【黒ウィズ】フェアリーコード Story 1章 ~異変~
目次
story1 失われた力
どう見ても異界にゃコレ!!!
そうだね、と君は頬をかいた。
君にとってはよくあることだが――それもどうかと思うが――突然、光がみちあふれ、見知らぬ地に放り出されてしまったのだった。
塔のような建物が立ち並び、鋼鉄の乗り物が高速で行き交う地。
これまで何度か異界を旅した経験から、クエス=アリアスより文明の進んだ異界だろう、と、君は見当をつけた。
こういう異界は、常識が通用しないから厄介にゃ。ここがどういう異界か、知らないことには話にならないにゃ。
君はうなずき、この異界のことを知るため、通りかかる人々に声をかけた。
全敗だった。ほとんど誰も話を聞いてくれなかった。
「ここはどこなんでしょう?」と尋ねても、みな、うさんくさそうに君を見つめ、「コウバンに行ったら」と言って去っていった。
心の狭い異界にゃ。
まあまあ、と君はウィズをなだめた。
君の格好は、ここではかなり浮いているようだ。怪しい奴にしか見えないのだろう。
めげずにうろうろしていると、ひとりの老婦人が声をかけてきた。
あなた、どうしたの?こんなところで。
うっかり知らないところに来てしまって、と君は説明した。
ふうん……あなた、外国の方かしら。実はあたしも、外国から帰ってきたところなの。
ちょうど、この近くでホテルを取る予定でね。良かったら連れて行ってあげましょうか?
ぜひお願いします!!と、君が人の親切を噛み締めたとき。
異様な音色が鳴り響いた。
いや。それを音色と呼んでいいのだろうか。あってはならない、流れてはいけない――そんな音が、世界に満ちる。
周囲の景色が、塗り替わっていく。この異様な音に呼応するように。
いや、実際”そう”なのだと――音が世界のありようを規定しているのだと、なぜか、わかった。
これは――
老婦人が驚いているところを見ると、この異界の常識的な事態ではなさそうだ。
ここにいるのはまずい。そんな気がしてやまない。それもまた、音が感じさせることだった。
君の予感の正しさを証明するように、坂の上から何かが転がってきた。
うおおおー!坂を転げ落ちるこの感覚たまんねー!
光る羽根を生やした怪物だ。人型をしているが、人間には見えない。すさまじい勢いで、こっちに向かってくる。
(キミ、チャンスにゃ。このおばあさんを助けて恩を売れば、宿代くらいもらえるかもしれないにゃ!)
この四聖賢……と思いつつも、君は取り出したカードを怪物に向け、呪文を唱えた。
何も出ない。
魔法が。異界の精霊の力が。なにひとつ発現しない。君の声が、虚しく風に流れていく。
まさか、と君は凍りついた。その間に、怪物はぐんぐん距離を詰めてくる。
まずい、逃げられない!せめて老婦人をかばおうとしたとき、
止まりなさいったら!
横から羽根の生えた少女が突っ込んできて、大剣で豪快に怪物を跳ね飛ばした。
あわてて起き上がろうとする怪物に、今度は銃弾が直撃し、吹っ飛ばす。
大丈夫ですか?
そう言って近づいてきたのは、ばかでかい銃を携えた少女だ。こちらも羽根が生えている。
早く行きなさい、あなたたち。こいつは、あたしたちが止めとくから。
あなたは――
ほら、もたもたしない!
ありがとう、と言って、君は老婦人の手を引き、坂を走り始めた。
魔法が使えなくては、どうしようもない。唇を噛み締め、逃げることに徹する。
いててて……くっそー、もう許さん!俺はただ、坂を転がって人をおどかすのが好きなだけなのにー!
あんな勢いしてたら、おどかすどころじゃすまないよ。
言っても無駄よ、リレイ。こいつ、完全に暴走しちゃってるんだから。
少女は、夜空色の大剣の切っ先を、ぴしりと怪物に突きつけた。
その音色――あたしたちが止めたげる!
***
>とにかく逃げるにゃ!
ぐはぁっ!
ルミスとリレイの挟撃を受け、妖精が地面を転がる。
ブレイクよ!
ノッた!
ルミスが、細剣を大剣の刀身に当て、高らかにかき鳴らした。たちまち勇壮な旋律が流れ出す。
勝利を確信したものだけが奏でられる音。”勝利の旋律”(フィニッシュコード)であった。
げ、げえっ!
覚えておきなさい、コロバシとやら。
過ぎた悪戯には、しっぺ返しがつきものよ!
そこと、あそこと、たぶん、そのへんっ!
リレイは立て続けに速射を見舞った。放たれる音の弾丸が、妖精の逃げ道をふさぐ。
妖精が立ち往生したところへ、ルミスは勇ましく斬り込んでいく。
Tit for tat !
ルミスの剣が電光のごとく馳せ、暴走妖精に鮮烈な斬線を刻んだ。
ぎゃああああぁあー!
妖精の身体は砕け、あるべき音へと戻った。
ふう……まったく。手がかかるんだから。
”勝利の旋律”が終わり、周囲に無音が戻ってくる。
いや。何かが聞こえる。かすかにだが、強く激しく猛々しい音色が。
この音――あっちだ、ルミちゃん!さっきの人たちが逃げた方!
今度はなによ。もうっ、追うわよ、リレイ!
ふたりは急いで、音のした方へ向かう。
だから、気づかなかった。
消えた妖精の身体から、小さな何かがこぼれたことに。
***
君は、老婦人と逃げながら、風の魔法や強化の魔法を試してみたが、すべて不発に終わった。
どうもこの異界は、淀みが少なすぎるににゃ。
空間の淀みの少ない場所では、叡智の扉を開くことができないにゃ。だから魔法が使えないにゃ。
突如しゃべり出したウィズを見て、老婦人が、目をぱちくりとさせた。
あらまあ、しゃべる猫なんて。猫又?それともケット・シーかしら。
と。その身体が、ぐらりとよろける。
うっ……。
老婦人は、苦しげにしゃがみ込んだ。その懐から、何かがこぼれる。
丸く、紅い、結晶だ。彼女は顔を歪め、それを拾った。
ごめんなさいね。ちょっと気分が――
「やっと見つけた。」
とてつもない音が響いた。君は、ぎくりとして振り返る。
斧のようなものを手にした少女が、ずんずん歩いてくるところだった。
もー、ぶんぶか振り回してくれちゃってさ。アメリカからここまで飛んでくんの、めちゃくちゃ大変だったんだから。
ぷう、とかわいらしく頬をふくらませる。
だが、その身体からあふれる音が、まったく尋常ではなかった。
重く、激しく、愉快げでいて、禍々しい。そんな音が、ほとんど物理的な圧力となってのしかかってくる。
ディギィ……。
老婦人が、うめくようにつぶやく。
まるっとぺろっと、いただきまーす!!
少女は、ぺろりと舌なめずりをして、手にした斧を振り上げた。
story2 音を喰らう妖精
>なにが起こってるにゃ
はあっ!
んぎゃあっ!
畳みかけるような大鎌の連撃を受け、よろけたところにコウモリ状の翅音が追撃。暴走妖精は無様に廊下を転がった。
くそっ、ちくしょう!なんなんだてめえ!俺は音を喰いたくてたまんねーのによぉおおお!なんで邪魔するんだよぉおお!
悪事を働けば、当然のことだ。報いを受ける。
ムクイだぁ!?なんだそりゃあ!知らねえなあ!俺は音を喰いてえんだよぉおお!!
感情任せの無秩序な暴走……これだから妖精というのは危険なんだ。
ソウヤは大鎌に手を添えた。牙状に並んだ鍵盤を叩くと、優雅にして鮮烈な音色が流れ出す。
貴様が喰らった音――すべて残らず返してもらう!
***
おおおおおっ!
ソウヤは”勝利の旋律”に乗って疾走し、縦横無尽に鎌を躍らせた。
装甲を切り裂かれた妖精の身体から血飛沫のように音が噴き出す。
ぐぎゃあっ!く、くそおっ!
妖精は残る力を振り絞って突進した。狙いは”懐”長い鎌では対応できない至近距離。
鎌に左腕を斬り飛ばされながらも、なんとか肉薄し、鈎爪を突き込もうとする。
だが、ソウヤの”牙”の方が早かった。
はっ!
左手の翅音を牙状に変化させ、突っ込んできた妖精の顔面に叩き込む。
ほぎゃあ!
これが、報いだ。
牙状の翅音から激しい音があふれ出し、獣が獲物を頭からむさぼり喰らうようにホブヤーの肉体を余さず噛み砕いた。
たちまち、その妖精の本来あるべき音と、彼が喰らった生徒たちの音が解放され、そよ風のように流れた。
――ん?
それだけではなかった。こん、ころろん、と、小さなものが廊下に落ちる。
これは……水晶――いや、結晶……?
用心しながら、それを拾うべく身を屈める。
瞬間、黒い暴風が飛んできた。
なんだっ……!?
咄嵯に楯にした大鎌の上から、トラックに突っ込まれたような衝撃が走る。
吹き飛ばされたソウヤは空中で身をひねり、着地しながら前方を注視する。
太い指先が、紅い結晶をつまみあげるのが見えた。
あーあー、あっさりやられちまいやがって。ま、無駄じゃなかったからいいけどよ。
その男は、あきれたように肩をすくめた。
この異常な状況をものともしない――あるいは、それこそ自分のいるべき場所とでも思っているような、妖しく危うい余裕を漂わせた男だった。
貴様は――貴様も妖精か!?
妖精?おいおい。そんなかーいらしく見えるかい。
両手を広げる男から、すさまじいまでの音が流れ出した。
な――!
圧倒的な強さ――それゆえの余裕――だからこその享楽――その果ての邪悪さ。
あまりにも危険で、あまりにも雄々しい旋律の波濤。
そんなものを撒き散らしながら、男は、悠然と笑った。
俺は、マサン。
”悪魔”ってやつだ。
story3 ディギィ
食前のぉぉおおお――運ッ動ぉおおおおおおお!!
一撃が、来た。
まるでためらいのない大振りだった。振り下ろされた斧から音の衝撃波が走り、君とウィズと老婦人を狙う。
君は老婦人を抱え、横っ飛びに逃れた。脇を通り過ぎた衝撃波が、ぶつかった石壁を粉々に粉砕する。
君は歯噛みする。魔法を使ってさえ、勝てるかどうかわからない。それほどの相手だと、肌で感じた。
ん~?当ッたんないなあ。何が悪いのかなー。肘?肘締めた方がいい?
ぶうん、ぶうん、と試すように斧を振る。その都度、君が気合を込めて放つ魔法1発分に等しい威力を秘めた衝撃波が走り、壁を砕いた。
お。今のいい。イケてる感じスゴかった!やっぱ持つべきものは肘だね、肘。てなわけでぇぇえ――
肘ィ!!
肘が来た。
ぎりぎりかがんでかわす君の頭上で、直撃を受けた壁が粉々になった。
あれ。肘だめだ。ぜんぜんだめ。イケそーな気イしたのにな~。しーたのーになー!
ディギイは、ふてくされて暴れた。駄々っ子めいた動きだが、すべてが必殺の一撃だ。君は、命からがらその暴力から逃れた。
やばすぎる、と君は思った。この子はノリでしか動いていない。だからこそ、でたらめに強い。なぜかそれがわかった。
お?
不意にディギイは振り向いた。跳ね上げた斧が、飛んできた何かを食い止める。
夜空色の大剣。君たちを助けてくれた少女が、宙をすっ飛んできて斬りかかったのだ。
邪魔者?乱入?挑戦者?なーんだっていいけどお!
ディギイの音が膨れ上がった。大剣の少女を音圧で吹き飛ばし、斧を振り上げ斬りかかる。
斧ォッ!!
飛んできた銃弾が、その一撃を横から弾いた。
おっとっと。あわあわあわ。
斧を撃たれたディギィは、わたわたと体勢を整える。
なんか、すごい妖精だね、ルミちゃん。
無茶苦茶って言うのよ、あれは。それに――
少女はキッとディギィを睨み据えた。その瞳には、強い警戒と、痛いくらいの悲しみが宿っている。
妖精じゃない。感情が暴走しきって、心の音が外れた存在――
あいつは、悪魔よ!
大・正・解ッ!!
ディギィは明るい笑顔で斧を振りかぶった。