【黒ウィズ】フェアリーコード3 Story1
フェアリーコード3 Story1
目次
story
というわけで、ファミレスに来た。
前に会ったのが5月だから、1ヶ月ちょいぶりか。
あたしとリレイは2週間くらい前にも会ったけど、それは覚えてないって言うのよね。
『異界を超えると時間の流れがズレるのかも』ってハビィが……あ、魔法使いさん、メロンソーダでいいですか?
あたしたちも欲しい!
あの透明でシュワシュワしたやつ飲みたーい!
きゃいきゃい騒いでいるのは、いたずら好きの妖精、スプライトの双子だ。最近、よくこの集まりに顔を出すらしい。
というのも――
遅れてすまない。魔法使いさんもウィズさんも、お久しぶり。
にゃ!そっちの子が、噂の……。
君たちとは、初めましてだね。娘のユリカだ。
y……はじめまして。ユリカです。
ソウヤの連れてきた少女――ユリカが、ぺこりと頭を下げた。
表情といい、しゃべり方といい、なんともぼんやりした少女だった。
それもそのはず――彼女はかつて、何者かに心の音を喰われたのだという。
ただ、少し前、ラプシヌプルクルのエコー体に音を分け与えられたことで、今は少しだけ感情を取り戻している。
ユリカ、いえーい!
ユリカ、なに飲むー?
y……クリームソーダ。
クリームソーダ入りましたー!
はいはい。
ユリカちゃんも妖精が見えるんだね、と、君が言うと、ソウヤは複雑そうな笑顔を浮かべた。
吸血鬼の血を引いているからね。
妖精たちとも仲が良さそうで何よりにゃ。
このところ、いろんな妖精に会っているんだ。ユリカの音を取り戻す方法を知らないかって。ルミスフィレスに仲介してもらってね。
そしたらみんな、ユリカちゃんのこと、すっごく気に入っちゃって。もう、すっかり人気者だよ。
ユリカちゃん、かわいいもんね。
そうね。それに、妖精はたいがい子供好きだし。
精神年齢がガキだからな。
はーいタツマのコーラにタバスコ入りまーす。
やめろ!ガキか!!
どうして妖精は子供好きなの?君はルミスに尋ねてみた。
子供は純粋だから。その分、大人より心の音色を感じ取りやすくて、妖精が見えることも多いしね。
あ、そういえばトヨちゃんも、ちっちゃい頃に妖精と遊んでたって言ってたね。
私は、ハビィに会うまでぜんぜんだったけど……。
今の時代は、フェアリーコードが強固になってるから。妖精が見える子も少なくなってきてるみたいね。
昔はもっとフェアリーコードが緩くてね。妖精が子供とー緒に遊ぶことも珍しくなかったんだけど。
みんな、ユリカを見ると、その頃を思い出して嬉しくなっちゃうんでしょうね。
あたしたちはその頃のこと知らないけどー、人間の子と話すの楽しーい!
誰も反応してくれないとさー、イタズラはしやすいけどー、やっぱつまんないからねー!
あれ?でも私、昔から心の音が聞こえたけど、ルミちゃんに会うまで妖精見たことなかったよ?
ここいらの妖精や妖怪は、17年前にー度全滅してるからな。出くわす機会がなかったんだろ。
あ……そっか。
17年前――この地のフェアリーコードが乱れ、地上の音がすべて消えてしまったという。
タツマは、まさにその事件の当事者だった。
妖精や妖怪は全滅。人や獣も心の音を失うところだったが――
タツマの友ラプシヌプルクルが、自らの音を捧げて、彼らを救った。
天の火の音から生まれた竜……ラプシヌプルクルのような存在がいれば、ユリカに音を与えられるんだろうけど……。
まだ見つかってないにゃ?
手がかりさえもね。
でも、治せる可能性が見つかっただけでも、大きな進歩だよ。みんなに出会うまで、1年くらい空振り続きだったからね。
『どうせ妖精の仕業だろ』とか言ってあたしたちを目の敵にしてた頃ね。
悪かったって……。
ルミちゃんだって、しばらく先生に当たりキツかったでしょ。
だって吸血鬼って言ったら、妖精を食べて力を取り込んだ連中よ?警戒して当然でしょ。
そうなの!?
今は違うよ。大昔の話だから……。
妖精でも人間でも、誰かの音を食べるなんて、そんな残酷なこと、絶対しない。
ああ、そうだ。食べると言えば……。
ソウヤが、君たちに視線をくれる。
そうなのだ。この異界で食べていくには、ソウヤの力(お金)を借りるしかない。
君は、すいません、またお世話になります、と深く頭を下げた。
とりあえず1000万円ほどくれにゃ。
ウィズさん、それはケタがおかしい……。
君はウィズの分まで頭を下げた。
story
ファミレスを出た後、ソウヤはユリカとともに、近くの繁華街を訪れた。
今日はもともと、ユリカと買い物に行く予定だったのだ。
何か、欲しいものはあるかい?
手を繋いで歩きながら尋ねると、ユリカは相変わらずぼんやりした顔つきで、しかし、こくりとうなずきを返してくれる。
y……リボン欲しい。赤いの。
リボンか。いいね。じゃあ、お店を探そうか。
ソウヤは、にっこりと頬を緩めた。
こんな他愛のない会話ひとつで、心が躍る。
なにしろユリカは、心の音を失って以来、何かを欲しがることなどなかったし、話しかけても返事さえしなかったのだ。
「ねえパパ、お人形のおうち欲しいみんながー緒に暮らせるおうち!」
今のユリカは、あの頃の明るさを――本来持っていた情動を、まだ取り戻せていない。
それでも――娘が自分の願いを口にするというのは、こんなに嬉しく、ありがたいことだったのだと、噛み締めずにはいられなかった。
(やっと、可能性が見つかったんだ。必ず取り戻してみせる。ユリカの笑顔を……ユリカが幸せに笑える未来を)
そのとき、びょう、と冷たい風が通りを吹き抜けた。
あちこちで、驚いたような声が上がる。
6月に吹くにしては、冷たすぎる風だった。太陽のぬくもりにあたためられることを拒んだような、身を切る寒さを帯びている。
咄嵯にユリカをかばったソウヤは、別の冷たさを感じてもいた。
冷酷で、冷徹な音。
凍えた鉄の刃を無造作に突き立てるような、無慈悲なまでに清らかな音色を。
(なんだ?この音は……!何か――まずい!)
湧き上がる危機感に背を押され、ソウヤはユリカを抱えるようにして、脇の路地へと飛び込んだ。
路地には誰の姿もなく、なんの音もない。
そのはずだったが。
ぱちり、と弦の切れるように路地の音が外れ、周囲の風景が異様な色に染めあげられる。
同時に、あの冷たい風が――雪の混じった、もはや吹雪とでも呼ぶべきものが、音の外れた路地へ流れ込んできた。
はあっ!
ソウヤは左手の先から紅の翅音を展開し、音の楯となして、ぶつかってくる吹雪を退けた。
吹雪は生き物のように唸りながら後退し、その場でぎゅるぎゅると渦を巻くと――
びきりと凝固し、氷でできた騎士のような姿に変じた。
暴走妖精……?それとも悪魔か?どちらにしても!
ソウヤは懐から取り出した携帯ピアノに己の音色を通わせ、巨大な鎌へと変える。
y……パパ。
大丈夫だ、ユリカ。娘をかばうように立ちはだかり、鎌の切っ先を騎士へと向ける。
襲ってくるなら、容赦はしない!
***
冷たっ――
冷たい風にあおられて、キョウコは、ぶるりと身体を震わせた。
風が吹き抜けた後には、まるで冷たいナイフで肌を撫でられたような、ぞっとする感覚だけが残った。
その不気味さから逃れたくて、隣を歩く少女に声をかける。
もう……なんだろ。今の。夏なのに。ねえ?
んー……。
ディギィは、険しい顔で首をひねっていた。
彼女がそんな顔をするということは、やっぱり、あの風はただの風ではなかったのか。キョウコは不安を押し殺し、少し声をひそめた。
ディギィちゃん、どうかした?ひょっとして……また悪い妖精が出たの?
妖精は妖精だけど……なんか変っていうか。
不思議そうにつぶやいてから、ディギィは、二カッと白い歯を見せた。
ま、いっか。おいしそーな音もしないし。放っとこ、放っとこ。
天真爛漫な笑顔を見て、キョウコはホッとした。
ディギィが放っておこうと言うなら、大丈夫だ。彼女は危険な妖精を食べてくれる、〝ありがたい悪魔”なのだから。
それよりキョーコ、次どこ行く?歩いてたらおなか空いちやったからさー。あたしパフェがいーな、パフェ!
はいはい。この先に、評判のいいお店があるの。そこ行ってみよ。
いえーい!
***
おおっ!
ソウヤは、大きく振るった鎌のー閃で、氷の騎士を強烈にはね飛ばした。
(なにか、変だ。だんだん力が抜けていくような――
それでも、この程度の相手なら!)
勝利を確信し、鎌に備わる鍵盤状の刃に指を這わせる。
たちまち、優雅にして凛烈なる旋律が流れ出す。
〝勝利の旋律(フニッシュコード)”――その名の通り、絶対の勝利をもたらす旋律が。
貴様の音など……消し尽くす!
***
ソウヤは、荒ぶる激情のすべてを翅音に込めた。左手の先に展開した真紅の翅音が、牙のごとく尖鋭化する。
氷の騎士が繰り出す剣撃をかいくぐり、その懐へ、翅音の牙を走らせる。
音が消えた。
その場に流れる、すべての音が。
なっ――
左手の翅音も、右手の鎌も。ソウヤの心の音色から生まれたすべてが、幻のように消え失せた。
氷の騎士の前蹴りが、無防備なソウヤを吹き飛ばす。
ぐあっ――
動揺のあまり回避もままならず、ソウヤは、ごろごろと路地を転がった。
Z……吸血鬼(コードイーター)。
声がした。
太陽のぬくもりにあたためられることを拒んだような――ぞっとするほど冷たい声が。
Zその子の、親か。
女が。
立っていた。いつの間にか。氷の騎士の、すぐ傍に。
その眼差しの冷たさに、ソウヤは思わず息を呑む。
薄く鋭いカミソリで、肌を1枚1枚削がれるような――
内臓が、きゅっと収縮するような感覚に耐えソウヤはきつく女を睨んで起き上がる。
おまえは……何者だ?妖精か――悪魔なのか?
女は、その質問には答えず、そっと吹雪のような声音を吐いた。
どけ。その娘の音をもらう。
なんだと!?ふざけるなっ!ユリカは――
問答無用で騎士が踏み込み、凍れる刃を振り下ろしてくる。
ソウヤはどうにか剣をかわし、歯噛みした。
この騎士自体は大した敵ではない。だが、今のソウヤに反撃のすべはない――この無音の空間では翅音も鎌も出せない!
手をこまねいているうちに、騎士が楯をぶつけてきた。
ぐっ!
交差させた両腕の上から冷たい衝撃が走る。ソウヤは、たまらず後退した。
がちり、と騎士はさらに1歩を踏み出す。
その前に、サッと小さな影が立ち塞がった。
ユリカ。
ぼんやりとした顔のまま、小さな両手を広げて。ソウヤをかばうように――
ユリカ!
y……パパに、ひどいことしないで。
女は無機質な眼でユリカを見つめ、淡々と答える。
おまえの音さえ消せれば、それでいい。
させ……るかァっ!
苦痛をこらえ、ソウヤが起き上がったとき。
天地を揺るがす激しい音が、ユリカと騎士の間に降り落ちた。
あんたがやられるほどの相手か。
先生、ユリカちゃんを連れて逃げてください!
ソウヤは、ー瞬だけ逡巡したが――
――すまない!そいつはこちらの音を消してくる!注意してくれ!
今の自分では戦力にならないと判断し、ユリカをかっさらうようにして、後ろへ駆け出した。
残ったタツマとミホロは、氷の騎士と謎めいた女を毅然と見据える。
汝の音(ね)――暴走してはおらぬようだが。なにゆえ、かような狼籍をなす。
どいていろ。
どきません!たとえ暴走してなくても、心の音を狙うなら、放っておけないから!
揺るぎなく立ち塞がるふたりを見やり、女は、ただ薄く目を細めた。
氷の騎士が、無言でガチリと足を進めた。
story
音が……!
消えていく。どうしようもなく。
その感覚を、タツマは慄然と味わう。
あっ……。ハビィのアーマーが解けた。音を――掃音を翅音できなくなったのだ。
まずい、と思ったとき、びょおっと激しい吹雪が吹き荒れ、タツマたちの視界を白1色で染めた。
吹雪が止むと、その先にもう彼女らの姿はなかった。
消えた……。
ソウヤ先生たちのところへ行ったのかも、とハビィが警告を発する。
それ、まずい……よね。早く追わないと!
身をひるがえそうとしたミホロは、タツマが、じっと虚空を睨んだままなのに気づいた。
タツマくん……?
……間違いない。あの音には覚えがある。
タツマの口から、憤怒を帯びた声音が漏れる。
17年前――東京の音を吸い尽くした、あの音だ…!
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