【黒ウィズ】フェアリーコード Story5章 ~フェアリーコード~
目次
登場人物
story
東京タワーの上に、大きな穴が広がりつつある。
物理的な穴ではない。世界の秩序を保つフェアリーコードの綻びが、穴のように見えているのだ。
東京タワーの頂上近くに登ったギンは、黙然と、その穴が広がるのを見つめている。
フェアリーコードが乱れに乱れた中心地――ここでなら、身に宿る力のすべてを解放できる。
音が大きすぎて、運ぶことすら負担だった結晶も、今や簡単に制御し、扱うことができた。
もうちょいってところかい。
気さくな虎のような男の声が背後からかかった。いつから、そしていつの間にいたのか――ギンは気にする風もない。
ええ。もう少しよ。ここまで音が乱れてくれれば、あとは放っておいても破綻する。
いい仕事をしてくれたわね、マサン。
あんたの”結晶”があったからさ。おかげで、俺は楽な仕事だけしてりゃあ済んだ。
そういうわけで、礼はいらんよ。もともと俺には俺の目的があるしな。
目的、ね。たとえば――
ギンは、ゆるりと振り向いた。
あたしに協力すると見せかけて、このままフェアリーコードを崩壊させよう――とか?
激しい音が吹きつける。並みの者なら失神しかねないほどの音圧に、マサンは苦笑し、両手を上げる。
よしてくれ。本気のあんたとやりあって、無事に済むとは思っちゃいねえさ。
前に言ったろ。俺ァ楽な戦いしかやらねえ主義だ。苦戦なんざ、もっての他よ。
挙げた両手をひらひら振って、マサンは東京タワーから飛び降り、消えた。
ひとりになったギンは、再び上空の”穴”へ視線を戻す。
かつて――数百年前――同じものを見た。
まだ、この街が江戸と呼ばれていた頃。フェアリーコードが歪み、ねじれ、破綻し――やがて、大きな穴が空に生まれた。
恐ろしかった。その光景は、生まれつきフェアリーコードを知覚する能力を持っていたギンには、世界の終わりにしか見えなかった。
安心しろ、おギン。俺たちが止めてやるから!
人間が誰ひとりとして気づかぬ危機に立ち向かったのは、この国の妖怪たちであり、異国から渡ってきた妖精たちだった。
だめ、抑えきれない!
だらしねえな、よそ者!弱音吐いってっと尻子玉抜くぞ!
ギン、あなたは逃げて。これは私たちがなんとかするから!
人間どもは好かんが、おギンは別よ。さあ、皆の衆、我らが本気の見せ時ぞ!
だめ――みんな――待って――いかないでえっ!
――結局。
彼らの力では、乱れは抑えきれなかった。彼らは最後の手段として、自らの身体を――純粋なる音を捧げることで、綻びを埋めた。
今も、いるのね。そこに……。
つぶやく。どこにも届かないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
やっと、会えるわ。だから――
待っていて。みんな――
story
ルミちゃん!良かった……だいじょうぶ!?
story
ルミスの治療を終えたところで、偵察に出ていた面々が戻ってきた。
タワー周辺に自律型の翅音がばらまかれている。相当な数だ。戦いは避けられない。
数が多いだけで、1体1体は雑魚同然だ。ー気に蹴散らしちまえばいい。
そうですね。ハビィが、最適なルートを計算してくれてます。
……そっちのふたりは?片方は、さっき見たけど。
あ、ええと、その節はどうも……私はミホロ。こっちはハビィです。
ミホロのまとう機械の鎧が、音を発した。
いや――音ではない。声だ。そこに確かな意志が宿っているのを感じて、君もリレイも目を丸くした。
ハビィって……その機械?ひょっとして、心があるの!?
うん。そういうのを極秘裏に研究してる企業があるらしくて――
フェアリーコードを機械で再現しようってことか。
はい。そしたら、ハビィに心が生まれて、それで、研究室を飛び出してきたそうなんです。
そっかー。あれ?ミホロさんは人間……だよね?
うん。ただの人間。
フェアリーコードとかも聞こえなかったんだけど、ハビィとは波長が合うみたいで。ハビィを通じて、そういうのがあるって知ったの。
それで、ハビィといっしょに、暴れてる妖精をこらしめたりしてたんだけど……昨晩、悪魔と遭遇して――
悪魔――マサンだね。
はい。何か企んでいるみたいだったので、タツマくんと追っていたんです。
ミホロの視線が、少年に向く。少年は、ふんと鼻を鳴らした。
早苗タツマ。龍だ。
龍、って――え、龍!?ドラゴン!?そんなのもいるの!?
風や雷といった自然の音から生まれた妖精が、長い年月を経て力を蓄えると、龍になるのよ。人に化けているのは、初めて見たけど。
事情があってな。
タツマくん、すごく強いんですよ。私たち、前に暴走妖精と戦ってたときに助けてもらったんです。
ふうん……あ、その制服、ひょっとして――
ウチの生徒だ。実は顔見知りでね。まさか教え子が龍だとは……。
こっちだって、吸血鬼が教師なんかやってるとは思ってなかったぜ、先生。
あきれた。どれだけいろいろ巣食ってるのよ、この街。
ある種のパワースポットだからな。いろいろ集まるんだろ。集まりすぎて、あんなことになっちまってるが。
時間がねー。放っといたら、この街が消えてなくなる。
そうなる前に、止めなきゃね。
君たちはうなずき合い、東京タワーを見上げた。
塔を中心として、異様な音が響き、轟き、君たちの心さえ呑み込もうとしている。
だが、呑まれるわけにはいかなかった。そうはさせない、という強い思いが、その気持ちから来る音が誰もの胸にあった。
君はカードを取り出した。
共感する思い、共鳴する音色が、そのカードを震わせ、音を奏でる。
気づいたリレイが、にこりと笑った。
いい音だね、魔法使いさん。
君はうなずく。
君だけの音ではなかった。異界を巡り、多くの人と出会ってきた――その日々のなかで培った音色だ。
負けるわけがない――そう思わせてくれる。
きっと、みんなも同じ気持ちだろう。
うん。私もガンガンノッてきたそれじゃあ――
全身全霊――止めに行く!
翅音が広がる。気持ちの音色が――願いの羽が。
鮮やかな光と音を振りまいて、今、空へ。
***
君は風の魔法を下から吹かせつつ、タワーの表面を蹴りつけるようにして駆け上がる。
敵が来るにゃ!
飛来する翅音虫に魔法を発動。炎で、雷で、氷で迎撃し、粉砕する。
にゃはは、ノリノリにゃ!
そうだね、と君は笑った。
周囲を見れば、ルミスが、リレイが、ソウヤが、タツマが、ミホロが、それぞれの得物を駆使して戦っている。
今日出会ったばかりの彼らだが、共に戦っていると、すこぶる頼もしく、心が熱くなっていくのを感じた。
それはきっと、彼らの音が聞こえるからだ。
心情――”真情”とでも言うべきか。嘘偽りのない、彼ら自身の気持ちからくる音が、君の胸にも響いてくるから、信じられるのだ。
はあっ!
襲い来る翅音虫に高速で接近し、大剣をー閃。2体をまとめて断ち割った直後、突き出した細剣で別の1体を貫き仕留める。
さらに回転。遠心力を利用して大剣を振り回し、群がる翅音虫どもを撫で斬りにする。
空中戦なら、妖精の独壇場よ!
紫電ー閃、ー刀両断。華麗奔放、殺伐激越。
”勝利の旋律(フィニッシュコード)”も高らかに、妖精武踊が乱れ咲く。
ルミちゃん、見てあれ!
散弾の雨で翅音虫どもを撃ち落としながら、リレイが1点を示した。
空の上。タワーの頂にほど近いあたりで、黒い嵐が荒れ狂っている。
あれは……ディギィ――
すごい勢い……あの子も妖精なんですか?
冗談!あれは悪魔よ!敵の敵ではあるけどね!
まだ、ギンの音を食べようと狙ってるみたいにゃ。
そうされちゃうと困るけど……とりあえず今は、暴れてもらった方が良くない?
確かに、露払いとしては申し分ない。最後のとどめさえ譲らなければいいんだろう?
なら、せいぜい利用してやるか。
わかったわ。でも、邪魔をするなら斬り捨てる!
新たな翅音虫が湧く。尽きることなどないかのような音の群れを前に、ルミスは夜空色の光を早ちきらめかせた。
story 2
ー発必中、だといいな、っと!
”たぶんそこだろう”と思って放った弾丸が、翅音虫たちのちょうど3体重なった瞬間を捉え、ー度に射抜いて打ち砕く。
リズムに合わせて、方向転換。銃の根元をガチャリといじれば、射撃形態が変化する。
散弾に換えて、狙って、撃ち放つ。翅音虫たちが、ぼろぼろ落ちる。
いや。やけに大きな1体が、散弾に耐えつつ肉薄してくる。
うわわわ!
翅音ではばたき、横ヘスライド。猛烈な突っ込みをぎりぎりかわすが、風にあおられ、体勢が崩れた。
巨大翅音虫が反転し、再び突進――
する直前、視界を蝙蝠状の翅音にさえぎられ、ー瞬、動きが止まった。
リレイは即座に射撃形態を変更(モードチェンジ)。ほぼ砲弾と言っていい音の弾丸を放つ。
砲弾は巨大翅音虫を直撃、爆砕した。
ふう――ありがとうございます、先生!
多勢との戦いは慣れていないんだろう?油断しないようにね。
斬撃を閃かせる合間に通りすがったソウヤが、軽く笑って去っていく。
よし、とリレイは気合を入れ直し、新たな敵へと向き直る。
(きっと勝てる)
心から、そう思える。みんなとなら、勝てるはずだと。
高鳴る胸が、吼えている。
***
落ちたら死ぬな。
言わずもがなのことをつぶやきながら、ソウヤは翅音をはばたかせた。
すれ違いざまのー閃で、翅音虫を切り裂く。
大振りゆえに、鎌を振った後は隙が生じる。狙ったわけではないのだろうが、1体の翅音虫が、鎌を振り切った直後、懐に飛び込んできた。
が、それはソウヤの誘いであった。
ソウヤは左腕の翅音を牙状に変化させ、突っ込んできた翅音虫の頭部に叩きつけ、握り潰すようにして破砕した。
かつて、ソウヤのー族はこの牙を使い、人の音色を喰らって力を増したという。ゆえに、吸血鬼と呼ばれ、恐れられた。
(忌むべき力だ)
音を喰われた娘の姿を思い出す。人の音を、心を喰うなど、外道の所業だ。決して許されるものではない。
(罪深いー族だ。それはわかっている。だが、ユリカに罪はない。あんな目に遭っていいはずがない!)
矛盾のようだが、本心だった。
(取り戻してみせる――あの子の音を。そのためにも、この街を――あの子を焼かせるわけにはいかない!)
鎌を、牙を、猛然と繰り出す。そのたびに翅音虫が砕け散り、音色とも呼べない断末魔の声を上げる。
ずいぶん荒っぽいじゃねーか。
と、無造作に傍らを通り過ぎる影があった。
タツマ。迅い。影が見えた瞬間には、笛杖の旋風で数体の敵を薙ぎ散らしている。うつ案
そっちが裏の本性か?先生。
表も裏もない。僕は、すべきことをしているだけだ。
吸血鬼の力を使えば使うほど、衝動が湧く。音を吸いたい、喰らいたい、そして力を高めたい、そんな本能的衝動がソウヤを襲う。
唾棄すべき衝動。忌避すべき本能だ。仮にも教師たる者として、そんな反道徳的衝動に負けるわけにはいかない。
正しく生きる。正しく戦う。そのためにだけ、力を使う!
宣言とともに、ソウヤは夜を駆ける。
赤く閃く斬線が、炎のように、血のように、異形の闇夜を照らし出す。
story
わっ、と翅音虫の群れが押し寄せた。蜂が外敵を押し包むように、四方八方からタツマヘへと喰らいつく。
舐めてんのか?
雷華。
タツマを中心に噴き上がった雷が、群れなす翅音虫どもをー挙に焼き尽くす。
これしきの数で足りると思われたとは……侮辱にも程があろうが!
ー喝は烈風となり、ごうごうと空を震わせる。
この空は、我が空であったのだぞ!)
それを、このような者どもが土足で汚している。とても許せるものではなかった。
自分が敗れた日のことは、よく覚えていない。満身創痍の龍身を捨て、人の赤子に擬態したとき、力の大半と共に、記憶の多くも失ってしまった。
(それでも、龍たる誇りを捨てたわけではない。我が空をこうも踏みにじってくれた礼は、存分にさせてもらおうではないか!)
笛杖から、球状の翅音を飛ばした。それらはタツマの操る爪牙となり、翅音虫どもを果敢に吹き飛ばしていく。
それでも怒りは収まらない。タツマは笛杖を握る手にさらなる力を込め――
タツマくん!
ミホロの声で、我に返った。
(――いかん)
人の身に、龍の音は強すぎる。振るえばたやすく感情が謝り、我を忘れてしまいそうになる。
タツマは軽く息を吐き、近づいてきたミホロに声をかける。
悪いな。助かった。ここで全力を出してもしょーがねーからな。
電子音が応える。ミホロの微笑む気配がした。
ハビィが、『助けてもらってるのはお互いさまだから』って。
よくできたからくりだ。
苦笑し、改めて敵の群れを見据える。
(宝を守るは、龍の性)
赤子のタツマを拾ってくれた両親。学校の友達。時として共に敵と戦うミホロとハビィ。
自分はすべてを失った。だが、失った後に得たものもある。
(それだけは、踏みにじらせるものか!)
怒りではなく、誓いのままに。
タツマは吼えて、天をゆく。
***
モニターに最適戦術が提示される。それを見て、ミホロはうなずいた。
オーケー、ハビィ!
音声承認を受けて、ハビィが背部の翅音をブレード状に展開。さらにミホロの飛翔を加速させる。
えぇいっ!
猛然たる突進と反転の連続。翅音のブレードが翅音虫たちを切り裂いていく。
が、いくらハビィの補助があっても、ただの人間にすぎないミホロの三半規管にとって、その軌道は酷なものだった。
あ、やばい、これ酔う……。
電子音。ハビィの警告。よろけたミホロの背後から翅音虫が迫る。
おバカ!
回転しながら飛来した夜空色の大剣が、その翅音虫を横合いからぶった斬った。
ブーメランのように戻ってきた大剣をキャッチし、ルミスが盛大に眉をひそめる。
動きを止めない、隙を見せない。注意して戦いなさい。
すみません……。
ハビィも、すまなそうな音を発した。
優れた知性と計算能力を備えているとはいえ、まだ生まれて間もない子供なのだ。思慮の足りないこともある。
加えて、ハビィには心がある。ハビィが失敗を悔やみ、落ち込んでいるのを、ミホロはその音から察した。
だいじょうぷだよ、ハビィ。次がんばろ。ね?
うなずくような電子音が返ってくる。
ミホロもハビィも、ひとりでは戦えない。ミホロはただの人間にすぎないし、、生まれたてのハビィの音は弱すぎる。
だからこそ、波長を合わせ、音を重ねることが必要だった。守るべきものを守るためには。
電子音。それはハビィの誓いの声。自らを生み出した世界そのものへの感謝と、それを守りたいという摯り意志の証。
うん。私もわかるよ――ハビィ。
生まれることができたという奇跡。(・・・・・・・・・・・)
それを尊いと思う気持ちはミホロも同じだった。妊娠中だった母が事故に遭い、死ぬ間際に自分を産み落としたのだと聞いて以来、ずっと。
途方もない意志と偶然の重なりの果てに、自分が生まれた。産んでもらえた。
だからこそ、生きねばならない。そして、守らねばならない――生まれて得られた、愛すべきすべてを。
気持ちが合わさる。音が重なる。ふたりの願いがひとつになって、熱く昂る力に換わる。
『なくしたくないもの、たくさんあるの』!
ハビィが吼える。ミホロが叫ぶ。
ふたりの音色が、空を打つ。
***
なんかたくさん敵がいた。
食べても足しにならなそうなのが、いっぱい。いちばんのごちそうは、その奥にあるのに。ぶんぶんぶんぶん、邪魔をする。
うざーい!
斧で1発、どかん、どどん。音のなんかすごいアレが飛んで、邪魔なヤツらをブッ飛ばしていく。が。
ぜんぜん減らない。めちゃくちゃ多い。疲れちゃいないが、うっとうしい。というか、なんだか悲しくなってきた。
うあ~~~~~~めんどい。めんどくさい。いつ終わんの、コレ?はあ……辛い。つーらーいー。
とにかくざんざか斧を振り、見えてる敵を散らしてのける。
それでも減らない、消えやしない。むしろなんだか増えてない?
もーやだー。うざいのやだー。味うっすいし、ぶんぶんうっさいし。
でも、片づけないと、ごちそうにありつけない。片づけ?うわ。聞くだけでめんどくさい。
祭りなんかを見るたび思う。なんか楽しくてノリノリでいー感じだけれども、これの後片付けとか絶対やだな……と。
今の自分、まさにそれじゃない?まだまだ祭りの真っ最中、メインディッシュを前にして、後片づけさせられてる感じしない?
めげる……。
とか思ってると。
ん?
なんか、わいわいやってんのが来た。
ちょっと吸血鬼、邪魔しないでよ!
そちらが間合に入ってきたんだ。斬られたくないならよそでやれ!
うるせーな。こっちの音が乱れんだろ。
ごめんね、早苗くん……早苗くん……早苗ちゃん?
おい。
度胸あるね、リレイちゃん……。
そんな話してる場合かにゃ。
見た顔もいれば、そうでないのもいる。まあまあそれなりだけど喰うほどじゃないかなーという音ばかりだが、集まるとまあまあ強い。
ひょっとして、あいつらもギンが狙い?
やばっ!急がないと取られちゃうじゃん!
幸い、邪魔なヤツらは半分くらいあっちへ行ったつまり、めんどさ半減、やる気がアップだ。
よおーっし!やるぞー!
悲しい気持ちはどこへやら。ディギィは元気を取り戻し、ニッと笑って斧を振る。
斧セイバー!!
ヤバさAXてんこ盛り、スーパード派手なー撃が、空割り雲裂き天を薙ぐ。
どかーん、ずどーん、ずごごごーん、と作裂したなんかめっちゃすごいアレなアレが、それはもうすごいアレで敵をアレしていく。
妖精たちが、あっけに取られた顔をした。ふふん。どうだ見たか、すごいだろう。ごちそうにありつくのは、あたしだもんね――
へっヘー。ナンボノ・モンジャーイ!!
この国のテレビでやっていた、意味不明だが妙にノリのいいセリフを口にしながら、ディギィは意気揚々とタワーの頂へ向かった。
story フィニッシュコード
……来たのね。
馬鹿ね。逃げろと言ったのに。
おバカはそっちよ!わかってるんでしょ?自分の気持ちが暴走してることくらい――
ええ。でも――
だからと言って止められはしないし、そのつもりもないわ。
壮絶な音色、凄絶な旋律が流れる。
数百年もの間、抱き続けた気持ちの発露。音が、心が、呑まれそうになる。
あたしは――このためだけに生きてきたのよ!
でしょうね――だから!
引き下がる者はない。たとえ場の旋律がギンのそれに支配されても、胸の奥に流れる音色までは変えられない。
夜空色の瞳に火を灯し、ルミスが誓いの気勢を上げる。
その音色――あたしたちが止めたげる!
***
ルミスとソウヤが両側から斬りかかる。
ギンはルミスの剣を楯で受け止め、鎌をひらりとかわしざま、ツウヤの腹部に掌を押し当てた。
衝撃。零距離から音の塊を叩きつけられたソウヤが盛大に吹き飛ぶ。
そこへ、君の魔法とリレイの銃弾が飛ぶ。ギンは回避の代わりに疾走を開始――魔法も弾も追いつけず、虚しく残像を貫く。
ハビィの電子音。相手の軌道を計算したのか。ミホロがギンの眼前に割り込み、拳を放つ。
ひねられた。ギンとミホロが触れあった、と見えた次の瞬間には、ミホロは投げ飛ばされている。
タツマが猛襲。上からギンを狙ったが、ギンは寸前で急停止。
ギンの眼前に降り落ちたタツマを、ギンは結晶の楯で殴りつけた。轟音。音の塊を喰らい、タツマが転がる。
振り向くギン。目の前にディギィ。にやりと笑って繰り出す斧が、楯とぶつかる。どおん、と空をどよもす激突。
ギンが消えた。
目を丸くしたディギィが、背後からのー撃で薙ぎ払われ、タワーの壁に叩きつけられた。
再びルミス。ギンが攻撃した隙を突く刺突。
しかしギンは後ろも見ずに身じろぎでかわし、鋭い回し蹴りでルミスを迎撃した。
なんて強さにゃ……!
君はうめいた。隣のリレイも。こちらの攻撃は、ひとつたりとて届かない。
技量、胆力、そして何より数百年もの長い間をかけて降り積もった気持ちがもたらす音色の強さ。
何もかも、尋常ではない。
思いの強さが、違うのよ。
ギンは言った。しんしんと降る雪のように、静かに。
長い長い間、あたしの心に降り積もった思い。あらゆる音を吸いこみ、閉じ込め、凍てつかせ――そして生まれた結晶だもの。
何をどんなに願っても、あたしの音には敵わない。
そんなことはない――と君は言った。
眉を上げるギンに、カードを示す。
たったひとりの人間の、たったひとつの思いの塊、確かに強い。確かにすごい。でも。
君たちにだって、譲れない正義がある。
正義。
ギンが笑う。可笑しそうに。
ならば、あたしは悪かしら?
『そうであっても構わない』君は首を横に振る。――そんな言い方に相手が悪だから正義になるわけじゃない、と。
正しいと思える道を、自ら考え、自ら選び、命を懸けて貫くと決めた。
その気持ちが、これだけ集まれば――降り積もった気持ちとだって渡り合えるはずだ。その証拠に。
――あなたはまだ、”勝利の旋律(フィニッシュコード)”を奏でていない。
なるほどね。
認めるわ。確かに、あたしは、心から絶対に勝てるとまでは思えていない。
まだ、あなたたちをねじ伏せていないものね。
逆に言えば――君とリレイがやられれば、そのときこそ、ギンば勝利の旋律、を奏でるのだろう。
だから、切り札を使わせてもらう。そう言って、君はカードを掲げた。
世界の形を織りなすフェアリーコード。ここは、その乱れが最も激しい地。つまり。
淀みが、たっぷりあるってことにゃ!
君はカードに魔力を込めた。
いつものように、呼びかける――数多の異界の精霊たちへ!
……!?
この音――
これまで出会った人々と、これまで契約した精霊たちと、共に生き、共に戦い、共に培った音色。
それはつまり、君の、君だけの音。
魔法使いの旋律だ!
召喚――
召喚――
召喚――
召喚――
響き渡る、君の音色。その力が、具現化する。
これほどの音――いったいどこから!?
異界からにゃ。
無数の精霊。無数の気持ち。それらすべてが音になる。
気持ちが音に、音が力になるのなら――
ウィズが、いつものように陽気に笑う。
精霊魔法は、敵なしにゃ!
***
君は魔法を解き放つ。黒い獣の姿を取った魔力が、超高速でギンに突進し、跳ね飛ばした。
くっ――
はあっ!
やあっ!
そこへ、ルミスとミホロが挟撃を仕掛けた。ギンは、翅音と楯とで攻撃を受け切るが、衝撃までは殺しきれず、後ろによろける。
君は次の魔法を飛ばした。無数の雷撃が宙を馳せ、ギンヘと殺到する。
ギンが、すばやく避けようとするところへ、
ゆけェ!
蝙蝠状の翅音と、球状の翅音がギンを取り囲み、彼女の動きを封じた。
雷の雨が降り注ぐ。避けられぬ以上、防御を固めて受け切るしかない。
そのあたりっ!!
そこへ、リレイが渾身の銃撃をお見舞いした。音の砲弾がまっすぐ飛んで、動けずにいるギンを楯の上から直撃する。
ギンの細い身体が吹き飛んだ。彼女は痛烈なー撃に顔をしかめる。
その背後から、〈腕〉が唸った。
なっ――
君の魔法だ。剛腕型の魔力が横殴りに作裂。ギンを塔の上に叩き落とした。
お待ちしておりましたぁ!!
狙い澄ましたディギイの襲来。振り下ろされる斧を、ギンは楯で防ぐが、威力を殺しきれず、片膝をつく。
君は魔法を放った。真理の光芒がギンを撃つ。割り込んだ短音が謔割れ、音の破片をこぼした。
ギンは後ずさりながらも、光に耐えた。口元からこぽれる血を、ペッと吐き捨てる。
これがあなたの音色というわけね――魔法使い。
その場に流れる音色が変われば、戦いの流れも変わる。
今や、この戦場に満ちるのは君の音色だ。数多の精霊と契約し、その気持ちと力を魔法として解き放つ、魔法使いの音色。
ならば、再び塗り変えるだけのこと!
ギンが駆け出す。狙いは君だ。君さえ潰せば、音は途切れる。だから。
ルミスが割り込み、立ち塞がった。剣と楯とがぶつかり合って、叫ぶがごとき音を奏でる。
どきなさい、ルミス!
どくわけないでしょ、このおバカっ!!
剣が、楯が、拳が躍る。互いが互いに技巧を尽くし、力と気持ちをぶつけ合う。
あたしは、あなたを止めにきたの!
止まれやしない。止まらないのよ!大事な彼らを取り戻す!あたしはそのためだけにいる!!
皺深い頬に、つう、と涙が伝った。純粋で、透明で、焼けつくほどに苛烈な涙が。
彼らが救った!彼らが守ったのよ!自分を犠牲にしてまでも!なのに彼らは救われない!
あたしはそれが許せない!守られたのに救えない、そんな自分が許せないのよ!!
でしょうとも!!
激発。ルミスのー刀が、ギンを弾いた。ギンが驚きに目を見張る――少女の内からあふれる音色を聞いて。
あなたは強い。あなたは優しい。気さくで、大胆で、気が利いて、かっこよくって、ぼろぼろだったあたしを助けてくれた!
そんなあなたが、この街全部火の海にして、後悔しないわけないじゃない!
ギンは、唖然としてルミスを見つめた。対してルミスは、熾烈な瞳でギンを見つめ返す。
わかってるでしよ、おギンさん。ルミちゃんはそういう子だって。
あなたのために戦って、あなたのためにあなたを止める私も同じ気持ちだよ!
ルミスの隣に、リレイが並んだ。ふたりは視線を交わし合い、うなずき合って、前を向く。
ブレイクよ!
ノッた!
ふたりの少女の指先が、ふたつの音色を奏で出す。
ルミスはフィドル。リレイはギター。ふたつの弦が重なり、踊り、織りなす旋律、それこそが――
”勝利の旋律(フィニッシュコード)”で止めたげる!
***
ぐっ……!
”勝利の旋律”に乗った君たちの猛攻を受け、ギンが大きく後ずさる。
Tiiiit for Taaaaaaaaat!
飛っベェ!!
夜空色の大剣と、音の砲弾。ふたりの攻撃が同時にギンの楯を直撃する。
そして、ついに楯が砕けた。
ああっ……!
塔の上に倒れ込むギンの周囲に、砕けた楯のかけらが――音のかけらが散らばり、弾け、消えていく。
ギン自身の音色も、限界だった。背中から広がる短音がほどけるように消える。
やった……止まった――
……まだよ。
あっちは、まだ止まってない。
世界に穿たれだ”穴”が、地獄の産声じみた怪音を発していた。
story 長き冬の果てに
音が。
生きとし生ける者たちの心から生まれ、世界に満ちて、世界そのものを形作る、音が。
歪んで、割れて、外れていく。
それは、世界が壊れることを意味した。
止めるわよ!
ルミスが叫び、夜空色の大剣をかき鳴らす。彼女の全身からほとばしる音が、フェアリーコードの綻びへと流れ込んだ。
フェアリーコードの調律か。やってみるのは初めてだけど……!
ソウヤも鎌に備わる鍵盤状の刃に指を躍らせた。
とにかく、音を注げばいいんだよね!?
そうだ。俺たちの音であの穴をふさぐ。
やろう、ハビイ!
リレイが銃の弦をつまびき、タツマが笛杖に唇を当て、ミホロが円盤状の楽器に手を添える。
君もカードをかざし、そこからあふれる音を”穴”に向けて流し込んだ。
だが。
……止まらない……!
音を注ぎ、穴を埋めても、次から次へと音が外れて、フェアリーコードの綻びが広がっていく。
ハビイの計算より崩壊が早いです!このままじゃ――
弱気になっちゃだめだ。できると思えばできる!心の音が力になるっていうのは、そういうことなんだ!
できると思えばできる。それはー見、簡単なことのように思える。
だが――逆に言えば、少しでも”だめかもしれない〝と思ったら、決してできない、ということでもあるのだ。
気持ちのすべてを叩きこんでも止まらぬものに、〝だめかもしれない”と思うことなく挑み続ける。そんなことができるだろうか?
いや。やらなければならない。
食い止めるのよ!何がなんでも!そうしなきゃ、全部なくなっちゃうんだから!
させてたまるか!ユリカの……みんなの未来がここにあるんだ!
誰もが必死に音を奏でた。守るために。失わないために。心のすべてをかき鳴らし、音へと変えた。
奏でれば奏でるほど、心がすり減る。疲弊する。心の力が弱まれば、〝だめかもしれない、という気持ちが湧いてしまう。
そうならないでいられるか。どこまで心を保てるか。君は歯を食い縛った。
おうおう、やってるねえ。
とん、と東京タワーの上に跳躍してきたマサンは、フェアリーコードの崩壊に立ち向かう者たちの後ろ姿を見て、ニィ、と唇を吊り上げた。
心を削ってがんばるとは、健気なこった。そういうのを横から突き崩すのは、なんとも愉快で爽快だ。
右手に、ボッと炎が灯る。
彼らはフェアリーコードの調律に全身全霊を傾けている。今なら苦もなく捻り潰せるだろう。
いや、倒しきる必要すらない。調律を邪魔するだけでフェアリーコードは崩壊し、悪魔にとって生きやすい世界が誕生するのだ。
楽してサクッと。仕事ってのは、こうでなくちゃ!
右腕を振り上げるマサンの前に、ひょい、と無造作に立つ影があった。
斧を手にした、悪魔の少女。ディギイが、不機嫌そうな顔でマサンを睨む。
ず~~~~っと食べたかった極上のデザートがさ。横から乱入されてぐっちゃぐちゃになっちゃった。トンビにアブラーゲをさらわれるってヤツ?
あ?
そこに、別のごちそうが転がってきたらさあ。がっつくっきゃないよねえ!
ディギイは爛々と目を光らせて笑った。その身から、膨大な音の波動が噴き上がる。
うそん。
マサンは、嫌そうに言った。
ギンは、倒れ伏したまま、ルミスたちの奮戦を見ていた。
まだ……まだ、止まらないの!?
もう少しよ!少しずつ、音を直せてる!このまま行けば、止められる……!
ハビイ!ハビイ、大丈夫!?
ふん。心を振り絞るなど、生まれたての赤子には酷であろう!
ハビイ君は休ませてあげてくれ。その分は僕らでやる!
(ああ――)
たまらない悲しみが押し寄せた。
音の崩壊を防ぐため、必死に抗う者たちの姿。まるで同じだった。世界を守るため音を奏でた、愛しい友人たちと。
友人たちは、自分たち自身を挿げることで、ようやくフェアリーコードの穴を埋めきった。
もし音の崩壊を止められないと悟ったら、ルミスたちも、同じ選択をするだろう。世界を、愛するすべて守るために。
そう思うと、たまらなく悲しかった。
(こんな悲劇は嫌だと……あれほど思ったはずなのに)
なのに自分が、同じ悲劇を招いた。その事実が、本当に今さら、ギンの胸を締めつけた。
友達を救えるなら、何を犠牲にしてもいい。その思いの音だけが大きくなって、他のあらゆる思いをかき消していた。
だが、今。ルミスたちに敗れ、気持ちの暴走を止められた、今。
かき消されていた思いが――自分の行いのせいで犠牲になる者たちへのすまなさが、悔恨が、ギンの胸をえぐっていた。
(なんて馬鹿なことを……)
今ならわかる愚かさが、あのときはわからなかった。結果、ただ後悔を増やすだけに終わった。
(いや――)
顔を上げる。腕に力を込めて、起き上がる。
視線の先には、ふたりの少女。
リレイ、あなたはもう下がって!これ以上やると、心が保たないわよ!
ううん――だいじょうぶ!まだまだやれる!キツい分だけ、ノッてきた!
損だか得だかわかんない性分ね!
ルミスとリレイ。妖精と人間。まるで異なる存在が、共に並び、共に笑っている、かつての自分と同じように。
(あの子たちを……あたしみたいにしてはいけない!)
そんな思いが、音の尽きかけた身体にあふれ、弾けた。自分でも驚くほどの力となって。
ギンは立った。ギンは走った。心のままに。胸の音の鳴り響くままに。
ルミスとリレイの間を駆け抜け、フェアリーコードの亀裂へ跳んだ。
――おギンさん!
止めてくれて、ありがとう。
ふたりの方を振り向いて、微笑む。
ここから先は、あたしがやるわ。
ギン!やめなさい!あなたは――
自分でしたことだもの。責任は取るわ。
そして、亀裂に飛び込んだ。
――落ちていく。深く。深く。白く儚い深淵へ。
フェアリーコードの届かぬどこか。あるべき秩序のあらざる世界。
何もない。何も力にならない。そんな場所で頼れるのは、ひとつだけ。
(音よ。音よ。あたしの音よ。
どうか、あたしの力になって。あの子たちを――〝彼ら、の守った世界を壊させないための力になって!)
心の羽を広げるように、尽き果てぬような音色を奏でた。
あの子たちから、それだけのものを貰った。そんな気がしていた。
(あたしが溶けて消えてもいい。それで気持ちが力になるなら。あの子たちのいる世界を救えるなら!)
その願いのままに、肉体がほどけた。
秩序なき世界に、心と身体の区別はない。ギンの肉体は心と混じって、その音を高めていく。
ふと、その音色に触れるものがあった。
それは音。それは声。
旋律そのものとなって漂うものたちの、
心。
Z馬鹿だな、おギン。こんなところまで来ちまって。
Z長いこと、とても長いこと、苦労をしたのね。私たちのために……。
ギンは、心の眼を見開いた。
遠い昔に聞いた声。友人たちの。ずっと聴きたかった音色が、今。波紋のように、ギンの音色に触れていた。
みんな……。
Zさあ、ギン。ー緒に歌いましょう。ここでは、何も取り繕うことなんてない。心のままにいればいいのよ。
Zそれが、この世のためにもなるでな。さ、奏でるがいい。ぬしの望む、ぬしの音色を。
ああ――
涙があふれた。ここでは、それすら音色であり、楽器だった。
ギンは、自分が少女に戻るのを感じた。心であり身体でもある自分の音が、あの頃のそれに戻るのを。
会いたかったよ――みんな。
友が笑う。友が歌う。
さんざめく音の波紋が、優しくギンを包み込む。迎え入れるように――抱きしめるように。
あのときと何ひとつ変わらない優しい音色の群れたちに、ギンは、そっと自らの音を添えて、歌った。
静かな世界。静かな夜空。
歪んだ音が消え去って訪れた静寂のなか、君は、かすかな歌を聞いた気がした。
あの人が……止めたのか。
亀裂のあった辺りを見上げ、ソウヤがつぶやく。
ギンは、自ら亀裂に飛び込み、己の音を使ってフェアリーコードの綻びを埋めた。そして――
ねえ、ルミちゃん。最後に聞こえた、あの音色――
スコットランドのケラッハ・ヴェールは、雪を司る老婆の精。雪を降らせて、世界を冬に閉じ込める。
ルミスは言った。その瞳は、夜空の星々を映す水面のように、かすかな光をたたえて揺れていた。
だけど――春が来れば、ケラッハ・ヴェールは役目を終えて、美しい少女に戻るというわ。
見上げる空に、雪はない。音符のように並んだ星々が、明日へと響く音色を謳うようにきらめいている。
そんなかすかな音色のなかで、ルミスは、ささやくように告げた。
あの子の冬が、終わったのね――きっと。
そっと夜空に吹く風が、そのささやきを運んでいった。
story エンディング
淡い光が、周囲に満ち始めた。
えっ?これなに?
帰る時が来たみたいにゃ。きっとフェアリーコードが調律されたからにゃ。
君たちの存在は、この世界にとって異物だ。人が飲み込んだ異物を吐き出すように、あるべき音が、君たちを送り返そうとしている。
そっかー。ありがとね、魔法使いさん。私たちの世界を守るの、手伝ってもらっちゃって。
気にしないでいいよ、と君は笑った。よくあることだから、と。
どういう人生やってるのよ。
妖精と同じ、自由気ままな人生にゃ。
それはウィズだけでしょ、と君は言った。
光が強くなっていく。そのなかでも見えるように、君はカードを掲げて、言った。
もし、またフェアリーコードが乱れて、この異界を訪れるようなことがあれば。
そのときはまた、この世界を守るために力を貸すよ、と。
うん。ありがと!そのときは、またよろしくね!
そんな機会、訪れてほしくないけどね。
それはそうだ、と笑いながら、君は異界を繋ぐ光に呑まれた。
魔法使いと黒猫のウィズが消えたのを見送って、タツマが、ふいときびすを返した。
じゃあな。
それだけ告げて、ひょいとタワーから飛び降りる、これ以上の面倒事は御免だとでも言わんばかりだった。
あ、じゃあ、私もこれで。
ハビイが、明るい電子音を鳴らした。
ハビイも、『またね』って。
うん。またね、ミホロさん、ハビイちゃん!
ミホロはハビイをまとい、夜の空に消えていった。
僕もそろそろ失礼するよ。娘が心配だからね。
あ、そういえば先生、例の悪魔、出てこなかったですね。
楽な戦い以外はしない主義らしい。どうせ、どこかで高みの見物をしてたんだろう。
ソウヤは、ちらりとルミスに目をやった。
なによ。
いや。
とだけ言って短音を広げ、タワーから飛んでいく。
なにあれ。
ソウヤは妖精を敵視している。それは、感情のままに行動する彼らの自由さを危険視しているからでもあるのだろう。
ただ、ルミスを見る目にかつての敵意はなかった。ルミスの戦いを見ていて、何か思うところがあったのかもしれない。
――などとリレイが考えていると、ルミスは、くるりと回って小さくなった。
あたしたちも帰りましょ。そういえば今日は観たい番組があるんだったわ。あの、すんごいドッキリかますヤツ。
ねえ、ルミちゃん。おギンさんたちって、ずっとあのままなのかな?
不意にリレイが投げかけた問いに、ルミスは、ひょいと肩をすくめる。
放っておいたら、あのままでしょうね。
でも、なんとかする方法があるかもしれない。すぐには見つからないだろうけど、探す分にはいいんじゃない?
まるで、リレイに問いかけられることがわかっていたかのような返答だった。あるいは彼女もそれを考えていたのか。
どちらにしても嬉しいことには違いない。リレイは笑顔でうなずいた。
そうだね。じゃ、帰ろっか!
ええ。今日はキノコ料理よ!
***
タケノコの煮物だった。
なんでよ!!!
story 放課後フェアリー
ミホロさんって、どんな会社で働いてるの?
楽器とか、オーディオ機器とかを製造する会社よ、私の部署は、ちょっと特殊な楽器を作ってるの。
腕に着けられるウェアラブルギターとか、手の動きだけで音が鳴るドラムとか、帽子とー体化したレコードプレイヤーとか……。
マニアック。
そんなの誰が買うのよ。
……。
(全部持ってます!!!)
***
あ、タツマくん。
え、なになに、隣の高校の女子じゃん。タツマ友達なの?言ってよ~。
うるせえ。ちょっと知り合っただけだ。
俺、花宮コウイチ!君たちカレシいる?いなきゃ俺とかどうですか!
ごめんね、カレシじゃないけど、文通してる人がいるから。朧車先輩っていうんだけど。
朧車!?あの朧車か!?
エクストリームケンケンパ無敗を誇るあのー本踏鞘(いっぽんだたら)先輩に勝ったっていう――
俺は”スリ界のプリンス”と呼ばれた百々目鬼兄弟を舎弟にしたって聞いたぜ。
そんな有名なんだ……。
この業界も狭いね~。
何界?
story
待てー!!
はぁ……。
ごちそぉ――――!!
なんでこうなっちゃったかなぁ……。
うりゃー!!
こんなのいるとか聞いてねえよ……。
ぬえーい!
とほほ。
逃げるなー!!
***
娘が音を喰われた?
ああ。それまでは、元気で溌刺とした子だったのに、今はまるで感情を見せなくなってしまった。
ほら、見てくれ。こんな感じなんだ。
ふうん。どれどれ?
こ……これは!
どうした?何かわかったかい!?
何だこのセレブな自宅!非常勤講師の住む家かこれが!!
ウチのー族だと控えめな方だよ。
うるせえブルジョワヴァンパイア!!!