【黒ウィズ】フェアリーコード3 Story3
フェアリーコード3 Story3
目次
story
君たちは、再びファミレスに集まった。
もちろん、スニェグーラチカの脅威について話し合うためだ。
ファミレスでの作戦会議は、もはや、この異界で異常事態が起きた場合の恒例行事と言っていいかもしれない。
ただ、今回は、とびきり強烈なイレギュラーが混ざっていた。
ディギィはなんともご機嫌な笑顔で、目の前にずらりと並んだパフェやクレープをガツガツ平らげていく。
ルミスは何か知らないにゃ?
17年前……我や、ラプシヌプルクルや、東京中の音が吸われたのは、フェアリーコードが乱れたゆえと思っていたが……。
あの音を聞いて、わかった。あのとき、我らの音を吸い尽くしたのは、奴の仕業だ。
ユリカは答えず、ただうつむいていた。
そうだね、と君はうなずいた。今はまず、どうやってスニェグーラチカに勝つか……その方策をひねり出す必要がある。
気持ちが音に、音が力になる異界。
だからこそ君も、フェアリーコードの影響で魔法を封じられてなお、培った音を力に変えて戦うことができた。
だが、ソウヤの言う通り、力の源となる音が、どうあがこうと消されてしまうのでは――
たとえば、私たち音の力が100ポイントあるとして――
同じタイミングで現場に着いたのに、君の方が音が消えるのが早かったのは、リレイとルミスの方が音の力が強かったからだろう。
ぽつり、とリレイが口を開いた。
彼女らしからぬ弱々しい響きに、ー瞬、場の音色が静まり返る。
リレイは、自らが呼び込んだその結果に驚いたように顔を上げ、あわてて手を振った。
ルミスは、嫌そうな顔でディギィを見た。
ルミスがこめかみを抑えるのを見て、君は、ディギィの協力がいるってこと?と水を向けた。
でもさー、あいつおいしそーじゃないからさー。悪いけどパス。
まあ、そうなるだろうな、と君は思う。
ディギィは、暴走妖精や悪魔などが持つ、他の気持ちをかき消すくらい極端に強まった音色を好んで食べる、グルメな悪魔だ。
スニェグーラチカは、かってない脅威だが、暴走しているわけではない。彼女と戦うことは、ディギィにとってなんのメリットもないのだ。
なんとか交渉できないものか、と君が考えていると、リレイがディギィに向き直り、ぱん!と手を合わせつつ頭を下げた。
速攻で話がまとまっていた。
***
作戦会議を終え、ルミスとともに、家への帰路を歩きながら。
リレイは、ぽつりと、つぶやきをこぽした。
そのまま夜に溶けてもおかしくないほどかすかなつぶやきだったが、ルミスは、当然のようにそれを拾い、投げ返した。
でも、やらなきゃ勝てない。
率直な問いかけに、リレイはー瞬、足を止めた。
認めたくなかったのか。知られたくなかったのか。
いずれにしても、その問いは彼女にとって、歩みを止めずにいられないほどの重さがあった。
その重さを噛み締めるように、
リレイはうなずき、空を見上げた。
私ね。たぶん、結構やれると思ってた。自分で。
ルミちゃんに会って、音の使い方とか、いろいろ教えてもらって……暴走妖精や悪魔とも、戦えるようになったんだって。
でも……私が戦えてたのは、音の力があったから。
あのとき、自分の音が、どんどん消えていくのを感じて……それで……。
怖くなった。
その思いは。その音色は。口にするまでもなく、静かな夜に溶け出していた。
ごめん。ルミちゃん。私が、もっとしっかりしてたら……ルミちゃんも、もっと戦えたはずなのに。
震える声が、夜を震わす。重く押し潰されて、凍えた音色が。
それを受けて。
ルミスは、あっさりと応えた。
できるかな。
あなたがくじけたら、きっと無理。でも、くじけなかったら、きっとイケるわ。
だってあなた、これまでどんな音だって乗りこなしてきたじゃない。暴走しかけたあたしの音だって。
なら、怖がることなんてない。どんな音も、乗りこなして、立ち向かえばいい。これまで、ずっとそうしてきたみたいにね。
乗りこなす。
その言葉に、リレイは、ハッと顔を上げた。
当たり前のように使ってきたものが、何よりの切り札だったと気づかされたような。そんな顔を。
でも、あなたって、なんていうか――思ってたより、根が戦士だったのよね。
だから、引っ込めとは言わないわ。
ここで怖さに屈したら、あなたはきっと、後悔して泣くだろうから。
違う?
からかうようなルミスの問いに、リレイは、ふるふると首を振った。
そうだ。思えば。
最初にルミスと出会ったとき。自分に音を操る力があると知らなくても、リレイは、ルミスを助けたいと願い、動いた。
自分とトヨミを守るために戦うルミスの――トヨミを手にかけようとする暴走妖精さえ守ろうとする彼女の力に爽りたいと思ったから――
その思いは、今も変わっていない。
いや――あれからいろいろなことがあって、もっと強く、大きな気持ちになっている。
怖くても、力がなくても、何かしたい。じっとしてられない!
ルミスは、ふわりと笑った。
何かを思い出すような微笑みだった。きっと、リレイと初めて会ったときのことを――そのときリレイの中に見た光を。
リレイは、はにかむように微笑んだ。
その顔色には、まだ蒼白さが残っている。不安や、恐怖や、情けなさや、申し訳なさが。
だが、聞こえる音色は、勁(つよ)さを帯びて。
震える声は、確かに夜を震わせた。
story 理性と
……自宅に悪魔を招くことになるなんて、さすがに考えたこともなかったな……。
ぱん!とディギィが両手を合わせた。
彼女の前には、きれいな皿が並んでいる。いずれもソウヤの手料理が載っていたが、けんたんぺろりと健啖(けんたん)に平らげられていた。
ほんとにね、と君もうなずいた。
「スニェグーラチカが現れてから、全員が駆けつけるまで、時間稼ぎが必要よ。
ディギィの音なら、簡単には消されない。あたしたちが到着するまで戦える。だから、近くにいた方がいい。」
……というルミスの指示で、ディギィと君たちはソウヤの家に厄介になることとなった。
ディギィを自宅に入れることについて、ソウヤはかなり渋っていたが、最終的に、君もいるからということで折れたのだった――
あたしグルメだからさー。暴走してガンッガンに突き抜けた、キョーレツな音しかキョーミないの。
あっけらかんとした音が伝わってくる。
ディギィには、裏表というものがない。思ったことを、思ったままに口にする。嘘めいた陰りなど、微塵もなかった。
誰かの心を奪うのは、殺人と同じだ。決して許されることじゃない。
気づかれないよう、ため息を吐いたとき。
意外な切り返しを受けて、ソウヤはぎくりとなった。
ユリカが、食事の手を止める気配がする。
ソウヤは心を落ち着け、静かに述べた。
本能的に、音を喰いたくなることはある。でも、理性によって自制できる。だから、しない。絶対に。
ソウヤがその本能を自覚したのは、音の力を使って戦うようになってからだ。
ユリカの音を取り戻すため――当時は、妖精の仕業と思い込み、犯人を捜すためにも、暴走妖精と戦う道を選んだ。
音の力を戦うために使える、ということを、知識として知ってはいたが、平和な日本で、実際にその力を振るったのは初めてだった。
すると、ソウヤの血肉が音を求め始めた。
強い気持ち――強い音を奪い、喰らいたい。そんな欲求に苛まれて。
その欲求を抑制するため、ソウヤは訓練を重ねた。ー時、ルミスフィレスに教えを請いもした。
ソウヤは、ちらりとユリカを見た。
音を取り戻したら。彼女もいつか、その力を振るう日が来るかもしれない。大事なものを守るために。
そのとき、決して本能の欲求に溺れることがないよう、自分の苦慮した経験を、あらかじめ教えておかねばならないと思った。
この子をどう扱うべきなのだろう、と、ソウヤは悩む。
「いつかは倒さなきゃいけない相手よ。」
そう。いつかは。手にかけなければならない。彼女が喰ってきた暴走妖精の音を解き放ち、元に戻してやるために。
だが、その〝いつ”とは、いつなのか。
ディギィとは、何か事件が起こるたび、なんだかんだと――主に利害のー致を理由として――共に戦ってきた。
今回もそうだ。今回の作戦はディギィありきだ。ユリカを守るため、彼女の協力が不可欠だ。
だが、そのあとは?
「あまり馴れ合わない方がいいわ。……情が移ると、やりにくくなるから。」
相容れない相手とわかっていても、ためらいなく彼女を討てる自信は、ソウヤにはない。
突然、悪気のない直球が投げられた。
ユリカを産み落とした際、大量に出血し、そのまま命を落としていた。
人間なら、ばつの悪そうな顔をするところかもしれないが、ディギィは気にする風もない。
ディギィの興味はそこで途絶えたようだった。雑な相槌を打ち、大きく伸びをする。
音が消えた。
その唐突さに、ソウヤはー瞬、茫然となり――すぐさま我に返って、苦々しく顔を歪めた。
スニェグーラチカ。
すべての音を吸い込む妖精の、あまりに静かな宣戦布告。
ユリカを連れて、屋上へ出た。
yパパ……。
どうせ逃げ場があるわけでもないし、どこかへ隠しておけるわけでもない。なら、ー緒にいるのが最も安全だ。
あの日。妻がユリカを産み落とした日。命尽き果てた彼女に誓った言葉を、ソウヤは胸中で繰り返す。
果たして、屋上にはスニェグーラチカが立っていた。
ディギィはギターを斧に変え、スニェグーラチカヘと突っ込んでいった。
すぐに吹雪のフィールドが展開し、氷の騎士が数体、ディギィを迎え撃った。
story
リレイたちが、戦いの場に駆けつけてくる。
ディギィが騎士たちとぶつかり合うー方、君は障壁を展開し、ソウヤとユリカを守っていた。
もちろん、障壁も君の音の産物だ。吹雪によって徐々に削られている。だが、おかげでソウヤの音は減らずにすむ。
騎士を蹴り飛ばし、ディギィが下がる。
叫ぶソウヤの左手に、紅の翅音が宿る。
牙のような形をしたそれは、5つに別れ、リレイたちの翅音に突き立った。
そして、吸う。
ここに彼女らの音。彼女らの気持ちを。吸い上げ、喰らい、血肉に宿す。
スニェグーラチカの目に、険が宿った。その意志を受けて、氷の騎士たちが殺到してくる。
迎え撃つのは、紅蓮の軌跡。
瞬時に皆の前に立ち、鎌を振るうソウヤのー閃が、騎士たちを軒並み割り断ち、蒸発させていた。
その血に宿る、6人分の音色とともに。
ソウヤは荒れ狂うような咆呼を上げ、駆けた。
「あたしたちの音を吸いなさい、ソウヤ。
あなたなら、できるはずよ。吸血鬼。」
それが、ルミスの提案だった。
なるほど、と君はうなずいた。吸血鬼――他者の音を吸う、ソウヤだからできる作戦だ。
ソウヤの顔には、迷いがあった。
ルミスは、じろりとソウヤを見つめた。
そのためにやってやるのだから、迷わず素直に好意を受け取れ――そう言外に告げるように。
ソウヤは、息を呑むように沈黙し――
数瞬ののち、迷いを撃ち払うように頭を振ってから、うなずいた。
すまない。みんなの音を、貸してくれ!
***
激情に任せたー撃が、騎士を断つ。
いつもの理性的な彼の戦い方ではない。獣が乗り移ったような、凶的な暴れようだった。
後退し、吹雪のフィールドから離れながら、リレイは不安そうな声を上げる。
翅音を形成する力さえ出し尽くしたルミスは、小さくなってリレイの頭に腰かけ、ひょいと肩をすくめた。
story
鎌を振るうソウヤの胸には、制御しがたいほどの激情の渦と――そして、かすかな納得があった。
6人分の音。6人分の力。そんなもの、到底制御できるはずがない。だが。
すべて、聞き覚えのある音だった。共に戦い、力を合わせ――死闘のなかで、聞き慣れてきた音だった。
征(ゆ)く。
流れるは、鮮烈にして高らかなる音色。夜天にきらめく星の吟詠、流麗にして豪烈なる剣の勇躍。
ソウヤは踊るように騎士の剣をかわし、次いで、すれ違いざま、その胴を薙ぐ。
駆ける。馳せる。吹雪を裂いて。
音が、削れて消えていく。そのたびに、新たな音色が隆起する。
勇ましくも目覚ましい、明るさと強さを秘めた音。大切なものを守るという、強い気持ちの証として。
ソウヤは左手の翅音を切り離す。
コウモリ状に飛び立つ翅音のかけらは、散弾となって、2体の騎士を同時に砕く。
踏み込む。さらに。抗う空気を破り捨て。
音が消え、音が変わる。
雄渾。そして壮麗。聴く者すべてを平伏させんばかりの、大いなる威厳に満ちた音色。
その音に従い、翅音が羽ばたく。
さらに向かい来る騎士たちへ、電撃的に突撃し、吹き飛ばして、ソウヤのための道を開いた。
疾駆。前進。紅の進撃。
入れ替わるように、新たな音が羽ばたいた。
あどけなくも冴え冴えとした電子音。生まれたことへの喜びを、そのまま旋律に変えたような。
高揚と冷静さが、同時に満ちる。紅に染まったソウヤの瞳は、迫る騎士たちの動きを見切り尽くしている。
最善の位置へ踏み込み、最適なタイミングで、最良の角度へ、最高のー閃を贈る。
計算し尽くされたー撃は、騎士たちを瞬く間に薙ぎ散らした。
止まらぬ。なおも。猛然と。
待ってましたとばかりに音が鳴る。
快楽的で圧倒的で刹那的で挑戦的で利己的で衝動的で情熱的で大胆不敵な音が!
思考が吹き飛ぶ。烈然と。
ソウヤは音食む獣となって、荒れ狂うような刃を放つ。
砕き、むさぼり、蹴倒し、散らし、薙いで弾いて吹き飛ばし、踏みつけ断ち割り、裂き千切る。
迫る。
届く。刃が。女のもとへ。
暴虐の音が鎮まり薄れ、しかし、それでも残る音がある。
ソウヤ自身の心の音色。
優雅に冴え渡る、血風たなびく〝勝利の旋律(フニッシュコード)”が。
雪の女の、耳柔(じだ)を打つ!
***
最後の騎士が、砕け散る。
飛散する氷片。その狭間に火が灯る。
紅蓮に燃ゆる、火の眼(まなこ)。
感じる。熱く。失われた脈動、消えかけた音を。
愛する娘の心の音を。
身を、音を、荒めく吹雪に削られながら――
左手の翅音を牙に変え、スニェグーラチカの腹へと突き込んだ。
夜を震わす叫びを上げて。
スニェグラーチカは、吹雪と弾けた。
story
吹雪が、残り香のように散っていく。
頬をなぶる冷たさに耐えながら――ソウヤは、手にした光を、じっと見つめた。
スニェグーラチカの中にあった光。きらめく翅音をたたんだような、音の塊。
かつて奪われ、囚われた、ユリカの音色。
どれほど、欲したことだろう。幾度、それを取り戻す瞬間を夢見たことだろう。
ソウヤは、半ば茫然と、つぶやきをこぼす。
託された音は、すでにほとんど消え散った。ソウヤ自身の音色さえ、半ば凍てついている。
それでも――湧き上がる喜びの火が、ソウヤの胸を、熱く、熱く焦がしていた。
ソウヤは顔に喜色を浮かべ、いまだなお凍てついた屋上を駆けた。
音を託してくれた仲間たちのもとへ。彼らに囲まれ、待っている、ユリカのもとへ。
辿り着き、ひざまずき――そっと光を差し出した。
ユリカは、あの茫洋とした瞳でそれを見て、
yいや……。
かすかにつぶやき、首を横に振った。
yこんな音……わたし……いらない。
背後から、音もなく伸びた黒い手が、輝く光を、ぐいと押し込む。
ユリカの口へ。ユリカのなかへ。無造作に。
影が滑り込むように、ソウヤの後ろに立った悪魔は、ニィ、と唇を吊り上げた。
yあ――
ぶるり、とユリカが震えるのを、君は見た。
yああ――ああああ――あああああああああっ!!
その小さな唇を内側から裂くようにして、すさまじい絶叫と、音の嵐が噴き出した。
君たちは、たまらず嵐に弾かれた。音を失った今、誰も防げないほどの音圧だった。
ただひとり。ゆるりと佇む悪魔を除いて。
弾かれながら、ソウヤは娘に手を伸ばす。
それより早く、武骨な手が、なおも叫び続けるユリカの頭をつかんでいた。
おかげで、楽ができたぜ。笑い、マサンは手にしていた楽器をかき鳴らした。
その音に呼応するように、ユリカの身体がおぼろにかすみ、溶けるように、マサンの楽器へ吸い込まれる。
あまりに異様な光景を、誰もが声もなく見つめるなか。
マサンは、手にした楽器を床に突き立てた。
いや。それはもう、楽器の形をしていない。
ユリカ自身を吸い込んだそれは、禍々しい音を放つ、長大な曲刀と化していた。
フェアリーコードをぶっ裂く剣が!