【黒ウィズ】フェアリーコード Prelude story1
story
今朝も、悲しい音がする方に行ったら、飼い主とはぐれて鳴いている犬がいたし……。
心配そうな音のする方に行ったら、その子の飼い主さんがいて。
そして、その音色が正しく流れるよう律するのが、あたしたち妖精の仕事なの。
まあ……だけど、妖精ってのは悪戯好きでね。たまに、変な音を流して世界をいじっちゃう奴らがいるのよ。
そういう奴らを見つけてお仕置きするのが、あたしの役目。
ルミスは手近な壁を軽く撫でた。不気味に歪んだ音が響く。
そういう場所を作って、気に入った人間を連れ去る”神隠し”は妖精の悪戯としちゃ、メジャーな例よ。
死人が出てないだけ、まだかわいい方ね。
ルミスは一瞬、遠くを見やった。
ひとつの気持ちが大きくなると、その音が他のすべてをかき消して、止まれなくなる、ってことでもあるの。
今、あいつがこんなことをしてるのもそのせいよ。さっきも言った通り、妖精は、感情の塊みたいなものだから。
あいつはもう、止まりたくても止められない。
***
ルミスの言う通り、そこにはあの怪物――いや、妖精と、気を失ったトヨミの姿がある。
ボクはずっと待ってた。ずっと見守ってたんだ!なのにこの子はあんな奴と――!
ボクは――ボクはこんなに好きなのにッ!!
強烈な音が爆ぜ、押し寄せてくる。空気という空気をぴりぴりと震わせ、他のあらゆる音を呑み込んでいく。
ルミスは、手にしたフィドルを振った。
弓は細剣に、戦うための、本体は大剣に変わる。確かな力に。
>気持ちが音に、音が力になる異界にゃ。>ルミスは手練みたいにゃ。
story
だったら――だったら――みんな死ねえぇええぇええええっ!!
やぶれかぶれな叫びとともに、妖精が羽をこすり合わせた。心の音色が無数の矢と化し、ほとばしる。
ルミスヘ。そして、広場の片隅に倒れたトヨミや、その傍らで戦いを見守るリレイヘと。
ルミスは後方に跳躍し、剣を振るった。トヨミとリレイの方へ飛んだ光矢を、ことごとく撃ち払う。
しかし、なおも音の矢は降り注ぐ。かんしゃくを起こした子供が大泣きするように。
剣で撃ち払える数ではなかった。ルミスは背中の”翅音”(はね)を、自分とリレイたちをかばうように広げる。
光矢の謀雨が、”翅音”を叩いた。”翅音”の主たるルミスの顔が、負担のあまり苦しげに歪む。
苦痛の雨にまみれても、夜空色の瞳が力を失うことはなかった。喚き散らす妖精を見据え、叱るように叫ぶ。
”翅音”を広げ、剣を振るい、矢の雨をしのぐルミス――その音色が、変化を見せた。
リレイはハッとした。凛として戦意を保ちながらも、同時に悲しみと思いやりに満ちた旋律だった。
”好き”という気持ちが止まらなくなって。”好き”なのにという思いが暴れて、好きな子を傷つけてしまおうとしている。
そうしたらきっと後で泣いてしまうだろうから。そうさせまいと、ルミスは必死に身体を張っている。
わかる。伝わる。確信とともに。彼女が何を願い、何のために戦う人なのか。流れる音が、物語る。
リレイは、カッと胸が熱くなるのを感じた。
誰もの心を救うために戦う、苛烈なまでの優しさと気高さが、直に胸に響いていた。
1本の矢が、左手から大剣を弾き飛ばした。大剣は、広がる”翅音”の外側に音を立てて転がる。
リレイとトヨミをかばわねばならぬ以上、ルミスが拾いに行くことはできない。
リレイは思わず、大剣の方へ飛び出した。
”翅音”の外へと飛び出せば、たちまち矢の驟雨にさらされる。
ただの矢ではない。音の矢だ。どう飛んでくるか、リレイには聞こえる。だから避けられる。その自信があったし――
心の音は、どんな言葉より雄弁だ。音色ひとつで思いが伝わる。
あの音色を聞いてしまっては、ただじっとしているだけなんて、できるはずがない!
リレイは滑り込むようにして矢の雨をかわし、大剣の元へと辿り着いた。
手を伸ばし、つかみ取る。
瞬間、大剣がカッと激しい光を放った。
固まるリレイに、矢が迫る。
そのすべてが、甲高い音を立てて弾かれた。
リレイの身体から広がる”翅音”――心の音色のはばたきに払われて。
手の中で、大剣が形を変えていた。馬鹿でかい銃――のようなギター(・・・・・・・)。まったくよくわからないゲテモノじみた武器へ。
リレイは顔を上げた。胸が高鳴る。心が躍る。
場に満ちる音が塗り替わる――リレイの音に。リレイの抱いた心の音色に。
思いのままに少女は吼えて、手にした銃の引き金を引いた。
***
>リレイの音色が聞こえるにゃ!>これなら勝てるにゃ!
心の音色は、散弾と化して宙を馳せ、降りしきる光矢を撃墜した。
もちろん、銃など撃ったことはない。ただ心のままに狙い、引き金を引くと、弾は意志あるもののごとく目標へ飛んだ。
ルミスが割り込み、銃をひったくった。
それは一瞬で夜空色の大剣に戻り、鋭い軌跡を描いて妖精を捉える。
逆袈裟。妖精は大きく弾き飛ばされた。ざっくりと切り裂かれた胴体から、音が――気力がこぼれ落ちていく。
好機だった。ルミスは細剣を大剣に添え艶やかにかき鳴らす。
音が変わった。高らかにして鮮烈なる音色。ルミスが絶対の勝利を確信したからこそ流れる音なのだと、リレイは感じ取る。
***
大いなる烈閃が奔った。
妖精は逃げようとした。だが逃げられなかった。勝利の旋律が流れているからだ(・・・・・・・・・・・・・・・)とリレイは悟った。世界が、その音色に律されているから。
勝利の旋律(フィニッシュコード)の流れるままに、夜空色の大剣が、妖精の胴を横薙ぎにした。
叫びとともに、音が弾けた。
荒ぶり狂える”好き”の音色が打ち砕かれ、妖精の全身に罅(ヒビ)が入る。
高らかな旋律が鳴り荒ぶなか”妖精は”粉々に砕けた。
散り散りになった羽根が、最後に淡く切ない音を奏でて、消えた。
story 日常へ
放課後。
校門を出てしばし、とりとめのない雑談を交わしたのち、リレイとトヨミは、いつもの道で別れた。
軽い足取りで去っていくトヨミの背中を見つめ、リレイは小さくつぶや<。
シェットランドシープドックのいるとこ!そっかー、ルミちゃんあそこの人かー。
ふと、リレイは聞きたいと思っていたことを思い出した。
それより、あなたよ。人間なのにフェアリーコードを操れるなんて。いったいどうやったの?
それ以外、答えようもなかった。ルミスは、はあ、と嘆息する。
ある意味、人の心情を操れるようなものよ。
番外編「ついでにフェアリー
***
そういえばルミちゃん、ウチに来る前は食事どうしてたの?