【黒ウィズ】フェアリーコード Story 2章 ~歪む世界~
目次
登場人物
story1 心の音色とともに
斧の一撃が荒れ狂う。音の衝撃波が吹き乱れる。
剣を手にした少女は果敢に前に出て、ディギィと切り結んだ。押されてはいるが、怯んではいない。
銃を手にした少女は後方から援護する。敵を倒すことより、守ることに重点を置いた援護だと君は思った。
そう。これは守るための戦いだ。はっきりとそれが確信できた。なぜなのか――考えて、君は気づく。
音だ。ふたりの少女からにじむ音。
ディギィの、でたらめで無茶苦茶で重く激しい音色にまぎれ、ふたりの、気高く澄んだ音色が、かすかに聞こえる。感じられる。
君は、カードを手に取り、前に出た。
わかっている。魔法は使えない。だが。
彼女たちを見ていると、胸の一部が熱くなる。同じような思いを背負い戦った人がいたこと、彼と共に戦った自分がいたことを思い出して。
その日々が。その思いが。
音色となって、あふれ出す。
君は駆け出す。想いと共に。心の音色が、ついてくる。
これは、大事なものを守るための音。想いを力に換える音だ。ならば、できないはずがない。
きょとんとしているディギィヘと、君は、音を奏でるカードを向けて。
思いのままに、魔法を解き放った。
>BOSSディギィ
>守り通すにゃ!
君は魔法を放った。魔力が黒い獣となって、猛烈な勢いでディギィに激突する。
そうだよ、と答え、君は矢継ぎ早に魔法を放った。
今ならできる。そんな確信があった。そして、まるでその確信を具現化したように、思った通りの魔法が次々に発動した。
ディギィが斧を振った。それだけで、君の魔法が弾き飛ばされる。
彼女はふくれっ面で君を睨んだ。
いや、最初に不意打ちしてきたのそっちなんだけど、といちおう君は言ったが、ディギィは、すねたように顔を背けた。
だん、と地面を蹴ったかと思うと、その身体は砲弾のように跳び上がり、一瞬で視界から消え失せてしまった。
不利と察して逃げた――というより、単純に機嫌を損ねたという感じだった。
なんにしても、戦いは終わったようだ。君は息を吐き、振り返る。
剣を持つ少女と目が合った。君に、厳しい眼差しを向けている。
えーっと、と君が説明しようとすると。
老婦人が起き上がり、少女に声をかけた。
少女は、そこで初めて、彼女をまじまじと見つめ、目を見開く。
老婦人は、穏やかに微笑んだ。
story5 黒き炎
ソウヤは容赦なく攻撃を繰り出した。分離したコウモリ状の翅音と、大鎌による挟撃を見舞う。
マサンはそのすべてを、ひょいひょいとかわした。まったく何気ない、無造作な動作で、しかし確実に死の旋風から逃れてのける。
回避に徹していたマサンが、余興のように前蹴りを繰り出す。
ソウヤは左手の翅音を楯にして受けた。衝撃。後ろに数歩下がって転倒をこらえる。
俺、楽に勝てない相手とはやり合わない主義でさ。今日のところは見逃してもらおうかな。
言うが早いか、マサンの全身がボッと燃えた。
まるで瞬時に火葬され灰となったように、男の身体が消え失せる。
大鎌を携帯ピアノに戻しながら、ソウヤはつぶやく。
>何を企んでいるにゃ?
story6 この異界は……
ファミレス、という場所に入り、大きなテーブルに着いた。
簡単な自己紹介を済ませつつ、君は、ルミスとリレイ、と名乗ったふたりから、この異界の理を聞いた。
この異界では、気持ちが音になること。本来人間には聞こえないその音――フェアリーコードが世界を律していること。
音を操る力を持つ妖精が悪さをすると、先ほどのように世界の音が外れて、異常な事件が起こってしまうこと……。
この異界に空間の淀みが少ないのは、フェアリーコードが秩序を保っているからかもしれないにゃ。
なら、どうしてさっきは魔法を使えたのかな?と、君はウィズに尋ねた。
そんな話をしていると、まじめそうな男性が席にやってきた。
言われて、ウィズは不服そうに君のローブの内側に身を隠した。
君は、ソウヤと名乗った男性に改めて自らの素性を説明する。
怒りとか、悲しみとか……何かひとつの感情に囚われると、その音が大きくなりすぎて、他の気持ちをかき消してしまう。
ソウヤが、じろりとルミスを睨んだ。ルミスもまた、不機嫌そうにソウヤを睨み返す。
奴らは、欲望と感情に任せて好き勝手に生きてる。フェアリーコードを律する、っていう妖精本来の役目なんか放り捨ててね。
むしろフェアリーコードが乱れていた方が、奴らにとっては都合がいいの。世界の音を外してやりたい放題できるから。
ルミスは言った。あらゆる気持ちを断ち切るような口調だった。
だから、悪魔は倒すしかないの。倒して……音を消し去る以外、もう、どうしようもないのよ。
場が、しん、と静まり返った。
流れていたはずの音が、途切れている。それはきっと――ルミスが強(し)いて、それも強く、己の感情を殺してしゃべったからだろう。
そのことに、彼女自身も気づいたらしい。ばつの悪そうな顔をして、沈んだ空気を振り払うように頭を振った。
ギンは、楚々と微笑んだ。発作のような症状は、もう落ち着いたようだ。
ルミスとは、海外旅行中に出会ったの。その旅行も、実は、これを探し出すのが目的だったのよ。
ギンは、懐から取り出したものをテーブルに置いた。あの紅い結晶だ。
時折フェアリーコードがひどく乱れることがある。酷い場合には、大惨事が起きかねないほどにね。
だからあたしは、フェアリーコードを安定化させる方法を探して、旅をして……これを見つけて、帰ってきたの。
強い気持ちの残響をかき集め、結晶化させた、数百年分の「音の化石」。スコットランドの魔女妖精(ハグ)からもらったのよ。
乱れの中心となる場にこれを捧げれば、フェアリーコードを安定させることができるはず。
食い入るように結晶を見つめるソウヤヘ、ルミスが冷たい皮肉を飛ばした。
悪しき所業を悔い改め、自らを戒める。そうして人は進歩する。いまだに人を喰う妖精とは、そこが違う。
自分も手伝う、と君は申し出た。異界のこととはいえ、非常事態なら放ってはおけない。
story4 タワーへ向かって
バス、という乗り物を使って、東京タワーに向かうことになった。
ギンに無理をさせない、という意味でも、バスという乗り物は適していた。
ギンは、つと目を伏せた。
そうならなかったのは、彼らが身を挺して止めてくれたから。フェアリーコードに空いた穴を、自分の音で埋めてくれたからなの。
妖精は、世界に流れる音から生まれる。だから、世界は自分の一部みたいなものだし、自分は世界の一部でもあるの。
あたしたちにとって世界を守るのは、自分を守るのと同じくらい当たり前のことなのよ。
あたしたち人間は違う。自分は自分、世界は世界。だから、大事なのは自分と、その周囲のものだけ。そこが、人と妖精の違いかもしれないわ。
妖精と人間。出自も暮らしも違うのだから、お互い感覚的に理解できない部分があるのは当然かもしれないね、と君は言った。
その主張久々に聞いたな、と君は思った。
story5 ところでフェアリー
ひょっとして、あれが噂のジャージーデビル!?
***
こういうのです、と君は絵を描いた。
story6 ソウマとタツヤ
保育園で娘を引き取り、自宅に戻ってベビーシッターに預けた。
自宅には、音の結界を張り巡らせてある。この都市の音が乱れても、容易に被害が及ぶことはない。
もちろん、だからと言って、今の事態を看過するわけにはいかない。ソウヤは断腸の思いで自宅を後にし、夕方の街に繰り出した。
奴は明らかにこの事件に関わっている。その企みを食い止めるにしても、情報を聴き出すにしても、接触する必要がある。
怒りで、心が昂っている。自らを鎮めるため、ソウヤは、スマートフォンから画像を呼び出した。
娘が初めて、『ぱぱ』と書いてくれた手紙。あの子の気持ちが――失われた音が、聞こえてくるようだった。
突然声をかけられて、ソウヤはハッとした。
早苗タツマ。ソウヤが勤務する学校の生徒だ。授業で何度か顔を合わせている。
どんな奴を探してんだ?それか?見せてみろよ。
ひょいとスマホを取られた。その拍子に指が画面をフリックし別の画像を表示した。
愛するユリカ(5歳)の画像である。
タツマはうさんくさそうな顔で画面を操作し、はたと動きを止めた。
押しつけるようにスマホを返してくる。画面に表示されているのは、学校で咄嵯に撮ったマサンの姿だった。
タツマは肩をすくめた。
普通なら、人間には悪魔や妖精は見えない。マサンはあえて”姿”を見せているのだろう。ひょっとしたら、自分を誘い出すために。
ソウヤは、あわててそちらへ駆け出した。
去りゆく教師の背中を、タツマは静かに見つめる。
その瞳には、現代日本の男子高校生らしからぬ、ひどく冷たく酷薄な色が宿っていた。