【黒ウィズ】Fairy Chord Story
プロローグ
囲まれている。
にもかかわらず、マサンは泰然と笑っていた。
威勢が良くて結構、結構。
マサンを取り囲むのは妖精たち――それも、ひとつの思いに囚われ見境を失った、恐るべき暴走妖精たちだ。
暴走しきった激しい音が、四方から押し寄せる。マサンは、その音色を心地よさげに受け止め、ちょいちょいと指を振った。
来な。
妖精たちが、雄叫びを上げて飛びかかる。
その雄叫びすらかき消すほどの音色とともに、暴風が荒れ狂った。
一瞬だった。
黒い暴風と化したマサンは、ほんの一瞬で、暴走妖精たちをことごとく打ち倒していた。
だらしねえな。気つけをやろう。
マサンは、懐から何かを取り出し、放った。
それは妖精たちの身体にスッと入り込み、彼らをビクンと痙撃させた。
襲うなら、俺じゃない。わかるだろ?
妖精たちは、むくりと起き上がり、忠実なしもべよろしく、こくんとうなずいた。
よし。行け。思う存分、遊んできな。
妖精たちはマサンの言葉に従順に従い、それぞれパラバラの方角へ飛び立っていった。
あーいい仕事した。やるなら楽な仕事に限るぜ、まったく。
つぶやくマサンヘ、流星が落ちた。
おっと。
上方からの一撃を、マサンは苦もなくかわす。かと思うと、すかさず連撃が来た。
ええぃっ!
装甲に覆われた機械の塊。そうとしか見えないものが、機関銃のごとく拳を繰り出してくる。
マサンは、そのすべてを片手であしらい、ぞんざいな回し蹴りを放った。
反応不可能なカウンター――のはずだったが、相手は即座に対応し、ふわりと空中に逃れる。
こいつは珍しい。この街にゃあこんなのもいるのか。面白いねえ。
機械の塊はなおも向かって来ようとしたが、マサンは億劫そうに右手を伸ばした。
悪いが、さっき今日の仕事を終えたところだ。余計な仕事はしない主義でね。
その手の中で、ぱんっ、と炎が爆ぜた。
直後、マサンの姿は消えていた。周囲を見回しても、気配すら感じ取れない。
逃がしたか。
背後からの声。機械の塊は、恐縮しながら答える。
すみません。
追えるか?
だめです。ハビィも見失ったみたいで。音のマーカーをつけたんですけど、外されちゃいました。
機械が、電子音を発した。妙に人間くさい響きだった。
厄介な手合いだ。もしも奴が――
声が途切れた。不意に空から舞い降りてきたものが、そうさせた。
……雪だと?
紅い雪。
そんな、季節外れで常識外れの代物が、ちらちらと降り始めていた。
なんでしょう、これ……。
血のような色。あるいは火の粉のような。どちらにしても、ひどく凶兆めいた代物に思えた。
実際、その予感は正しかった。
***
待ちなさいったら、このおバカ!
イヤだね!このコロバシさまはな、坂を転がって人をおどかすのが楽しくてたまらないんじゃーい!
この国の妖精って、どういう趣味してるのよ、まったく!
妖精っていうか、妖怪じゃない?
大して変わりゃしないわよ!
そっかなー。
イエーイ!ガンガラゴロゴロスットントーン!
止まる気なさそうだね。
だったら、ブッ飛ばして止めたげる!
***
喰わせろ、音を喰わせろォ!
きゃあああああああ!
ケヒヒヒヒ、たまんねぇなぁ、怯えるガキの音を喰うのは、本当にたまんねぇ!いーい気分だァ!
舌なめずりをする妖精に、突如、何かがぶつかってきた。
ぎゃっ!
コウモリのような形状をした音の塊が、ドカドカと容赦なく妖精を小突き回して、生徒たちから引き離す。
いってェ!いって!なんだ、クソォ!
その間に、代わりに、廊下から生徒たちがいなくなった。ひとりの男がゆっくり歩いてくる。
こうも堂々と暴れるとはな。
ソウヤは、眼鏡の奥の目をギュッと細めた。巻物状の携帯ピアノがバラリと解け、巨大な鎌に変化する。
人の音を喰うのが好きらしいな。僕の娘の音を喰ったのも、おまえか?
あ?なんのこった?喰ったのが誰の誰の音かなんて、いちいち考えてるわけねーだろバーカ!
そうか。だろうな。
なら、すぐに答えを吐かせてやる。生徒たちの音もろともな!
あらすじ
見知らぬ異界の東京と呼ばれる街に飛ばされた「君」は、ふたりの少女リレイとルミスフィレスと出会う。
彼女らの話によれば、今この街では暴走妖精が次々と現れ、 フェアリーコードが不安定になっているという。
東京では「紅い雪が降り、フェアリーコードの乱れは 目に見える形で現れていた。
しかし、それは崩壊のはじまりに過ぎなかった。