り下がったくらいで、そんなことになるか?
いや……早苗。おそらく奴は、そのために、パーティなどの盛り上がっている場を狙ったんだ。
本来盛り上がるべき空間で盛り下がるのは、想像以上に苦痛だからね……心の音色も弱くなりやすい。
……なんかやけに実感こもってんな。
えっと……それで、どうします?相手の狙いはわかったけど、パーティなんて、どこでもやってるし……。
だな。敵のやり口がわかったところで、先手を打てるわけじゃねー。これまで通りでやるしかねーだろ。
<ひょい、とリレイは手を挙げた。>
……おびき寄せることは、できるかも。
ていうか……放っといても、勝手に来るかも。
は?
story3 誕生パーティ!
うわあ、すっごーい!きれいなとこだねー。
<トヨミが予約していたのは、近所のカラオケボックスの一室だった。
カラオケと言っても、より、ずっと綺麗で、リレイが想像するイメージおしゃれで、豪華な部屋だ。
部屋自体の豪華さもさることながら、ガラス張りの窓から覗く都会の街並みが、鮮烈な特別感をプラスしている。
こんな部屋もあるんだねー。
でも、大丈夫?高いんじゃないの?
<主賓のリレイは、タダということになっている。友人たちが自分のために高い部屋代を払ってくれているのだとしたら、ちょっと申し訳ない。>
問題ないない、クーポンあるからそんなの気にせず楽しんじゃって!
<トヨミは一点の曇りもない笑顔で言った。
気を遭わせないことにかけて、彼女の右に出る者はいない。彼女のそういうところをリレイは尊敬している。>
ほら、リレイちゃん。言った通り、楽器の持ち込みOKだから!ジャンジャン弾けるよ!ジャンジャジャーン!
主賓に弾かせるのもどうなの?感じするけど。
だって聴きたいじゃん!リレイちゃんのギター!
確かに、なかなか聴く機会ないもんね~。
そしてもちろん!これも持ち込みOK!じゃじゃん!
お!バースデーケーキ!さっすがトヨミは外さないね~。
っほっほっほ、褒めなさい褒めなさい。もっとあたしを褒めなさい。
そんじゃあ、満を持しまして――ハッピーバースデー、リレイちゃん!
ハッピーバースデー!
バースデー!!
ありがとう!なんか照れちゃうね。
ほっほっほ、照れなさい照れなさい。もっとでれでれ照れなさい!
さてさて、さっそくプレゼントといきますか!あたしからはー……。
<トヨミが、がさごそと袋を漁り始めたその時。
突然、場に陰気な音色が流れ始めた。
暗く、重く、沈み込むような音色。明るさもあたたかさも呑み込んで、すべてをどんよりと澱ませていく。
それは、人の耳に聞こえる音ではなかったが、たちまちトヨミたちの心に沁み込み、気分を塗り替えていった。
トヨミたちは、困ったような、戸惑うような顔で落ち着かなげに周囲を見回した。
(こ……これは、気まずい……!先生の言うとおりだ!)
<本来盛り上がるべき状況なのに、わけもなく盛り下がってしまっていると言うのは、想像以上にキツかった。
なぜだか、盛り上げきれていない自分が悪いんじゃないだろうかという、よくわからない罪悪感すら芽生えてくる。
泥を呑み込んだような気まずさのなか、トヨミが、無理やり笑ってみせた。>
あー……あはは、ちょっとせっかちすぎたかな?もうちょっと盛り上がってからの方がいいかなぁ、あは、あはははははは……。
(トヨちゃん……!)
<自分の段取りを盛り下がりの原因にしつつ、どうにか茶化して気まずさを散らそうとする――自己犠牲の道化師だ。
トヨミのせいではないのに、トヨミがせっかく盛り上げようと準備をしてくれているのに、彼女にそんな業を背負わせるわけにはいかない。
リレイは、重くのしかかる空気を振り払い、あえて大きな動作でギターケースを開けた。>
ね、トヨちゃん。ね、その前にささっそく1曲、入れてみていい?
え?あ!そか!そうだね!ぜひ!ぜひお願いします先生!天上天下YOUが独SONG!
<ギターをアンプに繋いで、軽く調子を確かめる。使い慣れたピックを手に取りながら、十八番のナンバーを検索して入力。
流れ出すイントロに合わせ、手にしたギターの弦を爪弾けば、そこにひとつの世界が生まれる。
音の世界。曲の世界。
リレイが奏でる、リレイの世界。
リレイにとって、ギターはそのための武器だった。
みんなの心の音が聞こえる――そんな自分の特殊性に悩んでいたとき、父が教えてくれたもの。
己の音をかき鳴らし、他人の音すら乗りこなす。その連続がメロディに、その集合が曲になる。
ずっと、こうして戦ってきた。自分は自分であっていい――そんな思いで、自分の世界を外の世界に重ね、乗り越えてきた。
だから。
この曲が流れる世界の中では、大事な友達に気まずい思いをさせるような音なと決して流させはしない!>
さあ――行くよ!
<たかぶる思いを、全開に。リレイは、心の音色を爪弾いた。>
***
<リレイたちがいるカラオケボックスの屋上でそいつは、吐き捨てるようにつぶやいた。>
クソッ――なんだ、この音は!?どうして俺の音が打ち消されてるんだ!
<強い音色の持ち主が数人、盛り上がってパーティをやっている。格好の餌だと思ったのに流した音はあっけなく打ち消されてしまった。>
こうなったら、もう一度――
そんな音色じゃ、破れないわよ。あの子の音は。
なっ……!
予想通りだ。強い音に喰いついてきたな。
貴様が喰ってきた音――すべて吐いてもらうぞ。貴様が喰ってきた音――すべて吐いてもらうぞ。
もう逃げられないから。覚悟して!
<妖精が。龍が。吸血鬼が。機械が。次々と現れ、暴走妖精を取り囲んだ。>
待ち伏せ――!?罠かよクソォッ!
<暴走妖精は即座にその場の音を外した。フェアリーコードの伽から逃れ、翅音を大きく広げる。
ルミスたちも、それぞれ楽器を武器に変え掴音を広げて突撃した。>
止めたげるっ!
行きますっ!
<夜空色の大剣が鮮烈に閃き、暴走妖精を激しくぶつ叩いたところへ、機械の拳が正確無比にぶち込まれる。?
こいつも喰らえ!
ついでにこれもな!
<ソウヤが下から強烈に鎌で斬りつけ、跳ね上げた妖精に、タツマの放った翅音球が次々と着弾し、吹き飛ばした。>
やりやがってェ!こっちはなあ、さんざん音を喰ってんだよォ!
<暴走妖精が翅音を震わせ、音の矢を放った。
雨のように降り注ぐ矢を、ルミスたちは避け、あるいは武器で防御する。>
さすがに、一筋縄ではいかないみたいだね。
うつけが。分不相応の力で図に乗りおって!
はん!てめエらの音もすぐ喰ってやるよォ!そうだな、まずはそこの小娘から――
ごぎゃん!?
<背後からの一撃が、暴走妖精を屋上に叩きつける。
ぶうん、と斧を振り回し、ディギィは歯を見せて笑った。
来ちゃった。イェイ♪
か・え・れッ!!
えー。いーじゃんいーじゃん。こいつ強そうだしさあ、お互いキョーリョクした方が都合よくない?
都合がいいのはそっちだけでしょ!
えと、あの、これ、どっちを攻撃したらいいんでしょう……。
両方でいーだろ。
<1曲終えると、部屋に拍手の音が満ちた。>
いや~いい!実にいい!やっぱうまいね~リレイちゃん!
うんうん。すごーい。プロみたい!
これ聴けただけでも、お金出した価値はあったね。
<みんなすっかり盛り上がっている。妖精が流した音など、とっくにどこかへ消えてしまっていた。>
(これで、こっちは大丈夫。後は――)
<リレイは、ちらりと天井に目を向けた。
感じる。戦いの音色を。ルミスたちが暴走妖精と戦ってくれている気配を。
ちょっとギターの様子がおかしいから、広いとこで見てくるね。その間、順番回しててもらっていいから。
オーケーオーケー!盛り上げとくよん!
とっとと止まんなさいっ!
止まるかよお!俺はもっともっと音を喰って、もっともっと強く――
<ずどん、と放たれた弾丸が、暴走妖精の身体に突き刺さった。>
ぐえっ!
あれ、硬い。そっかー。1発当てたくらいじゃだめかー。
リレイちゃん?
なんだ、来たのか?あのままパーティやってても良かったんだぜ。
みんなでやった方が、早く終わる!でしょ?
<微笑み、リレイは武器となったギターを爪弾く。
家族や友達と過ごす日々も。暴走妖精を止めるための戦いも。
どちらも、リレイにとって――リレイが生きる世界にとって、大事なこと。自分の力で、立ち向かうべきことだ。
ギターはそれに応えてくれる。乗りこなし、乗り越える――そのための武器として、心の音色を奏でてくれる。
行ける。やれる。
その確信そのものを旋律に変えてリレイは謳う。高らかに。
感じる――心が、ノッてきた!
黒ウィズGP2019 入選 鶴音リレイ