【黒ウィズ】リレイ編(GP2019)Story
2019/09/12
story1 日常と戦いと
<ビルとビルとの隙間を、ごうっと風が吹き抜ける。
風は、何かを乗せていた。何か――淡くきらめき、揺れ動くものを。
音の装甲をまとい、輝く翅音を羽ばたかせて飛心現代では忘れ去られた存在――妖精である。
人の目には映らぬはずのその生き物を、ミホロはハビィの力で捕捉し、追いかけながら飛んでいた。>
<音を強めに噴射し、加速。一気に距離を縮めて近接戦を挑む。
妖精は、ついっ、と螺旋を描くような軌道でミホロの拳をかわし、距離を開けた。
速い――というより、巧い。風の流れを読み、自由自在に乗りこなす――その変幻の動きはハビィの計算をも超える。>
<下からの強襲。
跳ね上がる夜空色の刃を、暴走妖精は、あらかじめそう来ると知っていたかのような動きで、ひらりとかわす。
<ルミスとミホロは互いに逆側から回り込むようにして攻撃を繰り出すが、妖精は、その動きのすべてを読み切り、ひらひらとかわし続ける。
どんなものでも、動けば必ず空気が揺らぐ。風の妖精にしてみれば、攻撃するぞ、と事前に大声で教えてもらっているようなものだ。
暴走妖精は、からかうように宙を舞い、ふたりの戦士を翻弄し――
<ルミスの刃をかわした直後、飛んできた音の砲弾をズドンと喰らいぱぁん、と砕けて音に還った。>
<実体を失った音色が夜の彼方に飛んでいくのを、ルミスは嘆息混じりに見送った。>
<ほっとしたようにミホロが言うと、彼女が抱えた機械の塊――ハビィも、嬉しそうな電子音声を奏でた。>
<ルミスの講釈を聞いて、ハビィが不服そうな音を奏でた。>
<どうだか、とぼやくような音をハビィが発した。>
<動く際には、必ず空気が揺らぐ。それと同じように、動く際には、必ず心の音色も動く。
リレイは、敵妖精の発する音色を敏感に察し、妖精が”避けよう”とした方へ先んじて撃ったのだ。
<ルミスと出会って、2ヶ月余り。その間に、何度も暴走妖精と戦ってきた。
最初の方こそ、わたわたあわあわしていたが、最近は落ち着いて冷静に対処できるようになってきた、という自負がある。>
あ、ところでミホロさん。さっきの暴走妖精、どんな悪さをしてたの?
<妖精も案外アレなんだなあ、という感想を、こっそり呑み込むリレイだった。>
***
<リレイは、ぐでんと机に突っ伏し、うめいた。>
<英語の授業が終わったところである。
授業中に小テストが出されるということをすっかり失念してしまっていたので、惨惶たる結果となった。>
で、誰の?
…………。
私じゃん!!!!
***
<不気味な音が鳴り響く。あるべき秩序のねじれた音が。
リレイとルミスは、その音のする方へ向かい、いくつも都会の路地を曲がった。>
<パッ、と大通りに出て――リレイは戸惑い、周囲を見回した。>
<不気味な音は、もはや余韻も聞こえない。目の前に広がる光景にも、なんらおかしなところはなかった。>
<ふわり、とリレイの顔の横に漂ってきたルミスが何かをじっと見つめ、厳しい口調で言った。
彼女が見ているのと同じ方向に目を向けて、リレイはハッとする。
十数人の男女が、ぞろぞろと歩道を歩いている。ただそれだけといえば、それだけの光景だが――
彼らは、異様なまでに陰気な表情をしていた。その心から響くのは、暗く沈んだ弱々しい音色だけ。
明らかに、レイは、尋常な様子ではない。ぞっとなってつぶやいた。>
<フェアリーコードが強い場所では、妖精は本来のカを発揮できない。その場の音を外さなければ、心の音を喰うなどという真似は不可能だ。
そして、生き物の多い場所は、それだけフェアリーコードも強固になるため、そもそも音を外すこと自体が容易ではない。
だから、暴走妖精が人を襲うのは、たいてい人気のない場所に限られる――はずなのに。>
<リレイは、ソウヤたちに連絡を取り、近くのファミレスに集まることにした。
リレイとルミスが遭遇した事件の話を聞いて、タツマは不愉快そうに眉をひそめた。>
つまり、やり方によっては、不可能じゃないってことだ。
<一同は難しい顔で黙りこくった。>
<リレイが言うと、タツマが聞こえよがしに嘆息しガタッと席を立った。>
<そして、ちらっとソウヤを見る。>
<ぞんざいに言って去っていくタツマの背を、ルミスが不機嫌そうな目で見送った。>
<さらりと言うソウヤをルミスが睨んだが、ソウヤは気にする風もなく紅茶を飲んだ。>
<ハビィも、そうそう、とばかりに電子音を鳴らす。>
<憂うような眼差しを向けられ、リレイは思わず居住まいを正した。>
<ハビィがあきれたような電子音を奏でた。>
story2 守るべき世界
そうだ、あと、食べたい料理あるか?なんでも作ってやるぞ。
リレイちゃん、最近、暗い顔してること多いからね~。ここはパーッと行きましょうや!
<学校からの帰り道。リレイは、はあ、と嘆息した。
ここ最近、暴走妖精を捕まえなくちや、と気が張っていたのは確かだが、周囲に伝わっているとは思っていなかった。
いけないなあ、と反省していると、ルミスが、じろっと視線を送ってくる。>
奴のことなら、あたしに任せなさい。
あなたには家族がいるし、学校もある。そっちをないがしろにしてまで、こっちに首を突っ込むべきじゃないわ。
前にルミちゃんが言ってたこと。世界を守ろうとするのは当たり前のことだっていう、あれね。最近、なんとなくわかるような気がするんだ。
確かに……世界って、なんかフワッとしてて、大きすぎて遠いっていうか。世界を守るなんて、考えもしなかったなぁ。
<あのときは。いう事柄が、自分の人生と、”世界を守る"とまったく結びつかないと思った。
でも、今は。>
私は、それをなくしたくないって思うし……そうさせないための力が自分にあるなら、やらなくちゃ、って思うんだ。
大事な音がなくなってから後悔するなんて……考えただけでも、嫌だから。
<そう感じるようになったのは、やはりギンとの戦い以来かもしれない。
あのとき――リレイは必死に自らの音を奏で、フェアリーコードの崩壊を食い止めようとした。
だめかもしれない。そんな思いとの戦いだった。
ここで自分が倒れれば、大事なものがすべて、消えてなくなる。そんな恐れを如実に感じた。
同時に――逆に言えば、ここで自分が踏ん張れば、世界を守れるという思いが確然として生まれ、くじけそうになる心を支える力になった。
あのとき抱いた実感が、覚悟となり決意となって今のリレイの胸にある。
その音が、きっとはっきり伝わったのだろう。
ルミスは、静かにうなずいた。>
けど、こっちが忙しいからっていうのを、テストの点が悪いとか人間関係がうまく行かないとかってのの理由にするのは、禁止だからね。
<言った瞬間、ぞわりとした。
あってはならない音の気配が、リレイのうなじを撫で上げていく。>
***
音色を頼りに音の外れた方へ向かったが、またしても、辿り着いた時には空間は元に戻っていた。
ただし、前回と違って、そこには、人ならぬものたちの姿があった。
力を失い、地面に倒れた数人の妖精と――その傍らに立つ、悪魔の少女が。>
<ルミスが激昂の形相で詰め寄ると、ディギイは、あわてたように手を振った。>
<リレイは倒れた妖精たちに駆け寄った。
スプライトの双子と、フェノゼリーのじいさま。最近リレイも面識ができた妖精たちだ。>
fああ、すまんな、リレイ。やれやれ……とんだ目に遭ったわい。
f散歩をしておったら、そこのカフェから、突然、陰気な音が聞こえてきてのう。
覗いてみると、何かのパーティをやっておったんじゃが……それにしちゃあ、お通夜みたいな音色じやった。
fどうやら暴走妖精のようでな。わしらでは太刀打ちできなかったが……突然、どこかへ飛んで行ってしもうた。
そのお嬢ちゃんが近づいてきたせいだろうな。
にしても、あたしは、また変な奴が出てきたもんだね。ごちそうが増えて嬉しいけどさ。
じゃ、獲物がカチ合ったら、そんときゃまたね。バイバイ!
<ニヤリと笑い、ディギイは高々と跳躍して、一瞬でその場から立ち去って行った。
その姿を見送って、リレイは、うーんと腕組みをする。>
とりあえず……これで、ひとつわかったわね。
***
それで人間たちの音が弱まり、フェアリーコードが弱体化したところで、音を外す……それが敵のやり口よ。
場の空気が悪くなって、みんながしょげちゃうと、フェアリーコードが弱まって、音を外しやすくなる……ってこと?
本来盛り上がるべき空間で盛り下がるのは、想像以上に苦痛だからね……心の音色も弱くなりやすい。
<ひょい、とリレイは手を挙げた。>
ていうか……放っといても、勝手に来るかも。
story3 誕生パーティ!
<トヨミが予約していたのは、近所のカラオケボックスの一室だった。
カラオケと言っても、より、ずっと綺麗で、リレイが想像するイメージおしゃれで、豪華な部屋だ。
部屋自体の豪華さもさることながら、ガラス張りの窓から覗く都会の街並みが、鮮烈な特別感をプラスしている。
でも、大丈夫?高いんじゃないの?
<主賓のリレイは、タダということになっている。友人たちが自分のために高い部屋代を払ってくれているのだとしたら、ちょっと申し訳ない。>
<トヨミは一点の曇りもない笑顔で言った。
気を遭わせないことにかけて、彼女の右に出る者はいない。彼女のそういうところをリレイは尊敬している。>
そんじゃあ、満を持しまして――ハッピーバースデー、リレイちゃん!
さてさて、さっそくプレゼントといきますか!あたしからはー……。
<トヨミが、がさごそと袋を漁り始めたその時。
突然、場に陰気な音色が流れ始めた。
暗く、重く、沈み込むような音色。明るさもあたたかさも呑み込んで、すべてをどんよりと澱ませていく。
それは、人の耳に聞こえる音ではなかったが、たちまちトヨミたちの心に沁み込み、気分を塗り替えていった。
トヨミたちは、困ったような、戸惑うような顔で落ち着かなげに周囲を見回した。
<本来盛り上がるべき状況なのに、わけもなく盛り下がってしまっていると言うのは、想像以上にキツかった。
なぜだか、盛り上げきれていない自分が悪いんじゃないだろうかという、よくわからない罪悪感すら芽生えてくる。
泥を呑み込んだような気まずさのなか、トヨミが、無理やり笑ってみせた。>
<自分の段取りを盛り下がりの原因にしつつ、どうにか茶化して気まずさを散らそうとする――自己犠牲の道化師だ。
トヨミのせいではないのに、トヨミがせっかく盛り上げようと準備をしてくれているのに、彼女にそんな業を背負わせるわけにはいかない。
リレイは、重くのしかかる空気を振り払い、あえて大きな動作でギターケースを開けた。>
<ギターをアンプに繋いで、軽く調子を確かめる。使い慣れたピックを手に取りながら、十八番のナンバーを検索して入力。
流れ出すイントロに合わせ、手にしたギターの弦を爪弾けば、そこにひとつの世界が生まれる。
音の世界。曲の世界。
リレイが奏でる、リレイの世界。
リレイにとって、ギターはそのための武器だった。
みんなの心の音が聞こえる――そんな自分の特殊性に悩んでいたとき、父が教えてくれたもの。
己の音をかき鳴らし、他人の音すら乗りこなす。その連続がメロディに、その集合が曲になる。
ずっと、こうして戦ってきた。自分は自分であっていい――そんな思いで、自分の世界を外の世界に重ね、乗り越えてきた。
だから。
この曲が流れる世界の中では、大事な友達に気まずい思いをさせるような音なと決して流させはしない!>
<たかぶる思いを、全開に。リレイは、心の音色を爪弾いた。>
***
<リレイたちがいるカラオケボックスの屋上でそいつは、吐き捨てるようにつぶやいた。>
<強い音色の持ち主が数人、盛り上がってパーティをやっている。格好の餌だと思ったのに流した音はあっけなく打ち消されてしまった。>
<妖精が。龍が。吸血鬼が。機械が。次々と現れ、暴走妖精を取り囲んだ。>
<暴走妖精は即座にその場の音を外した。フェアリーコードの伽から逃れ、翅音を大きく広げる。
ルミスたちも、それぞれ楽器を武器に変え掴音を広げて突撃した。>
<夜空色の大剣が鮮烈に閃き、暴走妖精を激しくぶつ叩いたところへ、機械の拳が正確無比にぶち込まれる。?
<ソウヤが下から強烈に鎌で斬りつけ、跳ね上げた妖精に、タツマの放った翅音球が次々と着弾し、吹き飛ばした。>
<暴走妖精が翅音を震わせ、音の矢を放った。
雨のように降り注ぐ矢を、ルミスたちは避け、あるいは武器で防御する。>
ごぎゃん!?
<背後からの一撃が、暴走妖精を屋上に叩きつける。
ぶうん、と斧を振り回し、ディギィは歯を見せて笑った。
<1曲終えると、部屋に拍手の音が満ちた。>
<みんなすっかり盛り上がっている。妖精が流した音など、とっくにどこかへ消えてしまっていた。>
<リレイは、ちらりと天井に目を向けた。
感じる。戦いの音色を。ルミスたちが暴走妖精と戦ってくれている気配を。
<ずどん、と放たれた弾丸が、暴走妖精の身体に突き刺さった。>
<微笑み、リレイは武器となったギターを爪弾く。
家族や友達と過ごす日々も。暴走妖精を止めるための戦いも。
どちらも、リレイにとって――リレイが生きる世界にとって、大事なこと。自分の力で、立ち向かうべきことだ。
ギターはそれに応えてくれる。乗りこなし、乗り越える――そのための武器として、心の音色を奏でてくれる。
行ける。やれる。
その確信そのものを旋律に変えてリレイは謳う。高らかに。
感じる――心が、ノッてきた!
黒ウィズGP2019 入選 鶴音リレイ