【黒ウィズ】フェアリーコード Story 2章 ~歪む世界~
目次
登場人物
story1 心の音色とともに
そーれ!
斧の一撃が荒れ狂う。音の衝撃波が吹き乱れる。
くうっ……!
剣を手にした少女は果敢に前に出て、ディギィと切り結んだ。押されてはいるが、怯んではいない。
ルミちゃん!
銃を手にした少女は後方から援護する。敵を倒すことより、守ることに重点を置いた援護だと君は思った。
そう。これは守るための戦いだ。はっきりとそれが確信できた。なぜなのか――考えて、君は気づく。
音だ。ふたりの少女からにじむ音。
ディギィの、でたらめで無茶苦茶で重く激しい音色にまぎれ、ふたりの、気高く澄んだ音色が、かすかに聞こえる。感じられる。
君は、カードを手に取り、前に出た。
キミ――?
わかっている。魔法は使えない。だが。
彼女たちを見ていると、胸の一部が熱くなる。同じような思いを背負い戦った人がいたこと、彼と共に戦った自分がいたことを思い出して。
その日々が。その思いが。
音色となって、あふれ出す。
この音は――キミのカードから流れているにゃ!?
君は駆け出す。想いと共に。心の音色が、ついてくる。
これは、大事なものを守るための音。想いを力に換える音だ。ならば、できないはずがない。
――えっ?この音って――
まさか――あなたが!?
え?なになに?なんの音?
きょとんとしているディギィヘと、君は、音を奏でるカードを向けて。
思いのままに、魔法を解き放った。
>BOSSディギィ
>守り通すにゃ!
君は魔法を放った。魔力が黒い獣となって、猛烈な勢いでディギィに激突する。
むぎゃん!
すごい!なにあれ!魔法!?
そうだよ、と答え、君は矢継ぎ早に魔法を放った。
今ならできる。そんな確信があった。そして、まるでその確信を具現化したように、思った通りの魔法が次々に発動した。
――んもう!
ディギィが斧を振った。それだけで、君の魔法が弾き飛ばされる。
彼女はふくれっ面で君を睨んだ。
不意打ちなんて卑怯じゃん!騎士道精神ぜんぜんないじゃん!
いや、最初に不意打ちしてきたのそっちなんだけど、といちおう君は言ったが、ディギィは、すねたように顔を背けた。
ふんだ。そーゆーのキライ――
だん、と地面を蹴ったかと思うと、その身体は砲弾のように跳び上がり、一瞬で視界から消え失せてしまった。
不利と察して逃げた――というより、単純に機嫌を損ねたという感じだった。
なんにしても、戦いは終わったようだ。君は息を吐き、振り返る。
剣を持つ少女と目が合った。君に、厳しい眼差しを向けている。
……あなた、何者?妖精じゃなさそうだけど。
えーっと、と君が説明しようとすると。
ルミス。ルミスよね、あなた。
老婦人が起き上がり、少女に声をかけた。
少女は、そこで初めて、彼女をまじまじと見つめ、目を見開く。
あなた――ギン!?
え、知り合いだったの?
老婦人は、穏やかに微笑んだ。
story5 黒き炎
俺は、マサン。おまえは?
ふざけるなっ!
ソウヤは容赦なく攻撃を繰り出した。分離したコウモリ状の翅音と、大鎌による挟撃を見舞う。
マサンはそのすべてを、ひょいひょいとかわした。まったく何気ない、無造作な動作で、しかし確実に死の旋風から逃れてのける。
ハハ。おふざけなしの人生がお好みか?ちょいと趣味が合わねえなあ。
回避に徹していたマサンが、余興のように前蹴りを繰り出す。
ソウヤは左手の翅音を楯にして受けた。衝撃。後ろに数歩下がって転倒をこらえる。
――おっと。やるやる。おまえをひねり潰すのは、骨が折れそうだ。
俺、楽に勝てない相手とはやり合わない主義でさ。今日のところは見逃してもらおうかな。
言うが早いか、マサンの全身がボッと燃えた。
まるで瞬時に火葬され灰となったように、男の身体が消え失せる。
大鎌を携帯ピアノに戻しながら、ソウヤはつぶやく。
悪魔だと……くそっ。いったい何が起ころうとしてる?
>何を企んでいるにゃ?
story6 この異界は……
ファミレス、という場所に入り、大きなテーブルに着いた。
簡単な自己紹介を済ませつつ、君は、ルミスとリレイ、と名乗ったふたりから、この異界の理を聞いた。
この異界では、気持ちが音になること。本来人間には聞こえないその音――フェアリーコードが世界を律していること。
音を操る力を持つ妖精が悪さをすると、先ほどのように世界の音が外れて、異常な事件が起こってしまうこと……。
気持ちが音になり、その音が力となって、世界の秩序を形作る異界ってわけにゃ。
この異界に空間の淀みが少ないのは、フェアリーコードが秩序を保っているからかもしれないにゃ。
なら、どうしてさっきは魔法を使えたのかな?と、君はウィズに尋ねた。
キミの気持ちが音になって、その音がキミの力になったからじゃないかにゃ。
私たちが楽器を武器にするのと、同じようなことかな、ルミちゃん。
フェアリーコードを操って力に換える、って意味では似たようなものね。
そんな話をしていると、まじめそうな男性が席にやってきた。
遅れてすまない。その人たちが、メールの?
はい、先生。魔法使いさんと、ウィズさんと、おギンさんです。
よろしくにゃ。
うわ。本当にしゃべるのか。あ、見つかると追い出されるから隠れて。
言われて、ウィズは不服そうに君のローブの内側に身を隠した。
君は、ソウヤと名乗った男性に改めて自らの素性を説明する。
異界から来た魔法使い、か……そんなことがありうるのか?
普通はないと思うけど……今は、フェアリーコードが相当乱れちゃってるから。
昨日の夜なんて、紅い雪が降ったもんね。積もらなくて良かったーアレ。
フェアリーコードが乱れている……っていうのは、さっきの妖精のせいにゃ?
あいつだけじゃない。ここ最近、あちこちで暴走妖精が悪さをしたせいよ。
今日だけで2人。こんなの、これまでなかったよね。
どうやら、悪魔が絡んでいるようだ。学校で、マサンという悪魔に襲われた。
悪魔?そっちにも出たの?
私たちも、ディギィっていう悪魔の子と戦ったんです。
この異界の悪魔は、どういう存在にゃ?
暴走した妖精の、成れの果てよ。
怒りとか、悲しみとか……何かひとつの感情に囚われると、その音が大きくなりすぎて、他の気持ちをかき消してしまう。
そうやって暴走した妖精が、事件を起こす。人間の音を――心を喰ったりとかね。
ソウヤが、じろりとルミスを睨んだ。ルミスもまた、不機嫌そうにソウヤを睨み返す。
暴走した心は、もう自分じゃ止められない。その果てに、完全に心の音が外れてしまったのが悪魔よ。
奴らは、欲望と感情に任せて好き勝手に生きてる。フェアリーコードを律する、っていう妖精本来の役目なんか放り捨ててね。
むしろフェアリーコードが乱れていた方が、奴らにとっては都合がいいの。世界の音を外してやりたい放題できるから。
だとしたら、悪魔たちは何らかの方法で妖精たちを暴走させて、フェアリーコードを乱させているのかもしれないにゃ。
じゃあ、まずは悪魔から止めた方がいい?
悪魔は止められない。
ルミスは言った。あらゆる気持ちを断ち切るような口調だった。
妖精なら、暴走してても倒せば元の音に戻る。だけど、悪魔は違う。もう元の音に戻ることはない。
だから、悪魔は倒すしかないの。倒して……音を消し去る以外、もう、どうしようもないのよ。
場が、しん、と静まり返った。
流れていたはずの音が、途切れている。それはきっと――ルミスが強(し)いて、それも強く、己の感情を殺してしゃべったからだろう。
そのことに、彼女自身も気づいたらしい。ばつの悪そうな顔をして、沈んだ空気を振り払うように頭を振った。
ところで――ギン。あなた、何かを知っているようだけど。
いかにも。
ギンは、楚々と微笑んだ。発作のような症状は、もう落ち着いたようだ。
ルミスと知り合いってことは、ギンも妖精にゃ?
あたしは、ただの人間よ。リレイちゃんと同じで、妖精が見える体質というだけ。
ルミスとは、海外旅行中に出会ったの。その旅行も、実は、これを探し出すのが目的だったのよ。
ギンは、懐から取り出したものをテーブルに置いた。あの紅い結晶だ。
これは……結晶?中に、音を閉じ込めてあるのか。どうしてこんなものを?
実は、この土地は、もともとフェアリーコードが不安定な場所でね。
時折フェアリーコードがひどく乱れることがある。酷い場合には、大惨事が起きかねないほどにね。
だからあたしは、フェアリーコードを安定化させる方法を探して、旅をして……これを見つけて、帰ってきたの。
強い気持ちの残響をかき集め、結晶化させた、数百年分の「音の化石」。スコットランドの魔女妖精(ハグ)からもらったのよ。
乱れの中心となる場にこれを捧げれば、フェアリーコードを安定させることができるはず。
これほどの音の塊、悪魔にとったら格好のエサね。ディギィとかってのが追ってくるわけだわ。
マサンも暴走妖精から似たような音の結晶を回収していた。何かに使うつもりなんだろうか。
食い入るように結晶を見つめるソウヤヘ、ルミスが冷たい皮肉を飛ばした。
食べたいなんて思ってないでしょうね、吸血鬼。
あら。ソウヤ先生は吸血鬼なの?
そうよ。妖精を喰らい、その力を血肉に宿した結果、人の音を喰うようになった一族の末裔。
僕の一族がそうして力を高めてきたのは事実だ。でもそれは何世紀も前に禁じられた行いだ。
悪しき所業を悔い改め、自らを戒める。そうして人は進歩する。いまだに人を喰う妖精とは、そこが違う。
えっと……それでギンさん、その結晶、どこに持って行ったらいいの?
東京タワーよ。歩き回って調べていたんだけど、今回は、あそこが乱れの中心部になっているようなの。
そっかー。あそこ、そんなことになってるんだ。
わかってたなら、早く言ってよ。そしたら、とっとと行って、それ置いてきたのに。
中の音を解放できるのはあたしだけなの。そういうふうに、魔女妖精(ハグ)に鍵をかけてもらったから。
なるほど。誰かに奪われ、悪用される危険性を考えると、賢明な処置ですね。
実際、ディギィに追われたわけだしにゃ。きっとまた、この結晶を狙ってくると思うにゃ。
じゃあ、おギンさんが無事に東京タワーに辿り着けるように、私たちで護衛しないとね。
自分も手伝う、と君は申し出た。異界のこととはいえ、非常事態なら放ってはおけない。
ありがとう、魔法使いさん!ぜひよろしく!
story4 タワーへ向かって
バス、という乗り物を使って、東京タワーに向かうことになった。
だいじょうぶ?バスに乗ってる間に襲われたら……。
人が多いところほど、心の音が多く重なって。フェアリーコードが強固になるの。悪魔だっておいそれと音を外せないくらいにね。
へー、そうなんだ。そういえば、妖精が悪戯するときって、たいてい人気のない場所でやるもんね。
ギンに無理をさせない、という意味でも、バスという乗り物は適していた。
ごめんなさいね、迷惑かけちゃって。
前にスコットランドで会ったときは、もっと元気だったのに。人間って寿命が短くて不便ね。
ねえねえ、ふたりって、どうやって知り合ったの?
この子が道端でへたりこんでいるところに、あたしが通りがかったのが最初ね。
へたり込んでなんかなかったでしょ。暴走妖精を追ってる最中、ちょっと一休みしてただけよ。
そういう割には、ボロボロだったけど。
ふん。
お腹も空いてたみたいだったから、日本から持ってきたお菓子をあげたの。これをね。
もしかしてルミちゃん、これ食べたくて日本まで来たの?
違うわよ!やけに妖精の多い街があるって聞いたから!ついでに食べられたらいいなとは思ったけど!
仲が良くていいわね、ふたりとも。あなたたちを見てると、昔の友達を思い出すわ。
友達って……ひょっとして妖精?
ええ。西洋から渡ってきた妖精だったり、この国土着の妖怪だったり。小さい頃から、よくいっしょに遊んでいたの。
ギンは、つと目を伏せた。
でも……あるとき、フェアリーコードが大きく乱れてね。放っておいたら、そのまま崩壊して、すべてがぐちゃぐちゃになるところだった。
そうならなかったのは、彼らが身を挺して止めてくれたから。フェアリーコードに空いた穴を、自分の音で埋めてくれたからなの。
そんなことがあったんだ……。
おかげで、あたしたちは今も生きてる。彼らが止めてくれなかったら、このあたり一帯、人外魔境と化していたでしょうね。
言っておくけど、人間のためじゃないわよ。あたしたち妖精は、自分たちが生まれた世界を守りたいだけなんだから。
妖精は、世界に流れる音から生まれる。だから、世界は自分の一部みたいなものだし、自分は世界の一部でもあるの。
あたしたちにとって世界を守るのは、自分を守るのと同じくらい当たり前のことなのよ。
彼らも、そう言っていたわ。
あたしたち人間は違う。自分は自分、世界は世界。だから、大事なのは自分と、その周囲のものだけ。そこが、人と妖精の違いかもしれないわ。
確かに……世界って、なんかフワッとしてて、大きすぎて遠いっていうか。世界を守るなんて、考えもしなかったなぁ。
あたしからしたら、その感覚が不思議ね。自分の手にケガをしたら包帯を巻くでしょ?世界を守るって、そのくらい当然のことよ。
妖精と人間。出自も暮らしも違うのだから、お互い感覚的に理解できない部分があるのは当然かもしれないね、と君は言った。
そうかもね。でも、感じ方が違っても、友達にはなれるよ。ね、ルミちゃん。
まあ、猫と人間だってよろしくやっていけてるみたいだしね。
私は人間にゃ!!!
その主張久々に聞いたな、と君は思った。
story5 ところでフェアリー
あのディギィって悪魔、厄介よね。
おギンさん、どこで知り合ったの?
アメリカよ。音を集めていたら見つかっちゃって。まさか日本まで追ってくるなんてねえ……。
アメリカの悪魔かー。悪魔……悪魔……デビル……。
ひょっとして、あれが噂のジャージーデビル!?
都市伝説ってこうやって歪んでいくのね、きっと。
***
それにしても、この異界の妖精は凶悪にゃ。
あら。あなたたちの世界にも妖精がいるのね。
こういうのです、と君は絵を描いた。
へー、ハチの妖精さんか~。メルヘンでかわいいねー。
ミツバチって、1度敵を針で刺すと死ぬんでしょ?
針と内臓がつながっているから、針を抜くと内臓まで抜けて、死んでしまうのよね。
もっとメルヘンな会話して!?特にそこの妖精の人!!!
story6 ソウマとタツヤ
保育園で娘を引き取り、自宅に戻ってベビーシッターに預けた。
自宅には、音の結界を張り巡らせてある。この都市の音が乱れても、容易に被害が及ぶことはない。
もちろん、だからと言って、今の事態を看過するわけにはいかない。ソウヤは断腸の思いで自宅を後にし、夕方の街に繰り出した。
(マサンを探す)
奴は明らかにこの事件に関わっている。その企みを食い止めるにしても、情報を聴き出すにしても、接触する必要がある。
(人の音を……心を喰らう怪物。消してやる。自分がしたことの惨さを思い知らせてやる)
怒りで、心が昂っている。自らを鎮めるため、ソウヤは、スマートフォンから画像を呼び出した。
娘が初めて、『ぱぱ』と書いてくれた手紙。あの子の気持ちが――失われた音が、聞こえてくるようだった。
――先生?
突然声をかけられて、ソウヤはハッとした。
……早苗(さなえ)?
早苗タツマ。ソウヤが勤務する学校の生徒だ。授業で何度か顔を合わせている。
何してんだ、こんなとこで。
いや……ちょっと、人を探していてね。
人探し?こんな街中で?探偵かよ。
どんな奴を探してんだ?それか?見せてみろよ。
ひょいとスマホを取られた。その拍子に指が画面をフリックし別の画像を表示した。
愛するユリカ(5歳)の画像である。
……うわ。
違う。
あんたやべーな。
違う。それは娘だ。本当に!ちょっと前の画像を見てくれ、僕と写ってるのがあるから!
タツマはうさんくさそうな顔で画面を操作し、はたと動きを止めた。
探してんのって、コイツ?
押しつけるようにスマホを返してくる。画面に表示されているのは、学校で咄嵯に撮ったマサンの姿だった。
そうなんだ。ええと……友達でね。田舎から出てきて、近くに来てるっていうから。
田舎にしちゃブッ飛んだファッションだな。
タツマは肩をすくめた。
見たぜ。
え?
そいつ。さっき歩いてた。
普通なら、人間には悪魔や妖精は見えない。マサンはあえて”姿”を見せているのだろう。ひょっとしたら、自分を誘い出すために。
本当かい!?どのへんにいた!?
ちょっと行ったところに、ライブハウスがある。そこに入ってったよ。相当目立ってたぜ。
そうか……ありがとう、助かったよ!
ソウヤは、あわててそちらへ駆け出した。
去りゆく教師の背中を、タツマは静かに見つめる。
その瞳には、現代日本の男子高校生らしからぬ、ひどく冷たく酷薄な色が宿っていた。